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  1. 下目黒の恐怖の精神虐待魔について語るスレ(6)
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『滝尾英二的こころPart2』の下記の「岡山だより」に、8枚ほど滝尾の岡山での元気な姿の写真が掲示されています。(笑い)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月30日(金)19時35分21秒
 
『滝尾英二的こころPart2』の下記の「岡山だより」に、8枚ほど滝尾の岡山での元気な姿の写真が掲示されています。カラオケ喫茶で歌謡曲を唄っている風景です。見て下さい(笑い)。(滝尾より) 5月30日(金曜日) 岡山より



08/05/28 プロフィール>岡山だより(08年05月)
 

検察 「イム・ドゥソン当選人起訴の方針」 ; <特別寄稿> ハンセン者出身のイム・ドゥソン当選者の「特別なだらけ」 など

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月30日(金)19時11分20秒
編集済
   福留範昭先生から滝尾宛に「ハンセン病問題」=ハンビット福祉協会・代表であるイム・ドゥソン氏(ハンナラ党から出馬し韓国の国会議員となった)のことに関して、つづけて4記事が届けられました。それを前回にひきつづき『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の各掲示板へ掲載します。充分なご検討をお願いいたします。

 この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生に感謝します。

               ‘08年5月30日(金曜日)19:03; 岡山にて送信。


                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

 ******************************************************************************

  福留です。この間、配信できなかった記事を中心に紹介します。

1) 北朝鮮、「日本、強制連行犠牲者問題の実践措置を取るべき」 (聯合ニュース)
2) 検察 「イム・ドゥソン当選人起訴の方針」 (ハンギョレ)
3) <特別寄稿> ハンセン者出身のイム・ドゥソン当選者の「特別な」前科 (ブレイクニュース)
4) 前科隠蔽のイム・ドゥソン当選者、分かってみれば「前科だらけ」 (ノーカットニュース)
5) ハンナラ党のイム・ドゥソン比例当選者 前科隠蔽の追加確認 (ノーカットニュース)

2) ******************************************************************************

[ハンギョレ 2008-05-29 00:36]

検察 「イム・ドゥソン当選人起訴の方針」


仁川(インチョン)地検富川(プチョン)支庁刑事1部(部長ナム・ミョンヒョン)が、18代総選挙に出馬して、選挙管理委員会に申告すべき前科の経歴2件を故意に脱落させた疑惑で、イム・トゥソン当選人を起訴する方針であることが28日確認された。ハンナラ党の18代当選者の中で起訴される最初の事例だ。

イム当選人は、90年代初め暴行や恐喝疑惑で懲役刑を宣告された前科を故意に脱落させた犯罪経歴照会書の発行を受けて、選管委に提出した疑惑を受けている。

検察調査結果イム当選人は選管委に提出する公職選挙提出用犯罪経歴照会書を申請しながらも、京畿(キョンギ)の金浦(キンポ)警察署側に「失効した刑 除外」と書いて申請したこととが明らかになっ
た。

公職選挙法上、公職選挙立候補者は選管委に失効した計を含み、自身が宣告された禁固以上の刑を書いた公職選挙提出用の犯罪経歴照会書を提出しなければならない。

検察関係者は、「イム議員が故意に犯罪経歴を隠したことが立証されれば、起訴する方針だ」と明らかにした。しかし検察は、イム当選人が前科が脱落した照会書の発給を受ける過程で、警察側との共謀があったかについては、特別な証拠を発見できず、イム当選人を起訴する線で事件の捜査を終えることにした。 (キム・ジウン記者)


3) ******************************************

[ブレークニュース 2008/05/21 20:04]
【あなたはハンセン者について、どのくらいご存知ですか? <特別寄稿> ハンセン者出身のイム・ドゥソン当選者の「特別な」前科】

<キム・ジョンヘン国立小鹿島病院 院生自治会長>

写真 http://breaknews.com/new/sub_read.html?uid=81790§ion=section14


写真 ▲ ハンナラ党比例代表で18代国会に進出することになったイム・ドゥソン当選者が総選挙直後、大邱(テグ)にあるハンセン者※の福祉施設を訪問し、祝賀の挨拶を受けている。

[訳注 ※ 韓国では多くの場合、元ハンセン病患者あるいはハンセン病後遺障害者を、「ハンセン人」と呼んでいます。訳者は、これを「ハンセン者」と訳しています。]


CBSノーカットニュースが5月20日、イム・ドゥソン ハンナラ党比例代表2番当選者の前科記録が、10度の罰金刑と2度の懲役(執行猶予)刑を含む計12の前科があるにもかかわらず、これを脱落させたと報道して、イム当選者を破廉恥犯に追いやっている[※
4)、5)の記事参照]のを見て、この文章を書きます。

そしてノーカットニュースは、このような前科記録が明らかにならないようにする前科記録票を警察に要請して発給を受けたようなニュアンスを漂わせて、イム当選者が選挙法に違反して当選したかのような記事を報道したのです。

したがって、この報道が出て以降、ハンギョレ、京郷のような新聞とビュスエンニュース、ニュデイリィなどのインターネット媒体が、ノーカットニュースの報道内容を引用した記事を作成・報道し、現在世間でイム当選者は悪い人だと罵倒されているのが実情です。

私はハンセン者です。そして、現在国立小鹿島病院の院生自治会長をしています。イム当選者は、私たちハンセン者が自活・福祉・人権の回復のために組織した社団法人ハンビット福祉協会の会長を2003年からしています。このため、私はイム当選者について大変よく知っています。

彼がどんな人であり、彼がハンセン者の代表をしながら、どんな不利益を受けており、それにもかかわらず自身の安全や危機を顧みず、社会に対してハンセン者の差別を解消するよう訴えて闘争していることを、あまりにもよく知っています。

私が知る新聞記者とは、皆良い大学を卒業し、多くを学んだ人たちなので、私はそのような記者の方々は知らないことがあまりないだろうと思います。しかし、今回のイム当選者に関する報道などを見て、記者の方々が、充分に学べない私たちハンセン者より、法を知ってないように思います。

一般的に罪を犯して受けた処罰が執行猶予だった場合、その執行猶予期間が終わらない状態で再び罪を犯して、法的処罰を受けることになれば、前の執行猶予の時に受けた懲役刑にその後発生した犯罪まで合算し、加重処罰を受けることを私は知っています。

しかし、ノーカットニュースの報道を見ると、イム当選者は1991年に執行猶予1年を受けたのに、1992年に再び執行猶予を受けます。これはおかしくないでしょうか。良い大学を卒業した記者の方が、なぜこの点に着眼されなかったのでしょうか。

その記者の方が書かれた記事のとおり見ると、執行猶予でなくとも、罰金刑が多いのに、なぜ裁判所は続いてイム・ドゥソン当選者だけに寛大な処罰をしたのだろうかという疑問を一度も持たなかったのかが気になります。判事が法を知らないわけはないのに、加重処罰をしないのは、それなりの理由があるからだと、一度ぐらいは考えなければなりません。

自分の考えは、次のようなものです。実定法を破ったので、処罰はしなければならないが、それがハンセン者の代表として避けられない状況にあったことを認識した裁判所が、同一事件に、執行猶予期間にもかかわらず、再び執行猶予をつけたのだと。

特に罰金前科10犯だと、その回数だけをもって論じて、破廉恥犯に追いやる悪意的な記事を見て、まだ社会は私たちハンセン者を受け入れていないのだなという気がして、悲しさすら感じました。

記者が特ダネだと思ったとすれば、もう少し深く取材ずべきであり、そうすれば、イム当選者の前科が、ハンセン者たちのための個人犠牲であることを知りえたでしょう。そして、裁判所の判断で、そのすべての罪がみな個人の犠牲であるので、罰金で処理したと考えることもできたでしょう。そうすれば、あのような文章を書くことはできなかったでしょう。

イム・ドゥソン当選者は、20代から江原道(カンウォンド)の原州(ウォンジュ)でハンセン者のマウル(村)の代表を務めました。そして、70年代にハンセン者は共同墓地を含む国有地などを自分たちの居所を定めて、無許可の畜舎などを設けて小規模に養鶏や養豚をしながら生きていきます。

イム当選者が住んでいた原州も同じでした。私もそこに一緒に住みました。しかし、周辺の民間人たちが、私たちの居住を喜ばず、追い出そうとしました。こうしたことは、原州だけでありません。

50年が過ぎましたが、まだその傷痕が消えていない慶南泗川(サチョン)のピトリ島事件は、現在裁判所の記録にも残っています。島の一角を開墾して住もうとしたハンセン者を、村の青年たちが追い出そうとし、これに反抗するや、実に27人をスコップやツルハシで叩き殺して、彼らが居住するテントに油をばらまいて火を付けました。これを避けて海に逃げた人たちのうち、果たして何人が死んだのかいまだその数が分かっていません。

しかし、このような無惨な虐殺を行った当時の青年たちうち、たった二人だけが執行猶予2年を受けることで事件は終結し、その記録は今でも残っています。

このような事件は、ただこの地だけのものではありません。全南の咸平(ハムピョン)、コクソンオクや羅州(ナジュ)、江原道江陵(カンヌン)、ソウルの忘憂里(マンウリ)、慶南の咸安(ハマン)など、全国のあちこちで、少なくは数人、多くは数十人が周辺の民間人たちの暴力に死んでいきました。

そして、1960年代後半からごく最近まで、これらのハンセン者の村に対する差別は、官庁を通して行われました。集団暴力で追い出すことができなかった一般人たちが官庁に陳情を出すと、官庁の職員たちが出張してきて、ハンセン者の無許可住宅、生計のための畜産のために作った小さな無許可畜舎などを強制的に撤去する方法でハンセン者を追い出そうとしたのです。

村の代表は、こういうことを阻止することが主な業務でした。結局、両側の暴力が伴うと、村代表が告発されて、法的処罰を受けます。イム当選者の暴力関連の前科は、このようなものなどです。

また、1970~80年代までは、ハンセン者は安心して自動車免許証も取ることができませんでした。免許証を取るために受けなければならない身体検査が怖くて(自身がハンセン者であることが分かるのが怖くて)、自ら免許証をとろうと考えることができなかったためです。

それで、免許証の必要ない50ccの小さなスクーターが最も流用した移動手段でした。ハンセン者で、バイクに乗れるくらいの健康が維持されている人は、道路交通法違反の前科のない人がめずらしいのです。小さい追突事故でもあれば、警察がそのように処理したからです。

また、ハンセン者の村は、生存のためにほとんど全世帯が、小規模養鶏や養豚をしました。しかし、規模が小さいうえに、健康状態が良くなくて、自主的に飼料の購入が難しく、生産された畜産物も自主的な売り渡しが困難だったのです。

したがって、ハンセン者の村の住民全体が組合員になる自体組合を結成し、この組合を通して飼料購入と畜産物の販売などしたのです。しかし、現在こういった畜産組合は、ほとんど全て不渡りで解体しました。一般人と競争にならないうえ、中間業者の横暴のためでした。

それで結局、組合代表の名義で小切手を発行して不渡りを出すと、代表が処罰を受けました。ハンセン者の村代表で、自体組合が不渡りになって、不正小切手取り締まり法の違反に引っかからない人はめずらしいのです。

ハンセン者は、この数百年間国家や社会の一員として生きられなかったために、法の保護を受けることができませんでした。したがって、当然私たちハンセン者も、実定法に対する法感情が一般人たちと違います。

しかし、その時ごとに、法は犠牲者を望み、村代表は処罰を受けました。こういうものが積もって、この頃の言葉で前科何犯といことになるのです。したがって、疎外階層の代表格の極、疎外ハンセン者が過去の人生を切り開く過程で違反した実定法の違反事実を勘案せずに、破廉恥犯に追いやるのは正しくありません。

もちろん、実定法違反に関する報道を根拠にして、あのように記事を書くこともできるでしょう。しかし、ハンセン者の代表が国会議員になることによって、国際社会で私たちの大韓民国の人権位相は途方もなく上昇しました。

ここ小鹿島の600人余りのハンセン者は、皆自分が国会議員になったかのように喜んで、路上に垂れ幕があふれるほどかけられました。地球上でハンセン病はどこの国でもあったし、すべての人類はハンセン病が征服される前までは、不治の病気と思って、隔離・敬遠・差別しながら、同じ人として待遇しなかったのです。

当然、ハンセン者の当事者たちは、いかなる公職にはもとより、一般の会社に就職することは不可能でした。しかし、21世紀に入って、どんな先進国もできないことを、我が国が行いました。ハンセン者の子供が同じ学校で勉強することを拒絶した大韓民国が、ハンセン者を国会の議会の壇上に立てられるようにしたのです。

重要なのは、大義がどこにあるかです。民主化運動で実定法を破って前科者になった人は、その前科を勲章と思い、国民もそのように理解します。前科が、彼らにはまさに勲章でした。

ところが、極の疎外にあいながら、生存闘争をしたハンセン者の代表であったため、村人を代表して処罰されたことを、実定法違反だと言って、破廉恥な前科者に追いやるのは誤ったことです。

マスコミが指摘したとおり善意の過ちでも、実定法を破った前科が多くて、破廉恥犯であれば、先の大統領選挙の過程でインターネットに文章を書いて、実定法を破って公職選挙法違反の疑惑で罰金刑を受けた前科者たちも、実定法を破ったので、一般の前科者と同一に取り扱わなければなりません。

そして、もしその方たちうち、過去に道路交通法違反のような些細なことで罰金を払った前科があって、今回の公職選挙法違反まで加えれば、前科累犯になります。もし、こういう方が後日国会議員に出馬したとすれば、前科何犯と言ってもかまわないかということです。

善意の過ちという表現、実定法違反という表現も、それゆえ、特定の人にだけは用心深く使うべきだと思います。現在、我が国には保健福祉部に登録されているハンセン者が16,000名余りいます。

ところが、これらの中で、唯一イム・ドゥソン当選者だけが世間に自分がハンセン病にかかった者だと公開的にカミングアウトし、ハンセン者の人権運動をしてきました。その歳月は、実に20年近くなります。いや、20代から村の代表をしたので、実に30年を越えていると言うこともできます。

このため、イム会長は個人的には、多くの損害を甘受しなければなりませんでした。周辺の暗黙的な差別のために、家族はいつも内心涙を流しながらも、家長の信念のために共に甘受しています。

いちいち表現するのも困難な途方もない世間の差別のために、ハンセン者は誰も、世間に自身がハンセン者だと話せません。知れた瞬間、ハンセン者本人は自分が持っているあらゆる人間的交流関係が絶たれ、両親や子供たちまで他人として生きなければなりません。

したがって、誰も表に出なかったために、今までハンセン者の問題は地下に埋められてたのです。現在、私たちの社会の各所で活躍している人たちの中に、ハンセン者の2世たちがとても多いのです。しかし、彼らの誰も、自分の父親や母親がハンセン者だと、あるいはハンセン者だったと明らかにしていません。

しかも、彼らの父母は、もし父母の疾病の経歴によって、子供の前途に迷惑をかけることを恐れるあまり、子供たちの結婚式にも参加できません。そのため、子供が成長して独立した後、ハンセン者の父母たちはほとんど皆、独居老人として過ごした後、国立小鹿島病院や安東(アンドン)の星座院、義王(ウィワン)のナジャロマウルなどの療養院に入院します。

ここ小鹿島にも、この頃そうした方々がずっと入院を要請しているのが実情です。過去に特定の病気にかかったために、病気が完治しているのに、自ら「患者」になって「入院」するのです。

こういう現実を破ろうと、1990年代に入って、ただイム・ドゥソン当選者だけが世間に対して一人で闘争したのです。そして、この闘争の結果として、誰もやり遂げることが出来なかった日帝強占期の小鹿島ハンセン者の強制監禁の補償金も勝ち取り、国会でハンセン者特別法も制定されるようにするなど、一貫してハンセン者の人権運動に邁進したのです。

民主労働党の論評を見ると、「前科12犯を、我が国会議員として認定すべきか」という文句があります。この論評をした副代弁人に尋ねます。民主労働党で国会議員を務めたり、候補として出た人、また基礎議員から自治団体長までの公職候補者に登録した人たちのうち、前科者でない人が何人いますか。

労働者のための闘争で前科ができれば、上級で、ハンセン者のための闘争で前科ができれば、それは破廉恥犯ですか。民主労働党は性少数者を保護すると言って、同性愛者の差別撤廃運動をしています。もちろん、彼らに対する差別も撤廃されなければなりません。世の中のあらゆる少数者差別は、人権先進国としてあってはならないからです。

しかし、同性愛は自身の選択です。反対に、ハンセン病にかかったのは、私たちの選択ではありません。病気は誰もかかりうるために、ハンセン病にかかったことが、私たちが願ったためではないという意味です。

したがって、少数者差別撤廃運動をする政党なら、当然私たちの社会で最も極の少数者であり、数百年間深刻な差別を受けてきたハンセン者をまず振り返えるべきです。そうすれば、彼らはこうした論評することができなかったでしょう。

先の定期国会で通過したハンセン者特別法が、2005年に初めて提案された時、17代の与野党の国会議員67名が共同発議をしました。しかし、その中に民主労働党の議員はただの1人もいなかったのです。それで、彼らの論評は厚顔無恥なのです。

創造韓国党の「徹底捜査」の論評は、ムン・クキョン代表が捜査を受けていて、イ・ハンジョン当選者が拘束されているので、不公正捜査を止めろとの要求と見なされて、何とか理解ができます。しかし、正義と自由のために、前科者が国会議員になれないと主張する民主労働党の論理なら、民主労働党は国会議員候補をたった一人も公認されないかもしれません。

ペンは刀より強いのです。刀で刺された傷は、治療が可能ですが、ペンで刺された傷は、治療が非常に難しいのです。マスコミは社会の公器でもありますが、こういうマスコミからハンセン者は深刻な差別を受けてきました。

大邱の臥龍山(ワリョンサン)のカエル少年失踪事件の時、ハンセン者の村の住民が、子供たちを拉致、監禁しているという電話一通で、その村は、本当に焦土化しました。この情報提供に対し、警察が捜査した時、当時の新聞は以前の俗説によって、ハンセン者の犯罪に追い込む記事を書いて、ハンセン者の人格を殺しました。

若者たちは胸に深い恨(ハン)を抱いて村を離れなければならず、学生たちは涙を流しながら途方もないところに転校しなければなりませんでした。その村に住んでいるという理由一つで、周辺の差別に耐えられなかったためです。

しかし、子供たちの死体は数年後に、子供たちが失踪したところの近郊で発見されました。今でも、マスコミはすでに病気治療が終わている人たちが社会の差別を避けて作って住んでいるハンセン者の定着村を癩病患者村と表現します。そこに患者がたったの1人も住んでいないのに、マスコミは患者村と言います。

ノーカットニュースは、イム当選者の記事を報道して、イム当選者が患者たちを連れて行って、業者を脅迫したと言い、他のマスコミもこれを受けて、そのまま患者たちと書きました。しかし、その中に患者はたったの一人もいなかったのです。

ハンセン者が、小鹿島病院などから社会に出ていく時、厳格な菌の検事をして、完治したという陰性判定を受けなければなりません。したがって、彼らは単に病気に罹った病歴者に過ぎず、患者ではないのに、マスコミは患者と表記するのです。

マスコミに訴えます。皆さんの事実関係の確認がなされていない報道記事で、私たち全国のハンセン者の希望のイム・ドゥソン会長の国会入りが挫折したとすれば、皆さんはまだ私たちの社会が、ハンセン者を受け入れないようさせた主導者グループになるでしょう。この点を参考にされて、慎重な報道を切にお願いします。

長い文読んで下さって、ありがとうございます。


4) ***********************************************

[ノーカットニュース 2008-05-20 05:03]
【前科隠蔽のイム・ドゥソン当選者、分かってみれば「前科だらけ」;選管委に申告すべき前科12件など、追加隠蔽も明らかに】


(CBS政治部 キム・ジョンフン記者) 前科隠蔽の事実が明らかになったハンナラ党のイム・ドゥソン当選者に計12件の前科があったことが確認された。特に、総選挙に立候補する際、選管委に必ず申告しなければならない禁固以上の前科もまた、追加で隠蔽していた事実も明らかになった。

CBSの取材結果、1979年から最近までイム氏は計10件の罰金刑を宣告され、2件の懲役刑を宣告された。罰金刑の理由は、暴力行為、暴行、交通事故処理特例法違反、不正小切手取り締まり法違反、自動車管理法違反、レコード・ビデオ物およびゲーム物に関する法律違反、入札妨害などで多様だ。

イム氏は、これによって少ないのは5万ウォン、多いのは150万ウォンの罰金刑を宣告された。またこれに先立ち、CBSの取材結果で明らかになった1991年の暴力行為の懲役の前科のほかに、イム氏に恐喝による懲役の前科がある事実も追加で明らかになった。

イム氏は、1992年10月議政府(ウジョンブ)地方法院で恐喝疑惑で懲役1年6月・執行猶予3年を宣告された。1991年に「暴力行為などの処罰に関する法律違反」で懲役刑を宣告され、1年間の執行猶予が終わって2ヶ月余り経った時期だ。

現行法上、公職選挙に出るためには、実効された刑を含む禁固以上の犯罪経歴を選管委に申告しなければならない。しかしイム氏は、1991年と1992年に続いて宣告された懲役刑2件を選管委に申告しなかった。明白な選挙法違反だ。

これに対し、イム・ドゥソン当選者は「直接的に事件にかかわったことはない」と主張した。イム氏は、CBSとの電話通話で「(ハンセン者)農場代表であったためであり、個人的に犯罪行為を行ったとは思わない」と語った。暴行や不正小切手取り締まり法違反、入札妨害などのすべての行為は、ハンセン者たちのための犠牲だったというのだ。

イム氏は、「とても昔のことなので、正確な記憶はない」、「会員たち(ハンセン者)が、弱かったので、彼らのために前に出て活動したものだ」と語った。彼はまた、「国会議員の資格があって当選したというよりは、ハンセン者への配慮の次元で機会を得たと理解している」と付け加えた。

一方、前科隠蔽の事実が明らかになったイム・ドゥソン当選者の司法処理や当選無効の当否は、「故意性」の有無によって分かれる。選管委に申告しなければならない前科があることを知ら すに、警察で発給した犯罪経歴
照会書に応じて「前科なし」と申告したとすれば、これを処罰するのは容易ではないという指摘がある。

この間、イム氏もやはり、「よく思い出ぜず、前科記録に何も出てこないので、そのまま申告したに過ぎない」と主張してき、ハンナラ党のチョ・ユンソン代弁人もまた、「故意的脱落の誤解は解消され、検察の捜査結果を見守ることにした」と明らかにしている。

しかし、禁固以上の前科2件を含み、イム氏に計12件の前科がある事実が明らかになっただけに、果たしてイム氏が「前科を知らずに、脱落したのか」という疑問は、一層深まることになった。これとともに、すでに1991年暴力の前科の脱落で、イム氏に対する捜査に着手した検察も、今後の捜査を一層急ぐものと見込まれる。


5) **************************************************

[ノーカットニュース 2008-05-20 21:36]
【 ハンナラ党のイム・ドゥソン比例当選者‥‥前科隠蔽の追加確認 】

(動画あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=079&aid=0001963570


(チェ・スンオクPD) 前科隠蔽が確認されたハンナラ党のイム・ドゥソン当選者が、別の前科を隠した事実判明!
 

検察 「イム・ドゥソン当選人起訴の方針」 ; <特別寄稿> ハンセン者出身のイム・ドゥソン当選者の「特別なだらけ」 など

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月30日(金)19時11分16秒
 

 福留範昭先生から滝尾宛に「ハンセン病問題」=ハンビット福祉協会・代表であるイム・ドゥソン氏(ハンナラ党から出馬し韓国の国会議員となった)のことに関して、つづけて4記事が届けられました。それを前回にひきつづき『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の各掲示板へ掲載します。充分なご検討をお願いいたします。

 この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生に感謝します。

               ‘08年5月30日(金曜日)19:03; 岡山にて送信。


                    人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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  福留です。この間、配信できなかった記事を中心に紹介します。

1) 北朝鮮、「日本、強制連行犠牲者問題の実践措置を取るべき」 (聯合ニュース)
2) 検察 「イム・ドゥソン当選人起訴の方針」 (ハンギョレ)
3) <特別寄稿> ハンセン者出身のイム・ドゥソン当選者の「特別な」前科 (ブレイクニュース)
4) 前科隠蔽のイム・ドゥソン当選者、分かってみれば「前科だらけ」 (ノーカットニュース)
5) ハンナラ党のイム・ドゥソン比例当選者 前科隠蔽の追加確認 (ノーカットニュース)

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[ハンギョレ 2008-05-29 00:36]

検察 「イム・ドゥソン当選人起訴の方針」


仁川(インチョン)地検富川(プチョン)支庁刑事1部(部長ナム・ミョンヒョン)が、18代総選挙に出馬して、選挙管理委員会に申告すべき前科の経歴2件を故意に脱落させた疑惑で、イム・トゥソン当選人を起訴する方針であることが28日確認された。ハンナラ党の18代当選者の中で起訴される最初の事例だ。

イム当選人は、90年代初め暴行や恐喝疑惑で懲役刑を宣告された前科を故意に脱落させた犯罪経歴照会書の発行を受けて、選管委に提出した疑惑を受けている。

検察調査結果イム当選人は選管委に提出する公職選挙提出用犯罪経歴照会書を申請しながらも、京畿(キョンギ)の金浦(キンポ)警察署側に「失効した刑 除外」と書いて申請したこととが明らかになっ
た。

公職選挙法上、公職選挙立候補者は選管委に失効した計を含み、自身が宣告された禁固以上の刑を書いた公職選挙提出用の犯罪経歴照会書を提出しなければならない。

検察関係者は、「イム議員が故意に犯罪経歴を隠したことが立証されれば、起訴する方針だ」と明らかにした。しかし検察は、イム当選人が前科が脱落した照会書の発給を受ける過程で、警察側との共謀があったかについては、特別な証拠を発見できず、イム当選人を起訴する線で事件の捜査を終えることにした。 (キム・ジウン記者)


3) ******************************************

[ブレークニュース 2008/05/21 20:04]
【あなたはハンセン者について、どのくらいご存知ですか? <特別寄稿> ハンセン者出身のイム・ドゥソン当選者の「特別な」前科】

<キム・ジョンヘン国立小鹿島病院 院生自治会長>

写真 http://breaknews.com/new/sub_read.html?uid=81790§ion=section14


写真 ▲ ハンナラ党比例代表で18代国会に進出することになったイム・ドゥソン当選者が総選挙直後、大邱(テグ)にあるハンセン者※の福祉施設を訪問し、祝賀の挨拶を受けている。

[訳注 ※ 韓国では多くの場合、元ハンセン病患者あるいはハンセン病後遺障害者を、「ハンセン人」と呼んでいます。訳者は、これを「ハンセン者」と訳しています。]


CBSノーカットニュースが5月20日、イム・ドゥソン ハンナラ党比例代表2番当選者の前科記録が、10度の罰金刑と2度の懲役(執行猶予)刑を含む計12の前科があるにもかかわらず、これを脱落させたと報道して、イム当選者を破廉恥犯に追いやっている[※
4)、5)の記事参照]のを見て、この文章を書きます。

そしてノーカットニュースは、このような前科記録が明らかにならないようにする前科記録票を警察に要請して発給を受けたようなニュアンスを漂わせて、イム当選者が選挙法に違反して当選したかのような記事を報道したのです。

したがって、この報道が出て以降、ハンギョレ、京郷のような新聞とビュスエンニュース、ニュデイリィなどのインターネット媒体が、ノーカットニュースの報道内容を引用した記事を作成・報道し、現在世間でイム当選者は悪い人だと罵倒されているのが実情です。

私はハンセン者です。そして、現在国立小鹿島病院の院生自治会長をしています。イム当選者は、私たちハンセン者が自活・福祉・人権の回復のために組織した社団法人ハンビット福祉協会の会長を2003年からしています。このため、私はイム当選者について大変よく知っています。

彼がどんな人であり、彼がハンセン者の代表をしながら、どんな不利益を受けており、それにもかかわらず自身の安全や危機を顧みず、社会に対してハンセン者の差別を解消するよう訴えて闘争していることを、あまりにもよく知っています。

私が知る新聞記者とは、皆良い大学を卒業し、多くを学んだ人たちなので、私はそのような記者の方々は知らないことがあまりないだろうと思います。しかし、今回のイム当選者に関する報道などを見て、記者の方々が、充分に学べない私たちハンセン者より、法を知ってないように思います。

一般的に罪を犯して受けた処罰が執行猶予だった場合、その執行猶予期間が終わらない状態で再び罪を犯して、法的処罰を受けることになれば、前の執行猶予の時に受けた懲役刑にその後発生した犯罪まで合算し、加重処罰を受けることを私は知っています。

しかし、ノーカットニュースの報道を見ると、イム当選者は1991年に執行猶予1年を受けたのに、1992年に再び執行猶予を受けます。これはおかしくないでしょうか。良い大学を卒業した記者の方が、なぜこの点に着眼されなかったのでしょうか。

その記者の方が書かれた記事のとおり見ると、執行猶予でなくとも、罰金刑が多いのに、なぜ裁判所は続いてイム・ドゥソン当選者だけに寛大な処罰をしたのだろうかという疑問を一度も持たなかったのかが気になります。判事が法を知らないわけはないのに、加重処罰をしないのは、それなりの理由があるからだと、一度ぐらいは考えなければなりません。

自分の考えは、次のようなものです。実定法を破ったので、処罰はしなければならないが、それがハンセン者の代表として避けられない状況にあったことを認識した裁判所が、同一事件に、執行猶予期間にもかかわらず、再び執行猶予をつけたのだと。

特に罰金前科10犯だと、その回数だけをもって論じて、破廉恥犯に追いやる悪意的な記事を見て、まだ社会は私たちハンセン者を受け入れていないのだなという気がして、悲しさすら感じました。

記者が特ダネだと思ったとすれば、もう少し深く取材ずべきであり、そうすれば、イム当選者の前科が、ハンセン者たちのための個人犠牲であることを知りえたでしょう。そして、裁判所の判断で、そのすべての罪がみな個人の犠牲であるので、罰金で処理したと考えることもできたでしょう。そうすれば、あのような文章を書くことはできなかったでしょう。

イム・ドゥソン当選者は、20代から江原道(カンウォンド)の原州(ウォンジュ)でハンセン者のマウル(村)の代表を務めました。そして、70年代にハンセン者は共同墓地を含む国有地などを自分たちの居所を定めて、無許可の畜舎などを設けて小規模に養鶏や養豚をしながら生きていきます。

イム当選者が住んでいた原州も同じでした。私もそこに一緒に住みました。しかし、周辺の民間人たちが、私たちの居住を喜ばず、追い出そうとしました。こうしたことは、原州だけでありません。

50年が過ぎましたが、まだその傷痕が消えていない慶南泗川(サチョン)のピトリ島事件は、現在裁判所の記録にも残っています。島の一角を開墾して住もうとしたハンセン者を、村の青年たちが追い出そうとし、これに反抗するや、実に27人をスコップやツルハシで叩き殺して、彼らが居住するテントに油をばらまいて火を付けました。これを避けて海に逃げた人たちのうち、果たして何人が死んだのかいまだその数が分かっていません。

しかし、このような無惨な虐殺を行った当時の青年たちうち、たった二人だけが執行猶予2年を受けることで事件は終結し、その記録は今でも残っています。

このような事件は、ただこの地だけのものではありません。全南の咸平(ハムピョン)、コクソンオクや羅州(ナジュ)、江原道江陵(カンヌン)、ソウルの忘憂里(マンウリ)、慶南の咸安(ハマン)など、全国のあちこちで、少なくは数人、多くは数十人が周辺の民間人たちの暴力に死んでいきました。

そして、1960年代後半からごく最近まで、これらのハンセン者の村に対する差別は、官庁を通して行われました。集団暴力で追い出すことができなかった一般人たちが官庁に陳情を出すと、官庁の職員たちが出張してきて、ハンセン者の無許可住宅、生計のための畜産のために作った小さな無許可畜舎などを強制的に撤去する方法でハンセン者を追い出そうとしたのです。

村の代表は、こういうことを阻止することが主な業務でした。結局、両側の暴力が伴うと、村代表が告発されて、法的処罰を受けます。イム当選者の暴力関連の前科は、このようなものなどです。

また、1970~80年代までは、ハンセン者は安心して自動車免許証も取ることができませんでした。免許証を取るために受けなければならない身体検査が怖くて(自身がハンセン者であることが分かるのが怖くて)、自ら免許証をとろうと考えることができなかったためです。

それで、免許証の必要ない50ccの小さなスクーターが最も流用した移動手段でした。ハンセン者で、バイクに乗れるくらいの健康が維持されている人は、道路交通法違反の前科のない人がめずらしいのです。小さい追突事故でもあれば、警察がそのように処理したからです。

また、ハンセン者の村は、生存のためにほとんど全世帯が、小規模養鶏や養豚をしました。しかし、規模が小さいうえに、健康状態が良くなくて、自主的に飼料の購入が難しく、生産された畜産物も自主的な売り渡しが困難だったのです。

したがって、ハンセン者の村の住民全体が組合員になる自体組合を結成し、この組合を通して飼料購入と畜産物の販売などしたのです。しかし、現在こういった畜産組合は、ほとんど全て不渡りで解体しました。一般人と競争にならないうえ、中間業者の横暴のためでした。

それで結局、組合代表の名義で小切手を発行して不渡りを出すと、代表が処罰を受けました。ハンセン者の村代表で、自体組合が不渡りになって、不正小切手取り締まり法の違反に引っかからない人はめずらしいのです。

ハンセン者は、この数百年間国家や社会の一員として生きられなかったために、法の保護を受けることができませんでした。したがって、当然私たちハンセン者も、実定法に対する法感情が一般人たちと違います。

しかし、その時ごとに、法は犠牲者を望み、村代表は処罰を受けました。こういうものが積もって、この頃の言葉で前科何犯といことになるのです。したがって、疎外階層の代表格の極、疎外ハンセン者が過去の人生を切り開く過程で違反した実定法の違反事実を勘案せずに、破廉恥犯に追いやるのは正しくありません。

もちろん、実定法違反に関する報道を根拠にして、あのように記事を書くこともできるでしょう。しかし、ハンセン者の代表が国会議員になることによって、国際社会で私たちの大韓民国の人権位相は途方もなく上昇しました。

ここ小鹿島の600人余りのハンセン者は、皆自分が国会議員になったかのように喜んで、路上に垂れ幕があふれるほどかけられました。地球上でハンセン病はどこの国でもあったし、すべての人類はハンセン病が征服される前までは、不治の病気と思って、隔離・敬遠・差別しながら、同じ人として待遇しなかったのです。

当然、ハンセン者の当事者たちは、いかなる公職にはもとより、一般の会社に就職することは不可能でした。しかし、21世紀に入って、どんな先進国もできないことを、我が国が行いました。ハンセン者の子供が同じ学校で勉強することを拒絶した大韓民国が、ハンセン者を国会の議会の壇上に立てられるようにしたのです。

重要なのは、大義がどこにあるかです。民主化運動で実定法を破って前科者になった人は、その前科を勲章と思い、国民もそのように理解します。前科が、彼らにはまさに勲章でした。

ところが、極の疎外にあいながら、生存闘争をしたハンセン者の代表であったため、村人を代表して処罰されたことを、実定法違反だと言って、破廉恥な前科者に追いやるのは誤ったことです。

マスコミが指摘したとおり善意の過ちでも、実定法を破った前科が多くて、破廉恥犯であれば、先の大統領選挙の過程でインターネットに文章を書いて、実定法を破って公職選挙法違反の疑惑で罰金刑を受けた前科者たちも、実定法を破ったので、一般の前科者と同一に取り扱わなければなりません。

そして、もしその方たちうち、過去に道路交通法違反のような些細なことで罰金を払った前科があって、今回の公職選挙法違反まで加えれば、前科累犯になります。もし、こういう方が後日国会議員に出馬したとすれば、前科何犯と言ってもかまわないかということです。

善意の過ちという表現、実定法違反という表現も、それゆえ、特定の人にだけは用心深く使うべきだと思います。現在、我が国には保健福祉部に登録されているハンセン者が16,000名余りいます。

ところが、これらの中で、唯一イム・ドゥソン当選者だけが世間に自分がハンセン病にかかった者だと公開的にカミングアウトし、ハンセン者の人権運動をしてきました。その歳月は、実に20年近くなります。いや、20代から村の代表をしたので、実に30年を越えていると言うこともできます。

このため、イム会長は個人的には、多くの損害を甘受しなければなりませんでした。周辺の暗黙的な差別のために、家族はいつも内心涙を流しながらも、家長の信念のために共に甘受しています。

いちいち表現するのも困難な途方もない世間の差別のために、ハンセン者は誰も、世間に自身がハンセン者だと話せません。知れた瞬間、ハンセン者本人は自分が持っているあらゆる人間的交流関係が絶たれ、両親や子供たちまで他人として生きなければなりません。

したがって、誰も表に出なかったために、今までハンセン者の問題は地下に埋められてたのです。現在、私たちの社会の各所で活躍している人たちの中に、ハンセン者の2世たちがとても多いのです。しかし、彼らの誰も、自分の父親や母親がハンセン者だと、あるいはハンセン者だったと明らかにしていません。

しかも、彼らの父母は、もし父母の疾病の経歴によって、子供の前途に迷惑をかけることを恐れるあまり、子供たちの結婚式にも参加できません。そのため、子供が成長して独立した後、ハンセン者の父母たちはほとんど皆、独居老人として過ごした後、国立小鹿島病院や安東(アンドン)の星座院、義王(ウィワン)のナジャロマウルなどの療養院に入院します。

ここ小鹿島にも、この頃そうした方々がずっと入院を要請しているのが実情です。過去に特定の病気にかかったために、病気が完治しているのに、自ら「患者」になって「入院」するのです。

こういう現実を破ろうと、1990年代に入って、ただイム・ドゥソン当選者だけが世間に対して一人で闘争したのです。そして、この闘争の結果として、誰もやり遂げることが出来なかった日帝強占期の小鹿島ハンセン者の強制監禁の補償金も勝ち取り、国会でハンセン者特別法も制定されるようにするなど、一貫してハンセン者の人権運動に邁進したのです。

民主労働党の論評を見ると、「前科12犯を、我が国会議員として認定すべきか」という文句があります。この論評をした副代弁人に尋ねます。民主労働党で国会議員を務めたり、候補として出た人、また基礎議員から自治団体長までの公職候補者に登録した人たちのうち、前科者でない人が何人いますか。

労働者のための闘争で前科ができれば、上級で、ハンセン者のための闘争で前科ができれば、それは破廉恥犯ですか。民主労働党は性少数者を保護すると言って、同性愛者の差別撤廃運動をしています。もちろん、彼らに対する差別も撤廃されなければなりません。世の中のあらゆる少数者差別は、人権先進国としてあってはならないからです。

しかし、同性愛は自身の選択です。反対に、ハンセン病にかかったのは、私たちの選択ではありません。病気は誰もかかりうるために、ハンセン病にかかったことが、私たちが願ったためではないという意味です。

したがって、少数者差別撤廃運動をする政党なら、当然私たちの社会で最も極の少数者であり、数百年間深刻な差別を受けてきたハンセン者をまず振り返えるべきです。そうすれば、彼らはこうした論評することができなかったでしょう。

先の定期国会で通過したハンセン者特別法が、2005年に初めて提案された時、17代の与野党の国会議員67名が共同発議をしました。しかし、その中に民主労働党の議員はただの1人もいなかったのです。それで、彼らの論評は厚顔無恥なのです。

創造韓国党の「徹底捜査」の論評は、ムン・クキョン代表が捜査を受けていて、イ・ハンジョン当選者が拘束されているので、不公正捜査を止めろとの要求と見なされて、何とか理解ができます。しかし、正義と自由のために、前科者が国会議員になれないと主張する民主労働党の論理なら、民主労働党は国会議員候補をたった一人も公認されないかもしれません。

ペンは刀より強いのです。刀で刺された傷は、治療が可能ですが、ペンで刺された傷は、治療が非常に難しいのです。マスコミは社会の公器でもありますが、こういうマスコミからハンセン者は深刻な差別を受けてきました。

大邱の臥龍山(ワリョンサン)のカエル少年失踪事件の時、ハンセン者の村の住民が、子供たちを拉致、監禁しているという電話一通で、その村は、本当に焦土化しました。この情報提供に対し、警察が捜査した時、当時の新聞は以前の俗説によって、ハンセン者の犯罪に追い込む記事を書いて、ハンセン者の人格を殺しました。

若者たちは胸に深い恨(ハン)を抱いて村を離れなければならず、学生たちは涙を流しながら途方もないところに転校しなければなりませんでした。その村に住んでいるという理由一つで、周辺の差別に耐えられなかったためです。

しかし、子供たちの死体は数年後に、子供たちが失踪したところの近郊で発見されました。今でも、マスコミはすでに病気治療が終わている人たちが社会の差別を避けて作って住んでいるハンセン者の定着村を癩病患者村と表現します。そこに患者がたったの1人も住んでいないのに、マスコミは患者村と言います。

ノーカットニュースは、イム当選者の記事を報道して、イム当選者が患者たちを連れて行って、業者を脅迫したと言い、他のマスコミもこれを受けて、そのまま患者たちと書きました。しかし、その中に患者はたったの一人もいなかったのです。

ハンセン者が、小鹿島病院などから社会に出ていく時、厳格な菌の検事をして、完治したという陰性判定を受けなければなりません。したがって、彼らは単に病気に罹った病歴者に過ぎず、患者ではないのに、マスコミは患者と表記するのです。

マスコミに訴えます。皆さんの事実関係の確認がなされていない報道記事で、私たち全国のハンセン者の希望のイム・ドゥソン会長の国会入りが挫折したとすれば、皆さんはまだ私たちの社会が、ハンセン者を受け入れないようさせた主導者グループになるでしょう。この点を参考にされて、慎重な報道を切にお願いします。

長い文読んで下さって、ありがとうございます。


4) ***********************************************

[ノーカットニュース 2008-05-20 05:03]
【前科隠蔽のイム・ドゥソン当選者、分かってみれば「前科だらけ」;選管委に申告すべき前科12件など、追加隠蔽も明らかに】


(CBS政治部 キム・ジョンフン記者) 前科隠蔽の事実が明らかになったハンナラ党のイム・ドゥソン当選者に計12件の前科があったことが確認された。特に、総選挙に立候補する際、選管委に必ず申告しなければならない禁固以上の前科もまた、追加で隠蔽していた事実も明らかになった。

CBSの取材結果、1979年から最近までイム氏は計10件の罰金刑を宣告され、2件の懲役刑を宣告された。罰金刑の理由は、暴力行為、暴行、交通事故処理特例法違反、不正小切手取り締まり法違反、自動車管理法違反、レコード・ビデオ物およびゲーム物に関する法律違反、入札妨害などで多様だ。

イム氏は、これによって少ないのは5万ウォン、多いのは150万ウォンの罰金刑を宣告された。またこれに先立ち、CBSの取材結果で明らかになった1991年の暴力行為の懲役の前科のほかに、イム氏に恐喝による懲役の前科がある事実も追加で明らかになった。

イム氏は、1992年10月議政府(ウジョンブ)地方法院で恐喝疑惑で懲役1年6月・執行猶予3年を宣告された。1991年に「暴力行為などの処罰に関する法律違反」で懲役刑を宣告され、1年間の執行猶予が終わって2ヶ月余り経った時期だ。

現行法上、公職選挙に出るためには、実効された刑を含む禁固以上の犯罪経歴を選管委に申告しなければならない。しかしイム氏は、1991年と1992年に続いて宣告された懲役刑2件を選管委に申告しなかった。明白な選挙法違反だ。

これに対し、イム・ドゥソン当選者は「直接的に事件にかかわったことはない」と主張した。イム氏は、CBSとの電話通話で「(ハンセン者)農場代表であったためであり、個人的に犯罪行為を行ったとは思わない」と語った。暴行や不正小切手取り締まり法違反、入札妨害などのすべての行為は、ハンセン者たちのための犠牲だったというのだ。

イム氏は、「とても昔のことなので、正確な記憶はない」、「会員たち(ハンセン者)が、弱かったので、彼らのために前に出て活動したものだ」と語った。彼はまた、「国会議員の資格があって当選したというよりは、ハンセン者への配慮の次元で機会を得たと理解している」と付け加えた。

一方、前科隠蔽の事実が明らかになったイム・ドゥソン当選者の司法処理や当選無効の当否は、「故意性」の有無によって分かれる。選管委に申告しなければならない前科があることを知ら すに、警察で発給した犯罪経歴
照会書に応じて「前科なし」と申告したとすれば、これを処罰するのは容易ではないという指摘がある。

この間、イム氏もやはり、「よく思い出ぜず、前科記録に何も出てこないので、そのまま申告したに過ぎない」と主張してき、ハンナラ党のチョ・ユンソン代弁人もまた、「故意的脱落の誤解は解消され、検察の捜査結果を見守ることにした」と明らかにしている。

しかし、禁固以上の前科2件を含み、イム氏に計12件の前科がある事実が明らかになっただけに、果たしてイム氏が「前科を知らずに、脱落したのか」という疑問は、一層深まることになった。これとともに、すでに1991年暴力の前科の脱落で、イム氏に対する捜査に着手した検察も、今後の捜査を一層急ぐものと見込まれる。


5) **************************************************

[ノーカットニュース 2008-05-20 21:36]
【 ハンナラ党のイム・ドゥソン比例当選者‥‥前科隠蔽の追加確認 】

(動画あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=079&aid=0001963570


(チェ・スンオクPD) 前科隠蔽が確認されたハンナラ党のイム・ドゥソン当選者が、別の前科を隠した事実が、追加で明らかになった。

CBSの取材の結果、比例2番の当選者のイム・ドゥソン氏は、1979年から暴行、不正小切手取り締まり法違反などで、10件の罰金刑と2件の懲役刑を宣告されていたことが明らかになった。

イム氏は、12件の前科の事実のうち、懲役の前科2件に対して選管委に申告しなければならなかったのに、これをともに隠して、選挙
 

 ハンビット福祉協会・代表であるイム・ドゥソン氏(ハンナラ党から出馬、韓国の国会議員)のことに関してふたつの記事を掲載!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月30日(金)17時47分14秒
 

 福留範昭先生から滝尾宛に「ハンセン病問題」=ハンビット福祉協会・代表であるイム・ドゥソン氏(ハンナラ党から出馬し韓国の国会議員となった)のことに関してふたつの記事が届けられました。それを『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の各掲示板へ掲載します。

 ハンビット福祉協会・代表であるイム・ドゥソンさんのことは、以前に『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の各掲示板へ掲載したことがあります。また、季刊誌『飛礫』誌上でもイム・ドゥソンさんが韓国国会会議室で「韓国のハンセン病問題」についてのご報告を私の友人に翻訳してもらいそれを掲載させていただき、その際、私はイム・ドゥソンさんの経歴を同誌に紹介した原稿をお送りして、掲載いたしたこともあります。


 東京地方裁判所などでイム・ドゥソンさんと私は、何度かお会いしたことがありました。この度の『東亜日報』(5月21日付け)の情報にびっくりしております。しかし、下記のカン・ホド安東(アンドン)星座院長の特別寄稿文の末尾にお書かれていることは、のイム・ドゥソンさんへの私の心境でもあります。

ハンビット福祉協会・代表であるイム・ドゥソン当選者の問題で、安東(アンドン)星座院長 カン・ホド氏はつぎのようにその文末で書いておられます。

「‥‥私は言論に要求します。イム・ドゥソン当選者に対する徹底した検証をしようとするなら、過去の時期に韓国のマスコミが、ハンセン者にいかなる待遇をしたのかも点検しうることを要求します。そして、今回の機会がハンセン者の人生を世に知らせて、私たちの社会が理解する発展的な契機になるように願います。イム・ドゥソン当選者のご苦労に、激励と感謝を伝えつつ、一部マスコミの報道に挫折せずに、最後まで努力して、ハンセン者の青い信号灯の役割をやり遂げられることをお願いします。」


 この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生に感謝します。


            ‘08年5月30日(金曜日);17:44 岡山から送信します。


                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

  ******************************************************************************

   福留@長崎です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) ハンセン者には社会に出て行く青い信号灯がない (ネイションコリア)
2) 総選挙時、前科記録の申告脱落‥‥検察、イム・ドゥソン当選者の召還調査 (東亜日報)

1) ******************************************************************************

[ネイョンコリア 2008-05-24 14:06]
【 ハンセン者には社会に出て行く青い信号灯がない 】

<特別寄稿>  イム・ドゥソン当選者に対する単眼的マスコミ報道を批判する


私は、ハンセン病の後遺障害を持っておられる老人たちの療養所の安東星座院の院長です。そして、私もまたハンセン病を経験した者です。したがって、同じハンセン氏病経験者として、年配の方たちを迎える私が、今回のイム・ドゥソン当選者関連の報道[記事 2)を参照]に接して、恨(ハン)が極に達したハンセン病後遺障害者の人生を繰
り返し語らざるをえません。

(ハンセン病後遺障害者= 便宜上「ハンセン者」と表現)

① ハンセン者は、社会に出て行く青い信号灯がない。今まで、法とマスコミは、ハンセン者にとっていかなる存在だったでしょうか。他の国々の事情を見渡す必要もなく、我が国近代史だけで強行されたハンセン者に対する人権侵害は、すでにキム・ジョンヘン小鹿島(ソロクト)病院の院生自治会長が記述しています。

しかし、金会長が当事者としておられる小鹿島病院内の人権侵害の事実は、事実上私たちの現代史のどこにも記録されずに、小鹿島病院の歴史記録にだけ残っています。

ハンセン病患者の2世の生産を禁止しようとする目的によって強制的に強行された男性患者の断種手術(強制精管手術)、身ごもった女性患者の強制堕胎手術、生体実験、深刻な強制労働などは、どんな独裁権力の収容所の状況より劣悪でしたが、こういう日帝が退いた島で、島の主導権争いを繰り広げた韓国人医師と管理者ら争いに、ハンセン者84名が無惨に虐殺された歴史を、私たちは小鹿島84人虐殺事件と呼びます。

また、こうした状況でも徹底した自己管理を通して、病気を治療した完治者などが世の中に出て行くと、受ける差別のために、自分たちだけの揺籃にしようと始めた事業が、小鹿島の近隣の海を干拓する事業でした。

すなわち、オマ島という島を陸地とつながる干拓地にした後、その土地で農業をして、ハンセン者どうしで生きていこうとしたのです。これを、記録はオマ島干拓事業と記しています。

しかし、この干拓事業は工程の80%が完成した時、国家がハンセン者に干拓事業を中断させ、事業自体を強奪して行きました。今、その土地は沃土になりましたが、この土地でハンセン者はただの1人も生活できず、土地の一片もハンセン者の手に渡らなかったのです。それでも、現在までこういう事実を知っている一般人はいくらもいません。これを、私たちハンセン者はオマ島干拓地強奪事件と呼びます。

また、すべての人々に同等に適用されなければならない法は、ハンセン者にとって、足枷(かせ)であり、その足かせはまた、ハンセン者から国民基本権に属する居住・移転の自由を剥奪し、教育を受ける権利と職業を持つ機会を奪っていきました。

病気治療が終わり、完治したのに差別されるハンセン者を保護せず、病気のために中断された学業は完治しても延長されず、公務員試験も受験できなかったので、一般会社に進む夢はさらに見ることができませんでした。

ハンセン者は人間としての基本権を剥奪されたのです。したがって、ハンセン者ができることと言えば、もの乞いでした。そうしてもの乞いしてお金を集めて、子豚を一、二頭、ひよこ数十匹準備して、それを育てて、人生の希望を育んでいったのです。こうしてできたのが、現在のハンセン者の集団村であり、これを国家や社会は「癩病患者定着村」と呼びます。

病気治療が終わった人たちが、普通の人たちと一緒に暮らすことができないのも寂しいことですが、患者ではないにもかかわらず、患者村と呼ばれました。こうしてまた、国家や社会が、ハンセン経験者たちから平等権を奪っていったのです。

しかし、ハンセン経験者たちが集団村を築くと、周辺の人たちは彼らを追い出そうとあらゆる妨害をなし、このために追い出されるまいと争い、その争いのために法的処罰を受けるのが日常茶飯事でした。

イム当選者は、ハンセン者が人として生きる機会を作るために、世の中に出て行く一つの青い信号灯を作るために努力した人です。しかし、その部分がもう足かせのようについてまわって、破廉恥なこのような不名誉な人士と罵倒されているのが現実です。

したがって、私たちはため息を禁じえません。イム・ドゥソン当選者を理解しようとするなら、ハンセン者の社会環境的要因を調査しなければなりません。ハンセン者の過去を根こそぎ無視し、現在のものさしで、社会的通念から判断するので、イム当選者を前科者として描写し、彼を悪人に追いやっているのです。

それに怒りを覚えます。事実関係を取材して報道すべきマスコミが、こういう過去を無視して、一般的基準で批難するのを見て、腹が立ちます。いまだ、私たちの社会がハンセン者と一緒に暮らすことを望んでいないと見なされて、鬱憤が生じざるをえません。

イム当選者の前科の事実は、断面的姿として報道するべき性質のものではありません。全体のための犠牲の代価が十分に含まれた報道でなければなりません。

彼の前科を一般人の観点で見るのではなく、一部の国会議員の不正や前科者と同一線上で取り扱うのではなく、過去と現在が共に照明されるべきだということです。

② 国民の選良として、道徳的品位と責任を備えなければならないことには、二言がありません。前述したように、ハンセン者の生存権に対する社会安全網がない状態で、過去多くのハンセン者たち、特に指導クラスの位置にいるハンセン者は同僚のハンセン者を保護するために、相当数の司法処理を受けざるをえませんでした。

そうだとしても、彼らの実定法違反行為が正当だったということはできないでしょう。しかし、法がハンセン者を保護できなかったのに、法の保護を受けることができないハンセン者に法を守れと要求する社会の要求も正当ではありません。したがって、過去のことを、現在の法のものさしですべての責任をハンセン者の責任に追いやることは非常に苛酷な社会意識です。

この数世紀の間、ハンセン者は人間らしく生きる権利を保証されえず、法の放任と社会人の差別の中で疎外されてきました。したがって、ハンセン者は自分たちのハンセン病を最後の生存の武器として使うほかありませんでした。

しかし今は、ハンセン者自らも自浄し、民主市民として成熟した文化を作っていく努力も非常に熱心にしています。過去と現在を混同しないということです。

それで、イム当選者本人もハンセン者だけのための国会議員ではなく、国民を代表する国会議員の身分を備えるために血の出る努力をしていることを知っています。また、当選者本人の努力は勿論ですが、ハンセン者もイム当選者が、ハンセン病経験者も国政をよくやれるということを社会に示すことを願っています。

以前であれば、今回のイム当選者関連の報道が、ハンセン者の代表へのバッシングと判断し、報道機関に集団抗議をしたでしょうが、皆自粛しています。つまり、感情におぼれた行動を自制して、イム当選者が国会議員としての品位を守れるように協力しているのです。

③ イム・ドゥソン当選者に向けられたマスコミの焦点が、過去のハンセンの人権侵害事件、小鹿島強制抑留にともなう補償訴訟の件にも関心を持つことを望みます。2005年10月日本の東京地方裁判所の前、厚生労働省、衆議院議事堂の前、そして韓国の日本大使館前で、韓国のハンセン者は孤独なデモを展開しました。日帝時代小鹿島に強制抑留されたハンセン者に対する日本裁判所の補償判決が不当だったからです。

しかし、このデモは韓国では大きな関心を引くことができませんでした。韓国のどのマスコミも、これらのハンセン者のデモに関心を示さなかったのです。あの多くの市民団体は、どれ一つ関心を傾けなかったのです。さらに、日帝の従軍慰安婦[被害]のハルモニたちのデモに、小さな関心であれ示した市民運動家たちの中で、個人的であれ、ハンセン者のデモに関心を示した人はいませんでした。

徹底的に知らんふりで一貫しました。むしろ、日本の市民団体で韓国のハンセン者のデモを助け、応援して、日本では連日日本弁護団をはじめとする市民社会団体の会員ら500~1、000名余りが、厚生労働省の前で連帯の座り込みデモを展開しているかと思えば、全国各地で衆議院に抗議の書簡送りの運動が展開されました。


日本政府が、日帝強占期の小鹿島ハンセンの強制抑留の補償を、対日請求権の中にくくっておこうとするのは、不当だというものでした。しかし、韓国では誰もこの問題に関心を示さなかったのです。イム当選者が代表であるハンビット福祉協会の主導で、孤独なハンセン者のみがデモに出ました。このデモに参加したのは、裁判を支援した弁護団だけでした。

また、日本の弁護団の要請で韓国の弁護団が大韓弁協インターネット サイトの1ヶ所に署名の場を開設し、10万人の国民署名を受けようとしましたが、この問題が解決されるで一般国民はもちろん、市民団体の会員たちも参加しなかったのです。そして、マスコミはこういう事実自体を徹底的に無視しました。

また過去の歴史で、ハンセン者が体験しなければならなかったさまざまな集団虐殺事件(小鹿島病院84人虐殺事件、ビトリ島虐殺事件、咸安(ハマン)ムルムン里虐殺事件、咸平(はむピョン)虐殺事件、等々)ありました、今まで政府とマスコミはこれらを黙認してきました。

イム当選者が主導的に先に立ち、人権運動を展開したおかげて、2005年国家人権委員会でハンセンの人権実態調査を行いましたが、マスコミはこれもまた黙殺し、社会問題化しえませんでした。

したがって、私は言論に要求します。イム・ドゥソン当選者に対する徹底した検証をしようとするなら、過去の時期に韓国のマスコミが、ハンセン者にいかなる待遇をしたのかも点検しうることを要求します。そして、今回の機会がハンセン者の人生を世に知らせて、私たちの社会が理解する発展的な契機になるように願います。

イム・ドゥソン当選者のご苦労に、激励と感謝を伝えつつ、一部マスコミの報道に挫折せずに、最後まで努力して、ハンセン者の青い信号灯の役割をやり遂げられることをお願いします。

                     <安東(アンドン)星座院長 カン・ホド>


2) ******************************************************************************

[東亜日報 2008-05-22 03:13]
【 総選挙時、前科記録の申告脱落‥‥検察、イム・ドゥソン当選者の召還調査 】


仁川地検富川(プチョン)支庁は21日、イム・ドゥソン ハンナラ党比例代表当選者を召還して、前科記録の故意の脱落の有無を調査した。イム当選者は、選挙管理委員会に2件の懲役刑を申告しなかった疑惑を受けている。

検察関係者は、「現在、イム当選者は参考人の身分で調査を受けている」、「調査結果によって、犯罪の疑惑が認められる被内密調査者の身分に変わる可能性もある」と語った。 (富川チャ・ジュンノ記者)

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 今日一時帰宅しました。 ご報告です! 行政をも巻き込みながら、「100万人署名」なる運動とは何か。広島青丘文庫  主宰 滝尾

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月28日(水)16時10分44秒
編集済
 
 今日一時帰宅しましたご報告です。人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

               ‘08年5月28日(水曜日) 16:05  広島にて

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 岡山のユミバーサルホテル別館の朝食を済ませて、岡山天満屋バスターミナルから、午前7時40分発広島バスセンター行きへ乗り、10時30分に帰宅。

 洗濯しましたが、洗剤がありませんで、洗濯機&乾燥機に洗剤を入れて、洗濯しました。それに昨年3度行った松江の時と、ホテルなどの地理的条件・環境的条件と、私の心身の状況の悪化していることが分かります。その為に、自宅から「必要品」の充当することが必要品が、たくさいい出てきました。薬の追加などです。CDやDVDの追加もあります。


 今から、今日の午後5時まで自宅において、パソコンでメールやホームページなどの作業をして、岡山のホテルへはは、午後8時半には帰ります。だから、ホテルで夕食を無料(朝・夕食込みで料金は税とサービス込みで3989円です)で食べます。

 鉱泉風呂やサウナにも無料で入れます。朝は6時から9時30分。夜は、午後4時から12時まで。私の部屋の二階の211号室から、エレベーターも大浴場入り口まで3メートルです。予約した時、お願いして、“大浴場、エレベーターの昇降口から近い部屋”を予約しました。

 しかし、自室からも、ホテルからも、ノートパソコンは持参しましたが、パソコンを接続する差込口がなく「インタネーとカフェ」までノートパソコンなど一式を持参して、可能です。しかし、「インタネーとカフェ」でも、ホームページは書き込みも視聴も可能ですが、メールの受信はげきますが、送信は出来ません。それで、広島の自宅から、ノートパソコンを持ち帰って、諸作業をしています。


 全療協の一部幹部や徳田弁護士ら「ハンセン病市民学会」がいう「基本法」の今次国会の成立が、何だか雲行きが怪しくなっている様子。あんなに「大見得」をきっており、スケジュールまで広言していた人たちは、それが不可能となると、どのようなかたちでその責任を転嫁するのでしょうかね。出来ないことへの自己責任を問うことなく、今回もまた、他者に転嫁してしまうともりでしょうか。

 こうした無責任極まる無責任さは、今に始まったことではありませんが‥‥。それは「基本法」や「将来構想」の中にある「自己中心意識」が、「経済的隔離意識」と重なっての「入所者だけの対策」に終始してきたことです。入所者をなぜ、「療養所から出るに、出られぬ」状態にしておいた「経済的隔離政策」を徳田弁護士らは、たとえば大谷藤郎氏らを一時期=大谷藤郎熊本地裁での「証言」直後にあれほど徳田弁護士たちは讃美したのでしょう。


 1970年代以降、大谷ハンセン病担当した課長と、「らい予防法」廃止を大谷氏に相談しに行った「当時の全患協」の鈴木禎一事務局長に、「予防法があれば、政府・自民党の予算関係者から、ハンセン病関係予算の獲得が容易」ということを鈴木禎一事務局長も了承。それ以後、一貫して、政府・自民党との闘いを基本的には放棄して、経済的要求闘争を「入所者中心」にすすめた結果が今日の状況を生みだしたのでは、ありませんか。


 だからふ、ハンセン病市民学会の藤野豊事務局長が昨年=2007年末になって、『sハンセン病市民学会。2007年報』に、遅れ後れて「3つのまきかえし」をそれも一会員の立場だとことわっての「時報」をウソみたいに、云う。“何をいまさら‥‥”というのが、私の所見でした。今年もまた、1931年のその年の4月2日に「旧・癩予防法」を成立させた「癩予防協会」が、皇太后節子(さだこ)の誕生日を前後して「癩予防デー」を成立させ、NHKのAK(東京)から、光田健輔が皇太后節子を讃えた講演を放送。その翌年の「癩予防デー」には、林文雄が「3つの力」として、最初で第一が皇太后節子の「お力」だろ讃美します。

 そうして、「癩予防協会」の「末裔」たる「ふれあい福祉協会」が、政府ともども、2008年度の今年の6月25日前後に、またもや「ハンセン病を正しく理解する週間」として、皇太后節子(さだこ)の誕生日を前後して「癩予防デー」と同様、その日に諸行事をする。そしてこれを「最大のまきかえし」に一つして捉えていない問題は、実は「ハンセン病市民学会」の幹部は、すでに「まきかえし」の最大の牙城となり落ち、その「隔離主義」をかたちを変えながら、重度障害者や「後期高齢者」と政府は差別的の呼称した線引きされたお年寄りに、たとえ「善意」であれ、「隔離政策」の拡大・強化に他ならないのです。


 こうした「基本法」が、一部ではありますが、行政をも巻き込みながら、「100万人署名」なる運動を「隔離される対象者」や関係者の意向を十分に聞くことなく、「官民一体」で、強行されようとしたのが、この無様な「100万人署名」なる運動でしょう。この運動が、内外の諸批判を受けて不可能となるのは、当然過ぎるほど、当然なことです。その運動は、具体論になると「入所者」のなかでさえ、批判の声が上がることは、必然です。新たに政府や国会は、その責任を持って、「入所者」の問題を「特殊視」するのではなく、地域の同じ立場の心身に障害をお持ちの方がた共に、G7最低の医療制度の改善を、日本国憲法の「文化的最低の生活」を保障し、福祉・医療の充実を図っていただきたい。これが、帰宅して各ホームページを見た私の感想です。


 5月21日の熊本での「ハンセン病学会」は、原田正純先生などの講演などあって、有意義だった様子がホームページからでも伺われます。よかったですね。では‥‥。滝尾英二より

 

『中央公論』6月号に掲載されたシーガル博士;(聞き手)松尾氏の“もはや北と交渉するしか日本の道はない”掲載記事のこと! 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月25日(日)15時53分49秒
 

  朝鮮総聯大阪:国際部のパク・ヨンチさんから、滝尾宛にメールが5月24日に下記のような内容で届きました。(転送歓迎です)だそうです。月刊誌『中央公論』‘08年6月号に掲載された内容の転載です。また、パク・ヨンチさんはまた、つぎのようにも添書きしておられます。

 「‥‥米国による朝鮮に対する「テロ指定解除」は規定路線。各国は、解除後を見越した対朝鮮の動きとなっています。日本では5月22日、超党派の「日朝国交正常化推進議員連盟」(約40名)が発足しましたが、同じ日に自民党議連「北朝鮮外交を慎重に進める会」(6名)も立ち上げられました。朝鮮は米国に対し、関係正常化(外交関係)以上のもの、すなわち「同盟者」になることを望んでいるとシーガル博士は対談(↓資料)の中で指摘しています。 6月に入れば6者協議が開催されます。いよいよです」と。

 この『中央公論』6月号に掲載されたレオン・Ⅴ・シーガル博士(米国社会科学調査評議会北東アジア安全保障プロジェクト部長)に対する聞き手・松尾文夫(外交ジャーナリスト)の“もはや北と交渉するしか日本の道はない~”と題する記事は、たいへん興味深い内容です。この記事を2回に分けて『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

 また、前文のみを『滝尾英二的こころ』の掲示板に紹介します。多くの方がたが、この記事をお読みいただきますよう、期待しています。

 この『中央公論』6月号に掲載されたレオン・Ⅴ・シーガル博士に対する聞き手・松尾文夫(外交ジャーナリスト)の記事を紹介していただいた朝鮮総聯大阪:国際部のパク・ヨンチさん、及び月刊誌『中央公論』の関係各位に感謝します。

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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身体の激しい苦痛を堪えて毎日、歯をくいしばって「自立」の道を模索中です。それは未来に灯り(希望)を求めて老人めの行為です

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月25日(日)15時25分37秒
   <身体の激しい苦痛を堪えて毎日、自分なりに歯をくいしばって「自立」の道を模索しております。それは未来に灯り(希望)を求めての老人の行為です。そして過去の歴史への反省もしている昨今です!>


【「自立」ということを考える】


 被差別の立場にある人びとが「弧絶」された社会から訣別し、その地域の住民とともに生き、「共生」するとはどうすることかを考えさせられたことに出会いました。


 いま、私の宿泊している岡山のホテルの道路を挟んだ市街地に「韓国料理店」があり、その建物の二階が「カラオケ喫茶・歌姫」というカラオケが出来るお店があります。その建物は三階(一部四階)で、そこがどうやらここの方がたの居間となっているようです。「韓国料理店」と「カラオケ喫茶・歌姫」とは関係があるらしく「韓国料理店」の出入り口には、「カラオケ喫茶・歌姫」の利用時間などの紹介がしてありました。


 「カラオケ喫茶・歌姫」の利用時間は正午から午後6時まで。ただし、3人以上の方がおられる場合は、午後6時以降も歌えます、と書かれてあります。手摺りはついていたが、急な階段をのぼって「カラオケ喫茶」に私は入った。初老の男性がひとりで尾崎紀世彦が歌う「亦逢う日まで」を歌っていました。お世辞でもお上手とはいえない歌いぶり。料金を尋ねると、「800円で飲み物(コーヒーなど)と歌券が5枚、それ以上だと一曲が100円です。いま、このお店のママは近くある歌謡発表会の会場に行っていますので、近所に住んでいる私が店番をしています」と云います。


 お店の壁には、「歌の指導をいたします」と書かれた張り紙がありました。ここの「カラオケ喫茶」のママが「カラオケ」で歌の指導をしているのだと思いました。だとすると、一階の「韓国料理店」で料理をつくっていた男性は、ママの夫だろうかと余計なことを考えました。出されたコーヒーをゆっくり飲んでお客はひとりなので、座席までマイクを持ってきてもらい座ったままで壁の「DAMテレビの画像を見ながら二、三曲歌っていたら、初老の女性が「発表会の練習に来ました」と云って歌いはじめました。マイクもスピーカーも良質のもので、歌い易い。

 そうしていると電話が店番の方にあり、「お客がふたり」などと初老の方が電話で答えでいました。やがて、中年の背の高い美しい女性はお店に入ってきました。

 私が五曲歌い終わって歌券の5枚を注文をし、1000円札を出したら、女性が「これみなもらっておきます。お帰りの時、精算しますわ」ということでしたので、「午後6時で閉店でしょう。それまでに10曲は歌えませんよ」と云いますと、「閉店時間は気になさらなくっていいのよ」などという答えが返ってきました。

 そして、自分でマイクを持って舞台に上がり歌い出しました。それがなんと「韓国歌謡」で、2コーラス目はハングルで書かれた「画面」を見て、流暢な韓国語で歌うではありませんか。私が「韓国語の会話ができるの?」と問いますと、「在日韓国人ですもの。できますわ」と云います。


「在日三世」らしい。「ハラボジの本貫は、どこ?」と聞くと、「慶尚南道の○○巴です」と答えます。「韓国には度々行くの?」と問うと、「いろいろと制約がありますので、まだ5度しか行っていません。毎日、地域の方がたの歌の指導をしています。6月1日の日曜日には歌謡発表会を生徒さんやお店の常連の方たちと行ないます。」という。道理で卓上には、「歌謡発表会」の曲目や歌う方の名前、それにDAM番号が七、八十人書いたパンフが置いてあった。

「私の韓国にはたびたび訪問しました。釜山、大邱、ソウル、光州、木浦などです。韓国料理は大好きです」というと嬉しそうでした。そして、「現役歌手の名前をあげて、これらの歌手はみな韓国人の血が流れていて、歌が上手です。パンソリの影響もあるのかしら?」とこのママは云っていました。「6月9日まで広島から岡山まで遊びにきました。毎日でもそこのホテルに宿泊していますから、休店以外の日にはここへ通いますよ」というと、「是非、6月1日の歌謡発表会にいらしてください」とのことでした。


 とうとう昨夕は、「カラオケ喫茶・歌姫」で15曲歌いました。ママも3~4曲歌ったと思います。名古屋の在住の私の長女が明日の26日(日曜日)に岡山の私の宿泊しているホテルまで訪ねてくるといいます。娘の娘なりに「父親のこと」=健康や生活のことを心配しているのだろうと思います。明日の正午前にホテルのロビーで待ち合わせ、昼食は「韓国料理店」でして、その後「カラオケ喫茶・歌姫」で「親父の歌」を披露すると電話しておきました。


 私は40年後の「韓国料理店」と「カラオケ喫茶・歌姫」のことを考えました。私はもちろん、この世にはおりません。そしてここにいるママも夫君も高齢者となっていると思います。在日韓国人は、日本では市民的諸権利が未だに与えられていない面が多々あります。でも、被差別者だけの居住地で生活するのではなく、そこの地域住民と交わり、誇りをもって在日韓国人を自ら名乗り、地域の人たちの「共生」しています。現在、ハンセン病問題とかかわりながら、「療養所の社会化」がいわれ、「療養所の入所者は最後の一人までどうやって幸せに暮らしていくか」ということが論議されております。

 おそらく、40年後の「韓国料理店」と「カラオケ喫茶・歌姫」の在日韓国人の方たちは、この地域の人たちに支えられて、歳老いても生活を送っていかれるでしょう。ハンセン病問題はどの時点で今日のような諸課題を闘いの中で提議し、「経済的隔離政策」に終止符をつけることをしなかったのでしょうか。「過去の歴史から学ぶ」ということについて、私を含めて怠ったのではないか、という思いがしてきます。私のこの思いが間違っていたらご指摘ください。


 いま、身体の激痛を我慢して、このホテルで『滝尾英二的こころ』などへのホームページの文章をノート・パソコンで書いています。岡山の「インタネット・カフェ」までこのパソコンを運び、各掲示板へ掲載しようと思っています。これは「社会的な死亡」をしないための「生き甲斐」と誇りを持ち続けるための生きているものとしての意味だと考えております。(5月25日の午後2時30分に記す)

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 岡山からの送信【その2信】です。なんとか岡山での19日間の「自立」生活を遣り切るよう、がんばっています。滝尾英二より 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月24日(土)13時33分8秒
 
 <岡山からの送信【その2信】です。なんとか岡山での19日間の「自立」生活を遣り切るよう、がんばっています。滝尾英二より>

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                     ‘08年5月24日(土曜日)

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 大分の夕焼けさん! 初孫のご誕生、おめでとうございます。こうしたこの世に生れ赤ちゃんが、成人した年代まで「地球環境」を破壊せず、良好のものとすること、及び「社会が人命が尊重され、平和な社会」であるようにすることが我われの世代に課せられ使命であると思い、ががんばらなくてはと思いました。

また、岡山市内の「インターネット・カフェ」から、北風さんの「~BBS」や、その他のホームページを拝見しいたしますと、熊本で開催の「ハンセン病学会の集会」は非常に質が充実した様子。よかったと思っています。ご発表された一郎先生や森山さんのご労苦に敬意を表します。また藤巻さんと赤嶺さんが大分の居酒屋から、滝尾の自宅までお電話いただいてお話しできて感謝しています。


 岡山でのホテル住まいで生活していますと、人間って「水」なしでは生活出来ないものだということをしみじみ感じます。小さなホテルの部屋には、それでも寝台の脇には小さい冷蔵庫があります。500g入りのボトルを3本、水を入れて飲んでいます。「爺っさのおしっこ!」が、一日だいたい2リットル、それに度々部屋のお風呂にお湯をはって入浴し、また、隣室には「大浴場&サウナ」がありますのでそこを利用して発汗します。

 人間は海から生まれた動物だそうです。だから人体の6~7割は水で出来ているそうです。ギリシャ神話によると美の女神・ヴィナスの誕生図は海岸で生れた女像が描かれています。中国の四川省大地震で生き埋めになって百四十数時間後に救出された方は自分の「おしっこ」を飲んで生き抜いたと報じられています。だから万一に備えて、私も自室の冷蔵庫の中には、水と栄養補給のための「チョコレート」を何枚か入れています。チョコレートは高カロリーです。「備えあれば憂いなし」という小学生の時の標語を思いだしての備えです(笑い)。寝台の枕元には充電中の「携帯」を置いております。部屋はエレベーターに近い2階です。ホテルを予約した時にそのように頼んでおきました。

 冷蔵庫の上の机には大型テレビがあり、その横の机上にノートパソコンを置いています。パソコンでDVDやCDで音楽を視聴できます。ウオークマンでCD音楽を聴いています。室内には布製の4人がけのソファーがあり、ここに座って休んだり、ものを置いたりしてなかなか重宝です。食事は、朝食は和洋のバイキング、夕食は和食定食がそれぞれ無料で食べられます。部屋で入浴中に湯舟で洗濯して室内でハンガーに架けておきます。

 昼食は外出して食べますが、ホテルは飲食店がたくさんある繁華街に近い場所にあり、そこで食べます。小さな鋏とスプーンを持参していますので、歯の治療が「血液の詰まり」をなくする薬を常時服薬している関係で出来ません。だから食べ物は小さな鋏で細かくきざんで呑み込んでいます。だから食事に時間がかかります。


 昨日は『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に「日帝強占期の我が国の「仮面」集大成」という『ニューシス』 2008年05月22日17:38の記事を福留範昭先生から届きましたので掲載しております。「仮面劇」は民衆=農民の野外劇ですが、ハンセン病患者(レプラ)が慶尚南道の仮面劇には出てきますし、それに使ったハンセン病患者の障害を誇張された仮面が多く残されております。また、屠牛を業とした被差別民衆である「ペクチョン」の仮面も残されています。

 民衆の間での「仮面劇」はたしかに、差別的な内容もありますが、しかし「近代的」な差別意識と異なっています。日本でも障害者など抑圧された被差別民衆が芸能や祭(神事)などに出てきます。しかし「賎」だけではなく「畏敬=聖」の反面も併せもつ存在です。だが、近代以降ではその「畏敬=聖」の面がなくなり、「賎」だけの面が出てきて、それが排除・隔離という差別政策により、差別・偏見が増長されてきます。そうした歴史が国立ハンセン病資料館の展示には考えられずに、古代・中世・近世の各時代を通じて存在した内容に「ハンセン病の歴史」を展示しています。まさに「歴史認識」の欠如でしかいいようがありません。


 まあ、「怒り」は抑制して、楽しい遊び心で生活するように精神医や心療内科医から云われていますので、「腹立たしいこと」は、旅先ではすまいと思っています。そのため今日はこの程度にしておきます。「エミ」さんが、ご紹介の戦前のハンセン病療養所の方の「癩予防デー」を批判した短歌は秀作ですね。この差別政策の延長線上に「ふれあい福祉協会」が存在するし、また「ハンセン病市民学会」の幹部の一部が存在することを、我われは忘れてはならないと思います。

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[ニューシス 2008-05-22 17:38]
【日帝強占期の我が国の「仮面」集大成】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=003&aid=0002104442

写真 ▲ 写真 「南江の老人」

(ソウル=ニューシス)  文化財庁の国立文化財研究所(所長金ボンゴン)が、「日本の早稲田大学の坪内博士記念演劇博物館所蔵の韓国文化財」を発刊した。1992年から推進した国外所在の韓国文化財の現地調査事業の一つで、2005年早稲田大演劇博物館所蔵の韓国の仮面を現地調査した結果だ。

「早稲田大学坪内博士記念研究博物館」は、1928年10月設立された博物館だ。演劇の学者兼劇作家の坪内逍遥(1859~1935)が、『シェークスピア全集』40巻の完訳を記念して建てたもので、日本の演劇研究のメッカの役割をしたところだ。

演劇博物館所蔵の韓国の仮面は、計100余点に達する。日帝強占期の1930~40年代に製作、寄贈されたものが、学術的な価値を持っていると評価されている。

重要な寄贈者は、1935年山台系統の仮面を寄贈した鄭寅燮(チョン・インソプ、1905~1983)、1939年別山台系統仮面を寄贈したフジモト・ヒロヤス、1943年海西仮面劇系統の仮面を寄贈したフジイ・モトコなどだ。

今回の報告書には、これらの仮面を中心に66点が収録された。仮面は、仮面劇で特定人物を擬人化した単純な小品ではなく、該当の仮面劇を理解するのに必須なものと評価されている。仮面が持つ造形的特徴だけでなく、時間経過にともなう仮面劇の変化、各人物が持つ社会的な解釈、仮面劇の変化の様相などを窺うことができるためだ。

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岡山から送信します。暑い日がつづきますが、歌と、「ホーム・ぺージづくり」に生きがい持つ私です。果てしなく遠い道程ですが!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月23日(金)18時18分55秒
編集済
 

<岡山から送信します。暑い日がつづきますが、歌と、「ホーム・ぺージづくり」に社会的な生きがい持つ私です。果てしなく遠い道程ですが!>


                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                    ‘08年5月23日(金曜日) 午後6時12分

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 岡山のホテルから、徒歩で10分(私は、歩行困難のため、休み休みで行きますので、20分)ほどのところにある「インタネット・カフェ」から、各ホームページの掲示板へこの文を掲載します。昨夜は、岡山の第一目の夜でしたが、ホテルで夕食をすませ、午後8時から11時30分まで「市内のカラオケ喫茶」で、歌をうたいました。

 お客は、男女の年配の方が4人いらして、したがって「ナツメロの歌謡曲」や演歌が多く、私もそれに併せて「ナツメロの流行歌」を中心に14曲ほど唄いました。料金はワン・ドリンクが500円で、歌は11枚つづりで1000円でした。まあまあの料金ですが、マイクがよくなくマイクを近づけて歌うと、音が割れる上、息を多量に吐いて歌わないと、スピーカーの音がうまく乗りません。

 今朝は十分睡眠出来て爽快です。ホテルのフロントにきいて、近くの「インタネット・カフェ」へ行き、料金などを尋ねました。30分が2450円でそれ以後は、10分が70円(土・日は80円)だそうです。これでホームページの掲示板へ原稿を掲載できますし、メールの授受信も可能です。ホテルの自室で、ワードは電源がありますので、文章を書き、それを3・5インチのフロッピーに入れ、自宅から持参のノートパソコンを「インタネット・カフェ」へ持参して、メールを見たり、ホームページの掲示板へ私の文を掲載したり、また多くのホームページを見ようと思っています。


 米国のハワイのワイキキでも、「インタネット・カフェ」があったことを思い出しました。もう数年以前のことです。あの時はたしか、10分が1ドルだったと思います。こうして意志の相互の伝達が容易に可能になっているのですね。パソコンから「携帯」の時代が若い人たちに一般化し、それが小学生など幼少の子どもにまで広がってきています。便利の裏には、どうしても危険がともないます。昨夜もNHKの衛生放送でアフリカへの「食料援助」の実態の放送を視聴しました。作物を植え、水をやり、収穫するという人間としての営みを知らないアフリカの子どもたち。教育や経済援助のあり方を問う内容になっていました。

 いま私は、心身に障害を多々持ち、病が心身の各所に出てくるからこそ、痛さを堪えて「自立」の道を求めてこうして岡山の地に「自立」の生活をしています。元気な時だったら、このように19日間も自宅を離れた生活はしなかったろうと思います。これが「老いたる私」の意地でもあるのです。近代が置き忘れたものは何か、合理的とか便利だとかいうことが、「善」ということにはならないと思います。現今の医療・福祉の政策や、とりわけ現今のハンセン病問題にかかわっての運動のなかに存在する「近代」を問うという意識・認識が欠落しているのではと考えています。


 いま、障害をもった老人となった私が、「死の準備」をしながら問うのは「近代の合理化なり便利さなりが果たして、ハンデギャップを持った私たちに必要なのか、という問題です。岡山の地はハンセン病問題国賠訴訟の瀬戸内訴訟で地裁まで度々通ったところです。そして今、このハンセン病問題国賠訴訟の瀬戸内訴訟とは、私にとって何であったのかを鋭く問うています。この長島愛生園や邑久光明園の近いこの岡山の地で、考えてみたいと思っています。このつづきは、後日書いていきます。

 

 最近の「ハンセン病問題」に対する雑感; しばらく旅に出ます! (滝尾英二)                      

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月22日(木)06時01分8秒
編集済
 

 昨日(5月21日)の午前9時からは、広島赤十字・原爆病院の精神内科の主治医の紹介状と「脳MRI」や「脳血流SPECT(スペクト)検査」結果の大型フイルム数枚を持参して、市内の「心療内科クリニックス(病院)」へ行き、診察を受けました。

 心療内科クリニックスの医師は「しばらく、研究分野の仕事は休息した方がよい」との意向のようです。睡眠をよくとり、趣味や遊びの時間をとり、<怒りの場所>から遠ざかることを勧めました。それは、つぎの理由によります。


 広島赤十字・原爆病院の精神内科の主治医の紹介状と「脳MRI」や、「脳血流SPECT(スペクト)検査」結果によると、脳の全般、特に「前頭葉」部分(意志、思考、感情、発語などを司る部分、とりわけ、感情=怒りを制御する脳の部分)が、今までの「脳梗塞」によって低下し自己のコントロールが、むつかしくなっているということです。しばらくは、「遊びや趣味の生活」を時間をとってするように、心療内科クリニックスの専門医から云われました。

 したがって、むつかしいこと=「怒り」の内容は現在、多々あるのですが、今後当分書かないことにしまし、当面は、極力その静養につとめます。幸いに「頭頂葉」部分の(感覚、認知、判断、理解などを司る脳の部分)には梗塞はないし、また、現在いわれている「認知症」も、諸検査の結果ないようです。「物忘れ」は、加齢もせいかもしれません、と診療内科の医師はいわれます。その症状の「遅滞する薬」もあるそうですが、現在、多種・多量な服薬していますので、私は辞退しました。


 そういう私ですが、多々ある健康情況ことを前提に少しして、最近の気になる「現在のハンセン病問題」に関して少し書いてみます。


 昨日、韓国の大学院に留学した四国学院大学を卒業のAさんから、下記のようなメールがきましたので、今朝、返信しておきました。返信内容などを紹介します。

「‥‥韓国のハンセン病に関する研究ができればと考えています。韓国のハンセン病問題も日本の植民地下にあった時代から現在まで続く問題、課題の一つだと思っています。しかし、今、どの点に関して焦点を当て、まとめていくか等、非常に悩んでいます。もし、何か、よいアイディアがありましたらご相談にのっていただけないかと思い‥‥」というメールが、届きました。それに対する私が書いたその返事の一部です。


「‥‥あなたはお書きですが、そうした面(日本の近代ハンセン病政策)のも存在します。しかし、朝鮮では結論的にいいますと、日本の『近代医療政策』は、朝鮮では表面的には影響はありましたが、成功していません。『東学医療』が民衆の医療に寄与し、各地域にはそれぞれ<医生>といわれる朝鮮の医師は、大きな力を民衆に与えていました。ムダン(巫女)の存在も大きいと思います。


 近時、日本的発想で「韓国の絶対隔離政策」をいう側面を、一部弁護士たちや研究者たちが、機械的に唱えていますが、それは「小鹿島(ソロクト)」など一部医療には、部分的にいえますが、たいきょく的、全域的には、それはいえないと思います。東洋医学の存在は、人間のもつ自然治癒という問題を含めて、「デカルト的近代科学」を越えて、いまなお、韓国には隠然として社会に存在しています。

 だから、日本のように「プロミン信仰」のような弁護士たち一部の者が信奉しているようには、韓国では、韓国医学会ではあまり通用しません。したがって、あなたのご研究も、日本的な「近代医学」の影響から、脱することが必要ではないかとか思います。


 よく、日本では、光田健輔と小笠原登との医学的な対比が論じられていますが、あれは、「デカルト的近代医学」が、国家権力の依拠しながら、医療費の削減をハンセン病罹患者という<弱者>に課した療養所派の光田健輔らの医師たちと、小笠原の東洋医学の影響の強い医師との対立だという点が強いと思います。戦後のことですが、晩年の小笠原医師が療養所の入所者に、リンゴを差し出して「これを食べてご覧! ハンセン病は治るから」と言っていたと最近、入所していた方からお聞したことがあります。「薬、薬という近代医学」への小笠原医師の揶揄だったのでしょうか。

 小笠原登は「尾張本草学」を家代々、受けついだものです。そういう意味で「東洋医学」の伝統の影響が強く、その点で、国家政策に依拠した「療養所派近代医学者たち」と対立したものだと、私は考えています。

 だから、韓国の大学院で「ハンセン病」を研究されておらえるということですから、その点を留意されては、いかがかと思います。簡単にメモ程度ですが、あまり、参考にはなり得ませんでしょうが、一筆、私の意見を申し上げました。」(5月22日の早朝に韓国留学中のAさんに送信したものを少し加筆したものです。


                    人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 【追記】:今日(5月22日~6月9日の19日間、自宅を離れて岡山へ「自立」の旅に出ます。一応はノートパソコンを持参しますが、ネットワークが可能か、否か不明です。したがって、ホームページへの投稿や、メールの送信などが、この間、出来ないかもしれません。ご了解ください。なお、「ハンセン病問題基本法100万の国会請願運動」の問題を書く予定でしたが、以上の理由により、延期します。


 結論的にいうと、この運動は日本の医療・福祉政策の根幹をも混乱させ、かえって多くの人たちに被害が及びかねません。また、一部弁護士の言動には、極めて思いつきであり、無責任であり、危険性を感じ、危惧しています。

「経済的隔離主義」の延長に過ぎないこの取り組み(運動)です。「ハンセン病問題基本法」は国会を成立するでしょう。そして、表面的には医療が改善されるでしょうが、その反面、罹病している心身障害をもつ高齢者などの「弱者」に対する「新たな隔離」が、これを契機に始まる危険性があります。

「近代的」であるこの活動は、たとえ弁護士たちの「善意」であったとしても、それは結局「煉獄へ通じる道」にしか、私には見えなし、そのように感じています。

                          (滝尾英二:‘08年5月22日・午前5時55分)。

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 「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」の「エミ」さんの投稿; 国立ハンセン病資料館の展示について!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月21日(水)02時34分0秒
 
 「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」の「エミ」さんの投稿を転載します。同「BBS」のスタッフと、投稿文を書かれた「エミ」さんに感謝します。

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                      ’08年5月21日(火曜日) 午前2時29分

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 【分科会A資料1より 投稿者:エミ 投稿日:2008/05/20(Tue) 17:58 】


 ●5月11日の市民学会「分科会A資料1『リニューアル資料館を考える』討議資料」の著者、アイルランガ大学熱帯病センター ハンセン病研究室・ハンセン病市民学会共同代表 和泉眞藏氏の論考を見てみる。


 和泉氏は「Ⅱ. ハンセン病についての医学的展示の問題点」として;

――(略) ハンセン病の医学と医療は、感染症に対する社会の考え方や生命観の革新に支えられながら、最近20年間で長足の進歩を遂げ、ハンセン病観も大きく変貌してきた。資料館の医学・医療に関する展示にはそれが正しく反映されておらず、今日では医学的に正しくない記述と立ち遅れた疾病観が目立ち、啓発活動にとって非常に有害なものになっている。――
と述べ、リニューアル資料館の医学・医療に関する展示が20年も立ち遅れ、「現在のハンセン病医療としては間違った説明」がなされている、と個別例を挙げて指摘し、下記のような「Ⅳ. 結語」「Ⅴ. 追記」を導いている。(その「Ⅳ. 結語」「Ⅴ. 追記」を以下に引く。)


――Ⅳ. 結語

 資料館のハンセン病医学・医療に関する展示は、古いハンセン病医学と知識の疾病観にもとづいており、今日のハンセン病医学の見地から見ると多くの誤りがあり、感染症患者の人権に配慮しつつ共生をめざす私たちの願いとはかけ離れたものになっている。

 国立のハンセン病資料館が、非科学的な根拠にもとづいて患者の人権を侵害する規制を奨励する現状は到底容認できるものではない。もし厚生労働省が早急に展示内容を訂正しないならば、国は再び重大な過ちを犯すことになろう。


Ⅴ. 追記

 (略) 資料館そのものが、国賠訴訟で明らかになった国の過ちを後世に伝え、二度と同じ過ちを繰り返さないために作られた機関であることを考えるならば、医学的展示は、検証会議報告書に則りながら、ハンセン病医学の進歩を大胆に取り入れて、適宜リニューアルされなければならない性質のものである。

 特に強調しておきたいのは、ここ20年間のハンセン病医学・医療の急速な進歩である。この進歩に支えられて、ハンセン病に対する疾病観も急速に変化していることを忘れてはならない。

 近年の医学生物学の急速な進歩は、生命とは何か、人間とは何か、人類はどのような未来をめざして努力すべきかなどについて、多くの提言をしている。

 ハンセン病問題もこの様な進歩の中で検証され、未来につながる教訓を学び取らなければならない。――

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 翻って、ふれあい福祉協会が「公益事業」として掲げている文言をもう一度見てみる。

 厚労省から委託され、同協会により管理運営されているリニューアル「国立ハンセン病資料館」は、

「1 ハンセン病に対する正しい知識を多くの人々に知っていただくこと。」
「4 ハンセン病の予防・治療について調査したり、研究したり、またそれに協力すること。」

を実行しているであろうか?

 厚労省は、この和泉氏の論考をどう受け止められるであろうか?
そのあたりが知りたいものだ。

 

  最近の日本のハンセン病政策や運動について、不明な点や疑問点か多すぎます。それを教えてください!  (滝尾)      

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月19日(月)05時50分9秒
編集済
 

<最近の日本のハンセン病政策や運動について、不明な点や疑問点か多すぎます。それを教えてください!>

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                      ‘08年5月19日(月曜日)午前5時48分

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 【 第一点 】「社会福祉法人ふれあい福祉協会」という団体の性格などが分からない。実は、それこそ「まいかえし」の拠点という役割を担っている社会福祉法人である民間団体ではないだろうか。


 先に『滝尾英二的こころ』などの掲示板に書いたように、ハンセン病市民学会の藤野豊事務局長が(ハンセン病市民学会の一会員としての意見として)、「リニューアル後のハンセン病資料館をはじめて訪れたのは、二〇〇七年六月二日である」。そして、はじめて「‥‥隔離下の患者の苦悩が展示されるが、だれがこうした苦悩を強いたのか、主語がない」ことなどを知り、驚いたという。(『ハンセン病市民学会・年報2007年』の211ページ、「時報・ハンセン病問題における『まきかえし』」より)。

 このことを念頭において、今年(2008年)3月10日の社会福祉法人・ふれあい福祉協会編で発行された『ふれあい文芸⑤』の「ふれあい文芸第五巻の発刊に当たりまして」と題する同福祉協会理事長・北川定謙氏の序文、及び冊子末に掲載の「ハンセン病を正しく理解するために」、「ふれあい福祉協会の由来」(269~280ページ)読んだ。

 それはまさに、‘08年4月1日にリニューアルされた「国立ハンセン病資料館」の展示された展示内容と同様に、歴史事実に反するたいへんな問題点をもつ内容である。北川定謙理事長の歴史認識の欠落は目を覆いたくなる。なぜ、藤野豊氏なり、ハンセン病市民学会なりが、この「ふれあい福祉協会」に対して、抗議なり、申し入れなり、提言活動「市民学会規約」にある提言活動をしないのだろうか。はなはだ疑問である。

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【 第一 】冊子の序文(執筆=理事長・北川定謙)から‥‥。
 ここ数年の間におけるハンセン病をめぐる社会の動きは以下に示されていただきました。

(1)永年にわたって、ハンセン病関係者が強く求めていた「らい予防法」の廃止が実現し、平成八年四月一日に、「らい予防法の廃止に関する法律」が成立しました。

(2)平成十三年五月十一日、「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」について九州熊本地方裁判所で判決があり、小泉総理大臣の英断により国は控訴を断念し、判決が確定しました。

(3)その後統一交渉団と国との間で個別具体的な協議が行われ、平成十三年七月二十三日「和解に関する基本合意書」が調印され、これらについて国は一つずつ実行に移すこととなりました。

(4)これらにしたがって、療養所入所者の方々に対する保障、療養所からの退所者支援、新しい理念に基づく「ハンセン病の正しい理解」を促進するための資料館の拡充などの諸事業が具体化されることとなりました。

 このように、二十一世紀のスタートの時点でハンセン病問題に対する社会の耳目が集中された年月であったことは後世に永く伝えられることになるでしょう。(同冊子の4~5ページ)。


 【 第二点 】「国立ハンセン病資料館」は、「国立」と称するだけで、その実「社会福祉法人ふれあい福祉協会」(旧・財団法人藤楓協会)が運営する組織ではないか。

「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」の今年5月3日の投稿文に「エミ」さんは、つぎのようにお書きになられている。

 ‥‥‥‥‥‥‥

「資料館だより」第59号(2008年4月1日、企画・編集:国立ハンセン病資料館、発行:社会福祉法人ふれあい福祉協会)の「第二回運営企画検討会 資料館の主体性で論議」には、仰天ものの話がでてくる。

 ふれあい福祉協会理事長・北川参集者が資料館をどのように認識しているかを、ボロっと披瀝しちゃったのである。その部分だけを抽きだすと、

――資料館は『基本計画書』に基づいて整備・委託されている。協会の中に資料館があり、運営の根拠は協会の理事会の決定と厚労省が示した規程の二つだ。――


  ‥‥‥‥‥‥‥

 <国立ではなく、厚生省の私立資料館 投稿者:北風 投稿日:2008年05月12日>という「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」に投稿には、

「国立ハンセン病資料館は、厚労省設置法に定義されていない。したがって、国立と言いながら厚労省の「私的」資料館に過ぎないのではないか。ここに、随意契約で「ふれあい福祉協会」に運営を丸なげして、「国立」の施設の館長(非常勤職員=滝尾記)が、民間の財団法人の理事長の下になるような事態が起こる根っこが、あるのではないか。たんに、展示の是非を言ってもこうしたシステム上の問題を除かなければ、真の解決にはならないように思う。」

と書かれている。果たして、昨年(‘07年)4月1日に「高松宮記念ハンセン病資料館」から「国立ハンセン病資料館」と名称が変ったが、その運営も内容も変ることなく、現在に至っているのではないか。だから、今年(2008年)3月10日の社会福祉法人・ふれあい福祉協会編で発行された『ふれあい文芸⑤』には、同協会の事業として、――「公益事業として」、(1)ハンセン病に対する正しい知識を多くの人々に知っていただくこと。(5)国立ハンセン病資料館(旧高松宮記念ハンセン病資料館)を運営すること。――などを公然と書いている。


 財団法人藤楓協会の「ハンセン病資料館」から「国立ハンセン病資料館」となって、いかほどの変化が実態としておこったのだろうか。学芸員4人、司書2人それに非常勤の館長や事務職員は、国家公務員としての辞令を国からもらい、「全体の奉仕者」としての公務員としての自覚と責任を持って業務をしておいるのだろうか。それとも「社会福祉法人・ふれあい福祉協会」の国からの委託費から給料を支給されて、ふれあい福祉協会の運営方針に基づき業務をしているのであろうか。だとすると「名称・看板」を単に塗り替えただけではないか。それは【 第三点 】の問題とも、からまってくる。

なお、本年度(‘08年度)の
「平成20年度の資料館運営費予算(案)」では、

人件費:    83,126,000円
維持費:    70,027,000円
資料館業務費:118,394,000円
計       271,547,000円

となっている。この2億7147万円という運営予算(案)は、直接、厚生労働省から支給されたものか、あるいはいったん「社会福祉法人・ふれあい福祉協会」の国からの委託費から支出されたものか、私には不明である。なぜならば、「ふれあい福祉協会の仕事」として、「公益事業として:5、国立ハンセン病資料館を運営すること」と同福祉協会はうたっているからである。


【 第四点 】5月15日付けの厚生労働省のホームページには下記のような記事が掲載された。

 「ハンセン病を正しく理解する週間」の実施について

趣旨

 ハンセン病に対する正しい知識の普及に努め、ハンセン病療養所入所者等の福祉の増進を図ることを目的に、6月25日を含めた週の日曜日から土曜日までを標記週間として毎年実施してきたところである。

 特に、平成8年のらい予防法廃止に伴う国会の附帯決議において「ハンセン病に関する正しい知識の普及に努め、偏見や差別の解消に一層の努力をすること」とされるとともに、第5回ハンセン病問題対策協議会(平成13年12月25日)での「厚生労働省は、患者・元患者の名誉回復についての措置の実施について最大限努めること」を受け、さらなる充実を図っているところである。

 これらを踏まえ、ハンセン病に対する正しい知識の普及啓発を図り、偏見や差別の解消に努めるために、標記週間を実施する。

実施主体; 厚生労働省、各都道府県、社会福祉法人ふれあい福祉協会

実施期間; 平成20年(‘08年)6月22日~28日

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しかし、つぎのような記述が、平成19年度(’08年度)ハンセン病問題対策協議会における確認事項として、厚生労働省とハンセン病違憲国家賠償訴訟全国原告団協議会、同全国弁護団連絡会及び全国ハンセン病療養所入所者協議会(以下、併せて「統一交渉団」という。)とは、平成13年7月23日付「基本合意書」、平成13年12月25日付「ハンセン病問題対策協議会における確認事項」及び平成14年1月28日付「基本合意書」に基づき、平成19年8月22日、ハンセン病問題対策協議会を開催し、以下の通り合意したことを確認した。なお、この確認事項に記載のない事項については、この協議会の議事録による。

1、「ハンセン病を正しく理解する週間」の時期の移行及び内容などについて、厚生労働省から具体案を統一交渉団に提示して協議し、今年度中に結論を得られるよう努める。

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 これは、今年(‘08年)の3月26日になって厚生労働省のホームページで公表されているものである。この「ハンセン病を正しく理解する週間」の時期は、皇太后節子(貞明皇后)の誕生日にちなむものであり、1931年(=天皇暦で昭和6年)以来、絶対隔離政策を支援・激励してきた皇太后節子の「功績」を讃えたことに起因している。なぜ、ことしもこのようになったことに対してハンセン病違憲国家賠償訴訟全国原告団協議会、同全国弁護団連絡会及び全国ハンセン病療養所入所者協議会(「統一交渉団」)は、抗議するなり、またその闘いをしないのだろうか。これでは「ハンセン病を正しく理解する」ということにはならない。


 上記のことを含めて、なぜ「ハンセン病市民学会」は、「提言活動」を積極的にしないのだろうか。入所者の苦悩を強いたのか、主語がない」と、ハンセン病市民学会事務局長の藤野豊氏はいう。だったら、そのことを「ハンセン病市民学会の交流集会」で云ったのだろうか。私は寡聞で、その事実があったことを知らない。


 「ハンセン病問題基本法を制定し、開かれた国立ハンセン病療養所の未来を求める国会請願署名運動」、及び「弁護士」たちが発言し、行動しているその運動の疑問点については、後日、稿を改めて書いていきたい。 <滝尾英二;5月19日(月曜日)午前5時48分>

 

  大宇造船、小鹿島(ソロクト)に「希望村」造成 (聯合ニュース) の記事を紹介します!                

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月17日(土)06時05分12秒
編集済
 

 福留範昭先生から届いた韓国の小鹿島(ソロクト)に関する記事です。これを『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』などの掲示板へ掲載します。この記事を届けていただいた福留範昭先生、及び訳者の森川静子先生に感謝します。

                    ‘08年5月17日(土曜日) 午前6時

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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  【 大宇造船、小鹿島(ソロクト)に「希望村」造成 (聯合ニュース) 】

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[聯合ニュース 2008-05-15 10:08]
【 大宇造船、小鹿島に「希望村」造成 】


 (ソウル=聯合ニュース) チュ・ワンフン記者= 大宇造船海洋<代表、南相兌(ナム・サンテ)>と子会社の大宇造船海洋建設は、15日「国立小鹿島病院の開院92周年記念、第5回全国ハンセン家族の日」を迎えて、国立小鹿島病院(院長、パク・ヒョンチョル)で「大宇造船海洋の希望マウル(村)」の造成事業の起工式を行った。

 大宇造船海洋が後援し、大宇造船海洋建設が施工することになる希望マウルには、約1万㎡(約3,000坪)の敷地に病舎の機能を持った居住団地7棟が段階的に新築される。

 軽量鉄骨組みで、全部で7世帯が居住できる規模で建築される希望団地の初めての棟は、7月に工事に入って、10月には入居できると予想される。

 これとともに、両社のボランティア団は、既存の24の病舎に対する保守工事を実施するなど、持続的に小鹿島でボランティア活動を展開する計画だ。

 大宇造船海洋のキム・ドンガク副社長は、「希望マウルが、ハンセン病の患友たちに小さな希望にでもなることを望み、今回の機会を通して、ハンセン病患友に対する社会的な偏見も大きく解消されればと思う」と語った。

 ハンセン者と一般人がともに同化して、共感を形成するための体育大会などが一緒に行なわれたこの日の行事には、大宇造船海洋のキム副社長やパク・ビョンジォン高興(コフン)郡守、パク・ヒョンチョル医院長など、内外の貴賓と全国のハンセン家族ら6,000名余りが参加した。

                                 <森川静子訳>

 

5月19日、20日のNHK総合テレビ番組「クローズアップ現代」の紹介; 日本、国連人権理事国選出に「慰安婦」が変数 など!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月17日(土)05時05分9秒
編集済
 

 初孫から、下記のようなメールが届きました。大学院工学部を卒業し、新日鉄へ就職し、歴史研究をしている私とは異なる道を歩んでいて、少々残念な気持ちでした。韓国など海外の各地を飛び回り、地球温暖化防止に役立つ鉄鋼技術の仕事をしているプロジェクトの一員として、研究しているということは分かっていましたが‥‥。

 まあ、5月19日、20日のNHK総合テレビ番組「クローズアップ現代」を視聴してみます。それが本当に「地球温暖化」阻止という人類の悲願である課題になり得るかどうか、判断します。よろしかったら、皆さまも、19日、20日のNHK総合テレビ番組「クローズアップ現代」をご覧になってください。

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 ‥‥来る5月19日、20日のNHK総合テレビ番組「クローズアップ現代」において、地球温暖化問題をテーマにした番組が放送されます。そのうち、19日の放送では、当社の中国海外子会社<北京中日聯節能環保工程技術有限行司(BE 3)>並びに新日鉄北京事務所の様子が放映される予定です。ぜひご覧ください‥‥。

  放映番組の概要は以下の通りです。■番組名: NHK総合テレビ「クローズアップ現代」(2夜連続) シリーズ地球温暖化 日本の戦略(1)(2)(仮題)
http://www.nhk.or.jp/gendai/

 ■放映日: 2008年5月19日(月)、20日(火)いずれも総合TV:午後7:30~午後8:00

BS2再放送:同日の午後8:34~午後9:00

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 福留範昭先生から「韓国の過去問題に関する3記事」が届きました。『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。また(1)日本、国連人権理事国選出に「慰安婦」が変数 (オーマイニュース)は、『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。

 この記事を翻訳し、届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の記事を翻訳された森川静子先生に感謝します。

                 ‘08年5月17日(土曜日)午前4時55分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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  福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 日本、国連人権理事国選出に「慰安婦」が変数 (オーマイニュース)
2) 日本、国連人権委で 「慰安婦」問題で脂汗 (聯合ニュース)
3) 民間の北朝鮮支援に基金から102億ウォン支援へ (聯合ニュース)

1) ******************************************************************************


[オーマイニュース 2008-05-15 17:55]

日本、国連人権理事国選出に「慰安婦」が変数

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=104&oid=047&aid=0001941721


写真 ▲ 国連人権理事会実務グループ会議。スイスのジュネーブで開かれている国連人権理事会で日本政府の人権状況を検討する会議が行われている。

(ユン・ミヒャン記者) スイスの現地時刻で5月14日午後、国連人権理事会実務グループは、日本政府の国家別人権状況定期検討(Universal Periodic Review、UPR)で、日本政府に日本軍「慰安婦」問題
の解決を求める報告書を採択した。

2006年の人権委員会(Commission on Human Rights)から人権理事会(Human Rights
Council)にその地位が格上げされた国連人権理事会は、以後世界各国の人権状況を定期的に検討し、これに対する「履行」を支援するために、「国家別人権状況定期検討」制度を新しく導入した。

5月5日からジュネーブで開かれている国家別人権状況定期検討実務グループの2次会期では、日本を含む韓国など16ケ国の人権状況が扱われており、日本軍「慰安婦」問題の解決を求める各国の声が取り入れられた報告書が採択されたのだ。

この報告では、日本軍「慰安婦」問題に関する国連の特別報告官、国連人権機構などの勧告に対し、日本政府が誠実に対応することと過去韓国を含む他の国家で過去に強行された日本軍性的奴隷制に対する具体的な措置を取ることを要求している。

これに先立ち、5月9日開かれた日本の人権報告書検討過程では、南北政府だけでなく、フランス、オランダなどが日本政府に向かって、日本軍「慰安婦」問題解決を要求し、フィリピン、中国なども人身売買と歴史問題に対する言及をして、日本軍「慰安婦」問題を指摘した。

何よりも、今回の会議で「慰安婦」問題に対する公式的な意見を初めて表明したフランス政府は、「慰安婦」問題が第2次大戦中に起きた強制売春であることを明確にして、この間数回なされた国際社会の勧告のとおり、日本政府が「慰安婦」問題に対する「慰安婦」問題に対する「恒久的な解決策」(lasting solution)を追求すべきだと求めた。

オランダ政府も、国連人権条約機構などの国際社会の関連勧告を守るために、日本政府がいかなる措置を取ったのかを質問した。オランダ議会は、すでに昨年11月「慰安婦」問題の解決を求める決議案を採択している。

北朝鮮は、「慰安婦」問題はもちろん、過去に日本政府が被害をもたらせた国家に対して具体的な措置を取ることを強く求め、韓国政府もたま、「慰安婦」問題に対する国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)と拷問防止委員会(CAT)そして特別報告官の勧告を誠実に履行することを強く要求した。

またフィリピンは、「過去と現在の人身売買被害者たち」の人権の保護と賠償のための計画を強化させるよう要請し、中国も国連特別報告官と拷問防止員会が注目したように、日本が解決すべき「歴史的な問題」が残っていることを指摘した。

しかし、日本政府は各国政府の勧告および質疑答弁で、すでに「慰安婦」問題に対して1993年謝ったことがあり、サンフランシスコ平和条約と韓日請求権協定などによって、法的な問題が解決されており、昨年活動を終了した国民基金(女性のためのアジア平和国民基金)を通じて相当な補償をしたと主張し、責任を否認する既存の態度を繰り返した。

したがって、国連人権理事会実務グループでなされた日本軍「慰安婦」問題に対する勧告採択は、この間責任を持続的に否認してきた日本政府の態度を変化させうる重大な転換点になると見られ、さらには今後日本政府が示す「慰安婦」問題に対する解決意志は、人権理事国としての日本の資格が評価される重要な試験台になるだろう。

今後この報告書は、6月2日から13日まで開かれる全体会議で議論された後、最終決議で確定される予定であり、日本政府はこの全体会議で実務グループの勧告を受け入れるかどうか、立場を明らかにしなければならない。

何より今回の報告書採択は、十余年にわたり、特別報告官などの国連人権保障体制で扱われた日本軍「慰安婦」問題が、新たにスタートした国連人権理事会でも解決を求める勧告につながったという点で大きい意味を持っており、最近李明博大統領と権哲賢(クォン・チョルヒョン)駐日大使が「日本に謝罪の要求をしない」という発言で、被害者たちを激怒させている時点で、韓国政府に投げかけられている課題が何であるかも明確に示していると言える。

さらに、今後なされる日本軍「慰安婦」問題の真の解決は、日本国内の根本的な人権侵害要素を除去し、日本の全般的な人権状況を改善することに寄与するだろうと点もまた自明だ。

韓国挺身隊問題対策協議会(以下 挺対協)は、日本の人権報告書に日本軍「慰安婦」問題を含めるために、日本から参加した「女性たちの戦争と平和資料館」、オランダの「日本責任履行財団」とともに各国の政府を相手に協力要請活動を展開した。

合わせて、人権理事会開催以前に日本政府の人権報告書を審議する国に選ばれたフランス、インドネシア、ジブチ国を相手に、大使への面談、報告書の発送など積極的な活動を繰り広げた。

このような活動の結果が、国連人権理事会実務グループでの日本軍「慰安婦」問題の解決求める報告書採択につながったのだ。

一方、挺対協は今月21日に行われる国連人権理事会の理事国選出に関して、日本政府が、「慰安婦」問題に対する解決意志を見せるどころか、継続的な責任回避によって、人権理事国としての資格に問題があるということを指摘するなどの活動を通して、持続的に関連の活動を展開するつもりだと明らかにした。

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水俣周辺に暮らす人々の日常を撮影した奥田彰人さんの写真展「Happy People」が5月13~26日まで開催; ご連絡!           

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月15日(木)21時10分29秒
編集済
 

 水俣病センター相思社から、下記のような<1年4ヶ月水俣に滞在し、水俣周辺に暮らす人々の日常を撮影した奥田彰人さんの写真展「Happy People」>が、5月13日から5月26日まで東京の新宿ニコンサロン(新宿エルタワー28階)で開催されています。

 たいへん有意義な写真展ですので、多数の方がたのご観覧をお願いします。なお、この記事は(転送・転載歓迎)と書かれています。このことについても、転送・転載のほどをよろしくお願いいたします。

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                   ‘08年5月15日(木曜日) 午後9時

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  滝尾 英二様

 ここのところ暑くなったり寒くなったり気候の変化が激しいですが、みなさまお元気にお過ごしでしょうか。

 1年4ヶ月水俣に滞在し、水俣周辺に暮らす人々の日常を撮影した奥田彰人さんの写真展「Happy People」が、13日東京で開かれています。

 水俣の人々の生き生きとした表情を、愛情込めて撮影した作品群です。
「水俣病のことを勉強しない」という奥田さんの姿勢は、相思社の取り組む「暮らしのなかの水俣病」という視点と重なります。お近くの皆様、どうぞ足をお運びください。

            2008年05月15日           (転送・転載歓迎)

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第14回酒田市土門拳文化賞受賞作品展
奥田 彰人展 [HAPPY PEOPLE]

場所 新宿ニコンサロン(新宿エルタワー28階)
日時 5月13 (火)~5月26 (月) 10:00~19:00(最終日は16:00まで):会期中無休

写真展の案内
http://www.nikon-image.com/jpn/activity/salon/exhibition/2008/05_shinjyuku-3.htm

第14回 酒田市土門拳文化賞受賞作品の紹介(写真あり)
http://www.domonken-kinenkan.jp/bunk-14.html

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                       財団法人 水俣病センター相思社

 

 療養所を地域の人が利用できる施設として社会に開いていく、ということとはどうすることだろうかを考える> (第二回)  

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月14日(水)15時53分32秒
編集済
 

 <療養所を地域の人が利用できる施設として社会に開いていく、ということとはどうすることだろうかを考える> (第二回)

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                     ‘08年5月14日(水曜日) 午後3時53分

          ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 「平成19年度ハンセン病問題対策協議会における確認事項」について

 厚生労働省とハンセン病違憲国家賠償訴訟全国原告団協議会、同全国弁護団連絡会及び全国ハンセン病療養所入所者協議会(以下、併せて「統一交渉団」という。)とは、平成13年7月23日付「基本合意書」、平成13年12月25日付「ハンセン病問題対策協議会における確認事項」及び平成14年1月28日付「基本合意書」に基づき、平成19年8月22日、ハンセン病問題対策協議会を開催し、以下の通り合意したことを確認した。なお、この確認事項に記載のない事項については、この協議会の議事録による。
 (中略)

(4)「退所者入院制度の導入」に関しては、社会復帰・社会生活支援作業部会で、引き続き協議を行う。

(5)らい予防法廃止法及び厚生労働省設置法において、入所者及び再入所者の療養を行うことを目的としている国立ハンセン病療養所では、健康保険の被保険者等を対象とした保険医療機関の指定を受け、一般の入院医療を提供することは想定していないことを確認した。

  統一交渉団
   代  表    谺 雄二

  ハンセン病問題対策協議会座長
   厚生労働副大臣  岸 宏一

            ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 こういう厚生労働省とハンセン病違憲国家賠償訴訟全国原告団協議会、同全国弁護団連絡会及び全国ハンセン病療養所入所者協議会(「統一交渉団」)との合意が昨年=2007年8月22日にできたなかで、その上に立って「ハンセン病問題基本法を制定し、開かれた国立ハンセン病療養所の未来を求める100万人国会請願署名運動」が行なわれている。

            ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 『しんぶん赤旗』の記事によると、「‥‥ハンセン病問題の解決、入所者の社会復帰や療養所の存続などの課題にとりくむ「ハンセン病市民学会」が十日、都内で集会を開き、八百人の参加者が「療養所の社会化」をテーマに、熱心に話し合いました。
         ________________________________________

 全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長の神美知宏さんは、全国十三の国立療養所の入所者数は二千七百六十四人で、この一年間に百七十人が亡くなり、平均年齢も七十九・五五歳と高齢化していることをあげ「政府は入所者の減少に合わせて職員や予算を削り、療養所の自然消滅を待つ『立ち枯れ政策』をとっている」と告発しました。

 ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団の徳田靖之代表は「ハンセン病問題を風化、後戻りさせないために、国が必要な財政支出をし、療養所を地域の人が利用できる施設として社会に開いていくことが必要だ」と、ハンセン病問題基本法の成立を求めました。

 谺(こだま)雄二ハンセン病国倍訴訟全国原告団協議会代表は「隔離された私たちの運動には『家族会』がない。裁判をたたかうなかで、療養所の外の支えてくれる仲間が『新しい家族』となり、私に『生きていていいんだ』という気持ちを取り戻させてくれた」とのべ、入所者が広く社会と結びつくことが人間回復の意味を持つことを訴え、感動を呼びました。」

           ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 ところで、ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団の徳田靖之代表がいう「‥‥療養所を地域の人が利用できる施設として社会に開いていくことが必要だ」と、ハンセン病問題基本法の成立を求めたという。しかし、もし、地域の人が「療養所に入院医療を提供することは想定していないことを確認した」という療養所に対して「入院医療したい」という要望が出た時は、どうなるのだろうか。


 地域の人たちとの結びつきや地域との開放を云々する場合は、はじめから枠組みや条件を持っていて、その範囲でのみの「結びつき」や「地域との開放」であって、よいものであろうか、その点が私にはよく分からない。

「ハンセン病市民学会」などが療養所の充実と地域の人びととの「共生」をいうのなら、お互いに「虚像」をみることなく、「実像」をみて「共生」を考える必要があろう。その場合、社会復帰した退所者や、入所していななかった「非入所者」のことも充分視野にいれた適切なものであって欲しい。


 今日(5月14日)の『朝日新聞・大阪本社版』の5面には、「介護保険改革提言へ、財政審「軽度」は負担増も」と題して、つぎのような記事が掲載されていた。


「財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は13日の会合で、6月にまとめる意見書に介護保険改革の抜本的改革を盛り込む方針を決めた。軽度の介護利用者に対する給付抑制・負担増を検討課題にする見通し。‥‥特に議論を呼びそうなのが介護保険の見直しだ。高齢者の進展で、介護給付の費用は00年度の制度開始以降、2倍に膨らんで08年度は7・4兆円に達し、65歳以上の人が払う保険料も全国平均で4割増える見込みだ。」という。


 ハンセン病療養所の医療・介護の問題を考える際、園内や隣接する地域(市町村)の心身に障害を持つ高齢者などとの「共存」を志向するならば、こうした地域の方がたやその家族などの医療・介護制度の問題を無視・軽視は出来ないと思う。そうしないと再び悪夢のような「黒川温泉問題」のような人権侵害が再発しかねない。


 ハンセン病問題への差別や偏見は、療養所に隣接している地域に顕在化しているといわれている。その問題をどのように取り組んでいくかは、大きな課題であろう。その置かれた医療や介護の「実態」を直視して、また、社会復帰している退所者や入所していななかった「非入所者」の医療や介護の問題も、それらの方がたが未来に希望のもてる医療・介護制度を切り開く努力をしてこそ、それらの人たちとの「共生」が可能だと思う。

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 “過去を直視できないものに真の将来はない” どこからであれ直視の作業の手がつけられなければならない。 島田等さんの言葉

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月14日(水)10時27分44秒
編集済
 

 <日本のハンセン病政策の世界的にも類のない「独自」な歩き方をさせた根底には、日本の近代化が負ったマイナスの課題と重なっているはずである。安易で無批判な肯定や、仕方がなかったという保留は、過ちを温存させ、繰り返させる養土となるだろう。“過去を直視できないものに真の将来はない”――どこからであれ直視の作業の手がつけられなければならない。>(『島田等 遺稿集―花』、島田等 遺稿集刊行委員会、手帖舎、1996年4月発行:135ページ)。


 この島田等さんの遺稿集の著者である島田さんは、1995年10月20日に亡くなった。この上記の文は、死去される直前の1995年7月に発刊された「なさればならない作業の始まり―藤野豊『日本ファシズムと医療』を読んで」に書かれたものの一節である。島田さんには、死去直前に長島愛生園の病棟でお会いし、<日本の植民地、占領地の実態究明=朝鮮の小鹿島更生園>の研究を深めることを、私は島田さんにお約束した。そのことがごく最近のことのように思われる。


 しかし、あれから13年の月日が経過した。果たして私は島田さんとのお約束を果たしえたかを今、問うている。その後、何十回となく韓国を訪問し、小鹿島にも訪れた。小鹿島へ入所されている方がたの語りも聞いた。その報告書もかなりの数、著わした。しかし、それは所詮、真っ暗闇の一灯にしか過ぎない。真相究明とは程遠いものだと思う。遣り残したままで、心身を病んで研究も思うにまかせられなくなった。


 もう一度、小鹿島を訪れてみたいが、この身体で海外に出ることは叶わないのではないか。小鹿島のハラボジ・ハルモニを支援している団体の「チャンギル」の金 在浩事務局長からは、今年の年賀状で、「明けましておめでとうございます。お久しぶりですが、お元気でしょうか。連絡はしなくても、いつも滝尾さんのことは気にしております。今年も元気で、実りの多い年でありますよう、心よりお祈りいたしております。韓国の金 在浩 拝上(韓国 大邱市南区鳳徳3洞615-7 TEL 011-547-7673 FAX 053-471-8436)」と書かれていた。


 同じく大邱市の河龍馬先生からも、大学医学部時代の恩師・除舜鳳先生が逝去され、力をおとしている。そして、「韓国へ訪ねて来い」との手紙をいただいた。


 ソロクト裁判を闘われた金明鎬さんは、小鹿島院生自治会長をお辞めになられた。その理由が定かではない。補償金申請した小鹿島のハラボジ・ハルモニは、あと3人を残して支給が決定された。ハラボジ・ハルモニともお会いしたいという思いがつのる。法人・三一の崔鳳泰弁護士も、「滝尾さん! いつでもお出でください。出来ることするから、云ってください」と言ってくださる。この身体で韓国まで行けるかしら、と考え込む。


 ハンピッ福祉協会会長の林斗成さんは、この4月の国政選挙で、ハンナラ党から出て国会議員となった。元気で活躍されるだろう。一方、国内の医療・福祉政策は、悪化の一途をたどっている。


 差別がある限り、たとえ一人になろうとも、そこには差別に対する闘いがあるはずである。こうした気魄ある闘いが存在していて、今もなお人びとは燃やしつづけた国内の市民運動の状況になっているのだろうか。ハンセン病問題にかかわった一員として、問い続けている昨今である。

                   ‘08年5月14日(水曜日)午前10時30分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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<コラム> 受難と苦痛の世代に対する礼儀 (東亜日報)記事; 【ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考える】に投稿した文!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月13日(火)20時50分46秒
編集済
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 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する6記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。また、(6)<コラム> 受難と苦痛の世代に対する礼儀 (東亜日報)を『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。

 翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。

                     ‘08年5月13日(火曜日)  午後8時40分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 戦争に対する対案的な記憶を模索する (聯合ニュース)
2) <掲示板> 15~18日 光州国際平和フォーラム開催 (聯合ニュース)
3) 5.18団体の統合論議、活発になるか (聯合ニューシス)
4) 日本の島根県、独島の領有権を知らせる市民講座を開設 (聯合ニュース)
5) <寄稿> 過去事委をまともに整備しようとするなら (京郷新聞)
6) <コラム> 受難と苦痛の世代に対する礼儀 (東亜日報)

6) ******************************************************************************

[東亜日報 2008-05-12 04:35]
【<李インホ  コラム> 受難と苦痛の世代に対する礼儀】


歳をとって一層痛感するのが、韓国人として1930年代中盤に生まれた私は、どれくらい時運が良いかということだ。二世代ぐらい前に生まれて、今ぐらいの「出世」をして生活したなら、今頃多分私も親日名簿に上がっている可能性がなくはない。名前のない百姓[民]であれば、徴用、徴兵、あるいは日本軍慰安婦として徴発される身になったかもしれない。

もう2、3年早く生まれて、中学校の時に班長の役割をしても、朝鮮戦争初期の共産党治下の3ケ月をソウルで過ごしたなら、共産党と協力したという非難にまきこまれて、最低限別の学校に移る苦境に陥っただろう。班長として共産党に協力することを拒否した4年上の先輩は、学校の裏山で銃殺された。

日帝強占期や朝鮮戦争の時も、私たちはまだ幼かったためにすべての責任を免れて、勉強にだけ専念することができたし、あらゆる難関の中で大韓民国という国を建てて守ることに成功した先代たちのおかげで、政治的・経済的発展の効果はそのままり享受した。

太平洋戦争末期の日帝の弾圧と貧窮、そして朝鮮戦争の悪夢に耐え抜いて、子供6、7人を育ててきた私たちの先代たちの苦労、亡国の衝撃と心理的・現実的苦痛の中で生き抜かねばならなかったその前の世代の受難と苦痛を考えれば、私は70の人生を「ただ」で生きたという感を消せない。


<時代状況を考慮しない「親日」批判>

「親日人名辞典」というものが10年近い準備期間を経て、8月にいよいよ3冊の本として出るということを聞きながら、私が喜びよりは、悲しさ、はなさらには申し訳なさや怒りまで感じるのは、それが過去の世代の苦痛の闘争に対する私たちの世代の礼儀と報答ではないと信じるからだ。

8月で、大韓民国は建国60周年を迎える。したがって、ちょっと見ると、親日派清算の作業の総決算というこの事典の発刊は、愛国先烈に対する最も高貴な報答に映りうる。

しかし、民族のために、国のために献身した人たちが、果たして、彼らがあれほど渇望した独立を取り返し、国を建てて発展させることに大きく寄与した多くの人々を、再び「親日派」として批難して、国を分かつようなことを良く思うだろうか。

亡国と共に世を去り、一家の一時的没落を厭(いと)わなかった私の母方の祖父を思い起こすと、彼は決してこのことを称賛しなかっただろうと信じる。

そして、ある外国人が、私たちを民族主義者(nationalist)ではあるが、愛国者(patriot)ではないと指摘したことが思い起こされる。

親日問題を深く研究してくる方々の業績を過小評価するつもりはない。そして、親日行為はその後の業績がどうだったか明らかにすべきで、親日的処身で民族社会に害悪を及ぼした人たちは歴史的に審判を受けて当然だ。ナチの戦犯を数十年後に遠く南米まで追跡して処断する姿に、私も拍手を送った。

ソ連の影響圏に入った北朝鮮と理念的に対立して、国を建てて守らなければならなかった状況のために、親日清算作業を徹底的に行えなかった点が、李承晩政府の汚点として残ることになったのも事実であり、抗日闘士や彼らの子孫に対する認定と補償が非常に不十分だったとことも、私たちの社会全体が深く反省しなければならないことだ。

しかし、決して忘れてはならないことは、日帝強占期を生きた世代には、名前を持って生き残ること自体が闘争であり、恥辱であったということだ。個人の名前を汚しても、学校や教会を生かすことが、より明るい民族の未来を約束する近道であり、少し妥協しても、新聞や事業を生かすことが、完全に廃刊や没収にされるよりは良いという判断がありえた状況だった。

抗日と反日感情で、誰も追従する人がなかった李承晩博士は、その点も理解していたのだ。


<親日より抗日活動に力点置くべき>

愛国運動をした人たちが変節する時に感じる失望と怒りは、大きくならざるをえない。しかし、一人ひとりを道徳的に非難するより、私たちが明らかにすべきことは、日帝の圧力と懐柔がどの程度であれば、巨木まで倒れただろうかという点だ。

歴史的事実として行跡を詳細に明らかにすることと、親日派かとうかを裁断して批難することは、相異なる次元のことでないかと思う。

民族文化研究の業績が久しく残ろうとするなら、この間の研究成果を「親日人名辞典」でなく「日帝強占期人名辞典」に拡大改編して、親日より、抗日活動により力点をおいて人名辞典を出すことではないかと思う。

                     <李インホ KAIST(韓国科学技術院) 教授>

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 ひき続いて、下記の「投稿原稿」を『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。

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【ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS】に、今日(5月13日)に投稿した『「エミ」さんと「外野席」さんとの「やや子のおしっこ」のやりとりをたいへん興味深く読ませていただきました。』という投稿内容を掲載します。


 つぎに記載する「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」の「エミ」さんと「外野席」さんとの「やや子のおしっこ」のやりとりをたいへん興味深く読ませていただきました。たしかに、「血」、「糞尿」は、かつては忌むべき内容でした。現在でも広島県にある「厳島神社」の所在地である宮島には、「血」に関して忌むべき慣習が歴史的に残っております。否、残っていました。

 私は、ここ20年余りに、県病院・逓信病院(2度)・太田川病院(2度)、赤十字病院へ6度ばかり病院への長期入院をしました。現在も、広島赤十字・原爆病院の内分泌科、整形外科、精神内科、泌尿科へ定期的に通院しています。

 その際、血液検査、尿検査、さらにガン検査の時は「大便」検査は健康か、疾患があるかを知る上で、しなければならない調査なのです。近いうちに内分泌科の調査に行きますが、「一番尿」といって、朝起きたら最初に出る「おしっこ」(=尿)を取って来るように病院の職員から言われました。「おしっこ」を小さな容器に入れて病院へ行きます。また、家庭でも、自分で血糖値を測るため、指から出血針で血液を採って、血糖値を測っています。血も尿も実は自己の生命を維持する大切なものです。


 病院では、最初に「血液」検査の前に、看護士さんが紙のコップを出して、「滝尾さん、おしっこを採って」と大声で呼ばれています。もちろん多くの方の前です。つまり「おしっこ」の言葉は、病院内では「下品」でもなんでもない日常用語なのです。だから、私にとっては、「外野席」さんがおっしゃるように、下品な言葉でもなんでもありません。だから、私はエミさんがお書きの文を読んだ時に「やや子のおしっこ」を下品だなどとは、一切感じませんでした。また「不愉快だ」とも感じませんでした。


 むしろ私も「エミ」さん同様、「外野席」と投稿名をお書きの方に、「なぜ、人権侵害、差別などと北風さんたちや私たちと共に腕を組み、同じ水平線上の視線での闘う呼称」にしないで、「外野席」などと称されているのかに、その方に私は違和感をもちました。


 最近は、前立線肥大で泌尿科へ行き、またその治癒する薬を毎朝飲んでいます。尿も血も自己の健康維持を知る上で欠くととのできない貴重な排出物です。「エミ」さんも多くの疾病を過去に持たれ、病院通いをされた方だと思います。「おしっこ」の言葉に「下品」と感じられない体験をお持ちだと思います。

 そういうご体験が「外野席」さんには、「エミ」さんに比べてご体験を少ししかお持ちのない方のように、私は感じました。両者のご体験の相違が、実は言葉に対する感性の相違に大きいのではないのでしょうか。言葉は生活に基づく文化です。

 なお「やや子」は辞書によると「あかんぼう」の意味で「やや」とも略します。これは「外野席」さんも「下品」な言葉だとは思われないはずです。以上、私の「雑感」です。(一部、誤字などを訂正し、分かりやすくする為に加筆しました。)


                人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                    ‘08年5月13日(火曜日)午後4時15分

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(参考資料)
[1493] Re:[1492] [1486] 一社会福祉法人の 投稿者:エミ 投稿日:2008/05/13(Tue) 12:38

> > “ややこしい”。(←「やや子のおしっこ!」)
>
> こういう下品な「おまけ」が何故必要なのか?理解に苦しむ。非常に不快だ。公の場での言葉には気をつけてほしいものだ。
・・・・・・・・
早速お叱りを蒙りましたので、不快な思いをされた方にはお詫びいたします。たしかに必要のない「おまけ」でありました。ただ、この言葉は私にとっては“覚えたての新鮮な響きをもった言葉”であって「下品な」言葉という自覚はなく、使いました。
しかし、「外野席」さんは「非常に不快」な思いをされたとのことですので、重ねてお詫びします。

言葉に対する感性の違いでしょうか。「目クソ鼻クソ」はOKで、「やや子のおしっこ」は「下品」だからダメ、という分別は私にはありません。

     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

[1492] Re:[1486] 一社会福祉法人の 投稿者:外野席 投稿日:2008/05/13(Tue) 02:17

> “ややこしい”。(←「やや子のおしっこ!」)

こういう下品な「おまけ」が何故必要なのか?理解に苦しむ。非常に不快だ。公の場での言葉には気をつけてほしいものだ。

 

ハンセン病市民学会も、国立ハンセン病資料館も、政権与党同様、建て増しをつづけている不法建築の雑居ビルを見ているようです。第一回

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月13日(火)01時06分19秒
編集済
 

<『ハンセン病市民学会』も、『国立ハンセン病資料館』も、自民党・公明党など「政権与党」と同様に、建て増しをつづけている不法建築の「雑居ビル」を見ているような思いです!』(第一回)>

                          ‘08年5月12日(月曜日)

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 5月11日(日曜日)は、自宅でテレビ番組を見ていました。午前9時~10時まではNHK綜合で「各党の国会運営委員長の政治討論会」を視聴していました。与党からは、自民党と公明党が①道路整備財源特例法、②後期高齢者医療制度の2点について、あいまい極まる無責任な発言を繰り返していました。まるで基礎がまるで固められないまま、継ぎはぎだらけの不法建築を重ねている雑居ビルの中にいるような不安と恐怖を感じました。

 元・自民党の小沢、鳩山、管などを党幹部である民主党を含めてまったく福祉・医療問題をはじめとして政権政党は、政権与党であった過去のした行為=自己のしたことの政治に対する反省のないままであり、まるで私たちは、日本国家という名の「泥舟」国家に乗っている不安・恐怖感を感じた次第です。


 今回、5月11~12日のハンセン病市民学会の第4回交流集会をその参加者や、報道された情報を聞いたり、読んだりして、これまた11日のNHK綜合で「各党の国会運営委員長の政治討論会」を視聴した時と同じ感じがしました。はしなくもエミさんが「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」の中でつぎのように書かれています。

<“中に”and/or“下に”「国立」ハンセン病資料館がある、という変てこりんな組織図、いや、「国立ハンセン病資料館」という確立した組織はまだない、ということについては、11日の分科会Aでも問題提起がなされた。しかし、その問題提起をされたパネラーのなかにもふれあい福祉協会の評議員をされている方がいたりするのであるから、“ややこしい”>。


 このことは、5月11日の『朝日新聞・大阪本社版』の二段抜きで小さく報道された朝刊を読んだとき、不思議に感じたことでもあります。


<国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)の展示内容をめぐり「患者の隔離政策を推し進めた国の責任についての説明が不十分」として、元患者や支援者でつくる「ハンセン病市民学会」分科会は11日、見直しを求める提言書を成田稔館長あてに提出することを決めた。

 分科会では佐川修・多磨全生園入所者自治会長やジャーナリストらが協議。①社会の差別意識が強調される一方、近代以降の国家的隔離政策をめぐる問題点の指摘が薄い②古くからの差別や病の発見に続いて隔離政策の記述があるので、隔離を正当化しているかのようにみられる―などとした。>


 実は、私が昨年(2007年)4月にリニューアルした国立ハンセン病資料館の展示内容を見て、ハンセン病の歴史やその問題点など事実認識や歴史認識の欠如やその問題点を当日、話し合ったのは、同館の学芸員の他に展示責任の一人である佐川修氏(現在・多磨全生園入所者自治会長)だったのです。

 その際、佐川氏は同館の展示内容には不当性はない、という立場に話し合いは終始されました。私は、広島の自宅に帰ると直ちに、同展示に対して「抗議と問題点」を国立ハンセン病資料館、厚生労働省・疾病対策課長、及び「社会福祉協会・ふれあい福祉協会」に送付しました。この展示物の内容紹介パンフレット類は、ふれあい福祉協会だったかれです。しかし、後日、学芸員ふたりの名前で、滝尾宛に届いた回答は、「展示内容は改める必要を認めない」という内容であり、そしてそれ以後も、改めることなく1年有余か月にわたって、不当極まる展示が継続されているというこの現在の事実です。


 成田 稔氏が今回、佐川修多磨全生園入所者自治会長らが協議した「ハンセン病市民学会」分科会から5月11日、見直しを求める提言書を成田稔館長あに提出することを決めた、と『朝日新聞』が書いています。そして、分科会では佐川修・多磨全生園入所者自治会長やジャーナリストらが協議。①社会の差別意識が強調される一方、近代以降の国家的隔離政策をめぐる問題点の指摘が薄い②古くからの差別や病の発見に続いて隔離政策の記述があるので、隔離を正当化しているかのようにみられる―などとした書かれていますが、それはまったく私の体験からしては整合性がありません。私にはさっぱり、理解が出来ません。


 今年の4月30日に滝尾のホームページには、下記のように書いています。

<リニューアルした国立ハンセン病資料館の展示内容がハンセン病の歴史を正確に伝えていないことは、リニューアルされた昨年(2007年)の4月1日から分かっていたし、私は、昨年の4月16日にこの展示の問題点を国立ハンセン病資料館の関係者に「抗議と問題点」を告げている。その後の同年5月12~13日に、群馬県の草津でハンセン病市民学会;第3回総会交流集会が行なわれたが、一向にこの展示内容についての改善する「提案」もなされなかった。

 ハンセン病市民学会の藤野豊事務局長が、「リニューアル後のハンセン病資料館をはじめて訪れたのは、二〇〇七年六月二日である」という(『ハンセン病市民学会・年報2007年』の211ページ、「時報・ハンセン病問題における『まきかえし』より」。そして、はじめて「隔離下の患者の苦悩が展示されるが、だれがこうした苦悩を強いたのか、主語がない」ことなどを知り、驚いたという。

 驚いたのは、草津でハンセン病市民学会;第3回総会交流集会が5月12~13日にありながら、その時には、4月1日にはリニューアルされていたハンセン病資料館の展示内容を市民学会の藤野豊事務局長は見ていないし、5月12~13日のハンセン病市民学会;第3回総会交流集会でなんら「提案」していないことである。これは、怠慢の謗りを受けても仕方がなかろう。

 さらに言えば、国立ハンセン病資料館は、国立療養所多磨全生園と同一敷地内にあり、ハンセン病市民学会の共同代表の神美知宏全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長は、この同一敷地内に事務所があり、この4月1日にはリニューアルされていたハンセン病資料館の展示内容を見ているはずである。藤野豊氏のいう<‥‥「まきかえし」の牙城である>国立ハンセン病資料館の展示内容の問題が、未だに展示のやりなおしの「提案」がなされていないのは、なぜなのだろうか。そう思いながら、ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会を前に、幾つかの問題を私の書くホームページの掲示板に掲載して、問題提議したいと思う>云々と‥‥。


 私は、昨年4月に国立ハンセン病資料館の展示内容を見て、「なぜ、かくも古代・中世期から長々とハンセン病の歴史を掲示するのか」を、学芸員に尋ねたら、名前は明言を避けましたが、「或る有力な療養所入所者の方の意見があり、このような展示になった」ということでした。「或る有力な療養所入所者」が誰であるかは、聞くことは出来ず、現在なお不明です。

 責任をもって展示内容を考えない主体性を欠ぐ当学芸員の頼りなさもさることながら、このような歴史事実や歴史認識を欠く展示になった真相究明こそ、ハンセン病市民学会は検証し、明らかにして、関係機関・関係者に「提議」すべきだのに、それを現在までしなかったのは、なぜかが問われるのではと、思うのです。


  今回明らかになったハンセン病問題の諸問題は、継続して書いていきます。皆さまのご意見・ご批判などをお寄せいだきたいと思います。今回はその「第一回」です。

 

茨城県医師会会長 「後期高齢者診療料の算定は断固ボイコット」 ;  日帝時代キリスト教弾圧政策の考察 (オルテニュース)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月10日(土)09時46分40秒
 

 <『日経メディカルオンライン』(2008年5月8日)からコピペします。下記記事にありますように、茨城県医師会が、「後期高齢者医療制度」に反対し、「後期高齢者診療料算定のボイコット」運動をはじめています>として、親しくしている東京の方から、報道記事が送られてきた。現在、地域の心身に障害をもっておられる高齢者と「共生」を考える「ハンセン病基本法」や「将来構想」を論じ合う際の参考となろう。

 また、福留範昭先生からも<日帝時代キリスト教弾圧政策の考察 (オルテニュース)>という韓国に関する歴史記事の情報を滝尾のもとへ届けていただいた。日本植民地統治期のキリスト教弾圧は、キリスト教を信仰する多くのハンセン病患者たちの弾圧の歴史でもあったのである。

 ともに現在、ハンセン病問題を考える際の示唆に富む内容である。こうした基本的な事実・事象に基づいた論議や相互交流が現今では、必要であるはずであろう。以下、届けられたふたつの資料を紹介したい。

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                  ‘08年5月10日(土曜日)午前9時40分

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【資料1】
<茨城県医師会会長 原中勝征氏に聞く;後期高齢者診療料の算定は断固ボイコットする!」

                        井上 俊明=医療局編集委員

 4月1日にスタートしたばかりの後期高齢者(長寿)医療制度が、揺れに揺れている。高額な保険料負担を強いられた高齢者が悲鳴を上げ、現場の医師からは、新たに診療報酬に導入された外来の包括点数「後期高齢者診療料」に、大きな不満の声が上がっている。その急先鋒が茨城県医師会だ。

 同医師会は、後期高齢者医療制度の撤廃運動を繰り広げる一方、届け出に必要な研修会を開催しないことで、後期高齢者診療料の算定をボイコットする構えだ。なぜ同医師会は撤廃運動に乗り出したのか――。同医師会会長の原中勝征氏にその胸の内を聞いた。


――なぜ、今になって反対運動を始めたのですか。

原中 団塊の世代が高齢者になることを考えれば、現行の制度で支えきれないことは理解できるし、新しい高齢者向けの保険制度を作ることにも一理ある。ただ、法律ができたのは2年前だが、具体的な内容は最近までよく分からなかった。診療報酬の改定で後期高齢者診療料(600点)の話が出てきたのを皮切りに、新たな制度の問題点が次々と明らかになってきた。75歳を境に患者を区別しようという厚生労働省の意図を強く感じた。

 そもそも本来の社会保障は、社会の最下層の人に合わせる制度だと思うが、新制度はそうではない。生活保護の支給額である月7万~8万円が、憲法で保障された最低の生活費だといえるが、新制度では、これを下回る収入の高齢者であっても、年金から保険料を天引きする仕組みになっている。月収1万5000円以下の場合は天引きされないが、これは自分で保険料を持ってこいということだ。保険料を一定期間納付しないと保険証を取り上げるという、“暖かさ”が感じられない仕組みも問題だ。
 これまで診療していた高齢者の中から、通院できなくなる人が出るのは間違いない。目の前の患者さんを守ることが医師会の仕事だと思い、理事会の全員一致で反対運動に乗り出すことを決めた。


――確かに、外来包括点数の導入は中医協でもあまり議論されず、唐突に決まった印象があります。

原中 その通りだ。もっとも私自身は、療養病床中心の病院を経営しており、包括化には以前からなじみがあった。

 老人保健施設の報酬がいい例だが、最初は高い点数を設定して医療機関を誘導し、次第に点数を引き下げ、包括範囲を拡大するのが厚労省の常套手段だ。今回の後期高齢者診療料600点も、現段階では高血圧など軽症の患者が多い診療所は儲かるように設定されている。しかし、やがてはMRIやX線CTの検査も包括されるのが目に見えている。加えて、今は出来高払いと包括払いのいずれかを選択できるが、将来は包括払い一本になると思う。

 後期高齢者診療料も、老人保健施設の報酬と同じ道をたどるだろう。だから、「医師は厚労省の誘導に乗ってはいけない」と訴えているのだ。


【 医療費の削減だけが狙いとはっきり分かった」 】

――後期高齢者医療制度はフリーアクセスの制限につながるという批判があります。

原中 後期高齢者診療料は、主病の診療を行う1保険医療機関しか算定できない。だが、糖尿病を抱える高齢者に、心筋梗塞や前立腺肥大症があるのはめずらしくない。

 主病が内科的な疾患だけに限られているのも問題だ。糖尿病が原因で目が悪くなっても、眼科の医師は算定できないのだから。主治医の交代が禁じられているわけではないが、現実的にはフリーアクセスは制限されかねないと思う。

 そもそも新制度の狙いが医療費削減にあるのは明白。後期高齢者医療制度の議論の過程で、「社会的入院」「ドクターショッピング」「重複投薬」「医療機関のサロン化」など、厚労省が従来と同じキャンペーンを繰り広げるのを見聞きして、こうした行為を抑える仕組みが盛り込まれると思っていた。

 実際、今回の診療報酬改定では、後期高齢者の終末期の診療方針について医師が患者・家族と話し合って文書化した場合、200点の収入になる仕組みも導入された。延命措置はダメ、点滴はダメと言っているようなものだ。このことからも、後期高齢者医療制度が医療費削減を狙って作られたことがいっそう明確になった。(以下、略=滝尾)

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【資料2】
< 日帝時代キリスト教弾圧政策の考察 (オルテニュース)>


[オルテニュース 2008.05.08 17:38:27]
【日帝時代キリスト教弾圧政策の考察】


 (チョン・ヒョンギョン記者) 韓国キリスト教歴史学会第264回学術発表会が、3日セムンアン教会で開かれた。この日発表会には、パク・チョルホ(仁荷大史学科博士課程修了)氏が、「大韓仁川タンバン里イエスメイミ会の教会録に対する一考察 -儒教社会のキリスト教的変換の問題-」、アン・ユリム(梨花女子大史学科博士課程)氏が、「日帝のキリスト教統制政策と布教規則」に関して、それぞれ提案した。


 特に、アン・ユリム氏は、1915年朝鮮総督府令として公布されて、日帝時代中ずっとキリスト教統制のための基本法だった「布教規則」に対する研究結果を発表した。


 布教規則以外にもその他の法令が、キリスト教統制に広範囲に利用されたが、直接的に法令の字句にキリスト教を明示して、その設立と組織などを規律した法は布教規則だけだ。

 布教規則には、「朝鮮総督は、現在宗教の用途に提供する教会堂、説教所または講義所の種類にあって、安寧秩序を紊乱させうると憂慮される理由があると認められる時には、その設立者または管理者に対して、その使用を停止したり、あるいは禁止することができる」という絶対的な条項が含まれている。

 アン氏は、「総督の裁量が最も上位法で、憲法がなかった当時、判事の裁量によって、法が適用され、解釈された」と語った。

 布教規則施行以降、キリスト教の布教状況を見ると、キリスト教のすべての教派が、布教所当り平均10人未満の信者数を増加させるのに留まり、伝道活動の急激な萎縮と1年間に1,065名の布教者の減少など、布教規則が統制策の効果を示したことが分かる。つまり、布教規則が、信者増加率の沈滞を招いた大きな障害要因であったことを語っている。

 アン氏は、「布教規則の公布と執行は、キリスト教勢力の弱化に効果的に寄与したと言えるが、この法はキリスト教統制の基本だったに過ぎず、私立学校規則、私立学校法、治安維持法などキリスト教活動の弾圧に使われた法制に対する研究が後に続かなければ、日帝のキリスト教統制の実体を究明できないだろう」と言って、提案を終えた。

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 東学農民軍48人の位牌、井邑黄土県に奉安 (聯合ニュース)を『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。        

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月 9日(金)20時07分46秒
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 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する6記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

 また、(2)東学農民軍48人の位牌、井邑黄土県に奉安 (聯合ニュース)を『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。「東学農民軍」の詳細な歴史記述については、朴孟洙監修・信長正義訳『東学農民革命100年~革命の野火、その黄土の道の歴史を尋ねて~』つぶて書房(電話&FAX=078-578-1486)、4800円+税、2007年7月発行、A5判600ページがあります。

 ぜひ、ご購読をお願いします。同書は、日本図書館協会選定図書に選ばれている本です。国公私立図書館、学校図書館にも、ぜひご購入を!


 この記事を翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。

                ‘08年5月9日(金曜日)  午後20時05分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 仁川のサハリン同胞、「父母の日も孤独でない」 (聯合ニュース)
2) 東学農民軍48人の位牌、井邑黄土県に奉安 (聯合ニュース)
3) 韓国映画博物館 9日開館‥‥開館記念映画祭も (京郷新聞)
4) 「4.19の金柱列烈士の聖火」、5・18に光州に来る (聯合ニュース)
5) 「国際司法裁判所、韓国の独島領有権の認定が可能」 <仁荷大特講>(聯合ニュース)
6) 日本で「島国根性」が復活!?  (朝鮮日報)

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(2) [聯合ニュース 2008-05-07 11:44]
【東学農民軍48人の位牌、井邑黄土県に奉安】


(井邑=聯合ニュース) チェ・ヨンス記者= 1894年、「輔国安民」と「除暴救民」を旗じるしに蜂起した東学農民軍48名の英霊が、農民軍の最初の戦勝地である全北井邑市徳川面の黄土県(ファントヒョン)に安置される。

(社)井邑東学農民革命継承事業会は7日、井邑市庁で記者会見を行い、「黄土県東学祝祭(8~11日)に合わせて、来る11日全(「王」偏+「奉」)準(チョン・ボンジュン)、金開南(キム・ゲナム)、係華仲(ソン・ファジュン)将軍ら3人の東学農民軍の指導者の位牌が祭られた徳川面黄土県内の救民寺(クミンサ)に、崔景善(チェ・ギョンソン)など農民軍48名の位牌を、追加で奉安する予定だ」と発表した。

安置される48名の農民軍は、「東学農民革命参加者等の名誉回復審議委員会」に受け付けられた順に選ばれ、それぞれの位牌には各自の本貫と名前を彫んだと、継承事業会は説明した。

この日の奉安行事は、献燭、献香(焼香)、奉安の礼及び位牌の安置、献茶、祝文の朗読の順で進められる。継承事業会のチョ・グァンファン理事長は、「遅過ぎたが、それでも英霊たちを祀ることになって幸せだ」、「地位が確認された東学農民軍の英霊に対しては、毎年順次奉安する計画だ」と語った。

一方、「東学農民革命参加者等の名誉回復審議委員会」には、2004年から今年までに計510件の名誉回復の申請が受け付けられ、235件が参加者の地位を認められており、追加で審査が進行中だ。

                                 <森川静子訳>

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 第4回「ハンセン病市民学会」総会と交流会を前にしての提議(最終回)~私の親しくしている友人とのメール内容を中心にして~

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月 6日(火)18時26分56秒
編集済
 

第4回「ハンセン病市民学会」総会と交流会を前にしての提議(最終回)~私の親しくしている友人との相互メール内容を中心にして~

               人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                 ‘08年5月6日(火曜日)午後6時10分

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 昨日は「カラオケ喫茶・城」で、最初に唄った歌は、童謡「背(せい)くらべ」でした。作詞:海野 厚、作曲:中山晋平で、名曲です。昨日は5月5日でした。

 「柱のきずは おととしの
  五月五日(いつか)の 背くらべ
  粽(ちまき)たべたべ 兄さんが
  計ってくれた 背のたけ
  きのうくらべりゃ 何のこと
  やっと羽織(はおり)の 紐のたけ」


 滝尾英二さま 「背くらべ」:とても懐かしい歌です。子供の頃に、兄弟姉妹で、柱にキズをつけて、それぞれの身長の伸びを計って「一年で○センチ伸びた」と、やっていました。


 4月25日の広島赤十字・原爆病院の内分泌科(「糖尿病」)の主治医に「介護申請の主治医意見書」を書いて欲しいとお願いしましたら、主治医は「デイケア、デイサービスの地域への介護施設への通所意志はありますか」と問うので、「はい、あります」と答えておきました。

 第一に、<要支援1>程度の私は、デイケア、デイサービスを受けているお年寄りの方たちは、私にとって、先輩であり、教師でもあるはずです。<将来そうなるであろう>私にとって、先達でもあります。童謡・唱歌・叙情歌などを唄いながら、それを歌っていた当時の思い出を近所のお年よりからお聞きできたらと思います。韓国の「小鹿島(ソロクト)病院」のおじいさん、おばあさん(ハラボジ、ハルモニ)も、日本語はすっかり忘れて、会話が出来なくても、幼児の時、覚えて歌った「童謡・唱歌」は日本語で上手に歌います。「春がきた」「狸ばやし」「夕焼け小焼け」などを歌います。私も合わせて歌いました。


<滝尾:註記>
証城寺の狸囃子
            野口雨情

  証 証 証城寺
  証城寺の庭は
  ツ ツ 月夜だ
  皆出て 來い來い來い
  己等の友達ァ
  ぽんぽこぽんのぽん

  負けるな負けるな
  和尚さんに負けるな
  來い 來い 來い
  來い 來い 來い
  皆出て 來い來い來い



「狸ばやし」に寄せて:『土谷隆一の詩集〈新・新〉』(沖積舎、2008年3月25日刊)より
  おれたちタヌキは実像なんだ  土谷隆一

先日、A新聞の記者がおれたちタヌキの写真を撮りに来たんだ。
「タヌキの一家 わが家は古墳」という見出しにしたらしい。
「タヌキの一家」だなんて、おれたちを見下していないか?
なに? おれたちが古墳の周濠にかかる高い橋の上にいるので、おれたちタヌキを見上げているんだって?
あたりまえだ、駄洒落を言うな。
だって、ヒトがおれたちのふるさとの樹を伐りとったんで、おれたちはこの阪和線くんだりまで山から下りてきたんだ。

古代人は世襲の身分を豪族に示す為にこの古墳を築いたらしい。
 ――「世襲とか身分とか愚かな愚かなことだ。おれたちタヌキはしっぽの立派さかげんを競い合うだけだ」
古代人は同じ型の前方後円墳を築いて同族意識を感じたらしい。
 ――「同族意識は危険だし無用の長物だ。おれたちタヌキは、
 糞の臭いだけでお互いに同族を認めあうんだ」
おまえたちタヌキが住むこのイタイケ古墳は陪塚で、大仙陵より階位が下であるらしいぞ。
 ――「バカらしいケチな差別だ。おれたちタヌキには階級はないし、広葉樹のウロから出れば到るところ青山ありだ」
古代人は豪族としての武力を誇る為、甲冑や長寿の呪術を行う銅鏡を古墳の中の埋めたらしい。
 ――「おれたちタヌキはそんなネもハもないものを気にするものか。おれたちはその日のおまんまだけを気にするんだ」

ヒトがここに現れた時よりもずっと以前から、おれたちタヌキは
ここの山に住んでいるんだ。
ヒトが血で血を洗って追い求めたもののなれのはてが、この妙形の古墳じゃないか。
おれたちの住み処になっているし、壊せとは言わない。
ヒトが追い求めた虚像として――残しておけ。
先のことを考えるな。
おれたちタヌキが目のまえのことにだけ怖れと望みを抱くのがなんでわるい?

ああ、また、おれたちタヌキに餌をやりに虚像たちがぞろぞろやって来た。
自分たちの先祖の虚栄(虚像)を見て、おれたちがうらやましくなったんだろう。
写真を撮りにきた新聞記者をはじめ、餌をやりに来た虚像たちめ、いいか、おれたちタヌキは実像なんだ。


 これは昨日、近所の新宿区立中央図書館から借りてきた詩集の中にあったものです。
これを読んだとき、ハンセン病療養所に住んでいる人たちに接するときの支援者たちの姿が浮かんできてしょうがなかったです。療養所に住んでいる人たちの多くは、〈虚像の支援者〉が近づいてきたときには彼らが虚像であることをちゃんと見抜いていて、支援者がこうであってほしいと思い描いているであろう〈虚像の入所者像〉で応えています。そこで〈相互利用〉〈相互利益〉的関係が生じますが、それを“善し”としない人もいます。

 そのことはしばしば感じますし、またはっきり口に出して言う知人もいます、「何か勘違いしている人たちがいて、迷惑だ」と。〈実像〉で接し応えるのは、実像で近づいてくる人たちに対してだけ。その辺のこと、自称“支援者”の方々でわかっている人はごく少数じゃないかしら。私は療養所に住んでいる人たちから「餌をやりに来た虚像たちめ」と言われる一人にはなりたくないです。(そんなこと、恥ずかしくってとてもできません。)


 近くの医療施設の大小のデイサービスを行なっている病院で、近所のお年寄りの方たちと私も歌ったり、入浴や昼食をご一緒にすることは、今の私にとって必要なことだと思います。住みなれた地域で暮らし、また、生活機能を低下させないこと。しかしだから、出来ないことの介護・支援はいりますが、可能なことはたとえ、時間がかかり、能率が悪かろうと自分で努めてやっていくようにしたいと思います。そのためには、「画一性」はよくないと思っています。「自立可能なことは、自分にあった方法で、自分でやること」でしょう。

 私は、「カラオケ喫茶」に出かける時は両下肢の歩行困難もあって、少し歩くと腰から下が痺れます。痛さが走りますが、休憩しながら杖つきながら歩行を続けています。「カラオケ喫茶・城」の手前30メートルのところに大きな駐車場があり、出入り口のところには大きな石が4個あります。その石に座って、座ったままで15分ほど柔軟体操をしています。脚の屈伸運動は、ものに掴まって、ふらずきながらも行ないます。そのあと、「ア・エ・イ・オ・ウ」と母音の発声練習をいっぱいブレスして、大きな声を出して2オクターブほど、数回、時には10回程度行なって、お店の「カラオケ喫茶・城」に入ります。

 カラオケの帰りには、帰宅前に近くのコンビニ・ストアで、栄養やカロリーを計算しながら、翌日食べる食品を購入します。そうした計算や支払いが今・現在の自分でも、可能かどうかを確かめるためです。そしてやはり、医療や日常生活に多くの困難はあろうとも私は、<自分の地域で暮らし、生活し、そして自宅の自室で死にたい>と思っています。人間としての尊厳をまっとうして、この世を去っていきたいと思います。


 人間が社会的存在であるということは、〈人間〉が生きていくうえで最も重要なのは、社会的に認知され、他者から、コミュニティから、存在を認められて生きるということなのだと思います。医療人類学の立場から宮地尚子氏は、言っています。――「恐怖は、生物学的な生命の危機だけでなく、自分が社会的に抹殺されるかもしれないという危険性からも感じられる。人間は、社会的な生き物である。たとえば、自分がエイズにかかったと知ったときに感じる恐怖は、死ぬ恐怖より、社会的に生きていけなくなる恐怖のほうが大きいかもしれない。」――このことは、身体的に弱い者、精神的あるいは知的な障害のある者、さまざまな意味で衰えてくる超高齢の人たちが多少なりとも日常的に曝されている恐怖であろうかと思います。

 しかし、翻って考えるなら、人はだれしも年をとり、衰えていき、ついには死に到ります。〈死〉は生きものとしての自然史の到達点でもあるわけですが、その死=〈生物学的な死〉を迎える以前に、〈社会的な死〉を迎えるかもしれないということは、それはだれにとってもやはり恐怖であろうと思います。

 それでも最後まで、人間として生きたい、この希望はいつも保っていたいと思います。ある人が〈その人らしく〉生きること、それがよく生きる、ということだと思います。それが表現されるのは、個別性=個性のうちにであって、決して画一性のうちに管理されて、ではありません。病気や障害、自立できること、できないこと、それら諸々のすべてをひっくるめて〈自分らしく生きること〉が最も重要で大切なことだと思います。そういった点で、滝尾さんの姿勢に私も見習いたいと思っています。医療や介護の現場で、なにもかもがマニュアル化されていく傾向が顕著なのには、私も不安を覚えざるを得ません。きめ細かな個別性を重んじてほしいものです。ひところよく言われた〈ペイシェントケア〉はどうなってんでしょう!


 そこで、第二の問題ですが、ハンセン病問題「基本法」なり、それに基づく「将来構想」なるものは、「経済的隔離政策」を推進するために、ハンセン病にかつて罹患した療養所の入所者やその医療・介護者からのみ視点は向いていないし、あれでは新たなる「地域の身体や精神に障害を持った高齢者」への新たなる「隔離政策」とは、ならないかという問題です。「地域の身体や精神に障害を持った高齢者」やその家族の意向を聞き、さらに、この医療や介護をしている関係者の意向をどれほど聞いたのでしょうか。

 今に、20年も経つとハンセン病を罹患した方たちは、ほとんどが死去され、その後は、「地域の身体や精神に障害を持った高齢者」への新たなる「隔離施設」が残されるでしょう。その際、「市民社会は“異端”を差別し、排除し、隔離するという問題をなんら根源的に問おうとしない“公共の福祉の増進‘という”高齢者や障害者を装い新たな“隔離施設”が実現しる」(田中等さんのご意見)と化していくことが考えられる。

 政府や行政は、既にそうした「将来構想」の見取り図を持っておるのではないか。それが、「全療協」や「それを支援する一部弁護士や支援団体」=たとえば「市民学会」との主張と見事に一致しているように思われて仕方がありません。あるいは地下茎で両者は繋がっているかもしれません。


 「全療協」や「それを支援する一部弁護士や支援団体」=たとえば「市民学会」は、「後期高齢者医療制度」という問題に対して発言していません。「地域の身体や精神に障害を持った高齢者」への新たなる「隔離政策」が、いま、官民一体となって推進されているのが、「基本法」であり「将来構想」なるものと違いますか。



  第二の問題:これはまさに滝尾さんが危惧されているとおり、ほんとうに「新たな隔離」を作り出す危険性をはらんでいると思います。国は、結果として国民国家がそう望んだのだ、と言える状況になることを望んでいるでしょう。国が、したたかなのは歴史が証明済みの通り。

 全療協と弁護士主導の支援者団体は、入所者たちの最後の一人まで療養所で面倒をみる、というそのことのために療養所を活かすことしか考えていないようです。将来構想をすすめる会は、療養所所在地およびその周辺地域の障害や病気をもつ高齢者たちが実際に生きて生活している〈実像〉をみないで、「将来構想」を「すすめて」いるとしか思えません。

 いま、介護付きの高齢者施設がどこも満員で、一般社会に生きる高齢者は施設への入所が難しく、日常的に介護・介助を必要とする高齢者を受け入れてくれる施設がなくて困っている家族がたくさんいます。将来構想でいう「療養所を地域に開放する」というのは、一般にみられるそういった現状を表層的には一時的に解決するようにみえるかもしれませんが、それは、一方では、新たに地域に暮らしている障害者や高齢者を囲い込むことに繫がるだろうと思います。それは多分諸刃なのです。療養所から、かつてのハンセン病罹患者が姿を消したとき、地域の障害者や高齢者を囲い込んだ療養所が残り、やがてそこがスラム化していくだろうことも想像されます。



 第三の問題は、療養所へハンセン病(現在では日本では病気としては存在しない)のかつての罹患者が、医療保険・介護保険も支払っていません。また医療費や介護費も、更にいうと、日々の食費も住居費も、現在なお無料です。ところが、「地域の身体や精神に障害を持った高齢者」たちは、年金から天引きされ、その支払いが滞りますと、医療費や介護費は、10割(全額負担)となります。これで、「共生」が可能でしょうか。「不公平だ!」という声はあがってこないでしょうか。



「不公平」「逆差別じゃないか」の声は絶対と言っていいと思いますが、挙がってくるでしょう。現に私も、そう思うことがしばしばです。一般社会に暮らしている障害や病気をもっている人たち、そのご家族の方たち、皆さんそれぞれにご苦労されています。ご本人はもちろん、生活をともにしている家族の方たちの日常的な負担感は相当なものです。


「医療健康保険証」も「護保険証」もないことは、療養所入所者もまた、不満があるということです。こうした諸問題は、社会に出て生活や医療などを闘っている退所者からも、問題がでるでしょう。そんなことを多々抱えながら、第4回ハンセン病市民学会の総会・交流集会が、東京で開かれようとしています。


「介護保険証」は、勘違いしている人がいるかもしれませんが、保険証を持っているだけでは介護サービスを受けることはできません。介護サービスを受けるためには、地方自治体(市町村)に認定の申請を行い、「要介護認定」を受ける必要があり、申請をしていない人や要介護認定を受けていない人は、保険証を持っていても使えません。入所者の方々は、介護保険証を持っていなくても、認定など受けなくても、現在、生活全般を保障され、重度の障害のある人は全介護・介助を受けています。この点で不安を抱え困っておられるのは、入所者の皆さんではなく、退所して社会で生活をしておられる方々でしょう。ところが、全療協は、退所者に対して非常に冷たい。前にも申しましたが、全療協は入所者中心主義、療養所中心主義です。

 思いついたままを書いてみました。滝尾さま、お元気で~! 受診も頑張ってください!

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 第四の問題は、「ハンセン病市民学会」は、たとえ第4回ハンセン病市民学会東京集会の分科会で<分科会C:「旧植民地、日本占領地域におけるハンセン病政策と療養所の実態について>が行なわれようとも、その内容は「自国民中心意識」に終始したものとなることが、予想される。それははしなくも、藤野豊氏が、「ハンセン病問題における<まきかえし>」という【時報】の中で、このように書いている。

「国立ハンセン病資料館 ‥‥隔離下の患者の苦悩が展示されるが、だれがこうしたか苦悩を強いたのか、主語がない。」という。


 この藤野氏の記述は、国立ハンセン病資料館のリニューアルされた展示のどこに、旧植民地、日本占領地域におけるハンセン病政策により、「患者の苦悩が展示され」ているのだというのだろうか。  敗戦前の日本のハンセン病政策は日本植民地であった朝鮮では、小鹿島(ソロクト)へ収容されたハンセン病患者だけでなく、全土にひろがるハンセン病患者は、強制隔離されるだけでない。ハンセン病患者は、生きながら家もろともに焼き殺され、さらに莫大な「行き倒れ」た人たちがおり、患者は「市場、橋の下、山間などで」自殺、凍え死、飢えて死亡するなどしている。


『朝鮮総督府・官報』がほぼ毎日のように刊行されているが、その掲載記述のなかには「行旅死亡者」の欄があり、その中には、「ハンセン病患者」が「所持金ナシ」など書かれて悲惨な死亡をしている。こうしたハンセン病患者の苦悩の事実を、どのように藤野氏は考えているのか不明である。

  国立ハンセン病資料館のリニューアルされた展示には、旧植民地、日本占領地域におけるハンセン病政策により、患者の苦悩については、まったく展示されていない。それにもかかわらず、そうしたことには、藤野氏はいっさい触れようともしない。藤野氏の歴史認識の欠落しかいいようもない。これは「市民学会」が、基本的に、天皇・皇族が果たしたハンセン病政策の関与を明らかにせず、むしろ讃美している事実と同根なものといえよう。

 

 北の「子供の日」は6月1日 (聯合ニュース); 日本の映画「靖国」、賛否論議の中、東京で初上映 (聯合ニュース)など!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月 5日(月)10時17分27秒
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 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する6記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

 また、(2)北の「子供の日」は6月1日 (聯合ニュース)、(3)日本の映画「靖国」、賛否論議の中、東京で初上映 (聯合ニュース)を『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。

 翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。

                ‘08年5月5日(月曜日)  午前10時10分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 宗廟祭礼の再現、「儀礼を行なう執事たち」 (ノーカットニュース)
2) 北の「子供の日」は6月1日 (聯合ニュース)
3) 日本の映画「靖国」、賛否論議の中、東京で初上映 (聯合ニュース)
4) <訃報> 愛国の志士 金棟列先生 逝去 (朝鮮日報)
5) 「金大中氏のノーベル賞、わいろで推薦状」 (朝鮮日報)
6) 金大中側、「『ノーベル賞工作』の主張は陰謀」 (聯合ニュース)

2) *****************************************************************************

[聯合ニュース 2008-05-05 08:01]
【北の「子供の日」は6月1日】


(ソウル=聯合ニュース) 張ヨンフン記者= 「韓国は5月5日、北朝鮮は6月1日」。韓国では、「家庭の月」の5月の5日に子供の日を迎えて、一様に子供の世界が展開するが、北朝鮮では平日なので、子どもたちは学校に行き、両親は会社に出勤をする日常がそのまま続く。

北朝鮮では、特別に子供の日が指定されてはいないが、子供の日に当たる日は、「国際児童節」の6月1日が挙げられる。国際児童節は、1950年指定され、託児所や幼稚園の子供たちのための日で、この日は各地託児所、幼稚園で多様な行事が繰り広げられる。

子供たちは数日間練習して準備した歌・踊り・器楽・話術などの多様な芸術種目を舞台に上げ、クラス別の徒競走、自転車に乗り、綱引きなどの体育・娯楽行事を行なう。一部の託児所・幼稚園では、近くの公園や景色のいいところで、こういう行事を行ったりもする。

国際児童節には、平壌(ピョンヤン)をはじめとするさまざまな地域で、女性・勤労者が主軸になった記念報告会、講演会などはもとより、多様な体育・娯楽会も開かれて、外国の子供たちと親善連帯の集まりを持ったりもする。

また、満7才から14才までの児童たちが加入する「少年団」の創立日の6月6日も、子供たちのための記念日だ。少年団の創立日には、各地の小学校で入団式を開催し、入団式宣誓提唱、赤いネクタイや少年団の徽章をつけてあげるなどの行事を行い、ちょうど南側のボーイスカウトの宣誓式を連想させる。

ある北脱出者は、「北朝鮮では、5月は田植えなどを助けるために、農村支援活動を行なうなど、むしろ忙しい時間だ」、「だが、6月には、二つの行事を行って、子供たちは楽しい時間を送る」と話した。

このような南北間の差から、2006年には6・15南側委員会青年学生本部が、子供の日の特別行事を開催しようと北側に提案したが、北側では難色を示しもした。

北朝鮮では、5月5日は金日成主席の反日統一戦線の「祖国光復会」の結成日を記念している。北朝鮮は、祖国光復会を「金主席が、抗日武装闘争時期創建して指導した我が国初めての反日民族統一戦線組織」と評価して、「祖国光復会は、日帝の植民地統治を覆し、祖国光復の歴史的偉業を完成する上で不滅の業績を積んだ」と主張している。

これに伴い、毎年5月5日に北朝鮮の各種報道機関は、子供と関連した記事を送りだすよりは、金主席の業績を称賛する論調でいっぱいになる。


3) *************************************************

[聯合ニュース 2008-05-04 07:40]
【日本の映画「靖国」、賛否論議の中、東京で初上映】


(東京=聯合ニュース) イ・ホンギ特派員= 日本で極右勢力の上映中止の圧力と靖国神社側の神社の場面の削除要求などで、論争を醸してきた映画「靖国(YASUKUNI)」が、3日東京・渋谷の劇場で初上映された。右翼団体の抗議活動などに対する懸念から上映を中止する劇場が相次いでいる中、当初の予定より3週遅れて一般の映画ファンたちに公開された。

この日上映に入った「渋谷シネ・アミューズ」の入口と周辺には、万一の事態に備えて、警官と警察車両が配置され、映画館の中にも私服警察が入り、周囲を警戒したが、憂慮された騒乱などの事態は発生しなかった。観客たちも、上映1時間前から350人ほどが列をつくって待ち、秩序整然と入場し、初上映で満席を成した。

現在、映画「靖国」の上映を決定したところは全国23館で、シネ・アミューズをはじめ、順次大阪、京都などの地で上映を始める予定だ。

中国の映画監督の李纓が制作したドキュメンタリー映画関係者の「靖国」の映画は、軍隊用の刀である「靖国刀」を作ってきた刀匠の戦争と神社をめぐる複雑な思いを軸に展開される。

映画には、小泉純一郎元総理の靖国参拝や軍服姿で両側に並んで参拝する男たちの姿、また星条旗を振って小泉元総理を歓迎する米国人に対する参拝客たちの反応などに対して、自民党右派など、一部の極右勢力を中心に「反日映画」という反発が提起された。

また、当初この映画を上映することにしていた一部の劇場が、突然上映計画を取り消し、政界の介入の論争が起こりもした。また、主人公格の刀匠自身が出演場面の削除を要求し、靖国神社も神社の様子を映画から除去しろと要求し、「外圧説」論議を増幅させた。

                                 <森川静子訳>

 

平和都市・ヒロシマ(広島)よりの「たより」=GWに憲法9条考える「世界会議」 広島で開催へ!              

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月 5日(月)00時58分11秒
 
 平和都市・ヒロシマ(広島)よりの「たより」=GWに憲法9条考える「世界会議」 広島で開催へ

                        ‘08年5月5日(月曜日) 午前1時

                    人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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<GWに憲法9条考える「世界会議」 広島で開催へ>『朝日新聞>のホームページ“2008年04月28日07時05分”>

 今年の大型連休は憲法9条を考えてみませんか――。戦争放棄を定めた9条の理念を世界で生かす道を探る「9条世界会議ヒロシマ」が5月5日、広島市で初めて開かれる。同4~6日に千葉県の幕張メッセで開かれる国際イベント「9条世界会議」の地方版。ノーベル平和賞受賞者の講演や、武器を持たない国際支援を続けるNGO関係者らのリレートークのほか、「9条ネクタイ」の製作やライブなど9条を身近にしようという企画が予定されている。

 世界会議は改憲が取りざたされるなか、9条の価値を世界の目を通して再確認し、各地で続く武力紛争を解決する知恵として活用しようとピースボートなどの市民団体が主催。その一環として開かれる世界会議ヒロシマは、浅井基文・広島平和研究所長や平岡敬・元広島市長らが共同代表を務める。

 広島で開催する理由を、浅井さんは「1発でとてつもない人命を奪う核兵器の登場で、『戦争とは政治の延長である』という旧来支配的だった戦争観は一変した。その経験を憲法に明文化した9条は世界の共有財産だ」と話す。

 当日は北アイルランドの女性平和運動家で、暴力追放デモを行うなど非暴力の運動を続けて76年にノーベル平和賞を受賞したマイレッド・マグワイアさんが講演。核戦争防止国際医師会議(IPPNW)メンバーの医師片岡勝子さんや、ユニタール・アジア太平洋地域広島事務所のナスリン・アジミ所長、「原爆の子の像」のモデルで原爆症のため12歳で生涯を終えた佐々木禎子さんの絵本を紛争地に贈る活動をしているNPO代表の渡部朋子さんのトークセッションなどがあり、原爆詩人峠三吉の言葉を織り込んだヒロシマ宣言を採択する。

 9条ネクタイは、ネクタイの結び目が9条の「9」に見えることから、実行委員会のメンバーが思いついた。参加者に思い思いのメッセージを書いてもらい、会場に短冊のようにつり下げて展示する。

 9条世界会議ヒロシマは午後1時から、広島市中区加古町のアステールプラザで。入場料は999円。問い合わせは下中奈美法律事務所(082・222・9912)。(武田肇)

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   大型連休です。時間が許せば、下記の報道でもご覧ください。                             

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月 4日(日)09時26分48秒
 

 大型連休です。時間が許せば、下記の報道でもご覧ください。この報道は『滝尾英二のこころ』の掲示板に掲載します。各報道機関に感謝します。

                  ‘08年5月4日(日曜日) 午前9時25分

                             人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 ≪日テレNEWS24「プラネット・Viewスペシャル」 4.14)≫で、蓮池透さんが~訪朝したい意思を表明~し、経済制裁延長より、「北と交渉していくべきだ」と主張だと主張しています。この映像をみて私(滝尾)は、多々考えさせられました。

 日本政府はもっと「膠着」している「北朝鮮」(朝鮮民主主義共和国)との関係を、両国家の間の外交的対話によって関係回復の方向で解決をし、「拉致問題」の解決を図ることの必要性です。

 福田首相(福田内閣)外交への蓮池透さんの強い不信感を下記の「日テレNEWS24」の映像をみて、感じました。

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≪【映像】蓮池透さん ~訪朝したい意思を表明~ 経済制裁延長より、「北と交渉していくべきだ」と主張(発言完全版)(日テレNEWS24「プラネット・Viewスペシャル」 4.14)≫

 http://www1.ntv.co.jp/news/wmtram/shiten.cgi?movie=080413036.cgi.300k.99999.html


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<福田支持率崖っぷち20%…退陣ライン6ポイント割る>
福田康夫内閣の支持率が急落した。全国紙2紙が4月30日-5月1日に行った緊急世論調査で、支持率が20-21%に激減したのだ。ガソリン税の暫定税率復活や後期高齢者医療制度が直撃した形だが、政党支持率でも政権発足以来始めて民主党が自民党を上回る結果に。ガソリン税値上げの影響はこれから本格化してくるだけに、福田首相は崖っぷちに立たされた。

 朝日新聞の調査によると、支持率は4月中旬の前回より5ポイント落ちて20%となり、不支持率は59%(前回60%)だった。日経新聞では支持率は前回より8%低い21%となり、不支持率に至っては68%(同59%)にまで上昇した。

 注目されるのは政党支持率。朝日では自民が24%で民主が28%。日経では自民が33%、民主が36%と、いずれも参院選で惨敗した安倍内閣末期以来8カ月ぶりに逆転した。

内閣支持率21%、日経世論調査
内閣支持率20%、朝日新聞
内閣支持率19%、共同通信世論調査
内閣支持率18%、毎日新聞

さすがにこのタイミングで行った世論調査は・・・すべて惨憺たる数字になってしまっている。それも織り込み済みという事で、世論に対して真摯に対応しようという姿勢も見られず、それぞれのコメントには嫌悪感すら覚える。。。解散しないのであればせめて総辞職でもして内閣をリニューアルすべきでしょうね。(-。-;)

一方の民主党は世論動向を見ながら・・・と言っていたがこの結果に対して間髪入れずに攻勢に出るのか?いつもぎりぎりのところで腰砕けになる民主党ではあるが、さて今回はどうなんでしょうね?高笑いする小沢さんの写真が色んなところで掲載されているが、本当にやる気あるのでしょうか?

連休明けの展開に目が離せませんね‥‥。

 

“協会の中に資料館がある”というような認識で国立ハンセン病資料館運営にあたっているふれあい福祉協会は資料館から手を引け!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月 4日(日)07時18分28秒
編集済
 

「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」を読んでいたら、投稿者:エミとして、「国立ハンセン病資料館とふれあい福祉協会」、なかんずく、ふれあい福祉協会・北川理事長の発言内容が「資料館の問題」として、2回にわけて、掲載されていた。私は、このエミさんの提案を全面的に支持するものである。

この問題は、5月10~11日に東京で開催される「ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会in東京」で、「ふれあい福祉協会」の「国立ハンセン病資料館」との係わりのあり方をその展示や図書利用のあり方を「検証」し、その結果をもって、関係当局である厚生労働省や文部科学省の関係責任者に対して、充分に「提言」が行なわれることを切に願っている。


 つぎに、「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」に投稿されたエミさんのご意見を紹介したい。エミさんの投稿文を全文紹介していないので、出きるだけ、「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」(5月3日)のエミさんの全文をお読みいただきたい。


<資料館の問題2 投稿者:エミ 投稿日:2008年5月3日(土曜日)

“協会の中に資料館がある”というような認識で国立ハンセン病資料館運営にあたっているのであれば、ふれあい福祉協会は資料館から手を引いていただきたい(と私は思う)。

 国立となった資料館は、国民共有の財産と認識されるべきであって、一社会福祉法人のしかも理事会決定などの“中に”囲い込まれるべきではない。博物館法適応対象施設にふさわしい、また資料館図書室は、(公)「文書館法」、もしくは「図書館法」適応対象施設にふさわし施設としてつくりあげられるべきだろう。

 先の[1462]投稿引用中の、鈴木参集者、成田館長、そして、成田館長に賛意を表し「必要と思うことを学芸員ができるよう、館長が決定できる仕組みづくりが大切だ」と述べた半田参集者らの意見は、ふれあい福祉協会の資料館運営姿勢への極めて真っ当な批判であるように思われる。

  それに対し、ふれあい福祉協会理事長・北川参集者の――「国立とは言っても、資料館は従来の概念に当てはまらない。厚労省の考え方に基づいて協会に委託しており、組織はあるが国の組織ではない」――という発言のわけのわからなさ! とても納得できるものではない。そう言うのなら、「従来の概念に当てはまらない」、国民(市民)の納得がいくような「国立」資料館にふさわしい“新しい資料館の概念”を、実際のリニューアル資料館運営企画を通して示してほしいものである。


 資料館の問題1 投稿者:エミ 投稿日:2008年5月3日(土曜日)

「資料館だより」第59号(2008年4月1日、企画・編集:国立ハンセン病資料館、発行:社会福祉法人ふれあい福祉協会)の「第二回運営企画検討会 資料館の主体性で論議」には、仰天ものの話がでてくる。

 ふれあい福祉協会理事長・北川参集者が資料館をどのように認識しているかを、ボロっと披瀝しちゃったのである。その部分だけを抽きだすと、――資料館は『基本計画書』に基づいて整備・委託されている。協会の中に資料館があり、運営の根拠は協会の理事会の決定と厚労省が示した規程の二つだ。――

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 私(滝尾)も、本年3月7日と3月4に、国立ハンセン病資料館に資料館や、また展示の内容に関してつぎのように私のホームページに書いています。その全文はご覧いただくとして、その一部を以下に紹介させていただきます。5月10~11日に東京で開催される「ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会in東京」で討議される資料として、参考になさってください。


≪3月7日の滝尾のホームページの掲示板の掲載文≫

<国立ハンセン病資料館図書資料室も、同入所者自治会も、所蔵している図書のうち、著作者の死後50年経過していない図書の複写も、マイクロフイルムの作成も複製本の作成も「図書館法」に基づかない行為は「図書館」でなければ違法行為である。>


 資料・文献類について資料館の所蔵とすることは別に差し支えない。その場合、現在、図書館において行われている「資料を死蔵せず、貸し出し・閲覧を十分に行う」という考え方を引き継ぎ、移管されたものに限らず、すべての資料に適用することは「図書館」でなくても可能である。また、原本を利用者・希望者に貸し出すことも『著作権法』によって可能である。

 しかし、「図書館法」に基づかない「図書室・資料室」は、たとえ「国立」の施設であろうと、原本の複写(コピー)を利用者に複写(コピー)することも、複製本を作成することも、著作者の死後50年経過していない蔵書について、複写(コピー)を利用者に複写(コピー)することも、複製本を作成すること複写(コピー)を利用者に複写(コピー)することも、複製本を作成すること「著作権法」で、本人(死亡している場合は)遺族の許可・了解を経ないものは、禁じられており、違法である。

 私の著書の十数年前に、「高松宮ハンセン病資料館」に寄贈しているが、これも当然、滝尾は複製本を作成すること複写(コピー)を利用者に複写(コピー)することも、複製本を作成することも許可しないから、同行為をしてはならない。だから、原本の貸し出しだけが、「国立ハンセン病資料館」に図書・資料を移管しても、本人(死亡している場合は、遺族)の許可が必要となる。

「これを期に原本の保存とコピーによる活用を両立させる効率的な態勢を整えるべきである。」云々と言い、また、日時:1月23日午後1時より2時、場所:自治会応接室で佐川会長から、「‥‥資料館の企画段階から、製本などの機能もふくめ図書館を資料館に移ことになっていて事実」云々の「製本などの機能」が、「複製本の作成」をも意味するのであれば、それは、違法である。したがって図書館の資料館への移管の理由しならない。

「‥‥目録作業などは多とするが、資料館は十進分類法を取ることになっているので整合性がない」との発言もあるが、公共図書館や大学図書館でも、多様な図書分類法がなされ、また、同一図書館内でも多様な分類が並存している場合が存在している。むしろ、すべての多様な種類の図書でない場合は、その「専門図書館」に応じた「図書分類記号」で、図書を分類する方が適切だと思い、したがって、これまた、国立ハンセン病資料室への移管する理由にはないえない。

 なお、「法に基づかない資料館」が、たとえ「国立」の施設であっても、「著作権法」の適応を受けるという確認は、今日、私は広島県を通して、国としての意見を確認して置いたことを付記する。

       ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

≪3月4日の滝尾のホームページの掲示板の掲載文≫


(資料②)

 ハンセン病市民学会事務局長・藤野豊氏の『ハンセン病市民学会年報2007年』所収の<【時評】ハンセン病問題における「まきかえし」>の「二、国立ハンセン病資料館」(211ページ)は、なぜ、‘07年4月1日にリニューアル後のハンセン病資料館の展示内容の問題点・疑問点を「ハンセン病市民学会規約」に基づき「交流、検証、提言の3つを活動の柱に」していながら、<‥‥偏見や差別を解消していくための取り組みのあり方や、直面する様々な課題>(~市民学会規約)としている。

 しかしながら、かくも遅く昨年(’07年)の歳末になって、その会の事務局長が(‥‥<あくまでもハンセン病の一会員としての意見であり、市民学会を代表するものではない。>と断わって、「まきかえし」として問題視するのか、だからこの「国立ハンセン病資料館の展示内容の問題性は「~市民学会」としては、未だに「提言」していなくことになる。今後もその為に各関係者に対して、どのように関係者に市民学会は「提言」しようとするのか、このことを明らかにして欲しいと思う。

       ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

  ハンセン病隔離政策で差別され被害をうけた方達が同じ様な構造の中で差別をうけた人達とどの様に繋がって行くのか!    

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月 1日(木)23時27分41秒
 

 <ハンセン病隔離政策で差別され被害をうけた方達が同じ様な構造の中で差別をうけた人達とどの様に繋がって行くのか>

                     ‘08年5月1日(木曜日) 23時23分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


 私は当時、高校で通信制過程の生徒の教育をしていました。被差別部落の生徒たちと「被差別部落の生徒の集会」に参加しました。

 その時、一人の被差別部落の生徒が「‥‥我々被差別部落の人びとは<帰化人>の子孫といわれて<部落差別>を受けてきた。しかし、歴史研究の結果、<帰化人>の子孫ではないことが分かり、差別される理由のないことが分かった」と。

 すると、在日朝鮮人の生徒から「‥‥<帰化人>の子孫なら、差別されてもよいのか!」という抗議の質問が出されました。その後の模様は省略します。

 昨日(本年1月31日)、エミ様の掲示板で昨年(‘07年)6月の岡山でのシンポジュームの難波さんたちお二方の報告紹介を読んで、「歴史研究の結果、<帰化人>の子孫ではないことが分かり、差別される理由のないことが分かった」と発言に対する在日朝鮮人の怒りの抗議を思い出しました。

 その当時の私の居住地である広島県教育委員会発行の「人権問題」のパンフには、「様々な差別が現存するが、その差別のなかで最も深刻な差別は、部落差別である‥‥」と書かれていました。

 私は、県教育委員会の発行先に抗議して「差別の重さ、深刻さというそれぞれの人たちの被害事実の比較が出来るのか! 民族差別、性差別、病による罹患したことによる差別、部落差別、障害者差別、被爆者差別等など、「個々の差別」の現実があり、その差別を比べて、行政がその軽重を判断するのは、過ちである。直ちにこの「人権問題」のパンフを書き換えるように、と抗議しました。


 これは、本年2月1日に「ハンセン病図書館・友の会」のホームページの談話室に私が投稿した内容である。それから3ヶ月が経過した。マスコミの報道によると「後期高齢者医療制度」が国民の非難・抗議の渦巻きの中、地域で多々心身の病を持つ高齢者が、高額な医療費と介護費、及び医療保険・介護保険制度で将来の不安を抱えている。そのなかで、5~6月には、「ハンセン病療養所の将来構想と入所者が地域で共生するためのハンセン病問題基本法」を与・野党の国会議員が議員立法でつくるのだという。


 療養所の将来構想は、その入所者と地域の心身に多々障害を有する高齢者と「共生」を可能にする道程をどのように考えているのだろうか。たとえば、ハンセン病療養所に隣接する「地域包括支援センター」のケアマネジャーや社会福祉士などや、医療機関、地域の医師会などとの連絡・調整は出来ているのか、また、障害者・介護者の家族会・支援団体などとも連携はとれているのだろうか。療養所の敷地に公園や海水浴などをつくったのでは、医療や介護の医師や職員の増員や医療器具など整備にはつながらないし、近隣の高齢者が通院など利用しなければ、地域との「共生」は、無意味になろう。

 だいいち、療養所を地域に開放して、地域住民の利用できる医療施設などつくるというが、それは、病院なのか、介護老人保健施設(老健)なのか、または特別老人ホームなのか。また、その場合、医療施設に入院・入所できる期間はどうなるのか、一日の通院やデイケア、デイサービスなのか、またその医療施設は長期の入院・入所が可能なのか、その場合、療養所入所者と同じ部屋・同じ建物になるのか等などが、いっさい不明である。


「ハンセン病問題基本法を制定し開かれた国立ハンセン病療養所の未来を求める国会請願署名」の過程で、これらのことをどのように説明して、関係者はこの署名を集めたのであろうか。私には、署名の趣旨や署名活動・方法が、実に「闇のまた闇」である。

 そうしたことを抜きにして、たとえ100万筆集まっても、国民や署名者のハンセン病問題への正しい理解・認識をもってもらうことには程遠く、問題がかえって複雑・困難度を増しはしないかと杞憂している。

 こうした諸問題を5月10~11日の「ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会in東京」で各13の療養所の実態に即しまがら、それぞれの地域の利用予定者やその家族、また地域の関係団体や関係者などの意見や意識などを考慮して、「療養所の将来構想と入所者が地域で共生するためのハンセン病問題」が論議され、体験の「交流」ななされ、その上にたって、「検証」「提言」が行なわれることを切に願っている。


 2005年5月に熊本で開催された第1回ハンセン病市民学会・交流集会のシンポジウム「ハンセン病市民学会に期待するもの」で、シンポジストのひとりである徳田靖之弁護士は、つぎのように語っている。

 「‥‥ハンセン病市民学会に期待するものの(中略)一つは差別偏見の克服という問題です。‥‥私は差別偏見を克服して行くのに最も大切なことは交流だと思います。‥‥私は差別された者同志がいかに繋がって行くか、ハンセン病隔離政策で差別され被害をうけた方達が同じ様な構造の中で差別をうけた人達とどの様に繋がって行くかということを抜きにしては差別の連鎖は絶てないと思います。それは在日の方々の問題や部落差別や障害者問題等さまざまな差別に苦しんでこられた人達が、これからどれほど絆を深めて行くのか、そういう交流の場として位地づけて行くのかがすごく大切になって行くのではないか。差別されたものとしてその被害を回復して行く闘いだけでなくいかに同じ様な差別をうけている人達と共に闘って行くかということが大切だと思うのです。(『ハンセン病市民学会・年報、2005』、39~40ページ)。

 ところが、ハンセン病市民学会の第1回交流集会から3年経った現在、上記の徳田靖之弁護士の発言は、霧散してしまっているのではないか。自分の発言は実行してこそ、認識することになる。陽明学者はこれを「知行合一」という。知ったことを行なってこそ、真に知ったことになるという。それ以後の「市民学会」は、徳田氏は「知行合一」ということを忘れて、「ハンセン病問題基本法を制定し開かれた国立ハンセン病療養所の未来を求める国会請願署名」活動をしているように思われてならない。徳田氏は「市民学会」の共同代表のひとりである。


 「これからの医療・介護がどうなっていくのか、不安でいっぱい」なのは、地域の多々心身に病をもった高齢者でもあるということをハンセン病問題に取り組んでいる人びとは、銘記して欲しいと思う。(この稿は未完です。後日、これらのつづきはこの掲示板に掲載します。滝尾)。

         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

奈良県行政を糾弾願いたい。

 投稿者:早川公朗メール  投稿日:2008年 4月30日(水)12時01分51秒
   初めまして、宜しくお願いいたします。
当方の事案を先ず、掲示板で確認戴きたい。
 此のサイトにあるはじめのサイトで、当方の問題を取り上げていただいていますが、
 その最たる者では、 政治時事社会問題にもの申すタイトル記事を御確認して下さい。

 平成20年4月30日
  奈良県北葛城郡広陵町馬見北3-7-18
   早川公朗(69歳)電話番号0745-55-5312ファックス共。
 

  「ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会in東京」の開催を前ににて、幾つかの提議をしたい!                  

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月30日(水)07時58分13秒
編集済
 

「ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会in東京」が、2008年5月10日(土)~11日(日)に開催される。

 その呼びかけ文によると、下記のようになっている。
<ハンセン病問題に関心を寄せる人々が年に一度集まり、「交流」「検証」「提言」をする会です。ハンセン病問題の今とこれからの課題をともに考えてゆきませんか?
第4回の主なテーマは、療養所の将来構想と入所者が地域で共生するためのハンセン病問題基本法です。また、リニューアルした国立ハンセン病資料館は、ハンセン病の歴史を正確に伝えているでしょうか? 一度見学してみませんか?>

 私は、ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会の会員ではない。しかし、「~市民学会」には親しい知人・友人がいて、第4回総会交流集会in東京が成功するよう活動している。私もハンセン病問題を研究し、いささかなりとも、その問題解決のための運動に加わってきた。この集会が有意義なものとなり、盛会なものになるよう祈念している。


 しかし、上記の呼びかけ文を読んでも、首を傾げる内容が多々ある。例えば、「主なテーマは、療養所の将来構想と入所者が地域で共生するためのハンセン病問題基本法」どという。しかし、療養所の入所者が地域で共生するための諸取り組みをどのようにしているのか、寡聞にして分からない。地域との共生を志向するのなら、当然、「後期高齢者医療制度」の問題や「介護保険制度」のことが検討され、論議されてしかるべきであろう。「共生」の対象となる地域の高齢者は、心身の障害を多々持っており、多額な金額の医療保険や介護保険が年金から天引きされ、また、満足な医療保障や、介護サービスを受けられず、さらに介護サービスの支給限度額や利用料が課せられ、窓口負担も増加の一途をたどっているからである。


 また、リニューアルした国立ハンセン病資料館の展示内容がハンセン病の歴史を正確に伝えていないことは、リニューアルされた昨年(2007年)の4月1日から分かっていたし、私は、昨年の4月16日にこの展示の問題点を国立ハンセン病資料館の関係者に「抗議と問題点」を告げている。その後の同年5月12~13日に、群馬県の草津でハンセン病市民学会;第3回総会交流集会が行なわれたが、一向にこの展示内容についての改善する「提案」もなされなかった。

 ハンセン病市民学会の藤野豊事務局長が、「リニューアル後のハンセン病資料館をはじめて訪れたのは、二〇〇七年六月二日である」という(『ハンセン病市民学会・年報2007年』の211ページ、「時報・ハンセン病問題における『まきかえし』より」。そして、はじめて「隔離下の患者の苦悩が展示されるが、だれがこうした苦悩を強いたのか、主語がない」ことなどを知り、驚いたという。

 驚いたのは、草津でハンセン病市民学会;第3回総会交流集会が5月12~13日にありながら、その時には、4月1日にはリニューアルされていたハンセン病資料館の展示内容を市民学会の藤野豊事務局長は見ていないし、5月12~13日のハンセン病市民学会;第3回総会交流集会でなんら「提案」していないことである。これは、怠慢の謗りを受けても仕方がなかろう。


 さらに言えば、国立ハンセン病資料館は、国立療養所多磨全生園と同一敷地内にあり、ハンセン病市民学会の共同代表の神美知宏全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長は、この同一敷地内に事務所があり、この4月1日にはリニューアルされていたハンセン病資料館の展示内容を見ているはずである。藤野豊氏のいう<‥‥「まきかえし」の牙城である>国立ハンセン病資料館の展示内容の問題が、未だに展示のやりなおしの「提案」がなされていないのは、なぜなのだろうか。そう思いながら、ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会を前に、幾つかの問題を私の書くホームページの掲示板に掲載して、問題提議したいと思う。


 第一に、療養所の将来構想と入所者が地域で共生するためのハンセン病問題基本法として取り組まれているか、どうか。つまり、ハンセン病問題を、療養所入所者を経済的隔離主義による視点から捉えており、「療養所福祉」が優先され、「地域で共生するため」といいながら、地域の人たちの福祉・医療の問題は「手段」化されてはいないか、という問題から、提議したいと思う。


 第二は、ハンセン病市民学会は、ハンセン病問題との関係で天皇制の問題をどう考えて、また「検証」「提言」をしているか、という問題である。具体的には、①滝尾がブログで取り上げ、また季刊誌『飛礫』55号=2007年夏(7月発行)で書いた「天皇制とハンセン病~『プリンセス・マサコ』出版中止問題から考えること」(同誌の6~16ページ所収)にみられ、また、田中等さんが『リプレーザ』4号=2007年11月発行で、「天皇制と市民主義の折り合い」として、<『プリンセス・マサコ』の翻訳本の出版中止に端を発する問題にハンセン病問題が思わぬところで繋がりをもっている>ことを書いている。ところが、ハンセン病市民学会はこの問題を黙視している。

 ②さらに、本年4月16日の厚生労働省から出された「平成19年度ハンセン病問題対策協議会における確認事項」として、<「ハンセン病を正しく理解する週間」の時期の移行及び内容などについて、厚生労働省から具体案を統一交渉団に提示して協議し、今年度中に結論を得られるよう努める。>とある。したがって、本年度もまた、「ハンセン病を正しく理解する週間」の時期は、1931年以来つづいている皇太后節子の誕生日である6月の一週間となる。これは、「絶対隔離政策」を承認したことにはならないか。ハンセン病市民学会は、この問題に関する「提言」をしないのか。

 藤野豊氏の天皇制とハンセン病の歴史認識の問題点に関しては、2005年10月発行の季刊誌『飛礫』48号に、「藤野豊氏の『ハンセン病問題』に関する認識と行動への疑問~<ハンセン病問題と天皇制(三)>(『飛礫47』の記述と<富山シンポジューム>の問題)を書いているので、参照されたい。


 第三は、①癩予防協会~籐楓協会~ハンセン病福祉協会の歴史、②全国ハンセン病患者協議会(「全患協」)~全国ハンセン病療養所入所者協議会(「全療協」)の歴史、③ハンセン病国賠訴訟弁護団~小鹿島・楽生院訴訟弁護団の歴史の事実に基づく批判・検討の必要性である。これらの団体の評価すべきところは、適切に評価しながら、批判すべきところは、客観的に批判すべきだと思う。同時に、「ハンセン病問題に関する検証会議」の最終報告書も同様に、検討対象にしなくてはならない。感情的に評価をしたり、批判することは、ともに慎まなければならない。そのことに関しては、私も季刊誌『飛礫』誌上などで、これまで書いてきたし、自家本でも書いてきた。

 以上、三点については遂次、このホームページの掲示板に連載したいと思う。ご意見・ご批判などお聞きしたいとおもっている。

                     ‘08年4月30日(水曜日) 午前7時50分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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   みんなに甘えて、こうして医療費ばかりかけても、やはり生きていく価値が、私にはあるのでしょうか?             

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月28日(月)19時59分48秒
編集済
 
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 4月25日(金曜日)に、広島赤十字・原爆病院の主治医であるS医師に定期診断へ行きました。当日朝の血糖値(空腹時)は100、ヘモグロビンHb-A1cは、6・0、体重58・0、血圧124・71で、いずれも問題はないのですが、「両腕と両脚の血流検査」をしてもらったら、右脚が動脈硬化症だそうです。そのために、両脚のMRI検査を近々(6月10日に)受けることになり、また、服薬もプレタール50mg(この薬は血液を固まりにくくしたり、血液の流れを良くすることにより、潰瘍、疼痛、冷感等を改善する薬だそうです)を朝食後と夕食後にそれぞれ1錠づつ飲むようになりました。


 5月から6月にかけて、検査がつづきます。5月7日(水曜日)には、頭部のMRI検査と脳血流シチン検査をうけます。その結果は5月9日(金曜日)に神経内科の診察を受けます。5月19日(月曜日)には、碑尿器科の検尿&残尿エコーなどの検査と診断です。

 現在、どんな薬を服用しているかと言いますと、広島赤十字・原爆病院からは、16種類。それに、近隣の「とき皮膚科医院」から「湿疹・かぶれの軟膏」であるリンデロンーV軟膏、と「血行をよくするぬり薬、痛み炎症を和らげるぬり薬、皮膚のひきつりを改善する 皮膚のガサガサを改善する」ヒルドイドソフトの外用薬をもらっています。

 広島赤十字・原爆病院からは、16種類は、①アマリール3mg錠、②グリコラン錠250mg、③グリコバイ錠100mg、(これらは「糖尿病の治療薬」です)。④プロプレス錠8を8mg、⑤バイアスピリン錠100mg、⑥コニール錠4、⑦アロシトール錠100mg、⑧ラシックス錠20mg、この度、加わった⑨プレタール錠50mg(この薬は血液を固まりにくくしたり、血液の流れを良くすることにより、潰瘍、疼痛、冷感等を改善する薬です)、⑩ロキソニン錠60mg、⑪ムコスタ錠100、⑫オパルモン錠、⑬ハルナールD錠0・2mg(この薬は、前立線肥大に伴う排尿霜害を改善する薬です)、⑭ラキソベロン液、⑮アローゼン、⑯デパス錠0・5mg 以上です。

 これらの薬を朝食前、朝食後、昼食前、昼食後、夕食前、夕食後、就寝前に飲み、また、一日の数度、皮膚科の医院からいただいた「塗り薬」を身体全身にぬらなければなりません。それに時どき、風邪をひき「風邪薬と嗽薬」です。そして、辛うじて生きている始末です。厚生労働省の「後期高齢者は、速くあの世へ行けばいい!」と言わんばかり施策を受けながら老いた身を生きています。

 でも、神戸の私の親しい知人に電話して、「‥‥研究も運動ももう出来なくなって、過去のいくらでも研究も運動も動けたことを考えると、身体がどこもかしこもぼろぼろとなり、動きたくても動けなくなりました。実に情けなくなります。」と言うと、その神戸の方は「滝尾さん! あなたは生きているだけで、それだけで価値ある存在なんですよ。みんなのためにも、生き抜いてください。」と言われました。みんなに甘えて、こうして医療費ばかりかけても、やはり生きていく価値が私にはあるのかな、と思いました。


 最近は、カラオケ喫茶へ行っても、童謡・唱歌・叙情歌・内外の民謡を歌うことが多くなりました。だから、「ダ・カーボの歌う歌謡」~風のようなうたです~、「由紀さおり&安田祥子の童謡」、「ダーク・ダックスの歌う曲」、「いっしょに歌える歌声喫茶」、「さだ・まさしの叙情歌&童謡」、「ロシア民謡」、「日本の民謡」などです。それに「藤山一郎、伊藤久男、岡晴夫、田端義夫などナツメロ」は歌えます。最近の「新曲」には、関心がほとんど薄れています。

 昨日も「白いブランコ」、「青葉上恋歌」、「いい日旅立ち」、「若者たち」、「黒い瞳の」(ロシアのうた)、「カチューシャ」(ロシアのうた)を歌って、早ばやと帰宅しました。そんな状態です。

 精神的には「うつ病」になっているようです。それに「幻覚・幻聴」があり、むやみに親しい人たちを攻撃しています。あまりに「憤激」する政局と世相が、私の神経を苛立たしめますよ。「幻覚・幻聴」もそのせいかしら?(笑い)。

                ‘08年4月28日(月曜日) 午後7時47分

                  人権図書館・広島青丘文庫」  主宰 滝尾英二

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