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  1. 下目黒の恐怖の精神虐待魔について語るスレ(6)
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 「靖国神社の反人権性を糾弾」 (KBS)の記事を掲載します! (滝尾)                        

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月13日(水)17時32分4秒
 
 福留範昭先生から滝尾宛に「韓国の過去問題に関する5記事」が届けられました。この記事を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板へ掲載します。この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生に感謝します。なお、(1) 「靖国神社の反人権性を糾弾」 (KBSの記事は、『滝尾英二的こころ』の掲示板にも掲載します。他記事は『滝尾英二的こころPart2』の掲示板を開いて、ご面倒でもご覧ください。

                      ‘08年8月13日(水曜日)17:22

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

 ******************************************************************************

 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 「靖国神社の反人権性を糾弾」 (KBS)
2) 韓国人元戦犯遺族、靖国合祀取り下げを要求 (朝日新聞)
3) 日本 「学生の靖国団体参拝」推奨 論争 (聯合ニュース)
4) 「『8.15』 建国ではなく、光復節として行使されるべき」 (聯合ニュース)
5) S-Oil、「ナヌムの家」で黄色い音楽会を開催 (アジア経済)

1) ******************************************************************************

[KBS 2008.08.11 07:40]
【「靖国神社の反人権性を糾弾」】

(動画あり)
http://news.kbs.co.kr/news.php?kind=c&id=1612851
  (下部 左から二番目の□をクリック)


<アンカーコメント>
昨日日本では韓国、日本、台湾の3ケ国の市民団体の会員たちが、日本軍国主義の象徴である靖国神社の反人権性を糾弾する大規模デモを行いました。日本の右翼たちも、これに対抗して靖国保護を叫びながら、警察と激しい小競り合いをしました。東京から金テホン特派員が報道します。

<リポート>
日本軍国主義の象徴である靖国神社の反文明性と反人権性を全世界に知らせる平和行進が始まりました。キャンドルを持って街に出た市民たちは、韓国と台湾、日本、沖縄の住民ら計5百余名。

<インタビュー> 姜道元(カン・ドウォン、太平洋戦争被害者補償協議会会長): 「光復になって63年になりましたが、いまだ父の霊魂はそこに閉じ込められています。」

侵略戦争の主謀者と共に戦争の神として祀られている第2次世界大戦の犠牲者たちの無断合祀に反対するための国際連帯行動です。

<インタビュー> 李熙子(イ・ヒジャ、太平洋戦争被害者補償推進協議会共同代表):
「遺族として、靖国合祀が取り下げられるまで行動します。」

靖国神社に合祀された犠牲者の遺族たちは原告団を構成して、現在靖国神社を相手に合祀取り下げ訴訟を行っています。日本の右翼たちも、道の向かい側で警察と激しい小競り合いをして、靖国神社の正当性を主張しました。

平和行進に参加した市民たちは15日の光復節の日まで、ここ日本に留まって日本政府の誠意ある回答を求める予定です。 東京からKBS ニュース金デホンでした。

 

 <座談会>らい療養所の詩と詩運動~現状と問題点~」での島田 等さんの発言についてらい詩人集団発行『らい』第二号より  

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月12日(火)05時26分17秒
 
「<座談会>らい療養所の詩と詩運動~現状と問題点~」での島田 等さんの発言について

(らい詩人集団発行『らい』第二号(1964年12月発行)1~7ページより


                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                    ‘08年8月12日(火曜日)05:20

  ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

出席者=厚木 叡<東京 全生園>、   伊東秋雄<東京 全生園>、
    今西康子<岡山県愛生園>、   塔 和子<香川県青松園>、
    佐々木寒月<宮城県新生園>、  谺 雄二<群馬県楽生園・同人>
    島田 等<岡山県愛生園・同人>、水島和也<岡山県愛生園・同人>、
司 会=せいすみお
  ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「停滞か、それとも」
島田=現在らい療養所において、作品の書き手が少なくなり、固定していることも、また個々の作品にすぐれたもの、問題を感じさせるものが少ないことも事実ですが、今までにひきくらべ、停滞と言うふうには片づけるのは私は反対です。いま私たちが感じている大きな不満というのは、もつとすぐれたものを書こうというときに感じる不満、欠陥への意識であると思いますので、それを停滞というふうにいいたくないわけです。

「らい体験の虚実」
島田=私たちの詩の欠陥と言う場合、私自身としてはやはり自分の体験の重みと言うものにくらべ、自分の詩がいかにも軽いと言うアンバランスな感じにいつも立ちもどつて来ます。だから、他の人の作品を読む場合も、その人が感動していることの中味、主張したり表現したいものが、作者の生とどうかかわり、どんな比重をもつているのだろうか、と言うことがすぐ気になります。そう言つたこととから、私は自己のせまい身辺以外を感じさせない詩が多いことに不満ですし、それと逆に一足とびに神とか形而上的な世界を志向することにも賛成出来ません。

「詩人たち」
島田=最近読んだ西原桂子の「カラカラと笑え笑え!」と言う作品は面白かつた。作者は間にあわせの作品だと言つてるそうですが‥‥。この中にはらいと言う重圧も変えることが出来ない日本の社会の伝統的な女の位置をさわやかなものに変える力になうているのではないかと思います。西原さんの詩は高校時代から知っていますが、高校で詩を書いていた人たちの中で彼女は自分の作風を一変できた唯一の人のように思うんです。西原さんも自分の能力をもつと信用してのばしてほしいと思います。

「詩運動――そこでの問題は」
島田=谺さんもふれましたが、らい療養所の文学運動が官製的に育成されてきたと言う事情‥‥‥。その中で自立性が出てきたのは、ここ十年以降だと思います。文学サークルとしては、それぞれ二十年三十年と言うのがいくつもあるわけで、例えば長島詩話会は今年で丁度満三十年になります。このようにそれらが崩れもせず、また反対に意識的でもなくつづいているというのは、官製と言うバックが働いているからです。そこでは問題意識とか批判とかおくぐつて、おのごとをみると言う雰囲気とは非常に遠かつたと思います。

現在活動しているサークルが、私たちの過去のあり方をどう意識し、対処しているかと言う点からみると、こういつた意識はほとんどもたずに、別の次元に移つてしまつています。別の次元に移らせるもの、移る必要というのは、私たちの世界が内外ともにひどく変つてきているからあるんだが、その場合でも過去を問わないと言うか、知らん顔をして換ろうとしているんじやないか、それではほんとうに変れないと思います。

「何を書きたいか」
島田=私はここの所、ずうつとらい療養所をテーマにして書いています。らい療養所の中の色々な人間や生活を描くことを通じて、それを深められれば人間のもつ本質的な問題と、世界がもつている問題の核とを、二つとも、二つが一つになつている結節点にぶつかれると思うからです。そのためには今までの主情的な創作方法――主に自分の感覚とか主観とかにたよると言う方法ではだめになつてくるので、私はそこの所を評論を書くときの下しらべのような手続きを合せてやるように心がけています。

 このことは自分の主観を信用しないと言うのではなく、主観のもつアイマイさとか、気まうれな要素に流されずにテーマの基礎を確かめていく‥‥‥このような確かさをもたないと、私たちの詩は一方では伝統的な短歌型に、一方では評論とか、小説とかのもつ訴える力や重さに対比出来ず、どちらも失うと言うことから脱け出せないと思うからです。ほんもののイデオロギーと、ほんものの実感の二つともが要るのが詩だと言うことを、私は最近ますますいやと言うほどい感じさせられています。

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

『参考資料』
(らい詩人集団発行『らい』創刊号(1964年9月発行)巻頭ページより)

 「宣 言」

一、私たちは詩によつて自己のらい体験を追及し、また詩をつうじて他者のらい体験を自己の課題とする人々を結集する。

一、私たちは、私たちの詩がらいとの対決において不充分であり、無力でもあつたことをみとめる。なぜそうであつたかの根を洗いざらし、自己につながる病根を摘発することから、私たちは出発するだろう。

一、私っちは対決するものの根づよさをようやく知りはじめたところである。それは日本の社会と歴史が背負つづけた課題とひとしいものである。だから私たちはらいに固執するだろう。なぜなら私たちじしんの苦痛をはなれて対決の足場は組めなから。

一、私たちの生の本質と全体性としてのらい、との対決への志向が、集団の最底限の拘束である。サークルと詩誌をその拠点としよう。

  一九六四年八月                        らい詩人集団


 「同人名」

北河内 清(星塚敬愛園)        せいすみお(長島愛生園)
つきだ まさし(星塚敬愛園)      水島 和也(長島愛生園)
西原 桂子(菊池恵楓園)        黒田 淑隆(邑久光明園)
中石としお(大島青松園)        谺  雄二(栗生楽生園)
沖  三郎(長島愛生園)        小林 弘明(栗生楽生園)
小泉 雅二(長島愛生園)        高田 四郎(栗生楽生園)
しまだ ひとし(長島愛生園)      福島まさみ(松ヶ丘保養園)
島村 静雨(長島愛生園)

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

 「部落の差別、らいの差別 ~福本真理子『悲濤』を読んで~」しまだ ひとし (その4)=この論考の最終回です! (滝尾)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月10日(日)20時04分17秒
編集済
 

「部落の差別、らいの差別 ~福本真理子『悲濤』を読んで~」しまだ ひとし (その4)=この論考の最終回の部分です。

  (らい詩人集団発行『らい』第七号(1966年7月発行16~18ページより)

                             人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                                           ’08年8月9日(土曜日) 20:15


(承前)しかし、もともと人間である者にむかつて、人間でないことをなつとくさせることは無理なはなしです。ですから、どこといつて他と変らに体と生活をしてきた人間が、はじめて差別を浴びたとき、浴びねばならない理由を自分の視力のとどくかぎりに見出しあぐねて、逃げ出したり、自分さえいなければとあきらめたりすることで、なんとかとりつくろうとしたとしても、たれが咎められるでしようか。そして差別の問題のむつかしさ――したがってそれがつづいている根源は、差別の事実がたしかなほどには、なぜ差別をうけねばならないか、なぜ差別ができるかが、事実がたしかにあるようには人々のなかにたしかでないところにあります。

 むろん人々といつても、被害をうける方があり、与える方があります。しかし加害者といつても、そこには二通りあることを私たちは、はつきりさせておく必要があります。しんに差別を必要としている者(支配者で少数)と、もともとそうでない、そうでありえないのに、差別の必要感(差別の行使を必要感の承認とみて)をもつている人々(被支配者で多数)とです。

 後者は、同じ被支配者である差別の被害者を差別することによつて、そのみじめな、あるいは不安定な状態に、ひといきつけるかも知れませんが、しかし失なう方が多いこと、決してそういうことで安定した、長つづきのする平和や幸福を、手に入れることにはならないことなのに、人々はそうしてきたこと、そうしていること、この、ひといきを何百年、いや何千年もつづかせていること、生れながらにして尊い人というような観念を、ほかならぬ人民大衆がかついできたこと、差別の「直接の下手人」である――されていることのおそろしさに、感覚をもたないままであるようにみえること、――これらのことを存続されていますが、感覚としての面からいえば、敵を刺すこととともに、それと同時に、いやその前に、みずからを刺さねばならないことの痛みのおそろしさに、耐えなければならないということにもあるのではなくいでしょうか。

 それは手術をやつてしまえばよくなるのが分つていても、なんとかそれをしないですませればという、あの気分ににていないでもないようです。人間の体に痛みがあり、人間のいのちが有限である以上、その感覚の存在は否定できないのであり、できないことの見きわめのうえに、私たちの解放の仕事はくまれる必要があると思います。


 中国の作家、謝泳心女史によると、日本の部落差別ほど悪質なものは、世界中にないそうですが(住井すえ“解放随想”「民主文学」第二号)、そういえばこの世界無比は、同じように世界無比といわれてきた“万世一系の皇統”を思い浮かべます。思えば私たち日本の人民大衆は、部落差別と天皇尊崇とを二つながら、長く長くかついでいるわけです。私たちらい患者のあいだにおいても、日本人と朝鮮人のあいだには、差別の感覚がつよく存在しています。

「日韓合併」の歴史が近々に五十年であり、さらにマルクシズムの運動が日本に入ったのはそれよりのちであるのに、これほど強烈にアカや朝鮮人に対する偏見、差別がゆきわたつたのも、その根つこにこの、培われた風土があつたればこそとうなづけます。万世一系の天皇をもつた国は、そのまま差別者の天国であり、当然のこと、もつとも安定した階級支配を存続させた国でもあつたわけです。


 私たちは、福本まり子さんが死へ追いつめられながら、なお人々にたいして心のやさしさをもちつづけたことを、くやしがりますまい。それは人民のうばうことのできない美しい性格です。やさしさは差別にうちかつでしょう。
                            (一九六六、二、二〇)

          ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「‥‥思えば私たち日本の人民大衆は、部落差別と天皇尊崇とを二つながら、長く長くかついでいるわけです。私たちらい患者のあいだにおいても、日本人と朝鮮人のあいだには、差別の感覚がつよく存在しています」と言い切れる島田 等さんって、すばらしい思想の持ち主だったと思っています。

 私は想うのです。私の知っている限り多摩全生園の山下道輔さんも、こうしたお考えだったと思います。また、私の60年余の生涯も、天皇尊崇と部落差別、朝鮮人差別と、ハンセン病問題からの視点に終始した研究活動だったと思います。周囲の方がたもそうした私を支援、激励していただきました。感謝します。

          ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 島田 等さんの詩を二編、紹介させていただきます。らい詩人集団発行『らい』第4号(1965年7月1日発行)からの二編です。


  「病人ちがい」  まだひとし(4ページ)

出たがらないつて?
治りたがらないつて?
社会復帰を便秘したらい療養所で
思案顔な第三の医学。

患者たちの、あまりに
長く生きのびすぎた直腸には
所内結婚や、義足や
老令化や医師不足やがどつさり!
これでは日本のお尻ではないか。

便秘日本!
黄金の六十年代に、らい療養所なんか
一日でも早く排泄したかろうが
ものごとには順序と時間がある。
くるしまぎれに
やくざな処方をうのみにしようものなら
こんどは
十一ヶ所のお尻から下痢だ。

おれたちが便秘しているのは
「社会復帰」でなくて日本。
指をもがれた者は指のない
てのひらを出して
昔の指で
かぞえてみな!
「絶対隔離」という偏食で
手も足も食いつぶされた年月
いまさらそれは
官僚日本にとつても
たやすく解消したいというには
虫のよすぎる年月だが
おれたちの排泄はもつと楽じやない。


  「少 年」 しまだひとし(14ページ)

どんなにうすめても
じぶんの血だ

どんなにゆがめても
じぶんの顔だ

どんなにちぢめても
じぶんの影だ

    「オマエノ顔ハソンナジャナイト、
    面会ニキタオ母サンガ、僕オミ
    ツメテイイマシタ。
    オ母サンガ帰ッテシマッタアトデ、
    ボクハ鏡オミマシタ。」

鏡の中を流れた涙は
鏡のものだ

鏡の中のゆがんだ顔は
鏡のものだ

鏡の中の鐘の音は
鏡のものだ

 

<歴史の中の今日> 孫基禎、ベルリンオリンピックのマラソンで金;  特派員が明らかにした無責任文化「日本の再構成」 !

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月10日(日)04時28分26秒
 
 福留範昭先生から滝尾宛に「韓国の過去問題に関する3記事」が届けられました。この3記事を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板へ掲載します。この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生に感謝します。

 なお、(
1) <歴史の中の今日> 孫基禎、ベルリンオリンピックのマラソンで金 (毎日新聞)と、(3) <手に入る本> 特派員が明らかにした無責任文化「日本の再構成」 (国民日報)の2記事は、『滝尾英二的こころ』の掲示板にも掲載します。

                          ‘08年8月10日(日曜日)04:15

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

 ************************************************************************

 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) <歴史の中の今日> 孫基禎、ベルリンオリンピックのマラソンで金 (毎日新聞)
2) 東海呼称問題:「“東海”を地図上に表記すべき」 (朝鮮日報)
3) <手に入る本> 特派員が明らかにした無責任文化「日本の再構成」 (国民日報)

1) ************************************************************************

[毎日新聞 2008-08-09 10:36]
【<歴史の中の今日> 孫基禎、ベルリンオリンピックのマラソンで金】


1936年8月9日、孫基禎(ソン・ギジョン)選手が第11回ベルリンオリンピックのマラソン競技で、魔の2時間30分の壁を破って優勝した。孫基禎選手は、蒸し暑い気候にもかかわらず、42.195kmのコースを2時間29分19秒で走破して世界新記録を打ちたてた。

当時有力な優勝候補だったアルゼンチンのジャバーラは27.4km地点で脱落し、英国のアーネスト・ハーパー(Ernest Harper)が2位に入った。

しかし、孫基禎選手は日帝占下でオリンピックに参加し、国籍は日本となっていた。授賞式で栄誉の月桂冠をかぶっても、国を失った憂いと悲しみをしずめねばならなかった。共に参加したナム・スンニョン選手も3位を占めた。

これに対し東亜日報は、孫基禎選手の胸にあった日章旗を3人の記者が真夜中に奇襲的に削除し、無期停刊を被った「日章旗抹消事件」を起こしもした。

その後孫基禎選手が、ベルリンオリンピックで優勝して56年が過ぎた1992年8月9日、わが国の黄永祚選手がスペインのバルセロナで開かれた第25回オリンピックのマラソンで太極旗を付けて初優勝をする。

当時、日本の森下を接戦の末下して、一層感激的な場面が演出された。


3) **********************************************

[国民日報 2008-08-08 17:44]
【<手に入る本> 特派員が明らかにした無責任文化「日本の再構成」】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=005&aid=0000325324


近くて遠い国日本。韓国人たちに消せない歴史的傷を残しても、済まないという言葉は「痛惜の念」といった曖昧な表現で逃げる国。忘れた頃に、一回ずつ独島問題を持ち出し、全国民を憤慨させる国。慰安婦問題に対しては知らないと言って、無視する国。

日本は、なぜこのように無責任なのだろうか。インターナショナル・ヘラルド・トリビューンなどの特派員として20余年間アジアの各地で活動した著者パトリック・スミスは、現代日本が直面する問題の核心は、「自身を直視できないことだ」と指摘する。

今の日本は、自分たちが自ら作り出したことものではなく、戦後の米国が作った国だから、一人では何もできない状態になってしまったというのだ。著者はまた、米国が日本の王[天皇]の罪を覆ってしまったことによって、「責任を回避する文化」を助長したという観点を提示している。  (マティ 、2万6000ウォン)。

      --------------------------------------------------------
 

 「部落の差別、らいの差別 ~福本まり子『悲濤』を読んで~」 しまだ ひとし (その3)=論考の中半部です。 詩:ふたつ

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月 9日(土)11時23分30秒
 

 「部落の差別、らいの差別 ~福本まり子『悲濤』を読んで~」 しまだ ひとし (その3)=論考の中半部です。詩:ふたつ                                                 (滝尾記す)

 「部落の差別、らいの差別 ~福本まり子『悲濤』を読んで~」 しまだ ひとし (その3)=論考の中半部です。

   (らい詩人集団発行『らい』第七号(1966年7月発行)16~18ページより)


                        人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二
                              ‘08年8月9日(土曜日)

 (承継)ところで、生まれてこなければよかつたと思あれるということは、どういうことなのでしょうか。それは生きているその人が、みずから、自分は生きるに値しない存在だということを――差別する方にとっては当然のことを、うける方に――なっとくさせることではないでしょうか。

 差別の論理は、差別される者の生きていく権利の否定を基底にもつています。それは人間であることの否認をふくまなければ成り立たないものです。人間の姿をしていることは、あくまでもかりそめのことであり、「ほんとうの人間たち」にとつて、その存在が不用になつたときには、いつでも本来の形に引き下がってもらわねばなりません。

 あるときは人間であり、あるときは人間の勝手になしうるもの(動物とか、物とか)である存在が、この世界に存在するkとが、差別の論理にとつて必要なのです。この論理は、世界中の、だれもが、よりよく生きようとすることが不都合である者にとつてのみ、好都合な論理です。

 差別――それは人間がよりよく生きようとすることへの敵意であり、襲撃です。

 人間性の否定を必要とするものが、この世界にいるというところに、差別の本質があるのであり、ある人が部落民であることは、日本の歴史の条件にたまたまゆだねらああれたものであつて、差別を必要とするものにとつては、現在のらいが完璧に治るようになれば、もう一つの差別のできるらいをつくり出すでしょうし、いまの部落の解消の必要にせまれれば、もう一つの部落をつくるでしょう。

 差別の発生や根源についての論理的な解明は、なされているといえるでしょう。階級支配の存在です。それを存続させるためには、搾取は(どう形を変えても)必要であり、搾取にはどうしても人間が必要なのです(家畜や機械はどんな使いようをしても搾取といいません)。そこに、もともと人間であるものを、人間ではないとする論理が必要になつてくるわけです。支配者たちは、差別の論理がうけいれられることを「秩序」といいはつてきました。そしてその「秩序」を保ちつづけるために、あらゆる努力をはらつてきました。教育、法律、武力、習慣‥‥。(後略します=滝尾)


【後記】 昨日、高陽整形外科クリニックスの主治医に呼ばれて、肩部のレントゲンを2枚撮影。肩部の筋肉が可なり硬化している。それが私のような素人目のも撮影されたフイルムを見ればわかる。したがって、この「部落の差別、らいの差別」 (しまだ ひとし)は、三度に分けて紹介する。代わりに島田 等さんの詩二編を以下に収録したい。


(1)「春よ来い」 しまだ ひとし(『らい』第19号=1972年5月発行;掲載、13ページ)

拒まれることに馴れたトータルに
いらだちは部分だ

 “らい患者、およびらい回復者
 この村につれてこないという約束をせよ“
 ――なるほど
 ――なるほど
 “患者追放とは反対の方向に
 ひとつ、ひとつの村を変えないかぎり
 それは 変らないのではないか“
 ――なるほど
 ――なるほど

まるで他人事なのは
拒絶よりトータリティのひろがりの方が
なにほどか広いからだあろう

すでにトータル
哲学である前に現実であるので
秤はのせていない風にも揺れる
――春よ来い

春はあらゆる揺れるものの中からやってくる


(2)「うそのつきかた」 しまだ ひとし(『らい』第2号=1964年12月発行;掲載、8ページ)

いたくないとき
いたいいたいといつてはいけません
いたむとき
いたいいたいといわなければいけません
医者がくるときと 若い看護婦がくるときと
 で
いたいところが変つてはいけません

生きていたくないとき
「死にたい」なんていつてはqいけません
朝鮮人でないのに
朝鮮人だといってはいけません
らいであるのに
ハンセン氏病でないようなことを
いつたつていけません

(あぶじ!)
えむつているとき以外
もつとしやべろう
あること ないこと
うそをつかないのはうそつきだけ
おふくろと別れて
一人で日本に渡つてきたときから
らいのベットでかかるいまわまで
うそのきらいなやつらはなにをしたか

だから
日本に住む
朝鮮人でハンセン氏病よ
いのちながらえ
うそのきらいな日本人患者のあいだで
うそらしいうそをつけるのは
あなた方です

   (うそらしいうそ
   (もつと生きること)

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

 「部落の差別、らいの差別 ~福本まり子『悲濤』を読んで~」 しまだ ひとし>(その2)=論考の前半です。       

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月 7日(木)12時10分53秒
 
<「部落の差別、らいの差別 ~福本まり子『悲濤』を読んで~」 しまだ ひとし>(その2)=論考の前半です。

       (らい詩人集団発行『らい』第七号(1966年7月発行)16~18ページより)


                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二
                         ‘08年8月7日(木曜日)12:08

 人生には、あるしめくくりをせまられるときがある――その人の意思にも、生きてきた年月の長短にも関係なく、それをせまられるときがある。

 そめくくり――というのは、そいつを片付けないと、その人の明日がはじまらないなにか――とでもいつたらいいでしょうか。福本まり子さんは十代でそれにつきまとわれた。『悲濤』を読んで、私はまず、少女からあまい夢のひとときもうばつていく、私たちのこの社会を憎む。

 私たちの社会は、愛する(と思つている)人が存在することが、他のなににもまして生きていくささえになる年頃の娘から、そのかけがえのないものをうばつていく。それはなぜかけがえがないか、――愛する者の存在は真実ではないこともありうるし、真実であることを確かめえないこともありうるのに、それがなぜかけがえがないか。

 それは、愛しようとしたということの確かさのなかに――よりよく生きようとしたことの偽わりのなかに、人間のしるしがあるからです。まだ固い蕾のような、孤立したひとつの心の動きのなかには、かぞえれば未熟なものはいくらでもあるでしょうが、それは、そこにそだっていつた人間の存在のたしかさを、消すことはできないのです。このたしかさこそ、「人間の敵」たちにとつて我慢のならないものであり、できるなら若い芽のうちに、傷つけ、枯らせたいものなのです。


 『悲濤』を読んで、私は正直なところ、はじめは福本まり子さんの苦しみを、私たちらくい患者の苦しみにくらべて、ぜいたくなという気持をうち消せませませんでした。彼女には理解のある尊敬できる父親があり、愛情をそそげる家族があり、なやみを話しあえる友人があり、健全な手や足があり、仕事があります。それらは、私たちらい患者の多くの者にとって、ほとんどうばわれているものなのです。

 そうは思いながら私は、私たちがうばわれているものを持ちあわせながら、そうであるのに、若く、早く、彼女は死んでいつたというその事実が、読み終つた本を閉じる手を重くするのです。差別――同じ苦しみを苦しんでいるという、その同じとはなになのか。


 私たちの生きている社会――この日本には、いまもさまざまな差別があります。身分による、人種による、思想による、病気や障害による、性による、古くからのものや、比較的新しいものや‥‥それからさまざまな差別のなかでも、本人の意思のとどかないところに根ざせさせられる差別ほど、やりきれないものはないといえます。生んでくれなければよかつたのにといつてみたところで、もう生まれているのです。

 しかし、差別する側からいえば、それこそ―本人の意思のとどかないところに根ざせさせられる差別こそ、快心のものでしょう。手のとどくところにあるものが原因になつているかぎり、差別される者は必死にそれをとりのぞく努力をするだろうからです。その点では、私たちらい患者の差別には、ハケグチがのこされているともいえます。(さしあたり現実的かどうかは別として)。「もつと医学が発達して、さらによい薬や、手術ができるようになれば」とか、「医者はなにをぼやぼやしとる」とか。


 ところが、生れてきたことだけが、差別の原因であるばあい、それをどこにもつていつたらよいか。部落差別の問題は、体のどこにもさがしたつて差違は発見できないだけに、差別としては、ずづと露骨で、つらいことになる――そう思つたとき、私は差別の問題を――私たちじしん、つよい差別、偏見に苦しめられていると感じながら――ぼんやりとしか考えていないところがまだ沢山あることを知らされるのです。


 差別の論理からいえば、差別の理由になしうるものが、変更不可なものほど完璧なのです。そうでないものは差別としては長つづきしないのです。だから差別には出生に起因するもの、本人の意思では左右できないものが多いわけですし――部落、朝鮮人、女――、病気では、治りにくい、醜くいものがえらばれるのです。(この稿は前半部分です。=滝尾)
 

らい詩人集団発行『らい』創刊号(’64年9月)~第25号('80年2月)に収録された島田等さんたちの詩文に関する作品の紹介!      

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月 6日(水)21時53分56秒
編集済
   <らい詩人集団発行『らい』創刊号(1964年9月~第25号(1980年2月)に収録された島田等さんの詩、文などに関する作品の紹介> (その1)

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                        ‘08年8月6日(木曜日)21:55


 現在、人権図書館・広島青丘文庫が所蔵している図書の中に、らい詩人集団発行『らい』創刊号(1964年9月)~第25号(1980年2月)がある。創刊号の代表者は、島田 等さんである。らい詩人集団発行『らい』第25号(1980年2月)が私の所蔵しているらい詩人集団発行『らい』の最終刊であり、編集・発行は島田 等となっている。その後、同誌が発刊)されたかどうかは、未だ確認していない。

 A5版で二十数ページの小冊子であるが、1964年から1980年までのハンセン病問題を知るうえで貴重である。とりわけ、その代表者である島田 等さんの思想や運動を知る上には、欠かせないものである。なぜなら、毎号にわたり詩、詞論、書評など掲載されており、貴重である。順序正しくこのホームページに掲載すれば良いのだが、思いのままに書いてみたいと思う。収録されている中には、森田竹治さん、近藤宏一さんなどの作品も収録されていて、懐かしい。表紙絵や表紙写真なども貴重である。

     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

(1)らい詩人集団発行『らい』創刊号(1964年9月)の表紙写真の説明文と「あとがき」文の紹介

 1 監房壁面(表紙写真について):

 昭和六年(1931年=滝尾)最初の国立らい療養所として開所された愛生園には、開所とともに所内監房も設置されました。その後、(昭和二十八年)、予防法改正をめぐる患者運動の後廃止されたのですが取り壊すのに費用がかゝるというので、建物はそのまゝ放置され、附近の人達の物置小屋になつていました。今年になって精神病棟敷地工事が着工され、その土砂の捨て場になり、建物の半分が土の下になっています。

 この写真はすでに埋まった一室からとつたもので、日付などからおして、戦後書かれたものが多いようです。

 それだけに、戦後かなり長い間、強権下のらい政策が行なわれたことを表わしており、人権闘争と言われた予防法闘争が激しく闘われた根拠の一つを示すものであいます。
 らくがきの内容は大別して、特定の人物への怨嗟、セックス、日付表などです。この監房の変遷は、そのまゝ日本のらい政策の象徴といえましょう。


2「あとがき」より:

 表紙のレイアウトに、ぼくたちは一枚の写真を前にしてずいぶんと頭をなやされた。長島の桟橋をおりると納骨堂へ行く道の下に、戦前戦後(昭和二十八年頃)光田健輔の号令ひとつで閉じこめられたり、ほうりだされたりした監房がある。これが新らしく精神病棟をたてるために掘りだされた土で半分埋められてしまった。

 今、この監房を埋めて新らしい独身軽症者寮をたてるとの話が出ているが、それにしても、新らしいものが歴史の常である。ぼくたちはこれを認めながらも、この厳粛な事実の中に、ぼくたちの先輩が監房の中で血を吐きながら人間を主張した落書きを失しなうのはあまりにもしにびないと思い、ここにひとつだけとりだしてみました。以下略=滝尾 <すみお=編集人>。

     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

(2)<骨まで愛して> しまだ ひとし(『らい』第7巻、14ページより)

「××シャン(さん)
こんどは<骨まで愛して>という唄が流行つとるんよ、
あとで教えてあげるけえな」
若いナース、ヘルパーは
なれた手つきで膳を下げながら
患者たちを笑わせる。

「ショウか、(そうか)ありがとう。
それでも×ちゃんは
あとであとでいうだけで
教えてくれたことがないけえのう」
ハダシで下りて
尿器をまさぐりながら
盲の患者はベットの下で応答する。

<愛>ということばを その人からきこうものなら
みんなゲラゲラ笑うほど
人間もくたばると
むすめたちは安心してそんなことばを投げかける。
年をとり くたびれて
ことばと実体が
こうもばらばらになってしまうと、
愛のなんのといつてみたつて
この世の中では
泣く泣く餓鬼をつくるくらいのことでしかないことを
身をもつて教えてやることもできず、
やれやれ
小便をすませて
ベツトへはいあがると
片付けた膳を重ねたのをかかえ
孫むすめのようなヘルパーは
ドアのもこうからやり返すのだ。

「なにいうとるの
人の気も知らんというて、
××シャン(さん)
大便のときベツトから離れるだけやで
内緒の話もできんわ。
早よう元気になりい!」

 

 少年たちは言いました。「僕たちなにもしいていないよ」; 中年女性は、叫びました。「だからあんたたち、悪いのよ!」   

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月 5日(火)22時29分18秒
    ‐
 私が学校の教師であった頃、「人権副読本」に『歯車』という冊子があり、その冒頭に、「だから悪いんだ!」という短編が収録されていました。ロシアの作品だったと思います。

「一匹の猫が、数匹の犬たちに襲われていて、猫が毛を逆立てている。少年たちは、それを面白そうに見ている。 一人の中年女性(おばさん)と書かれていたと思いますが、叫びました。犬を追い散らして、少年たちに言いました。「あんた達、恥ずかしくないの!」

 少年たちは言いました。「僕たちなにもしいていないよ」
すると。その中年女性は、少年たちに叫びました。「だからあんたたち、悪いのよ!」

 最近、上記のロシアの短編を思いおこしました。また、岩波新書(青版)に『近代人の疎外』(?)という米国の翻訳本をも、思い出させていただきました。青年の交通事故死のことです。近代人は他者の「死」に関心をしめささない。

 惨死した交通事故死した青年に、近代人は、関心も興味も持たないという書き出しでした。


「”病、貧、孤独”も、どんなに近現代人のこころを、卑しく・貧しくしているのか。そして、私にとっても「孤独」を身近に感じるだけ、こころが痛みます。」という書き出しで、知人からメールが送られてきました。つづいて、その人は、こうも書いておられました。


 病気、生活困難、孤独死は、今のこととして誰にとっても身近でも起こっていますし、将来の問題でもあります。病にあっても、生活困難にあっても、孤独のただなかにあっても、平和で安心していられるほど人間という生きものは強くはないです。

  町田宗鳳氏は「平和のメッセージ」(岩波講座 宗教8 『暴力―破壊と秩序』2004年所収)を、「人間が平和でいることは、奇跡である。」をもって書き始めています。

 町田氏はその中で、「一日に平均4万人の人々が、食糧不足が原因となって命を落としているとされるが、先進国の住民が飽食の生活を送り続けているだけで、十分に殺人的な行為であり得ている。」と言い、また、

「悲惨な状況が地球の随所に存在することを知りながら、われわれが無知無関心を装うなら、それもまた加害行為のひとつと言えよう。それがどれだけ間接的なものであっても、「無視」という強者の力によって、弱者は刻々と命を縮めていくのである。」と言っています。
 

  少年たちは言いました。「僕たちなにもしいていないよ」; 中年女性は叫びました。「だからあんたたち、悪いのよ!」   

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月 5日(火)22時28分12秒
    ‐
 私が学校の教師であった頃、「人権副読本」に『歯車』という冊子があり、その冒頭に、「だから悪いんだ!」という短編が収録されていました。ロシアの作品だったと思います。

「一匹の猫が、数匹の犬たちに襲われていて、猫が毛を逆立てている。少年たちは、それを面白そうに見ている。 一人の中年女性(おばさん)と書かれていたと思いますが、叫びました。犬を追い散らして、少年たちに言いました。「あんた達、恥ずかしくないの!」

 少年たちは言いました。「僕たちなにもしいていないよ」
すると。その中年女性は、少年たちに叫びました。「だからあんたたち、悪いのよ!」

 最近、上記のロシアの短編を思いおこしました。また、岩波新書(青版)に『近代人の疎外』(?)という米国の翻訳本をも、思い出させていただきました。青年の交通事故死のことです。近代人は他者の「死」に関心をしめささない。

 惨死した交通事故死した青年に、近代人は、関心も興味も持たないという書き出しでした。


「”病、貧、孤独”も、どんなに近現代人のこころを、卑しく・貧しくしているのか。そして、私にとっても「孤独」を身近に感じるだけ、こころが痛みます。」という書き出しで、知人からメールが送られてきました。つづいて、その人は、こうも書いておられました。


 病気、生活困難、孤独死は、今のこととして誰にとっても身近でも起こっていますし、将来の問題でもあります。病にあっても、生活困難にあっても、孤独のただなかにあっても、平和で安心していられるほど人間という生きものは強くはないです。

  町田宗鳳氏は「平和のメッセージ」(岩波講座 宗教8 『暴力―破壊と秩序』2004年所収)を、「人間が平和でいることは、奇跡である。」をもって書き始めています。

 町田氏はその中で、「一日に平均4万人の人々が、食糧不足が原因となって命を落としているとされるが、先進国の住民が飽食の生活を送り続けているだけで、十分に殺人的な行為であり得ている。」と言い、また、

「悲惨な状況が地球の随所に存在することを知りながら、われわれが無知無関心を装うなら、それもまた加害行為のひとつと言えよう。それがどれだけ間接的なものであっても、「無視」という強者の力によって、弱者は刻々と命を縮めていくのである。」と言っています。
 

 森山良子の『風~LE VENT~』をCDで聴きながら‥‥  (滝尾英二)                       

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月 5日(火)13時49分50秒
 

    森山良子の『風~LE VENT~』をCDで聴きながら

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                     ‘08年8月5日(火曜日)  13:45


 連日の猛暑続きで、食欲がなく、「はやく秋が来ないか」と思う毎日です。この暑さも地球温暖化もあるような思いで、一体、われわれの住む地球はどうなっていくのか、非常に心配している私です。

 加齢による急速な体力と気力の衰え! 最近は近く(バスで2停留場のところの)整形外科クリニックスへリハビリなどするために通院しています。1週間借りていたCDを6枚返却するため、病院から「貸しCD店」へ行くのが精一杯。とうとう「カラオケ喫茶・城」へは行けませんでした。だから、少々、歌謡談義でも「ホームページ」に書くことにします。

 借りたCDの中に、森山良子の『風~LE VENT~』がありました。「さとうきび畑(1969年バージョン);作詞・作曲=寺島尚彦など18曲収録のフォーク・アルバムです。
「風」をテーマにした歌は多く、最近もNHK歳末紅白歌合戦で、秋川雅史が2年続けて「千の風になって」を歌っています。五木ひろしも「ゆめかぜ」を昨年、歌っていますが、なかなか評判のよい歌謡曲です。石川さゆりの「風に盆恋歌」、北島三郎の「風雪ながれ旅」「風の坂道」、杉良太郎の「すきま風」「風が吹くまま」、坂本冬美の「風に立つ」、THE BOOMの「風になりたい」など。THE BOOMの「島唄」にも歌詞に「風」が出てきます。吉永小百合・和田弘とマヒナスターズの「寒い朝」も「風」の歌でしょう。

 その詮索はおいて、森山良子の『風~LE VENT~』の10曲目に「風」(作詞:北山修、作曲:端田宣彦)があります。11曲目は「白いブランコ(作詞:小平なおみ、作曲:菅原進)」ですが、この歌詞の中にも「風に吹かれて」と「風」が出てきます。

 「風」というタイトルの歌は古くは竹下夢二、北原白秋らの詩に作曲したもの、百曲ホドノ作品カが存在するといわれています。米国でもBOB DYLAN作詞&作曲の「風に吹かれて」が、公民権運動とも結びつき著名です。「風」をテーマにしたフォーク・ソングでは、森山良子が歌った「風」(作詞:北山修、作曲:端田宣彦)が断然著名です。1969年に発表された<はしだのりひこ&シューベルツ>で、今日でもDAMリクエスト番号=1512-01で歌えます。日本の代表する名曲です。


「風」(作詞:北山修、作曲:端田宣彦)

人は誰もただひとり旅に出て
人は誰もふるさとを振り返る
(中略)
振り返らず ただひとり一歩ずつ
振り返らず 泣かないで歩くんだ

              ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 昨日(8月4日)の『朝日新聞』社説は、「ヒートアイランド―風と緑が熱汚染を防ぐ」と題する社説を掲載していました。その冒頭の部分をつぎに紹介しましょう。たいへん参考になりました。


ヒートアイランド―風と緑が熱汚染を防ぐ <2008年8月4日(月)付『朝日新聞』社説から>

 JR東京駅に立つデパート「大丸」の解体工事が昨秋、始まった。高さ約60メートル。東京湾からの海風を妨げるというのが主な理由だ。デパート自体は北側のビルに移った。解体が終われば、皇居の森へ涼風が通るようになる。これによって、皇居手前のビル街の風速が3割増すという。

 ヒートアイランド現象を和らげる日本の「風の道」第1号といえる計画だ。大阪市も、大阪湾からの海風を中心街に導き、都市を冷ます計画に今年、初めて予算をつけた。

■温暖化との「二重苦」

 ヒートアイランド。直訳すれば「熱の島」。郊外に比べ、都市中心部の気温がポツンと浮かんだ島のように高くなる現象だ。日本ではほとんど手付かずに残されたことから、「最後の公害」ともいわれる。

 こうした「熱汚染」は、熱がたまるコンクリートの建物やアスファルト道路で地表面を覆ってしまったことが大きな原因だ。建物や自動車からの排熱も高温化に拍車をかける。暑くなれば冷房を強め、その排熱でさらに暑くなる。熱の捨て場所を考えずに進んできた都市開発のつけが、そこにある。

 地球温暖化だけでも難敵なのに、ヒートアイランドが火に油を注ぐ。この100年の間に、東京の平均気温は3度上がった。うち1度が地球温暖化、2度が熱汚染の影響といわれる。大阪では最低気温が25度以下にならない熱帯夜が、ひと夏に50日近くある。

 健康被害も深刻だ。昨夏、東京では熱中症で病院に運ばれた人が1200人を超えた。環境省の調査では、夜の平均気温が30度を超えると、半数が夜中に目覚める。都心を襲う豪雨の多発も、熱汚染と無関係ではないようだ。(以下は省略します。=滝尾)
 

私説公開

 投稿者:石垣眞人  投稿日:2008年 7月31日(木)16時29分29秒
  「平成の黙示録」という表題の私説を公開しています。
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com にアクセスしてください。

http://makoto-ishigaki.spaces.live.com

 

 政治家にも告げず、マスコミにも知らせず、二、三人の方と、人知れず伝馬舟を漕いで、島田さんの遺骨を三重の海に返したい! 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月30日(水)15時03分8秒
編集済
 

 <島田等さんの遺骨を「三重」の海に流したい。政治家にも告げず、マスコミにも知らせず、二、三人の方とご一緒に、人知れず伝馬舟を漕いで、島田さんの遺骨を三重の海に返したい。>


                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                    ‘08年7月30日(木曜日) 15:00

 真壁 仁編『詩の中にめざめる日本』(岩波新書・青版)1966年10月発行には、各詩の解説に、『ハンセン病文学全集』の内容と異なるところがあるようです。例えば長島愛生園に入所した詩人で作家の森 春樹の生れた年も真壁 仁編『詩の中にめざめる日本』では、一九一八年生れと書かれてありますが、『ハンセン病文学全集』<6 詩一> では、「1915年2月23日、愛知県名古屋市に生まれる。」となっております。三年間も異なっています。

 されはさて置き、私のこころの師である三重県鳥羽の海浜で育った島田等さんの死去された日、私は長島愛生園におりました。島田さんのご意志で、葬儀はありませんでしたが、長島にある火葬場には、私も同行しました。晴天の大空には、煙りとなって三重の方向に飛んでいった光景を未だに忘れることは出来ません。

 森 春樹さんが書かれた「微笑まなかった男」の詩の末尾には、つぎの一節があります。

あの男は
固く口を閉ざし
ただ空間の一点を
見詰めていた が
とうとう蝕まれて
死んでいった。

あの男は
そのとき火葬場の煙突から
天に
 一羽の小さい鳥となって
 舞あがり
 はじめて微笑んだのだ。

私は
あの男の微笑を
見逃さなかった。


 直径=9cm、高さ=10cmの白い「骨壷」には、一九九五年一〇月二〇日、島田等没と書かれ、島田さんの生まれ故郷海浜の町名が書かれています。「海へこの遺骨を流せ!」とも。

 仏壇の引き出しに入れたまま、遠おから私も彼の地に旅立ちます。この身体では、三重県の果てまで、交通機関に乗りついて行けそうもなくなりました。いつか、どなたが三重の海浜の場所まで、ご同行していただけませんか。島田さんは、民陶がお好きで、日常の食事などの沖縄の赤絵、兵庫の穴釜の陶器などそのお人柄を偲ばせるものでいた。これ等の食器で、小料理屋で会食しませんか。一式いただいて私の書斎に飾っています。今年の秋に三重の島田等さんの生まれ故郷へ、どなたか行きませんか。島田さんも微笑されるはずです。

    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

◆『ハンセン病文学全集』6 詩一、7 詩二の巻に収録されている森春樹氏の作品と著者紹介:

◆著者紹介[全集7 詩二の巻に所収]より、漢数字を算用数字に変更して引用
森春樹 1915年2月23日、愛知県名古屋市に生まれる。板前職人として働いていたが発病、1940年12月20日長島愛生園入所。独学で勉強。1991年11月25日死去。詩集『巨大なる石』(1955 炉書房)、創作集『微笑まなかった男』(1983 近代文藝社)。

◆収録作品
①我が影:1951年 緑の岩礁―長島愛生園合同詩集 (詩一p.66)
②指:1952年 小島に生きる―長島愛生園合同作品集 (詩一p.73)
③朝顔の花:1953年 いのちの芽―全国ハンセン病療養所合同詩集 (詩一p.111)
④『巨大なる石』:1955年 夏の日、柿、私の窓におきたい花、音、微笑まなかった男、サボテンの花、ペンダコ (詩一p.266-272)
⑤紙魚:1968年 つくられた断層―長島愛生園合同詩集 (詩二p.76)


  微笑まなかった男

あの宗教家は
 神を信じなさい
と 云った、が。

ある政治家は
 もっと皆様の幸福のために
 努力しましょう
と 云った、が。

ある慈善家は
 あなた方は こんな風光明媚な所に
 住んでいて 倖ですよ
と 云った、が。

いつかの慰問団は
 いつの日か 機会が
 ありましたら またきましょう
と 云った、が。

ある医師は
 きっと いつかは
 なおる時代もきましょう
と 云った、が。

あの男は微笑まなかった。

 つれづれの 友ともなりて
  慰めよ ゆくことかたき
       我れにかわりて
あの御下賜の歌にも
男は微笑まなかった。

すべてが信じられないように
あの男は
固く口を閉ざし
ただ空間の一点を
見詰めていた が
とうとう蝕まれて
死んでいった。

あの男は
そのとき火葬場の煙突から
天に
 一羽の小さい鳥となって
 舞あがり
 はじめて微笑んだのだ。

私は
あの男の微笑を
見逃さなかった。

 

 多摩全生園に入園した厚木叡さんの詩=「伝説」の一節から!                               

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月29日(火)23時24分27秒
 

 幾人もの方から『ハンセン病文学全集』(詩巻)などに出てくる<ハンセン病詩人>の作品を詳細にお教えいただき、ありがとうございました!


 今日は、午前中には、高陽整形外科クリニックスで、手押し車をバスに載せ、リハビリなど受け、午後は、かなり遠方の「いずみ心療内科クリニックス」の予約をとって、行きました。交通機関を乗り継ぎ、下車後は行く道を間違え、たいへんでした。携帯でいずみ心療内科クリニックスへ連絡をとったのですが、電波の入りが悪く、迷い迷いの手押し車での通院となりました。

 心療内科の医師は、「ホームページを書き(読んでいるみたいでした。)カラオケへ行くという、意欲あう者は、うつ病などではない。心配なら、デパスは、強力な心の安定剤だから、いま、0・5ミリを2錠、一日に飲んでいるので、一日、1・5ミリグラムまで、飲んで大丈夫だから~」ということでした。

  もうくたくたで帰宅し、2時間ほど寝台で横になり、夕食は、乳製品のもで、パソコンを開いたら、「北風さんの=BBS」に、「しゅうさん」が、滝尾の投稿文にレスしていただいておりました。「しゅうさん」! ありがとうございます。

 さっそく、真壁仁編の『詩の中にめざめる日本』(岩波新書)の152~153ページ収録の厚木叡さんの詩=伝説を読みました。


幾百年か日がめぐり  人々は死に絶えた
最後の一人は褐(から)いろの獅面神(スフインクス)となった
頽れた家々にはきずたが蔽い
彼等が作った花々が壮麗な森をなした
主のない家畜どもがその蔭に跳ね廻った


 これは、多摩全生園に入園した厚木叡さんの詩=「伝説」の一節です。


       人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二 (‘08年7月29日、23:20)

 

真壁 仁編『詩の中にめざめる日本』(岩波新書)1966年発行に収録されている長島愛生園にいた詩人である森春樹さんの詩二編

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月28日(月)22時09分56秒
 

 真壁 仁編『詩の中にめざめる日本』(岩波新書・青版)1966年10月発行に収録されている長島愛生園にいた<ハンセン病詩人>である森春樹さんの詩・二編


                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

 「増える高齢者の自殺」の続編を書こうと、若いころ買い求めた本をあれこれ、探して読んでいましたら、真壁 仁編『詩の中にめざめる日本』(岩波新書)1966年10月発行の詩の数々がたいへん、こころにしみてきて、ホームページの原稿をほったらかしにして、読みふけました。

 石垣りん、茨木のり子、大関松太郎、樺美智子、峠三吉、八島藤子(本名・栗原貞子)浜口国雄、大江満雄らの詩とともに、長島愛生園にいた<ハンセン病詩人>である森春樹さんの詩・二編(音・指)が収録されていました。この二編とも私には記憶がなく、今日、改めて拝読しました。1918年生れと書かれているところから、ご存命されていたら90歳というお歳です。さっそく長島愛生園におられる多くの著書のある安部はじめさんに電話して、森春樹さんのことをお尋ねしました。

 安部さんは、こうおっしゃりました。“もう10年余り前に亡くなられました。森春樹さんの小説は晧星社から出ています。ご指摘の「音」「指」が、ハンセン病文学全集の「詩編」に収録されているか、どうかは分かりません”ということでした。

 こころ打たれるこの森春樹さんの詩二編をつぎに紹介します。森春樹さんが亡くなられたのは、ちょうど私の年齢とほぼ同じだ、と思いました。


森 春樹=「音」

病が深まり 指は蝕まれ
掌に 鎌を握らせるのに
幾度も 繰り返し 繰り返し
繃帯で やっと結えつけるのである。

庭で咲きおえ枯死した
ダリアの花を
見ている と
むしょうに 耐えられなくなってきたから
主幹をぶった切った。

するとその主幹から
夢想もしなかった音が とびだした。

神を信じない私だが
その音が とび出したので
いつ死んでもよい と思っていたが
死ぬことが ふと厭になった。


「指」

いつの日から か
指は
秋の木の葉のように
むぞうさに
おちていく。

せめて
指よ
芽ばえよ。
一本、二本多くてもよい。
少くてもよい。
乳房をまさぐった
彼の日の触感よ。

かえれ
この手に。


 『詩の中にめざめる日本』の編者の真壁 仁さんは、この「音」「指」を評して『生のなかの生』を書いて、つぎのようにいっておられます。

「森春樹は‥‥一九一八年生れ。詩を書いてから二十年ちかい。不治といわれたハンセン氏病も、プロミンという薬ができてから快癒の希望がでてきて、患者の思想も宗教的なものから科学への信頼に変り、社会復帰の願望もつよくなってきている。人類がハンセン氏病をなくしていくことは、まさに科学と文明に負わされた課題である。‥‥詩集『いのちの芽』(三一書房刊)を編んで出版した大江満雄は、詩を書いているこの人たちに『生のなかの生』、悲惨のなかでもっとも人間らしい希望を見るといっている。」(30ページ)。

 

 『朝日新聞・大阪本社版(朝刊)』(2008年7月27日)記載の「【耕論】増える高齢者の自殺」(23面)の記事を読んで!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月28日(月)05時20分18秒
 

<『朝日新聞・大阪本社版(朝刊)』(2008年7月27日)記載の「【耕論】増える高齢者の自殺」(23面)の記事を読んで!>

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                       2008年7月28日(月曜日) 5:18

 今朝=7月27日の『朝日新聞・大阪本社版』23面に大きく取り上げられた記事は、<【耕論】増える高齢者の自殺」でした。『朝日新聞・大阪本社版』一面には、各ページの紹介記事が7記事載っていて、その3段目に「【耕論】増える高齢者の自殺」(23面)」とありましたので、早速、その記事を読んで見ました。

 まず一面には、各ページの紹介記事には、つぎのように書かれていました。「【耕論】増える高齢者の自殺」=「昨年1年間に自殺した60歳以上の高齢者は1万2107人で過去最多だったことが警察庁の調べでわかった。お年寄りが死を選ぶのはなぜか。食い止める道は? 精神科医、作家、高齢者との交流があるリサイクルショップ店主に聞いた。」と書かれてありました。


 23面には、「キーワード」として、「高齢者の自殺と孤独死」と題して「自殺対策基本法に基づき政府が昨年6月に閣議決定した自殺綜合対策大綱では、高齢者の自殺の背景として慢性的な病気や将来への不安、社会や家庭での役割をなくしたとの思いや身近な人を失ったつらさなどを挙げている。高齢化の進行に伴いお年寄りだけで暮らす世帯が増える中、誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」も社会問題化している。ニュータウンなどを対象にした都市再生機構の調査でも、孤独死の件数が増える中で高齢者の増加の割合が著しい。

 なだ いなださん(作家・精神科医、1929年生まれ)は「老人をお荷物扱いするな」と題して『朝日新聞』の「【耕論】増える高齢者の自殺」で、つぎのようにいう。

「‥‥言ってみれば、老人というのは慢性のうつ状態にあるようなものなのだ。希望がなくなって暗いことばかりが続くと、死は恐怖ではなく救いに見えてくることがある。
 政府は自殺を減らそうと、自殺対策基本法や自殺綜合対策大綱を定めて取り組みを進めている。それなのに、一方では後期高齢者医療制度ななど先行きを暗くする政策を次々と打ち出し、トンカチで老人の頭をたたくようなことをやってくださる。これでは「自殺を防ぐ」というのはお題目にしか聞こえない。60歳以上の自殺が最多になったというが、増えない方がおかしい。‥‥お年寄りを守る」と言いながら、社会から排除しようとしているのだ。政治家が私たちの知恵や経験という「お宝」を生かそうとしないのであれば、選挙で首をすげ替えるしかない。」

 竹中星郎さん(精神科医、1941生まれ)は「社会からの孤立こそ問題」を論じ、松本哉さん(リサイクルショップ店主、1974年生まれ)は「自然体で知り合い増やそう」ということを主張しています。


 以下の記事は、『朝日新聞のホームページ』に掲載された<高齢者の自殺>の問題を紹介しましょう。

 こうして<高齢者の自殺>の問題をとりあげて「滝尾のホームページ」などに投稿するのも、私が孤独や病による生きるつらさから、「死は恐怖」ではなく、死そのものは「救い」だと感じているということを、親族や知人などに対して出すひとつのサインかもしれない、と思っています。

■高齢者の自殺の動機

 高齢者の自殺の動機としては病苦が6割以上を占めており、経済・生活問題、家庭問題がそれに続きますが、その背景にはうつ病などの精神疾患が存在していることが多いことが知られています(表3)。加齢と共に疾患を有する頻度および同時に罹患している疾患数共に増加していきます。高血圧症(リンク1参照)、糖尿病(リンク2参照)、脳梗塞(リンク3参照)後遺症、心臓病、関節痛などの慢性的疾患をかかえることが多くなりますが、こうした継続的な身体的苦痛がうつ病の引き金となりうる危険性を持っています。

 また、高齢になると近親者の死亡などによる環境変化、家庭内での人間関係のもつれを経験することが多くなり、こうした状態もうつ病の危険因子となります。うつ病に罹患するとすべてのことに対して悲観的なとらえ方をするようになり自殺志向が強まると考えられます(リンク4参照)。

 高齢者のうつ病は自殺の危険性が高いにもかかわらず本人が医療機関にかかることをいやがることが多く、また周囲が「年のせい」と取り合わなかったり、認知症と混同したりして適切な治療が受けられないケースがしばしばあるのも問題です。こうした背景から、高齢者のうつを予防するという観点が重要となってきます。高齢者の引きこもりを防止し、生きがいを創造することが、結果的に高齢者の自殺予防にもつながると考えられます。


■お年寄りの自殺の動機

 お年寄りの自殺の「原因・動機」の中でもっとも多いのは「健康問題等」で、60歳以上の自殺者の約7割を占めています。ただし、これらの原因は単独で論じられるものではなく、「経済・生活問題」「家庭問題」などと複雑に絡み合っているものと考えられます。 (福島県警察本部統計から)

■自殺の背景

 お年寄りの自殺の背景として以下の3つが挙げられます。

 第1は身体的負担です。
自殺の「原因・動機」の7割を「健康問題」が占めている事実が示すように、お年寄りの自殺者の90%以上が身体的異常を訴えており、約85%が入通院による治療を受けております。お年寄りの多くは自分の健康状態について悪い評価を下しがちで、病気を大きなストレスに感じ、「楽になりたい」「元の体にもどらないなら死んだほうがましだ」といった言動が目立ちました。高齢になると、高血圧症、糖尿病、脳梗塞後遺症、心臓病、関節痛などの慢性的疾患をかかえることが多くなります。こうした継続的な身体的苦痛がうつ病の引き金となり自殺につながると考えられます。

 第2は家族への精神的負担です。
自殺したお年寄りのほとんどが家族と同居していました。一人暮らしのお年寄りの自殺者は全体の5%以下に過ぎません。お年寄りの自殺者の多くが生前家族に「長く生きすぎた」、「迷惑をかけたくない」ともらしていました。お年寄りは病気がちになったり、体力が低下したり、物忘れが多くなることで心身両面の衰えを自覚し、同居する家族に看護や介護の負担をかけることへの遠慮が生じると考えられます。周りの者は決してそんなことは考えていなくても、御本人は負担に感じてしまうのです。

  第3は喪失感と孤立です。
お年寄りの自殺者の約10%で落ち込みの原因として配偶者、子、兄弟など近親者の病気や死があげられます。行動範囲が狭くなりつつあるお年寄りにとって心身両面で近親者への依存度が増加するため、近親者の不幸は重く耐え難いものです。強い喪失感から閉じこもり・引きこもりがちとなり、孤独・孤立状態からうつに至ると考えられます。

 

 『朝日新聞・大阪本社版(朝刊)』(2008年7月27日)記載の「【耕論】増える高齢者の自殺」(23面)の記事を読んで!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月28日(月)05時20分23秒
 

<『朝日新聞・大阪本社版(朝刊)』(2008年7月27日)記載の「【耕論】増える高齢者の自殺」(23面)の記事を読んで!>

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                       2008年7月28日(月曜日) 5:18

 今朝=7月27日の『朝日新聞・大阪本社版』23面に大きく取り上げられた記事は、<【耕論】増える高齢者の自殺」でした。『朝日新聞・大阪本社版』一面には、各ページの紹介記事が7記事載っていて、その3段目に「【耕論】増える高齢者の自殺」(23面)」とありましたので、早速、その記事を読んで見ました。

 まず一面には、各ページの紹介記事には、つぎのように書かれていました。「【耕論】増える高齢者の自殺」=「昨年1年間に自殺した60歳以上の高齢者は1万2107人で過去最多だったことが警察庁の調べでわかった。お年寄りが死を選ぶのはなぜか。食い止める道は? 精神科医、作家、高齢者との交流があるリサイクルショップ店主に聞いた。」と書かれてありました。


 23面には、「キーワード」として、「高齢者の自殺と孤独死」と題して「自殺対策基本法に基づき政府が昨年6月に閣議決定した自殺綜合対策大綱では、高齢者の自殺の背景として慢性的な病気や将来への不安、社会や家庭での役割をなくしたとの思いや身近な人を失ったつらさなどを挙げている。高齢化の進行に伴いお年寄りだけで暮らす世帯が増える中、誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」も社会問題化している。ニュータウンなどを対象にした都市再生機構の調査でも、孤独死の件数が増える中で高齢者の増加の割合が著しい。

 なだ いなださん(作家・精神科医、1929年生まれ)は「老人をお荷物扱いするな」と題して『朝日新聞』の「【耕論】増える高齢者の自殺」で、つぎのようにいう。

「‥‥言ってみれば、老人というのは慢性のうつ状態にあるようなものなのだ。希望がなくなって暗いことばかりが続くと、死は恐怖ではなく救いに見えてくることがある。
 政府は自殺を減らそうと、自殺対策基本法や自殺綜合対策大綱を定めて取り組みを進めている。それなのに、一方では後期高齢者医療制度ななど先行きを暗くする政策を次々と打ち出し、トンカチで老人の頭をたたくようなことをやってくださる。これでは「自殺を防ぐ」というのはお題目にしか聞こえない。60歳以上の自殺が最多になったというが、増えない方がおかしい。‥‥お年寄りを守る」と言いながら、社会から排除しようとしているのだ。政治家が私たちの知恵や経験という「お宝」を生かそうとしないのであれば、選挙で首をすげ替えるしかない。」

 竹中星郎さん(精神科医、1941生まれ)は「社会からの孤立こそ問題」を論じ、松本哉さん(リサイクルショップ店主、1974年生まれ)は「自然体で知り合い増やそう」ということを主張しています。


 以下の記事は、『朝日新聞のホームページ』に掲載された<高齢者の自殺>の問題を紹介しましょう。

 こうして<高齢者の自殺>の問題をとりあげて「滝尾のホームページ」などに投稿するのも、私が孤独や病による生きるつらさから、「死は恐怖」ではなく、死そのものは「救い」だと感じているということを、親族や知人などに対して出すひとつのサインかもしれない、と思っています。

■高齢者の自殺の動機

 高齢者の自殺の動機としては病苦が6割以上を占めており、経済・生活問題、家庭問題がそれに続きますが、その背景にはうつ病などの精神疾患が存在していることが多いことが知られています(表3)。加齢と共に疾患を有する頻度および同時に罹患している疾患数共に増加していきます。高血圧症(リンク1参照)、糖尿病(リンク2参照)、脳梗塞(リンク3参照)後遺症、心臓病、関節痛などの慢性的疾患をかかえることが多くなりますが、こうした継続的な身体的苦痛がうつ病の引き金となりうる危険性を持っています。

 また、高齢になると近親者の死亡などによる環境変化、家庭内での人間関係のもつれを経験することが多くなり、こうした状態もうつ病の危険因子となります。うつ病に罹患するとすべてのことに対して悲観的なとらえ方をするようになり自殺志向が強まると考えられます(リンク4参照)。

 高齢者のうつ病は自殺の危険性が高いにもかかわらず本人が医療機関にかかることをいやがることが多く、また周囲が「年のせい」と取り合わなかったり、認知症と混同したりして適切な治療が受けられないケースがしばしばあるのも問題です。こうした背景から、高齢者のうつを予防するという観点が重要となってきます。高齢者の引きこもりを防止し、生きがいを創造することが、結果的に高齢者の自殺予防にもつながると考えられます。


■お年寄りの自殺の動機

 お年寄りの自殺の「原因・動機」の中でもっとも多いのは「健康問題等」で、60歳以上の自殺者の約7割を占めています。ただし、これらの原因は単独で論じられるものではなく、「経済・生活問題」「家庭問題」などと複雑に絡み合っているものと考えられます。 (福島県警察本部統計から)

■自殺の背景

 お年寄りの自殺の背景として以下の3つが挙げられます。

 第1は身体的負担です。
自殺の「原因・動機」の7割を「健康問題」が占めている事実が示すように、お年寄りの自殺者の90%以上が身体的異常を訴えており、約85%が入通院による治療を受けております。お年寄りの多くは自分の健康状態について悪い評価を下しがちで、病気を大きなストレスに感じ、「楽になりたい」「元の体にもどらないなら死んだほうがましだ」といった言動が目立ちました。高齢になると、高血圧症、糖尿病、脳梗塞後遺症、心臓病、関節痛などの慢性的疾患をかかえることが多くなります。こうした継続的な身体的苦痛がうつ病の引き金となり自殺につながると考えられます。

 第2は家族への精神的負担です。
自殺したお年寄りのほとんどが家族と同居していました。一人暮らしのお年寄りの自殺者は全体の5%以下に過ぎません。お年寄りの自殺者の多くが生前家族に「長く生きすぎた」、「迷惑をかけたくない」ともらしていました。お年寄りは病気がちになったり、体力が低下したり、物忘れが多くなることで心身両面の衰えを自覚し、同居する家族に看護や介護の負担をかけることへの遠慮が生じると考えられます。周りの者は決してそんなことは考えていなくても、御本人は負担に感じてしまうのです。

  第3は喪失感と孤立です。
お年寄りの自殺者の約10%で落ち込みの原因として配偶者、子、兄弟など近親者の病気や死があげられます。行動範囲が狭くなりつつあるお年寄りにとって心身両面で近親者への依存度が増加するため、近親者の不幸は重く耐え難いものです。強い喪失感から閉じこもり・引きこもりがちとなり、孤独・孤立状態からうつに至ると考えられます。

 

 「関東大震災85周年 朝鮮人犠牲者追悼シンポジウム― 事件の 真相糾明と 名誉回復のために ―」(8月9日)開催を連絡

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月23日(水)19時58分19秒
編集済
 

 金 富子さんから、滝尾宛に下記の【集会案内】の知らせが届きました。【転送歓迎】だそうです。集会内容は、「関東大震災85周年 朝鮮人犠牲者追悼シンポジウム― 事件の 真相糾明と 名誉回復のために ―」です。8月9日(土曜日)の午前10時から午後5時まで、在日本韓国 YMCA SPACEYホール(地下1階)で開催されます。

 多くの方がたの参加をお願いし、盛会になるよう祈念しておいます。この集会の件は、『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』のそれぞれの掲示板に掲載します。


 今日は、私の小さな寝室に小型冷蔵庫が入りました。その際に寝室内に雑然の積まれている資料などの整理をしました。故人を含めてたくさんの方がたの手紙や写真、資料などがあり、また、研究物の複写もあります。

 当分の間、その整理に追われそうです。身体の自由が思うように動かず、腰部や下脚などの痛みもあって、整理もはかどりません。近くの「整形外科病院」や「カラオケ喫茶・城」への通いもありますし‥‥(笑い)。

  ‘08年7月23日(水曜日)19:57  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 瀧尾英二

     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 みなさま   【集会案内・転送歓迎】

 8月9日に「関東大震災85周年 朝鮮人犠牲者追悼シンポジウム― 事件の 真相糾明と 名誉回復のために-」が開かれるので、案内をしてほしいと頼まれました。ぜひご参加下さい。金 富子より

     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 <関東大震災85周年; 朝鮮人犠牲者追悼シンポジウム;― 事件の 真相糾明と 名誉回復のために―>

 報告者

ソ・グァンイル(ハンシン大学校)11:00~12:00
「3・1運動とそれ以後の植民地統治の真相」

山田昭次(立教大学 名誉教授)13:00~13:30
「関東大震災 時 朝鮮人虐殺事件の歴史的意味と 国家責任・再考」1部

姜徳相 (滋賀県立大学名誉教授)13:30~14:30
「虐殺 再考, 戒厳令がなかったならば」

琴 秉洞(朝鮮大学校図書館前副館長)15:00~16:00
「大震災 時の 朝鮮人虐殺に対する日本側と 朝鮮人の反応」

山田昭次16:00~16:30
「国家責任・再考」  2部

司会 田中正敬 (専修大学准教授)

●日 時 2008年 8月9日(土)
      10時~17時 (開場9:30 )   参加費1000円

●会 場 在日本韓国 YMCA SPACEYホール(地下1階)
 JR水道橋駅徒歩6分、御茶ノ水駅徒歩9分 地下鉄神保町駅徒歩7分

●主 催  関東大震災85周年シンポジウム実行委員会
 委員長  松尾章一( 法政大学名誉教授 )
 事務局: 03-6413-7104(TEL/FAX)アジアハウス内
(高橋・金)Email: Asiahouseshinjuku@yahoo.co.jp

 

  「歴史の葛藤」の克服、独・仏 共同教科書出版; 韓・中・日の3国の高校生、「独島討論」開く; 私の近況報告です!  

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月22日(火)03時20分21秒
  -

 福留範昭先生から滝尾宛に「韓国の過去問題に関する3記事」が届けられました。この記事を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板へ掲載します。この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生、及び「聨合ニュース」を翻訳していただいた森山静子先生に感謝します。

 また、私の近況などを記した「前文」は、『滝尾英二的こころ』の掲示板にも掲載します。「韓国の過去問題に関する3記事」をご覧の方は、『滝尾英二的こころPart2』の掲示板をご面倒でもお開きください。

 私の「近況」報告です。

 広島は梅雨明け後は、猛暑が続いています。私の4畳半の寝室にも、小型冷蔵庫を置くべく、昨日、電気販売店・デオデオで、1万1600円出して、購入。明日(水曜日)に入ります。幅45センチ;高さ50cmの製氷室もあるもので、これで、台所の冷蔵庫まで、傷む足腰を庇いながら冷水や果物などを取りにいかずに、寝室でそれらを飲料など可能です。


 行政が9割負担で、個人負担は、月300円で「歩行器」を使用出来るよういになりました。歩行器は重量が5㎏で、折りたたみ式で、バスにも乗れますし、木陰で歩行器を止めて、椅子に座れますので、行動範囲が拡大しました。杖をついての生活より、楽ですし、真夏の暑さを避けて木陰で「歩行器」に小さな椅子で休息できるようになりました。


 血流と痛止めの点滴=100ccも、今日の午後で14本の1クールが終り、今後はリハビリテーションを週2回、30分ばかり受けます。別にホットパックで腰部を温め、また電気をかけます。これが近所の「整形外科クリニックス病院」で、広島日赤・原爆病院を退院後の日課です。下半身の「激痛」は治まりましたが、腰部と下脚の痛さは続いています。まあ、老人ですから、いたし方ないことだと思っています。

 点滴と採血で、両腕の血管はたいへんですよ。

 「糖尿病」の運動療法を兼ねて、30分バスに乗り、郊外の「可部」の「カラオケ喫茶・城」へ、歌を唄いに行っています。お店に入る前に、広場の岩に腰掛けて、または、最近は、「歩行器」に木陰を持っていって、柔軟体操と発声練習を20分余りして」います。毎日、10曲程度の歌謡を唄います。気が向けば、14~5曲唄いますので、そういう時は、帰宅が後れます。

 大体、午後2時から6時過ぎまで、「カラオケ喫茶・城」へいますが、午後7時近くまで居ることも、ままあります。

 昨日は、「ノスタルジア椎葉」を練習する為に「成世昌平全曲集」(「伊那節育ち」や、「ノスタルジア椎葉」など16曲収録されています。日本民謡を取り入れた歌謡もいいものです。

 しかし、最高は美空ひばりさん。生存中の歌手は五木ひろしさんだと思っています。これらの歌をよく歌います。昔歌った「歌声喫茶」の歌=ダークダックスや叙情歌ですが。しかし、フォークやロック調の歌も少々は、歌っています。森山良子、加籐登紀子、平井堅、さだまさし、河村英五、岡林信康などですが‥‥。沖縄の歌も歌っています。現存している歌手で好きなのは、吉幾三、千昌夫、細川たかし、成世昌平、女性歌手は石川さゆり、大月みやこ、島津亜矢、長山洋子、森山良子などです。平原綾香もいいですね。最近は3000曲くらい労働歌やナツメロを入れると歌えます。

                      ‘08年7月22日(火曜日)03:10

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 親日派の執拗な財産探し (MBC)
2) 「歴史の葛藤」の克服、独・仏 共同教科書出版 (聯合ニュース)
3) 韓・中・日の3国の高校生、「独島討論」開く (聯合ニュース)
 

【「憲法の権利・義務、ハンセン者は例外でした」;林斗成ハンナラ党比例代表―異例的な「ハンセン病」病歴者国会議員の近況

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月22日(火)02時20分28秒
編集済
  -

【ハンナラ党比例代表2番の林斗成(イム・ドゥソン)議員】の記事が、福留範昭先生から滝尾宛に届きました。『滝尾英二的こころ』などの掲示板に掲載します。この記事をメールで届けていただいた福留範昭先生に感謝します。

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                    ‘08年7月22日(火曜日) 02:15

              ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

[アジアトゥデイ 2008-07-21 18:16]
【「憲法の権利・義務、ハンセン者は例外でした」;林斗成ハンナラ党比例代表2番―異例的な「ハンセン病」病歴者国会議員】

(写真あり)
http://www.asiatoday.co.kr/news/view.asp?seq=152315

写真 ▲ ハンナラ党比例代表2番の林斗成(イム・ドゥソン)議員


国会議員会館208号室の主人は、とても特異な人だ。彼はハンセン病と呼ばれる病を病んだ病歴者で、ハンナラ党の比例代表2番で当選した林斗成(イム・ドゥソン)議員だ。

この病気の病歴者が国会議員になった例は、わが国はもちろん、世界的にも類例がない。それだけ、私たちの社会はもちろん、世界的にもこの病気に対する差別が深刻で、この病気にかかった人は、平凡な生活を送ることができなかったということだ。


林議員は、上気した顔で恨(ハン)を語った。

「ちょうど今、開院した国会に参加して帰るところです。開院式での国民儀礼で、愛国歌を4番まで歌いましたが、最後は涙をこらえることができませんでした。実際、私はいつでも愛国歌を4番まで歌います。自分も厳然たる大韓民国の国民だといつも思って生活しているからです。大韓民国の人が、いつも大韓民国の国民だと思って生活しているといのは、変でしょう。ハンセン者は、大韓民国の国民でありながら、大韓民国の国民ではなかったからです。」


彼の唐突な「国民」の語りに、記者は返答ができず、彼の話を続いて聞くしかなかった。まさに、ハンセン者の恨だった。

「我が憲法は、すべての国民に居住の自由を保障しています。しかし、ハンセン者は居住の自由がなかったのです。同じ境遇のハンセン者どうし、人があまり通らない共同墓地の近くや橋の下に穴倉を作って生活しようとすると、周辺の人たちがショベルで、ツルハシで、鉄棒で威嚇して、追い払いました。国家権力は、私たちハンセン者の味方ではなく、村の住民たちの側に立ち、私たちハンセン者は、また別の地に散らなければなりませんでした。」

彼は記者が割り込む余裕も与えず、話を続けた。「住居の自由だけではありません。国民の4大義務の一つの教育の義務さえ、遂行できませんでした。この病気の特性上、この病気は少年期に集中的に発病します。しかし、感染した瞬間、この患者は学校から強制的に追い出されます。病気に感染したからといって強制退出させられる病気は、ハンセン病以外にはありません。」


議員会館の事務室に座り、一杯のお茶一を飲みほさない短い時間だったが、会話を始めると、林議員は休まずに話を続けた。「ハンセン者の両親を持つ子供たちまで、同じ差別を受けました。そうかと言って、子供たちを学校で受け入れないというわけではありませんでした。1960~1970年代、政府がハンセン者の村に分校を設立し、教育を受けさせたので、政府としての義務は果したわけです。

しかし、小学校はそうだとしても、上級学校に進学して、子供たちがちょうど思春期に入る時、両親の病気のために、深刻な精神的苦痛をあじわいます。私は、今でもたびたび子供たちが書いた日記の中の「私の弁当のおかずは誰も食べない」という一節を思うと、涙が出ます。」

議員会館事務室は午後6時になっても、背中に汗が流れる程暑かった。林議員は、記者に外に出ようと言った。実際インタビューという形式を借りたが、今回の林議員のインタビューは、彼の吐き出す言葉を聞くことで終わったといっても過言ではない。国会の構内を歩きながら、林議員は自分の話を続けた。


「子供たちが思春期的彷徨に打ち勝てず、社会で淘汰されて行く時、その両親の心情が分かりますか。男女が成長すれば、自然にパートナーを探すために恋愛をし、恋愛ではなくても、結婚はしなければなりません。しかし、ハンセン者の両親のもとを離れた子供たちは、自分の配偶者に両親のことを事実どおりに話せません。そうすれば、ほとんど100%離れを告げられるからです。それで、結局子供たちは自分を孤児と言います。」

彼の目じりには、いつのまに涙が滲んでいた。そして、こうして自分の過去と現在の話に話題が移った。


それなら、当事者の林斗成(イム・ドゥソン)議員は果たしてどんな人物であろうか。彼は、1949年全羅南道の海南(ヘナム)で3男2女の長男として生まれ、故郷で小学校を卒業した。そして、10代の後半の1967年にハンセン病感染の事実を知って、小鹿島(ソロクト)病院に入院した後、完治して1970年退院した。

しかし、ハンセン病感染者という事実は、当時の社会の認識によって、いかなることも成せなかった。したがって、他のハンセン者と同じように、ハンセン者の定着村で新しい生活を始めた。


20代後半にハンセン者の村の若い指導者になった彼は、社会のハンセン病に対する認識を直さなければならないという思いで、ハンセン者が生産する畜産物の適正価格を得る運動など、ハンセン者の自立基盤の形成に没頭した。

そして、ずっとその後の彼の人生は、ハンセン者が世の中で人間的待遇を受けなければならないという信念で一貫した人生だった。


まず、日帝強占期にハンセン者を強制的に捕まえて閉じこめた小鹿島更生院の問題を社会問題化し、日本政府から日帝植民地治下の小鹿島強制抑留被害にあったハンセン者が報償金を受けられるようにした。

また、わが政府のハンセン者の人権侵害などに対する問題を粘り強く提起し、国家人権委員会で実態調査が行われるようにした。この実態調査の資料を根拠に、昨年国会がハンセン者特別法を制定することになった。


こういう彼を、ハンナラ党が今年4月総選挙の時、比例代表2番として迎え入れた。しかし、彼は現在、選挙法違反で裁判に係留中だ。彼がハンセン者の権益のために戦って、実定法によって禁固以上の刑を受けた事実があるためだという。


現行選挙法は、候補として登録する時、失効した刑でも、すべての犯罪経歴を選管委に申告しなければならないが、こういう事実を充分認知していなかった林議員は、これをもらしていた。


林議員は、「法をよく知らずに、警察官の『失効した刑、除外』と書けという言葉にしたがって、そのように書いたにすぎず、故意にもらしたのではない」と自身を弁護しているが、来月24日1審判決が下される。

しかし、林議員は、こういう事実と関係なく、国会議員に当選するや、旺盛な議院活動を展開している。与野間の激しい攻防で、18代国会が開会できずに、40日余り空転したが、その期間に林議員はすでに1件の決議案と2件の法案を提出している。市中の医薬品価格が薬局ごとに異なるという調査報告書を出して、少なくからぬ反響を呼びおこしもした。


インタビューが終る頃、暑い夏の夕日を受けた彼の顔が、一層赤くなっていた。ハンセン病にかかったせいで、年齢に比べて老いて見えるが(ハンセン病治癒薬の副作用のためという)、20~30代の若者に劣らない力強さを感じることができた。疎外された人のために闘ってきた彼が、今後国会でどんな生き方を続けるのうに期待したい。

-
 

  「洞爺湖G8サミット」反対闘争の手紙が、親しくしている友人から、滝尾宛にきました。お知らせします! (滝尾)      

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月19日(土)03時34分35秒
編集済
  -

  7月14日(月曜日)投函の「洞爺湖G8サミット」反対闘争の手紙が、親しくしている関西の知人から、滝尾宛にきました。全文は、この度は収録できず、その一部をお知らせします。私の健康が許せば参加し、「洞爺湖G8サミット」反対の意志表示をしたかったと思います。この手紙内容は、手紙を送っていただいた方の了解をいただき、『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』などの掲示板の掲示板に掲載します。

 国際的反帝国主義の立場の運動が、今後も盛り上がるよう期待しています。

  ‘08年7月19日(土曜日)午前2時17分  人権図書館・広島青丘文庫 滝尾英二

                ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥私たち一同は、7月6~8日と反G8洞爺湖サミットの集会やデモに参加してきました。NGOブループや市民団体がいろいろプログラムを組んでいましたが、アイヌ民族のAさんが参加されている反G8アイヌモシリ連絡会のキャンプに参加しました。フィリピン、韓国、台湾、アメリカ、移住労働者のグループ、沖縄からも参加があり、国際的な反帝国主義をはっきりうち出したキャンプでした。牧草地をかりきり、テントを張っての本格的なキャンプです。トイレもレンタルで備えつけられていました。(中略)

 ものすごい警備でしたよ。札幌でのデモには大阪府警、洞爺湖周辺のデモは7日が香川県警、8日が高知県警の機動地隊が動員されていました。彼らは一ヶ月近く出張させられているそうです。彼らの顔をみると、まるで警察学校の学生かと思えるような若者ばかり、デモ警備もなれていななく、あちこちに緊張していて、こちらが抗議するとオタオタしたり、上司にこずかれたりして気の毒でもありました。

 自衛隊mここぞとばかりに警備に動員したと報道されていましたが、頭上には軍用ヘリが、噴火湾の沖合にはイージス艦の姿が見えました。まったく!なにを警備しているのでしょうか。(中略)

 現地の人たちは、農業も漁業も仕事にならず、大迷惑! デモでは手を振って見送りしてくれました。キャンプの人たちは、あいさつに行ったら「数日間だけでなくて、ずっといて農業をやれ」と言われたそうです。それほど農業も漁業もたいへんです。7月15日には漁民の全国的ストライキが予定されていますね。

 以上、反サミット闘争の報告でした。滝尾さんのブログをたのしみに拝見させていただいます。では、また!

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 歴史教師が書いた東学農民革命の解説書籍‥‥出版 (聯合ニュース); 世界が共にする人権回復運動 (ニューシス)など記載

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月17日(木)22時06分16秒
 

 福留範昭先生から滝尾宛に「韓国の過去問題に関する5記事」がつづけて届けられました。この記事を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板へ掲載します。また、「前文」を『滝尾英二的こころ』の掲示板にも掲載します。ご面倒でも、『滝尾英二的こころPart2』の掲示板をお開きください。

 この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生、及び「聨合ニュース」を翻訳していただいた森山静子先生に感謝します。

 (3)の記事は、歴史教師が書いた東学農民革命の解説書籍‥‥出版 (聯合ニュース)です。この「東学農民革命」については、<つぶて書房>から詳細な『東学農民革命一〇〇年』という本が出版されています。

「全北日報」東学農民革命特別取材チーム著、訳は信長正義、定価は4800円+税です。「全北日報」に2年間連載した企画記事です。東学農民革命の歴史とその歴史がもっている現在的意味を追求した大著です。日本図書館協会選定図書にも選ばれています。学校や公共図書館などで、ぜひ、ご購入してください。また、多くの市民からも、地域の図書館などに「リクエスト」をしていただきたいと思います。

 出版社の住所は、郵便番号=652-0804 神戸市兵庫区塚本本通5-5-23・2B
つぶて書房  電話&fax 078-578-1486 です。同書は、最寄りの書店でも取り寄せてくれます。「近代朝鮮の民衆運動の歴史」を正しく学ぶ上からも必要な図書です。よろしくお願いいたします。

                      ‘08年7月17日(木曜日)21:50

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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「自国中心意識」を克服出来ず、人類愛といった連帯意識もない、テレビで商業色にいろどられた「北京オリンピック」視聴拒否! 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月16日(水)05時28分19秒
 

「国家」って何だろう? 「北京オリンピック」は、商業主義と国家主義に翻弄されて、古代ギリシャのオリンピアで、主神ゼウスの祭典として紀元前776年から4年ごとに行なわれたときの精神も失われ、1894年にフランス人クーベルタンが首唱し第一回をギリシャのアテネで開催された当時の精神も失われているかのようです。


 せめて、私の実行可能なことは、テレビで「北京オリンピック」を視聴しない、新聞記事も「北京オリンピック」の記事を絶対に読まないことが、せめてもの個人で可能な行為=レジスタンスだと考えて、それを実行しようと思います。

 私の親しくしている知人から、「ユニセフからのメッセージと中国が、北京オリンピックの入国拒否をする人びとなど」に関する文を、過日の滝尾のホームページに投稿しましたら、下記のようなメールが「資料」として届きましたので、『滝尾英二的こころ』などの掲示板に掲載しご紹介いたします。


「自国中心意識」を克服出来ず、「人類愛」といった連帯意識もなしに、テレビで商業色にいろどられた「北京オリンピック」を、とうてい視聴をする気には、どうしてもなれません。豊かな緑の多い環境も、道路が無尽につくられ、巨大な建造物が建てられて、環境破壊も進行します。

                2008年7月16日(木曜日) 05:15

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

【資料添付】

◆イーココロ!クリック募金 http://clickbokin.ekokoro.jp/
「1クリックで募金ができます。」から以下のコピーを拾ってみました。
これらのクリックアクションを支援し、実際にお金を出している企業は、これを「広告費」として計上しているようです。

●20円で、子どもたちに給食を一食分提供することが出来ます。
●3,000円あれば、ザンビアでエイズで親を亡くした子ども1人の1年間の学費がまかなえます。
●180円で、フィリピンで植林に使うマホガニー(代表的な造林樹種)の苗木を6本、マンゴー(代表的な果樹)の苗木なら1本買うことができます。(苗木代はレート、国や地域、樹種によって異なります。)
●20,000円で、 1ha(100m×100m)を緑化再生することができます。
●4,830円で1tの温室効果ガス(CO2)を削減できます。
●600万円で、カンボジアで学校が1棟建設できます。
●7円で、1本の苗を植えることができます。
●10,000円で、カンボジア児童1人が、1年間小学校で勉強できます。
●5円で、ヘソの緒を清潔に切る安全カミソリを買うことができ、お母さんと赤ちゃんが破傷風で亡くなることを防ぐことができます。
●1,000円で、日本の荒れた森を67m2(約20坪)整備することができます。森が50kgの二酸化炭素を吸収できます。
●40万円で、手動ポンプ1基設置できます。インドの最貧困州であるビハール州は乾燥地帯で食糧不足、水不足のため餓死する人が絶えません。ポンプ1基で大勢の村人を救うことができます。
●1,000円で、例えばフィリピンで子どもたちが植えるマホガニーの苗木を、約30本購入することができます。苗木は子どもたちの手で大切に育てられ、やがて大きく生長して子どもたちの勉強や遊びの場になります。
●1,500円で、 1人の子どもが1ヶ月間、職業訓練を受けられます。(国境なき子どもたちの支援国にて)職業技術を身に付け、社会の中で自立した大人となることが貧困の連鎖を予防することにもつながります。
 

ユニセフ(国際連合児童資金)アン・M・ベネマン事務局長から滝尾宛の「メッセージ」と、北京オリンピック入国禁止の措置に想う

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月14日(月)22時27分46秒
編集済
 

 過日、ユニセフ(国際連合児童資金)アン・M・ベネマン事務局長から滝尾宛の「メッセージ」が届きました。その内容の一部分を以下に綴ってみます。


 21世紀になる今でも、世界には栄養不良や予防可能な病気で命を失う子どもがまだ大勢います。(中略)ふたつ目は予防接種です。はしか、ポリオ、結核、破傷風、百日咳、ジフテリアの6つの感染症は、栄養不良によって抵抗力が弱った子どもたちの命を次々と奪っています。その数は年間140万人にのぼります。


 ●3000円で:下痢による脱水症状を緩和する経口保水塩(ORS)を512人の子どもに提供することができます。

 ●5000円で:子どもたちを失明や感染症から守るビタミンA剤半年分を2136人の子どもに投与することができます。

 (●10,000円と●30,000円は省略します。=滝尾)

 ●50,000円で:安全な飲み水を得るための浅井戸用手押しポンプ、パイプ、付属品
一式を2基分贈ることができます。

 財団法人 日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会)は、

郵便番号:108-8607
   東京都港区 高輪 4-6-12 ユニセフハウス

   <フリーダイアル 0120-88-1052>

   <FAX番号 フリーダイアル 0120-00-8779(24時間受付)>

   インターネット: www. unicef .or. jp

           ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 これを読んで私(滝尾英二)は思いました。

 いま、世界には数百万人ともおいわれるハンセン病患者が、飢えと戦火、及び栄養不良と予防可能なハンセン病に罹患し、飲み水もなく、医療機関(医師や医療関係者など)もなく、さらに、ハンセン病を治す薬を得ることもなく、命を失う人びとが、まだ大勢います。

 悲しい最後‥‥あってはならない悲劇が、開発途上国(=地域)では日常的に繰り返れていると、いわれています。

 そう思いながら、「北京オリンピック入国禁止」の措置と、それに「抗議」「要請書」を出す諸団体の行動を読み、四川省地震やチベットなどの地域の人びとなどのことを想っています。


               2008年7月14日(日曜日)  22時44分

               人権図書館・広島青丘文庫  主宰   滝尾英二

            ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

「世界帝国主義=大国主義」に対する人民の闘いは、ラテン・アメリカ、アフリカや欧州の各地に起こっている; パクさんのメール

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月10日(木)21時23分46秒
編集済
 

 朝鮮総聯大阪 国際部のパク・ヨンチ部長から、下記のようなメールが滝尾宛に届きました。そのメール内容の全文は省略しましたが、その一部を『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。「米国によるテロ指定解除」の措置の意味が、これらの情報記事などから伺われて、私なりに、たいへん興味ある情報内容でした。

「安倍前首相が、山崎拓元副総裁」とも「北朝鮮」に対する政治的意見の相違も、こうした国際世論の動向を背景にあり、且つ、「対北朝鮮利権獲得」がうごめいているのだと、思います。


 いま、若き時代に私が影響を受けた”マルクス主義は何処に?“ の感がいたしますが、しかし、新しく起こっている「世界帝国主義=大国主義」に対する人民の闘いは、ラテン・アメリカやアフリカ、またヨーロッパの各地に起こっておると思います。先の「G8洞爺湖サミット」反対運動も、日本国内に止まらず、世界地域から、サミット反対運動が行なわれました。「地球環境問題」の取り組みも、人民サイドで幅広く行なわれています。

 このように考えて、下記のパク・ヨンチさんのメールを読ませてもらいました。カール・マルクスが書き残した『共産党宣言』を、新しい視点から私は読み直しています。

                     ‘08年7月10日(木曜日) 21:15

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

           ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

朝鮮総聯大阪 国際部のパク・ヨンチです。


 明日10日にも6者協議が再開するようですが、相変わらず「北朝鮮による核申告の検証が中心議題」みたいな報道ばかりが目に付きます。

 朝鮮が先日行った、「核申告」と「冷却塔の爆破(各施設の無能力化)」は、6者協議合意内容の第2段階措置に相当します。(米国によるテロ指定解除も同じく第2段階措置です。)
 また、朝鮮に対する重油100万トン相当のエネルギーおよび経済的補償(損失補てん)の履行も同じく、第2段階の措置なのです。

 6者協議で合意した「行動対行動」の原則にのっとれば、現在約40%程度しか完了していないエネルギーおよび経済補償の問題が、今回の6者協議で大きく取り上げられるのは当然のことと思われます。
 http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2008/04/0804j0707-00001.htm

 その中でも特に日本政府は未だに経済補償の行動を何一つ起こしていません。

         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

●「うごめきだした対北朝鮮利権獲得」(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/080705/fnc0807052111003-n1.htm

 米政府の対北朝鮮テロ支援国家指定解除決定を受けて、英国のロンドンではウランを含む対北朝鮮の鉱山利権獲得を目指す投資ファンドが相次いで本格的な活動に入った。代表的なファンドは「朝鮮開発ファンド」と呼ばれ、米政府の解除の動きが表面化した昨年10月に資金規模を当初予定の500万ドルから1000万ドルへと倍増させた。別の投資家グループは対韓国株式投資を目的とした「三王国韓国ヘッジファンド」の投資候補先を北朝鮮とのビジネス取引がある現代グループなど韓国企業に絞り、これら韓国企業と共同で対北朝鮮投資を目指す。国際金融筋によれば、これらのほかにも同じくロンドンや香港に本拠を置くいくつかの投資家グループが対北投資ファンドの設立を目指しているという。

 ブッシュ米大統領は6月26日にテロ支援国家リストから北朝鮮を外すと発表した際、「北朝鮮の金融および外交的孤立にほとんど影響を及ぼさない」と語った。確かに米国は核実験関連など対北経済制裁を残しているが、テロ支援国家ではないとの政治的お墨付きが出たことで、米国の投資家はロンドン経由でファンドに参加しやすくなった。さらに金融取引規制や軍事転用可能物資の対北輸出規制が緩和されるし、経済支援や世界銀行など国際金融機関の対北融資にも道が開かれる。米国企業や個人が現地で上げた収益に対する税制も一般の外国並みになる。

 今回の指定解除では、北朝鮮のウラン濃縮が「核申告」から除外され、事実上不問に付された。この動機は謎だが、金融面からみるとかなりはっきりする。朝鮮開発ファンドはもともと、米国を本拠にする計画で準備が進められていた。代表者の元英国海軍技術将校のコリン・マクアスキル氏は200 1年9月、国務省東アジア・太平洋担当のケリー次官補(当時)から「米国法に合致すればファンドに反対しない」との言質を取り付けた。ところが、ファンド設立間際になっていた2002年10月、北朝鮮のウラン濃縮疑惑が表面化し、米国の投資家が手を引いたために、本拠をロンドンに移したいきさつがある。

 北朝鮮はウランや金、チタンなど鉱物資源が豊富で、米国の穀物・金属商社カーギル、鉱山開発技術を持つエンジニアリング大手のベクテル、さらにゴールドマン・サックス、シティ・グループの金融大手などがウラン濃縮疑惑が表面化するまでは対北朝鮮投資に強い関心を寄せていた。

 マクアスキル氏は冷戦の最中の1970年代末から一貫して故金日成国家主席および金正日労働党総書記直轄の「首領系企業」集団との鉱物取引にかかわってきた。ワシントンとも強力なネットワークを持ち、昨年のマカオの銀行「BDA」口座の北朝鮮資金凍結についても、米財務省に対し強く凍結解除を促した。

 朝鮮開発ファンドには米国務省北朝鮮担当元高官のリン・ターク氏もアドバイザーとして参加している。ブッシュ政権によるウラン濃縮疑惑の棚上げは、平壌・ロンドン・ワシントン・の三角コネクションを復活させ、北朝鮮のウラン資源利権獲得で米英が先行する道筋をつけたようだ。これまでは中国系資本が北朝鮮の鉱山利権をほぼ独占してきたが、ウランは含まれていない。(編集委員 田村秀男)


※関連 ≪韓国でウラン開発時代の幕開けか(上)(朝鮮日報 2007.11.9)≫
http://www.chosunonline.com/article/20071109000051

※関連 ≪韓国でウラン開発時代の幕開けか(下)(朝鮮日報 2007.11.9)≫
http://www.chosunonline.com/article/20071109000052

※関連 ≪ウラン資源は大丈夫か(東京新聞 2007.5.8)≫
http://www.tokyo-np.co.jp/article/technology/science/CK2007050802014413.html

※関連 ≪埋蔵2位カザフに急接近 ウラン確保に電力各社(東京新聞 3.4)≫
http://www.tokyo-np.co.jp/article/technology/science/CK2008030402092523.html

          ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

●安倍のせいで日本だけ取り残される“北朝鮮利権”(ゲンダイネット)
http://news.livedoor.com/article/detail/3705738/

 政権放り出しの安倍前首相が、山崎拓元副総裁を批判した「百害あって利権あり」のセリフが独り歩きしている。だが、安倍は北朝鮮の利権や国際政治をどこまで理解しているのか。

 「中国やロシアの周辺国ばかりか、いま世界の各国が北朝鮮のウランとレアメタル(希少金属)を狙って、しのぎを削っているのは有名な話。アメリカがテロ支援国家の指定を解除して、北朝鮮と友好関係をつくろうとしているのも、各国との競争に乗り遅れまいという計算です。そんな中で、日本だけが拉致問題でケンカして、北朝鮮利権からハジキ出されている。各国はニンマリですよ」(外務省事情通)

 今回の原油や穀物暴騰による日本経済への悪影響で分かるように、資源がないことは致命的。英米や中国はその点、抜け目がない。

 評論家の河信基氏が言う。

「昨年10月の南北首脳会談のとき、韓国のシンクタンクがはじき出した北朝鮮のレアメタルの価値は、230兆円でした。ウランだけでも、推定埋蔵量は世界の埋蔵量を上回るとされています。北朝鮮は鉱山、鉱脈の宝庫。そのことは、植民地にしていた日本が一番よく知っている。しかし、安倍前首相のような勢力がいるから、日本企業は参戦できない。それをいいことに、欧米やエジプトの企業まで、次々と北朝鮮で大型プロジェクトをまとめ、あとは世銀などの融資解禁を待っている状況です。8月に、米国のテロ支援国家指定と敵国通商法適用が解除され、カネが回り始めたら、すごい争奪戦になりますよ」

 すぐ近くに「宝の山」があるのに、指をくわえて見ているしかない日本。「拉致の安倍」としては自分の存在がなくなる日朝の接近は何としてもジャマしたいんだろうが、これでは「百害がある」のはどっちなのか分かったものじゃない。
(6月29日10時0分配信 日刊ゲンダイ)

※関連 ≪(河信基の深読み)北朝鮮の地下資源(230兆円~370兆円)を逃すな(上)≫
http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/32830553.html

※関連 ≪(河信基の深読み)北朝鮮の地下資源(230兆円~370兆円)を逃すな(中)≫
http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/32917115.html

※関連 ≪(河信基の深読み)北朝鮮の地下資源(230兆円~370兆円)を逃すな(中の2)≫
http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/32964341.html

※関連 ≪(河信基の深読み)北朝鮮の地下資源(230兆円~370兆円)を逃すな(下)≫
http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/32981242.html


●EUに北朝鮮代表部を~欧州議会(日テレnews24 7.2)
http://www.news24.jp/112966.html

 アメリカが北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除に動き出したことを受け、ヨーロッパでは北朝鮮との経済協力に向けた動きが活発化している。

 1日にベルギーの首都・ブリュッセルで行われた欧州議会で、フォード議員らは、EU(=欧州連合)と北朝鮮の経済関係を強めるため、EU本部があるブリュッセルに北朝鮮の代表部を置くことを提唱した。EU27か国中で北朝鮮と国交がないフランスが認めるかどうかが焦点となる。

 フォード議員らは先月末、北朝鮮・平壌などを訪れて朝鮮労働党幹部らと会い、100台以上の農業用トラクターを寄贈するとともに、経済セミナーの立ち上げなどで合意している。

 アメリカと北朝鮮の雪解けムードが高まってきたことを受け、これまで水面下の動きにとどまっていた北朝鮮とヨーロッパの経済交流が活発化する気配を見せている。
(ニュース動画は→)http://www.news24.jp/112966.html

         (以下、省略しました。=滝尾英二;‘08年7月10日<木>21:15)

 

下関市嶋倉剛教育長が、「‥‥朝鮮半島に対する日本の植民地支配について「歴史的事実に反する」の発言を陳謝; ご協力を感謝!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月 8日(火)19時44分28秒
 
 今日(7月8日)に朝鮮総聯大阪 国際部のパク・ヨンチ部長から滝尾宛に届いたメールによると、下関市の嶋倉剛教育長が、「‥‥山口朝鮮学園の関係者に対し、朝鮮半島に対する日本の植民地支配について「歴史的事実に反する」と発言した問題で、嶋倉教育長は8日、市教育委員会の定例会で「大変なご迷惑をかけた。今後は教育行政の信頼を損なうことなく職務に当たる」と謝罪した」という連絡がありました。

 皆さまの力強い抗議行動などの結果です。抗議していただいた皆さまに滝尾からも感謝いたします。ありがとうございました。以下、パク・ヨンチ部長から滝尾宛に届いたメールを添付してお礼に代えたいと思います。

                   ‘08年7月8日(火曜日) 19:35

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

朝鮮総聯大阪 国際部のパク・ヨンチです。
 皆さまの力強い抗議行動の結果、ついに下関市教育長が謝罪しました。


- 以下記事です -

  山口県下関市の嶋倉剛教育長(44)が山口朝鮮学園の関係者に対し、朝鮮半島に対する日本の植民地支配について「歴史的事実に反する」と発言した問題で、嶋倉教育長は8日、市教育委員会の定例会で「大変なご迷惑をかけた。今後は教育行政の信頼を損なうことなく職務に当たる」と謝罪した。

 一方で、学園側が謝罪や発言の撤回を求めていることについては「直接会ったり、文書で回答するつもりはない」と説明。その上で「(日本が植民地支配を謝罪した)日朝平壌宣言の詳しい内容について認識を欠いていた。今後は政府見解を尊重する」と述べた。

 定例会で市教委の志満順三委員長は「下関市は地理的に朝鮮半島と近く、ほかの都市より関係が深い。今後は誤解を招くことがないよう注意してほしい」と求めた。

 教育長は6月、教育補助金増額の陳情に訪れた学園関係者が「植民地支配により日本に渡航せざるを得なかった朝鮮人の子弟が通っていることを踏まえてほしい」と求めたのに対し、「植民地支配という部分は歴史的事実に反するので受け入れられない」と発言した。(下野新聞7月8日 13:12)


<関連新聞記事>

下関市教育長「植民地支配は歴史的事実に反する」 『朝日新聞』
http://www.asahi.com/national/update/0626/SEB200806260009.html

植民地支配「史実に反す」 下関市教育長が発言 『東京新聞』
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008062701000347.html
下関市教育長の植民地発言:在日社会に波紋「支配は事実に反する」発言受け
/山口 『毎日新聞』
http://mainichi.jp/area/yamaguchi/news/20080628ddlk35040535000c.html

植民地支配 認識に溝/下関市教育長発言 『朝日新聞』
http://mytown.asahi.com/yamaguchi/news.php?k_id=36000000806280002

下関市教育長「日本の朝鮮への植民地支配なかった」と発言 『読売新聞』
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20080628-OYS1T00273.htm

山口・下関市教育長:戦時下の朝鮮半島、植民地支配「事実に反する」と発言
『毎日新聞』
http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20080627ddg041040007000c.html

 

 二人舞台「みなまた海のこえ」が公演; 8月19日(火)~24日(日):会場は、中野・劇場MOMOに於いて! (ご連絡)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月 8日(火)13時06分27秒
 
 水俣病センター相思社の高嶋由紀子さんからメールが滝尾宛に届きました。

 2008年8月19日(火)~24日(日):会場は、中野・劇場MOMO(JR中野駅.南口徒歩5分(東京都中野区中野3-22-8)で、二人舞台「みなまた海のこえ」が公演されるそうです。ぜひ、多数の同公演への入場を期待しています。水俣病の公害被害者と苦しみは、いわば「公害問題」の原点であり、この長期の闘いから、私たちは多くのことを学びました。公演は東京の中野ですので、全国の皆さんの観劇し難いかと思いますが、関東居住者の方がたの観劇を期待しています。

 この内容は、『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。この公演を教えていただいた水俣病センター相思社の高嶋由紀子さんに感謝します。

                     ‘08年7月8日(火曜日)13:00

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

こんにちは。ようやく梅雨が明けたと思ったら、いきなり猛暑がやってきました。田舎なので昼間は猛暑でも、夜になれば涼しいのが幸いです。今年は庭に食用ヘチマの種をまきました。日よけにもなるので一石二鳥。大きくなるのが楽しみです。

高木基金での報告会では、「水俣の産廃は止まっても、ゴミがどこかに行くことは変わらない」というご意見をいただきました。廃棄物を出さないくらしを追及していくことが、「産廃反対」を超えて、水俣が目指すべきところだと思います。

今日は、書籍のお支払い方法の変更と、舞台「みなまた海のこえ」のお知らせをさせていただきます。(高嶋)

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1、書籍のお支払い方法の変更について
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書籍代金のお支払いについて、従来は郵便振替用紙にてお振込みをいただい
ておりましたが、振込みに行くのが面倒というお客様のご意見や、郵政民営
化による料金値上げ等を鑑み、誠に勝手ではございますが、お支払い方法を以下のように変更させていただきました。

 ○商品代金が1万円未満の方は代引き
 ○商品代金が1万円以上の方は代引きまたは郵便振替用紙を選択可能
 (なお、代引き料金はお客様のご負担をお願いいたします)

公費でのお支払いの場合は、1万円未満でもご相談ください。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2、二人舞台「みなまた海のこえ」
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文・石牟礼道子さん、絵・丸木 俊・位里さんの同名の絵本を元にした舞台「みなまた海のこえ」が、8月19日から東京・中野で上演されるとのことです。いただいたメールを転送させていただきます。お近くの方はどうぞ足をお運びください。

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~おとのは ことのは~公演情報!
         言葉を奏で、音を語る二人舞台
                     http://otokoto.2-d.jp/
(等幅フォントでご覧下さい)

これらの情報は、さらに詳しくブログに記載しています。
どうぞご覧下さい。http://plaza.rakuten.co.jp/otokoto
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■演目「みなまた海のこえ」
 文/石牟礼道子 同名絵本(小峰書店刊 絵/丸木 俊・位里)より
  ・Webチラシはこちら(PDFファイル 2.8M)
 http://babakikaku.net/file/web_minamata_umino_koe.pdf


・出演/おとのは ことのは
   語り/遠藤真弓 音楽・鳴り物/馬場清則


・2008年8月19日(火)~24日(日)
・会場/中野・劇場MOMO(JR中野駅.南口徒歩5分)
 東京都中野区中野3-22-8
 http://www005.upp.so-net.ne.jp/thepocket/

・入場料/¥2,500(7月15日前売り開始 日時指定 全自由席)

・チケット受付.お問い合わせ
 馬場企画 東京都あきる野市上代継5番地
 ホームページ/http://babakikaku.net
 Tel.Fax/042-550-3457
 メール/otokoto0808@babakikaku.net

・スタッフ
 音楽監修/岡田和夫
  照明 /賀澤礼子
  演技 /武田 泉
 舞台監督/桑原 淳
  協力 /田島美津子

・後援/水俣市教育委員会 読売新聞 東京本社

  ・公演スケジュール(※日によって公演時間が変わります。ご注意下さい)

  2008年8月
  ・19日(火)
 昼なし 夜19時~

・20日(水)
 昼14時~ 夜19時~

・21日(木)
 昼なし 夜19時~

・22日(金)
 昼14時~ 夜19時~

・23日(土)
 昼13時~ 夜18時~

・24日(日)
 昼13時~ 夜16時~


■~おとのは ことのは~とは?-----------------------------------------
  役者・遠藤真弓と打楽器奏者・馬場清則(熊本市出身)
  の二人による語り舞台。
  この名前には、役者と演奏者の二人が組んだ異色のユニットであること、
また、役者は音楽に近づき、演奏者は芝居に近づくという
目標を籠めています。

・公演作品
 「と川石人語り」(75分 市川一雄)
 「モチモチの木」(20分 作/斎藤隆介 絵/滝平二郎 岩崎書店刊)
 「きんいろのきつね」(20分 作/大川悦生 絵/赤羽末吉 ポプラ社刊)
 「ふるやのもり」(15分 文/今江 祥智  絵/松山 文雄 ポプラ社刊)
 「虔十公園林」(35分 宮沢賢治)


 ■「みなまた海のこえ」あらすじ【みなまたを教訓に】--------------------

しゅり神山(しゅりがみやま)のお使い、きつねの「おぎん」、孫娘の「おちゃら」を連れて、美しい不知火の日々を語りだす。
海や山に住む動物、木々、草花、豊饒な海の魚たち、井川(湧き水)に水を汲みに来る村人たち、夜を闊歩する妖怪たち。

生きとし生けるものたちが、みんな一緒に生きていた‥‥。

  そこへ‥‥‥。

  「会社」が来た。小さな村は町になった、町になった。
「会社」は「夢と希望の象徴」となった。

  人々は踊った‥‥。共に生きてきた者たちをかえりみない程に‥‥。
人々は踊った…。「あんなこと」になるとは知らずに‥‥。
山を削り、木を伐り、生きものたちが消えてゆく‥‥。

人々は踊り続けた…。「あんなこと」が起きても、また別の場所で‥‥。
  その後も、今この時も、世界中で繰り返される‥‥。
水俣病を教訓とし、生きとし生けるものの、共生の日を求めて‥‥。


■「みなまた海のこえ」公演にあたって--------------------------------
                    おとのはことのは 馬場清則
  この物語は水俣病を取り上げたもの。「暗く、重たい作品なのかな?」とか、「そういう深刻なのはちょっと…」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、
いいえ、ちょっと違います。
我々は、単にそういう作品だとは考えていません。

  ゆっくり読めば30分かかる、絵本としては多目の文量です。
  しかしその長い文量の中に、うらみごとはたったの一文だけ。
それも、チッソや行政に言うのではなく、神さまに向けています。

  「神さま、私たちは悪いことは何にもしないのに、なしてこういう目にあうのですか」
  これだけなのです。

  また、市立水俣病資料館の入口に展示されたパネルに、こんな内容のものがありました(うろ覚えですが‥‥)。

  「少女は最期に、誰への恨み言もなく、病床から見える花を見て、ただ、『美しか…』とつぶやいた」

我々は決して「社会派な切り口」でこの作品を選んだわけではないのです。
  この作品を通して、大切な「生き方」が見える気がするのです。

■「楽しい舞台になるといいですね…」-------------------------------
  お会いする度、石牟礼さんは静かにそうおっしゃいます。
              (▲石牟礼道子さん △おとのはことのは)

「風土の韻(いん)」---------------------------------------------

△熊本は民族的な話や伝統が多いところですね。

▲埋もれていないところは多いですが、こちらももう駄目ですね。
 伝えていく人達が居なくなってしまいました。
 伝える土壌が消えてしまっていますから。
 風土の韻というものがあると思うのですね。
 風土の伝えてきた韻のようなもの、日本人にはそれを伝えることができていたと思うのですね。
 それが無くなったから怖くなります。

  「畏れ(おそれ)」---------------------------------------------

△人間はなにかの命をもらってこそ生きることができる、その感謝の気持ちと罪の意識を決して忘れてはいけないと思うのですが…

▲そういう意識もあるかもしれませんが、同属意識というか、とても親しい、また、畏れ‥‥、そう、畏れ、畏怖の感情ですね、一緒に生きている、精霊と言ってもいいですよね。

「『妖怪たちが居た時代』の風景」-------------------------------

▲私はね、作品の中に人間以外のものを出さないと自分が生きている感じがしないんですよね。

△この作品にはガーゴという妖怪が出てきますが‥‥。

▲子供が遅くまで外で遊んでいれば「ガーゴに咬ませるぞ」って言われてました。
 怖いんだけど、どう咬むのかっていうと「ガァジィガァジィ」って(笑)。
 そう、あんまり怖くはないんですよ(笑)。
 人間しかいないと思うと寂しいですよね。
 人間の(妖怪たちと暮らす)知恵はホント深いものがありますし、そういう深い知恵に助けられて私も生きているって思っております。
 現代人はそれを忘れて科学的に考えて、何でもあるぞって言ってますけど、心を委ねたり委ねられたりというのは、科学では作り出せないですよね。

  「気配の声」--------------------------------------------------

△人間と、人間以外のものが感じられるその豊かな土壌を表すために、いろんな楽器を使いたいと思っています。

▲いいですね、音で出せたらいいですね。どの音も部分音ではなく、土地の呼吸であったり、の呼吸であったり、切り離された音ではない。
 気配の声、山の声というか、水の声というか、声ですね。この作品を舞台にするというのは難しいだろうなって思います。
 でも、あんまり考え込まないで、感覚的におやりになればいいんじゃないでしょうか。
 何よりも、観ている方が楽しんで頂ければいいですよね。
        -2007年7月 石牟礼道子さんとのおはなしより-

■Q&A 舞台「みなまた海のこえ」はどんな舞台?------------------

Q:出演者は?
A:遠藤、馬場の二人だけです。

Q:上演時間は?
A:1時間20分ほどになる予定です。

Q:丸木ご夫妻の絵は舞台に登場するの?
A:いいえ、チラシ・パンフレットには使わせて頂きますが、
  舞台上では登場しません。

Q:朗読とは違うの?
A:はい。内容は石牟礼道子さんの本文を全くそのままにやりますが、
  登場する妖怪たち、動物たちを表す為に、遠藤が動き回ります。
  これからですが、馬場にも動きがあるかもしれません。
  丸木ご夫妻の絵の部分を、我々の動きで表現できたらと思っています。

Q:音響は使いますか?
A:いいえ。マイクも使いません。
  全て生の声、生の楽器の音を聴いて頂きます。
  SE(効果音)も、楽器で表現します。たいへんです(^^;)。

Q:どんな楽器を使いますか?
A:基本的に打楽器が中心です(ブログ内カテゴリ「楽器」参照)。
  ですが、「鳴り物」というのは「なんでもあり」って事で、
  笛や歌も登場します。

※この他にも、ご質問はブログにて随時受付中!


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 下関市嶋倉剛教育長の「植民地支配は歴史的事実に反する」などの暴言、その後; (続報=滝尾英二)            

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月 7日(月)00時36分3秒
編集済
  -

 下関市嶋倉剛教育長(44)が、学校への教育補助金増額を求めて訪ねてきた山口朝鮮学園代表らに、「植民地支配は歴史的事実に反する」などの暴言を吐いたことについては、過日、お知らせと、下関市嶋倉剛教育長に対する抗議要請を人権図書館・広島青丘文庫の滝尾英二から、ホームページを通していたしましたが、この度、田中ひろみさんから、カン・ユナさんと、金静媛さんのメールが転送されて、滝尾宛にも届きました。『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の各掲示板に掲載(転載)します。

 この問題は、単に下関市だけのことではありません。日本人の「歴史認識」が問われているのです。人権問題は、つくしのように地下茎は地下で繋がっています。今日は7月7日です。1937年ですが、日本軍はこの日の深夜、北京郊外で日中両軍が衝突し、日中全面戦争の発端となった日です。既に、当時、日本の植民地支配を受けていた朝鮮は、この侵略戦争の「平坦基地」として、塗炭の苦しみを朝鮮人民=民衆に与えたのです。

 過去の歴史を正視することは、未来を切り開くために必要です。このことを、私たちは決して忘れてはならないことなのです。

                 2008年7月7日(月曜日)  0:30

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                  ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

みなさま、田中ひろみです。カン・ユナさんと、金静媛さんのメールを転送します。転送歓迎とのことです。

これだけ読んでもわかりにくいのですが、要するに、植民地支配を正当化するあまり、植民地支配ですらなかったと主張しているわけです。

戦後50年の時は、多少なりとも「おわび」の言葉を述べた日本政府ですが、今となっては、ここまで
開き直りました。この教育長は、文科省から来たそうです。


カン・ユナと申します。山口出身です。

 26日、山口県下関市嶋倉剛教育長(44)が、学校への教育補助金増額を求めて訪ねてきた山口朝鮮学園代表らに、「植民地支配は歴史的事実に反する」などの暴言を吐きました。これに対し27日、同代表等が教育長暴言に対する発言への訂正と謝罪を求め再度市役所を訪れましたが、出張中の江島潔市長に代わって対応した副市長は、教育長の発言を擁護する発言のみで、訂正もなく、対応は考えていないとの回答をしました。

 あんまりです・・・。

*山口では、県が生徒1人あたり年5万円を補助していますが、一般の私立学校の5分の1以下。下関市は山口朝鮮初中級学校に20万円と生徒1人あたり千円(合算で1人あたり約5100円)。今回、県の額の半分の助成を市に求めましたが、拒否されました。

●下関市
〒750-8521 山口県下関市南部町1番1号(唐戸バス停下車) 〔電話 083-231-1111(代表)〕
Eメール sskohoko@city.shimonoseki.yamaguchi.jp

●市長の部屋
https://www2.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/opt2/sodan/s_entry_sodan_mayor.jsp


金静媛です

下関市 嶋倉剛教育長と江島潔市長は、7月5日現在いまだ申し入れの団体への面会を拒否しています。これに対し、各界日本人と同胞らは連日抗議に市を訪れています。

どうか、この当局の不当な対応に抗議し、私たちを応援して下さい!

●下関市 江島潔(エジマ キヨシ)
●市長 秘書課 担当事務

〒750-8521
下関市南部町1番1号
083-231-2412
083-223-1110
sshishok@city.shimonoseki.yamaguchi.jp

●下関市 教育長 嶋倉剛(シマクラ ツヨシ)

教育政策課 担当事務
〒750-8521
下関市南部町1番1号
083-231-1560
083-222-8333
kisomuka@city.shimonoseki.yamaguchi.jp

              ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

よど号犯人の取り締まりは常に手ぬるい。

 投稿者:自由主義者  投稿日:2008年 7月 6日(日)02時22分47秒
  http://japansconspiracy.hp.infoseek.co.jp/02/p004.html#page52

逮捕、起訴、収監後の情報がなく、後に釈放されたり、中には豪遊する者までいた。
 

宗教的兵役拒否者、代替服務の原点で再検討 ; 『飛礫』59号=2008年夏季号(特集・天皇制との訣別)などの掲載(滝尾)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月 6日(日)00時05分31秒
 

 福留範昭先生から滝尾宛に「韓国の過去問題に関する3記事」が届けられました。この記事を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板へ掲載します。また、この「前文」は『滝尾英二的こころ』などの掲示板へ掲載します。詳細は、『滝尾英二的こころPart2』の掲示板をご覧ください。

 この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生、及び「聨合ニュース」を翻訳していただいた森山静子先生に感謝します。


 近況を若干述べてみます。

 美空ひばりさんの反戦歌「一本の鉛筆」などご紹介しましたが、次回は、淡谷のり子さんを取り上げようと思い、今日のカラオケでは、ブルースの女王=淡谷のり子さんの歌謡曲である」「別れのブルース」、「雨のブルース」、「君忘れじのブルース」などを唄い、やはり広島市出身の歌手であり、ご健在である二葉あき子さんの歌った「夜のプラットホーム」を歌いました。広島地方は雨天でした。

 老人には転倒して挫骨が危険です。いま、自宅は「手摺り」を増築し、ガラス戸をアクリル製の戸に変えたり、車椅子などで外出を容易にしたり、老人・障害者対策で大わらわです(笑い)。少しカラオケから帰宅するのが遅くなりました。子供が老人向けの文字が画面に大きくでて、知り合いの方がたに電話がし易い「携帯」を世話してくれて、現在はそれを使用中です。日時や曜日、時刻を知る上に便利」です。どうしても年金生活者は「日にちと曜日」を忘れがちです。


 帰宅したら本日、送られてきた<労働者の綜合誌『飛礫』2008号夏季号>が来ていました。特集は「天皇制との訣別」です。『飛礫』編集部が「天皇即位二〇年祝賀式典に反対する」という巻頭論文があり、それを早速、読みました。その一節を紹介します。

「‥‥日本の政府と支配階級、右翼は朝鮮民主主義人民共和国の日本人拉致事件を徹底利用して制裁をおこない民族排外主義を扇動してきた。民族排外主義の扇動は侵略戦争に不可欠の要素だるが、天皇アキヒトと皇后ミチコも「お言葉」や和歌、拉致被害者見舞いの新潟訪問などをつうじてその先頭にたった。

 右記の天皇アキヒトの政治行為やサイパン「慰霊」訪問、イラクで「戦死」した外交官の外務省葬と勲章の授与などとリンクして小泉純一郎主相は六回も靖国神社に参拝した。(中略)。アキヒトは戦争天皇に踏み出しただけではない。今回のG8洞爺湖サミットでは日本独占資本の資源略奪外交にも大きく乗り出した。G8サミットの一環として第四回アフリカ開発会議を開催すぃた日本政府の目的は、何よりも豊富な資源(石油・天然ガス)や希少金属など)の略奪に本格的に乗り出すこと、国連安全常任理事国入りの支持を獲得することにあり、‥‥天皇アキヒトはこの会議に合わせておこなわれた「第一回野口英世アフリカ賞」の授賞式に出席し、受賞式後の晩餐会では、「アフリカの人々の幸せを祈り、皆さまとともに杯をあげたいと思います」と乾杯のあいさつをした。

 彼はまた異例にも、同会義出席者のアフリカ二九ヶ国首脳ら三八人を皇居に招き、茶会を開いた。こうした天皇の行為は資源略奪への日本政府の並々ならぬ力のいれようを示している。また政府は自衛隊のスーダン派兵も検討しているのだ。」(5~6ページ)。


『飛礫』59号、2008年夏季号と共に、「民衆の生活と闘いを写真に残そう!」を目的にした季刊雑誌『パトローネ』第74号も送られてきた。「沖縄の米兵・事故に抗議の県民集会」、「韓国・米産牛肉輸入反対運動」、「古き佳き日本の街並み 竹富島(樋口健二)」など収録されたA4判で55ページの「写真雑誌」であり、有益でした。


                      ‘08年7月5日(土曜日)23:53

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二


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  福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 親日財産の国家帰属、初めての取り消し判決 (聯合ニュース)
2) 宗教的兵役拒否者、代替服務の原点で再検討 (聯合ニュース)
3) 統合民主党、「民主党」と党名を改正 (聯合ニュース)

    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

 韓国旅券への指紋情報収録に反対する声明文; 在日コリアン青年連合(KEY):共同代表 康利行 金朋央  (紹介=滝尾)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月 4日(金)20時23分15秒
 

 在日コリアン青年連合(KEY)の姜晃範さんから、下記のようなメールが滝尾宛にも届きました。人権問題としても黙視できない内容を含んでいます。このメールは、【転送歓迎】です。『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。また、『滝尾英二的こころ』の掲示板には、姜晃範さんのメールの一部を掲載します。

 情報を届けていただいた在日コリアン青年連合(KEY)の姜晃範さんに感謝します。

                    ‘08年7月4日(金曜日) 20:10

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

【転送歓迎】在日コリアン青年連合(KEY)の姜晃範と申します。

 旅券法全部改正案が、本年2月26日に韓国の国会本会議を通過し、今後はパスポートがICチップを搭載した電子旅券となり、その中に「指紋情報」が含まれることとなりました。

 この件に関して、私たち在日コリアン青年連合(KEY)では、外交通商部に質問状を送付し、既に回答を得ております。(質問と回答については以下のサイトをご参照下さい。)
http://www.key-j.org/program/doc/e-passport.html

 さらに私たちは6月29日の改正旅券法施行に伴い、今回改めて「韓国旅券への指紋情報収録に反対する声明文」を発表し、外交通商部へも送付致しました。

 本改正旅券法について、韓国内においては国民登録を行う際に全国民的に指紋情報の提供を義務付けられているために、大きな関心を呼ぶことはありません。また、外国人登録法における指紋押捺制度と長年闘い続けてきた在日コリアン社会においても情報があまり認知されていないという現状があります。

 そのような状況にあるために、今回私たちとして声明文を発表しました。多くの方に知って頂きたいと同時に、今後も継続してこの問題について感心を持ち対応していきたいと考えています。


(以下、声明文 http://www.key-j.org/program/doc/e-passport2.html

 

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