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(無題)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 5月27日(水)18時06分41秒
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   この記事を訳し、届けていただいた福留範昭先生、および 森川静子先生に感謝します。

          人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二




福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) <盧前大統領逝去> 追慕する」ナヌムの家」のハルモニたち (聯合ニュース)
2) 慰安婦[被害]ハルモニたち 「盧大統領の極楽往生」合掌 (聯合ニュース)
3) <掲示板> 5月27日 (抄訳) (京郷新聞)
4) <盧前大統領逝去> グループの総帥ら財界 弔問参加…市民の弔問も続く (ニューシス)
5) 「あなたは『盧武鉉』のように生きる自信があるか」  (後半) (プレシアン)
6) 新たに1406体千鳥ケ淵に納骨  戦没者拝礼式 (共同通信)

1) ******************************************************************************

[聯合ニュース 2009-05-26 15:30]
【<盧前大統領逝去> 追慕する「ナヌムの家」のハルモニたち】

(ソウル=聯合ニュース)イ・サンハク記者= 広州(クァンジュ)の「ナヌムの家」の日本軍慰安婦被害ハルモニたちが、26日盧武鉉前大統領の焼香所が設けられた鍾路区堅志洞(キョンジドン)の曹渓寺(チョゲサ)で、故人を追慕しながら献花している。

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=001&aid=0002681222

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=001&aid=0002681223

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=001&aid=0002681486


2) **************************************************

[聯合ニュース 2009-05-26 16:31]
【慰安婦[被害]ハルモニたち 「盧大統領の極楽往生」合掌】

(ソウル=聯合ニュース)ソン・ジンウォン記者= 「私たちをおいて、どうしてあのように逝ったのか。私の胸は焼けるようだ。」

26日午後、京畿道広州(クァンジュ)の「ナムヌの家」から、日本軍慰安婦[被害]ハルモニの3名が、故盧武鉉前大統領の逝去を追慕するためにソウル鍾路の曹渓寺(チョゲサ)を訪れた。

ボランティアの助けを借りて、不自由な体を押して、かろうじて曹渓寺の大雄殿(テウンジョン)前の焼香所についた姜日出(カン・イルチュル、83)、キム・ファソン(86)、朴玉善(パク・オクソン、86)ハルモニは、盧前大統領の遺影を発見して、思わず足を止めた。

先週の土曜日に春川南怡島(ナミソム)への外出の時に接した故人の逝去の消息は、ハルモニたちに言葉にできない悲しみと衝撃を与えた。生前の一度も会ったことはないが、心的苦痛に苦しんで現世に背を向けた盧前大統領は、観光バスの中を涙の海にしたほどハルモニたちにとって大きな存在だった。

朴ハルモニは、「もっと早く来たかったのだが…」と、言葉をつなぐことができなかった。力なく階段を上がり、盧前大統領の影像の前に達したハルモニ3名は、次々に菊の花を備えて、線香に火をつけた。線香をさす手が震え、両手を合わせて合掌する後ろ姿が揺れた。

ハルモニたちは丁重に2度拝礼をして、故人の最後に進む道が安らかであることを祈った。焼香所から降りてきた朴ハルモニは、「残念な気持ちを全て話せない。少しだけ耐えてくれればよかったのに、さっと行ってしまって…」と言って、言葉をつなぐことができなかった。

姜ハルモニは、「学生時代から貧しい家で一生懸命勉強して大統領になって、この国を守ろうとしたのに…。私たちを置いて、なぜあのように行ったのか。胸が燃える」と、耐えていた涙を見せた。

ハルモニたちは、大雄殿の前庭で風に揺れる数百個の黄色いリボンを眺めて、盧前大統領のために、「この世で大変ご苦労さまでした」、「ぜひ極楽往生なさってください」と、一人ずつ文を残した。ハルモニたちは最後に遺影を見上げて、静かに帰途についた。

                                〈森川静子訳〉

関連動画 (聯合ニュース TV)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=001&aid=0002681499


3) ************************************************

[京郷新聞 2009-05-26 18:38]<掲示板> 5月27日 (抄訳)

【 太平洋戦争被害犠牲者総連合会は、26日午後ソウル鍾路区(チョンノ)区三清洞(サムチョンドン)住民センターで創立総会を開いた。総連合会は、太平洋戦争犠牲者遺族会、太平洋戦争犠牲者追悼事業会、日帝強制連行韓国生存者協会などの太平洋戦争被害に関連した15の団体が集まって構成されている。】


4) *************************************************

[ニューシス 2009-05-26 21:13]
【<盧前大統領逝去> グループの総帥ら財界 弔問参加…市民の弔問も続く】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=003&aid=0002695546


(ソウル=ニューシス) 盧武鉉前大統領逝去四日目の26日、政・財界の大物たちが、ソウル歴史博物館に設けられた焼香所を訪れて、盧前大統領の逝去を追慕した。

午前には、全経連、経済人総連など経済団体要人とLGグループ具本茂(ク・ボンム)、午後には現代グループの玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)、SKの崔テウォン、GSグループのホ・チャンス会長が焼香所を訪問するなど、公式の焼香所が設けられて二日目のこの日、財界の人士の弔問が目立った。

特に、具本茂会長はこの日午前10時に財界グループの総帥としては、初めて弔問に出て、KB持株会社のファン・ヨンギ会長は金融グループ会長では初めて焼香所を訪れて、故人の冥福を祈った。

チョ・ソンレ全国経済人連合会(全経連)会長は、副会長の大林(テリム)産業イ・ジュンヨン会長、チョン・ジュンヤンポスコ会長、金ユン三養(サミャン)会長、ポスコのイ・ドンヒ社長、大韓航空イ・ジョンヒ社長ら財界の人士とともに焼香所を訪れて、哀悼を表わした。イ・スヨン韓国経営者総協会(経済人総連)会長と金キムン中小企業中央会長らも焼香所を訪問して、故人の冥福を祈りって、献花し、焼香した。

ハンナラ党議員など政界の人士の弔問も続いた。ハンナラ党の朴煕泰(パク・ヒテ)代表は午前11時30分安商守(アン・サンス)院内代表、鄭夢準(チョン・モンジュン)最高委員ら約20名のハンナラ党議員らと共に焼香所を訪れて、哀悼の意を表わした。

朴代表は、「昨日金海(キムヘ)のボンハマウルを訪れたが、弔問できずに、今日ここにきて弔問を終えることになった」、「昨日、弔問できなかったことに対して、色々な感慨があったが、ここにきて良かったと思う」と付け加えた。前日午後弔問のためにボンハマウルを訪れた朴煕泰代表は、マウルの住民と盧武鉉後援会の会員らに阻止されて、結局焼香所に入ることができなかった。

午前10時40分頃焼香所を訪れた朴ケドン国会事務総長は、芳名録に「是非も勝敗もない世で永眠して下さい」という文を通して、故人の冥福を祈った。

ヤン・スンテ中央選挙管理委員長、韓国自由総連盟のパク・チャンダル総裁、ソン・グァンホ、チョン・ドゥオン、ウォン・ヒリョン、シム・ジェチョル、イ・ジョンソン、ソン・スンミ、アン・ヒョデ、ナム・ギョンピル議員らも個人的に焼香所を訪れて、故人の冥福を祈って、献花し、焼香した。

参与政府期にスタートした真実・和解のための過去事整理委員会(真実和解委員会)の安炳旭(アン・ビョンウク)委員長と委員および職員らど約60名も焼香所を訪れて弔問した。盧武鉉前大統領の司法研修院の同期18名も故人に哀悼を表わして目を引いた。

一方、市民たちの弔問も続いた。ソウル歴史博物館の近くの会社員らは、特にお昼時間と退勤時間後に、焼香所を訪れて、200m近く弔問の行列が続きもした。

この日午後9時現在の弔問客は6652名、前日から続く累積弔問客数は1万5089名余りだ。



5) ************************************************

[プレシアン 2009-05-25 16:26]
【「あなたは『盧武鉉』のように生きる自信があるか」  (後半)】

<盧武鉉を記憶して>盧前大統領逝去の意味】
キム・ピョンホ檀国大教授

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=110&oid=002&aid=0001950969


野蛮の社会と歴史

権力に対する低級な欲求、略奪の目標達成に対する不安感といらだち、歴史に対する恐怖心。盧武鉉大統領と盧武鉉に象徴される集団に対して大韓民国の保守勢力が抱いている憎悪と敵愾心の実体が、このようなものであれば、それはどんな意味があるのだろうか。

第一は、大韓民国社会と歴史の強要された浅薄性だ。歴史は、それがどんなものでも、浅薄ではない。そのようにしてしまう集団があるだけだ。本当に、100余年を越える長い近代史の空間と時間の中で、大韓民国の構成員たちは、人間的品位に対してほとんど学習を受けられなかったし、またまともに経験することもできなかった。

解放になっていわゆる民主共和国が樹立されたが、民主主義と市民的徳性に対して、誰もまともに教えてくれず、誰もそれをまともに育もうとしなかった。歴史を学習しなければならない理由も、経済正義が民主主義の根本ということもよく理解できなかった。

既得権者たちが持つ権力に対する低級な欲求とそれをどうにか維持しようとする野蛮性が、韓国の政治と社会を左右する理由もここにある。

二番目は、大韓民国という国を押し進める根本動力が何かを、再び尋ねてみなければならないということだ。自由、民主、平和、統一、正義、平等、真理、博愛、共和国のような徳性は、韓国では概して虚像だ。

韓国の原動力は、「豊かに暮らそう」だ。金だけ儲ければ、他の問題はすべて解決できると信じる。それが、多くの人たちが李明博氏を信じ、彼を大統領に選んだ理由であり、ハンナラ党の国会議員たちを選んだ理由だ。

うまくいきはしないが、とにかく大きな金、小さな金を儲けながら、あくせく生きている間、私たちは豊かに生きるということが、何を言っているのか、まともに学ぶことができなかった。豊かに生きるということが、どのように生きることなのかについて、まともに教えてくれる人も別にいない。

それがどういう意味なのか、丁寧に問い詰めて批判的にながめる人たちも多くない。その結果ブーメランになって戻ってくるのは、疲弊して殺伐な社会だ。

三番目は、いまだ大韓民国は収奪と抑圧、憤怒と挫折、悲しみと怨恨の歴史を解消できていないという点だ。むしろ、より強く持続しているといわなければならないだろう。

このため、韓国社会は共通の信念と目標を備えることがきわめて難しく、そのために国の未来を開いていこうという努力をまともに結集するのも難しい。日帝植民地時代を称賛する歌がより大きく鳴り響いている。

「豊かにくらそう」と信じて、実に涙ぐましく努力したが、適切な待遇も受けられずに、大韓民国の多くの人たちは、再び略奪と背信と死に苦しめられている。

一方、企業大韓民国の経営陣と幹部たちは、一部の富裕層と(大)企業のための略奪と抑圧に邁進している。そして、その渦中に支配階級の手先となって、国家と社会の道徳と精神を堕落させる極右の石頭たちが羽ばたいている。

写真 ▲ 「盧武鉉大統領の投身で私たちが発見すべき意志は何だろうか。それは具体的に何をいうのか。最も深い意味で、それは人間の人間らしさ、すなわち人格的完成体を指向する、不可能だが、しかし捨てられない人間の英雄的可能性に向かった歩みを意味する。」

盧武鉉大統領の死

盧武鉉大統領の死は、このように野蛮の支配体制でいまだ苦痛を受けている大韓民国の社会と歴史が作り出した大きな悲劇だ。その悲劇で、私たちが見つめなければならないものは、まさにその社会と歴史だ。

思うに、韓国社会に今でも貫徹されている収奪と抑圧、憤怒と挫折、悲しみと怨恨の歴史は、逆にいえば栄光な仇怨の記録だと言うことができる。しかし、その記録は支配階級の抑圧によって、いまだ可能性としてだけ残っているに過ぎない。

その可能性に向かって進むこと。それが盧武鉉大統領の投身から、私たちが発見すべき意志であろう。それは具体的に何をいうのか。最も深い意味で、それは人間の人間らしさ、すなわち人格的完成体を指向する、不可能だがしかし捨てられない人間の英雄的可能性に向かった歩みを意味する。それが、新しい歴史と社会の可能性を世の中で実践しようとする市民の徳性だ。

それでは、私たちはそういう意志を共有する姿勢を備えているのか。


「両膝と両肘、額など身体の五部位を土地につけて拝礼する五体投地は思ったより大変で、からだも痛かったが、アスファルトから出る臭いに耐えるのも容易ではなかったと言われた。ところで、最も骨を折ったのは、人々の言葉だったという。また、複雑にすると言って、批難する人もおり、あんなにどうしようもないことをなぜするのかと皮肉る人、そういった話を聞いて悲しまれ、顔に青筋を立てて怒りながら批判する姿は醜く見えた、と言われた。」 (<オマイニュース>、2009年5月21日)

謹んで故人の冥福を祈る。
読者の皆様に尋ねます
盧武鉉前大統領が逝去しました。
投身自殺による突然な死でした。

人間らしい世の中を夢見て、民主主義と進歩と正義を追求しながら、生前にいつも論議の中心に立った彼が、自身を放つことによって韓国社会に言いたかったことは何だったのでしょうか。

<プレシアン>の読者の皆様に尋ねます。盧武鉉前大統領の逝去を、どう思いますか。私たちが継承しなければならない彼の資産は何であり、私たちが克服しなければならない彼の限界は何だったのでしょうか。これから、私たちは何をしなければならないのでしょうか。互いに虚心胆慨に話してみましょう。

寄稿を次のメールに送って下さい。送ってくださった文は、編集過程を経て<プレシアン>に掲載されます。

(tyio@pressian.com / onscar@pressian.com)

キム・ピョンホ檀国大教授


6) **********************************************

[共同通信 2009/05/25 13:2]
【新たに1406柱千鳥ケ淵に納骨  戦没者拝礼式】


第2次大戦中に東南アジアなどで死亡したり、旧ソ連で抑留され亡くなったりした身元不明の戦没者を慰霊する厚生労働省主催の拝礼式が25日、東京都千代田区の千鳥ケ淵戦没者墓苑で開かれた。

式典には、三笠宮ご夫妻のほか、麻生太郎首相ら政府関係者、遺族団体関係者が出席。


「わが国の平和と繁栄の礎となられた戦没者の方々に深く思いを致し、先の大戦から学び取った多くの教訓を次の世代に継承し、恒久の平和を確立すべく力を尽くす」との舛添要一厚労相の式辞を、渡辺孝男副大臣が代読した。

国の遺骨収集団がフィリピンやソロモン諸島などから持ち帰った遺骨1406柱を新たに墓苑に納骨。これまでに納められた遺骨は、35万4332柱となった。

● もっと知りたい ニュースの「言葉」

千鳥ケ淵戦没者墓苑(2006年8月19日)第2次世界大戦中に海外で死亡した戦没者のうち、身元が分からない「無名戦士」や民間人の遺骨を納めるため1959年に造られた国の施設。納骨室には旧ソ連や中国、フィリピンなどで収集された35万柱が納められている。建設をめぐって当時の日本遺族会は「靖国神社が戦没者に対する慰霊の中心。将来、慰霊に関し国民的観念が二分化される危惧(きぐ)がないとはいえない」と主張。政府は「戦没者の無縁遺骨を収納する納骨施設で、靖国神社とは根本的に性格が違い両立しうる」と説明していた。

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