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  1. 下目黒の恐怖の精神虐待魔について語るスレ(6)
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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


(無題)

 投稿者:管理者  投稿日:2012年 9月25日(火)22時37分38秒
  当掲示板は閲覧のみとさせていただきます。
===================

<滝尾英二ウェブPart2>をご覧ください。

http://www.geocities.jp/takio_kokoro_2/index.html


http://www.geocities.jp/takio_kokoro_2/pg08/pg08.html



   
 

厚労省、森光敬子。不正流用は明白です

 投稿者:厚労省、森光敬子。不正流用は明白です  投稿日:2012年 9月25日(火)20時52分56秒
  厚生労働省 医系技官 森光敬子 、不正流用の説明責任をはたさず、ごまかすことが、あなたの「技」ですか?
それが、技官としての仕事ですか?
そんな人は、国家公務員・医師としての適性がありません。

現在、福島第一原発事故の放射能による汚染状況は、人類がかつて経験したことのない規模の汚染になっています。
あなたのような、国家公務員としての義務をはたさない人に、国民の健康にかかわる仕事をしてほしくない。
即刻、辞職すべきでしょう。

以下、引用
________________________________________________________________

厚生労働省 不正流用の事実は明白。 森光敬子 保険局 医療課 課長補佐。(関東信越厚生局幹部 現 医事課長 )

現  関東信越厚生局幹部 医事課長 森光 敬子 http://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/about/documents/kanbumeibo.pdf
関東信越厚生局〒330-9713 埼玉県さいたま市中央区新都心1番地1 さいたま新都心合同庁舎1号館7F 電話:048-740-0711


保団連(全国の医師・歯科医師10万3千人の団体)では平成20年6月30日、厚生労働省 保険局医療課 森光敬子 課長補佐宛に説明責任要望書を送付しましたが、回答期限の7月3日正午までに回答がありませんでした。

6月30日に保険局医療課に電話をしましたが、森光敬子課長補佐にはつながらず、折り返し電話をいただけるようにお願いしましたが、電話はありませんでした。


> それまでに回答がない場合には、厚生労働省が説明責任を放棄し、
> 不正流用の事実を認めたものとします。
> また、想定回答を了承したものとみなし、7月3日正午をもってQ&Aとして
> 保団連のホームページに公開する
想定回答に対する修正、変更の連絡はありませんでした。
質問状および想定回答のQ&Aはこちらです。

Q&A : http://hodanren.doc-net.or.jp/news/tyousa/080703kaitou.pdf


(A)厚労省保険局医療課の文書 (A) http://hodanren.doc-net.or.jp/news/tyousa/gairaikannri/ona.pdf
(B)みずほ情報総研の文書(B) http://hodanren.doc-net.or.jp/news/tyousa/gairaikannri/onb.pdf
(C)厚労省保険局医療課の文書の下書き(抗議文にいう「誤った開示資料」)(C)http://hodanren.doc-net.or.jp/news/tyousa/gairaikannri/onc.pdf
に続いて、新たな文書(D)日本医師会より府県医師会宛事務連絡の別添資料より
(D)http://hodanren.doc-net.or.jp/news/tyousa/gairaikannri/ond.pdf  が発見されました。


文書(D)は平成19年7月17日 日本医師会より調査対象の6府県医師会へ事務連絡され、各郡市医師会へ送られた正式の書類です。
調査が実施された某府県医師会および熊本県の複数の某郡市医師会に保存されていました。

文書(D)は文書(C)と全く一致しています。
よって、文書(C)は厚生労働省のいうような「下書き」や「誤った文書」ではありません。
平成19年に実際に使用された文書です。
日本医師会には文書(D)を渡し、実際の調査では異なる文面の文書(A)を使用した。


もはや、不正流用の事実は明白です。
7月3日、外来管理加算の問題を厚生労働省で記者発表し、その足で保険局医療課にお邪魔しました。森光課長補佐とやっと会え、30分ほどお話しました。森光補佐は( 1 ) 厚労省が出したお願い文(A)には、「今後の診療報酬改定の検討資料とすることを目的に」と書いてあり、なんら不正流用には当たらない、( 2 )みずほ情報総研の文書や、医師会の内部文書に何が書いてあろうと厚労省は関知しない、として不正流用を認めませんでした。
しかし国民に対して説明責任を果たすことは国家公務員としての義務ではないでしょうか。
我々医師も一国民であります。
厚生労働省からの誠意ある説明を求めます。

以上

http://hodanren.doc-net.or.jp/news/tyousa/080703kourou.html
http://ameblo.jp/fuseiryuuyou/entry-11324300035.html より引用



 

パート2の「滝尾の掲示板」をぜひご覧ください。

 投稿者:管理者メール  投稿日:2009年12月15日(火)22時46分7秒
  http://takio-kokoro-2.hp.infoseek.co.jp/pg08/pg08.html

韓国MBCの取材を受け放映された番組の画像、さらに番組がきっかけで人権図書館・広島青丘文庫の蔵書の一部を韓国農村振興庁・農業科学図書館に寄贈したとの報告とともに最新の写真がアップされています。ぜひご覧ください。

http://takio-kokoro-2.hp.infoseek.co.jp/pg08/pg08.html

 

パート2より転載

 投稿者:管理者メール  投稿日:2009年 9月28日(月)00時27分58秒
  「滝尾英二ウェブ・パート2」より、以下転載します。
------------------------------------------------------

主催者・滝尾英二にかわりスタッフが、ご報告いたします 投稿者:スタッフ  投稿日:2009年 9月27日(日)19時10分41秒
   7月初め以降、現在まで3ヶ月近く、メッセージを投稿出来ずにおり、
ご心配をおかけしています。

滝尾は、現在、家族の協力のもと、
主治医・井口医師(あすなろ生協診療所)ならびに、
山下看護師(高陽第1診療所)の治療と、
福谷ケアマネージャーのほか介護スタッフの介護を受けながら、
機能回復につとめています。

4月末に「うっ血性心不全」で緊急入院したあと、
それまで「要支援1」だった介護の認定が「要介護4」になったことは、
この掲示板で、お知らせしました。

一時は、食も細り、ベッドから上体を起こすことさえままならず、
自身で歩行出来ない状態が続き、周囲が気をもむこともありました。

現在は、ヘルパーの介助を受けて、車イスを利用しながら、
近所のスーパーへ買い物に行くなど、
外出することも出来るようになってきました。

そして、人権問題などについて、
かつてのような積極的な発言が聞けるようになってきました。

今月の17日には、主治医・井口医師をはじめ、
あすなろ生協診療所のスタッフの皆様のご好意で、
大好きなカラオケの会を開いて頂きました。

家族も、滝尾とともに参加させて頂き、
感激し、感謝の気持ちをあらたにした次第です。

本人が投稿出来るまでには、なお、しばらく時間がかかるとは思いますが、
今後とも「滝尾英二ウェブ Part2」を、よろしくお願いします。

2009年09月27日
「滝尾英二ウェブ Part2」スタッフ
 

支援者による障害者虐待

 投稿者:障害者  投稿日:2009年 7月20日(月)21時14分53秒
  宮城県社会福祉協議会は職員による障害者虐待をもみ消そうとしている。宮城県社会福祉協議会パレット女性職員「●村」による障害者虐待。障害者に対する暴言、いい加減な支援、支援の押し付け。その事実を知りながらパレット幹部「●藤(美)」、宮城県社会福祉協議会「高●」は訴えても障害者が何言ってるみたいにまるっきり聞き耳をもとうとしない。またパレット幹部は障害者に対して平気で嘘をつくありさま!これは事実です。いたずらではありません。  

   < MSC放送局(「韓国放送局」)からの依頼文(第1回~)>                         

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 7月 1日(水)16時03分51秒
      < MSC放送局(「韓国放送局」)からの依頼文(第1回~)>

                 人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

 ========================================

 詳細は省きますが、下記のような依頼文が、6月1日に、MSC放送局(「韓国放送局」)より滝尾宛に届きました。その一部分をお知らせします。

 5月のMSC放送局(「韓国放送局」)からの依頼文が数度、MSC放送局(「韓国放送局」)から届きました。

 ========================================

 詳細は省きますが、下記のような依頼文が、6月1日に、MSC放送局(「韓国放送局」)より滝尾宛に届きました。その一部分をお知らせします。

 5月のMSC放送局(「韓国放送局」)からの依頼文が数度、MSC放送局(「韓国放送局」)から届きました。

 ========================================

 詳細は省きますがMSC放送局(「韓国放送局」)より滝尾宛に届きました。その一部分をお知らせします。また、6月29日~30日に、担当PD、コディネーター、カメラマン3名が、滝尾宅を訪問、3時間余議論しました。「‥‥さらに韓牛の経済的価値に気付かなかった韓国人に比べ、以前から韓牛の価値をわかって研究されことのある日本の朝鮮牛についての研究及び和牛に発展させてきた足跡を取材しようと思っております。放送時間:2009年7月 中旬」50分: 1)撮影日時:6月29日~30日。<:1)先生の朝鮮牛に関する研究(目的)についてのインタビゥウ  b:2)朝鮮牛に関する資料のスケッチほか(以下 省略します。滝尾>

 =======================================
 

(無題)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 5月27日(水)18時06分41秒
   この記事を訳し、届けていただいた福留範昭先生、および 森川静子先生に感謝します。

          人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二




福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) <盧前大統領逝去> 追慕する」ナヌムの家」のハルモニたち (聯合ニュース)
2) 慰安婦[被害]ハルモニたち 「盧大統領の極楽往生」合掌 (聯合ニュース)
3) <掲示板> 5月27日 (抄訳) (京郷新聞)
4) <盧前大統領逝去> グループの総帥ら財界 弔問参加…市民の弔問も続く (ニューシス)
5) 「あなたは『盧武鉉』のように生きる自信があるか」  (後半) (プレシアン)
6) 新たに1406体千鳥ケ淵に納骨  戦没者拝礼式 (共同通信)

1) ******************************************************************************

[聯合ニュース 2009-05-26 15:30]
【<盧前大統領逝去> 追慕する「ナヌムの家」のハルモニたち】

(ソウル=聯合ニュース)イ・サンハク記者= 広州(クァンジュ)の「ナヌムの家」の日本軍慰安婦被害ハルモニたちが、26日盧武鉉前大統領の焼香所が設けられた鍾路区堅志洞(キョンジドン)の曹渓寺(チョゲサ)で、故人を追慕しながら献花している。

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=001&aid=0002681222

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=001&aid=0002681223

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=001&aid=0002681486


2) **************************************************

[聯合ニュース 2009-05-26 16:31]
【慰安婦[被害]ハルモニたち 「盧大統領の極楽往生」合掌】

(ソウル=聯合ニュース)ソン・ジンウォン記者= 「私たちをおいて、どうしてあのように逝ったのか。私の胸は焼けるようだ。」

26日午後、京畿道広州(クァンジュ)の「ナムヌの家」から、日本軍慰安婦[被害]ハルモニの3名が、故盧武鉉前大統領の逝去を追慕するためにソウル鍾路の曹渓寺(チョゲサ)を訪れた。

ボランティアの助けを借りて、不自由な体を押して、かろうじて曹渓寺の大雄殿(テウンジョン)前の焼香所についた姜日出(カン・イルチュル、83)、キム・ファソン(86)、朴玉善(パク・オクソン、86)ハルモニは、盧前大統領の遺影を発見して、思わず足を止めた。

先週の土曜日に春川南怡島(ナミソム)への外出の時に接した故人の逝去の消息は、ハルモニたちに言葉にできない悲しみと衝撃を与えた。生前の一度も会ったことはないが、心的苦痛に苦しんで現世に背を向けた盧前大統領は、観光バスの中を涙の海にしたほどハルモニたちにとって大きな存在だった。

朴ハルモニは、「もっと早く来たかったのだが…」と、言葉をつなぐことができなかった。力なく階段を上がり、盧前大統領の影像の前に達したハルモニ3名は、次々に菊の花を備えて、線香に火をつけた。線香をさす手が震え、両手を合わせて合掌する後ろ姿が揺れた。

ハルモニたちは丁重に2度拝礼をして、故人の最後に進む道が安らかであることを祈った。焼香所から降りてきた朴ハルモニは、「残念な気持ちを全て話せない。少しだけ耐えてくれればよかったのに、さっと行ってしまって…」と言って、言葉をつなぐことができなかった。

姜ハルモニは、「学生時代から貧しい家で一生懸命勉強して大統領になって、この国を守ろうとしたのに…。私たちを置いて、なぜあのように行ったのか。胸が燃える」と、耐えていた涙を見せた。

ハルモニたちは、大雄殿の前庭で風に揺れる数百個の黄色いリボンを眺めて、盧前大統領のために、「この世で大変ご苦労さまでした」、「ぜひ極楽往生なさってください」と、一人ずつ文を残した。ハルモニたちは最後に遺影を見上げて、静かに帰途についた。

                                〈森川静子訳〉

関連動画 (聯合ニュース TV)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=001&aid=0002681499


3) ************************************************

[京郷新聞 2009-05-26 18:38]<掲示板> 5月27日 (抄訳)

【 太平洋戦争被害犠牲者総連合会は、26日午後ソウル鍾路区(チョンノ)区三清洞(サムチョンドン)住民センターで創立総会を開いた。総連合会は、太平洋戦争犠牲者遺族会、太平洋戦争犠牲者追悼事業会、日帝強制連行韓国生存者協会などの太平洋戦争被害に関連した15の団体が集まって構成されている。】


4) *************************************************

[ニューシス 2009-05-26 21:13]
【<盧前大統領逝去> グループの総帥ら財界 弔問参加…市民の弔問も続く】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=003&aid=0002695546


(ソウル=ニューシス) 盧武鉉前大統領逝去四日目の26日、政・財界の大物たちが、ソウル歴史博物館に設けられた焼香所を訪れて、盧前大統領の逝去を追慕した。

午前には、全経連、経済人総連など経済団体要人とLGグループ具本茂(ク・ボンム)、午後には現代グループの玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)、SKの崔テウォン、GSグループのホ・チャンス会長が焼香所を訪問するなど、公式の焼香所が設けられて二日目のこの日、財界の人士の弔問が目立った。

特に、具本茂会長はこの日午前10時に財界グループの総帥としては、初めて弔問に出て、KB持株会社のファン・ヨンギ会長は金融グループ会長では初めて焼香所を訪れて、故人の冥福を祈った。

チョ・ソンレ全国経済人連合会(全経連)会長は、副会長の大林(テリム)産業イ・ジュンヨン会長、チョン・ジュンヤンポスコ会長、金ユン三養(サミャン)会長、ポスコのイ・ドンヒ社長、大韓航空イ・ジョンヒ社長ら財界の人士とともに焼香所を訪れて、哀悼を表わした。イ・スヨン韓国経営者総協会(経済人総連)会長と金キムン中小企業中央会長らも焼香所を訪問して、故人の冥福を祈りって、献花し、焼香した。

ハンナラ党議員など政界の人士の弔問も続いた。ハンナラ党の朴煕泰(パク・ヒテ)代表は午前11時30分安商守(アン・サンス)院内代表、鄭夢準(チョン・モンジュン)最高委員ら約20名のハンナラ党議員らと共に焼香所を訪れて、哀悼の意を表わした。

朴代表は、「昨日金海(キムヘ)のボンハマウルを訪れたが、弔問できずに、今日ここにきて弔問を終えることになった」、「昨日、弔問できなかったことに対して、色々な感慨があったが、ここにきて良かったと思う」と付け加えた。前日午後弔問のためにボンハマウルを訪れた朴煕泰代表は、マウルの住民と盧武鉉後援会の会員らに阻止されて、結局焼香所に入ることができなかった。

午前10時40分頃焼香所を訪れた朴ケドン国会事務総長は、芳名録に「是非も勝敗もない世で永眠して下さい」という文を通して、故人の冥福を祈った。

ヤン・スンテ中央選挙管理委員長、韓国自由総連盟のパク・チャンダル総裁、ソン・グァンホ、チョン・ドゥオン、ウォン・ヒリョン、シム・ジェチョル、イ・ジョンソン、ソン・スンミ、アン・ヒョデ、ナム・ギョンピル議員らも個人的に焼香所を訪れて、故人の冥福を祈って、献花し、焼香した。

参与政府期にスタートした真実・和解のための過去事整理委員会(真実和解委員会)の安炳旭(アン・ビョンウク)委員長と委員および職員らど約60名も焼香所を訪れて弔問した。盧武鉉前大統領の司法研修院の同期18名も故人に哀悼を表わして目を引いた。

一方、市民たちの弔問も続いた。ソウル歴史博物館の近くの会社員らは、特にお昼時間と退勤時間後に、焼香所を訪れて、200m近く弔問の行列が続きもした。

この日午後9時現在の弔問客は6652名、前日から続く累積弔問客数は1万5089名余りだ。



5) ************************************************

[プレシアン 2009-05-25 16:26]
【「あなたは『盧武鉉』のように生きる自信があるか」  (後半)】

<盧武鉉を記憶して>盧前大統領逝去の意味】
キム・ピョンホ檀国大教授

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=110&oid=002&aid=0001950969


野蛮の社会と歴史

権力に対する低級な欲求、略奪の目標達成に対する不安感といらだち、歴史に対する恐怖心。盧武鉉大統領と盧武鉉に象徴される集団に対して大韓民国の保守勢力が抱いている憎悪と敵愾心の実体が、このようなものであれば、それはどんな意味があるのだろうか。

第一は、大韓民国社会と歴史の強要された浅薄性だ。歴史は、それがどんなものでも、浅薄ではない。そのようにしてしまう集団があるだけだ。本当に、100余年を越える長い近代史の空間と時間の中で、大韓民国の構成員たちは、人間的品位に対してほとんど学習を受けられなかったし、またまともに経験することもできなかった。

解放になっていわゆる民主共和国が樹立されたが、民主主義と市民的徳性に対して、誰もまともに教えてくれず、誰もそれをまともに育もうとしなかった。歴史を学習しなければならない理由も、経済正義が民主主義の根本ということもよく理解できなかった。

既得権者たちが持つ権力に対する低級な欲求とそれをどうにか維持しようとする野蛮性が、韓国の政治と社会を左右する理由もここにある。

二番目は、大韓民国という国を押し進める根本動力が何かを、再び尋ねてみなければならないということだ。自由、民主、平和、統一、正義、平等、真理、博愛、共和国のような徳性は、韓国では概して虚像だ。

韓国の原動力は、「豊かに暮らそう」だ。金だけ儲ければ、他の問題はすべて解決できると信じる。それが、多くの人たちが李明博氏を信じ、彼を大統領に選んだ理由であり、ハンナラ党の国会議員たちを選んだ理由だ。

うまくいきはしないが、とにかく大きな金、小さな金を儲けながら、あくせく生きている間、私たちは豊かに生きるということが、何を言っているのか、まともに学ぶことができなかった。豊かに生きるということが、どのように生きることなのかについて、まともに教えてくれる人も別にいない。

それがどういう意味なのか、丁寧に問い詰めて批判的にながめる人たちも多くない。その結果ブーメランになって戻ってくるのは、疲弊して殺伐な社会だ。

三番目は、いまだ大韓民国は収奪と抑圧、憤怒と挫折、悲しみと怨恨の歴史を解消できていないという点だ。むしろ、より強く持続しているといわなければならないだろう。

このため、韓国社会は共通の信念と目標を備えることがきわめて難しく、そのために国の未来を開いていこうという努力をまともに結集するのも難しい。日帝植民地時代を称賛する歌がより大きく鳴り響いている。

「豊かにくらそう」と信じて、実に涙ぐましく努力したが、適切な待遇も受けられずに、大韓民国の多くの人たちは、再び略奪と背信と死に苦しめられている。

一方、企業大韓民国の経営陣と幹部たちは、一部の富裕層と(大)企業のための略奪と抑圧に邁進している。そして、その渦中に支配階級の手先となって、国家と社会の道徳と精神を堕落させる極右の石頭たちが羽ばたいている。

写真 ▲ 「盧武鉉大統領の投身で私たちが発見すべき意志は何だろうか。それは具体的に何をいうのか。最も深い意味で、それは人間の人間らしさ、すなわち人格的完成体を指向する、不可能だが、しかし捨てられない人間の英雄的可能性に向かった歩みを意味する。」

盧武鉉大統領の死

盧武鉉大統領の死は、このように野蛮の支配体制でいまだ苦痛を受けている大韓民国の社会と歴史が作り出した大きな悲劇だ。その悲劇で、私たちが見つめなければならないものは、まさにその社会と歴史だ。

思うに、韓国社会に今でも貫徹されている収奪と抑圧、憤怒と挫折、悲しみと怨恨の歴史は、逆にいえば栄光な仇怨の記録だと言うことができる。しかし、その記録は支配階級の抑圧によって、いまだ可能性としてだけ残っているに過ぎない。

その可能性に向かって進むこと。それが盧武鉉大統領の投身から、私たちが発見すべき意志であろう。それは具体的に何をいうのか。最も深い意味で、それは人間の人間らしさ、すなわち人格的完成体を指向する、不可能だがしかし捨てられない人間の英雄的可能性に向かった歩みを意味する。それが、新しい歴史と社会の可能性を世の中で実践しようとする市民の徳性だ。

それでは、私たちはそういう意志を共有する姿勢を備えているのか。


「両膝と両肘、額など身体の五部位を土地につけて拝礼する五体投地は思ったより大変で、からだも痛かったが、アスファルトから出る臭いに耐えるのも容易ではなかったと言われた。ところで、最も骨を折ったのは、人々の言葉だったという。また、複雑にすると言って、批難する人もおり、あんなにどうしようもないことをなぜするのかと皮肉る人、そういった話を聞いて悲しまれ、顔に青筋を立てて怒りながら批判する姿は醜く見えた、と言われた。」 (<オマイニュース>、2009年5月21日)

謹んで故人の冥福を祈る。
読者の皆様に尋ねます
盧武鉉前大統領が逝去しました。
投身自殺による突然な死でした。

人間らしい世の中を夢見て、民主主義と進歩と正義を追求しながら、生前にいつも論議の中心に立った彼が、自身を放つことによって韓国社会に言いたかったことは何だったのでしょうか。

<プレシアン>の読者の皆様に尋ねます。盧武鉉前大統領の逝去を、どう思いますか。私たちが継承しなければならない彼の資産は何であり、私たちが克服しなければならない彼の限界は何だったのでしょうか。これから、私たちは何をしなければならないのでしょうか。互いに虚心胆慨に話してみましょう。

寄稿を次のメールに送って下さい。送ってくださった文は、編集過程を経て<プレシアン>に掲載されます。

(tyio@pressian.com / onscar@pressian.com)

キム・ピョンホ檀国大教授


6) **********************************************

[共同通信 2009/05/25 13:2]
【新たに1406柱千鳥ケ淵に納骨  戦没者拝礼式】


第2次大戦中に東南アジアなどで死亡したり、旧ソ連で抑留され亡くなったりした身元不明の戦没者を慰霊する厚生労働省主催の拝礼式が25日、東京都千代田区の千鳥ケ淵戦没者墓苑で開かれた。

式典には、三笠宮ご夫妻のほか、麻生太郎首相ら政府関係者、遺族団体関係者が出席。


「わが国の平和と繁栄の礎となられた戦没者の方々に深く思いを致し、先の大戦から学び取った多くの教訓を次の世代に継承し、恒久の平和を確立すべく力を尽くす」との舛添要一厚労相の式辞を、渡辺孝男副大臣が代読した。

国の遺骨収集団がフィリピンやソロモン諸島などから持ち帰った遺骨1406柱を新たに墓苑に納骨。これまでに納められた遺骨は、35万4332柱となった。

● もっと知りたい ニュースの「言葉」

千鳥ケ淵戦没者墓苑(2006年8月19日)第2次世界大戦中に海外で死亡した戦没者のうち、身元が分からない「無名戦士」や民間人の遺骨を納めるため1959年に造られた国の施設。納骨室には旧ソ連や中国、フィリピンなどで収集された35万柱が納められている。建設をめぐって当時の日本遺族会は「靖国神社が戦没者に対する慰霊の中心。将来、慰霊に関し国民的観念が二分化される危惧(きぐ)がないとはいえない」と主張。政府は「戦没者の無縁遺骨を収納する納骨施設で、靖国神社とは根本的に性格が違い両立しうる」と説明していた。

            -----------------------------------
 

盧武鉉前大統領の逝去に関する記事を、引き続き『滝尾英二的こころ Part2』など、私が関係しているホームページなどの掲示

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 5月26日(火)03時45分50秒
    盧武鉉前大統領の逝去に関する記事を、引き続き『滝尾英二的こころ Part2』など、私が関係しているホームページなどの掲示板に投稿します。

 盧武鉉前大統領の亡くなられたことを悲しむとともに、故盧武鉉前大統領の冥福をお祈りいたします。

 この記事を訳し、届けていただいた福留範昭先生、および 森川静子先生に感謝します。

          人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二
                2009年5月26日(火曜日) 3:35

 ******************************************************************************

 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。
韓国のニュースサイトで「ノムヒョン」で検索すると、盧武鉉前大統領の逝去に関する記事の掲載が数秒おきになされて、延々と続いています。

1) <盧前大統領逝去> 政府・与党の人士の弔問 霧散 (聯合ニュース)
2) <盧前大統領逝去> 「深い哀悼の意」金総書記が弔電 (聯合ニュース)
3) <盧前大統領逝去> 全国・在外公館に焼香所設置 (聯合ニュース)
4) <連合時論> 盧前大統領の逝去が残したもの (聯合ニュース)
5) <盧前大統領逝去> 死で守らなければならなかった良心 (京郷新聞)
6) 尚明大-漢陽大、近代化-産業化関連の企画展 (東亜日報)
7) 民労総、ソウル集会を強行…衝突なし (聯合ニュース)

1) ******************************************************************************

[聯合ニュース 2009-05-24 21:00]
【<盧前大統領逝去> 政府・与党の人士の弔問 霧散】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=001&aid=0002677392


(金海=聯合ニュース)ミン・ヨンギュ記者= 盧武鉉前大統領の葬儀場が設けられた慶南金海市進永邑(チニョンウプ)のボンハ村に、政府・与党の人士たちが弔問しに来て、「盧武鉉を愛する人々の会」(ノサモ)の会員と盧前大統領の支持者たちの激しい抗議を受けて、踵を返すケースが相次いだ。

尹増鉉(ユン・ジュンヒョン)企画財政部長官は、24日午後7時40分ごろボンハ村の入口に到着したが、ノサモの会員らが、「ここは誰でも来る所ではない」と言って、こぶしを鼻先に突きつけられて悪口を浴び、警護を務めた警察ともみ合いになったため、結局踵を返した。これに先立って、午後7時にハンナラ党の李仁基(イ・インギ)議員も、似た状況が繰りひろげられた末、弔問できなかった。

また、午後4時40分ごろには、ハンナラ党の朴槿恵前代表が徐秉洙(ソ・ビョンス)、安鴻俊(アン・ホンジュン)、柳在仲(ユ・ジュン)劉正福(ユ・ジョンボク)、李性憲(イ・ソンホン)、成允煥(ソン・ユヌァン)、李珍福(イ・ジンボク)、李貞鉉(イ・ジョンヒョン)、許元齋(ホ・ウォンジェ)、玄伎煥(ヒョン・ギファン)、金玉伊(キム・オギ)議員などの側近とともにバスに乗って、ボンハ村の入口近くまで、弔問するため来たが、盧前大統領側から「現地の事情が不如意だ」という話を聞いて、葬儀室を訪問できずに帰った。

実際、葬儀室の周辺には、朴前代表が来るという消息を聞いたノサモの会員などが「政治ショーをするな」と書いた札などを持って、弔問阻止の体制を整え、一時緊張感が漂いもした。

ハンナラ党出身の金炯[日+午](キム・ヒョンオ)国会議長も、午後1時40分ごろボンハ村に入ろうとした瞬間、ノサモの会員らが投げた水のはいった瓶の洗礼を受けて、歩みの方向を変えなければならなかった。

葬儀委員会側は、「盧前大統領の弔問に来た方は、誰でも温かく迎えるべきだ」、「盧前大統領が安らかに行かれるように協力してほしい」という内容の案内放送を数回行ったが、効果はなかった。

                              〈森川静子訳〉

2) ***********************************************

[聯合ニュース 日本語版 2009/05/25 08:16]
【<盧前大統領逝去> 「深い哀悼の意」金総書記が弔電】

(写真あり)
http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2009/05/25/0300000000AJP20090525000100882.HTML


(ソウル25日聯合ニュース) 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が25日、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の逝去を受け遺族に弔電を送った。

北朝鮮の朝鮮中央通信が報じたところによると、金総書記は弔電で「盧武鉉前大統領が不祥事で逝去したという消息を聞き、権良淑(クォン・ヤンスク)夫人や遺家族らに深い哀悼の意を表明します」と伝えた。通信はただ、この弔電をどういうルートで遺族に送ったかについては説明しなかった。

北朝鮮は24日、メディアを通じ盧前大統領の逝去を異例的に迅速に報じている。これに続き金総書記が弔電を送ったのは、盧前大統領が2007年に金総書記と南北首脳会談を行い、南北首脳宣言を発表するなど南北の和解・協力に寄与した点を考慮したものとみられる。

写真 ▲ 2007年南北首脳会談のようす=(聯合ニュース)


3) **************************************************

[聯合ニュース 日本語版 2009/05/25 09:04]
【<盧前大統領逝去> 全国・在外公館に焼香所設置】


(ソウル25日聯合ニュース) 政府は国内全国各地と在外公館に故盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の焼香所を設置することを決めた。

行政安全部の李達坤(イ・ダルゴン)長官は24日の会見で、盧前大統領の遺族と協議し、国民全員がともに故人を哀悼し追慕できるよう全国各地に焼香所を設置することにしたと明らかにした。

ソウル市内では、外国弔問使節らの便宜を考慮し、ソウル歴史博物館にソウル地域代表焼香所、ソウル駅前広場に焼香所を設ける。25日午前から弔問できるよう準備を進めている。地方では、各自治体ごとに弔問客を予想し、焼香所を設けるようにした。在外公館の焼香所は、外交通商部が準備を進めている。
また李長官は、各機関、政党、社会団体が室内で厳粛な雰囲気を確保した上で焼香所を設置することに対しては、可能な限り支援すると約束した。市民団体による野外での商工所設置は「方法がない」とし、不許可の立場を示した。

韓昇洙(ハン・スンス)首相をはじめ全閣僚は、25日午前9時に歴史博物館焼香所で1次焼香を行う。盧前大統領の遺体が安置されている慶尚南道金海市・ポンハでの焼香も、閣僚らが個人または数名ずつ訪問し行う予定だという。


4) *************************************************

[聯合ニュース 2009-05-23 21:54]
【<連合時論> 盧前大統領の逝去が残したもの】


(ソウル=聯合ニュース) 盧武鉉前大統領の突然の逝去で、全国民が衝撃と悲しみに陥った。「朴淵次ゲート」の捜査と関連して被疑者の身分で検察の召還調査を受けたが、投身自殺という極端なやり方で、波乱万丈だった栄誉と恥辱の生涯を終えるとは、想像さえできなかったため、その強度は強まるしかない。さらに、前職大統領が検察捜査の刃の前で、自ら命を断った事例は、憲政史上初めてのことで、「受難と悲運」まみれだった前職大統領の歴史は、またもや不幸な記録を追加するようになった。

前職大統領たちが退任後に、一様に不正と腐敗などで悲劇的な汚点を残す事例が繰り返されるのは、国家と国民のすべてに不運以外のものではない。今後は、これ以上前職大統領たちの不幸な歴史が反復されず、望ましい「前職大統領文化」が定着しうる根本的な対策を用意するための、公論の場が繰り広げられるべきだと思う。

盧前大統領自身も、「農村に帰って子供たちに希望を与えるる生活を送る」と言って、退任直後に故郷のボンハ村に帰郷したが、やはり前職大統領たちの不幸な前てつを踏むことになった。

盧前大統領が政治に入門して以後、最高の権力の座に上がるまで、道徳性を最大の徳性としてきたという点が、むしろ「潔白」の表示として、自殺を選択した背景として作用したのではないかという解釈もなくはない。しかし、「朴淵次不正」の実体的真実とは別に、この際、5年の単任制大統領に集中した絶対的権力の監視と分散が必要だという見解も、提示されている。

具体的な方案としては、 ▲国会の牽制機能の強化 ▲大統領を監視できる外部機関の設立と権限の付与 ▲市民団体の監視の役割の強化などが議論されている。反面、大統領の在任中に「生きている権力」を制限するのは事実上不可能なので、結局、大統領の意志に左右されるほかないという反論もなくはない。

盧前大統領は、遺書で、対象を特定はしなかったが、「生と死がすべは自然の一片ではないだろうか。すまないと思うな。誰も恨むな。運命だ」と語った。また、「あまりにも多くの人たち世話になり、私によっていろいろな人が受けた苦痛はあまりにも大きい」、「今後受ける苦痛も推し量ることができず、余生も人の負担になるほかない」と、複雑な心境を披歴した。

もろもろの解釈が可能だが、盧前大統領の逝去は、検察と政界、政局に、なからぬ波紋を生ずると見通される。その行方を左右する風向計は、やはり世論と民心なので、生半可な予断は禁物だ。

検察と法務部は盧前大統領に対する捜査を終結することにしたが、当初法理的攻防が予想されていた「包括的贈収賄罪」の嫌疑の立証のための全方位の圧迫が、結果的に「無理な捜査」でなかったかという世論に直面する可能性がなくはない。

ひとまず、与党の心理的負担は大きいだろうという用心深い観測が出てくるのもこのためだ。しかし、6月の臨時国会を控えて、決死の抗戦の決意を固めている与・野党が、盧前大統領の死後の政局の主導権の確保に没頭した末、国家的不幸を政略的に利用するのに汲々とする場合、逆風に巻き込まれる可能性があるということを決して見過ごしてはならないだろう。

こういう脈絡から、市民社会が理念的指向を離れ、同じく盧前大統領の逝去に深い哀悼の意を表したことは、それ自体意味があると思う。参加連帯は、「衝撃的で悲しい日だ。一部の誤りもあるだろうが、盧前大統領の我が国の民主化や政治・社会の発展に大きく寄与した点をすべて記憶し、発展させていかなければならない」と語った。

保守団体の自由青年連帯は、「非常に残念なことで、深く哀悼する」とし、ニューライト全国連合も「故人の死に悲痛な心情を抑えられない」として、追慕の志を伝えた。今は与野と保守・進歩陣営がすべて、政治的利害関係や理念的路線を超越して、相互誹謗を自制し、故人になった盧前大統領の遺族の悲しみを慰労し、国民の衝撃と痛みを慰めなければならない時だ。

                               〈森川静子訳〉

5) ************************************************

[京郷新聞 2009-05-25 00:43]
【<盧前大統領逝去> 死で守らなければならなかった良心】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=032&aid=0002012079


追慕の文

わずか1年3ケ月前までこの国の大統領だった人が、任期を終えて故郷へ帰って、普通の人として暮らそうとしていた人が、家族と共に検察の調査に苦しめられて、高い岩崖から身を投げて自殺した事実の前に、今全国民はただ驚くばかりだ。しばらく、世の中が全てが言葉を失った。

検察の処分を前にして、前職大統領の自殺によって、今の国民たちは、ただ語る言葉を失っているだけだが、そのような怱忙の中でも、この残酷な事実が外国人にはどのように受け入れられるのか、職業のせいか、わからないが、後世の歴史はまた、この事実をどのように評価するのか気にならざるをえない。

検察の処分を前にして、自ら命を断った前職大統領を追慕し、鎮魂する言葉を探すのは本当に難しいが、誰も恨まないでくれという遺言を考えて、彼の5年の治世が持つ歴史性をあらかじめ語っておくのも、追慕と鎮魂の一つの方法にならないかと思う。

もう60年を過ぎた私たちの共和主義時代を担当した各政権に対して、その歴史的業績を評価する基準を考えると、大きくく二つ挙げることができる。

その一つは、各政権ごとに政治・経済・社会・文化的な民主主義をどれくらい伸張させたのかという点であり、もう一つは、地球上唯一の分断民族として、各政権が民族の平和統一問題でどれだけの進展を成し遂げたのかという点だ。

参与政府であろうとした盧武鉉政府は、金泳三・金大中政府に続いて、国民の政治的権利を伸張させた点で大きな進展があった。そして、「左派政権」という評価を受けながらも、経済的民主主義を成し遂げようと努力し、社会的平等を拡大する政策と思想および文化面の自由を拡大することにも、人権弁護士出身政治家としての役割を全うしようとしたと評価されるだろう。

他民族の植民支配や済民族の軍事独裁を体験した民族社会は、その不幸だった時期に行われた恥ずかしい過去の歴史を清算することによってのみ、文化民族社会の隊列に入れるのだ。

軍事独裁政権の毒素を除去することに忙しかった金泳三・金大中政府がそこまで手を付けられなかった過去事清算の事業を盧武鉉政府が始めることによって、民主政権としての地位を高めもした。

一方、盧武鉉政府は、金大中政府が切り開いた平和統一政策を継承し、発展させて、任期末期ではあったが、第2次南北首脳会談を成功させて、開城(ケソン)工業団地以外に何ケ所かの公団建設の計画をたてもした。分断民族社会の場合、民主政権ならば必ず推進しなければならない平和統一の政策面でも、盧武鉉政府はやるべきことをやったのだ。

前で指摘したように、私たちの共和主義時代政権に対する歴史的評価の基準が、政治・経済・社会・文化の民主主義発展と平和統一事業の進展であることを後続の政権が知れば、第2次南北首脳会談の合意事項が実践されるだろうし、民主主義も今よりはるかに進展することによって、盧武鉉政権の業績がよみがえることになる。

無難な歴史的評価を受けうる業績を残した大統領中心制の政権の最高担当者が自殺した事実をめぐって、今人々は語る言葉を見出せないが、後世の歴史の正当な評価を期待することによって、故人を追慕し、遺族を慰労することになりうるだろう。

人権弁護士出身の民主主義信奉者として、民族の平和統一を指向する平和主義者として、検察の処分を待つことになった前職大統領として、貴重な良心を守ることは、結局自ら命を捨てる道しかないというすさまじい結論に到達するようになった現実が残念なことこの上ない。

自分の言葉のように、「決して屈せず、生きている良心」、何ものにも替えることができなかったその良心を、死ぬことで守らなければならなかった故人の冥福を祈り、また祈る。遺族にも深い弔意を表す。

                    <姜萬吉歴史学者・高麗大名誉教授>


6) *******************************************

[東亜日報 2009-05-25 04:20]
【博物館、「日常」を抱く; 尚明大-漢陽大、近代化-産業化関連の企画展】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=020&aid=0002050218


日帝強占期に作られた農業水利施設、韓国最初のコンピュータやカラオケ機器をはじめ、韓国お近代化過程と私たちの日常の変化を窺える二つの展示会が開かれている。

尚明(サンミョン)大博物館は、漢江(ハンガン)文化財研究院との共同主管で、6月2日まで尚明大展示室スペース ウォン(ソウル、鍾路区)で「ソウルの近代産業文化遺産展」を開く。

この展示は、ソウル江西(カンソ)区麻谷洞(マゴクトン)の陽川(ヤンチョン)水利組合の排水ポンプ場と事務室の遺跡に光を当てている。陽川水利組合の遺跡(登録文化財第363号)は、日帝強占期の1926年に造られ、1990年代まで使っていた農業水利施設だ。

展示は二つのセクションからなる。2006年初め一月余りにわたった指標調査の過程を収めた記録写真セクションと陽川)水利組合の遺跡を素材にした写真作家および設置美術家の作品展示セクション。

ペ・ジョンミ氏の作品「もっとスイート ハウス」は、ボックスで作った水利組合の事務室模型の上にチョコレートを撒いている。ユ・セヒ キュレーターは、「この施設が収奪のために作られたこと
を意味する弱いボックスの素材とこの施設で農業技術が発達したという意味の甘いチョコレートを対応させた作品だ」、「日帝強占期の私たちの近代化の両面性を見せている」と説明した。

鉄製の椅子に陽川水利組合のマークを付けて錆つかせることによって水利組合が体験した歳月を表した設置作品「隠すことのできないこと」(ペク・ヒョンジュン)、組合の事務室に人の影が垂れた白黒写真作品「時間空間 私」(イム・ソンウ
ク)なども展示される。

漢陽大博物館(ソウル、城東区杏堂洞(ヘンダンドン))は、8月31日まで企画展示室で行なう「モダンコリア70 : 70年間の韓国現代文化革新」で、韓国最初のカラオケ機器、最初のミネラルウォーターや焼酎などを展示する。

注目される展示物の一つが、1964年漢陽大工学部のイ・マニョン教授が開発した韓国最初のアナログコンピュータだ。現在の半導体チップを利用したコンピュータでなく、真空管を利用して製作したコンピュータで、1962年から1964年に3号機まで開発したが、1、2号機は火災で消失し、3号機が最も古いコンピュータとして残っている。コンピュータ工学という概念がなじみのなかった時期に誕生した国内コンピュータ産業の嚆矢(こうし)といえる。

1981年三宝で作って最初に市中で販売したコンピュータ(モデル名 SE-8001)も展示される。1991年釜山の永豊電子で開発した国内最初のカラオケ機器は、現代韓国人の遊びの文化を見せる。

最初の冷蔵庫や電子レンジなどの家電製品と1952年大量生産した初めての焼酎の洛東江焼酎、1976年に販売した最初のミネラルウォーターのダイヤモンドの泉水の瓶を通して、私たちの生活文化の変化を窺うことができる。

キム・スン学芸科長は、「こういう遺物を通して、現在の生活を客観的にながめ、未来の流れを予測できると考え、展示を企画した」と語った。 (イ・セセム記者)


7) **********************************************

[聯合ニュース 2009-05-23 20:24]
【民労総、ソウル集会を強行…衝突なし】


(ソウル=聯合ニュース)イム・ヒョンソプ記者= 民主労総は、23日、警察の都心の集会の禁止通告があったにもかかわらず、決議大会を強行したが、警察との特別な衝突なしに解散した。

民主労総ソウル本部は、この日午後組合員200余名参加して、鍾路区の東和(トンファ)免税店の前で、「故パク・ジョンテ烈士の精神の継承と労働基本権争奪などのための決議大会」を開き、労組弾圧の中断と特殊雇用労働者の労働権の保障などを求めた。

彼らは、「警察が労働者たちの正当な権利を認めず、無慈悲に弾圧して、結局パク・ジョンテ烈士を死に追いやった」、「パク烈士の意志を受け継いで、6月ゼネスト闘争を展開する」と発表し、午後5時30分ごろ自主解散した。

この日、民労総の全国同時多発集会は、警察の集会禁止通告で記者会見に変えた大田と、本部の事情で集会をあきらめた京畿を除いて、13の市・道で予定どおりに行われた。

         -----------------------------------
 

 盧武鉉前大統領の遺書 全文; <盧前大統領逝去> 年譜など5記事を紹介いたします。   (滝尾英二)         

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 5月24日(日)22時15分54秒
 
 盧武鉉前大統領の遺書 全文; <盧前大統領逝去> 年譜; <盧前大統領逝去> 遺体戻り、悲しみに暮れる地元など5記事が、福留範昭先生から届きました。私も福留範昭先生と同様、過去の清算を推進したことを尊敬しています。取りあえず、『滝尾英二的こころ Part2』など、私が関係しているホームページなどの掲示板に投稿します。

 盧武鉉前大統領の亡くなられたことをこころから悲しむとともに、故盧武鉉前大統領のご冥福をお祈りいたします。

 この記事を訳し、届けていただいた福留範昭先生、および 森川静子先生に感謝します。

          人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

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 福留です。昨23日、盧武鉉前大統領が亡くなられました。
私は、あの飾り気のない話し方、哲学をもって政治に向かった姿勢が好きでした。そして、なによりも過去の清算を推進したことを尊敬しています。

1) 盧武鉉前大統領の遺書 全文 (聯合ニュース)
2) <盧前大統領逝去> 年譜 (聯合ニュース)
3) 盧前大統領の波瀾万丈な人生経歴 (MBS)
4) <朴トンチョン コラム> 最初で最後に、「閣下」と呼びます (プレシアン)
5) <盧前大統領逝去> 遺体戻り、悲しみに暮れる地元 (聯合ニュース)

1) ****************************************************************************

[聯合ニュース 2009-05-23 14:23]
【盧武鉉前大統領の遺書 全文】


あまりにも多くの人々に世話になった。私のために、いろいろな人が受けた苦痛はあまりにも大きい。今後受ける苦痛も推し量れない。余生も、人の荷物がなるしかない。健康が良くなく、何もすることができない。本を読むことも、文書を書くこともできない。あまり悲しむな。生と死は、ともに自然の一片ではないか。申し訳なく思うな。誰も恨むな。運命だ。火葬しろ。そして、家に近い所に非常に小さな碑石1つだけを残せ。昔からの考えだ。 (ソウル=聯合ニュース)

                              〈森川静子訳〉

2) ****************************************

[聯合ニュース 2009/05/23 11:54]
<盧前大統領逝去> 年譜

▲1946.8.6(陰暦)==慶南・金海(キメ)市進永邑本山里で出生
▲1959.2 =慶南・金海・陣営(チンヨン)テチャン小学校を卒業
▲1963.2=慶南・金海・陣営中学校を卒業
▲1966.2=釜山商高を卒業(53回)
▲1973.1=権良淑(クォン・ヤンスク)女史と結婚
▲1975.3=第17回司法試験に合格
▲1977.9=大田地方法院(裁判所)判事
▲1978.5=弁護士を開業(現、法務法人 釜山)
▲1981.10=プリム事件の弁論以後、人権弁護士としての活動を開始
▲1987.9=大宇(テウ)造船事件で拘束、弁護士業務停止の処分
▲1988.4=第13代国会議員(統一民主党、釜山東区)
▲1988.12=「第5共和国不正調査特別委員会」委員として活動、「聴聞会のスター」として脚光
▲1991.9=新民、民主の野党圏の統合を主導(統合交渉の代表)
統合民主党スポークスマン
▲1992.3=第14代総選挙に出馬(民主党、釜山東区)落選
▲1993.3=統合民主党最年少の最高委員
▲1995.6=釜山市長選挙に出馬
▲1996.4=第15代総選挙に出馬(民主党、ソウル・鍾路)落選
▲1996.11=国民統合推進会議で活動
▲1997.11=新政治国民会議副総裁
▲1998.7=15代鍾路区補欠選挙に出馬(国民会議)当選
▲2000.4=第16代総選挙に出馬(新千年民主党、釜山北・江西(カンソ)乙)落選
▲2000.8=海洋水産部長官、在任(2000.8-2001.3)
▲2001.9=釜山後援会で大統領選挙への挑戦を宣言
▲2002.4=国民参加競戦を通して、民主党大統領候補に選出
▲2002.11=国民統合21の鄭夢準(チョン・モンジュン)代表と候補を単一化
▲2002.12.19=第16代大統領に当選
▲2003.2.25=第16代大統領に就任
▲2004.3.9=ハンナラ党・民主党、弾劾訴追案を国会に提出
▲2004.3.12=国会弾劾訴追案、可決
▲2004.5.14=憲法裁判所、弾劾訴追案を棄却
▲2005.7.28=ハンナラ党主導の大連合政府構成を提案
▲2007.10.3~4=平壌で南北首脳会談を開催
▲2008.2.24=大統領の任期終了
▲2008.12.4=兄の盧建坪(ノ・コンピョン)氏拘束
▲2008.12.12=後援者の朴淵次(パク・ヨンチャ)泰光(テグァン)実業会長、拘束
▲2009.3.23=「朴淵次ゲート」の関連で、秋富吉(チュ・ブギル)前大統領府広報企画秘書官、拘束
▲2009.4.7=ホームページに「朴淵次ゲート」に関連して、「私の家でお願いして金を受け取って、使用」との謝罪文を掲示
▲2009.4.10=「朴淵次ゲート」の関連で、おい(めい)婿のヨン・チョロ氏を調査
▲2009.4.11=「朴淵次ゲート」の関連で、権良淑(クォン・ヤンスク)女史、釜山地検で調査
▲2009.4.12=ホームページに「釈明と防御が必要だ」という文を掲示。盧建昊(ノ・コンホ)氏を調査。
▲2009.4.26=検察に出席を通知
▲2009.4.30=検察、召還調査
▲2009.5.23=盧前大統領逝去

                                〈森川静子訳〉

3) ****************************************

[MBC 2009-05-23 23:01]
【盧前大統領の波瀾万丈な人生経歴】

(動画あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=214&aid=0000105508


<ニュースデスク>
▲ANC▲
盧前大統領の人生の路程は、一言で言って波瀾万丈でした。貧しい家に生まれて、大統領にまでなりましたが、結局悲劇的に生を終えてしまいました。イ・サンホ記者が振り返りました。

▲VCR▲
1946年慶尚南道金海(キムヘ)で出生した盧武鉉前大統領は、幼くして頭脳明晰で、学業成績に優れたが、家が貧しくて、大学に行くことができませんでした。

釜山商高を卒業し、三十という年齢で遅く司法試験に合格しました。1981年プリム事件の弁論をはじめに、人権弁護士に変身した盧前大統領は、87年催涙弾で死亡した大宇造船のイ・ソクキュ氏の死因を調査をして、拘束されもします。

続いて、金泳三当時の統一民主党総裁の勧誘で政界に入門した後、第5共和国の聴聞会を通して注目を浴びるようになります。

▲SYN▲ 第5共和国不正聴聞会当時
「それでは、国民の非難は誰が責任を負うのですか。本議員は解決されない疑惑が、非常に多く残っています。」

91年、3党合同に反対して離党した後、3回も続けて落選する試練を体験しもしましたが、2002年大統領選挙で変化と改革を旗じるしにして、劇的に勝利し、16代大統領に当選しました。

▲SYN▲ 大統領選 当選当時

「正直に一生懸命働く人々が成功する真の普通の人々の社会を必ず作ります。」

しかし、任期中続けて政治改革や言論改革、過去事の問題などで葛藤が絶えず、イラク戦派兵、韓米FTA推進などの実用主義政策を推進する過程で、反対勢力はもとより、支持勢力の反発に直面して、厳しいレイムダックに苦しみもしました。

退任後、故郷で農作業をするという素朴な夢を咲かせたが、本人と家族が不正疑惑で捜査を受けて、歴代大統領のうち3回目に検察に出頭する身になりました。

韓国社会の非主流出身で、一時「改革」の希望だった盧前大統領は、結局、不正疑惑の渦の中で、63歳の屈曲の多い生涯を終えました。 MBCニュース イ・サンホでした。


4) ***********************************************

[プレシアン 2009-05-23 18:26]
【「盧武鉉大統領却下、天国で平安になさって下さい」】

<朴トンチョン コラム> 最初で最後に、「閣下」と呼びます

朴トンチョン全北大教授


今日は、近所の親しい人たちと山に行ってきました。行き帰りに、大統領が苦難に遇っているけれど、打ち勝たれるだろうと笑いながら話しました。家に帰って、子供が「盧武鉉大統領が亡くなった」と言うので、えっと思って、子供に確認しました。

「盧大統領だったら、盧泰愚大統領のことだ」と言いながら、子供が観たニュースに「武鉉」の二字がないことだけを祈りました。残忍な記事を自分の目で確認しても、しばらく信じられず、今でも自分の目に、故人の涙が夢ならば良いと思います。

大変だとは分かっていましたが、そこまでとは知りませんでした。昨年8月にお伺いした時、苦しんでいる渦中でも、毅然とされていて、その程度のことだと敢えて思いました。

大統領職につかれていた時、あの侮辱と苦難にあわれても、堂々とした意志を示されていたので、いつまでも屈しないだろうと信じていました。進歩という人たちが、虚しい夢想を追おうとして、あなたを攻撃し、背を向けても、希望を大切にして、いつも私どものそばで灯になっていただけると思っていました。

ニュージーランドに滞在していた時、朴淵次(パク・ヨンチャ、泰光実業会長)醜聞報道を見ながら、どんなに大変か推察できなことはありませんでしたが、この無能なできそこないが小心で卑怯で、もう少し積極的に弁護して差し上げることができませでした。

私は、大統領が率直な日常語で話すの最も好きでした。あのような語り方はする人に嘘をつく人がいなかったので、私はあなたの正直さに対しては、一抹の疑いも抱いたことはありません。あくどい保守派はもちろん、進歩という人たちまでも、あなたに食らいつくとき、私は、彼らが何よりもあなたの正直さを恐れていると思いました。

しかし、こういう話をもう少し公開的に主張する前に、あなたは逝かれてしまったのですね。限りなく涙が流れます。日帝の高等係の刑事のような検察が煩わしいという程度だったら、簡単に打ち勝たれてことでしょう。

李明博や方相勲(バン・サンフン)[朝鮮日報代表理事]が復讐することぐらい、笑いながら乗り越えられたことでしょう。期待した人たちに失望を与えたために、最も心が痛かったことでしょう。

しかし、私は大統領のために、傷心したことはありません。今でも、大統領が感じた痛みを思えば、涙で前が見えませんが、大統領が私どものそばを離れられたために傷心しません。私どもに残されたことたちがあり、そのことのために、いつも私どもの気持ちの中に生きておられるだろうと確信するからです。

大統領を困らせたすべての人種たち指さしていちいち非難したいのですが、「恨むな」と言われた言葉に今は従います。検察が、法で人を捕まえる人間の猟犬役割をしたのではないかと思っても、今は問い詰めず、贋進歩たちの自己防御用の潔癖症が大統領にどれくらい負担になったかも今は追求せず、李明博長老がキリスト教の仮面をかぶってピラト(Pilatos)の役をする姿も、今は告発しません。

ただし、大統領が一生を捧げて念願されたとおり、民主主義が一時的な気流でなく、制度として、システムとして作動しうるように、私の残った人生を捧げます。

民主主義の制度的軸を確立するために、必要に応じて、法という名目の人間ハンティングを行って、進歩的潔癖症という名の自己保護本能を問題にし、李明博長老のピラト性を告発します。

今はせずに、今後少しずつ、大統領が今までしてこられたようにしつこく一つひとつを明らかにします。是非一度申し上げて許しを請うことががありましたが、今日明日と延ばしていて、悲報をむかえてしまいました。私がこの間書いた文章で、大統領に礼をわきまえずに言及したものを、もしも見られたとしたら、是非釈明を申し上げたかったのです。

私は、尊敬していない大統領に敬称を使うのが嫌いだ上、敬称などそれほど好きでない盧武鉉大統領の気質に沿うように、そうしたことを是非一度は直接申し上げたかったのです。

大統領が、「政治的に未熟だった」という私の評価も、大統領の成果を低く見るというよりは、残念、特に、現実を無視する進歩陣営に牛を失って牛小屋でも直せという心情で述べた言葉であることを、是非一度は弁解したかったのです。

何よりも、私が人間盧武鉉はもとりより、政治家盧武鉉もあまりにも愛し、好きだったことを是非一度は告白したかったのです。愛するという言葉を一度も言えずに、愛していたと言うしかできなくなって、涙がまた流れ、号泣を防ぐ術がありません。

このように先発たれたましたが、「生と死は一つ」という言葉で、すでに平安な姿を、私は見ます。生前に、あなたをいじめたすべての人たちは、しばらく粛然としていて、近いうちにまた誰かを探して苦しめるでしょうが、彼らのためにこれ以上心を痛めずに、今はあなたの平安だけを求められるよう願います。

生前に来世に関して、意識的にはどのような立場を取られたかに関係なく、私が信じる天国では、高い席を予備して、あなたを迎えただろうと確信します。

大統領様と同じ時代を生きられて幸せだったことを、生きている間、隣人に伝えます。盧武鉉を大統領に選んだのが、大韓民国にとって栄であったことを、貧しい文才が許する限り、広く深く知らせます。

閣下という呼称を嫌われましたが、今日は最初で、最後に閣下と呼びたいと思います。この呼称がなぜ嫌いなのかを身にしみて共感しますが、今回だけはそう呼ぶことを許してくれと面前で駄々でもこねられたら良いのですが。

李承晩、朴正煕、全斗煥はもちろん、さらに金大中大統領にも閣下の呼称は使ったことがなく、今後らどんな大統領にも閣下と呼ぶつもりは全くありませんが、生まれて最初で、最後に、閣下という言葉を呼称として使うことお許し下さい。

盧武鉉大統領却下、天国で平安になさって下さい。

2009年5月23日

ニュージーランド ハミルトンにて
朴トンチョン拝


5) *********************************

[聯合ニュース 日本語版 2009/05/23 21:10]
【<盧前大統領逝去> 遺体戻り、悲しみに暮れる地元】

(写真あり)
http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2009/05/23/0800000000AJP20090523001900882.HTML


(金海23日聯合ニュース) 慶尚南道・梁山市の釜山大学病院に安置されていた盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の遺体が23日午後6時30分ごろ、自宅のある金海市・ポンハ集落に戻った。盧前大統領の支援団体会員らや追悼に訪れた市民ら、地元住民らが出迎え、遺体を乗せた車がポンハ集落に到着するや、嗚咽の声が響き渡った。盧前大統領が飛び降りたという岩を遠めに見ながら、涙を流す市民の姿も見られた。

写真 ▲ 地元・ポンハ集落に戻った盧前大統領の遺体=23日、金海(聯合ニュース)


丁世均(チョン・セギュン)代表ら民主党指導部20人余りは、午後からポンハ集落を訪れており、盧前大統領の遺体の到着を待ち、涙で出迎えた。一部住民や追悼に訪れる市民が、民主党関係者らに「民主党の過ちが盧前大統領を死なせた」と強く抗議する一幕もあった。

盧前大統領の遺体は、ポンハ集落の会館に安置され、臨時の焼香所も設置された。盧前大統領の長男・建昊(ゴンホ)氏と長女・静妍(ジョンヨン)氏が遺族代表として弔問客を迎えているが、権良淑(クォン・ヤンスク)夫人の姿は見られなかった。

柳時敏(ユ・シミン)元保健福祉部長官ら、盧武鉉政権当時の閣僚と側近らや政治家が相次ぎ弔問客に訪れている。丁民主党代表は、沈痛な表情で言葉なく弔問し、金槿泰(キム・グンテ)常任顧問は「悲しく残念なこと」と短く語った。進歩新党の魯会燦(ノ・フェチャン)代表は「衝撃と悲しみの中にある国民に深く慰労をささげる。民主化以降最大の悲劇であり、2度とこうしたことがないよう捜査慣行や政治文化は深く省察しなければならない」と述べた。

写真 ▲ ポンハ集落を訪れた民主党指導部=23日、金海(聯合ニュース)

一方、集落の多目的広場駐車場に数千人の弔問客が待機しており、その後も数は増え続けている。一般弔問は現在のところ準備が整っておらず、午後10時以降に可能になる見通しだ。

政府は23日午前と午後にわたり関係官庁緊急閣僚会議を行い、盧前大統領の争議について論議したものの、形式と手順に関する結論を下すことはできなかった。国民葬とするか家族葬とするか最終決定が出なかったが、汎政府レベルで争議関連準備と支援を徹底していく方針を固めた。

      ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

「シルミ島」の作家が描いた小鹿島の悲劇 (聯合); <萬物相> ハンセン病元患者の心の傷をいやすには (朝鮮日報)の記事

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 5月16日(土)06時02分35秒
 
 福留範昭先生から韓国の過去問題に関する5記事が滝尾宛にメールで送られてきました。これを『滝尾英二的こころPar2』の掲示板に掲載します。『聨合ニュース』の翻訳していただいた森川静子先生、また、メールを翻訳し、届けていただいた福留範昭先生に感謝します。

 また、(1)「シルミ島」の作家が描いた小鹿島の悲劇  (聯合ニュース)、及び(2)<萬物相> ハンセン病元患者の心の傷をいやすには (朝鮮日報)の2記事お
を『滝尾英二的こころ』などの掲示板に投稿します。

                       人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                         ‘09年05月16日(土曜日)05:55

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  福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 「シルミ島」の作家が描いた小鹿島の悲劇  (聯合ニュース)
2) <萬物相> ハンセン病元患者の心の傷をいやすには (朝鮮日報)
3) <釜山> 日本色を消して、伝統様式に復元 (YTN)
4) ニューライト市場主義の起源は 「左翼」 (時事IN)
5) チョン・イヒョン氏と江國香織氏、韓日女性作家が対談 (聯合ニュース)

1) ******************************************************************************

[聯合ニュース 2009-05-14 11:17]
【「シルミ島」の作家が描いた小鹿島の悲劇; 白東虎の小説 『麦畑に月が昇れば』出版】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=001&aid=0002659421


(ソウル=聯合ニュース)コ・ミヘ記者= 映画でも製作された小説『実尾島(シルミド)』を通じて北派特殊部隊員の実体を伝えた小説家白東虎(ペク・トンホ、54)氏が、今回は日帝強占期の小鹿島(ソロクト)の隠された真実を持って帰ってきた。

長編小説『麦畑に月が昇れば』(明るい世間発行)は、日帝時代の癩病患者の集団居住地域である小鹿島で行われた生体実験についての話だ。

小説はハンセン病患者のハン・サンヒョクを中心に小鹿島の4代院長の周防が赴任した1930年代に遡って始まる。小鹿島を「癩病患者の楽園」にするという周防院長の甘言利説に多くの癩病患者が小鹿島にやってきて、屋根裏部屋に隠れて暮らしていたハン・サンヒョクも家族に黙って小鹿島行きを決心する。

癩病患者たちは、そこで人間以下の扱いを受け、強制労役に動員されても、楽園建設に対する夢を捨てない。そうしている間に、生化学兵器の開発のために創設された日本の731部隊が小鹿島での生体実験を計画し、医師オウサカを派遣して癩病患者を対象に破傷風菌と壞疽菌を研究する。

オウサカから破傷風菌の注射を打たれた癩病患者たちは、わけも分からないまま100%死亡した。日帝の小鹿島の楽園建設は、生体実験のための口実に過ぎなかったとういう作家は、これを伝えようと10年間数多くの参考文献と関連者の証言、時代的状況などを緻密に調査し分析して、この小説を執筆したという。

作家は、序文で「マルタとして殺害されて火葬されたハンセン者1万余名の遺骨は、納骨堂に安置されなかった」、「海に捨てられて、いまでも怨恨の血の涙に濡れているだろう小鹿島の悲しい霊魂たち、この一冊の小説と私の熱い涙を捧げる」と語った。

400ページ、1万1千ウォン。


2) ***********************************************

[朝鮮日報 日本語版 2009/05/14 17:07:46]
【<萬物相> ハンセン病元患者の心の傷をいやすには】

漫画 http://www.chosunonline.com/news/20090514000046


1960年代、小鹿島(全羅南道高興郡)のハンセン病患者たちは、子どもと一緒に暮らすことができなかった。子どもたちは児童保育所に預けられ、1カ月に1回だけ面会が許された。それも道路を挟んで2メートルほど離れたところで、親子がそれぞれ1列に並んで、互いに眺めることしかできなかった。「病気がうつる」というのがその理由だった。患者たちはまた、強制的に断種手術を受けさせられた。小鹿島でハンセン病患者の隔離が行われるようになったのは、日本統治時代の1916年、ここにハンセン病患者の治療を行う「慈恵医院」が開設されてからのことだ。60年代初めには、収容患者は6000人に達した。

ハンセン病の患者たちは「らい病」「ムンドゥン病」などと言われて後ろ指を指され、小鹿島へ行くときはとてつもない悲しみを味わった。筏橋駅に降り立ってもバスは乗せてくれず、50キロもの道を歩かなければならなかった。「行けども行けども黄土のでこぼこ道が続くだけ/見知らぬ人と出会っても/仲間同士だと思いうれしくなる/息が詰まるような暑さの中 足を引きずりながら歩く道/行けども行けども千里 遠い全羅道への道」。ハンセン病を患った詩人の韓何雲(ハン・ハウン)=故人=は、その受難の道を『全羅道への道』という歌にした。

ハンセン病の患者たちは62年、小鹿島の近くにある島を埋め立て、約990万平方メートル(300万坪)の干拓地を農地に変える事業に取り組み始めた。患者たちにとっての「天国」を造ろうとしたのだ。約2500人の患者たちが、スコップと鍬(くわ)だけを手に、3年間にわたって1500メートルの道を造った。ところが、完成を目前にして、近くの住民たちに追い出されてしまった。

イ・チョンジュン氏はこの話を基に、『あなたたちの天国』という小説を書いた。一方、57年には慶尚南道泗川郡(現・泗川市)で、島の開墾事業を行っていた約100人の患者たちが、近くの島の住民たちに竹槍やスコップで殴られ、約20人死亡する事件も起こった。

1963年にハンセン病の患者に対する隔離・収容政策が廃止されるまで、約2万人の患者たちが国立小鹿島病院や特定地域に送り込まれ、監禁・暴行・強制堕胎などの被害を受けた。韓昇洙(ハン・スンス)首相が今月16日、小鹿島病院の開院93周年記念式典に出席し、ハンセン病の元患者や家族たちに対し、韓国政府として初めて公式な謝罪を行う。

国会で先月、ハンセン病の元患者である林斗成(イム・ドゥソン)議員(ハンナラ党)が、隔離・収容政策によって患者たちが人生を台無しにしたことに対し謝罪を求めたのを受けてのことだ。なお、日本では2001年、当時の小泉純一郎首相が、ハンセン病患者の隔離政策について謝罪し、一人当たり800万-1400万円の補償を行った。

現在、ハンセン病の患者(元患者を含む)は約1万5000人で、その大部分が小鹿島や全国89カ所の「回復者定着村」に居住している。1年間に新たにハンセン病にかかる人は約10人程度だ。遺伝することはなく、治療薬だけを飲んでいれば、他人にうつることも99%ない。そのため、ハンセン病は「伝染病」ではなく「貧困病」と呼ばれている。政府は現在、「ハンセン病元患者に関する特別法」を制定し、被害の調査を行っている。しかし、ハンセン病の元患者たちが受けた心の傷をいやすためには、韓国社会におけるハンセン病に対する誤った偏見や、患者たちへの差別意識を完全になくしていくことが何よりも重要だ。 (キム・ドンソプ論説委員)
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  韓総理、16日に小鹿島病院を訪問 (聯合ニュース)                (滝尾)            

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 5月14日(木)18時37分3秒
 
 福留範昭先生から韓国の過去問題に関する4記事が滝尾宛にメールで送られてきました。これを『滝尾英二的こころPar2』の掲示板に掲載します。『聨合ニュース』の翻訳していただいた森川静子先生、また、メールを翻訳し、届けていただいた福留範昭先生に感謝します。

 また、(1)「韓総理、16日に小鹿島病院を訪問 (聯合ニュース)」を『滝尾英二的こころ』などの掲示板に投稿します。

                           人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                            ‘09年05月14日(木曜日)18:30

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 福留です。続いて、韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 韓総理、16日に小鹿島病院を訪問 (聯合ニュース)
2) 統計で見た5・18 29周年.‥‥補償者5,189名 (聯合ニュース)
3) 「過去事の究明をしない国、愛国もない」 (京郷新聞)
4) <インタビュー> 訪韓した日韓仏教交流協議会の宮林昭彦会長 (聯合ニュース)

1)*******************************************************************************

[聯合ニュース 2009-05-13 09:02]
【韓総理、16日に小鹿島病院を訪問】


(ソウル=聯合ニュース)チョン・ユンソプ記者= 韓昇洙(ハン・スンス)国務総理は、今月16日全南・高興(コフン)の国立小鹿島(ソロクト)病院で開催される「全国ハンセン家族の日」の記念式に参加する。

総理室は13日、「韓総理はハンセン家族の日の行事に出席し、この間苦痛を経験してきたハンセン病患者たちを励まし、彼らが経験した社会的差別に対して遺憾の意向を表明する予定だ」と発表した。総理がハンセン者の家族の日の行事に参加するのは、今回が初めてだ。

これに先立って、韓総理は、先月の国会の政府に対する質問で、ハンナラ党の林斗成(イム・トゥソン)議員が、ハンセン病患者の人権問題を指摘すると、「社会的冷遇と差別、偏見の中で困難を経験したハンセン者とその家族の皆さんに、政府を代表して深くおわびと慰労の言葉を申し上げる」と語った。

                                 〈森川静子訳〉
 

 「うっ血性心不全」に罹患して!         (滝尾)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 5月12日(火)19時54分10秒
 
 滝尾です。4月30日の夜、広島市立安佐市民病院へ救急車で運ばれ、入院して加療した病名は、「うっ血性心不全」だということです。ちなみに、「うっ血性心不全」をパソコンで「検索」したら、次のような内容の各説明が、書かれていました。

 多々ある私の持病に、今度、新たに「うっ血性心不全」が加わったということです。自宅通院での加療となします。呼吸困難、喘鳴などを認める: 症状, 努力性呼吸、著名な発汗、喘鳴、頚動脈の怒張、浮腫など」など、非常に激痛が襲う、病です。担当医師は、循環器科です。自宅での自室の寝台で、横たわっています。「下痢」の症状も、止まりません。「うつ病」がおこったせいか、「生きる意欲」を喪失しており、これは、広島市立安佐市民病院の神経科・精神科で加療しています。5月15日には安佐市民病院の内分泌科、5月18日には、安佐市民病院の神経科・精神科の医師の診断を受けるため、タクシーで通院します。高齢者医療、介護の国の基本的施策には、腹立たしい思いです。

詳細は、病者の立場から、今後、書いていこうと思います。


          人権図書館・広島青丘文庫   滝尾英二  (5月12日:夜)

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(「検索資料」)

うっ血性心不全 - goo ヘルスケア
gooヘルスケア 家庭の医学。うっ血性心不全。高齢者での特殊事情 心不全とは、さまざまな原因により心臓のポンプ機能が損なわれた状態を指します。心臓は全身に必要とする血液を送り出すポンプですが、このポンプのはたらきが低下して肺や末梢の組織に ...
health.goo.ne.jp/medical/search/10240200.html - 35k - キャッシュ - 類似ページ

心不全

また血液の渋滞(うっ血)も生じ肺うっ血による呼吸困難や全身のむくみが生じます。 心不全は種々の心臓病や、心臓以外が原因でおこり、心臓が最終的に至る生命の危険を伴う状態で、病名というよりは症候名、症候群です。また心不全のことを「うっ血性 ...
www.gik.gr.jp/~skj/chf/chf.php3 - 27k - キャッシュ - 類似ページ

うっ血性心不全(うっけつせいしんふぜん):病気の症状に関する用語集
うっ血性心不全(うっけつせいしんふぜん). 症状. 左心室側のポンプ機能が低下…全身に血液が送り出せないため、肺に血液のうっ血が起こり呼吸困難になります(肺うっ血)。ひどくなると夜間に突然呼吸困難になったり、上半身を起こさないと呼吸ができ ...
www.kyu9.net/2005/06/post_98.html - 11k - キャッシュ - 類似ページ

うっ血性心不全
ファイルタイプ: PDF/Adobe Acrobat - HTMLバージョン
今回はうっ血性心不全の症例を通し. て、臨床薬剤師としての症例の見方お. よび必要な知識について述べたいと思. います。 .... から、うっ血性心不全と診断され、治. 療が開始されました。 また、動脈血ガス分析も心不全の病. 態の把握に重要です。 ...

うっ血性心不全/治る.com/naoru.com/
うっ血性心不全. (厚生労働省), 心臓の機能障害。左心の場合には、左心室機能の急速な低下によって肺に血液がうっ滞して呼吸困難、喘鳴などを認める。 症状, 努力性呼吸、著名な発汗、喘鳴、頚動脈の怒張、浮腫など. 原因となる主な薬剤 ...
www.naoru.com/ukketu-1.htm - 16k - キャッシュ - 類似ページ

うっ血性心不全ナビ
うっ血性心不全ナビは、呼吸困難で大変な苦痛を伴う『うっ血性心不全』の原因、症状、治療、予後、高齢者独特の症状などについて調べています。
pop360.lovesick.jp/ukketsu/ - 5k - キャッシュ - 類似ページ

うっ血性心不全とむくみ全身的にむくみがあり、体位に関係がある場合などは「うっ血性心不全」が考えられます。この病気は、比較的中高年以降、老年者に多いとされています。
 

 完治したわけでは、ありませんが、広島市立安佐市病院を退院し、通院で加療に努めます!   (滝尾)           

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 5月10日(日)16時58分17秒
 
 完治したわけでは、ありませんが、広島市立安佐市病院を退院し、通院で加療に努めます!

           人権図書館・広島青丘文庫   滝尾英二

              ‘09年05月10日 (日曜日) 17:00


 「急性心不全」と「肺呼吸に酸素欠乏」で、4月30日の深更、「救急車」で広島市立安佐市病院に運ばれました。1~2時間、病院に運ばれるのが遅れたら、心臓の鼓動停止という際どいタイミングでした。78歳まで生きた私にとって、余り惜しくないいのちですが、生きておれば、まだ何がしかの仕事は可能だし、「生きて」いることに、何がしかの意義があるのかもと、思っています。5月15日は安佐市病院の内分泌科、5月18日には安佐市病院神経科・精神科へ通院します。


 入院中は、24時間終始「点滴」と、膀胱へはゴム管をとうして、尿をとりました。毎朝とる「胸部のレントゲン」、「内臓のエコー」「24時間中、心電図、血圧、脈拍」など数字ぐくめの毎日でした。両手は、血管に何本もの針のついたゴムチューブ、寝台にねそべって、食事、排泄の毎日でした。過去の思い出を「モノクロ」画像として思いながら、時間を遂やいましたが、これも「おつ」なものですよ。

 わが妻の、私への「介護生活」。感謝でいっぱいです。当分、研究生活は出来そうにありませんが、近況報告を兼ねて、現在の「医療」と「介護」の課題や問題点は、引き続き、ホームページに、投稿させていただきます。よろしくお願いいたします。
 

パート1から転載

 投稿者:管理者  投稿日:2009年 5月 3日(日)01時50分0秒
  パート1から以下転載します。
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滝尾英二からの伝言「入院しました」  投稿者:スタッフ  投稿日:2009年 5月 1日(金)21時54分9秒
   こんばんわ。当サイトのスタッフです。

著者・滝尾英二は、昨日(4月30日)、市内の病院に搬送され、緊急入院しました。
そのことについて、著者より伝言のメモが届きました。
以下、掲載します。

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4月30日午後8時30分、呼吸困難、心臓の痛みが起こる。
午後9時45分、広島市安佐市民病院に情況報告。ベッド1台確保。

119番に電話し、救急車にて同病院へ行く。
心不全の起こるおそれ、あり。その対応、治療を受く。
2時間のち、一応、落ち着く。一夜、眠れず。

朝、気分良好となる。当分、入院が必要。

残念だが「滝尾英二的こころ Part2」に書けず。
しばらく、投稿中止します。

関係者の皆さんに心から感謝します。

2009年05月01日午前9時35分 安佐市民病院の病室にて
人権図書館・広島青丘文庫 滝尾英二

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メモの内容は以上です。
 

 介護保険制度、及び 高齢者の介護予防に関する広島市から送されてきた『パンフ』を読みながら‥‥!    (滝尾)    

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月29日(水)22時47分10秒
 
【介護保険制度、及び 高齢者の介護予防に関する広島市から送されてきた『パンフ』を読みながら‥‥】

     人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二  (‘09年04月29日 22:40)


 本日(4月29日)の午後03時05分から、「介護保険<サ-ビスが足りない>」がNHK総合テレビで再放送された。先日もこの特集番組の内容を紹介したが、本日、再度視聴してみて、改めて現在の「介護保険<サ-ビスが足りない>」の実体や問題点を痛感した。

 先日、広島市から次の二冊の「パンフレット」が、要支援者である滝尾宛に届けられてきた。一冊は、広島市社会局介護保険課発行の『介護保険制度の案内』(A4版:26ページ)である。いま一冊は監修:東北大学大学院医学系研究科教授・辻 一郎;発行広島市(A5判16ページの『はじめましょう介護予防:いつまでもこのまち、この家ですごすために』である。この「はじめに」の記載には、『介護予防』は「‥‥次の3つの習慣が大切である」として、「①活動的に暮らすことで老化を遅らせる」「②運動などで心身機能の保持・増進をはかる」「③太病やけがを予防する」とある。

 最初に「生涯を自立してすごすために」として、「健康高齢者12か条」として、「国民健康保険中央会の調査による」として、下記の12か条をあげている。

1、食事は一日3回規則正しく。
2、よくかんで食べる。
3、野菜、果物なぢお食物繊維をよくとる。
4、お茶をよく飲む。
5、たばこは吸わない。
6、かかりつけ医を持っている。
7、自立心が強い。
8、気分転換のための活動をしている。
9、新聞をよく読む。
10、テレビをよく見る。
11、外出をすることが多い。
12、就寝・起床時刻が規則的。

 NHKが調査した新宿区の公営マンションを取材した高齢者、認知症を含む高齢者や、老老介護、ひとりで暮らす認知症の高齢者生活、その上、低額な介護、また多額な医療費など、政府や行政の介護、医療を不問にして、高齢者個人の責任に『介護予防』の問題として、矮小化していること。また、「かかりつけ医」が時間をかけて、相談に応じることが、実際として、可能かどうかも検討する必要異がろう。

 NHKが調査した新宿区の場合、地域包括支援センター職員数は、5名で、少なくとも、職員数は、10名と倍増することが必要だという。たくさんの要支援、要介護者、また、介護保険制度自体を知らない高齢者。また、短期入所生活介護(ショートステイ)にしても、入所希望者がいても、短期入所施設、特別擁護老人ホームのベッド数の不足。要支援者の利用できない特別擁護老人ホーム、介護老人保健施設など「施設サービス」は、十年前に介護保険制度が出来たときの計画は、出来ていない。こうした行政責任を無視して、高齢者個人の問題にすり替えてしまって、よいものだろうか。

 施設サービス費は1か月あたり、利用者負担の目安(相部屋)は、「8万0400~8万8600円」だと書かれている。年額とすると「×12」だから、一人当たり100万円余。夫妻が入所すれば、200万円余。こうした負担が、可能か、どうか? 施設サービスを利用した場合、サービス費用の一割、日常生活費などに加え、居住費、食費が原則自己負担になるという。


 先日も『滝尾英二的こころ』などの掲示板に投稿したが、「‥‥ 全国13カ所の国立ハンセン病療養所を地域住民に開放し、公共施設の併設も可能にする「ハンセン病問題基本法」の現状を知るにつけ、全療協、ハンセン病問題弁護団など、百万票署名活動の「総括」は、出来ているのだろうか。寡聞にして、私は知らない。
 「地域」の高齢者、病者たちとの「医療や介護」への「共生」は、関係者の念頭に、最初からなかったのでは、なかったのか。これで、「ハンセン病の国民的認識」は、可能であるのか。再度、低所得の人びとなどからの強い批判、反発が表面化してくることを恐れるものである。」

 こうした地域の高齢者・病者のおかれた現実を、全療協、ハンセン病問題弁護団などは、知っての「ハンセン病問題基本法」制定運動であり、また、「百万人書名運動」だったのか。近く、鹿児島県で、ハンセン病問題市民学会の総会、交流会が行なわれるという。この問題を、市民学会は、本気で考え、また、報告して欲しい。これは、私の「ないもの強請り」なのだどうか。

 

  最近の日本人の「自殺」数の増加を考える!       (滝尾)                           

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月28日(火)01時11分53秒
 
【 最近の日本人の「自殺」数の増加を考える。】

           人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

              ‘09年04月28日 (火曜日) 0:55

 検索で最近の「自殺」数を調べてみた。今年3月の国内で自殺した数は警察庁の4月27日の発表だと3060人(男性=2234人、女性=826人)であり、前年同月と比べると121人の増加。今年も3万超のベースだという。その自殺の要因を検索してみると「~自分の意志という「点」ではなく、「社会的要因」によって追い詰められるプロセスによlって起きているという。

自殺の要因は、約1分半に1人が自殺未遂はかる日本社会 - いつ誰が自殺へ追い詰められ
これは、日本の自殺の多くが、自分の意志という「点」ではなく、社会的要因によって追い詰められる「プロセス」によって起き ..........で官僚の飛び降り自殺が相次ぎましたね地位、名誉、保身なんか関係ないんですよねかくいう私も最近30半ばを過ぎてなぜか.........。

日本における最近の情報 - こころのくすり - 楽天ブログ(Blog)
日本における最近の情報. .........特に日本海側では曇天と降雪が続く冬に自殺が多発するとも言われる。こうした気候は上記の県民性を形成する要因となったと考えられるが、一方でその気候が人間心理に否定的な影響(季節性感情障害または冬期性うつ病)を......。

図録失業者数・自殺者数の推移(月次、年次)
(最近の動き)2008年12月の失業者数は270万人と対前年同月比で1998~99年以来の高い値となった。 ... しかし、98年末には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が国有化され、その後の我が国企業のリストラへの取り組みの本格化を背景にして、99年春には失業者数が350万人レベルへと一段と ... 定年前の働き盛りの世代を経済ショックが直撃し、中高年の失業の増大によって生活不安が大きく拡大したことが主な要因と考えられる......。


社会科学者の時評: 日本経済の罪と罰

「ドル離れと外貨建て資産の円回帰」という「この二つの要因によって,円ドル相場は2008年10月以降,90円台をつける展開で推移してきた。 ... ......トヨタは,最近はどんどん雇い止めされている期間従業員だが,彼らを徹底的にこきつかう生産労働管理を敷き,本社員の仕事に対してはもちろんのこと,下請企業に ....... 日本では正規労働者の比率が3分の1にもなっている。自殺者数3万人台が続いており,今後もっと増えそうである......。


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今年の自殺集 の検索結果 約 735,000 件中 1 - 10 件目 (0.24 秒)

検索結果

1.自殺者、3月だけで3060人、今年も3万人越えペース 最多は東京
2009年4月27日 ... 警察庁は27日、今年3月に国内で自殺した人は男性2234人、女性826人の計3060人 だったと発表した。前年同月と比べ121人の増加。 今年1―3月では計8198人となり、前年同期より309人多く、今年も3万人超のペース.......。


2.中日新聞:3月の自殺者3060人 今年も3万人超のペース:社会 ...
2009年4月27日 ... 3月の自殺者3060人 今年も3万人超のペース. 2009年4月27日 17時20分. 警察庁は27日、今年3月に国内で自殺した人は男性2234人、女性826人の計3060人だったと発表した。前年同月と比べ121人の増加。 今年1-3月では計8198人.........。

今日の論点!by 毎日jp & Blog-Headline+:金融危機で?自殺者3万.........。

今年も自殺者が3万人overのペースで出てるんだってね!自殺はいけない!人殺しと一緒! 絶対だめ!私も友人を自殺で亡くしているけど、あの虚しさは筆舌に尽くしがたい。た.........。

 

  NHKか放送した「特集・介護保険制度」の番組は、大変、興味深く有意義だった!        (滝尾)        

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月27日(月)05時57分44秒
編集済
       NHKか放送した「特集・介護保険制度」の番組は、大変、興味深く有意義だった。

          人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

             ‘09年04月27日 (月曜日)  05時45分


 昨夜(4月26日・日曜日)、午後9時から約1時間、NHKか放送した「特集・介護保険制度」の番組は、大変、興味深く有意義だった。


 介護保険制度が発足して十年、とりわけ、本年は三度目の「介護保険制度」改定期にあたる。この番組のキャスターは、十年前に厚生省担当記者であったそうだ。東京都新宿区に建てられた約六千戸のマンションの大部分は、高齢者であり、また、夫妻とも強度な高齢者・障害者である。また、強度の認知症である一人暮しであるが、「介護保険制度」の申請をしていない。また、60歳になるこの女性は、母親の介護をするために、職を辞して認知症の母親の介護をしている。介護出費のために老後の自分の蓄えを母親の介護費に当てている。

 新宿区のここを担当する「地域包括センター」は六千人」の対象地区に職員はケァマメージャーなど5名。これでは、多数の同地区のきめ細かな介護は不可能である。一体、十年前の「介護保険制度」の理念は、一体、どうなったのか、とこの「介護担当」のキャスターは嘆いていた。発足当初の「介護保険制度」の理念は、十年後のこの「現実」を調査するにつけ、その相違に愕然としていた。老後生活の不安。麻生首相をはじめとする政府、与党・自民、公明党は「介護保険制度」の現在提議する政治課題をどうしようと、考えているのだろか。これは、新宿区のみにとどまらい。広島県内でも同様である。


 不十分な介護保険制度、医療制度の将来を考えると暗澹な気持ちである。そして、誰もが間違いもなく高齢者となる。この「介護保険制度」の番組で感じたことは、余りにも「隔絶」した日本の13ある「ハンセン病療養所」の医療・介護の現実である。すなわち、「絶対隔離政策」という弁護士がハンセン病行政訴訟で「勝訴」するために唱えた現実を無視した行為が、歴史的検証も不十分のまま、それが「事実」として改められることなくすべて「歴史事実」として、国民のなかに定着してる現実である。ハンセン病に関わった医師、看護婦の評価も、一方的である。資料批判の不十分なまま、すべてをオール&オワ、ナッシングで歴史を見、これに疑問をはさむものは、排除していった弁護団の誤謬はただされなければならないが、私は「ハンセン病市民学会」には、いささかも期待していない。

 今日も、カリューム欠乏のため、病院」へ朝から点滴に行く。一回の点滴は500mg。一時間20分の時間がかかる。そろそろ朝食だが、食欲がない。

 

労働新聞 「日本は強制連行問題から解決すべき」 (聯合ニュース); 麻生首相の靖国神社への供物奉納、政府が遺憾表明 (聯合ニュース)な

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月23日(木)01時37分42秒
編集済
 
 福留範昭先生から韓国の過去問題に関する7記事が滝尾宛にメールで送られてきました。この記事を『滝尾英二的こころPar2』の掲示板に掲載します。

『聨合ニュース』の翻訳していただいた森川静子先生、また、メールを翻訳し、届けていただいた福留範昭先生に感謝します。それにしても、米国のシカゴ、スペインのマドリットのような、「2016年の当地での開催、反対!」という市民運動は、「東京オリンピック 2019年 in!」という活動は、マスコミの情報により、殆んど聞こえません。

 開催、その準備を含めて、莫大な国民からの「税金」が、湯水のように、使用されます。私は「医療・介護」を含めた社会福祉費に「政府・東京都」などの「公費」に使用すげきだし、国家発揚の宣伝はもう、まっぴら御免です。現在の石原東京知事、麻生首相の「右翼国家主義者」です。それが、「東京オリンピック 2019年 in!」への音頭取りです。貧しい人民のために、「公費」の使用、「右翼国家主義者」の意向に対し、疑問をもち、反対し、「東京オリンピック 2019年 in!」への反対の市民運動を盛り上げては、と思っています。

「前文」と8つの記事の見出しは、『滝尾英二的こころ』の掲示板にも、掲載します。

                           人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                             ‘09年04月22日(木曜日)01:30

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 労働新聞 「日本は強制連行問題から解決すべき」 (聯合ニュース); 麻生首相の靖国神社への供物奉納、政府が遺憾表明 (聯合ニュース)  投稿者:  滝尾 英二  投稿日:2009年 4月23日(木)01時36分4秒    通報 編集済
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 福留範昭先生から韓国の過去問題に関する7記事が滝尾宛にメールで送られてきました。この記事を『滝尾英二的こころPar2』の掲示板に掲載します。

『聨合ニュース』の翻訳していただいた森川静子先生、また、メールを翻訳し、届けていただいた福留範昭先生に感謝します。それにしても、米国のシカゴ、スペインのマドリットのような、「2016年の当地での開催、反対!」という市民運動は、「東京オリンピック 2019年 in!」という活動は、マスコミの情報により、殆んど聞こえません。

 開催、その準備を含めて、莫大な国民からの「税金」が、湯水のように、使用されます。私は「医療・介護」を含めた社会福祉費に「政府・東京都」などの「公費」に使用すげきだし、国家発揚の宣伝はもう、まっぴら御免です。現在の石原東京知事、麻生首相の「右翼国家主義者」です。それが、「東京オリンピック 2019年 in!」への音頭取りです。貧しい人民のために、「公費」の使用、「右翼国家主義者」の意向に対し、疑問をもち、反対し、「東京オリンピック 2019年 in!」への反対の市民運動を盛り上げては、と思っています。

「前文」と8つの記事の見出しは、『滝尾英二的こころ』の掲示板にも、掲載します。

                      人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                        ‘09年04月22日(木曜日)01:45

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 日帝強制徴用の生きた証拠 (聯合ニュース)
2) 日本軍慰安婦被害者の請求権の可否 攻防熾烈 (女性新聞)
3) 労働新聞 「日本は強制連行問題から解決すべき」 (聯合ニュース)
4) 「ミネルバ」無罪..無理な捜査がまな板に (聯合ニュース)
5) <トゥデイフォーカス> 麻生太郎日本総理 (アジアトゥデイ)
6) 麻生首相の靖国神社への供物奉納、政府が遺憾表明 (聯合ニュース)
7) 日本の中川前財務相、核武装論をまた提起 (聯合ニュース)
 

 誤魔化しは、いいかげんにして欲しい!                    (滝尾英二)               

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月21日(火)06時08分22秒
 
 【 誤魔化しは、いいかげんにして欲しい。】


  人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二  (‘09年04月21日・火曜日:早朝)


 スモンの会全国連絡協議会編『歴史に刻印する人間回復の記録: 薬害スモン全史・全三巻』(1981年6月、労働旬報社発行、セット定価 2万3100円。第一巻<被害実態篇、534ページ>。第二巻<裁判篇、586ページ>。第三巻<運動篇、635;ページ>。

 水俣病問題に関してはおびただしい歴史書が発刊している。文献検証:水俣病
新潟水俣病被害者の会, 1996. 6. 有明海第三水俣病 : 水俣病の底辺をさぐる / 山口誠哉著. -- 国際環境科学 研究所, 1991 .... 水俣病裁判全史 / 水俣病被害者・弁護団全国連絡会議編 ; 第1巻 - 第4巻. - - 日本評論社, 1998. 95. 水俣病事件四十年 ...

水俣病裁判全史 1, 水俣病被害者・弁護団全国連絡会議編, 日本評論社, -, [書誌]. c/n, 4-535-51131-4, 水俣病裁判全史 2, 水俣病被害者・弁護団全国連絡会議編, 日本評論社, -, [書誌]. c/n, 4-535-51132-2, 水俣病裁判全史 3 ......

毎日出版文化賞
水俣病研究会編『水俣病事件資料集 全二巻 1926-1968』(葦書房) などなど。


 ところで、「ハンセン病訴訟」に」関して、まともな「全史」が発刊されているのだろうか。資料批判を経た『ハンセン病、裁判全史』の発刊である。担当弁護士たちの極めて主観的な本が出されていることは、私も知っている。しかし、あれは資料批判を経た『ハンセン病、裁判全史』とは言いがたい。『~最終報告書』が出されたとはいえ、あれは玉石混合の個人レポートを寄せ集めたものにすぎない。私の著書など引用した「ソロクト・報告書」など、私の著書からのつまみ食い。誰が書いたのか、存ぜぬが、滝尾英二編・著である『植民地下 朝鮮におけるハンセン病資料集成』全8巻さら、ろくすっぽ、読んでいるとはいえないし、私は『~最終報告書』のようなことは、編著の内容に書いていない。


 『~最終報告書』の不十分さは、今年も「ハンセン病市民学会」で鹿児島県の鹿屋で「第五回総会・交流会」が、5月9日・10日に行なわれるそうだ。その予告発表を見る限り、大した期待は持てそうにない。昨年度の『年次会報』?も、今年は未完で、未だ出版されていないという。昨年の秋以来、島田等」さんの「満13回忌」を三重の海上をして、私は研究生活を自己の意思で捨てた。だから、この一文は思い余って書いた「もうろく」爺のこの世に残す「遺言」だと思って、読んで欲しい。今日は一日、「デイ・サービス」で介護をしてもらう、準備を始めたいと思う。
 

 ハンセン者の出身の林斗成議員、対政府質問で韓総理の謝罪を受ける (ネーションコリア)                 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月20日(月)11時19分44秒
  ハンセン者の出身の林斗成議員、対政府質問で韓総理の謝罪を受ける ; 独立記念館、日本の「教科書歪曲」糾弾声明を発表    投稿者:  滝尾 英二  投稿日:2009年 4月20日(月)11時16分31秒
   ‐
 福留範昭先生から韓国の過去問題に関する8記事が滝尾宛にメールで送られてきました。この記事を『滝尾英二的こころPar2』の掲示板に掲載します。また、(3)ハンセン者の出身の林斗成議員、対政府質問で韓総理の謝罪を受ける (ネーションコリア)などは、『滝尾英二的こころ』などに、掲載します。

 『聨合ニュース』の翻訳していただいた森川静子先生、また、メールを翻訳し、届けていただいた福留範昭先生に感謝します。

                           人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                             ‘09年04月20日(月曜日)11:10

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 「血の塊の娘が、今やっと来ました」 (聯合ニュース)
2) 韓国人の犠牲が大きかった日本強占下のインドネシアは (聯合ニュース)
3) ハンセン者の出身の林斗成議員、対政府質問で韓総理の謝罪を受ける (ネーションコリア)
4) 日帝時の独立闘士13名の刑務記録発掘 (聯合ニュース)
5) 上海臨政、中国語版の独立新聞発掘 (聯合ニュース)
6) 独立記念館、日本の「教科書歪曲」糾弾声明を発表 (聯合ニュース)
7) 朝鮮通信使フェスティバル 11日にソウルで開幕 (朝鮮日報)
8) 金泳三元大統領「盧前大統領は近く刑務所に」 (朝鮮日報)

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3) ********************************************

[ネーションコリア 2009-04-10 15:54:44]
【ハンセン者の人権侵害および過去事に関し、「政府公式謝罪」;ハンセン者の出身の林斗成議員、対政府質問で韓総理の謝罪を受ける】

(写真あり)
  http://www.nakorean.com/news/articleView.html?idxno=13968

写真 ▲ 10日国会本会議場で対政府質問をしたハンナラ党の林斗成(イム・ドゥソン)議員、林議員は、この日韓昇洙(ハン・スンス)総理に、「国家を代表して、総理がハンセン者が過去に苦痛を被った事実に対して、謝る用意はがないか」と尋ねた。


(イム・ドゥマン記者) 過ぎた歴史でハンセン者が被った数多くの人権侵害事件に対して、国家次元の公式謝罪がなされた。

10日、韓昇洙国務総理は、ハンセン者出身のハンナラ党の林斗成(イム・ドゥソン)議員の対政府質問での、1945年から1963年までに国家がハンセン者を強制的に監禁して差別したことに対して、謝る意向がないかとの問いに、「社会的冷遇と差別、偏見の中で言葉では到底、全てを語れな困難を経験したハンセン者とその家族皆さんに、総理は政府を代表して深くおわびと慰労の言葉を申し上げます」と公式に謝った。

この日の午後の最初の質問者として登場したハンナラ党の林斗成議員(保健福祉家族委)は、「世界最初のハンセン者の国会議員が誕生するほど、ハンセン者に対する認識は変わったが、私たちの社会のハンセン者は、相変らず病気の苦痛、社会的差別、経済的困難、国家の無視の中で、四重苦を体験している。特に、事実上ハンセン病が退治されたにもかかわらず、国家政策は相変らず病気統制の次元に留まっている」と指摘した。

これに対し、韓総理は、「ハンセン者の大部分が高齢で、複合性の疾患を病んだり、老人性疾患、重症障害を抱えていて、福祉需要が高いということをよく知っている。ハンセン者の福祉増進の方向で政策を補完していくつもりだ」と答えた。

続いて林議員は、「1945年から20余年間、ハンセン病患者たちは、国家の隔離収容政策によって、国立小鹿島(ソロクト)病院などに強制収容された。隔離収容の過程で、監禁、暴行、断種、堕胎などの人権侵害を被り、小鹿島など全国各地でハンセン者の虐殺と流血事件が随時発生した」とし、国家の公式的な謝罪を要求した。

すると、韓総理は、「社会的冷遇と差別、偏見の中で言葉では到底みなを語れない困難を被ったハンセン者とその家族の皆さんに、総理は政府を代表して、深いおわびと慰労の言葉を申し上げる」という政府の公式的な謝罪の立場を表明した。

このような政府の謝罪の立場表明に対して、林議員は「今日の総理の謝罪表明は大韓民国の人権伸張の歴史を書き直す重要な記録として残るだろう」と賞賛した。彼はまた、「かつて、社会的極疎外層のハンセン者に対する人権侵害を歴代政権は無視してきた。しかし、持つ者のための政権と歪曲された評価をされている李明博政権の内閣の責任者が、この間の誤りに対して謝罪したことは、ハンナラ党が建てたこの政権が、困難で疎外された者たちの手をとって、真の国民統合と国家繁栄の新しい歴史を創造するという覚悟の表現だと思う。大韓民国の2万余のハンセン者とともに、政府の謝罪の立場表明を高く評価するところだ」と語った。

以下は、この日韓総理がハンセン者に向かって行った発言の全文だ。

写真 ▲ 林斗成議員と韓昇洙総理が質問・答弁をしている場面は、国会TVを通して、生中継された。

尊敬する林議員から直接生々しい証言を聞くと、総理以前にこの社会の一構成員として、ハンセン者の皆さんに申し訳なく、残念に思う心を禁じえません。社会的冷遇と差別、偏見の中で言葉では到底みな語れない困難を経験したハンセン者とその家族の皆さんに、総理は政府を代表して深いおわびと慰労を申し上げます。

一方で、尊敬する林斗成議員様がハンセン者の代表として国会に進出したことそれ自体が、私たちの社会がハンセン者に過去と異なって対しており、今からは、皆が一つになる我が社会の一員であることを示していると思います。

今後、総理をはじめとして、政府は、林斗成議員と共にハンセン者の権益が保護されるように最善を尽くそうと思います。総理は、公開的な席で、個人的な言葉を申し上げる考えは決してなかったのですが、すでにハンセン者の方々が困難な歩みで全国各地から遠い国会まで来られたので、皆さんの希望と勇気を引き起こすために一言申し上げます。

総理夫妻は、社会的障壁と冷遇、嘲弄と偏見に勝ち抜き、忍耐して一生を屈せず生きてこられたハンセン者の皆さんに、愛と尊敬の心を持っています。総理夫婦は、充分にはできませんでしたが、ハンセン者の方々をたびたび訪ねようと思いました。

3度以上、重症障害者のいる慶尚南道の青山(チョンサン)誠心仁愛院と安養(アニャン)の聖ナジャロマウルを訪問して、直接慰労し、お助けする機会もありました。前のクリスマスのミサも、安養の聖ナジャロ マウルで参加しました。

総理夫妻だけでなく、私たちの社会には、皆さんの前に現れなかったけれど、皆さんの側に立っている方々が多いということをお知りになって、ハンセン者の皆さんは勇気と希望を失わなわないように願います。
 

  医療・介護制度に対する「高齢者、病者たち」の不安‥‥      (滝尾英二)                    

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月19日(日)19時18分44秒
編集済
 
 【医療・介護制度に対する「高齢者、病者たち」の不安‥‥】


     人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二 (‘09年4月19日 日曜日)


 先日、広島市安佐北区厚生部健康長寿課、及び、広島市安佐北区役所から、書類が自宅に届けられた。一通は「後期高齢者医療関係書類在中」と書かれた「親展」郵便であり、他の一通は「介護保険関係書類在中」の「親展」便であった。

 「後期高齢者医療関係書類在中」を開封すると、「後期高齢者医療保険料の仮徴収」について(平成21年度)広島市の表題で次のような記載があった。

 <同封の通知書は、後期高齢者医療保険料を年金から天引き(特別徴収)によって納めていおただく方に、4月、6月、8月に納めていただく保険料額をお知らせするものです。‥‥平成21年度分の後期高齢者医療保険料仮徴収額を決定しましたので通知します。

 特別徴収義務者=社会保険庁、特別徴収対象年金とその見込額=老齢基礎年金:792100円 4月 25200円、6月 25200円、8月 25200円、


 つまり、毎月の老齢基礎年金から2万2600円が、天引きされるというのだ。さらに、』別紙には、「平成21年度の保険料の決め方」として、被保険者の方には、この制度に必要な医療費全体(窓口負担を除く)の一割を保険料として負担していただきます。高齢者の保険料 一割。後期高齢者支援金(若年者の保険料) 約四割。公費 約五割) 保険料は、各都道府県の広域連合ごとに、前年の所得等に応じて個人ごとに決められます」と書かれている。


 今日(4月19日)の『朝日新聞 大阪本社版』社説は、「高齢者医療 税金の投入拡大も視野に」と題して、下記のような「社説」を書いている。

 『新制度が始まってわずか半年で、首相までが「抜本的に見直す」と言い出したあの騒ぎは何だったのか。高齢者医療制度について、与党プロジェクトチームは結局、抜本見直しを秋以降へ先送りした。云々』 『‥‥では何を見直すか。75歳以上を独立させた新制度にお年寄りが抱く最大の不安は、保険料の負担がどんどん上がりはしないか、受けられる医療の内容が財政事情によって将来制限されることはないか、という点だろう。(中略)負担可能な保険料の水準はどこか。税金の割合を半分以上へ増やしていかねばならないのではないか。これらの点をめぐる議論を急ぐべきだ。野党も、新制度の廃止を訴えるだけでは済まされない。』


 他の一通の「介護保険関係書類在中」の「親展」便を開封してみた。

「介護保険料の仮徴収について(平成21年度)」として、広島市表題で、次のような記載があった。

 <4月は、その年の2月に天引きした額と同額となります。6月と8月は、4月分をい合わせた額が、昨年度(平成20年度)の市民税課税情況などに基づき仮に決定た所得段階の保険料額(年額)のや約2 分に1になるよう、調整して天引きします。


 私の介護保険料の仮徴収は、所得段階が「第8段階」だから、毎月の天引き徴収額は、7100円=年額 8万5419円となる。したがって、特別徴収対象年金とその見込額=医療保険の年額天引きで、老齢基礎年金から、15万1200円の医療保険と、介護保険料の天引きである8万5419円の合計額は、23万6619円となり、それに、医療(診療も薬代)も介護(限度額まで)も、一割負担しなければならない。

 その上、私のような「腰部脊柱管狭窄症」「下肢の動脈硬化症」などで、歩行困難な者は、タクシーで通院となる。一割減額措置はとられているが、広島市立安佐市民病院にかかるタクシー代は、往復で約4100円。貧血症のため、月に4本、内外製薬の「エポジン」の皮下注射を打っているが、1回の「エポジン」の代金」は、1000点(約1万0000円)で、一割負担でも1070円、必要である。こうした高齢者、病者の生活不安の現状を、関係者たちは、どのように見ているのだろうか。

 全国13カ所の国立ハンセン病療養所を地域住民に開放し、公共施設の併設も可能にする「ハンセン病問題基本法」の現状を知るにつけ、全療協、ハンセン病問題弁護団など、百万票署名活動の「総括」は、出来ているのだろうか。寡聞にして、私は知らない。

 「地域」の高齢者、病者たちとの「医療や介護」への「共生」は、関係者の念頭に、最初からなかったのでは、なかったのか。これで、「ハンセン病の国民的認識」は、可能であるのか。再度、低所得の人びとなどからの強い批判、反発が表面化してくることを恐れるものである。


(資料)

 ハンセン病:各療養所の将来構想案公表 福祉施設併設も、全国13カ所の国立ハンセン病療養所を地域住民に開放し、公共施設の併設も可能にする「ハンセン病問題基本法」が今月施行されたのを受け、「全国ハンセン病療養所入所者協議会」(全療協)は16日、各療養所の入所者自治会がまとめた将来構想案を公表した。高齢者や障害者向け福祉施設の併設など、今の療養所の医療内容を生かしたプランが出された一方、半数以上の自治会で案が決まっていなかった。

 全療協は各自治会に3月までに将来構想案をまとめるよう指示。15、16日開いた会議で、各自治会代表から報告を受けた。老人保健施設やリハビリ施設の併設を打ち出した沖縄の2園など5療養所が具体案を決定。しかし、大島青松園(香川県)は「離島の施設で条件が悪く構想づくりは難しい」として、逆に厚生労働省側に案を提示させることを決めた。残る7施設では案がまとまっていない。このうち奄美和光園(鹿児島県)は、健康・長寿を研究する国の施設の併設案を決めたが、厚労省が「国立施設の新設は困難」との見解を示し、案を練り直している。

 全療協は「へき地など悪条件の療養所が多く、入所者主導でこれ以上の案をまとめるのは難しい」と判断。6月から厚労省と本格的な協議を始め、可能な案から具体化する方針。

【江刺正嘉】

 ◇ハンセン病療養所の将来構想案◇
 療養所名(所在地) 入所者数と将来構想案
 東北新生園(宮城県) 137人 入所者居住棟の新設による集約化と園内遊休地の活用
 栗生楽泉園(群馬県) 161人 園内の温泉を活用したアトピー性皮膚炎治療施設併設
 多磨全生園(東京都) 303人 園内の3万本の木と旧居住者棟など歴史的建造物を生かした「人権の森」づくり
 大島青松園(香川県) 121人 離島で施設の併設などが困難であり、国の責任で将来構想を作るよう求める
 沖縄愛楽園(沖縄県) 274人 園内の自然海浜を生かした長期滞在型健康保養施設の併設など
 宮古南静園(沖縄県) 88人 リハビリ部門の障害者・高齢者への一般開放や老人保健施設の併設など

 全国計  2609人 (平均年齢80.3歳)
 ※その他の施設は検討中(2月1日現在)
『毎日新聞』 2009年4月16日 23時39分
 

  体調不良で暫く、休んでいました。 近況報告いたします!   (滝尾)                        

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月17日(金)16時21分35秒
 
   人権図書館・広島青丘文庫 滝尾英二 ‘09年4月17日・金曜日 16:11


 4月12日(日曜日)にNHK教育から、午後10j時~から1時間放送された「ETV特集」=哲学者・鶴見俊輔 △戦後日本・人民の記憶△ は大変興味深い、有益な内容だった。しかし、私よりも10歳、年上での諸経験は、「8月15日から始める。安保闘争からベ平連。原爆の意味。“もうろく”の境地とは。などなど当時の「知識人」との交流の多かった鶴見さんと、「被差別部落」「定時制・通信制高校」「日本や韓国のハンセン病経験者と非入所者やその家族」などと交流がおおかった私の体験との差異は、埋めることの出来ない異質なもののように、思われた。

 今日(5月17日=金曜日)『朝日新聞大阪本社版』の四面の書籍広告を見ていたらPHPの本として、『対談・異色昭和史』鶴見俊輔・上坂冬子=165歳の激論(定価:798円)が掲載」されていた。「半世紀ぶりに再会した二人が、六〇年安保、ベ平連、三島事件など、当時の記憶を読み甦らせる」と書かれていた。

 腰部脊柱管狭窄症による両下肢歩行困難が」最近、とみに悪化し、部屋内や屋内で歩行ひていると、転倒することが多くなった。持病の糖尿病の「血糖値」を平常にするのは「歩行運動」は欠かせない。週二度、近くの「整形外科クリニックス」へ通院。最近は、貧血症でヘモグロギン、赤血珠数などが極度に低下。さらに、カリウムが血液調査をするたびに低下している。カルウム低下が身体とどう関係しているのか、私には不明。眼科、皮膚科医院にも通院。歩けないのでタクシーで通院している。今も、左目をつむり「丹下右膳」よろしくパソコンのキーを打っている次第。高血圧は「コニール錠」を服薬していて、結果は良いようだ。

 しかし、一番困難なのは、「下痢」が頻発することだ。一月前から「福祉パンズ」(旧称:「紙おむつ」を使用している。これを日常使用していると、「安心感」はあるが、「違和感」があることは事実である。一日十数回。医者は「便秘が起こるのが通例だ」という。おそらく、怒りが解消しないまま、内向し、その怒りが下痢になっているのだろう。今さら<第5回の市民学会の鹿児島)での集会を批判>する気もしないし、「島田等さんの三重の海での十三忌で、」ハンセン病問題は、私自身、「捨てた」はずである。それより、国・行政の高齢者への「医療・介護」のいい加減さが怒りの対象である。そして、その怒りは収まりそうにない。


 長島愛生園の自治会長である「高瀬重次郎さん」に先日、お電話したら、「長島愛生園へお出で! 近藤さんも、中原夫人、双三さんの父君など健在の由。高瀬重次郎さんの齢八十六歳で目立った活動は、なさっていないようだが。誰か私の「介護」を兼ねて、 長島愛生園まで行かないかしら。宿泊費は無料。食事などは 長島愛生園のスーパーで買えば良い。歴史研究者の阿部はじめさんともお話したいし、夫人のカラオケの上手な方と一緒に唄い、近藤さんのハーモニカの吹奏も聞きたい。双三美智子の遺産の日記も拝見したい。夫君が「滝尾さんのkとが、たくさん書かれている」という。


 『対談・異色昭和史』鶴見俊輔・上坂冬子=165歳の激論(定価:798円)の新聞広告を読んで、『読売新聞』の記事を読んでいたら、下記のような内容記事があった。ちょっと人の世の無常を感じた。滝尾と上坂冬子さんは、同じ歳でした。ご冥福を祈る。


「慶州ナザレ園」ノンフィクション作家の上坂冬子さん死去

 ノンフィクション作家で評論家の上坂冬子(かみさか・ふゆこ、本名・丹羽よし子)さんが14日午前9時50分死去した。78歳だった。

 1930年、東京生まれ。名古屋文化学園卒。トヨタ自動車工業に勤務していた59年に「職場の群像」で、第1回「思想の科学」新人賞を受賞。その後執筆活動に専念、きめ細かい取材に裏付けられたノンフィクションの執筆に取り組み、BC級戦犯の問題を取り上げた「巣鴨プリズン13号鉄扉」、韓国に渡った日本人妻たちに取材した「慶州ナザレ園」のほか、「歴史はねじまげられない」「償いは済んでいる」など、昭和史や戦争をテーマとした話題作を多く手がけた。

 社会評論の分野でも、「戦争を知らない人のための靖国問題」などの著作で、保守派の立場から盛んに発言。93年には「時代を直視した旺盛な言論活動」により菊池寛賞。同年正論大賞も受けた。2005年に卵巣がんの手術を受け、闘病生活を続けていた。

(2009年4月17日12時51分  読売新聞)
 

 両目が「結膜炎」でパソコンの文字が見えませんでした。近くの眼科病院の目薬が効いたか、見えるようになりました! (滝尾)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 4月 3日(金)09時26分59秒
編集済
   3月14日(水曜日)以来、上目蓋がはれ上がり、パソコンの文字がまったく、見えなくなりました。眼科病院に通院。やむなく、ホームページの掲示板への原稿掲載を中止しました。結膜炎だそうで、毎日、点薬していたら、どうにか、パソコンの文字が見え始めました。しかし、用心が肝心です。無理をしないで、今後も作業をつづけます。よろしくお願いいたします。ご迷惑をおかけしまして、すみませんです。   滝尾英二より  

  私たち高齢者の介護、医療問題と近況!    (滝尾)                                 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 3月25日(水)02時15分2秒
編集済
 
 福留範昭先生から韓国の過去問題に関する6記事が滝尾宛にメールで送られてきました。この記事を『滝尾英二的こころPar2』の掲示板に掲載します。また、前文は『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。『聨合ニュース』の翻訳していただいた森川静子先生、また、メールを翻訳し、届けていただいた福留範昭先生に感謝します。


 なお、ご心配をおかけしている私の健康の件ですが、今日、「医療施設」および「介護施設」に行きます。しかし、今日の高齢者の介護、医療に関して、見過ごすことの出来ない事実が、政府の厚生行政施策として存在し、高齢者の「いのち」と人権が軽んじられています。具体的には、明日以降、このホームページの掲示板などで詳述します。ハンセン病問題などで国や地方自治体が医療・介護において犯した過ちが、今日の問題として具現化しています。これを無視することは、出来ないと思います。

 「ハンセン病」問題に取り組んだか関係者は、いま一度、今日の高齢者の介護、医療に関して問題意識をもち、行動をとって欲しいと思います。現在の高齢者は戦中、戦後の混乱期を生きた人びとです。また、いまは若くとも、いずれは誰もが歳を重ねて、高齢者となる身です。

 もう一度、E・H・カー著『歴史とは何か』(岩波新書)に書かれている言葉=「歴史は、現在と過去との対話であう」という歴史哲学の精神を思いおこしてください。この著書の訳者の清水幾太郎さんは、この本の「はしがき」で、こう書いています。「‥‥過去は、過去のゆえに問題となるのではなく、私たちが生きる現在にとっての意味のゆえに問題になるのであり、他方、現在というものの意味は、孤立した現在においてでなく、過去との関係を通じて明らかになるものである。したがって、時々刻々、現在が未来に食い込むにつれて、過去はその姿を新しくし、その意味を変じて行く。」と‥‥。こうした精神を思いおこして欲しいと思います。

                           人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                           ‘09年03月25日(水曜日)  02:08

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 人権委、「組織縮小の方針を撤回すべき」 (聯合ニュース)
2) ナヌムの家-共生会基金準備の展示展 (BBS)
3) <その時の今日> 日本人よりひどい親日派のスチーブンスを戒める (中央日報)
4) 日本の高校生の韓国語の話し方競試大会 (聯合ニュース)
5) 宗廟の正門前で朝鮮時代の階段発掘 (聯合ニュース)
6) ソウル歴史博物館の広場が文化空間に (明日新聞)

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(1)緊急共同声明 第二次募集; (2)埼玉大学  感じ・考え・表現する『生の水俣』

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 3月24日(火)01時02分35秒
 
 先日、“緊急”共同声明には、多くの方がたの賛同があり、1週間で660人からの賛同があったそうです。賛同者一覧といて、「滝尾英二:人権図書館・広島青丘文庫 主宰」として一覧表に書かれていました。なお、緒方正人氏らと相談の結果、「政府が法案を撤回するまで続けよう」という事になりましたので、引き続き第二次募集を行うということです。

 趣旨にご賛同の方は、下記、水俣病センター相思社宛に、メール、FAXなどで賛同という意志をとどけて、<緊急共同声明二次募集>にご協力ください。

                人権図書館・広島青丘文庫 滝尾英二

                  2002年3月24日(火曜日)  0:48

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2009年3月24日03:23 緊急共同声明二次募集

”緊急”共同声明には、多くの方々のご賛同をいただきました。ありがとうございました。
3月19日までの一週間で660人の方から賛同をいただきました。
引き続き二次募集を行っております。どうぞご協力ください。

                            2009年03月23日

*** 目 次 *********************************************************
(1)緊急共同声明 第二次募集
(2)埼玉大学  感じ・考え・表現する『生の水俣』
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(1)緊急共同声明 第二次募集
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(転載・転送歓迎)

”緊急”共同声明に、多くの方々のご賛同をいただきました。ありがとうございました。


3月20日に記者会見を開き、声明及び賛同者名を発表しました。19日の締め切り後も続々とご賛同の連絡をいただいております。

緒方正人氏らと相談の結果、「政府が法案を撤回するまで続けよう」という事になりましたので、引き続き第二次募集を行いますので、ご協力ください。

記者会見の様子はテレビ、新聞で報道されました。最終的に発表した声明及び賛同者名、並びに新聞記事などを掲載しましたので、ご覧ください。
http://www.soshisha.org/kanja/2009ogata_masato_seimei.html

賛同の輪を広げていきたいと思いますので、転載、リンクなどをお願いいたします。
(弘津)

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(2)埼玉大学  感じ・考え・表現する『生の水俣』
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毎年水俣を訪れている埼玉大学の学生さんたちが、埼玉で水俣を伝える催しを開催するそうです。情報を転送いたします。


***************転送大歓迎***************

私たちは大学1年生の時に安藤先生の授業で水俣について学び、その年の夏休みを利用して、有志の学生で現地水俣を訪れています。過去3回の合宿では、一年間の学びの総括として報告集にまとめるという形で学習をおえていたのですが、「もっと多くの人に私たちが出会った水俣の姿を伝えたい・・・」と思うようになりました。そんな思いが一つになり、今回、大学での学びを通じ私たちが出会った水俣の姿を伝えようと以下のような企画を行うことにしました。

Title:感じ・考え・表現する『生の水俣』

第一部『闘いの始まり』
第二部『不知火海へ』
第三部『「今」~閉ざされる悲劇と苦悩~』
第四部『みんなのちから』

大学で学び直した水俣病は、私たちが知らない水俣の姿だった。
その姿に衝撃を受けた私たちは、様々な想いを抱きながら現地水俣を訪れた。

そこで私たちを迎えてくれたのは“壮大な自然”そして“水俣病に向き合う人々”だった。その出会いに私たちは胸を打たれた。しかし、同時に見えてきたものは、未だ解決されていない水俣病の問題であった。

公式確認から53年経った今も問題は解決されないまま時だけが過ぎていく。
日本から水俣病が忘れ去られる前に、私たちが学び、出会った水俣の姿を多くの人に伝えたい。


私たちが大学に入り、学び直した水俣病。その学びのプロセスで感じ、考えたことを軸に置きながら、その想いを等身大で表現します。当日は、鹿児島県出水市から水俣病患者の中原八重子さん、患者家族の中原新之介さんをお呼びし、お話ししていただくと共に、お二方と私たちとの交流の中で生まれた歌を披露したいと思います。

是非ともお越し下さい。一同心からお待ちしております。

日時:3月31日(火) 18時半開演(18時開場)
場所:浦和PARCO 9階 コムナーレ 第15集会室(JR浦和駅東口徒歩1分です。詳しくはこちらをご覧下さい。
http://www.kanri-kousya.or.jp/shisetsu/com_urawa.html#a04

【入場無料】です。

主催:埼玉大学教育学部コラボレーション教育専修 水俣合宿2008
お問い合わせ:minamata2008@yahoo.co.jp
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※ネットワークこそが相思社の力です。ご意見、ご感想、ご叱責等なんでもお
知らせいただければ幸いです。

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財団法人 水俣病センター相思社
〒867-0034 熊本県水俣市袋34番地
電話 0966-63-5800/FAX 0966-63-5808
Web Page http://www.soshisha.org/
E-mail  info★soshisha.org
           (★を半角@に変更してください)
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  介護サービス、医療サービスの併用に関して; 人権問題を考える!        (滝尾英二)             

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 3月19日(木)00時18分23秒
 
 介護サービス、医療サービスの併用に関して

           人権図書館・広島青丘文庫   滝尾英二

              2008年03月18日 (水曜日) 23:55

 今日の早朝の私のホームページ原稿には、下記のような一文を掲載した。広島県の高齢者介護サービス、医療サービスの併用時間に関して、未だに厚生省老健局が2002年5月、つまり「介護制度」が発足した当初に発刊した『Q&A』が、広島県内の介護施設の原則として通用し、介護施設関係者の行政指導の指針・指導を行なっている実体である。

 この高齢者介護サービスの県当局の方針は、明らかに「医療」と「介護」を切断したもので、疾病の多い高齢者のいのち、健康を著しく阻害したものである。これは、過去、水俣病問題、エイズ、C型肝炎、ハンセン病問題、諸々の薬害問題などで行政がしなければ、また、昨年4月から発足した悪名高い「後期高齢者医療制度」(政府は多くの批判を受けて「長寿医療制度」と名称を変えたが、)私が支給されているのは、未だに「後期高齢者医療保険証」である。

 本年4月からは、3年一度の「介護制度」の見直しが実施される。3月16日(月曜日)の『朝日新聞・大阪本社判』の一面トップ記事の見出しは「介護保険料 半数が増額、本社165自治体500円以上」と書かれ、「4月に改定される介護保険料について、全国の自治体の約5割が65歳以上の保険料を引き上げる方針であることが、朝日新聞社の集計で明らかになった。」と書かれている。


 早朝の滝尾のホームページの掲示板にも掲載したように、(再度掲載しると<‥‥先週の金曜日、デイ・ケアに行っている近くの「アスナロ診療所」から電話があり、来週早々、来院するように電話が拙宅にあった。さっそく、3月16日(金曜日)の午前中に同診療所に行き、院長からの診察を受けた。

院長のいうには、「貧血で、赤血球数が249と通常の方より半減している。普通の方は下限値が450、上限値が510である。慢性貧血症で、放置しておると、腎臓が分泌しているエリスロポエチンというタンパク質の量が減少し、腎臓が悪化して、場合により人工透析が必要となろう。健康保険の適応は月4本の皮下注射である。毎週・水曜日にデイ・ケアに来たとき、エポジンの皮下注射を打つことをお勧めする。

ただし、介護サービスと、医療サービスは同時間帯には出来ない。これは厚生労働省からの指示があったのと思う。だから、自宅へ帰るときは、介護サービスとしての送迎バスには乗れないが、エポジンの皮下注射を打つか、どうか、考えてもらいたい」ということであった。

 この「介護サービスと、医療サービスは同時間帯には出来ない」ということは、後刻、広島県の介護サービスの担当者に電話して私は知ったのであるが、2002年5月、介護制度が出来たとき、「厚生省老健局が「A&Q」を各都道府県に配布したパンフが、広島県の場合、市町村を通して、介護施設に伝達・指導されたものだという。

 その後、地域の高齢者医療サービスと介護サービスが、施設、とりわけ、病院への入所ではなく、自宅での「介護」と、地域の「医療」という方向で、行政は指導し、昨年4月から、「後期高齢者医療制度」が、発足し、当事者からの諸々の問題が提議され、「後期高齢者医療制度」は名称は「長寿医療制度」となったけれど、「保健証」は、相変わらず「後期高齢者医療保健証」である。ことの本質は変らず、未だに厚生省の『Q&A』のパンフの記述が生き続けているという現実である。今夜は遅くなるので、この続きは近い「後日」に、再度、記載しようと思う。>


 私は、今年の1月17日の早朝、吐血して入院生活を送った。」その場合、絶食すぃて、3日間、点滴で栄養を補給すぃた。現在、私の周囲には、食事の際、飲込みができず、昼食時に点滴を受けて、デー・サービスに送迎車で介護施設へ通っている高齢者を知っている。

 点滴行為は、明らかに「医療行為」であり、医師の診断により、看護士が行なう行為である。そして、私はこれは適切な行為であると考えている。だけど、広島県当局の介護担当者(=指導グループの職員)は、「‥‥広島県は他都道府県同様、2002年5月に厚生省老健局発行の『Q&A』に従い、介護サービス時間帯には、医療サービスを受けることは出来ない。だから、点滴でも、皮下注射でも医療サービスになるから、その瞬間から「介護サービス」は打ち切りとなる」という。


 私は、5年3ヶ月前から、腰部脊柱管狭窄症による「両下肢歩行困難」で『身体障害者手帳』を広島市から支給されているが、最近は歩行困難度は、極めて酷くなっている。っところが、貧血症=赤血球数の半減を「介護サービス」を受けた時間帯に「皮下注射」を受けた時点から、「介護サービス」が受けられなくなる。私は「支援1」だから、介護予防サービスを受けているので、介護施設(=診療所)から自宅までは、送迎車には乗れなくなってしまう。そして、帰宅は自分で行なえというのが、広島県介護サービスの方針となっている。2002年5月、厚生省老健局発行の『Q&A』が、広島県では他県と横並びという悪しき行政慣習で生きつづけているのだ。


 私は、担当地域包括支援センターのケア・マネイジャーにお願いして、「赤血球数の半減=慢性貧血症」によって、毎週、皮下注射である「エポジン」(内外製薬発売)の注射を打たねばならなくなること、その為に「介護サービス」の打ち切りという事実に即して「介護予防ケアプラン」の見直しの作成を依頼した。担当地域包括支援センターのケア・マネイジャーの方は、有能で良心的な方であるから、適切な「介護予防ケアプラン」の見直し書えが、出来るものと期待している。

 来週の水曜日には介護時間帯で、同じ建物内の一階にある診療所で、皮下注射「エポジン」(内外製薬発売)の注射がある。その場合、デア・サービスでどのような行為が、私になされ、且、デイ・ケア責任者の「ケア・プラン」書き換えられか、を見て置きたい。その結果を確かめて、厚生労働省の老健局宛に、1000文字以内で質問書を出し、その回答を得ようと思っている。こうした介護・医療の不当性を裁判所で決着するのが、一番早道かとも、考えている。弁護団をどうお願いし、また訴訟をどういう方法でするのか。医療に関係して、各地で弁護士たちが、活動している。これがハンセン病問題で、いささかなりとも闘った私としては、最晩年の「高齢者医療」という人権闘争となるように思われてならない。


 E・H・カーは『歴史とは何か』のなかで、こう書いている。「歴史は、現在と過去との対話である」。この言葉を「いのちの大切さ」という人権闘争で学んだことと一体化して、医療・介護の問題に、取り組みたいと考えている。この原稿は、滝尾のホームページである『滝尾英二的こころ』、および『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載する。また、逐次、その後の経緯は、詳細に掲載したい。

       ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

  私の介護サービス、医療サービスの近況; エリスロポエチン=エポジン皮下注射のこと!                 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 3月17日(火)00時53分56秒
編集済
 
 先週の金曜日、デイ・ケアに行っている近くの「アスナロ診療所」から電話があり、来週早々、来院するように電話が拙宅にあった。さっそく、3月16日(金曜日)の午前中に同診療所に行き、院長からの診察を受けた。

 院長のいうには、「貧血で、赤血球数が249と通常の方より半減している。普通の方は下限値が450、上限値が510である。慢性貧血症で、放置しておると、腎臓が分泌しているエリスロポエチンというタンパク質の量が減少し、腎臓が悪化して、場合により人工透析が必要となろう。健康保険の適応は月4本の皮下注射である。毎週・水曜日にデイ・ケアに来たとき、エポジンの皮下注射を打つことをお勧めする。

 ただし、介護サービスと、医療サービスは同時間帯には出来ない。これは厚生労働省からの指示があったのと思う。だから、自宅へ帰るときは、介護サービスとしての送迎バスには乗れないが、エポジンの皮下注射を打つか、どうか、考えてもらいたい」ということであった。

 この「介護サービスと、医療サービスは同時間帯には出来ない」ということは、後刻、広島県の介護サービスの担当者に電話して私は知ったのであるが、2002年5月、介護制度が出来たとき、「厚生省老健局が『A&Q』を各都道府県に配布したパンフが、広島県の場合、市町村を通して、介護施設に伝達・指導されたものだという。


 その後、地域の高齢者医療サービスと介護サービスが、施設、とりわけ、病院への入所ではなく、自宅での「介護」と、地域の「医療」という方向で、行政は指導し、昨年4月から、「後期高齢者医療制度」が、発足し、当事者からの諸々の問題が提議され、「後期高齢者医療制度」は名称は「長寿医療制度」となったけれど、「保健証」は、相変わらず「後期高齢者医療保健証」である。ことの本質は変らず、未だに厚生省の『Q&A』のパンフの記述が生き続けているという現実である。今夜は遅くなるので、この続きは近い「後日」に、再度、記載しようと思う。

 とりあえず、一本のエポリンの皮下注射の値段は、1000点(約1万円)で、高齢者の保健を使えば、一割であるので、一回が1,000円の負担。それに、「介護サービス」が受けられなくなり、私の場合、腰部脊柱管狭窄症と、下肢の動脈硬化症があるので、歩行困難であり、バス便もないので、タクシー代が約六百円必要となる。こうしたことを厚生労働省の官僚や、ハンセン病訴訟を行なった弁護団、さらに「ハンセン病問題市民学会」などの皆さんは、現在おかれている高齢者=病者の現実をよくご存知なのか、どうかと思うが、こうした思いは無視されて、いるのが現実である。

 エリスロポエチン=エポジン皮下注射に関する検索した資料と、福留範昭先生から届けられたメールを以下、『滝尾英二的こころPart2』に掲載します。また、福留範昭先生から届いた<韓国の過去問題に関する記事を紹介>を除く「前文」は『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。

                   人権図書館・広島青丘文庫   滝尾英二

                     ‘09年03月17日(火曜日)   00:52


(資料1=エポジン皮下注射)

 普通私たちが使っている薬は、有機合成によりつくられた人工化合物です。しかし、病気によっては効き目がある人工化合物が見つからない(開発するのがむずかしい)ことがあります。この場合、体内の生理活性物質を薬として使うことがあります。

 例えば、腎臓が悪くなったときに生じる貧血については、人工化合物での治療は現在のところ出来ません。腎臓が悪くなると貧血が起こるのは、腎臓が分泌しているエリスロポエチンというタンパク質の量が減少するためです。エリスロポエチンは、赤血球をつくる骨髄細胞(骨の中にある細胞です)のエリスロポエチン受容体というタンパク質を刺激し、赤血球の産生を増加させます。赤血球の寿命は120日なので、長期間エリスロポエチンが分泌されないと、赤血球の産生がないので、赤血球が減少して貧血が起こります。

 現在、エリスロポエチン受容体を刺激する人工化合物は、製薬企業において探索されていますが、開発の目処は立っていません。そのため、現在用いられているのは、生体内の成分であるエリスロポエチンを注射により補充するという方法です。今回紹介するエポジン(中外製薬、主成分遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン(エポエチンベータ)、注、750国際単位 1481円)は、ヒトのエリスロポエチン遺伝子を導入した細胞を用いてエリスロポエチンを発現させ、これをもとに注射製剤としたものです。エリスロポエチン投与により、赤血球数が増加し、酸素供給がスムーズになります(この効果から、ドーピングにも使われたりします)。

 エリスロポエチン受容体に対する人工化合物が出来ない最大の理由は、エリスロポエチン受容体の構造にあると考えられています。エリスロポエチン受容体は2つの部分でできており、エリスロポエチンはこれら2つの受容体分子を橋渡しするように受容体に結合します。この橋渡し作用をまねするのが難しいのです。

 エリスロポエチン受容体を刺激する人工化合物ができれば、注射剤でなく飲み薬で治療することが可能となり、患者さんの不便が解消されます(エリスロポエチンはタンパク質なので、飲むと消化されて効果がでません)。まだまだ道のりは遠いのですが、基礎的な研究は進んでいます。これからの研究に期待しています。
 

 ハンセン病韓国弁護団 「426名補償・39名進行」 (聯合ニュース)の記事を掲載します!   (滝尾)       

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 3月15日(日)13時52分37秒
 
 福留範昭先生から韓国の過去問題に関する5記事が滝尾宛にメールで送られてきました。この記事を『滝尾英二的こころPar2』の掲示板に掲載します。

 また(1)ハンセン病韓国弁護団 「426名補償・39名進行」 (聯合ニュース)の記事を『滝尾英二的こころ』の掲示板などに掲載します。諸記事を翻訳し、届けていただいた福留範昭先生、および「聨合ニュース」の諸記事を翻訳していただいた森川静子先生に感謝します。

                           人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

‘                    09年03月15日 (日曜日)  13:40

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) ハンセン病韓国弁護団 「426名補償・39名進行」 (聯合ニュース)
2) 李柱栄(イ・ジュヨン)、安鴻俊(アン・ホンジュン)、宋旻淳(ソン・ミンスン)主導..与野議員が全員同意 (聯合ニュース)
3) 馬山、3.15義挙記念行事「多彩」 (聯合ニュース)
4) <インタビュー> 梁澄子 戦争と女性人権博物館日本建立委代表 (プレシアン)
5) 天安の木川独立万歳運動記念式、厳守 (聯合ニュース)

1) ******************************************************************************

[聯合ニュース 2009-03-14 14:28]
【ハンセン病韓国弁護団 「426名補償・39名進行」;小鹿島で報告大会…「関連法の一括補償の方式改正」】


(高興=聯合ニュース)シン・ジェウ記者=日帝強制占領期間小鹿島(ソロクト)などに強制隔離された韓国のハンセン者の被害補償請求訴訟を担当した弁護士たちが、14日全南高興の国立小鹿島病院で訴訟報告大会を開いた。

朴ヨンニプ弁護士(韓国弁護団団長)は、「小鹿島の居住者124名を代理して、2004~2005年日本政府を相手に提起したハンセン病補償金の不支給決定処分取消し訴訟は、ハンセン者に対する社会的偏見を解消し、補償の道を開いたということに、大きい意味がある」と評価した。

韓国弁護団は、2004年8月日本政府が小鹿島のハンセン者に対する補償金の支給を拒否すると、訴訟を提起したが、日本の裁判所は「小鹿島自立院がハンセン補償法上の「国立療養所等」に含まれない"という理由で棄却した。

その後、韓国・日本の弁護団とハンセン者団体が積極的に糾弾行動を行った結果、日本の議会は2006年2月小鹿島を含む国外のハンセン病療養所を補償対象に含めるハンセン補償法の法律改正案を通過させた。

朴弁護士は、「弁護団が、全国に広まっている補償請求人の陳述書および立証資料を収集して、日本厚生省に補償を請求した結果、現在までに448名の補償請求のうち、426名が補償決定を受けた」と明らかにした。

彼は、まだ立証資料が不足している未認定者22名と補償請求の待機者17名に対しては、今後補償を受けられるように最善を尽くすつもりだ」と語った。続いて、チョ・ヨンソン弁護士は、昨年9月に韓国の国会で通過した「ハンセン被害事件の真相糾明および被害者の生活支援等に関する法律案」の問題点を指摘し、「請求人に対する個別的真相調査ではなく、一括補償方式に全面改正されるべきだ」と主張した。

この日の報告大会には、韓国弁護団と共に日本で訴訟を行ってきた功労で国家人権委員会かち表彰された日本弁護団代表の国宗直子氏をはじめ、日本・台湾の弁護士数十名が参加した。

彼らは、共同声明を発表して、「ハンセン者に対する補償が行われているが、彼らは貧困、病気、社会的差別によって、余生を平安に送れずにいる」、「国家と社会は、ハンセン病に対するこの間の無知と偏見にともなう差別を謝罪し、これに党見合った補償、名誉回復、社会的治癒の手続きなどを履行しなければならない」と強調した。

                                〈森川静子訳〉
 

 与党の「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案」に対する抗議意思の表明について滝尾からの要請!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 3月13日(金)23時02分8秒
 
 先に、私のパソコンが故障し、購入した広島の電気器具店に修理に出すので、メールもホームページの原稿投稿も出来なるとお書きしました。ところが、広島の電気器具店げ修理でかました。たくさんのメールなど私宛に来ていましたが、今夜はとりあえず、水俣病センター相思社の弘津敏男さんから届けられたメールを紹介します。

 水俣病患者の緒方正人さんから緊急要請には、与党の「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案」は、この「水俣病救済法案」を見過ごすことはできない、抗議の意志を表明したい、という極めて適切な内容の抗議の意思を表明されて、同じ思いの方がたと共同声明をだしたい、ということです。

 声明の趣旨に賛同いただける方は、「”緊急”共同声明に賛同する」旨と、氏名(肩書き※)を記してご返信くださいという内容です。多数の賛同者を得たいと思いますので、ご協力をお願いいたします。

       人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

           2009年03月13日 (金曜日)  22:50

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 皆様! 先日配信させていただいた与党の「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案」について、多くの方から感想をいただきました。

http://www.soshisha.org/kanja/2009kyuusai_houan.html

 これにつきまして、水俣病患者の緒方正人さんから緊急要請をいただきましたので、配信させていただきます。

 緒方正人さんは、この「水俣病救済法案」を見過ごすことはできない、抗議の意志を表明したい、同じ思いの方が多数いると思うので、多くの方に呼びかけて、賛同いただける方の名前を列記したい、との旨を伝えてこられました。

 以下の声明文案は緒方正人氏の作成によるものです。声明の趣旨に賛同いただける方は、「”緊急”共同声明に賛同する」旨と、氏名(肩書き※)を記してご返信ください。

 締め切りは3月19日の午後3時です。
声明発表は3月20日です。その際に名簿を掲載させていただきます。

※肩書きはご自身の判断でかまいません。
                                          (弘津敏男)

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"緊急"共同声明(緒方正人文案)

 今般、政府与党の水俣病問題プロジェクトチーム(与党PT)は、未認定患者救済策と称して、「チッソ分社化と三年後の水俣病発生地域の指定解除を主たる内容とする特別措置法案」なるものを今国会に提出すると発表した。

 しかしそれは、一見患者救済と言う美名体裁をとっているが、その正体はいよいよ加害者たちによる水俣病事件の幕引きを画策するものであると断じなければならない。

 そもそも、原因企業チッソの本社と収益事業子会社を切り離す「分社化」とは、加害責任から逃亡する為に本社を替え玉として清算事業団化し、後日これをも解体するというものである。その一方、切り離した事業会社グループは生き残って企業活動によって利潤追求を続けるからくりである。

 これは、明らかに公然たる「偽装倒産計画」であると糾弾しなければならない。さらに、このような邪悪な意図よる「指定地域の解除」は、今日なお続く水俣病事件の被害実態に照らし断じて許される事ではない。

 折しも、今から三十六年前の昭和四十八年の本日三月二十日は水俣病患者、家族による第一次訴訟の判決が下りた忘れられない記念の日である。

 この時、熊本地方裁判所は、原告の多年に渡る計り知れない病苦と苦難に満ちた尊厳からの訴えに応え、原告の全面勝訴とした。

 一方、被告のチッソに対しては、責任逃れの主張をことごとく退け、昭和三十四年の見舞金契約については、「序良俗に反する」と指弾し、その企業体質と罪悪性を厳しく批判し、判決は確定したのである。

 今回、またしても公序良俗に反する分社化と地域指定除を、こともあろうか立法化する策動は、チッソと政府党、さらに環境省をはじめ国、熊本県が一体となって水病封じ込めを目論むものである。

 私達は、水俣病事件の加害者らのこのような横暴かつ当な真実の歪曲に断固として抗議し、撤回を要求するものである。

 右、声明する。

 平成二十一年(二〇〇九年)三月二十日  連名者一同

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※ネットワークこそが相思社の力です。ご意見、ご感想、ご叱責等なんでもお知らせいただければ幸いです。

(届け先)

財団法人 水俣病センター相思社

〒867-0034 熊本県水俣市袋34番地
  電話 0966-63-5800:  FAX 0966-63-5808

 

 パソコンが故障し、メールもホームページの掲載原稿作成も、お休みします!  (滝尾)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 3月11日(水)22時03分32秒
編集済
 
 パソコンが故障し、メールもホームページの掲載原稿作成も、お休みします!


 私のパソコンが故障し、明日、故障した部分の修理のため、購入先の電気器具店へ持参し、修理してもらいます。「Word」やインターネットは、故障していないのですが、「3.5インチのCDの差し入れ口」が故障し、再生も録画・録音もできなくなりました。多分、広島工場では、修理は難しいので、大阪工場へ送って修善となることでしょう。

 その間、メールの授受や、ホームページなどが出来ません。修理期間は、分りません。滝尾が病気がひどくなり、メールの授受や、ホームページなどが出来なくなっているかも?というご心配をおかけするかと思い、以上、『滝尾英二的こころ』、および『滝尾英二的こころ・Part2』の掲示板に書いて、ご連絡いたします。


 持病の方は、糖尿病、腰部脊柱管狭窄症などからくる両下肢歩行困難、右下肢などの動脈硬化、腎炎、また脳梗塞からくる「認知症」、吐血からくる貧血症、老人性身体全身の皮膚病など、多病です。もうすぐ七十八歳の誕生日を迎えるわが身ですので、当然といえば当然です。毎週、水曜日は近くの「介護施設でデイ・サービス」を受けております。「支援1」ですから、もっと介護が必要とする方がたがいらっしゃります。「介護施設でデイ・サービス」を受けておられる方には一〇六歳の方もおられます。

 一日、十名前後の介護を受けられる方がたで、とても家族的な施設です。医療生協病院の経営で、私たちのいる二階部屋の階下は「小児科・内科」の病院があります。私もここで日常的には、医療を受けていますし、薬ももらっています。

 午後3時の「おやつ」時には、入所者の介護の職員も、「歌本」を渡され、童謡・唱歌、懐メロを斉唱します。今日は十曲あまりみんなで斉唱しました。今日は、懐メロでは「東京行進曲」「東京ラプソヂィー」「東京ブキウギ」「東京のバスガール」「高原列車は行く」「金色夜叉」「ラバウル小唄」、童謡・唱歌では、「夏は来ぬ」「旅愁」「赤とんぼ」「紀元節」、民謡では、「五木の子守唄」「中国地方の子守歌」などです。案外、懐メロが多いのに驚きました。


 毎週、高陽整形外科クリニックスへ行きます。リハビリなどが終れば、「高陽整形外科クリニックス」に近い「カラオケ・スタジオ=よりみち」で、カラオケで歌謡を歌います。最近は、1960~70年代のホークソング、「かぐや姫」なや、森山良子、加藤登紀子、さだまさし、それに、河村英五、長淵 剛、平井 堅などを好んで唄っています。今日はデイ・サービス=アスナロで、寝台に寝転んで五木ひろしの新曲=「凍て鶴」をCDのシングル判を小型オオデオにヘッドホーンをつけて練習しました。明日はそれが実際に、カラオケ店で唄えるか、どうか、カラオケ・スタジオで唄ってみようと思っています。皮膚科、それに広島市立安佐市民病院の内科、神経科にも行かなくてはなりません。


 ハンセン病問題、部落問題など人権問題は「捨て」ましたが、病とどう付き合うか、また、歌謡や病院、デイ・サービス施設などで、新しい最晩年の人間関係をつくり、人生を楽しんでいます。高齢者となると、あれやこれやが「批判」したくなり、再批判されると「自己への批判」が攻撃されているような気になりがちです。これは「前頭葉」の梗塞からくる「感情」のコントロールが出来難い私にとって、今の諸問題が神経を刺激し、身体全身に「痛み」が走るという持病をもっています。だから、ハンセン病問題など人権問題は、私の意思で「捨て」ました。島田等さんの十三忌を島田さんのふるさとの海でしたことが、私にとっての最後の「仕事」となりました。

              人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                2009年3月11日(水曜日)  21:52

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