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  1. 下目黒の恐怖の精神虐待魔について語るスレ(6)
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  <なぜなら> 韓-日新時代を開こうとするなら (ハンギョレ)など掲載します!                    

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月26日(土)09時50分53秒
 

 韓国の主要新聞である『ハンギョレ』の4月24日の記事は、つぎのように書かれています。韓国と日本との間で解決すべき歴史懸案が多い。しかし「‥‥その中で、被爆者、サハリン韓国人、ハンセン病隔離政策などは、ある程度解決の糸口を見せている」という。

 すなわち、『ハンギョレ』に記事は、以下のように書いている。ハンセン病隔離政策を解明し、提議し、日本の国会や政府の慰謝・謝罪させ、関係する被害者の慰謝・謝罪に基づく補償金を支給さす闘い(研究と運動)にいささかなりとも寄与できた私(=滝尾)としては、たいへんうれしいことである。

「日本の右傾化の憂慮にもかかわらず、韓国などの隣国との平和共存を通した友好協力関係は十分に可能だ。両国の間には、独島、日本軍「慰安婦」、靖国問題、教科書歪曲問題のほかにも、在日同胞参政権、強制連行・強制労働、韓国人BC級戦犯、韓国人被爆者、サハリンの韓国人、ハンセン病隔離政策、文化財の返還など、解決すべき歴史懸案が多い。

その中で、被爆者、サハリン韓国人、ハンセン病隔離政策などは、ある程度解決の糸口を見せているが、全体的にとても期待にそぐわない状況だ。」云々と‥‥。

 福留範昭先生から滝尾宛にと届けられた「韓国の過去問題に関する3記事」は、『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。また、(3)<なぜなら> 韓-日新時代を開こうとするなら (ハンギョレ)の記事は、『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。


 韓国の過去問題に関する3記事の掲載を翻訳し、届けていただいた福留範昭先生に感謝します。ありがとうございました。

                  ‘08年4月26日(土曜日) 午前9時35分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) <インタビュー> 在日人権映画の原案書いた李京愛さん (聯合ニュース)
2) 「悲しい島」 沖縄‥‥終わらない戦争 (SBS)
3) <なぜなら> 韓-日新時代を開こうとするなら (ハンギョレ)

 3)***************************************************************************

[ハンギョレ 2008-04-24 21:15]
【<なぜなら> 韓―日新時代を開こうとするなら】 チョ・ファンボク


<ドイツ・フランスの共同教科書 70年の努力;歴史問題体系・一貫的対応で信頼を積む
歴史的教訓を現在と未来のための議題に>


李明博大統領が、就任の後初めて日本を訪問した。今年2月の福田総理の韓国訪問後、大統領の訪日でシャトル首脳外交が次第に定着すると予想される。

今回の訪日では、予想どおり、歴史問題が全面に出ない中、色々な未来指向的な協力方案が合意された。それでも、両国共同の言論発表文を通して、「両国首脳は、韓―日両国が歴史を直視する中、未来に対するビジョンを持って、国際社会に共に寄与することによって、両国関係をより一層成熟したパートナー関係に拡大し、韓-日新時代を切り開いていく」という決議を確認した。

これは、新しい時代を切り開いていこうとするなら、まず歴史を直視すべきだという正当性を強調したことで、両国関係で歴史問題がそれだけ重要だということを示す表現だ。私たちは、両国関係が数回、新政府執権初めに友好協力の基調を維持した後に、歴史問題で深刻な葛藤局面を経た後、執権末期には小康状態を経てきた前例を記憶している。

韓-日新時代開幕に対する希望と共に、歴史問題が根本的な「解決」よりは、今後よく「管理」されうるという期待感が強い。しかし、あまりに強い期待は、互いに失望に変わりうる。日本の歴史認識の後退によって、過去後の摩擦の可能性が今なお残っているためだ。

歴史教科書に対する周期的検定、政府要人たちの靖国参拝、右翼政治家の妄言、植民支配および日本軍「慰安婦」問題などに対する歴史認識差などの摩擦要因はそのままある。

新しい時代の開幕の希望を実現しようとするなら、問題が生じた時、拡大再生産よりは、縮小指向的に管理しなければならない。私たちも、感情的対応は慎み、私たちが先に争点化しようとする試みは避けなければならない。むしろ、歴史的教訓を現在と未来のための論点(アジェンダ)として引き出す先導的な努力が必要だ。

歴史問題は、短期的な措置で解決するのは難しく、長期的次元で努力を傾けなければならない。ドイツ・フランスの間の歴史和解の象徴である共同教科書を出版するのにも70年がかかった。そのような点で、歴史問題に関する私たちの体系的で一貫性ある対応を通した信頼回復が何よりも緊要だ。

一方、歴史問題に関して、現在進行中の日本の保守化と右傾化に対する深層的理解が必要だ。歴史認識の後退、憲法改正、普通国家化、ナショナリズム強化などに代表される日本の保守化は、日本の社会の構造的な面はあるが、過去の軍国主義とは区別される性格を持っている。

日本には、歴史認識に関して、広範囲な無関心層があって、多数の右派勢力とともに少数の進歩勢力が存在する。戦後、日本の持続的右傾化傾向にあっても、良心的人士と進歩勢力はその批判的声を着実に高めてきた。また、世界第2位の経済大国として、日本の民主主義は堅固で、日本が戦後の国際平和の増進のために多くの寄与をしてきたのも事実だ。

したがって、日本の右傾化の憂慮にもかかわらず、韓国などの隣国との平和共存を通した友好協力関係は十分に可能だ。両国の間には、独島、日本軍「慰安婦」、靖国問題、教科書歪曲問題のほかにも、在日同胞参政権、強制連行・強制労働、韓国人BC級戦犯、韓国人被爆者、サハリンの韓国人、ハンセン病隔離政策、文化財の返還など、解決すべき歴史懸案が多い。

その中で、被爆者、サハリン韓国人、ハンセン病隔離政策などは、ある程度解決の糸口を見せているが、全体的にとても期待にそぐわない状況だ。加害者と被害者の立場を離れ、福田総理の言葉どおり、歴史をありのままに認める謙虚な姿勢と相手方の状況をよく推し量る姿勢を心より期待するところだ。

この度の首脳会談が、両国の未来指向的な実質協力関係の増進に劣らず、歴史問題に関しても新しい協力の契機になりうることを希望する。  (チョ・ファンボク/ 東北アジア歴史財団事務総長)

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「東学軍の魂を慰めよう」‥‥26~27日に報恩で巫祭; 小鹿島で「悲しい歴史」に会う; 野党 ‥‥大統領訪日批判!   

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月22日(火)12時05分38秒
編集済
  -

 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する6記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。また、(2)「東学軍の魂を慰めよう」‥‥26~27日に報恩で巫祭 (聯合ニュース)、(5)小鹿島で「悲しい歴史」に会う (オーマイニュース)、(6)野党 「過去事清算なき実用外交は問題」‥‥大統領訪日批判 (ニューシス)の3記事を『滝尾英二的こころ』に掲載します。

 翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。

                ‘08年4月22日(火曜日)  午前11時55分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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  福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 閑山大捷と倭の水軍の子孫との出逢い (聯合ニュース)
2) 「東学軍の魂を慰めよう」‥‥26~27日に報恩で巫祭 (聯合ニュース)
3) 大阪で「済州4・3民衆抗争」60周年追慕行事 (聯合ニュース)
4) <人々>>慰安婦問題を扱った米劇作家ミューラー (聯合ニュース)
5) 小鹿島で「悲しい歴史」に会う (オーマイニュース)
6) 野党 「過去事清算なき実用外交は問題」‥‥大統領訪日批判 (ニューシス)

2) ******************************************************************************

[聯合ニュース 2008-04-20 08:49]
【「東学軍の魂を慰めよう」‥‥26~27日に報恩で巫祭】


(報恩=聯合ニュース) 朴ビョンギ記者= 忠北の報恩(ボウム)地域を中心に展開した東学運動の意味を振り返り、東学軍の魂をたたえる巫祭(クッパン)が、来る26~27日東学軍の最初の聚会地だった報恩郡長安面長安里と、最後の激戦地だった報恩邑プクシルマウル(チョンゴク・ソンジョク・ヌチョン・カンシルリ)一円で開かれる。

20日、この地域の文化団体「サムギョルドレアサダル」によれば、「人は天だから」という副題で開かれるこの行事は、檀紀4341年報恩東学クッの趣旨を知らせる沙鉢(サバル)通文を手始めに、キリムクッ、シッキムクッなどが続いて行われ、瞑想踊り、農楽、テキョン(伝統舞の一つ)、民謡などの文化公演も準備されている。また、聚会当時の接主会議や東学酒幕が再演され、東学軍の足跡を訪ねる遺跡地めぐりも用意されている。

サムギョルドレアサダルのパク・ダルハン(42)代表は、「『斥洋斥倭・保国安民』を旗じるしに憤然と立ち上がった東学軍の報恩聚会の意味を再確認し、プクシルの戦闘で壮烈に散った魂を追慕するために、聚会115周年に合わせて、クッパンを準備している」、「誰でも参加でき、全羅道中心の東学運動史の中で、見過ごされてきた報恩聚会と戦闘を顧みる機会になるだろう」と語った。

これに先立ち、報恩文化院は、25~26日に報恩邑のペットゥル公園と遺跡地一円で、記念講演、東学クイズ、遺跡巡礼、チャンスン(道祖神)立て、記念公演などからなる第6回報恩東学祭を開く。
                                 <森川静子訳>
5) **************************************

[オーマイニュース 2008-04-21 09:50]
【小鹿島で「悲しい歴史」に会う】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=047&aid=0001940819

写真  ▲ 小鹿島(ソロクト)を訪れた観光客たち。

(オ・スンジュン記者) 人々は忙しい日常の中でも暇ができれば、失われた自我の復帰を夢見る。それが、余裕と思索の時間旅行だ。余裕と思索がなければ、私たちの人生はどれくらい無味乾燥で、旅行という祝福がなければ、どれくらい人生は悲しい旅程だろうか。そういう面で、旅行は精神的な心の丘であり、思索の海だ。

そこで世間を離れ、人生を顧み、新しい自我を探す修行者の姿を追う喜びも、旅行が与えるもう一つの幸せだ。日常からの脱出、久しぶりの外出、自然への帰依。

先の日曜日(13日)の朝、山や野原に見事に咲いている春の花のすがすがしさとさわやかさを味わうために、あらゆる日常を後にして、ときめく気持ちで旅に出た。

光州(クァンジュ)の代表的な文学団体である文学春秋作家会では、毎年<南島文化のルーツ探し>の文学紀行を実施している。今年の紀行地は、韓何雲(ハン・ハウン)詩人の「麦笛」の詩碑がある高興(コフン)の小鹿島(ソロクト)だ。

日程は、旧全南道庁前から出発して、和順(ファスン)のノリッチェサービスエリアを経て、高興バスターミナル→ノクトン港→高興2景小鹿島)→ノクトン→高興3景高興湾→宝城(ポソン)→和順→光州の順に組まれた。作家会の会員、一般人ら約50名が参加した。

写真 ▲ 哀歓の追悼碑。

写真 ▲ 国立小鹿島病院。


春の花満開の南島への旅行

午前9時旧全南道庁前を出発したバスは、ずっと休みなく緑に波打つ大地の気を横切って、ノクトンへ疾走した。時折車窓をかすめて行く山野の桜、つつじ、レンギョウ、花の芝など、さまざまな春の花香が目や胸を自然の驚異でいっぱい満たして、心の窓をぱっと開け放つ。

高興のノクトン港までは約2時間を所要。昔に比べれば道が大変良くなり、時間が大きく短縮されはしたが、相変らず高興半島は南島の来先端で遠かった。バスの中は、すっかり話の花で熱気が高まっていた。

「今日の文学紀行は、ときめく胸で貴重な私たちのものを見に行くものだ」という金ヨングァン会長のあいさつ、300人近い文学春秋作家会の会員たちの身上明細書を手の平にのぞき見るようによく知っている文学春秋作家会の朴ヒョンチョル理事長の出席会員たちの詳細な紹介、出席会員の今日の出逢いと旅行に対する情感あふれるコメント、餅、果物、飲み物、酒とつまみなど、ふんだんな食べ物が一つになって、旅行の趣を一層かきたてる。

特に、ピアノ、発声練習、詩で胸濡らしながら、残った余生を「皮千得(ピ・チョンドク、詩人)」のように生きたいという、90の老駆にもかかわらず、各種の文学行事にもれなく参加する金ジェミン詩人と、80の年齢にもかかわらず、「テニスと水泳で健康を維持している」という金ハククン谷城郡文化院長の文学に対する情熱と健康管理の秘法、「私の人生の楽しみは、酒を飲むことだ。今日は私の誕生日だ」というソン・クァンウン全南大名誉教授の話術、「出逢いはやさしいが、別れは難しい」というチョ・ヨンイル児童詩作家の因縁観、そのほか、チョ・スウン全南文協会長、イム・チョンジャ元校長先生などの文学の元老たちが聞かせてくれる談や珠玉のような文学の香が参席者たちの乾いた胸に泉のように清水を注いでくれる。文学紀行だけで会える特別な贈り物だ。

爽快に開いた野の春の花香を満喫しながら、途中でサービスエリア一に寄り、午前11時頃ノクトン港に到着すると、まさに600メートル前方に小鹿島がひと目に入ってきた。ノクトン港は大小の腹と観光バスの行列で込み合っており、観光客で超満員だ。港が生きて動いているように気ぜわしい。

写真 ▲ 監禁室.

写真 ▲ 検視室.

写真 ▲ ハンセン病資料館.

ノクトン港から小鹿島までは、午前7時から午後5時30分まで15分間隔で観光遊覧船が運航されている。小鹿島病院専用連絡船、一般用連絡船も、毎日随時運航されている。車を積んで入ることはできるが、島に降りると、小鹿島病院の入口からは徒歩のみの観覧が可能だ。

午前11時25分船着き場で140人余りが搭乗できるカーフェリーの遊覧船に乗って船に乗ると、ロマンチックな海が観光客たちを広い胸で歓迎する。しかし、海の観賞もしばらく、乗船して4分も経たずに、小鹿島に到着した。夏季には、ノクトンの子供たちが泳いで渡ったりもするという島、小鹿島は思ったよりはるか近くにあった。

ハンセン病の院生たちの涙の島「小鹿島」、ハンセン病患者のための国立小鹿島病院がある島としてより有名な小鹿島は、全南高興郡道陽邑(トヤンウプ)小鹿1番地に位置している。島の形が、子鹿と似ているというので、小鹿島と呼ばれる。

小鹿島の船着き場に足を踏み出すと、一番先に見られるのが「国立小鹿島病院」の表示版だ。そのそばに子鹿塔が立っている。朝鮮戦争当時、ハンセン病の院生たちを守っていて、北朝鮮軍に虐殺された病院の職員らを賛える塔だという。

「小鹿島は観光地ではない」という立看板が面目を失う程、観光客たちが休みなく駆せ参じる。私たちの一行が到着した時も、小鹿島の入口から観光客たちあふれていた。観光客は、島の中央にある中央公園までの出入りが許されている。伝染の憂慮からではなく、ハンセン病の患友たちの私生活の保護のための境界だ。

ボランティアメンバーや面会者は、患者地帯まで出入りができるが、観光客は患者地帯に入ることができず、宿泊も禁止されていて、午後6時以前には皆陸地に戻らなければならない。現在、小鹿島の住民は約900人余り.このうち、ハンセン病の患友は約700人だ。残りは、保健福祉部所属の職員と家族で、開放地域で患友たちと別に居住している。

島に穏やかに埋もれている田園住宅は、すべて職員たちが泊まる官舎だ。郵便局から、教会、聖堂、寺院、それなりの村を形成している。規模は小さいけれど、売店も各所に目に入る。青い松の林と目が冷え冷えする程清潔な小鹿島海水浴場の後に瀟洒な小学校もあり、少し前にカフェもできた。

小鹿島は汝矣島(ヨイド)の面積の1.5倍の15万坪程度で、汚染されていない清潔な自然環境と海岸絶景、歴史的記念物などで高興地域の新しい観光名所に浮上している。島の中の住居施設は、国立病院と患者が集まって住む療養院のようなところと個人が暮らすテラスハウスのようなところに分れている。それぞれ病気の深刻さの程度に応じて、暮らしている。

ここは、島全体がうっそうとした山林と海が交わって美しい景色を成しているだけでなく、道路周辺の各所には公園が作られていて、東の海岸には海水浴場がある。景色に優れ、気候も暖かいだけでなく、うっそうとした松林ときれいな砂浜は、エキゾチックな感じを与える。島の南端に、小鹿島灯台があり、各種の医療施設や福祉施設をはじめ、キリスト教、天主教、円仏教などの宗教施設が入っている。

また、癩病患者詩人ハン・ハウンの「麦笛」の詩碑、日本人でありながら、朝鮮人の患者を献身的に世話したことによって小鹿島のシュヴァイツァーと呼ばれる花井善吉院長の彰徳碑など、公園のあちこちに患者たちの痛みを保存する歴史的記念物も立っている。

第2案内所を通って、小鹿島病院と中央公園がある方に歩いて入った。「愁嘆場」という案内文の前で足を止めた。気持ちが自ずと粛然とした。ここは、職員地帯と病事地帯に分けられる境界線で、1950~1960年代には鉄条網が張ってあった。

病院では、伝染病を憂慮して、患者の子供たちを職員地帯にある未感児保育所に隔離して生活させるようにし、病事地帯の両親とはこの境界線の道路で一ケ月にたった一度の面会が許された。この時、未感児童と両親は、再び両側に離れて、一定の距離をおいて目でのみ血縁に会わねばならないこの光景を見た人たちが、「嘆きの場所」という意味で「愁嘆場」と呼んだ。

あちこちが曲がった黒松と海岸路に沿って行くと、国立小鹿島病院の本館の建物が現れる。その向こうにノクトン港と小鹿島を結ぶ1160mの白い連陸橋も見える。子鹿大校だ。昨年の完工を目標にしていたが、工事現場の安全事故によって、今年の10月に開通が延ばされたという。それでも闇に包まれると、色々な照明が近くの海に撒かれて、壮観を演出するという。陸が島に送る一種の和解のメッセージだ。

国立小鹿島病院の歴史は、1916年日本の明治天皇が下賜した基金で設立された小鹿島慈恵医院に始まるが、この病院は当時朝鮮内の唯一のハンセン病専門医院だった。早くから、癩病患者の治療のために建設された国立小鹿島病院は、今は韓国で最も規模が大きく、施設が整っている。

写真 ▲ 美しく造成された中央公園内の絵のような木々.

写真  ▲ 柳韓洋行の木と呼ばれる雪松.

写真 ▲ 見事な桜の花の前で団体の記念撮影.


ハンセン者の悲しい歴史「中央公園」

病院の本館の前に立てられた「哀恨の追慕碑」が目を引く。解放直後、自治権を要求するハンセン病患友84名を竹槍と銃で虐殺して埋めた残酷な現場だ。ここの中央公園は、1936年12月から3年4ケ月の間に延べ人数6万余名の患者が強制的に動員されて、6千坪規模で作られた。

今でも公園の中に入ると、患者たちが直接育てた各種の形の美しい木々と共に、全体的によく整頓された優れた造形が、見る人の感歎を呼ぶ。公園の華麗な概観だけからは、苦痛の歴史を想像できないほど、あまりに美しい姿だ。

公園には各種の花や木じ植えられているが、木々が非常に優れた絵であり、一幅の風景画だ。ここ中央公園には、シュロ、黄金桧、赤松、ヤツデ、茶、いぶき、ひいらぎ、百日紅、雪松、楠、ほお、ヒマラヤシダ、かえで、人の形をした榎などの数百種と500余種の稀貴植物が植えられている。

特に、別名柳韓洋行の木と呼ばれる20億の雪松は100年の樹齢で、100種がのびているが、柳一韓(ユ・イラン)氏が見て、アンチフラミン(軟膏)のふたとして、この松を広告素材に使ったという。

中央公園の入口にある刑務所に行った。現在、建物は空き家となっていて、当時の痕跡だけが残っている。日帝時代に小鹿島仕事をしていて、病気がひどくなってこれ以上働けなくなった院生たちが、ここに監禁された。赤いレンガ建ての刑務所の広場の両側に鉄条網が張られた監獄があって、内側には実験室がある。

日帝時代の院長が、ここに受容されていたハンセン病患者たちを不法監禁して、出監する日には、例外なく強制的に精管手術を施行した監禁室と検視室。この検視室の前には、25才の若さで強制的に精管手術を受けた患者の哀切の詩が残っていて、見る人の心を痛くする。説明によれば、監禁された院生の大部分は、飢え死にさせながら、一部は生体実験をされたという。

実際に実験室案に入ってみると、真ん中に大きな石で作られた白いベッドが置かれて、棚の中には手術道具がまだ残っていて、当時のおぞましい状況を察することができる。

「その昔、我が思春期に夢見た愛の夢は破られ、ここに私の25才若さを破滅する手術台の上で、我が青春を号泣しながら、伏している」。断種手術を受けた患者が書いた号泣の詩を読むと、心が自ずと痛む。


<小鹿島の監禁室の壁にある詩>

何の罪がなくても、不問曲直し、閉じ込めておいて

なぜ、話もできないようにさせ、どうして飯も与えないのか

無念の呼びは、聞く者もないので、ひざまずき主に訴えるに

主のお言葉によって、私が耐えなければならないことを知ります。

私が不信者であったら、この生命の価値がないと

怒りをきっと爆発させただろうに

主によって、私は耐えなければならないことを知ります。

この中で、神経痛で激しい苦痛にあう時

あまりに苦しくて、ふとんの布をはがして、首をくくって死のうとしたが

我が主の慰めてくださる恩恵で、辛抱して生きてきたこと主に感謝します

私たちは反省文を書けと毎日要求されても

良心を偽る反省文を書くことができなかったのです。

(金ジョンギュン、「監禁室」全文); 写真 ▲ 今年10月開通予定の小鹿島大橋.;[昨年2007年10月に小鹿島大橋.は開通している。=滝尾]


6) **************************************

[ニューシス 2008-04-21 15:52]
【野党 「過去事清算なき実用外交は問題」‥‥大統領訪日批判】

(ソウル=ニューシス)  野党圏は21日、李明博大統領の訪日に対し、「過去事を清算しない実用外交は問題だ」と、いっせいに批判した。

自由先進党のパク・ソニョン代弁人は論評を通して、「大統領の未来指向的な対日外交路線を指示するが、実用という美名のもとに私たちの原則と根本価値を阻害することがあってはならない」、「歴史教科書の歪曲問題を具体的な内容なく不問にする態度が、またに「実用」で偽装された原則不在の外交として現れたものだ」と指摘した。

朴代弁人はまた、「両国の間の若い世代の交流拡大のために、'ワーキング ホリデーのプログラム'を大幅に拡大するようにしたが、単純に量的増大だけを採り上げているだけなので、内容がある良質のプログラムにすることができるかはなはだ憂慮される」と付け加えた。

民主労働党のパク・スンフプ代弁人も、「大統領は福田総理と'成熟したパートナー関係'の新時代を開拓していくことにしたが、結論は一言で'過去は問わないで下さい'に過ぎない」、「過去事問題を解決する努力をするために、政府次元で支援することにしたといが、具体的に何を支援することにしたか分からない」と非難した。

朴代弁人は続けて、「日本の外務省が厚顔無恥にも'独島は日本の領土'という内容の広報物をホームページに堂々と掲示していることから解決するべきなのに、全く触れず、在日同胞の地方参政権付与に前向きに対応することを要請したというが、福田総理は何の言及もしていない」、「李大統領は、国民世論を無視して、'経済協力'という名分を前面に出して、日本に過去事の免罪符を与えたのだ」と主張した。

進歩新党イ・ジアン副報道担当者も、「大統領が歴史教科書歪曲などの過去事問題に全く言及しないのは、経済協力のために過去事に蓋をして行こうとするものだ」、「大統領の'無鉄砲'、'小貪大失'の実用精神が怖く、大統領の歴史認識が浅薄ではないかという疑いを抱かせる」と批判した。  (金ソンヒョン記者)


         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 

<メタボ健診―腹回りは官頼みでなく>『朝日新聞』21日の「社説」; 「後期高齢者医療で大変」58歳、87歳母と無理心中か

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月22日(火)00時06分58秒
編集済
 

【4月22日(火曜日)午前6時43分に加筆しました!】


 升添厚生労働大臣からのメッセージ「長寿医療制度」-政府ネットをご欄下さい。升添大臣のメッセージが、いかに「虚偽」で一方的なものであるかが、お分かりでしょう。国民は、だまされてきた過去の体験をもっています。「最初は安くても、絶対あとでパーッと保険料をあげてきよるねん」。大阪市で一人暮らしをする男性(82)は語気を強める。新保険料は月額8500円。国保と比べると1カ月あたり約1千円安くなった。

 だが負担減という国の説明を「ウソや」と感じる。同じく天引きの介護保険料が、2度にわたり値上げしたからだ。大阪市の介護保険料(標準月額)は、00年度のスタード時で3381円。それが03年度に3580円、06年度には4780円に上がった。来春は3度目の改正がある。

 新制度の保険料は全国平均で年額7万2千円。2年ごとに見直される。厚労省の試算では、2015年度には8万5千円まで上がると予想されている。

「医療も介護も順番に保険料があがったら‥‥。年寄りにとっちゃ、恐怖ですよ」)(『朝日新聞』4月19日、大阪本社版より)。

 この一文を『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』のそれぞれの掲示板に掲載します。資料を提供していだだいた「朝日新聞」と「共同通信」の関係者に感謝します。


                      ‘08年4月21日(月曜日) 午後11時58分

                    人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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【資料1】舛添大臣からのメッセージ「長寿医療制度」放映中-政府ネットTV
【資料2】<メタボ健診―腹回りは官頼みでなく>『朝日新聞』4月21日の「社説」
【資料3】<「後期高齢者医療で大変」58歳、87歳母と無理心中か>『朝日新聞』
【資料4】<もっと知りたい ニュースの「言葉」>高齢者医療制度=「共同通信」
【資料5】<内閣支持25%、不支持60% 本社世論調査>『朝日新聞』

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

• 舛添大臣からのメッセージ「長寿医療制度」放映中-政府ネットTV

 平成20年(天皇暦)=2008年4月11日 「政府インターネットテレビ」において、舛添厚生労働大臣が「長寿医療制度について」出演しました。
(4月11日 「大臣のほんね」12ch(チャンネル)で放映=『朝日新聞』ホームページの4月21日~22日の記事直ぐ後にも、掲載されています!)


* 長寿医療制度でここがよくなる!!(厚生労働省)[PDF]
 (4月21日に掲載されました。 本当には、政府=厚生労働省の自画自賛である。「よくならない!!」=滝尾 まるカッコ内は滝尾の見解です。)


http://nettv.gov-online.go.jp/index.html

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

【資料2】

『朝日新聞』4月21日の「社説」より:<メタボ健診―腹回りは官頼みでなく>

 特定健診・特定保健指導、いわゆる「メタボ健診」の制度が今月から実施されている。混乱が続く後期高齢者医療制度とともに、医療改革の一つとして導入されたものだ。

 40~74歳を対象に、内臓脂肪型の肥満で高血圧、高血糖などの症状(メタボリックシンドローム)の人を見つけ出す。早めに保健指導をすることで糖尿病や高血圧症といった生活習慣病になるのを予防しようという試みだ。

 生活習慣病の治療で国民医療費の約3割が費やされる。新制度によって2025年度時点で医療給付費を2兆円節約できる、と厚生労働省は見込む。

 「メタボ」が流行語になり、腹回りを気にする人が増えた。健康づくりへの関心が高まったのはいいことだ。

 しかし、制度の中身が明らかになるにつれ、気がかりな点も出てきた。  新制度では、腹回りが基準値(男性85センチ・女性90センチ)以上の人をまず選ぶ。さらに血圧測定と血液検査で、血糖、血圧、脂質の値が二つ以上基準を超えるとメタボ該当者、一つだと予備群と判定されて保健師と面談する。目標を立て生活習慣の改善に取り組む。

 だが「腹回りが基準値以下でも、生活習慣病の予備群はいる」など、専門家の間に異論が根強い。対象者の見つけ方や指導の内容は、実情を調べつつ見直していく必要がある。

 保健指導をする人材の確保も急務だ。政府は市町村向けに保健師4300人分の財源を手当てしたが、何人確保できたのかは不明だ。

 態勢が手薄で保健指導が十分にできないと、投薬に安易に頼ることにならないか。それではかえって医療費が膨らむ懸念もある。

 さらに厚労省は、健診実施率、保健指導の実施率、メタボ該当者・予備群の減少率について、保険者ごとに目標を立てるよう求めている。達成できなかった健保などは、後期高齢者医療制度へ出す支援金を最大10%増やす。そんな罰則を5年後から実施する。

 がんばって達成したら「ご褒美」として減額するのはいいとして、罰則まで科すのはどうだろうか。太りやすい体質の人、運動しても体重が減りにくい人もいる。罰則は、そうした人たちへの風当たりを強め、ギスギスした空気を生まないか心配だ。

 不規則な食生活、運動不足を生む職場環境を放置したままで、メタボだけをやり玉に挙げるのにも無理がある。 そもそもメタボ健診は、経済財政諮問会議などから医療費抑制を迫られた厚労省が、窮余の策でひねり出した。国民の健康を考えてというよりも、役所の都合という色合いが濃い。

 健康管理は本来、個人個人の問題だ。政府の関与が行き過ぎぬよう細心の注意を払い、必要に応じて制度を見直す柔軟さを忘れたくない。

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【資料3】

<「後期高齢者医療で大変」58歳、87歳母と無理心中か>(『朝日新聞』の4月21日のホームページより);2008年04月21日21時27分

 山形市岩波で20日午後2時40分ごろ、無職長橋安男さん(58)宅で、安男さんと母親のキミ子さん(87)が死亡しているのを訪ねてきた安男さんの弟が見つけた。山形県警山形署は遺書があったことなどから、安男さんがキミ子さんを殺し、自殺した無理心中とみて、調べている。安男さんは近所の人に「後期高齢者医療制度で保険料が年金から天引きされ、生活が大変だ」と相談していたという。

 同署によると、弟が自宅敷地内の物置小屋で安男さんが首をつって死亡しているのを発見した。キミ子さんは自宅寝室で死亡しており、首を絞めた跡が残っていた。キミ子さんは認知症の症状やぜんそくの病歴があった。茶の間のこたつの上に安男さんが書いたとみられる遺書があり、キミ子さんの入院についての悩みのほかに「生きていくのに疲れた」とあったという。

 安男さんは20日午前6時ごろ、地区の民生委員(68)に、腰を痛めて入院していたキミ子さんが5日ほど前に退院したが、認知症の症状が現れ始めたことを相談。「(新制度で)保険料が上がったし、再入院するには、医療費も上がり、大変だ」と話したという。近所の人にも、介護のために仕事を辞め、キミ子さんの年金を生活費に充てていたとし、保険料が天引きされ、生活が苦しいと漏らしていた。

 21日に民生委員と新しい医療制度で入院費がどうなるか、山形市内の病院に話を聞きに行く約束をしていたという。

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【資料4】

<もっと知りたい ニュースの「言葉」>

高齢者医療制度(2005年7月7日)現行制度では、72歳以上(2007年度までに段階的に75歳以上に引き上げ)については、保険料負担はなく、医療費の自己負担は原則1割。72歳未満の高齢者は国民健康保険や被用者保険に加入し、保険料を支払った上で、医療費の自己負担は3割となっている。政府は03年の閣議決定で、75歳以上の高齢者を対象とした独立の保険制度を創設すると決めており、現在、社会保障審議会で検討している。65歳以上75歳未満の前期高齢者の扱いも課題の一つ。

保険料率(2003年4月6日)医療保険や年金などの社会保険料で、加入者が所得に応じて負担する率。保険料の計算の仕組みが4月から、これまでの月収ベースからボーナスを含めた「総報酬制」に変わった。政府管掌健康保険では、年収ベースで7・5%から8・2%(労使折半)に引き上げ。大企業のサラリーマンが加入する健康保険組合の保険料率は各組合が独自に設定するが、財政悪化を理由に負担増になるところが多いとみられる。国民健康保険は各市町村が保険料を決めている。

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【資料5】

<内閣支持25%、不支持60% 本社世論調査>(『朝日新聞』の4月21日のホームページより);2008年04月21日00時38分

 朝日新聞社が19、20の両日実施した全国世論調査(電話)によると、福田内閣の支持率は25%で、3月29、30日の前回調査の31%を大きく下回り、内閣発足以来、最低だった。不支持率は60%(前回53%)。内閣支持率が20%台に落ち込んだのは、07年7月に自民党が参院選で大敗した直後の調査で、安倍内閣の支持率が同内閣で最低の26%となって以来のことだ。


【福田内閣の支持率】


 内閣支持率を年代別にみると、70歳以上で前回は支持46%、不支持34%だったのが、今回は支持36%、不支持50%と逆転している。また、50代の支持率は20%にとどまっており、4月から始まった後期高齢者医療制度に直接かかわる人たちや、その子にあたる世代への影響が目立つ。

 内閣不支持の人に理由を聞くと、69%が「政策の面から」を選び、「自民党中心の内閣だから」(17%)、「首相が福田さんだから」(5%)などを引き離している。

 また、後期高齢者医療制度について聞いたところ、この制度が始まったことを「評価しない」が71%にのぼり、「評価する」は18%だった。「評価する」は内閣支持層でも34%にとどまり、「評価しない」の51%を大きく下回った。

 ガソリン税の暫定税率を衆議院での再議決で復活させることについては、賛成が24%、反対が63%。暫定税率の期限が切れてガソリン価格が下がる直前の前回調査では賛成24%、反対61%で、今回もほぼ同じ傾向だった。自民支持層でも賛成47%、反対40%と意見が分かれている。

 政党支持率は自民が前回の31%から大きく下がり26%。民主の22%(前回20%)と接近した。

 (数字は%。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。◆は全員への質問。◇は枝分かれ質問で、該当する回答者の中での比率。〈〉内の数字は全体に対する比率。丸カッコ内の数字は、3月29、30日の調査結果)

◆福田内閣を支持しますか。支持しませんか。
 支持する25(31)
 支持しない60(53)
◇それはどうしてですか。
(選択肢から一つ選ぶ。左は「支持する」25%、右は「支持しない」60%の理由)
 首相が福田さん  17〈4〉   5〈3〉
 自民党中心の内閣 29〈7〉  17〈10〉
 政策の面     21〈5〉  69〈41〉
 なんとなく    28〈7〉   7〈4〉

◆あなたはいま、どの政党を支持していますか。
 自民党26(31)▽民主党22(20)▽公明党2(3)▽共産党2(1)▽社民党1(1)▽国民新党0(0)▽新党日本0(0)▽その他の政党0(0)▽支持政党なし41(39)▽答えない・分からない6(5)

◆ガソリン税が4月1日から下がりました。政府・与党は、税収が不足するため、ガソリン税の上乗せを元に戻す法案を衆議院で再議決して上乗せを復活させる方針です。あなたは上乗せを復活させることに賛成ですか。反対ですか。
 賛成   24 反対    63

◆75歳以上のお年寄りを対象にした後期高齢者医療制度が4月から始まりました。このことを評価しますか。評価しませんか。
 評価する 18 評価しない 71

◆福田首相と民主党の小沢代表についてうかがいます。2人の発言や行動を比べてみて、あなたはどちらを評価しますか。福田さんですか。小沢さんですか。
 福田さん 32 小沢さん  28

 〈調査方法〉 19、20の両日、全国の有権者を対象にコンピューターで無作為に電話番号を作る「朝日RDD」方式で調査した。対象者の選び方は無作為3段抽出法。有効回答2084人、回答率58%。

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 福田内閣の支持率は、産経新聞とFNNの最新の世論調査で23・8%となり、安倍前内閣の退陣前の水準に近づく!      

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月20日(日)12時10分25秒
 

 福田内閣の支持率は、産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)の最新の世論調査で23・8%となり、安倍晋三前内閣の退陣前の水準に近づいてきた。また、『毎日新聞』の4月11日の世論調査では、「福田氏も小沢氏も首相にふさわしくない‥‥65%」と出ている。一体、日本の政局は、解散&総選挙で、国民の審判はどのように出るのでしょうか。

 年内解散は、現実のものとなっている現今である。人権・人命の尊重と、戦争のない平和な社会を目指して、賢明な国民の政治選択が、望まれる。

 この文は、『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

 情報を提供いただいた報道機関に感謝します。

                         ‘08年4月20日(日曜日) 正午

                    人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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<世論調査; 福田氏も小沢氏も首相にふさわしくない‥‥65%>(4月11日21時4分配信 毎日新聞)

 毎日新聞が5、6日に行った全国世論調査(電話)は、「福田康夫首相と小沢一郎民主党代表のどちらが首相にふさわしいか」という質問を初めて盛り込んだ。「どちらもふさわしくない」が65%で最多となり、「福田首相」は20%、「小沢代表」は12%だった。

 次期衆院選や与野党攻防で「党首力」も問われる中、日銀正副総裁人事でともに求心力の衰えが指摘される首相と小沢氏にとって厳しい結果となった。

 次期衆院選は自民、民主両党のどちらに勝ってほしいか尋ねたところ、民主40%、自民36%だった。3月の前回調査は民主44%、自民34%。両党の差は10ポイントから4ポイントに縮まり、民主党にも厳しい世論が浮かんだ。

 この質問は昨年8月に始めて8回目。いずれも民主が上回っているが、次第に広がっていた差は福田政権発足直後の水準に戻った。「その他の政党」は前回比3ポイント増の18%。

 一方、衆院選で「民主に勝ってほしい」と答えた層でも、首相にふさわしいのは小沢氏と回答した人は25%にとどまり、71%が「どちらもふさわしくない」を選んだ。「自民に勝ってほしい」層は、福田首相が47%で、「どちらもふさわしくない」は50%だった。【上野央絵】

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<福田内閣、不支持が5割超=支持続落27.6%に-時事世論調査(4月18日17時0分配信 時事通信)>

 時事通信社が11-14日に実施した4月の世論調査によると、福田内閣の支持率は前月比3.3ポイント減の27.6%で下落傾向に歯止めは掛からず、昨年9月の発足後初めて2割台に落ち込んだ。一方、不支持も同4.7ポイント増の52.4%と5割を超えた。揮発油(ガソリン)税の暫定税率失効や、日銀総裁人事をめぐる混乱で福田康夫首相の指導力を問う声が高まったことに加え、後期高齢者医療(長寿医療)制度の説明不足などが響いたとみられる。

 不支持の理由(複数回答)では「期待が持てない」が同2.4ポイント増の30.2%でトップ。これに「リーダーシップがない」27.4%、「政策が駄目」16.5%などが続いた。

 不支持は、20歳代を除くすべての年代で前月よりアップし、30歳代では初めて6割を突破。40歳代から60歳代までの各年代で5割を超えた。男女別では男性56.5%、女性48.0%だった。

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<サミットに政権を賭ける首相; 2008.4.5 18:19 ;このニュースのトピックス:安倍前首相>(産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)の最新の世論調査より)

 福田康夫首相が7月の北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)が行われる北海道内を訪問し、議長としての意気込みをアピールした。民主党との対立で政策遂行に混乱が生じ、内閣支持率は低下の一途をたどっており、政権は「内外ともにうまくいかない」(首相周辺)のが実情だ。サミットを成功させ、政権維持につなげようという思いが叶うかどうかは不透明だ。

 首相は4日夜に現地入りし、サミット会場となる北海道洞爺湖町の「ザ・ウィンザーホテル洞爺」に宿泊。5日は朝から、サミット関連の会場を視察、参加国のファーストレディーらが集うフランス料理店「レストラン・マッカリーナ」(真狩(まつかり)村)では、同記者団に向かって「新婚旅行はここにしようね」と推薦する冗談も口にした。

 首相がサミット議長国として出席するのは「父の故赳夫元首相が果たせなかった夢」(自民党幹部)であった。今月20日の李明博韓国大統領の訪日を皮切りに、5月には欧州歴訪、胡錦濤中国国家主席の訪日、第4回アフリカ開発会議(TICADIV)の横浜開催などと外交日程がめじろ押しで、「外交の福田」をアピールする絶好の機会にもなる。

 サミット会場で懇談会を開いたのも、地球温暖化対策が北海道洞爺湖サミットの主要議題になることと連動している。首相は懇談会の最後に「サミットで諸外国に言えるような提言、提案をいただきたい」と、サミットを成功させるために懇談会のメンバーにハッパをかけた。

 ただ、福田内閣の支持率は、産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)の最新の世論調査で23・8%となり、安倍晋三前内閣の退陣前の水準に近づいてきた。自民党内には「サミット成功が政権浮揚につながるのか」(関係者)と冷ややかな見方があるほか、サミット後に照準を合わせた「ポスト福田」の動きも出始めている。

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イラク活動違憲:「関係ねえ」発言で防衛省に抗議文 原告; 後期高齢者医療制度:中止・撤回求める署名活動、鳴あげる意見など

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月20日(日)02時32分21秒
 

 各「新聞記事」を紹介します。これらの記事を『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』のそれぞれの掲示板に掲載します。この記事をご覧の市民の皆さま!

 これらの「怒り」の意志を、関係当局や関係者に届けていただきたく思います。よろしくお願いいたします。

 この記事を提供させていただいた各報道機関に感謝いたします。


                    ‘08年4月20日(日曜日) 午前2時30分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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<イラク活動違憲:「関係ねえ」発言で防衛省に抗議文 原告>(『毎日新聞』の4月19日のホー牟ページ)

 航空自衛隊のイラクでの活動の一部を違憲とした名古屋高裁判決を巡り、航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長が、お笑いタレントの流行語を引用して「私が心境を代弁すれば『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言したことについて、原告団は19日、防衛省に抗議文を送付した。近く田母神氏に面談を申し入れるという。

 抗議文は「発言は憲法を無視してイラク派兵を強行し続けている政府や防衛省の『本音』を端的に示したものであり、『憲法なんて関係ねえ』と述べたに等しい」と指摘している。

 原告団は、元文部科学相の中山成彬衆院議員が18日、「問題のある裁判長で、変な判決だった。3月末で辞め『最後っぺ』(おなら)を出したようなものだ」などと語った件でも、中山議員に抗議文を送るという。【大場弘行】(毎日新聞 2008年4月19日 21時18分)

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 【資料公表日 2008-04-15 厚生労働省 保険局 総務課】

<医療費適正化に関する施策についての基本的な方針(4月15日より)《厚労省》 >


 厚生労働省は4月15日に、医療費適正化に関する施策についての基本的な方針を公表した。この方針は、高齢者の医療の確保に関する法律第八条第一項の規定にもとづいて定められ、平成20年4月1日から適用されたもの(P1参照)。

 この方針では、第一次医療費適正化計画において、医療費の急増を抑えていくために重要な政策は、(1)生活習慣病予防対策(2)入院期間短縮対策―であるとして、具体的な目標を設定している(P7~P8参照)。また、「健康増進計画」「医療計画」「介護保険事業支援計画」の施策との調和を保つことが必要として、整合性を図ることを求めている(P9~P10参照)。(『毎日新聞』のホームページより)

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 <後期高齢者医療制度:中止・撤回求める署名活動 悲鳴あげる寄せられた意見>(4月19日18時1分配信 『毎日新聞; 奈良版』)=4月19日18時1分配信 『毎日新聞』より


◇「安心して暮らせる老後どこに」「困ります。もう死にたいです」― 県保険医協

 県内の開業医ら約1000人でつくる県保険医協会(谷掛駿介理事長)は、3月下旬から進めている後期高齢者(長寿)医療制度の中止・撤回を求める署名活動で、寄せられた署名はがきの自由記述欄に書かれた全意見を公表した。「安心して暮らせる老後はどこに」(75歳未満、女性)「とても困ります。もう死にたいです」(75歳以上、女性)など275件に上っている。

 他の自由記述には▽「道路財源などの無駄を省き人の命にかかわることを大切に」(75歳以上、女性)▽「広報活動は不十分で政府は怠慢」(75歳以上、男性、夫婦2人暮らし)――などもあった。 傾向別の分類では、「絶対反対、廃止せよ」65件▽「生活苦しい、やっていけない」52件▽「年金からの天引きはひどい」43件などが多かった。

 協会は、全国組織の全国保険医団体連合会が作成したはがき付きパンフレットを、県内を中心に高齢者クラブの会員などに約6万枚配布。4月17日までに、458枚1119筆が寄せられた。4月24日までの到着分を第1弾として衆参両院議長あてに提出する予定。

 協会の市川篤副理事長は「高齢者がここまで追い込まれているということだ」と話した。【中村敦茂】 4月19日朝刊

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 <医療費(その1) 75歳、生活再設計 新制度、家族にも影響;◇金のない人は医者に行くなと言うのか‥‥>       

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月19日(土)09時37分19秒
 

 <医療費(その1) 75歳、生活再設計 新制度、家族にも影響;◇金のない人は医者に行くなと言うのか‥‥>(『毎日新聞』4月19日のホームページより)


 「何や、私はどこにも入ってへんの」。兵庫県西宮市役所で今月初め、信濃純代さん(73)は職員に確認した。医療保険未加入の状態で数日過ごしていた。

 後期高齢者(長寿)医療制度は、75歳以上が対象だ。しかし社会保険に入っていた77歳の夫が新制度に移ったのに伴い、扶養家族だった信濃さんは、新たに子どもの扶養を受けるか、国民健康保険に入る手続きが必要だったのだ。

 小泉内閣の06年6月に成立した医療制度改革関連法。現役並みの所得がある70歳以上の窓口負担が3割に増えたことなどに比べ、後期高齢者医療制度創設は一般の注目を集めなかった。新保険証が届き、年金からの天引きを知ったお年寄りが役所に殺到するのは、制度が始まってからのことだ。

 信濃さんの夫の保険料は新制度で年間11万円増えた。信濃さんの国保保険料を含め夫婦の負担増は年14万円に上る。「老後の生活設計もやり直し」と言う。

    ◇

 日本有数の豪雪地帯、岩手県西和賀町。佐藤ヒデさん(77)は、運送会社で働く長男正一さん(59)家族と同居する。亡夫の遺族年金が主な収入だ。

 正一さんの扶養家族のヒデさんは、保険料を払う必要がなかったが、新制度で徴収対象に。政府・与党合意で半年間は免除されるが、10月に年金からの天引きが始まる。

 正一さんは年収約350万円。妻と共働きで家計を支える。原油高の影響で運送会社の賃金も頭打ち。自宅の冬の灯油代は月4万円ほどで、この1年半で倍近くになった。

 岩手県の平均保険料は年4万7733円。ヒデさんに保険料額の通知はまだない。月1度、町の送迎バスで高血圧の薬をもらいに通院する程度だが、健康への不安はある。「昭和1けた世代は長生きするもんではないかもな。ハハハ」。笑い飛ばすヒデさんだが、その目は厳しかった。

    ◇

 同じ西和賀町の北部にあった旧沢内村は60年、全国に先駆けて65歳以上の医療費無料化を実現した。生活保護世帯が1割を超していた村。通院を我慢して重病になる人も少なくなく、結果的に医療費が増えていた。その悪循環を断ち切るための措置だった。

 73年から20年間、村長を務めた太田祖電(そでん)さん(86)は、医療費無料を守り切った。05年の町村合併で無料化の旗を降ろしたが、今も自己負担は通院月1500円、入院5000円の上限を定め、あとは町で負担する。住民税非課税世帯の65歳以上は無料のままだ。

 「国の新制度は『金がない人は医者にかかるな』と導くもの。いずれ日本は、無料化前の沢内村のようになるのでは」。太田さんは懸念する。【佐藤丈一】

    ◆

 次の衆院選に向けた選択の手引。今回は、後期高齢者医療制度導入などで注目される医療費の負担のあり方を取り上げる。

 (毎日新聞 2008年4月19日 東京朝刊)

 

   <イラク空自違憲の判断 政府の理屈の矛盾突く>『朝日新聞』のホームエージ(2008年04月18日06時02分)より

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月19日(土)09時16分40秒
 

   <イラク空自違憲の判断 政府の理屈の矛盾突く>『朝日新聞』のホームエージ(2008年04月18日06時02分)より

 周辺でゲリラ攻撃や自爆テロが頻発しても、航空自衛隊の輸送機が離着陸するバグダッド空港は「非戦闘地域」。戦地への自衛隊派遣と憲法とのつじつま合わせのために政府がひねり出した理屈の矛盾を、名古屋高裁が突いた。空自の活動は来年7月に期限切れを迎えるが、違憲判断で派遣継続のハードルが高まった。


空自小牧基地を出発するイラク復興支援派遣隊第15次隊=14日、愛知県小牧市、遠藤啓生撮影


 ■あいまいな「非戦闘地域」

 「政府は総合的な判断の結果、バグダッド飛行場は非戦闘地域の要件を満たしていると判断している。高裁の判断は納得できない」。町村官房長官は17日の記者会見で、あからさまに不満を示した。

 高裁判決は「バグダッドは、国際的な武力紛争の一環として行われる、人を殺傷し、物を破壊する行為が現に行われている。イラク特措法にいう『戦闘地域』に該当する」と指摘。空自の活動はイラク復興支援特措法にも憲法9条にも違反するとした。
 政府はバグダッド全体が戦闘地域か非戦闘地域かの判断はしていないが、少なくとも「バグダッド空港と輸送機が飛ぶ経路は非戦闘地域」(防衛省幹部)と認定している。

 町村氏は会見で、「バグダッド飛行場には商業用の飛行機が多数出入りしている。本当に戦闘地域で、俗な言葉で言うと、危険な飛行場であれば、民間機が飛ぶはずがない」と反論した。

 高裁判決は戦闘地域であるバグダッドに多国籍軍の武装兵員を輸送することは「武力行使と一体化する」とも指摘したが、政府は「そもそも非戦闘地域だし、武力行使と一体化するものではない」(町村氏)との立場だ。

 ただ、あいまいな「非戦闘地域」という概念は、イラク派遣をめぐるこれまでの国会審議でも、たびたび大きな論争を巻き起こしてきた。

 政府はイラクへの自衛隊派遣が憲法9条に違反しない根拠として、「非戦闘地域への派遣」を挙げてきた。だが、非戦闘地域と戦闘地域の区別を聞かれた当時の小泉首相は「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、私に聞かれたってわかるわけない」。さらには「自衛隊が活動しているところは非戦闘地域だ」との答弁まで飛び出した。

 政府は「戦闘」を「国または国に準ずる者による組織的、計画的な攻撃」と定義し、自衛隊や米軍などが攻撃を受けて反撃しても、「国家かそれに近い組織」が相手でなければ、その地域は「戦闘地域」にはあたらないとした。「弾が飛び交う状態でも戦闘地域ではない」との論法も成り立ってしまう。

 今回の判決は、この矛盾点を指摘した。武装勢力の攻撃や、米軍の度重なる掃討作戦を理由にバグダッドを「戦闘地域」と断定。「バグダッドへの空輸は、他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」とした。

 特措法策定にかかわった政府関係者は「『非戦闘地域』の概念は(インド洋で給油活動をする)テロ対策特措法にも盛り込まれた。だが、イラクの治安がここまで悪くなるとは予想できず、結果的にこの概念が大論争を招いた」と漏らす。


 ■特措法延長に障壁

 「それは判断ですか。傍論。脇の論ね」
 福田首相は17日夜、名古屋高裁の違憲判断への感想を記者団に聞かれ、こう語った。そして、空自の活動について「問題ないんだと思いますよ」と言った。

 06年7月に陸上自衛隊をサマワから撤退させた後も、日本政府はイラクでの空自活動を継続してきた。「日米同盟維持と国際貢献の観点から、当面、活動を続ける必要がある」との判断で、イラクでの空自は「日米同盟の象徴」の役割を引き受けてきた。

 それだけに政府は、違憲判断にかかわらず、「(空自の活動を)今の時点で見直す考えはない」(増田好平防衛事務次官)との立場だ。

 ただ、自衛隊のイラク派遣に反対してきた野党側は勢いづく。民主党の菅直人代表代行は17日の記者会見で「非戦闘地域の判断が、しっかりやれていなかった」と批判。そもそも「非戦闘地域を線引きできるという発想がおかしい」(幹部)との意見が民主党内では大勢だ。

 政府・与党は今年1月、インド洋での給油活動を可能にする補給支援特措法を、国会の大幅延長と衆院の3分の2再可決を使ってようやく通したばかり。イラク特措法が来年7月に期限切れとなることから、早くも「(苦労した給油継続の)二の舞いになることだけは避けたい」との声が出る。

 そんななか、政府・与党が検討を進めているのが、自衛隊の海外派遣を随時可能にする一般法(恒久法)だ。

 自民党は10日、イラク特措法と補給支援特措法、国連平和維持活動(PKO)協力法の3法を統合した形での法整備を目指すプロジェクトチーム(PT)を発足させた。座長の山崎拓・元幹事長は「今国会中に一般法の政府案を提出しないと間に合わない」と意欲を示す。

 ただ、公明党が慎重姿勢を崩しておらず、与党間協議のめどすら立っていない。そのうえ、民主党も17日の判決を受け、「まだ一般法の議論をする時期ではない」(幹部)。今回の違憲判断は今後の一般法の議論にも影を落としそうだ。


 ■緊張の離着陸、700回近い輸送

 空自によるイラクでの空輸活動は、小牧基地(愛知県)から派遣された3機のC130輸送機が担っている。クウェートを拠点に、当初はイラク南部のアリとを結んでいたが、06年7月に初めて首都バグダッド、同年9月にはイラク北部アルビルの各飛行場への輸送を開始した。04年3月の活動開始から4年。派遣が5回目となる隊員もいる。

 これまでの派遣隊員数は延べ約3千人。クウェートとイラク国内の3空港との間を週4~5日結び、輸送回数は総計694回、運んだ物資の量は約600トンに上る。15次となる派遣隊は3月10日と4月14日に派遣されたばかりだ。

 空輸活動では、米軍など多国籍軍の兵士や国連要員、武器・弾薬以外の物資を運ぶとされているが、日本政府・防衛省は詳細を明らかにしていない。差し止め訴訟の原告らによる空輸実績の開示請求でも、開示資料はいずれも日付や内容の部分が「黒塗り」の状態だった。

 日本政府は「バグダッドなどの空港は非戦闘地域」としているが、実際は「飛行場の離着陸時に地上から攻撃を受ける危険性が高い」(自衛隊関係者)とされ、隊員の精神的負担は大きい。C130がイラク国内で離着陸する時には、通常時に比べて急角度での上昇や降下をすることで低い高度にいる時間を短くしているという。

 バグダッドなどへの飛行では、C130に取り付けられたミサイル警報装置が鳴り、旋回やフレア(おとりの熱源)を出すなどの回避行動をとることもある。昨年12月、現地を視察した田母神俊雄・航空幕僚長もC130でバグダッド空港に着陸する間際、「ミサイル警報装置が鳴り、一瞬緊張した」と話した。

 これまでの飛行で、C130が実際にミサイルの追尾を受けたことは確認されていない。しかし、05年には英空軍のC130が、バグダッド空港離陸後に地上からの攻撃を受けて墜落するなどの被害が出ている。

 「空輸活動が武力行使になるのか」「インド洋の給油活動なども違憲になってしまうのではないか」。活動を続ける制服組は今回の判決にとまどう。ある自衛隊関係者は「判決に法的な効力がないなら活動にすぐに影響はないが、今後は政治で議論されるのではないか」と、判決の波及を懸念した。「活動を続ける隊員や家族がかわいそうだ」との声も漏れた。
 

 「自衛隊イラク派遣が憲法9条に違反する」と言う画期的な判決が名古屋高裁で今日(17日)出ました。 ご連絡いたします。

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月18日(金)01時40分6秒
編集済
 
 高橋さんから、下記のような内容のメールが滝尾宛てにも届きました。この画期的な「自衛隊の海外派兵を違憲と断罪した名古屋高裁の判決を『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

 この「自衛隊イラク派遣が憲法9条に違反する」と言う画期的な判決を全国の皆さんに広く情報として、広めるとともに、自衛隊のイラクからの撤退の声をひろめていき、政府・与党にその実現を要求していきましょう。


                     ‘08年4月18日(金曜日) 午前1時30分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 高橋です。すでにご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、「自衛隊イラク派遣が憲法9条に違反する」と言う画期的な判決が名古屋高裁で今日(17日)出ました。しかも、国は結論的には勝訴なので上告できず原告も上告しないので確定すると言う意味では戦後初めて自衛隊の海外派兵を違憲と断罪した、超・超・超画期的判決です。どんどんひろめましょう。そして自衛隊の撤退をもとめましょう!

下記に原告団の声明を貼り付けます。


<声 明>

第1 画期的な違憲判決である

 2008年4月17日、名古屋高等裁判所民事第3部(青山邦夫裁判長、坪井宣幸裁判官、上杉英司裁判官)は、自衛隊のイラクへの派兵差止等を求めた事件(名古屋高裁平成18年(ネ)第499号他)の判決において、「自衛隊の活動、特に航空自衛隊がイラクで現在行っている米兵等の輸送活動は、他国の武力行使と一体化したものであり,イラク特措法2条2項,同3項,かつ憲法9条1項に違反する」との判断を下した。

 加えて,判決では,平和的生存権は全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利であるとし,単に憲法の基本的精神や理念を表明したにとどまるものではないとし,平和的生存権の具体的権利性を正面から認めた。

 判決は、理由中の判断で、自衛隊がイラクへ派兵された後の4年にわたって控訴人らが主張してきたイラク戦争の実態と自衛隊がイラク戦争の中でどのような役割を果たしているかを証拠を踏まえて詳細な認定を行い、イラク特措法及び憲法9条との適合性を検討した。

 その結果、正面から自衛隊のイラクでの活動が違憲であるとの司法判断を下したものである。

 この違憲判決は、日本国憲法制定以来、日本国憲法の根本原理である平和主義の意味を正確に捉え、それを政府の行為に適用したもので、憲政史上最も優れた、画期的な判決であると評価できる。判決は、結論として控訴人の請求を退けたものの、原告らを始め日本国憲法の平和主義及び憲法9条の価値を信じ、司法に違憲の政府の行為の統制を求めた全ての人々にとって、極めて価値の高い実質的な勝訴判決と評価できるものである。


第2 自衛隊イラク派兵差し止め訴訟の意義

 1990年の湾岸戦争への自衛隊掃海艇派遣以降、自衛隊の海外活動が次々に拡大され、その間、全国各地で絶えることなく自衛隊の海外派兵が違憲であるとする訴えを市民は提起し続けてきた。しかし、裁判所は一貫して司法判断を避け、門前払いの判決を示し、憲法判断に踏み込もうとしなかった。

 しかし、今回のイラクへの自衛隊の派兵は、これまでの海外派兵とは質的に大きく異なるものであった。第一は、アメリカ、ブッシュ政権が引き起こしたイラク戦争が明らかに違法な侵略戦争であり、自衛隊のイラク派兵はその違法な侵略戦争に加担するものであったということである。第二は、自衛隊のイラク派兵は、日本国憲法下においてはじめて「戦闘地域」に自衛隊が展開し、米軍の武力行使と一体化する軍事活動を行ったことであり、これは日本がイラク戦争に実質的に参戦したことを意味しているという点である。この裁判は、このような自衛隊のイラク派兵が、日本国憲法9条に違反し、日本国憲法が全世界の国民に保障している平和的生存権を侵害していると原告らが日本政府を相手に訴えたものである。

 日本政府は国会でもイラクで自衛隊が行っている活動の詳細を明らかにせず、実際には参戦と評価できる活動をしている事実を覆い隠し、本訴訟においても事実関係については全く認否すら行わない異常な態度を最後まで貫いた。国民には秘密の内に憲法違反の自衛隊派兵の既成事実を積み重ねようとする許しがたい態度である。

 私たちはこの裁判で、自衛隊の活動の実態を明らかにするとともに、日本政府が国民を欺いたままイラク戦争に参戦していることを主張、立証してきた。そしてまた、日本政府が立法府にも国民にも情報を開示しないまま、米軍と海外で戦争をし続ける国作りを着々と進めている現実の危険性を繰り返し主張してきた。そして、今、行政府のこの暴走を食い止めるのは、憲法を守る最後の砦としての役割が課せられている司法府の責任であることを強く主張をしてきた。


第3 憲法と良心にしたがった歴史的判決

 本日の高裁民事3部の判決は、原告の主張を正面から受け止め、イラク派兵が持つ歴史的な問題点を正確に理解し、憲法を守る裁判所の役割から逃げることなく、憲法判断を行った。

 判決は、憲法9条の規範的意味を正確に示した上で、航空自衛隊が現実に行っている米兵の輸送活動を,憲法9条が禁止する「武力行使」と認定し、明らかに憲法に違反していると判断した。

 我が国の憲法訴訟は、違憲判断消極主義と評価されるような政府・国会の判断に対する過剰な謙抑により、憲法の規範性が骨抜きにされつづけ解釈改憲とすら評される事態を進めてきた。自衛隊の違憲性については、過去に長沼ナイキ基地訴訟第一審判決(札幌地裁昭48・9・7)で、自衛隊を違憲とした判断が唯一見られるだけで、それ以後、自衛隊及びその活動の違憲性を正面から判断した判決は一つとして見られない。ましてや、高裁段階の判断としては、本日の名古屋高裁民事第3部の判決が戦後唯一のものである。憲法と良心に従い、憲法を守り、平和と人権を守るという裁判所の役割を認識し、勇気をもって裁判官の職責を全うした名古屋高裁民事第3部の裁判官に敬意を表するものである。

 本判決は、我が国の憲法裁判史上、高く評価される歴史的判決として長く記憶されることになるであろう。

 イラクへの自衛隊派遣を違憲とした本判決は、現在、議論されている自衛隊の海外派兵を前提とする様々な活動について、憲法違反に該当しないかどうかについての慎重な審議を要求することとなる。憲法との緊張関係を無視して違憲の既成事実を積み重ねるためにイラク特措法を制定し、国会での審議すら実質上無視するような政府の姿勢は厳しく断罪されなければならない。この判決を機に自衛隊の存在とその活動について憲法の立場から厳しいチェックがなされなければならない。

 また、この判決は、この裁判の原告となった3000名を超える市民(全国の同種訴訟に立ち上がった5500名を超える市民)が声を上げ続けた結果、産み出されたものである。日本と世界の市民の平和を希求する思いがこの判決を産み出したのである。

 さらに、日本国憲法、とりわけ憲法9条がなければ出されることのない判決である。この判決は、平和を希求する市民が日本の平和憲法の力を活かした結果産みだしたものである。

 日本国憲法の価値を示す画期的な判決として、この判決を平和を願う全ての市民とともに喜びたい。


第4 自衛隊はイラクからの撤兵を

 我が国は三権分立を統治原理とし、かつ法の支配を統治原理としている立憲民主主義国家である。三権の一つであり、かつ高等裁判所が下した司法判断は、法の支配のもとでは最大限尊重されるべきである。行政府は、立憲民主主義国家の統治機関として、自衛隊のイラク派兵が違憲であると示したこの司法判断に従う憲政上の義務がある。

 私たちは、日本政府がこの判決に従い、直ちにイラクからの自衛隊の撤退を行うことを強く求める。

 私たちは、今日このときから、この違憲判決を力に、自衛隊のイラクからの撤退を求める新たな行動を開始するとともに、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」し、「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」した日本国憲法の理念を実現するための行動を続けるものである。

                                             2008年4月17日

                                         自衛隊イラク派兵差止訴訟の会
                                       自衛隊イラク派兵差止訴訟弁護団

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 「人間は自然の一部であり、自然から生まれて自然に帰る‥‥」という思想に共感している私です‥‥ !           

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月18日(金)00時00分13秒
編集済
 

 東京在住のEさんからのメールを送っていただきました。そのメールに添付されていた「抜書き」は、たいへん貴重な資料ですので、それを印刷して、読ませていただきました。私だけでなく滝尾のふたつのホームページの掲示板にも掲載して、この資料を紹介します。その際、簡単な私のコメントつけておきます。「抜書き」のすべては厖大なので、その一部分だけを紹介します。

「抜書き」は、3つの資料がありました。その第一はつぎのような内容です。

【資料1】中世禅家の思想 日本思想大系16 岩波書店、一九七二年十月二十五日第一刷より

 解説 抜隊禅の諸問題 市川白弦
  六 仏法と王法―禅経験と禅イデオロギー (p.528-532)

 禅思想の根柢には禅の原経験がある。この原経験が禅思想として世界のなかに座を占めるのには、原経験を反省し、世界とのかかわりにおいてその意義と位置を明らかにする仕事――このことが原経験を鍛えもする――がなくてはならない。この仕事の主体は、抽象的な意識一般とか認識主観といったものではなくて、固定してはいないが、特定の気質・個性・人生経験をもっている。したがってここに形成される思想も、個性・特殊性をおびることになる。すなわち思想に人名がつくゆえんである。しかし思想の個的主体は、特殊と一般の統一として、その社会における物質的な生産様式に条件づけられた、歴史的、社会的制約をもつと考えられる。この制約をイデオロギー的制約とよび、そして階級社会のイデオロギーに階級性と部分性、したがって虚偽の意識の意味をみるとするならば、禅思想についても、それのイデオロギー性が問題となるであろう。

  俗人来問、……教外別伝ノ直旨如何
  師便居士ト喚。彼即応諾ス。
  師曰、何レノ教ヨリカ這箇ヲ得タル。
  彼便点頭シテ礼〔らい〕ヲナス。

 この場合の呼応関係そのものはイデオロギーを含まぬといえよう、問答者の作法に反映する人倫の詮索を保留するならば。抜隊は自心を見ることをつぎのように勧める。

 自ら心を見に虚空の如し。形も無し。此中に耳に声きゝ響を知る主は、さて是何物ぞと、少もゆるさずして深く疑ふばかりにして、更に知るゝ理、一つもなくなりはてゝ、我身の有ことを忘れはつる時、先の見解は断はてゝうたがひ十分になりぬれば、悟の十分なること、桶の底の出る時、入たる水の残らざるが如し。(仮名法語)

 この叙述は、いわゆる思想構成の地平ではなく、いわゆる思想の地平でさえもない。このばあいの疑いは、コギト・エルゴ・スムの原則をうちだして、近代の個人主義・合理主義・物心二元論を展開する基点としての、デカルトの知的懐疑ではない。そうでなくて、むしろそれは脱思想の退歩であり、形而上的な下への超越である。上層のイデオロギーの領域へ進み出るのではなく、思惟以前の根柢へ還るのである。

心=自性の超時空性を堺に仮託して述べるならば、次のようである。

 上代と雖も火はあつく来世と雖も水は冷に、上代と雖も天は高く来世と雖も日月地におちず。ここを以て知るべし、上代末代差別なきことを。

 堺=自然をかりて心の超歴史性を示そうとしたのである。古代も現代も天は高く火は熱いという事実・記述は、それだけではイデオロギーではない。このばあい、人間は自然の一部であり、自然から生まれて自然に帰る、自然は人間の根源であり、人間はもともとこの根源と一である、とされている社会では、根源的自然の不易性が人倫の不易性のモデルとされ、人間を覆載する天地の秩序と運行の永久性を、人倫の秩序と営為の永久性のモデルとみなす治者のイデオロギーが形成され、自然に対する人間の畏怖・畏敬・親愛・憧憬を介して、大きな摩擦なしに庶民にうけいれられることになる。(下線は滝尾が付す)

「天尊地卑、乾坤定矣。卑高以陳、貴賤位矣」(易繋辞上伝)。天地の布置が無媒介に――しかしこのばあいの天地は、近代合理的知性の前の自然ではない――尊貴と卑賤の身分の上下と価値の高低に転移される。この宇宙論=人倫論の原則を日本風に構成したものが、かの「十七条憲法」である。

「君則天、臣則地……」および「随三天神之所二奉寄一、方今将レ修二万国一」(大化元年詔)という国体標示を軸として、刑・政・礼・楽すなわち力(外)から教(内)への王道原則を十七条に配置した王法における一君万民の統制規範である。これは和国王法的自然法ともいうべきイデオロギーであり、『礼記』のカテゴリーをかりた王法と仏法の統合理説でもあった。十七条憲法の「故承レ詔必慎、不レ謹自敗」という結びは、王法・仏法体制下における安全の生き方と安心〔あんじん〕の生き方との一体性の提示でもあり、日本仏教はおおむねこの路線において、諸悪莫作・衆善奉行の個人・社会倫理を自浄其意の安心の智慧との和合のうえに構成し展開した。


 難解なこの文は、私(=滝尾)の理解をはるかに超えています。しかし、下線を付した個所はぼんやりとであるが、共感が出来そうです。これは古くから存在する「東洋の思想」ではないかと思います。「人間は自然の一部であり、自然から生まれて自然に帰る‥‥」も、私が最近、多々病を持つようになり、また、老齢してくるにしたがって、共感できるようになりました。

 歌手の五木ひろしさんが、2000年に中国を訪問し、20世紀最後の2000年の歳末の「紅白」で、小椋桂:作詞、堀内孝雄:作曲の「山河」という壮大なメッセージ曲を歌います。その冒頭のことばは、次のような内容です。

  人は皆 山河に生まれ、 抱かれ 挑み、
  人は皆 山河を信じ、和み(なごみ)、愛す、
  そこに 生命(いのち)をつなぎ、生命を刻む、
  そして、終(つ)いには、山河に還る。

 私の大好きな歌謡曲です。今日は「カラオケ喫茶・城」で最初に歌った歌謡は、この「山河」でした。むしゃくしゃしていた雑念が、この「山河」を歌っていると、なんだか、ふっ切れそうになりました。昨日は、午後2時から5時半までの2時間半、広島市安佐北区役場の厚生部健康長寿課介護保険係の職員3人が私の心身の状況・介護の必要な度合いなどを調べるために、滝尾宅を訪問し、聞き取り調査を行ないました。


 調査は、厚生労働省老健局老人保健課長通知の「認定調査票記入の手引き」、及び「認定調査票(基本調査)の記入要綱」に基づいて行なわれるわけです。認定調査項目は、第1群(麻痺・拘縮に関連する項目)、第2群(移動等に関連する項目)、第3群(複雑な動作等に関連する項目)、第4群(特別な介護等に関連する項目)、第5群(身の回りの世話等に関連する項目)、第6群(意志疎通=コミュニケーションに関連する項目)、第7群(問題行動に関連する項目)、第8群(特別な医療=過去14日間)、第9群(日常生活の自立度)、第10群(廃用の程度=生活の不活発さの程度に関連する項目)の10群の調査でした。

 この調査は、各項目が「1.ない、2.ときどきある、3・ある」など、2枠~数枠のいずれかにチェックするようになっている。なお、別に、調査員が文章で書く「概況調査=主訴、家族状況、居住環境(外出困難等の日常生活に支障となるような環境の有無)、日常的に使用する機器・器械の有無等が記載されることになっている。

 このように認定調査票は、身体などの障害の程度や、日常生活の支障などを類型化し、数量化して、調査結果をコンピュータに入力し、介護に必要な時間を推計するようになっています。別に認定調査の際に調査項目に関連して聞き取った項目を、「主治医意見書」と共に介護認定審査会に提出し、「要介護認定」が行なわれます。


 この認定調査は、果たして妥当なものであるかについては、疑義があります。

 第一に、「身体の障害」と「こころ=たましいの障害」を一体化していないことです。老人は、身体の衰えや、将来の不安(経済的にも、心身の衰弱にしても)強くあるものです。とりわけ、現在の政府の医療・福祉政策は「後期高齢者医療制度」に見られるように、「年寄りいじめ」が露骨であり、介護制度もきわめて不十分です。最近、地域包括支援センターに私は度々行くのですが、その施設・設備は、老人にとって、適切なものではありません。また、核家族などにより家族介護も、多くは期待薄です。


 第二に、一ヶ月の利用できる介護サービスも利用料の一割は自己負担。また、限度額を超えた分は全額自己負担です。それに老人のこころの介護サービス・ケアは、現在の地域包括支援センターでは、なされておりません。現在の老人たちは、天寿を全うして「大往生」というわけにはいき難い状況です。私は、現在「死の準備」をしています。「死とどう向き合うか」は、だれに相談したらよいのでしょうか。

「後期高齢者医療制度」が始まり<大阪府高槻市の女性(77)は怒りを隠さない。夫(69)と2人暮らし。腰痛などで週3回通院する。11日に社会保険庁から届いた年金振込通知には、介護保険料の欄に5800円、その下に小さな文字で「後期高齢者医療保険料額 7900円」とあった。国保の時と比べ年1万3千円の負担増。「はよ死ね、って国から言われているみたい」>(『朝日新聞』の4月16日のホームページより)。

 第三に、現在の介護サービスは、メジカルな心理的・精神的介護サービスは行なっていない現実があります。だから、「物忘れ」という現象が老人に出たとき、①それが加齢現象によるものか、②アルツハイマー病や脳血管性認知症のように正常脳と明らかに異なる萎縮や損傷による記憶障害(物忘れ)もあります。また、③「後期高齢者医療制度」に見られるように、「年寄りいじめ」が露骨であり、老人が「経済的生活不安」や「愛する人」を失ったりして「うつ病」となり、それによる「物忘れ」現象もあるのです。

 それぞれ「物忘れ」の護サービスの方法や対処は異なってきます。これが今の介護サービス関係者には、なかなか分かってもらいないのです。老人のこころケアという認定調査票項目は、実に妥当を欠くものとなっています。そうした調査が行なわれています。


 そうした時に、東京在住のEさんから、「人間は自然の一部であり、自然から生まれて自然に帰る、自然は人間の根源であり、人間はもともとこの根源と一である」ことを教えていただいたのです。(未完;以下明日に掲載します。=滝尾)。

 この一文は、『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』のそれぞれの掲示板に掲載します。

                  ‘08年4月17日(木曜日) 午後11時52分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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  「後期高齢者医療制度」の悪制度が発足した! この制度の見直し、または廃止を訴えます。                

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月16日(水)11時40分17秒
編集済
 

「後期高齢者医療制度」の悪制度が発足した!


 政府が、4月15日から「年金の天引き」を実施する「後期高齢者、改め通称「長寿」医療制度」を今朝(4月15日)の『朝日新聞』の朝刊1面に掲載の「天声人語」を読んで、多少、溜飲が降りた思いだった。「後期高齢者医療制度」なんて、政府が「‥‥あなたは、高齢者だけでなく人生の終焉である「後期」高齢者なんですよ」と云わんばかりのもの。

 その上、「新医療制度 『制度複雑すぎる』『受取額減りショック』~年金天引き不信募る」の見出しには、「大阪府高槻市の女性(77)は怒りを隠さない。夫(69)と2人暮らし。腰痛などで週3回通院する。11日に社会保険庁から届いた年金振込通知には、介護保険料の欄に5800円、その下に小さな文字で「後期高齢者医療保険料額 7900円」とあった。国保の時と比べ年1万3千円の負担増。「はよ死ね、って国から言われているみたい」

「滋賀県甲賀市の主婦(76)は、通知書を見て驚いた。国保なら所帯で2ヶ月1万9千円だった保険料は3万円に。夫(81)は糖尿病と脳梗塞で左半身がまひし、車いす生活を送る。「介護に追われ、ぎりぎりの生活。新制度で高齢者の病気は減らない。どうやって金を取るかを考えただけでしょう」と話した。」


「ハンセン病療養所の将来構想について、国は何もしてくれない。 これからの療養所がどうなっていくのか、入所者は不安でいっぱいです。 入所者が安心して暮らせる療養所の未来を求めて署名活動を展開しています。」と国宗直子弁護士のホームページには書かれている。

 <ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会(署名集約団体) ・構成団体>(全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)、ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会(全原協)、ハンセン病違憲国賠訴訟全国弁護団連絡会(全弁連)、ハンセン病市民学会、全日本国立医療労働組合、ハンセン病首都圏市民の会)の6団体は、「ハンセン病療養所」の将来構想で、周辺地域との「共生」の必要を説く。その地域のお年寄りは、現在、新医療制度で、医療費の高騰で塗炭の苦しみを味わっている。

 ハンセン病問題基本法を制定し、開かれた国立ハンセン病療養所の未来を求める国会請願署名運動、賛同者及び賛同団体一覧には、多数の人権関係や福祉関係者、障害者関係団体などがおられる。

 こうした方がたが、真に「地域の医療・福祉関係者」や「医療介護・医療患者」と「共生」を志向するのなら、地域のお年寄りは、現在、新医療制度で、医療費の高騰で塗炭の苦しみを受け止めて「将来構想」をたてる必要があるだろう。「地域の医療介護・医療患者」と、その家族の現実を無視するのなら、その「地域との医療と共生」をスローガンとする運動は「目的」ではなく、療養所福祉充実の「手段」となることを銘記して欲しい。

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「天声人語」‘08年4月16日付けを下記に添付する。

 職人の手間賃を差っ引いて親方いわく。若さに任せて遊びにつぎ込んじゃいけねえ、ためといてやろう。それは美談だが、抜いた金で親方が遊んでは、ただのピンハネだ▼後期高齢者、改め通称「長寿」医療制度で、最初の保険料が832万人の年金から天引きされた。バタバタと動き出した新制度は、保険料の誤徴収、保険証の未着と混乱の中だ。説明不足を「まずかったなと反省」(首相)しても遅い▼病気になりやすいお年寄りに、広く薄く、地域ごとに自己負担の網をかけ、医療費の膨張ペースを抑える仕組みだ。とはいえ、老後の真ん中に「後期」という線を引いた冷たさと鈍感。余生を楽しむ「75歳からの夢」には程遠い、長生き損の社会を予感させる▼都市部の低所得層には負担が急増する人も多い。支出の痛みを和らげる措置はいずれ終わる。そこで、東京都などは独自に、保険料の一部を公費で肩代わりしたという。支出と負担を地域で連動させる理念が、早くも揺らいでいる▼あいにく、日の丸印の「親方」には無駄遣いの癖がある。社会保険庁や国土交通省は、自前の財源を好きに使っていた。でたらめな支出を許し、お粗末な年金行政の始末もつかないうちに天引きかい。値上げ満開の列島に不満が募る▼「天引かれ」の日に、衆院山口2区の補選が告示された。自民が担ぐのは国交省OB、民主の候補は旧大蔵省出身で国税庁にもいた。同じ元官僚でも、税金の「出」と「入」に携わった者の争いだ。道路にせよ医療にせよ、使い道を論じる絶好機だろう。

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  最近の「新聞報道」ホームページより; 福田政権の悪政に、国民の”怒りの声” が渦巻く!                   

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月15日(火)21時27分47秒
編集済
  < 最近の「新聞報道」ホームページより; 福田政権の悪政に、国民の”怒りの声” が渦巻く! >


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 記事1:<内閣支持率30%、前月より3・9ポイント減‥‥読売調査>『読売新聞』4月15日のホームページより)

  【世論調査・支持率】

 読売新聞社が12、13日に面接方式で実施した全国世論調査によると、福田内閣の支持率は30・0%(3月調査比3・9ポイント減)、不支持率は58・4%(同4・4ポイント増)だった。

 支持率は昨年9月の内閣発足以降、面接調査では最低を記録した。

 支持率は、変化がより強く出る傾向がある電話方式による緊急調査(4月1、2日実施)では28・0%まで落ち込んでおり、低落に歯止めはかかっていない。(『読売新聞』の4月15日のホームペ-ジより)

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 記事2:<クローズアップ2008:後期高齢者医療・天引き開始 低所得で負担増も>(『毎日新聞』4月14日付けのホームページより)

 15日から保険料の天引きが始まる後期高齢者(長寿)医療制度。近接する自治体間の保険料の「格差是正」を目指し導入された都道府県単位での制度運営だが、保険料は年間6万~8万円と2万円もの差が生まれ、負担額が増える高齢者も多い。誤って過大に、または過少に徴収される保険料は3万4000件以上になることが分かった。野党各党は「高齢者の負担増となる制度だ」と、政府・与党への攻勢を強めている。

◇広域連合、格差なお2万円

 後期高齢者医療制度の特徴は、都道府県単位の「広域連合」が運営する点にある。

 多くのお年寄りが入っていた国民健康保険(国保)は市町村が担うが、老人医療費増大にあえいでいた自治体は多く、06年度に単純収支が赤字の市町村は52・1%(948団体)に上る。広域連合の狙いは高齢化で医療費が財政を圧迫している郡部と、比較的余裕のある都市部の「財布」を都道府県単位で一本化、自治体間の格差をならすことにあった。

 しかし、これが裏目に出た。財政にゆとりのある政令市などは独自に国保保険料を軽減する制度を設けていたが、都道府県単位の新制度移行で軽減措置を適用できず、保険料が大幅にアップする人が出ている。名古屋市の場合、単身で年金額が年間153万円までの人は保険料免除だった。新制度では年間1万2000円の負担が生じる。年金額が168万円の人は4700円だったのが2万3100円と約5倍になる。

 厚生労働省は「一般に低所得の人は保険料が下がる」と説明してきた。ところが、東京都の場合、国保保険料で低所得層に手厚い補助をしていた23区ではこれが逆転する。年金が年間400万円台以上なら新制度の保険料がおおむね下がるのに300万円台以下はアップするためだ。例えば、厚生年金の平均受給額(年間約201万円)の人は、新制度で2万1200円の負担増になる。

 厚労省によると、低所得者の国保保険料を低く抑える算定方式をとっていた東京23区を含め、全国39市区町で低所得層が負担増になる可能性があるという。

 厚労省は当初、保険料を市町村ごとに設定する仕組みを想定していた。老人医療費が高い自治体は保険料をアップせざるを得ない仕組みとし、医療費増大にブレーキをかけるためだ。05年10月の厚労省原案も市町村運営だったが、市町村の反発で翌月、撤回に追い込まれた。拙速に導入した結果、負担急増者が出る想定外の事態を招いた。【吉田啓志】


◇ミス続々、過大徴収8000人超

 各地の自治体で、事務処理ミスによる保険料の誤徴収が相次いでいる。毎日新聞の14日現在のまとめでは、15日の天引きの際、本来は保険料の徴収対象でないのに徴収されたり、実際よりも多く徴収されることになる人は、少なくとも18都道県で8555人に上ることが判明。過大に徴収される金額は分かっているだけで、総額5300万円を超えると推計される。

 一方、保険料の徴収不足となる人は少なくとも5道県で2万5689人に上り、不足額は総額1億1600万円を超すとみられる。過不足分は今後、還付などの対策を取るというが、混乱ぶりが改めて浮き彫りになった。

 ミスで目立つのは、制度の激変緩和措置として半年間は保険料が免除されているにもかかわらず、誤って徴収してしまうケース。北九州市の場合、委託先の民間業者が指定と違うシステムを使って作成したため、対象者リストに誤りが発生。免除されるはずの752人から666万円を徴収する形になった。

 宇都宮市の場合、対象者の年金収入額を二重計上するなどしたため、883人に対し計268万1700円を過大請求することになった。多い人で年間保険料1万1340円を3万7800円と算定していた。【武本光政】

◇野党4党が制度廃止訴え 聴衆200人「頑張れ」― 東京・巣鴨

 「おばあちゃんの原宿」として知られる東京・巣鴨の「とげぬき地蔵尊」近くの商店街。民主党の鳩山由紀夫幹事長は14日の4野党共同街頭演説会で、後期高齢者医療制度を「うば捨て山よりひどい」と酷評した、佐々木順一撮影。約200人の聴衆からは「頑張れ」と声が飛んだ。

 野党は制度の廃止法案を2月28日に共同提出しており、連携を強める。制度の対象となる高齢者は約1300万人。「自民党の基盤を崩す絶好のテーマ」(民主党国対幹部)とみる。

 衆院山口2区補選の告示と重なったこともあり、重要な争点と位置付けた。年金記録問題と合わせ「きちんともらえているか分からない年金から保険料を天引きするのか」と訴える。【田中成之】

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 記事3:<医療保険料、年金天引き始まる 75歳以上の800万人>(『朝日新聞』の4月15日13時12分記事より)

 75歳以上を対象とした「後期高齢者医療制度」(通称・長寿医療制度)で15日、年金からの保険料の天引きが始まった。新制度をめぐっては、保険料の計算ミスや保険証が届かないなど、各地で混乱が起きている。市区町村の窓口には、この日もお年寄りからの問い合わせが相次いだ。

 この制度は、75歳以上が加入する独立した医療保険制度。これまで、国民健康保険やサラリーマンとして健康保険組合などに自ら入っていた人や、加入者に扶養されていた人たち計約1300万人が加入する。今まで被扶養者として保険料を払っていなかった人たちも、原則として自ら保険料を負担することになる。保険料の全国平均は、年額約7万2千円。 (滝尾は、賦課=190万4655円で年額徴収額~老齢基礎年金から天引きされる額は17万6459円の多額となっている。)

 制度自体は4月1日から始まっており、年金からの保険料天引きが、15日に支給される年金から始まった。天引きされるのは、年間の年金受取額が18万円以上で、介護保険と、この医療制度の保険料をあわせた額が、年金額の2分の1以下の場合で、対象者は約1千万人。4月の天引き対象は共済年金受給者含めて832万人。被扶養者などだった人は10月の年金から天引きが始まる。

 しかし、この天引きにからんで地方自治体によるミスが続出。仙台市では、被扶養者だった人ら今月は対象外の人など111人から誤って計約85万円を天引きする手続きをしてしまい、対象者を戸別訪問して現金を返還中。

 保険証を郵送するなどしたのに本人に届かず返送されてしまうケースも相次いだ。厚生労働省によると、9日時点で全国約6万3千人に上るなど、新しい制度は出だしからつまずいた格好だ。

 舛添厚労相は15日の閣議後の記者会見で、「国民の皆様にご迷惑をかけて申し訳ない。一日も早く混乱が落ち着くようにしたい」と改めて謝罪した。「宙に浮いた」年金問題が解決しないうちに保険料天引きを始めたことに批判が相次いでいることに対して、「天引きでなくても保険料は払わないといけない。年金記録問題は一生懸命やっており、ふたつの問題を情緒的に結びつけるのはいかがかと思う」と反論した。

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 記事4:<‥‥日本は、死刑執行が9人で11番目、死刑判決が23人で13番目に多かった。今月10日、鳩山法相が4人の死刑を執行し、08年に入って10人とすでに昨年を上回った。アムネスティは「国連で昨年採択された死刑執行を停止する決議に従うべきだ」と日本を批判する声明を出している。(『朝日新聞』の4月15日のホームページより)

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<天引き年金、通帳見て高齢者怒り!>;2008年04月15日の“アサヒ・コム“(『朝日新聞』ホームページ)より

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月15日(火)16時54分36秒
編集済
 

 <天引き年金、通帳見て高齢者怒り!>;2008年04月15日の“アサヒ・コム“(『朝日新聞』ホームページ)より


 お年寄りに15日に支給された年金から、新しい医療制度の保険料が天引きされた。4月に始まった後期高齢者医療制度。介護に加えて医療の保険料も年金から自動的に天引きされた。「庶民の痛みが分からないのか」「年金問題も解決していないのに」。年金暮らしの人からは怒りの声が上がる。


 「やっぱり、こんなに少ないのか」。東京都文京区の男性(75)は15日朝、銀行を訪れて通帳を記帳した。医療制度の保険料2カ月分、4万5900円が天引きされ、振込額はいつもよりだいぶ少なくなっていた。「けしからん。社会保険庁は年金でいくつものミスを重ねておきながら」と憤る。

 男性は3月に75歳になったばかり。今月12日、社会保険庁から届いた「年金振り込み通知書」を見て驚いた。「後期高齢者医療保険料額 4万5900円」と書かれていた。区役所に保険料額について問い合わせた時は、「3月に75歳になる人は手続きが間に合わず、天引きは10月からになる」と説明されていた。改めて電話すると、やはり4月から天引きする、と言われた。

 「役所はいつも、こっちから『おかしいんじゃないか』と聞かないと、何も言ってこない」

 東京都江東区の公団住宅でひとり暮らしをする男性(81)は、新制度を「早く死ねということ」と受け止める。

 毎月の年金は約2万円。家賃に食費、光熱費、介護保険の自己負担分のすべてはとても賄えず、貯金を取り崩しながら暮らしてきた。だが、その貯金もあと2年ほどで底をつきそうだ。「このままでは餓死しかない。国会議員は二世、三世が多すぎる。庶民の痛みが分からず、こんなひどい制度を作った」と嘆く。

 新制度では、障害がある65~74歳も、本人が拒否を申し出ない限り、自動的に加入することになった。

 しかし、両足のまひで身体障害1級の認定を受けている江東区の男性(67)には、移行に関する知らせは何も来なかったという。男性は長男の勤め先の保険で被扶養者扱いだったため、保険料負担はゼロだったが、新制度では保険料を負担しなければならない。「『どちらを選びますか』という知らせもなく勝手に新しい制度に移すなんてもってのほか」と怒る。

 年金からの天引きに対し、「取りっぱぐれがなく、役所にとって都合がいいだけ」などの反発も出ている。

 「宙に浮いた年金」の被害者として年金記録の訂正を求めている東京都町田市の女性(79)は、「もらえるはずの年金がもらえないのに、保険料はしっかり取るなんて、順序が違う」と訴える。(南宏美)

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  「国家と民族のために生きるなら、子供生むな」(オーマイニュース)の記事です!                    

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月15日(火)12時44分26秒
 

 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する記事」のうち「国家と民族のために生きるなら、子供生むな」(オーマイニュース)を『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

 この記事を翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生に感謝します。

                ‘08年4月15日(火曜日)  午後0時42分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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[オーマイニュース 2008-04-13 21:32]
【「国家と民族のために生きるなら、子供生むな」】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=104&oid=047&aid=0001940534


(オーマイニュース パク・ド記者)

写真 ▲ 日帝のいわゆる「南韓暴徒大討伐作戦」で逮捕された湖南(ホナム)の義兵長らで、大邱(テグ)監獄に監禁されて時の様子(前列左側から、ソン・ビョンウン、オ・サンスル、イ・カンサン、モ・チョンニョン、カン・ウギョン、イ・ヨンジュン、後列左側からファン・ジャンイル、キム・ウォングク、ヤン・ジンヨ、シム・ナミル、チョ・ギュムン、アン・ギュホン、キム・ビョンチョル、カン・サムン、パク・サファ、ナ・ソンファ義兵長)。

上の写真の登場人物は、1910年8月、韓日併呑を前に最後まで抗戦して、日帝に逮捕されて大邱刑務所に収監された湖南(ホナム)義兵長たちだ。この写真は、日本で韓国独立運動史を研究している[した]金義煥(キム・ウィファン)教授が大阪のある古書店で入手したもので、1910年4月5日に発行された『韓国暴徒代土野原記念写真集』に収録された写真のうちの一つだ。

このアルバムには韓日併呑1年前の1909年、湖南(ホナム)で最後まで抵抗して捕まった沈南一(シム・ナミル)ら義兵長16名が共に写った写真をはじめ、9枚の義兵の人物写真と共に、火縄銃・拳銃・三枝槍・こん棒・竹槍など義兵が使った武器と義兵を追撃する日本軍のの姿、逮捕後最後まで抵抗して絞首刑に処される義兵たちの毅然とした姿が含まれているという。

金教授は、写真集の題名と写真説明、発行年度から見ると、この写真は1909年9月1日から2か月間湖南地方で繰り広げられた「南韓大討伐作戦」の時に写したたことは明らかだと語った。

この作戦については、朝鮮駐屯の日本軍司令部が出した『朝鮮暴徒討伐誌』に詳しい記録が出ているので、この写真集は作戦に参加した日本軍が自分たちの功労(戦果)を自慢するために、ごく少数非売品として作ったものだと金教授は説明した。

- (以上、1986年3月1日付<東亜日報> 7面記事の要約)

歴史は反復される

写真 ▲ マッカーサー記念館にある米軍政当時のゲリラ処刑のアルバム

写真 ▲ 日本の京都にある耳塚

この写真と記事を見ると、日本の京都国立博物館のそばにある「耳塚」が思い起こされた。今から410余年前の1592年、壬辰倭乱(文禄の役)で朝鮮に侵略した倭軍は、戦果を報告するために初めは朝鮮人の首を切って、本国に送ったという。しかし、首の数が増えるにしたがってそれが難しくなって、できなくて、代わりに朝鮮軍の死体の耳や鼻だけを切って塩漬けにして、豊臣秀吉に捧げたという。

このようにして献上されたものが、今の耳の墓、すなわち耳塚に埋まっているというので、何年か前に私は現地を調査して、黙祷を捧げたことがある。私はこれと似た情景を米国のバージニアの南のノーフォーク(Norfolk)という港町でも見たことがある。

その都市には、マッカーサー記念館があるのだが、そこには米軍政当時処刑したゲリラの死体の首をはねた場面を写真に撮って、米軍武官係がアルバムで作ってマッカーサーに進上したものだと、その時道案内をしてくれた在米同胞のイ・ドヨン博士が説明してくれた。

国が弱くて異民族の侵略にあえば、国民の生活は悲惨になることこの上ない。男たちは異民族の侵略を防ぐのに命を捧げて、神々しく華と散るが、女たちは性の玩具として、戦利品として捕われて行き、異国で鬼神[幽霊]になる場合も多かった。戦利品として捕えられて戻った女性たちを「還郷女」と言い、一生木を背負って暮らす者もなくはなかった。

<血で結んだ血盟の戦友>

私は、今回湖南義兵戦跡地を巡礼しながら、『南韓暴徒大討伐記念写真集』に収録された義兵長の子孫たちが格別の紐帯関係を維持していることを感じることができた。

その方たちの先祖は、義陣で、監獄で血で結んだ血盟の戦友ではないか。互いが相手のために命を惜しまぬ刎頚の交(首を切られても構わぬ交わり)であっただろう。

この写真の前列左側から二番目はオ・ソンスル義兵長で、その孫の呉ヨンジン氏は、自分の取材が終わると、私に彼の後に座っていた金ウォングク、ヤン・ジンヨ義兵長の子孫を紹介してくれた。

(中略)  [その後、清州(チョンジュ)に金ウォングク義兵長の子孫金ボッキョン氏を訪ねる]

写真 ▲ 金ウォングク義兵長の孫金ボッキョン氏


乞食のような暮らしをした

- 家族の受難史を聞かせて下さい。

「ご存じのように、ハラボニム[ハラボジの敬称](金ウォングク)は1910年代に監獄で殉国され、弟の小ハラボニム(金ウォンボム)は1909年2月光州の無等山(ムドゥンサン)で日本軍と交戦中に逮捕されて、光州守備隊で取り調べを受け、自ら舌を切って23才の年齢で自決殉国されました。

私は、自分の父の顔も知りませんが、父も倭奴(ウェノム)にやられて亡くなったそうです。家の男は全て倭奴の銃刀の犠牲になったので、母は大泥棒でもしたように、一切話しをせず、私が尋ねても緘口令がひかれたように答えませんでした。」

- おじいさんの生家はどこですか?

「光山郡芝坪里ですが、今は5・18市民公園に編入されています。」

- 光州生まれなのに、どうしてに清州(チョンジュ)に来られたのですか?

「それは少し話が長くなります。私がチョデ附中に在学中に、6・25戦争が起きました。学徒義勇軍で入隊して、上京することなり、その後戦闘警察[機動隊]にも入り、軍にも入隊しました。除隊後、ソウルで暮らして、事業のために清州に来ることになりました。簡単に言えば事業をしていた友人のためにくることにわけです。清州(チョンジュ)に来てから、すでに30年を越えています。」

- 義兵長の子孫として暮らしてきた話を少し聞かせて下さい。

「母と弟(妹)の三家族が乞食のような生活をしました。一言で乞食でした。これ以上話しません。(文章に書かないという条件で人生経歴を聞いた。約束を守るために生きてきた過程は省略する。)

率直に言って、義兵の子孫ということは誇らしくなかったです。私は今でも、「国家と民族のために生きようとするなら、子供を生むな」、「種をばらまくな」と言っています。私の子供が独立運動をしたら、極力止めさせます。もちろん、勧めもしません。」

今年77才の金ボッキョン氏は生きてきた70の人生を回顧することすら苦しそうに、話題を変えた。いかに、義兵の子孫として生きてきた人生を辛く思っているのだろうか。

中昼休みで、食堂は押し寄せてくる客と騒音で、これ以上対談が難しくなって、外に出た。静かな喫茶店を探したが、見つかなかった。

 

 李大統領の記者会見文 全文 (聯合ニュース)の記事を掲示板にも掲載します!                  

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月15日(火)02時49分15秒
編集済
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 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する4記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。また、(4)李大統領の記者会見文 全文 (聯合ニュース)の記事は『滝尾英二的こころ』の掲示板にも掲載します。

 これらの記事を翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。

                ‘08年4月15日(火曜日)  午前2時36分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二



 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) <話題の法曹人> 日帝強制動員被害者への無料弁論 金ミギョン弁護士 (ファイナンシャルニュース)
2) 臨政樹立の日に発刊された初の親日派の資料集 (聯合ニュース)
3) 釜山で臨時政府樹立89周年の記念式 (聯合ニュース)
4) 李大統領の記者会見文 全文 (聯合ニュース)

4) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

[聯合ニュース2008-04-13 10:00]
【李大統領の記者会見文 全文】

(ソウル=聯合ニュース) 尊敬する国民の皆さん、私は今日、厳粛かつ感謝の気持ちでこの場に立ちました。

国民の皆さんは、先の大統領選挙で、私を圧倒的な票差で当選させてくださいました。続いて今回の総選挙では、政権与党に過半数の議席を与えてくださいました。新政府が国民にお約束申し上げた仕事を成し遂げられるように、仕事ができる与件をつくってくださったのです。重ねて頭を下げて感謝申し上げます。

国民が政治より先んじているという事実が、今回もう一度確認されました。私は、今回の選挙を通して現れた国民の意思が何であるかをよく知っています。もうこれ以上右往左往せず、妥協と統合の政治を広く行って、経済の立て直しと民生のとりまとめにまい進しろという極めて厳しい命令だと思います。謙虚な気持ちで、重く受けとめます。

大韓民国の政治は、先の2度の選挙を通して、新しい頁を開きました。私は大統領選挙で、企業から1文のお金も受けとりませんでした。これは、私たちの選挙の歴史上初めての出来事でしょう。今回の総選挙の過程でも、党がかつてなくお金を使わない選挙を行ったと理解しています。今や、大韓民国でお金の選挙は永遠に追放されるでしょう。

ここでさらに1歩進んで、「さもなきゃ、やめろ」式の攻撃や黒色宣伝も必ず追放されなければなりません。私たちの社会が不正腐敗をなくし、先進化に進むためには、このことから制度的に根を下ろさなければなりません。新政府は清潔で公正な選挙文化の定着に努力を傾けます。

国民の皆さん、もう選挙は終わりました。政府は過半数の議席を与えてくださった国民の意思を尊び、大韓民国を先進化する仕事に専念いたします。企業が安心して投資し、良い働き口を多くつくり、庶民の経済を生き返らせることに速度を加えます。

そのために、国会が5月中に臨時国会を開いてくださるよう要請します。すでに与野間で処理することが合意された法案は、18代国会の開院まで待つことなく、17代国会の任期中に仕上げなければなりません。与野を問わず、政治的利害得失を計算する前に、何が民生と経済の立て直しに役立つのかを見極めてくださるようお願いします。これ以上躊躇している時間がありません。民生経済を立て直すために、処理しなければならないことが山積しています。韓米FTA法案を処理し、米議会をして急いでFTAの批准に取り組ませなければなりません。

公正取引法の改正案など、企業の規制緩和に関係する法案も、速やかに処理しなければ、企業が積極的に投資に乗り出せません。教育の競争力の強化のための教員の評価制度の法制化も、先送りすることができません。

最近、子供を対象にした誘拐や性犯罪が猛威を振るっています。食品安全に関連した各種の事故による不安も高まっています。これは決して容認できない重大な犯罪です。国民が安心して生活できるように、関連犯罪に対する処罰を強化する法案も、1日も早く国会で処理されなければなりません。重ねて与野の協力をお願いします。

国民の皆さん、急変する世界との競争で生き残るためには、人より先に変化しなければなりません。そしてその変化は、上から始まらなければなりません。過去に私たちが経験したように、上ではじっとしていて、下に対して要求していては、真の変化は起こりません。大統領の私からまず変化します。社会の指導層から始まった変化が、水が染み込むように自然に下に拡散してこそ、真の改革が形成されるのです。

そのような点で、公共部門から先に変わらなければなりません。公職社会の不正は処罰規定を強化し、さらに厳格に扱います。あちこちに積もった埃と垢を洗い落とし、社会の各部分が清潔で円滑に作動するようにします。

企業人の皆さんには、自律的な改革で経営を先進化し、投資に積極的に乗り出すようお願いします。それとともに、透明で倫理的な経営で、国民の信頼を得なければなりません。幸い、個別の労働組合が経済の立て直しに意を同じくして、賃金引き上げの自律化と無罷業宣言をしています。ほんとうにありがたいことです。企業側からさらに積極的に応じて、せっかく生じたこの良い流れが、ずっと続き、さらに拡散することを期待します。政府は、このような労使和合の条件を造成し、支援することに全力を尽くします。

世界経済の環境は困難です。しかし、これはすべての国が経験しいてる困難です。私たちは、難しい時に、むしろ機会を見い出し、力を出さなければなりません。私たちが力と知恵を集めれば、その困難な経験を人よりより少なくし、早く回復して、帰って先んじることもできるでしょう。

今回の米国と日本歴訪は、新政府が追求する実用外交の第1歩になるでしょう。伝統的な友邦との関係をさらに厚くし、東北アジアの平和と共同の繁栄のための方案について、深い意見を交わすでしょう。儀礼的で形式的な訪問ではなく、実質的な成果を収められるようにします。米国と日本に行った後には、中国とロシアも訪問する計画を持っています。

新政府が発足して今1カ月を少し越えました。国内外でいろいろな変化が起こっている中で、南北関係もこの10年間の既存の枠組みが新たに定立される調整の期間を迎えています。最近あった北朝鮮の挑発的な言動に対しても、我が政府はそういう観点から、原則を持って毅然と対処しています。

政府は6者会談を通して、北朝鮮が核を放棄するように協力していくでしょう。それが北朝鮮に有利な道であることを信じるよう説得します。私たちは、北朝鮮の住民の生活にも深い関心と愛情を持たないわけにはいきません。

これからは北朝鮮も真正性を持って対話に乗り出す一方、新しい国際秩序に適応しうるように変化しなければなりません。北核問題の解決と北朝鮮の住民の生活に実質的に役立つなら、政府はいつでも対話に臨む準備ができています。門は開いています。

尊敬する国民の皆様、今私たちは歴史の岐路に立っています。対外的な条件は困難ですが、私たちはこの危機を先進一流国家に進む機会にしなければなりません。政府と政界、企業と勤労者が1つの心、1つの思いで邁進すれば、必ずやり遂げられます。先進一流国家の夢に向かって、私たち皆が手を握り、力強く進みましょう。

もう一度国民の皆様に感謝申し上げて、いつも国民に仕える気持ちで働くことをお約束申し上げます。

                                 <森川静子訳>

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  <弁護士会主催の「靖国」試写会・シンポの案内>のお知らせです!                           

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月15日(火)02時09分2秒
 

 山本さんから<弁護士会主催の「靖国」試写会・シンポの案内>がメールで届きました。たいへん意義ある集会です。多くの人たちに【映画「靖国 YASUKUNI」試写会+シンポジウム】に行っていただいて、この問題の深刻さを知り、基本的人権である「表現の自由」を尊重する社会の実現にむけて、みなさんと取り組みたいと思います。

 このお知らせは『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板にそれぞれ掲載します。この情報を送っていただいた山本さんに感謝します。

                      2008年4月15日(火曜日)午前2時

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 ノー!ハプサ(NO!合祀)の山本です。

 弁護士会主催の「靖国」試写会・シンポのご案内です。事前申し込みとなっています。
参加希望の方はお急ぎください。

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◆映画「靖国 YASUKUNI」試写会+シンポジウム ~まず、あなたも映画を見てみませんか~

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http://www.toben.or.jp/upfiles/20080414_162220_1.pdf

 映画「靖国 YASUKUNI」については、文化庁の助成金のあり方をめぐって、国会議員が上映前に試写を見、また、映画の上映館が抗議行動の影響を受けて上映を中止するという事件が起きました。このような事態は、暴力を否定し表現の自由を尊重する民主主義の価値が問われる事態です。

 そこで、今回問題とされた映画「靖国 YASUKUNI」の試写会を実施するとともに、本映画関係者並びに表現の自由に造詣のある学者及び弁護士をパネリストとするシンポジウムを開催します。

【日 時】 2008年4月23日(水)12時00分~16時00分
【場 所】 弁護士会館 2階 クレオ
【対 象】 弁護士・修習生・一般も参加可
【予 約】 要予約

【お申込方法】
 見本(http://www.toben.or.jp/upfiles/20080414_162220_1.pdf)の
ように、往復ハガキに、あなたの郵便番号・住所・氏名・電話番号、返信先をご記入の上、下記の宛先の東京弁護士会人権課までお送り下さい(4月17日(木)必着)。定員を超えた場合は抽選。当選者は、当日、当選ハガキを必ずご持参下さい。当選ハガキがない場合は入場できません。

【宛先】〒100-0013 東京都千代田区霞が関1-1-3 弁護士会館6階 東京弁護士会人権課
※ご提供いただいた個人情報は、本イベントのご連絡のみに利用し、本イベント終了後速やかに破棄致します。

【定 員】 200名
【参加費】 無料(ただし、事前申込み・抽選制)
【プログラム】
11:30 開場
12:00 映画上映「靖国 YASUKUNI」
14:30 シンポジウム 表現の自由を考える
 コーディネーター
  田場暁生氏(弁護士)
 パネリスト
  吉川正文氏(映画「靖国 YASUKUNI」配給宣伝担当者)
  高橋哲哉氏(東京大学大学院教授)
  内田雅敏氏(弁護士。「立川テント村」事件弁護人)
16:00 終了

【主 催】
日本弁護士連合会・東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会

◇問合せ TEL 03-3581-2205 東京弁護士会人権課

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 老人たちを政府・与党(自・公)は、いじめるな! 「後期高齢者医療制度」と「介護保険料」の徴収に関しての滝尾の所見です!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月13日(日)04時54分17秒
編集済
 

<老人たちを政府・与党(自・公)は、いじめるな! 「後期高齢者医療制度」と「介護保険料」の徴収>

                   ‘08年4月13日(日曜日) 午前4時50分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 広島県後期高齢者医療広域連合長、及び広島市安佐北区長の連名で、「平成(2008年=滝尾)4月7日付けで「平成20年度分(本年度分=滝尾)の後期高齢者医療保険料仮徴収額の決定」(広域連合長)と「後期高齢者医療保険料仮徴収額について年金から天引き(特別徴収)」の通知書」、及び、広島市安佐北区長名で、4月7日付けの「介護保険料 特別徴収額(仮徴収)通知書」が、後者は滝尾英二と同時に、妻の愛子宛てに送られてきました。

 まず、「平成20年度分(本年度分=滝尾)の後期高齢者医療保険料仮徴収額の決定」(広域連合長)通知書は、被保険者氏名=滝尾英二(昭和6年<1931年=滝尾>4月2日)として、①賦課のもととなる所得金額=1,904,655円、②所得割率=7・14、③所得割率 ①×②=135,992円、均等割額=40,467円、算出額 ③+④=176,459円と書かれていました。

 また、「後期高齢者医療保険料仮徴収額について年金から天引き(特別徴収)」の通知書」(広島市安佐北区長)には、「天引き(特別徴収)対象年金等」として、「特別徴収義務者=社会保険庁」、「特別徴収対象年金=老齢基礎年金」、「月額仮徴収額=4月29,400円、6月29,400円、8月=29,400円、合計=88,200円」と記入されています。

 つまり、後期高齢者医療保険料仮徴収額は、年額176,459円であり、そのうち、2ヶ月ごとに「老齢基礎年金」から、29,400円(月額にして、14,700円)を老齢基礎年金から天引きするという通知書です。こんな高い額の天引きが、今年度から「後期高齢者医療保険料
」として老齢基礎年金から天引きされるのです。「年寄りを殺す気か!」という声が、全国に渦巻いています。

 『朝日新聞』大阪本社版の4月11日の5面記事には、「4野党、巣鴨で訴えへ」としてつぎのような記事が掲載されていました。

 民主、共産、民社、国民新の野党4党が14日、「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる東京・巣鴨地蔵通りの商店街で街頭演説する。各党の幹事長・書記局長が顔をそろえ、15日に75歳以上の高齢者の年金から保険料の天引きが始まる「後期高齢者医療制度」の廃止を訴える。「お年寄りをいじめるな」と書いたイラスト入りのビラ3千部も配る。


 私(=滝尾)は、つぎの諸点を思うのです。その一点は、洞爺湖サミットがある6月以前に、国会解散・総選挙して、政府・与党(自民党・公明党)の弱者切捨て政策に終止符をうつことです。このままでは、先進国では最低だといわれる「医療・福祉」予算だといわれるこの現状を打破し、人命と人権、国民の生活の安全を守ることは出来ません。誰でもいつかは、「老い・病い・死ぬ」のです。このような医療・福祉政策では、人びとは「天寿」をまっとうすることは、出来ないということです。すべての国民の課題だといえましょう。


 第二点は、「国民の福祉」を標榜する公明党幹部のありようです。公明党を支持しているのは、生活の貧しい層だといわれています。30余年以前は、創価学会の皆さんは「反戦・平和」と「安定した生活を現世で実現する」ことを唱え、かつ実践されていました。こうした過去の姿に立ち返ることです。そのためには、政府・自民党との政権連立などに訣別することです。公明党の幹部たちは明らかに誤っています。この批判なしに未来はないと、考えています。


 第三点は、以上のような地域住民の「後期高齢者医療制度」の弱者切捨ての現状を、「ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会」; つまり、全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)、ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会(全原協)、ハンセン病違憲国賠訴訟全国弁護団連絡会(全弁連)、ハンセン病市民学会、全日本国立医療労働組合、ハンセン病首都圏市民の会は、どのように考え、かつ、対応しいているかである。

 「ハンセン病療養所の将来構想について、国は何もしてくれない。これからの療養所がどうなっていくのか、入所者は不安でいっぱいです。入所者が安心して暮らせる療養所の未来を求めて署名活動を展開しています。」と国宗直子弁護士のホームページには書かれています。将来、生活に不安でいっぱいなのは、療養所の入所者だけではありません。高齢者認知症や難病などに苦しむ多くの人びともまた、安心して暮らしてはいません。それらの地域に居住している人たちが多数いるのです。これらの人たちは、応分の「医療保険料」と「介護保険料」を社会保険庁から徴収され、また、病院や介護施設などで医療費や介護費を窓口で支払っています。

 そした人びとと、療養所の入所者が同一の施設で「共存」できるでしょうか。また、退所して社会復帰した人びとは、再度、療養所の入所者となるのでしょうか。これでは、光田健輔医師たちが主張した「隔離政策」(それは「強制」が伴いましたが‥‥)、大谷藤郎氏が厚生省政策として実施した「経済的隔離政策」の復帰となりはしないでしょうか。また「らい予防法」への回帰とはなりませんか。政府の医療・厚生政策と「ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会」が推進している運動が、どこかで共通の根っこでつながっているのではないか、私は案じています。そのためには、地域住民がもつ医療制度、介護制度(「各医療と介護料の負担増」に対する「ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会」の取り組みが必要です。


 滝尾宛てに広島市安佐北区長から送られてきた「介護保険料 特別徴収額(仮徴収)通知書」は、半年分が43,100円=年間で86,148円です。また、妻にも「介護保険料として、57,432円がそれぞれ「老齢基礎年金」から社会保険庁から「特別徴収(天引き)」されます。したがって、これらを合計しますと、176,459円+86,148円+57,432円=320,036円が、「老齢基礎年金」から天引きされます。さらに、病院に治療に行き、薬局で薬をもらえば料金を支払います。昨年の参議院の大敗で、政府・与党は一時凍結していますが、被扶養者の国民医療保険料も、従来は無料でしたけれど近い将来、有料化します。「踏んだり蹴ったり」とは、このことでしょう。


 「年寄りは死ねということか」という怨嗟の声が全国に充満しています。こうした「怨嗟の声」に関係者や各運動団体やその支援者たちが、どのように答えるのかが、いま、問われていると思います。なお、「後期高齢者医療制度」の保険料は、同一都道府県の市町村は同一ですが、各都道府県では高い低いと相違しています。福岡県が高いそうです。また、「介護保険料」は、各市町村でも異なります。広島県内の市町村でも、広島市の「介護保険料」は最高位に近く、最低位の市町村に比べて約4分の1は高額です。これも今後の課題だそうです。滝尾の意見は、広島市として厚生労働省にいうと行政の福祉関係者言っておりました。


 この報告文・意見書は、『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

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 第9回 水俣病記念講演会 ― 目を開き、耳をすまして」 及び、この講演会の講師である大石芳野(写真家)さんのご紹介! 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月12日(土)01時50分58秒
編集済
 

 <第9回 水俣病記念講演会 -目を開き、耳をすまして>
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日時  2008年4月29日(火・祝) 午後2時半~6時(2時開場)
会場  有楽町マリオン朝日ホール(東京都千代田区、776席、全席自由)
交通  JR有楽町駅より徒歩1分
    地下鉄日比谷線銀座駅A0出口、丸ノ内線銀座駅C4出口より徒歩1分
主催  水俣フォーラム、朝日新聞社
後援  東京都教育委員会、NHK、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京
    西日本新聞社、共同通信、時事通信

講師   生駒秀夫(水俣病患者)
     富樫貞夫(法学者)
     井上ひさし(作家)
     大石芳野(写真家)
司会  ピーター・バラカン(ブロードキャスター)

入場料 一般=当日2200円 前売1600円
     8枚綴り一般前売券10000円(主催者のみ取扱い)
     学生=当日1500円 前売1000円
     中学・高校生=当日1000円 前売700円
チケット販売 チケットぴあ・サークルK・サンクス・ファミリーマート・水俣フォーラム
         端末操作に必要な「Pコード」ナンバーは「612-091」です。

*チラシの配布にご協力ください。
 必要な枚数を下記までご連絡ください。すぐにお送りいたします。
*チラシのダウンロードはこちら >>> チラシ(PDF、約120KB)

お問い合わせ
  水俣フォーラム
   東京都新宿区高田馬場1-34-12 竹内ローリエビル401
   TEL:03-3208-3051 FAX:03-3208-3052
   E-mail:mf1997@mountain.ocn.ne.jp

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 この講演会の講師である大石芳野(写真家)さんとは、広島の被差別部落や長島愛生園・邑久光明園、そして韓国のハンセン病の「定着村」である益山農園などの取材と写真撮影のため、ご一緒した懐かしい方です。

 大石さんの写真集として『パプア人~いま石器時代に生きる』平凡社、1981年3月発行;1971年、1973年、1975年、通算7ヶ月取材期間をかけての大著(A5判で221ページ)です。その後、『カンボジア 苦界転生』講談社、1993年11月発行、『無告の民 カンボジア』岩波書店、1981年11月発行<これには、大江健三郎さんが「現代史への立ち会う仕方」を巻頭に書いておられます。)など多数あります。もちろん、ヒロシマの被爆者の個展も私は行きました。長島愛生園では、葬儀用と当時こころに決めて、滝尾の遺影となるような「写真」も撮っていただきました。

 幸いかどうかそれ以後、病気は多々ありますが、まだ彼岸にも行かずに、こうして私のホームページに、水俣病記念講演会の紹介と、当日の講師である大石芳野さんのご紹介を掲載しています(笑い)。ぜひ、多くの方がたがこの「水俣病記念講演会」へご出席されることを切望します。

    ’08年4月12日(土曜日)  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 二冊の機関誌・季刊誌、三枚のCDを手にして‥‥(滝尾)                                

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月10日(木)01時31分26秒
編集済
 

 <二冊の機関誌・季刊誌、三枚のCDを手にして‥‥>

                     4月9日(水曜日) 午後11時55分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二


 財団法人・水俣病センター相思社発行『ごんずい102号』が送られてきた。「特集=相思社自家出版物販促強化特別号&水俣病事件関連書籍の辛口書評」で、たくさんの書籍が紹介されていた。その書籍名・編者や著者、出版社などを紹介する。最初に遠藤邦夫さんの巻頭言からその冒頭の個所を紹介する。ぜひ、水俣病事件関連書籍を購読していただきたい(滝尾)。この一文は『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

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 「相思社の大事な収入源である一般書籍・自家出版物・ビデオが売れない! 昨年は水俣病公式確認五〇年だったから売れたのだろうか? 世間では書籍離れが遥か昔から語られているが、水俣病業界でも同じコトが起きているか? それとも相思社の販売スタンスや企画がニーズとずれているのか? とにかく販促だ! と言ってもなかなか良いアイデアは浮かばない。今回のごんずいは書籍等の販促で行くぞ! 「しかしそんなごんずい誰が読む?」ともっともな疑問が身内から出る。」

①『水俣学研究序説』原田正純・花田昌宣編、二〇〇四、藤原書店
②『「水俣」の言説と表象』小林直毅編、二〇〇七、藤原書店
③『今 水俣がよびかける』二〇〇四、水俣病センター相思社編
④『公害の政治学』宇井純著、一九六八、三省堂
⑤『水俣からの想像力―問い続ける水俣病―』丸山定巳他編、二〇〇五、熊本出版文化会館」
⑥『もう一つのこの世を目指して』『数字から見る水俣病』『魚湧く海』『絵で見る水俣病』相思社関連書籍の紹介

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 つぶて書房編集委員会編『飛礫58号;2008年春』「特集1<G8洞爺湖サミット反対>、特集2<『東学農民革命100年』出版記念講演集>」

 その中で、『飛礫』編集委員の吉田宗弘さんは、<『東学農民革命100年』出版記念会に寄せて>でつぎのように述べておられます。一部分ですが紹介する。

「‥‥この戦後五〇年における戦争責任追及は、アジア太平洋戦争の戦争責任だけではなく、日本の近代以来のアジアへの侵略責任、東学農民革命あるいは日清戦争以来一〇〇年の侵略責任を追及する年でありました。この年に東学農民革命「首魁」の遺骨が北大で発見されたということは、時空を越えて一〇〇年前と現在が直結した思いがしました。

当然のことですが、北大に対する糾弾と真相究明の運動がおこりました。ピリカ全国実(「北方領土の日」反対!「アイヌ新法」実現全国実行委員会)などがその中心となりました。私たちつぶて書房もずっと関わっていこうとやってきました。『飛礫』11号(一九九六年)では「北大人骨事件と日本侵略史」を特集し、人骨発見のいきさつなどについての座談会を掲載しています。そこには日本の戦争責任や植民地支配の問題、さらにアイヌ民族に対する併合や同化の問題についてさまざまな議論がされています‥‥」(72ページ)。

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 つぎに、三枚のシングル判CDの歌謡曲を紹介する。最近、私が購入してその歌謡を練習しており、香田 晋さんが歌う『東京ではめずらしい四月の雪』と、北原ミレイさんが『ざんげの値打ちもない』は、4月9日に可部の「カラオケ喫茶・城」で唄ってみました。歌詞も作曲もよく、また歌い手のお二人もすばらしく、なんど聴いてもあぎがこない歌謡曲の名曲だと思った。

①『雨の思い出』北原リメイ(C/W:石狩挽歌、ざんげの値打ちもない=ともに「新録音」)
  「雨の思い出」作詞:川井みら、作曲:樋口義高、編曲:竜崎孝路
  「石狩挽歌」作詞:なかにし礼、作曲:浜 圭介、編曲:馬飼野俊一・竜崎孝路
  「ざんげの値打ちもない」作詞:阿久悠、作曲:村井邦彦作曲:編曲:馬飼野俊一・竜崎孝路

②『東京ではめずらしい四月の雪』香田 晋(C/W:股旅ブルース)
  「東京ではめずらしい四月の雪」作詞:阿久 悠、作曲三木たかし、編曲:若草 恵
  「股旅ブルース」作詞:阿久 悠、作曲:三木たかし、編曲:若草 恵

③『海 雪』ジェロ(C/W:東西南北ひとり旅)
  「海 雪」作詞:秋元 康、作曲宇崎竜童、編曲:多田三洋 弦アレンジ:鈴木 豪
  「東西南北ひとり旅」作詞:山口洋子、作曲:吉田 正、編曲:吉田 正、(採譜:鈴木 豪)


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国連人権理事会、日本軍「慰安婦」問題を扱う予定 (イルダ); 日帝強占期の愛と哀歓‥‥舞踊劇・「京城、1930」 の2記事を掲載します!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月 8日(火)11時38分45秒
編集済
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 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する5記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。また、(1)国連人権理事会、日本軍「慰安婦」問題を扱う予定 (イルダ)と(4)日帝強占期の愛と哀歓‥‥舞踊劇・「京城、1930」 (ニューシス)の記事は『滝尾英二的こころ』の掲示板にも掲載します。

 これらの記事を翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。

                ‘08年4月8日(火曜日)  午前11時30分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 国連人権理事会、日本軍「慰安婦」問題を扱う予定 (イルダ)
2) 国連人権理事会、192の会員国の人権状況の検討開始 (聯合ニュース)
3) 安重根の遺体発掘、11日から再開 (聯合ニュース)
4) 日帝強占期の愛と哀歓‥‥舞踊劇・「京城、1930」 (ニューシス)
5) 南北の境界を越える在日「コリア国際学院」 最初の入学式 (聯合ニュース)

1) ******************************************************************************

[イルダ 2008-04-07 16:33]
【国連人権理事会、日本軍「慰安婦」問題を扱う予定】


国連人権理事会が新しく導入した「普遍的定例検討」実務グループ会議で、日本軍「慰安婦」問題が扱われる予定だ。「普遍的定例検討」(Universal Periodic Review)とは、国連憲章、世界人権宣言および各人権条約を基に、各国の人権状況を点検して改善するための制度だ。特に、以前より「履行」に焦点を合わせて実質的な改善と履行を強化するために用意されたものだ。

5月5日~16日に行われる実務グループ2次セッションでは、日本、韓国を含む16か国の人権状況に対する検討が行われる。韓国挺身隊問題対策協議会は、このセッションで日本軍「慰安婦」問題が主要議題として扱われ、以後日本政府の解決を求める国連人権理事会の決定がなされる見込みだと明らかにした。

最近、国連人権高等弁務官(OHCHR)は、日本の人権の検討のための文書を発表し、それは法的手続きに関する日本政府の日本軍「慰安婦」問題解決の「不履行」に関する内容が主をなしている。

この文書は、2003年女性暴行特別報告官が、日本政府が日本軍「慰安婦」問題に対する法的責任を受け入れず、加害者を大多数処罰しなかったと指摘する内容と、同年女性差別撤廃委員会が「戦時慰安婦」問題の再発の憂慮および日本政府の問題解決の努力を勧告した内容が含まれている。

また、顧問撤廃委員会が2007年報告書を通して、日本司法府が性奴隷被害者らの訴訟を棄却したことに遺憾を表わし、拷問および虐待行為や拷問の企図、拷問の共謀および参与行為などに対しても、時間的制限なしに調査し、起訴して、処罰することができるように法の条項を検討すべきだとの勧告も含まれている。

4) ***********************************************

[ニューシス 2008-04-07 14:27]
【日帝強占期の愛と哀歓‥舞踊劇 「京城、1930」;チン・オクソプの「賭博マーチ」舞台に上がる】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=003&aid=0002039025


(ソウル=ニューシス)  世宗(セジョン)文化会館開館30周年を記念して、ソウル市舞踊団が「京城、1930」を舞台に上げる。日帝治下の暗鬱な時代、1930年代の京城の鍾路通りを背景に芸妓「山紅(サンホン)」や「金香(クムヒャン)」、独立闘士「ヒョンチョル」の3角関係と葛藤を描いた舞踊劇だ。

彼らの輝かしい芸術魂を伝統のソリ[パンソリ]、踊り、音楽で表現する。チン・オクソプ作「ノルムマーチ」(2007)からモチーフを取っている。1930年当時、無視され、差別された女性たちを前面に押し出している。抑圧状況の中でも、芸術的自尊心を守って生きた女性たちだ。

芸術監督兼振り付け師のソウル市舞踊団のイム・イジョ団長は、「伝統と郷愁が一つになる美しい作品を描きたかった」、「あの時代の芸能人の美しさと独立闘争をする若者たちの哀歓が込められた、自分たちのものを守ろうとする人たちの話だ」と紹介した。

続いて、「ユ・フィソンソウル市ミュージカル団長が、今回の舞踊劇は、ドラマチックに、そして伝統的だが多くの人たちが共感できるように大衆的に表現したののだ」、「判断は観客の役割だが、1930年代の伝統舞踊と芸術の深さを叙情的に繊細によく描き出していると思う」と自負した。

作品を演出するユ団長は、1930年代の日帝強占期に鍾路(チョンノ)交差点で展開した社会的な現象と芸術家の肖像を描いた」とし、「金玉振(キム・オクチン)先生などのあの時代の女性の芸能人や舞踏家の人生を舞踊劇で再照明したものだ」と説明した。また「子孫たちが、韓国の美しい伝統の文化・芸術を一度考えてみる契機になってほしい」と語った。

原作者のチン・オクソプ氏も、「今回、‘京城、1930’の原作を用いる意図はなかったのだが、本「ノルムマーチ」に書かれた妓生(キーセン)に関する部分が気に入って、ある関係者から舞踊劇の作業を薦められて参加することになった」、「舞踊に対する愛情をこういう機会に表現することになって、うれしい」と語った。

ソウル市舞踊団のシ・ソンジュ、キム・スンエ、シン・ドンヨプが、それぞれ「山紅」、「金香」、「ヒョンチョル」役を務める。24、25日世宗文化会館大劇場(ソウル特別市鐘路=滝尾)で公演される。

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現代の医学、とりわけ「要介護・要支援認定の主治医意見書」は、恣意的な調査・診察結果でよいのか、を問う!         

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月 8日(火)00時30分35秒
編集済
 

 <現代の医学、とりわけ「要介護・要支援認定の主治医意見書」は、恣意的な調査・診察結果でよいのか、を問う!>

           2008年4月7日(月曜日)午後23時55分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二


 今日(4月7日・月曜日)は、広島赤十字・原爆病院の精神内科、秘尿科で調査・診察を受けてきました。昨年度の民間の精神内科(仮に「A精神内科医院」と呼称します)では、滝尾を診察して、「認知症」であり、しかも「Ⅱa」だと診断しています。

「Ⅱa」とは、認知症高齢者の日常生活自立度を診断する基準で、「日常生活に支援を来たすような病状・行動や意志疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる「Ⅱ」より更に、症状・行動は重く、「家庭外で上記Ⅱの状態がみられる」とし、「見られる病状・行動の例」として、「たびたび道に迷うとか、買物や事務、金銭管理などそれまでできたことにミスが目立つ等」であり、「‥‥具体的なサービスの例としては、訪問指導による医療方法等の指導、訪問リハビリテーション、デイケア等を利用したリハビリテーションをはじめとしたデイサービスや日常生活支援のためのホームヘルプサービス等が必要である」ということでした。

 ところが、広島赤十字・原爆病院の精神内科の診察した医師は、諸調査をして、その結果「あなたは、(物忘れをしても)認知症ではないと思います。認知症であっても初期の初期でしょう。念のために、来月9日にMRIの検査をしてみて、三年以前に広島赤十字・原爆病院で、脳のMRIの検査をしていますので、それと今回の脳のMRIとを比較し、初期の認知症かどうかを診断することにしましょう」ということでした。

 私は、「認知症」であるか、否かの診断された結果は、それほど問題にしていません。それよりも、「物忘れ」という私の状況を診断するに際して、どんな検査・調査をして症状の診断をしたか、という問題です。広島赤十字・原爆病院の精神内科もA精神内科医院も、「簡単なテスト式認知機能検査」をしました。「生年月日、現在の年月日、その曜日、季節、居住地名、病院名とその所在地名、<桜・猫・電車>の復唱やその逆の復唱など」の調査員と私との応答検査でした。

 しかし、広島赤十字・原爆病院の精神内科では医師自身が行ない、A精神内科医院では若い調査員が質問しました。これは、応答時間など(ロールシャッハ検査は、カウンセラー自身がし、応答時間なども調査対象にします)を考えると、やはり医師自身がすべきではないか、と思いました。また、広島赤十字・原爆病院には5年間の詳細な病歴のカルテや各種の調査結果資料が保存されています。

 問題は、A精神内科医院は医師が脳のレントゲンを正面から一枚とっただけで、「認知症」と診断し、しかも「Ⅱa」だとし、さらに「障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)「J2」(=「隣近所へなら外出するという」意味)とし、「認知症の周辺病状」を「有」とし、<暴言><暴行>」にチェックしています。

 また、過去の滝尾の病歴も間違って認識しています。「糖尿病の発症年月日」を「主治医意見書」では「平成12年頃」と書いていますが、これは明らかな間違いです。私の手許にある『糖尿病の検査の手帳』を見ると、平野内科は「平成2年(1990年)1月26日」のHbA1c(%)は「9・4」、血糖値は空腹時で「206mg/dl」を記録しています。明らかに重症な糖尿病です。それが、「糖尿病の発症年月日」を「主治医意見書」では「平成12年頃」と書くなどは、実にいい加減な、A精神内科医院は医師だと思います。

 ところが、広島赤十字・原爆病院の精神内科では、「物忘れ」の原因を調べるため、血液検査をし、さらに「認知症であれば、初期の初期でしょう。一応「MRI」検査をしてみます。ということでした。私が、「CTスキャン(コンピューター断層撮影)をとりますか」と広島赤十字・原爆病院の精神内科の医師に問うと、「CTでは、認知症か否かは診断できません。最近のMRI(磁気共鳴画像)検査では、認知症の診断ができるようになりました。それを3年前に広島赤十字・原爆病院の脳神経外科のあなたのMRI検査の画像がありますので、これと比較してみます。」ということです。

 このA精神内科医院は医師の「主治医意見書」をなぞりながら、広島市安佐北区役場の健康長寿課の認定調査が行なわれ「広島市介護保険認定調査票」が作成されており、それを追認する秋葉市長名の平成20年(2008年)1月29日付けの『弁明書』が書かれていることです。そして「‥‥要介護認定は、認定調査員による基本調査及び主治医意見書に基づき一次判定結果を原案とし、認定調査時における特記事項及び主治医意見書の内容を加味して総合的に審査及び判定」をし、「その手続及び処分内容には何ら違法又は不当な点はなく」とぬけ抜けと『答弁書』は書いています。


 全国に、医師がそれぞれ「主治医意見書」を書き、また「介護認定委員」となっています。その場合、どのような調査と診断をしているのでしょうか。適切な事実に基づく検査・調査と、適切な「介護認定審査資料」と「審査結果」が行なわれているのか、どうかに疑問があります。これは、「介護保険制度」の根幹にかかわるものです。今年は5年に一度の「介護保険制度」の見直しの年です。


 それについて思うのですが、「将来構想」で地域住民との共存を志向するのであれば、こうした「介護保険制度」や「後期高齢者保険制度」「被扶養者の健康保険料の徴収が、年金から棒引きで徴収」され、また75歳以上の「後期高齢者」の医療費の一割負担、さらには年額(都道府県で相違いますが)の十数万円にも及ぶ医療や介護保険の問題を黙視しては、「将来構想」も、国民から支持されなくなると思われます。それを、私はたいへん危惧しております。「橋のない川」には、橋はかからなくなるのではないでしょうか。

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昨日(4月4日)のカラオケの歌謡曲は「橋・川」でした。今日の歌謡のテーマは、「女」でした。明日のテーマは「人生」にします

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月 6日(日)00時49分21秒
編集済
 

 昨日(4月4日)のカラオケの歌謡曲は「橋・川」でした。今日の歌謡のテーマは、「女」でした。明日の歌謡のテーマは「人生」にしようと思っています。それぞれのテーマ設定の思いと、どんな歌謡曲を唄ったかを述べたいと思います。

 『橋のない川』というは、奈良県出身の住井すえさんの長編小説の題名です。部落解放研究所編『部落問題事典』解放出版社(1986年9月発行)によると、有光 健氏は、「橋のない川」の項でつぎのように書いています。

 「‥‥夫の犬田卯の遺骨を1958年、東京青山の無名戦士墓地に収めるとき、長年、胸にあたためてきた主題<《水平社宣言》が、いつ、どのようにして生まれたか>を追求するなかで、人間が人間を差別してきた歴史を明らかにし、差別をなくし、橋のない川に<橋を架けたい>の願いをこめて、筆をとることを決意、長編の構想をたて筆を起こした。部落問題研究所発行の機関紙(誌=滝尾)『部落』に、」59年1月から翌年10月nまでに連載した部分を第一部とし、61年9月新潮社から発刊、‥‥」(694ページ)とあります。

 私も住井すえ著『橋のない川』の影響を多くうけて、人権問題に取り組んできた。歌謡曲選定には、こうした思いがあり、それは現在では、ハンセン病問題の取り組み視点ともなっています。しかし、「橋のない川」にどのようにして橋を架け、その橋はどのようなものにするのかについては、「ハンセン病基本法・将来構想」という昨今のハンセン病問題の闘争・運動の理念なり、運動のすすめ方に多々疑問を感じております。

 「女」をテーマにした場合、作詞家は多く男性なので、現実に内藤國雄さんが歌う「おゆき」や五木ひろしさんが歌う「おはん」など今頃いない思います。あれは、男の願望の女性=大和撫子像を歌詞にしたのだと考えます。せめて「歌の世界」だけば、こういう「女」というのでしょう。

 「人生」のテーマは、各世代を反映して、選曲してみて興味がありました。私は上記のテーマで唄った曲名は、明日、お知らせいたします。

 この記事原稿は、『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。


                  2008年4月6日(日曜日) 午前0時40分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主査 滝尾英二

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  「カラオケ喫茶・城」のご紹介です。 広島の歌謡紹介のホームページに投稿した文です。                 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月 5日(土)10時41分30秒
 

 休店の火曜日以外の日は、毎日午後はバスで30分余りかかる「カラオケ喫茶・城(しろ)」へ行って、歌謡曲の練習をしています。  歌が上手になるということよりも、私は今年「喜寿」77歳の老人ですから、健康を目的にカラオケ喫茶・城(しろ)へ通っています。このお店は、歌謡の環境がよくマイクもスピーカーも最高! また来店される方がたのマナーもよく、たいへん唄い易いうえ、お店のマスターである城戸正守さんが歌謡の適切な指導をしていただけます。歌う部屋の内は、禁煙です。

 城戸正守さんの夫人は、美人でしかも歌がたいへんお上手な方です。今年(2008年)6月1日には、広島市安佐区民文化センターで、歌謡発表会があります。私は歌謡の発表会には出場しませんが、歌の勉強の為、聴きにいこうと思っています。  毎日(火曜日以外)は、午後2時から6時過ぎまで、時には8時近くまで、「カラオケ喫茶・城」で歌ったり、また他の方が歌われるのを聴いています。一日、私は十数曲歌っています。毎日、歌謡のテーマを決めて、予習してカラオケ喫茶・城で歌っています。「望郷」「別れ」「花」「酒」「川と橋」などです。

 今日の歌のテーマは「女」と決めています。
「渚の女」「女の酒場」「細雪」「高瀬舟」(以上;五木ひろし)、「ざんげの値打ちもない」「石狩挽歌」(以上;北原ミレイ)、「北の蛍」(森進一)、「カスバの女」「星の流れに」「おゆき」「忍び傘」「寒椿」「夢一夜」「もう一度 札幌」「ノラ」「おんな船頭唄」などを予定。

 その結果は、私のホームページの掲示板に掲載します。ご覧下さい。「滝尾 英二」と検索すれば、『滝尾英二的こころ』など私のふたつのホームページが、掲載されています。  歌は健康にとても、よいと医師からも言われています。では、「カラオケ喫茶・城(しろ)」でお逢いしましょう。 滝尾でした。
 

  肺がんと煙草の煙; 毎日の歌謡曲のカラオケ喫茶を変更しました!                          

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 4月 3日(木)12時23分37秒
編集済
 
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 <肺がんと煙草の煙; 毎日の歌謡曲のカラオケ喫茶を変更しました>

            2008年4月3日(木曜日)正午

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

 腰部狭窄菅狭窄症による歩行困難がひどくなり、糖尿病担当の主治医から「歩行運動もほどほどにしたらいい。滝尾さんの月平均の血糖値は6・0と正常値に近くなっているから」と言われ、深夜1時間10~20分かけて歩行していたカラオケ・スタジオから、歳末からは、近所徒歩10分程度の「カラオケ喫茶」へ毎日通っていました。しかし、ここはお店も狭く、その上、来客は喫煙自由で煙草の煙りが部屋に充満していました。

 最近は、JRの駅、バスの中、バスターミナル、さらに航空機は国内・海外とも完全禁煙です。空港の待合室も仁川(=ソウル)空港でも、釜山空港でも待合室には「喫煙室」があり、それ以外は禁煙です。新幹線でも車掌の健康を配慮して、喫煙車両を廃止し全車を禁煙にしようということが検討されているようです。果たして近所の喫煙自由の「カラオケ喫茶」へ毎日通ってよいか、健康に害はないか、行き着けの広島赤十字・原爆病院へ問い合せてみなした。

 答えは、つぎのようなものでした。「‥‥肺がんの8割までは、煙草が要因で肺がんになっています。とりわけ、喫煙者よりもその吐き出す煙草の煙りが有害度は高く、それを吸引した人に害が多いのです。広島赤十字・原爆病院もかつては、喫煙場所を指定しておりましたが、現在は完全禁煙とし、病院の室内は無論のこと病院の屋外でも禁煙です。家族で夫が喫煙しており、妻が喫煙していない場合でも、喫煙する夫より、夫の有害な煙草を吸引する妻の方が「肺がん」に罹患するケースが統計的に出ています。

 滝尾さんは、カラオケ店で唄うとき、息をいっぱい吸うでしょう。危険ですから、喫煙できるカラオケ店には、絶対に行かないでください。たとえ交通機関を利用しても、禁煙もカラオケ店へ行ってください」という回答でした。そう言えば、長年通っていかカラオケ店もトイレの通路に喫煙室があり、そこを通るときは煙草の煙りを吸っていました。


 そんな訳で、健康のためが主目的のカラオケ店で、健康を損ねては、何にもなりません。3月初旬から、バスで30~40分かかり、バス停から降りて10余歩く(歩行困難で、休憩すると20分かかりますが、禁酒・禁煙の「カラオケ喫茶・城(しろ)」へ、毎週6日、お休みの日、以外ではそこで歌謡するようにしました。歌謡室は広く、大きなソファーの椅子が30席もあり、スピーカーやマイクも抜群です。


 ここのマスターと仲良しとなり、3月13日(閉店日)に、滝尾の唄う「荒城の月~ヨイトマケの唄」まで14曲をCDに録音してもらいました。出来たCD-RWを二枚いただきましたが、録音するのに緊張して、体全体か固くなってしまい、自然と歌謡自身も固くなり、まあ「つれあい」にも、「山谷ブルース」と「ヨイトマケの唄」の二曲しか聴かせておりません。「つれあい」は、「よく唄えているじゃない」と言ってくれましたが、私は満足したようには唄えておりません。

 最近は、12時41分分のバスに乗り、「カラオケ喫茶・城」には、柔軟体操&発声練習を人のいない場所で、事前に20分はして行きますので、店に入るのは、午後2時となります。だいたい、午後7時頃までいて、14曲前後唄います。夕食前後は家事の準備などで、お客はおりませんので、歌の練習にはもってこいです。

 歌謡曲・流行歌の「テーマ」を事前に決めて予習していきます。昨日は「酒」をテーマにしようと予定していましたが、「カラオケ喫茶・城」のママ(たいへん美人で、歌も上手です。生徒に教えているようです)が、「季節がお花見の時期だから、<花>にしたら?」というので、急遽変更し、「夜桜お七」(坂本冬美)、「吾亦紅」(すぎもとまこと)、「紫陽花」(五木ひろし)、「花~」(嘉納昌吾)、「さくらの唄」(美空ひばり)、「あざみの歌」(伊藤久男)、「さざんかの宿」(大川栄策)、「秋桜(コスモス)」(さだまさし)、「白い花の咲く頃」(岡本敦郎)、「くちなしの花」(渡哲也)、「寒椿」(大川栄策)、「五月のバラ」(塚田三喜夫)など14曲を練習しました。一昨日」は「別れ」、その前は「望郷」をテーマとし、今日は、「酒」を予定しています。(笑い)。

 この文は、『滝尾英二的こころ』と、『Ichiro(先生)の研究メモ』に掲載・投稿します。

 

  産廃問題に関して、「水俣市民集会」のお知らせ! 「水俣市民集会」(3月30日)、「東京の集い」(4月2日)です。  

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月29日(土)06時02分4秒
 
 下記のような連絡が、財団法人 水俣病センター相思社から滝尾宛に届きました。3月30日の産廃問題に関して、「水俣市民集会」のお知らせと、再度になりますが、4月2日、「東京の集い」のご案内です。この「事業中止要請行動」のご参加と、知人への「転送」をお願いします。『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板へ掲載します。よろしくお願いします。

        2008年3月29日(土曜日) 午前5時55分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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滝尾 英二様

いつもお世話になっております。
3月30日の産廃問題に関して、「水俣市民集会」のお知らせと、再度になりますが、4月2日、「東京の集い」のご案内をさせていただきます。

何かと忙しい時期かとは思いますが、お近くの方はどうぞご参集ください。(転送大歓迎)

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市民集会と事業中止要請行動
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市民集会
 日時 3月30日(日) 午後1時~2時
 場所 水俣市文化会館
 内容 知事意見等の説明・決意表明・決議文採択

その後、IWD東亜熊本本社前で中止要請行動を行います。
 午後2時30分ごろ~

※文化会館からの移動はマイクロバスを用意します。

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水俣産廃処分場阻止 東京の集い
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4月2日(水) 午後6時半開場 7時~9時
全水道会館 大会議室
 電話 03-3816-4196

JR中央線水道橋東口2分
都営三田線水道橋A1出口1分
地図 http://www.tokyo-csw.org/comittee/kenshuu_2004_0610b.html

報告・挨拶:宮本勝彬、緒方正人、坂本ミサ子、坂本龍虹、山下善寛  ほか産廃阻止!水俣市民会議メンバー

*先日行われた公聴会の映像を放映します。また、先日逝去された患者・杉本栄子さんの公聴会発言の朗読をいたします。*計画地直下・大森地区の湧水を試飲できます。

   主催:4/2東京の集い実行委員会
      藤原 090-1792-4985  久保田 090-3533-4489

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財団法人 水俣病センター相思社
〒867-0034 熊本県水俣市袋34番地
電話 0966-63-5800/FAX 0966-63-5808
Web Page http://www.soshisha.org/
E-mail  info★soshisha.org (★を半角@に変更してください)
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  「反論書」; 1月19日付けで提起した介護保険要介護認定・要支援認定等に係る認定処分審査請求「弁明書」に対して反論する!   

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月26日(水)02時10分55秒
編集済
 
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【誤字・脱字:訂正=滝尾】

              反 論 書

                      2008年(平成20年)3月26日

広島県介護保険審査会会長
    山 口 昇 様

              審査請求人  郵便番号739-1733
                      広島市安佐北区口田南 三丁目 5-15

                                        滝 尾 英 二


 私が2008年(平成20年)1月19日付けで提起した介護保険要介護認定・要支援認定等に係る認定処分に対する審査請求について、秋葉忠利広島市長の平成20年1月29付けの弁明書副本が送付されましたので、これに対し、次のとおり反論します。


1 反論の趣旨と要望

 事件の経過として、処分庁たる広島市は、「4 弁明の理由‥‥要介護認定は、認定調査員による基本調査及び主治医意見書に基づき一次判定結果を原案とし、認定調査時における特記事項及び主治医意見書の内容を加味して総合的に審査及び判定を行うものである。

 本件処分も同様の手続によって行ったものであり、その手続及び処分内容には何ら違法又は不当な点はなく、本件請求に理由がないことは、以下に述べるとおり明らかであり、同請求は速やかに棄却されるべきである。」と主張しているが、この認定調査員による基本調査及び主治医意見書は、その内容に重大なる事実の相違、乃至「捏造」ともとれるものが数多く記載されていて疑義がある。

 したがって、処分庁が提出している『弁明書』は、以下具体的事実に述べる理由により信用性がない。また、「主治医意見書」及び「広島市介護認定調査表」、「弁明書」(広社介第12号)の虚偽記載を読んで受けたこころの傷の痛さや損傷に対しての治療を当局に要請いしたいと思う。

 事実は以下に述べる通りであるので、その主張はみとめるべきでないし、また、真実に基づく諸調査とその調査に基づく貴会の審査結果の通知をお願いしたい。


2 『弁明書』の重要な内容の欠落した部分

 証拠として処分庁の提出している「3 事件の経過」についても重要な経過が抜け落ちている。とりわけ2008年1月8日に審査請求者・滝尾英二と「平成19年12月18日付け却下通知書の処分内容に係る認定調査は、同年11月21日、認定調査員である広島市安佐北区役場健康長寿課の職員」たる亀井真紗代調査員、及び小島・安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐(2007年11月21日の審査請求者自宅に亀井調査員と同行している)との本年1月8日に広島市安佐北区役場の健康長寿課会議室で午前10時から正午まで2時間、話し合い確認してことを処分庁の『弁明書』(広社介第12号 1月29日)は、まったく書いていない。これは重大なる問題であり、『弁明書』は信用できない。

 また、上記のことは、翌9日に小島・安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐と同行した、安佐北区厚生部健康長寿課・井堰正文課長も、1月8日の亀井調査員、小島課長補佐と滝尾との話し合い及びその際の確認内容は、滝尾から効いて知っている。

 滝尾宅を訪問した際のこのことに対して、「‥‥訪問の際、瀧尾様から、今回の訪問調査内容等についてご質問をお受けしましたが、すでに県の介護保険審査会への審査請求をされている旨申し出があり、今後、広島県介護審査会からの提出依頼書に対し、広島市としての考え方を弁明させていただく予定です。平成20年1月16日、安佐北区厚生部健康長寿課・井堰正文課長」から以上のようなメール内容が滝尾宛に送信されている。

 したがって、安佐北区厚生部健康長寿課・井堰正文課長は、同課の課員である亀井真紗代調査員、及び小島安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐と私とが、本年1月8日に広島市安佐北区役場の健康長寿課会議室で午前10時から正午まで2時間、話して確認した内容については、報告を受けて知っている。(なお、当日話し合って両者が確認した内容については、後述する。)


3 処分庁(代表・秋葉忠利広島市長)の「平成20年1月29付けの弁明書副本」の信用出来ない事実を以下、「弁明書副本」に沿って逐一指摘していく。

 『弁明書』に「証拠書類」として、その写しが「添付」されているが、その中でも、①「広島市介護保険主治医意見書」(記入日:2007年11月17日;いでした内科・神経内科クリニック)。②、「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)の記載内容は、事実に反する箇所が多々あり信用できない。

 したがって、それに基づいた③「介護認定審査会資料」も不適切な内容となっていることである。このことは、請求者(滝尾)に対する認定を実施した時の状況の誤謬となり、その結果、コンピュータによる判定による一次判定は「要介護1相当」と判定されている。これは誤った「主治医意見書」(その一部項目は、コンピュータの一次判定に入力される)及び「広島市介護保険調票」の「認定調査」の誤った基本調査(あてはまる項目のチェック記載)によりコンピュータ入力によってなされたことが要因である。


 さらに文字で書かれた「概況調査」(これは、<基本調査-特記事項>として、10項目が文章として記述され、「主治医意見書」(人名などは消去して)と共に、5人保健・医療・福祉に関する「専門家」で構成する介護認定審査会へ提出されている。

 なお、心身の状況などの調査結果をコンピュータに入力し、請求者(滝尾)の介護に必要な時間を45・2分(=食事0・7分、排泄0・5分、移動1・0分、清潔保持8・6分、間接14・7分、問題行動4・3分、機能訓練8・9分、医療関連6・5分)としている。その結果、前回9月の一次判定結果:「要介護1相当」、また今回の11月の一次判定結果:「要介護1相当」となっている。これは故意に「介護度」を高めるために調査員が行ったものであり、(そのことは亀井調査員も本年1月8日の10時から正午までの話し合いと確認事項で認めていることで)、今回の広島市長の『弁明書』の内容は、きわめて遺憾なものである。


 そのことは、2008年1月8日に審査請求者・滝尾英二と「平成19年12月18日付け却下通知書の処分内容に係る認定調査は、同年11月21日、認定調査員である広島市安佐北区役場健康長寿課の職員」たる亀井真紗代調査員、及び小島安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐との広島市安佐北区健康長寿課会議室で下記のような話し合い確認してことである。

 すなわち、亀井認定調査員は「‥‥認定調査を事実でないことを書いたのは、あなた(滝尾)のために、あなたの介護度を高めるようにしたのよ」と弁明していた。これは詭弁に過ぎず間違っている。介護度が高まれば、支給限度額は上がるが、訪問・通所・短期入所サービスにかかる経費の利用者等の負担は増加し、また、介護保険、国・県や市の負担も増加する。

 そして、施設サービスを行う施設は儲かるのである。情実にとらわれず、事実に基づいて、これらは調査・診断は正確になされるべきである。同席した小島係長兼課長補佐も、この事実を否定しなかった。これは行政による「水増し請求」の加担であろう。あるいは、介護サービス施設との行政の癒着を疑わせるものである。


 つぎに問題なのは、請求者・滝尾は2007年11月14日の「介護保険要介護認定・要支援認定申請書」を提出したが、それは「身体機能低下の為」が変更申請の理由であった。ところが、第2群(移動)、第3群(複雑動作)だけでなく、前回9月と今回11月の認定調査の調査結果の変化は、第7群(問題行動)のところである。とりわけ前回9月にはなかった「暴言暴行」が「ときどきある」、「介護に抵抗」は「ある」となっている。同じ「認定調査票の手引き」の「Ⅲ 認定調査票の記入方法」の「2 認定調査票(基本調査)の記入要綱」に挙げられている各項目の「調査上の留意点」等を判断基準とし、」その基準に沿って判断し、記載した」と『弁明書』は書いている。ところが前回9月と今回11月の判断し、記載している内容が大きく変ったのは、なぜか。不思議である。

 さらに、『弁明書』は、<請求人は、審査請求書の「5 審査請求の理由」において「処分庁の行った認定調査結果及び医師の意見書の内容には、不正確な部分がみられる」と申し立てているが、認定調査内容については、請求人本人に各調査項目について確認し、終了後も再度全項目を読み上げるなどして改めて確認しているところである>と記述している。これはまったく事実に反する申し立てである。


 それが広島市長が『弁明書』いうように事実であるというのであれば、「‥‥認定調査内容については、請求人本人に各調査項目について確認し、終了後も再度全項目を読み上げるなどして改めて確認し」たのか、その年月日と時刻、場所、そして誰がしたのかという人名(役職)、それが複数人だったか、一人でなされたのか、どういう方法がとられたのかを具体的に明記・明言してもらいたい。また、そのことを証明する資料などを提出してもらいたい。それが、具体的に明記・明言できないのなら(事実でないので具体的に明記・明言できないはずである)この記述箇所は抹消すべきである。

 請求人本人が「○介護認定審査会の運営について」(平成一八年三月一七日 老0317002の各都道府県知事宛 厚生労働省老健局長通知)の「審査及び判定に当たっての留意事項」の(5)認定審査会の公開について「認定審査会は、第三者に対して原則非公開とする」とあるところから、始めて本人に対しては「広島市介護保険主治医意見書」「広島市介護保険認定調査票(概況調査、基本調査)」「介護認定審査会資料」などを複写して入手出来ることを知り、本年1月1日付けで上記の資料を安佐北区役場に請求し、1月4日に安佐北区健康長寿課から滝尾宅へ送付されたものである。

 そして、私は、諸調査の過ちをはじめて知ったのである。そして、前述したように1月8日の亀井調査員と小島・安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐との会合を持ち、その記述の過ちを確認し、その翌日に広島県に訪問し、広島県介護保険審査会・会長宛に「審査請求」を提出した。すなわち、それは以下の理由による。


 私は、一読して「主治医意見書」「広島市介護保険認定調査票(概況調査、基本調査)」の不正確で誤っている部分が、以下述べるように驚き、1月8日10時~正午の安佐北区健康長寿課の認定調査員らとの話し合いと確認を持ったが、そのずさんさやいいかげんさに驚き、翌1月9日に広島県福祉健康部介護保険指導室を訪れ、「審査請求」の提出手続きをした次第である。被保険者の不服申立ては、「要介護認定や保険料等の徴収金に関して不服がある場合は、各都道府県の介護保険審査会に審査請求を行うことができ」「介護保険審査会は、被保険者、市町村、公益の三者の代表(委員各3名、公益委員は3名以上)で構成され、合議体で審査請求事件の審理を行う」ことになっている。

 「受理」が行われた場合、その内容は「訪問調査票の記入事項に疑義がある」「特記事項の内容に疑義がある」「主治医の意見書に疑義がある」との理由で「被保険者である滝尾に対し広島県介護保険審査会・会長に「不服申立て」をし、審査請求をして正式に受理された。その結果、訪問調査員に対する調査や主治医に対する調査、必要に応じ、審査請求者である滝尾を県の介護保険審査会の専門調査員による調査が行われて、その専門調査員の調査結果等をもとに県介護保険審査会の合議体において審議が行われて、合議体による裁決がなされ、その裁決結果が私にも通知されることになっている。


4「広島市介護保険主治医意見書」(記入日:2007年11月17日;いでした内科・神経内科クリニック)の記述事実の相違、その疑義;『広島市介護保険認定調査表』及び、『弁明書』(広社介第12号)の「請求人に対する認定調査を実施した時の状況」について記述事実の相違、及び疑義

 上記の問題を記述するに当たって、その前提となるつぎの問題を指摘しておきたい。


 その第一点は、広島市が発行している諸冊子である『介護保険制度の案内』、広島市社会局介護保険課、2007年4月発行、(2007年4月現在)A4判27ページ、及びその前年に発行された同『冊子』の(2006年4月現在)の「②要介護認定申請からサービス利用までの流れ」(3~4ページ)の内容の過った記述である。こうした記述が、2年間も放置されてきたことは、広島市介護当局と関係者たちが、意図的に市民をだまそうとしたのか、あるいは、無意図的に広島市社会局介護保険課担当者らの「無知」からきているのかは、不明であるが、はなはだ遺憾なことである。(ただし、広島市社会局介護保険課発行される来年度(2008年度)の『介護保険制度の案内』は、滝尾の指摘もあって、訂正されるそうである。これは評価できることである。)

 「誤まりて改めざる、これを過ちという」という格言がある。この格言からすれば、今回の広島市社会局介護保険課の行為は、「過ち」ということではない。秋葉市長の『弁明書』(広社介第12号、平成20年1月29日)も、とりわけ「4 弁明の理由」中の「誤り」の箇所を正して、その箇所を書き変えることを、強く期待している。


 「‥‥②認定調査→コンピュータによる判定 心身の状況などの調査結果をコンピュータに入力し、介護に必要な時間を推計します。」と書かれている。そして、この結果を「介護認定審査会による審査判定」が行われると書かれてある。しかし「③主治医意見書→介護認定審査会による審査判定」と記述されているが、コンピュータによる判定(「主治医意見書」の一部もまたコンピュータに入力)するということが書かれていない。

 また、「要支援2~1」は、「介護予防サービス(予防給付)」として「介護保険の対象者ですが、要介護状況が軽く、生活機能の維持・改善の可能性が高い方などが受けるサービスです。」と書かれている(4ページ)。私は「要支援1」の認定結果通知を受けているので、どのようにすれば「生活機能の維持・改善」が「介護予防サービス(予防給付)」によって可能なのか、広島市介護関係者を問い、<生活機能の低下の遅滞は可能だと思い、食事・運動・服薬の主治医(広島日赤・原爆病院)が決められた遵守・ストレスの解消や頭脳の刺激など、さらに歩行していて転倒や交通事故なの諸注意もしている。しかし、それは加齢に伴う生活機能の低下の遅滞は可能だろ思うが「生活機能の維持・改善」は困難だと思うが‥‥>と質問した。

 ところが、その広島市介護関係者(調査員)の答えは、「そのように生活機能の維持・改善と書かないと<要支援>高齢者の方が、希望を失うでしょう。」という答えだった。それに対して私は、「しかし、努力しても生活機能の維持・改善が出来なければ、その高齢者はかえって絶望するでしょう。加齢すれば、どんなに努力しても生活機能の維持・改善は出来ないものですが、<生活機能の低下の遅滞>がせいぜいですよ。介護予防サービスは、こうした現実を高齢者に直視さすことだと思いますが‥‥」と反論しておいた。広島市介護関係者の高齢者に対する「愚民」視していることを垣間見る思いがした。


 その第二点は、「主治医意見書」の記載は、過去の他医療機関(病院)での検査結果を入手して、病歴の推移を知って現在の症状に至った経緯を把握することの必要性を痛感したことである。また、非常勤職員である亀井調査員の「広島市介護保険認定調査表」、及び広島市長の『弁明書』(広社介第12号)の「請求人に対する認定調査を実施した時の状況」の虚偽事実である。これは、3月25日の『朝日新聞』朝刊が報じている、「身障者手帳 適正交付求める 厚労省」と題する記事と一連の関連を想起した。

「厚生労働省は24日、身障者手帳の交付手続きで、申請の際に添付された医師の診断結果が疑わしい場合、別の医師の診断を受けることを本人に指導するよう求める通知を各都道府県や政令都市の担当者あてに出した。‥‥通知では、特定の指定医や自治体住民からの申請が相次いでいないか、手帳の交付状況を把握することや、指定医の取り消しや手帳の返還、刑事告発を検討することも求めている。」(大阪本社版、36面=社会面より)。

 これと同じ構造が、「介護保険認定」にも起こっているのではないかと危惧している。

 例えば、昨年9月に「いでした内科・神経内科クリニック」で、被保険者の「要介護・要支援認定申請書」を提出するための検査をした。その際、頭部のレントゲン検査を一枚撮影して、右の脳部の毛細管の各所に「血栓」があることは分った。これは、10年ほど前に、二度ほど私は「多発性脳梗塞」をしていて、近くの太田川病院に入院した。その際、脳のレントゲン検査を受けている。初回は「24時間点滴」をして、血栓箇所を溶かさなかったため、右脳の「梗塞」から現在の左半身が痺れている。二度目は左脳の梗塞」であったが、「24時間点滴」をして毛細管の血液の詰まりをとかしてもらい、したがって右半身の痺れはない。糖尿病では「広島逓信病院」にも二度ほど入院している。

 5年前の3月には、Aic が12・8もあり、広島赤十字・原爆病院の内分泌科(内科)に、それまでは近くの内科医院へ通院して「インスリンを注射」していたが、その内科からの紹介で、4月17日から一ヶ月ほど「教育入院」し、その際その「脳神経外科」で、頭部のMRIやレントゲン検査(CT検査)のを2~3度受けている。そうした過去入院した各病院の諸検査、とりわけ「頭部のレントゲン検査」=CTをとり寄せて、「いでした内科・神経内科クリニック」で「主治医意見書」は「障害高齢者の日常生活自立度」として「Ja」と記載されている。「Ja」ということは、「隣近所へなら外出するという」意味であるが、これは事実に反する。


 最近、‘07年の夏季や秋季には、ひとりで15日間、松江のホテルへ皮膚病治療を兼ねて、自分単身で自立生活(衣・食)が可能かどうかの他県(松江市内)への旅行をしている。知らない暗闇の道を歩くとき、段差に気が付かず、転げたことはあった。また、部屋へ鍵を置いたまま、外出してフロントに部屋を空けてもらったこともある。

 しかし、これを加齢にともなう「物忘れ」症状ではなく、「認知症高齢者の日常生活自立度」は「Ⅱa」だと認定されている。<註①>。私が「認知症」であるか否かは、もっと精密な検査・診断が必要であると思う。(08年4月7日の午前中には、広島赤十字・原爆病院の精神内科の診察を予約している。)

 註記①:「Ⅱa」とは、認知症高齢者の日常生活自立度を判断する基準で、「日常生活に支援を来たすような病状・行動や意志疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる「Ⅱ」より更に、症状・行動は重く、「家庭外で上記Ⅱの状態がみられる。」とし、「見られる病状・行動の例」として、「たびたび道に迷うとか、買物や事務、金銭管理などそれまでできたことにミスが目立つ等」であり、「‥‥具体的なサービスの例としては、訪問指導による療養方法等の指導、訪問リハビリテーション、デイケア等を利用したリハビリテーションをはじめとしたデイサービスや日常生活支援のためのホームヘルプサービス等が必要がある。」という。この「主治医意見書」は、私の日常生活と著しく相違している。

 「主治医意見書」に利用者が認知症の場合は「長谷川のスケール」を記載する必要があるのではないかという問題である。「長谷川のスケール」とは、数値で、認知症をはかるものである。もちろん、現在の「介護保険制度」が、「物理的な介護」だけを問題とし、介護サービス・介護予防サービスのサービス担当者、保健師、社会福祉士、「主任ケアマネャー」などが、高齢者、高齢者認知症患者などを訪問に多忙を極めて、汗みずたらしながら「介護」の仕事している姿を私は、認めながらも、しかし、その「介護」の仕事も、高齢者の加齢にともなう「こころの不安」などの心理的・心情的な介護の面が、軽視されていると思う。「こころの介護・相談」を「介護保険制度」の中で行う必要がある。

 だから、高齢者認知症なのか、加齢による「物忘れ」なのかによって、その「介護」の在りようが変ってくるということの留意が必要である。その点が現在の介護保険制度は欠落している。その典型が、今回の安佐北区役所健康長寿課職員の認定調査となって、具現化している。


 小澤 勲著『痴呆を生きるということ』岩波新書、2003年7月には、つぎのような記述がある。(註:「痴呆」という呼称は、偏見を招くとの理由から、2004年12月に認知症と改称されている。)

「‥‥痴呆は脳の病気である。‥‥アルツハイマー病の死後脳は著しく萎縮しており、それを切片にして顕微鏡で見ると、神経原繊維変化や老人斑とよばれる独特の病的変化が見られる。‥‥最近ではCT検査の画像診断の進歩で生前から脳の状態を知ることができるようになり、痴呆を病む人の脳には正常脳と明らかに異なる萎縮や損傷があることが、その部位や範囲を含めて分るようになった。」

「臨床的にみても、年をとればだれにでも起きる記憶障害と痴呆を病む人のそれとでは、明らかに異なる特徴がみられる。‥‥痴呆を病む人は経験したことの内容を忘れるだけではなく、経験したこと自体を忘れる。」(2~3ページ)

 「私は、‥‥たとえば、<一生懸命に生きている>という言葉。長年、痴呆を病む人たちとおつきあいしていると、本当にそう思う。私よりよほど彼らの生き方は懸命だなあ、と感じるのである。対象への畏敬の念というか、何かそういう気持ちがないと、私などは心を傾けてケアにあたれない。‥‥たとえば、視覚障害者、聴覚障害者のケアにあたる際に、視覚障害、聴覚障害の病理を知らないわけにはゆかないが、だからといって、それだけでケアが成り立つものではあるまい。彼らがどのような不自由を抱えて暮らしているかを知ることが、視覚障害、聴覚障害の医学的理解を超えて必要とされるであろう。

 ところが、このような当然ともいうべき発想が、痴呆学では育っていなかった。これは、これまで痴呆を病む人たちが処遇や研究の対象ではあっても、主語として自らを表現し、自らの人生を選択する主体として立ち現われることはあまりに少なかったことによるものではあるまいか。」(14ページ)。

 

  「反論書」  【前につづく】                                               

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月26日(水)01時52分22秒
編集済
 
 その第三点は、今年は、5年に一度の「介護保険制度」の見直しの年である。その制度の良い点は評価しながら、しかしその一方で、その制度の問題点は排除し、除去しなければならない。その第一は、行政と福祉業者(病院を含めて)癒着の構造からくる諸問題である。また、高齢者の人権を守り、個人情報などを洩らすシステムの除去である。そのためには、たくさんの現在の「介護保険制度」の見直しが必要である。


 地域で第一線にある「地域包括支援センター」の充実であるが、これを地方自治体の「委託」するのではなく、「直営」とすべきであろう。昨年の秋以降、私のいる「うすい会」(会長は、広島県医師会長である)委託事業の「口田地域包括支援センター」へ私は非常口のないので非常用の設備の設置、手すりのあるトイレ、他者に聞こえない一階の相談室、また二階の相談室は、急な階段、冷暖房が扇風機と電気ヒーターしかない電気ヒーターの施設・設備にクーラーをつけてもらいたいと再三、要求してきた。

 しかし、2月の厳寒のなかで、電気ヒーター一台だけの暖房で、面接相談の一時間を室内音戸が摂氏8度で、ふるえながらの面接相談だった。高齢者には、この寒さには身に応える。肺炎などが心配であり、民家に近い木造モルタルの「民家=クリニング店」を改造した「地域包括支援センター」では、個人のプライバシーも守れず、また訪問する高齢者の健康や「地震・火災などの時を想定」すると安心して、地域包括支援センターへは行けないと思う。広島市から委託を受けた民間の医療法人「うすい会」では、高齢者の健康も、災害などの安全対策も、未だに要望・要求してもなかなか困難である。


 今回の「介護保険制度」にかかわって、おろそかにされている高齢者の介護保険制度を痛感した。また、ともすれば高齢者を「愚民」視する「介護保険制度」の行政福祉担当者の意識転換の必要もあろう。安上がりの「介護保険制度」を志向してはなるまい。これを具体的に以下、広島市長の『弁明書』(広社介第12号;平成20年1月29日)に『反論書』をさら具体的に批判することで、深めていきたいと思う。

        ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

【そのⅠ】「広島市介護保険主治医意見書」(記入日:2007年11月17日;いでした内科・神経内科クリニック)への疑義


(1)「主治医意見書」の記載上の明確な誤り

「主治医意見書」の「(3)他科受診の有無」であるが、「有」として(有の場合)→内科のみチェックしてある。しかし、広島赤十字・原爆病院では糖尿病治療・診断のために「内科」以外に、「整形外科」「眼科」の受診を受けている。また、広島赤十字・原爆病院皮膚科の紹介で、自宅に近い「とき皮膚科医院」にも月2回程度、通院していることは、いでした内科・神経内科クリニックには、薬局(ウォンズ薬局千田町店からの服薬表を渡して、内科以外にも整形外科の佐々木医師から「ロキシロン錠60mg、ムコスタ錠一〇〇、100mg、オパルモン錠5μgを服薬しているので、「整形外科」への受診は報告し、了知していたはずである。

 また、「1、傷病に対する意見」の(1)診断名及び発症年月日で「1.多発性脳梗塞の発症 平成17年頃」となっているが、太田川病院に多発性脳梗塞で二度入院したのは、1997年前後であり、天皇暦でいえば平成7年頃である。「2.腰部脊柱管狭窄症の発症 平成18年頃」となっている。しかし、いでした内科・神経内科クリニックへは、広島市発行の瀧尾英二「身体障害者手帳」(平成16年12月22日交付)を提示し、いでした内科・神経内科クリニックはその複写をとっている。この身体障害者手帳には、「腰部脊柱管狭窄症による両下肢歩行困難」と書かれている(広島日赤・原爆病院整形外科の診断書により交付された。)したがって「主治医意見書」のいう「腰部脊柱管狭窄症の発症 平成18年頃」は過ちで、「身体障害者手帳」が交付された平成16年12月22日以前であることは明白である。

 「3.糖尿病 発症年月日」は平成12年頃と「主治医意見書」は記載されている。しかし、広島日赤・原爆病院へ糖尿病で入院したのが平成13年4月17日から約1ヶ月であり、それ以前は、広島軽信病院に平野内科病院の紹介で二度、入院しており、また平野内科病院では糖尿病から血糖値の月平均であるA1cが高く、平成13年3月には12・8あった。それ以前から、インスリン注射を自己で打っていた。したがって、「主治医意見書」の記載にあるような5年前の「平成12年頃」の記述は、まったくの誤記である。しかし、上記のことよりも、重大な「主治医意見書」の疑義の記載は、つぎの箇所である。

「3.心身の状態に関する意見」の「(1)日常生活の自立度等について」で、「障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)「J2」(=「隣近所へなら外出するという」意味である)「認知症高齢者の日常生活自立度 Ⅱa」。さらに、「(2)認知症の中核症状(認知症以外の疾患で同様の症状を認める場合を含む) ・短期記憶<問題あり>。・日常生活の意志決定を行うための認知能力<いくらか困難>。・自分の意志の伝達能力<いくらか困難>。

「(3)認知症の周辺病状(該当する項目全てチェック:認知症以外の疾患で同様の病状を認める場合を含む) <有> <暴言>、<暴行>」。

 以上、「3.心身の状態に関する意見」の「主治医意見書」の記載が、事実に照らして果たして正しかについての疑義が、私には大いにある。

           ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

【その2】 いでした内科・神経内科クリニックから「あなたは認知症Ⅱaである」と言われ、安佐北区役場の健康長寿課の認定調査では一次判定で「要介護1」という判定をうけながら、それでも、気強く生きようと思う私です


(1)川畑信也著『知っておきたい認知症の基本』集英社新書、2007年4月発行を読む

 この本を読んで学んだことを列記してみたい。

「認知症」は脳の病気である。そのなかの半数はアルツハイマー病だといわれている。ドイツの精神科医であるアルツハイマーが、100年余も以前に深い「認知症」に陥って死亡した51歳の女性を脳病理所見としてはじめて報告したことによる。(3年余りの2004年12月以前には「痴呆症」と日本でも呼ばれていた。しかし、その呼称が偏見・差別性を生むので、法的に「認知症」と呼称されるようになったが‥‥)。『厚生労働白書(平成一七年版)』によると、2002年には「認知症高齢者」は、約150万人、2015年には250万人、2025年には323万人にのぼると推定されている。

 ところが、加齢による「物忘れ」か「認知症」なのかは、現在の医学では容易に判断でき難いといわれている。脳のレントゲン検査CT検査などの画像診断などの診断で判断しているようである。そして、認知症患者に対する場合は、上手な介護、適切な対応が必要である。アルツハイマー病の症状を抑える可能性としては塩化ベネペジル(商品名・アリセプト)の投与があるが、よく効く薬ほど副作用も多いのが、実情である。


(2)前述した川畑信也著『知っておきたい認知症の基本』集英社新書、2007年4月発行には、つぎのような記述がある。「‥‥私たちは、学校や社会活動、家庭生活を通して多くのことを学び、知識や技術を習得し、日々生活していくなかで、多くの判断や決断を行い事物を実行しています。この知識や技術、判断力、意欲、感情などの機能がなんらかの原因によって低下し、それによって社会生活や家庭死活に重大な支障をきたすようになったときに、はじめて認知症と判断されます。‥‥40歳を越えた頃から物忘れ(医学的には記憶障害と呼ばれます)を自覚することが多いのですが、物忘れイクオール認知症ではありません。」

「認知症と診断するには、物忘れ以外に、日時がわからない(時に対する見当障害)、出かけると迷子となる(場所に対する見当職障害)、買物でお金の計算ができない(計算障害)、衣服を上手に着られない(失行症)、他人との会話がかみ合わない(失語症)など、その他の認知障害が一つ以上加わることが条件とされます。記憶障害だけがみられるときは健忘症と診断されます。」(20~21ページ)。

 しかし、上記のいずれの障害で、多少あるにしても、社会生活にも家庭生活にも支障を来たしてはいない。それが「主治医意見書」などがいう「認知症高齢者の日常生活自立度 Ⅱa」なのかを、広島県介護保険審査会は、審査して欲しい。


 さらに大きく問題となることに、主治医の意見書にも「認知症の周辺症状」として「暴言」「介護への抵抗」と書かれていることである。。これは、何を根拠にそのように主治医は診断したかという問題である。同じようなことを「広島市介護保険認定調査票」でも書かれている。


 昨年12月14日に私は「身体機能低下のため」(とりわけ「歩行困難と歩行による転倒」を理由に)「広島市介護保険要介護認定・要支援認定申請書」を再度広島市役場に提出した。ところが、昨年9月の安佐北区健康長寿課の調査員と、11月の調査員(9月の調査員とは別人でした)と、調査結果が大きく異なっていることである。とりわけ「問題行動」として「情緒が不安定」が「ときどきある」が「ある」に、前回書かれていなかった「暴言暴行」が「ある」と書かれ、さらに「介護に抵抗」が前回の調査では「ない」が、「ある」になっていることです。しかし、調査判定結果は、前回の9月も、今回12月の一次判定結果は:「要介護1」となり、それが、介護認定審査会による審査判定で「要支援1」と認定されている。


 その経緯にたいして、きわめて不服と、疑義を言っている。12月の「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)によると、「‥‥コミュニケーションに関連する項目」で「感情の波があり些細なことでも気になると放っておけず必死になる。その為夜も寝ずに考えたり、調べたりする。死にたいと思うことの訴えあり。終始一方的に話をし、自分の意にそぐわないと抵抗する。攻撃をするという言い方をし、家人にも負担をかけている」と書かれている。

 そして、「問題行動に関する項目」には、「エ、泣いたり、笑ったりして感情が不安定になることが」「3、ある」。「カ、暴言や暴行が」「2、ときどきある」。「ケ、助言や介護に抵抗することが」「3、ある」と書かれている。これらは、まったく事実に反した内容である。しかも、「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)を秋葉広島市長は、2008年1月29日に再度確認し、「4 弁明の理由‥‥要介護認定は、認定調査員による基本調査及び主治医意見書に基づき一次判定結果を原案とし、認定調査時における特記事項及び主治医意見書の内容を加味して総合的に審査及び判定を行うものである。

 本件処分も同様の手続によって行ったものであり、その手続及び処分内容には何ら違法又は不当な点はなく、本件請求に理由がないことは、以下に述べるとおり明らかであり、同請求は速やかに棄却されるべきである。」と述べている。


()『弁明書』(広社介第12号)には、「(7)第7群(問題行動に関連する項目)について書いているが、いずれも広島市の調査員の請求人本人の言葉の端々を断片的に、主観的に認識したものであり、不当である。<「カ 暴言や暴行」については、調査時も終始一方的に話し、攻撃的な言動をするため「2.ときどきある」と判断した。>と書かれている。これは、調査員の主観的な判断である。間違った調査員の発言が多々あったので(コンピュータのことなど)、私の意見を言うことが、なぜ「攻撃的な言動」となり、それが「カ 暴言や暴行」になるのか、まったく分らない。「ハイ、ハイ」ということが調査員として好ましいことなのか。


()「助言や介護に抵抗する」の項目は、調査員のまったく主観的で、見当ちがいである。調査時に私が、<入浴時に自分が下着を風呂に入れて下着を湯の中で揉んだり、足で踏んだりして、その後、絞ったりして手足や指の運動をしている。なかなか下着を絞ることはむつかしい。妻は、「下着は洗濯機に入れておきなさい。洗濯し、脱水し、乾燥するので‥‥」という>と言うと、調査員は「それは、介護訪問で洗濯をします」という。

 私は「妻も洗濯機で洗濯してくれるので、介護訪問で洗濯は不要ですよ。それに毎日の洗濯訪問はないでしょう」と言った。そのことが、調査員の指導・助言の抵抗であり、「助言や介護に抵抗する」と書いたという(1月8日の安佐北区役所での私と亀井調査員、小島健康長寿課介護保険係長兼課長補佐との話し合いと確認事項)。

 厚生労働省の「認定調査票記入の手引き」293ページにも、「調査対象者と介護者(この場合は調査員であり、介護しに訪問した訳ではあるまい。それに「要支援1」では「訪問洗濯は出来ないはずである」)との人間関係的要素も含まれるが、明らかに介護者の助言や介護に抵抗し、介護に支障がある場合をいう。単に助言しても従わない場合(言っても従わない場合)は含まれない。」と書かれている。


()「私はふたつのホームページを持っている。『滝尾英二的こころ』と『滝尾英二的こころPart2』であり、本年3月25日現在で、総訪問者数は、『滝尾英二的こころ』23,142人、『滝尾英二的こころPart2』10,904人で、計3万4102人である。このホームページの掲示板への掲載原稿は、海外の新聞報道記事の翻訳、国内各紙の社説など参考にして執筆することが多い。それらの記事は、深夜のしかも午前過ぎて滝尾のメールに送信され、各新聞社の「社説」も午前になって、各社のホームページに掲載される。したがって「昼夜が逆転する」場合が多い。健康にはよくないことではあるが、仕方ないので、昼間に自室で就寝している。だから、そのために日常生活に支障が生じているわけではないし、夜間不眠を訴えているわけではない。


 人生の「生き甲斐」として、主に人権問題に関する原稿を書き、掲載している。したがって、厚生労働省の「認定調査票記入の手引き」293ページにいうように、「オ・夜間不眠あるいは昼夜の逆転がある」の項の「そのために日常生活に支障を生じている場合」にはあたらない。ところが、『弁明書』(広社介第12号)には、「‥‥夜も寝ずに考えたり調べたりする」との訴えと理解しているが、これは軽薄な調査員の理解に過ぎない。また、亀井調査員は、「広島市介護保険認定調査票」のなかで、深夜の私のホームページへの原稿」執筆し、掲載することを「感情の波があり、些細なこと(ホームページの原稿を執筆して、掲載することを「些細なこと」と認識している)でも気になると放っておけず必死になる。」というようにしか認識していない。多分、『滝尾英二的こころ』と『滝尾英二的こころPart2』も読んでいないのだろう。しかも『弁明書』(広社介第12号)もそのことを踏襲している。

「死にたいと思うこともある」は、身体全身に老人性湿疹が出来ていて、松江の温泉へ行き、近隣の「トキ皮膚科」で、塗り薬をもらって塗っているが、「全身の痛痒さ」の形容詞的表現で「死にたいと思うこともある」とは言ったが、一般的に「死にたいと思うこともある」はない。ことばの表現の理解できない調査員だと思う。


 <「助言や介護に抵抗することがある」については、請求人本人から「自分の意にそぐわないと家族にも抵抗し攻撃して、負担をかける」との訴えがあり、「3.ある」と判断した、と『弁明書』(広社介第12号)は書いているが、まったく事実に反している。1月8日に、亀井調査員は、「入浴時の下着の洗濯」で「訪問洗濯」を指導・助言したが、断られたので、「助言や介護に抵抗することがある」と言い、同席した小島健康長寿課介護保険係長兼加籐補佐もそれに同意したことは、前述した通りである。「結婚して50年」でこの4月で「金婚式」をむかえる私たち夫妻のことは、亀井調査員には短時間では理解できない。自己認識であれこれ、ことばの端々をつなぎあわせて、作文している調査に過ぎず、それをさらに、悪く追認しているのが、広島市長の『弁明書』(広社介第12号)である。


 亀井調査員の掲載も、『弁明書』(広社介第12号)には、「(7)第7群(問題行動に関連する項目)についての記載もまったく不当である。それが「あなた(滝尾)のために、介護度を高めとのよ」と言う。何をか言わん!」である。

 このような「主治医意見書」、「「広島市介護保険認定調査票」、及び広島市の『弁明書』(広社介第12号)の記述を許してはならない。これが、防衛省の守屋元事務次官の事件となり、相次ぐ資料「隠匿事件」となる温床を「介護保険制度」ははらんでいる。「ケア」ではなく「お金」だけが目的で、「介護営業」に参入している状況をこの半年、見てきた。既に「介護保険制度」発足から6年以上経過した。夢や理念をもって献身的に「介護・福祉」に献身している数多くの担当者がいることを知っている反面、人権・人命無視の行為が平然と行われている。このことを黙視することはできない。

                    2008年3月26日(水曜日) 午前1時48分

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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  国本 衛さんのご逝去を聞き、驚いています。謹んでご冥福をお祈りします。 滝尾英二より                

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月23日(日)04時02分43秒
 
 国本 衛さんのご逝去を聞き、驚いています。謹んでご冥福をお祈りします。


 国本さんと最後にお会いしたのは、2005年7月19日に東京地裁で11時から小鹿島訴訟の第6回口頭弁論があった日で、審議終結した直前でした。

 開廷を待つ東京地裁の廊下にいらし国本 衛さんに、私は「‥‥在日朝鮮人のハンセン病問題に取組んでいる者として、もっと小鹿島の原告の立場にたち、小鹿島の差別の現実を真剣に直視した行動をしてもらいたい。その点、国本さんの言動には大変、不満である。」といった発言内容だったと思う。東京地裁の廊下に座り込まれていた国本さんは、私の「傲慢」ともとれるこの発言を一言も反論されることなく、うなだれてお聞きになられておられた。

 私のあの発言は、実は「小鹿島訴訟原告弁護団」への小鹿島訴訟への私の不信・不満を国本 衛さんにぶっつけたものであった。いま思うと、年上の国本さんへたいへん申し訳ない発言だったと思う。もうすぐ私も彼岸で、先に逝かれた国本さんにお会いすることも近かろうと思う。その時は、胸襟を開いて、過去及び現在のハンセン病問題の在りようと問題などを話し合いたいと思う。


 国本さんと多磨全生園の自室で最後にお会いしたのは、いつだったか。その時、夫人の美代子さんもおらた。国本さんの机上には分厚い「キリスト教とハンセン病」に関する著書が読みかけられたままで置かれていた。こんな難解な本をお読みになられていたんだ、と驚いたことが、ついさっきのことのような気がする。あれから、ハンセン病訴訟が始められ、国本さんと異なった立場で行動をする私であり、意見も私は相違していた。しかし、お年をとられていても、その行動力があり、私は絶えず尊敬していたものである。こうして、ご逝去されてみると、大きなものを失ったことを実感している。

 福留範昭先生から、韓国の1人当たりの国民所得、2万ドルを突破 (聯合ニュース)、<コラム> 再び飛翔する「日の丸飛行機」(上・下) (朝鮮日報)を紹介しながら、いま、彼岸に旅発たれた国本 衛(李 衛<イ・ウィ>)さんの著書『生きて、ふたたび―隔離55年~ハンセン病者半生の軌跡―』毎日新聞社、2000年1月発行を書棚から取り出して、読んでいる。

 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する2記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。また、その前文は『滝尾英二的こころ』、及び『Ichiro(先生)の研究メモ』に投稿します。


                  2008年2月23日(日曜日)午前3時45分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二
 

 秋葉忠利広島市長の’08年1月29付け『弁明書』(広社介第12号)が送付されたので、これに対する審査請求人の『反論書』

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月20日(木)04時41分30秒
 
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              反 論 書

                            2008年(平成20年)3月22日

広島県介護保険審査会会長 様

              審査請求人  郵便番号739-1733
                      広島市安佐北区口田南 三丁目 5-15

                                        滝 尾 英 二

 私が2008年(平成20年)1月19日付けで提起した介護保険要介護認定・要支援認定等に係る認定処分に対する審査請求について、秋葉忠利広島市長の平成20年1月29付けの弁明書副本が送付されましたので、これに対し、次のとおり反論します。


1 反論の趣旨
 事件の経過として、処分庁たる広島市は、「4 弁明の理由‥‥要介護認定は、認定調査員による基本調査及び主治医意見書に基づき一次判定結果を原案とし、認定調査時における特記事項及び主治医意見書の内容を加味して総合的に審査及び判定を行うものである。

 本件処分も同様の手続によって行ったものであり、その手続及び処分内容には何ら違法又は不当な点はなく、本件請求に理由がないことは、以下に述べるとおり明らかであり、同請求は速やかに棄却されるべきである。」と主張しているが、この認定調査員による基本調査及び主治医意見書は、その内容に重大なる事実の相違、乃至「捏造」ともとれるものが記載されている。したがって、処分庁が提出している『弁明書』は、以下具体的事実に述べる理由により信用性がまったくない。

 事実は以下に述べる通りであるので、その主張はみとめるべきでない。


2 『弁明書』の重要な内容の欠落した内容
証拠として処分庁の提出している「3 事件の経過」についても重要な経過が抜け落ちている。とりわけ2008年1月8日に審査請求者・滝尾英二と「平成19年12月18日付け却下通知書の処分内容に係る認定調査は、同年11月21日、認定調査員である広島市安佐北区役場健康長寿課の職員」たる亀井真紗代調査員、及び小島・安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐(2007年11月21日の審査請求者自宅に亀井調査員と同行している)との本年1月8日に広島市安佐北区役場の健康長寿課会議室で午前10時から正午まで2時間、話し合い確認してことを処分庁の『弁明書』(広社介第12号 1月29日)は、まったく書いていない。これは重大なる問題であり、『弁明書』は信用できない。

 また、「‥‥訪問の際、瀧尾様から、今回の訪問調査内容等についてご質問をお受けしましたが、すでに県の介護保険審査会への審査請求をされている旨申し出があり、今後、広島県介護審査会からの提出依頼書に対し、広島市としての考え方を弁明させていただく予定です。平成20年1月16日、安佐北区厚生部健康長寿課・井堰正文課長」から以上のようなメール内容が滝尾宛に送信されている。

 したがって、安佐北区厚生部健康長寿課・井堰正文課長は、同課の課員である亀井真紗代調査員、及び小島安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐と私とが、本年1月8日に広島市安佐北区役場の健康長寿課会議室で午前10時から正午まで2時間、話して確認した内容については、報告を受けて知っている。(なお、当日話し合って両者が確認した内容については、後述する。)


3 処分庁(代表・秋葉忠利広島市長)の「平成20年1月29付けの弁明書副本」の信用出来ない事実を以下、「弁明書副本」に沿って逐一指摘していく。

 『弁明書』に「証拠書類」として、その写しが「添付」せれているが、その中でも、①「広島市介護保険主治医意見書」(記入日:2007年11月17日;いでした内科・神経内科クリニック)。②、「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)の記載内容は、実にいい加減であり、事実に反する箇所が多々ある。

 したがってそれに基づいた③「介護認定審査会資料」も不適切な内容となっていることである。このことは、請求者(滝尾)に対する認定を実施した時の状況の誤謬となり、その結果、コンピュータによる判定による一次判定は「要介護1相当」と判定されている。これは誤った「主治医意見書」(その一部項目は、コンピュータの一次判定に入力される)及び「広島市介護保険調票」の「認定調査」の誤った基本調査(あてはまる項目のチェック記載)によりコンピュータ入力によってなされたことが要因である。

 さらに文字で書かれた「概況調査」(これは、<基本調査-特記事項>として、10項目が文章として記述され、「主治医意見書」(人名などは消去して)と共に、5人保健・医療・福祉に関する「専門家」で構成する介護認定審査会へ提出されている。

 なお、心身の状況などの調査結果をコンピュータに入力し、請求者(滝尾)の介護に必要な時間を45・2分(=食事0・7分、排泄0・5分、移動1・0分、清潔保持8・6分、間接14・7分、問題行動4・3分、機能訓練8・9分、医療関連6・5分)としている。その結果、前回9月の一次判定結果:「要介護1相当」、また今回の11月の一次判定結果:「要介護1相当」となっている。これは故意に「介護度」を高めるために調査員が行ったものであり、きわめて遺憾な問題である。

 そのことは、2008年1月8日に審査請求者・滝尾英二と「平成19年12月18日付け却下通知書の処分内容に係る認定調査は、同年11月21日、認定調査員である広島市安佐北区役場健康長寿課の職員」たる亀井真紗代調査員、及び小島安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐との島安佐北区健康長寿課会議室で下記のような話し合い確認してことである。

 すなわち、亀井認定調査員は「‥‥認定調査を事実でないことを書いたのは、あなた(滝尾)のために、あなたの介護度を高めるようにしたのよ」と弁明していた。これは詭弁に過ぎない。介護度が高まれば、支給限度額は上がるが、訪問・通所・短期入所サービスにかかる経費の利用者等の負担は増加し、また、介護保険、国・県や市の負担も増加する。そして、施設サービスを行う施設は儲かるのである。情実にとらわれず、事実に基づいて、これらは調査・診断は正確になされるべきである。同席した小島係長兼課長補佐も、この事実を否定しなかった。これは行政による「水増し請求」の加担であろう。

 つぎに問題なのは、請求者・滝尾は2007年11月14日の「介護保険要介護認定・要支援認定申請書」を提出したが、それは「身体機能低下の為」が変更申請の理由であった。ところが、第2群(移動)、第3群(複雑動作)だけでなく、前回9月と今回11月の認定調査の調査結果の変化は、第7群(問題行動)のところである。とりわけ前回9月にはなかった「暴言暴行」が「ときどきある」、「介護に抵抗」は「ある」となっている。同じ「認定調査票の手引き」の「Ⅲ 認定調査票の記入方法」の「2 認定調査票(基本調査)の記入要綱」に挙げられている各項目の「調査上の留意点」等を判断基準とし、」その基準に沿って判断し、記載した」と『弁明書』は書いている。ところが前回9月と今回11月の判断し、記載している内容が大きく変ったのは、なぜか。

 さらに、『弁明書』は、<請求人は、審査請求書の「5 審査請求の理由」において「処分庁の行った認定調査結果及び医師の意見書の内容には、不正確な部分がみられる」と申し立てているが、認定調査内容については、請求人本人に各調査項目について確認し、終了後も再度全項目を読み上げるなどして改めて確認しているところである>と記述している。これはまったく事実に反する。

 それでは、「‥‥認定調査内容については、請求人本人に各調査項目について確認し、終了後も再度全項目を読み上げるなどして改めて確認し」たのか、その年月日と時刻、場所、そして誰がしたのかという人名(役職)、それが複数人だったか、一人でなされたのか、どういう方法がとられたのかを具体的に明記してもらいたい。

請求人本人が「○介護認定審査会の運営について」(平成一八年三月一七日 老0317002の各都道府県知事宛 厚生労働省老健局長通知)の「審査及び判定に当たっての留意事項」の(5)認定審査会の公開について「認定審査会は、第三者に対して原則非公開とする」とあるところから、始めて本人に対しては「広島市介護保険主治医意見書」「広島市介護保険認定調査票(概況調査、基本調査)」「介護認定審査会資料」などを複写して入手出来ることを知り、本年1月1日付けで上記の資料を請求し、1月4日に安佐北区健康長寿課から送付されたものである。

 一読して「主治医意見書」「広島市介護保険認定調査票(概況調査、基本調査)」の不正確で誤っている部分が、以下述べるように驚き、1月8日10時~正午の安佐北区健康長寿課の認定調査員らとの話し合いと確認を持ったが、そのずさんさやいいかげんさに驚き、翌1月9日に広島県福祉健康部介護保険指導室を訪れ、「審査請求」の提出手続きをした次第である。被保険者の不服申立ては、「要介護認定や保険料等の徴収金に関して不服がある場合は、各都道府県の介護保険審査会に審査請求を行うことができ」「介護保険審査会は、被保険者、市町村、公益の三者の代表(委員各3名、公益委員は3名以上)で構成され、合議体で審査請求事件の審理を行う」ことになっている。

 「受理」が行われた場合、その内容は「訪問調査票の記入事項に疑義がある」「特記事項の内容に疑義がある」「主治医の意見書に疑義がある」との理由で「被保険者である滝尾が広島県介護保険審査会・会長に「不服申立て」をし、審査請求をして正式に受理された。その結果、訪問調査員に対する調査や主治医に対する調査、必要に応じ、審査請求者である滝尾を県の介護保険審査会の専門調査員による調査が行われて、その専門調査員の調査結果等をもとに県介護保険審査会の合議体において審議が行われて、合議体による裁決がなされ、その裁決結果が私にも通知されることになっている。


3-A「広島市介護保険主治医意見書」(記入日:2007年11月17日;いでした内科・神経内科クリニック)の記述事実の相違、及び疑義

 上記の問題を記述するに当たって、その前提となるつぎの問題を指摘しておきたい。

 その第一点は、広島市が発行している諸冊子である『介護保険制度の案内』、広島市社会局介護保険課、2007年4月発行、(2007年4月現在)A4判27ページ、及びその前年に発行された同『冊子』の(2006年4月現在)の「②要介護認定申請からサービス利用までの流れ」(3~4ページ)の内容の過った記述である。こうした記述が、2年間も放置されてきたことは、広島市介護当局と関係者たちが、意図的に市民をだまそうとしたのか、あるいは、無意図的に広島市社会局介護保険課担当者らの「無知」からきているのかは、不明であるが、はなはだ遺憾なことである。(ただし、広島市社会局介護保険課発行される来年度(2008年度)の『介護保険制度の案内』は、滝尾の指摘もあって、訂正されるそうである。これは良いことである。)

 「誤まりて改めざる、これを過ちという」という格言がある。この格言からすれば、今回の広島市社会局介護保険課の行為は、「過ち」ということではない。秋葉市長の『弁明書』(広社介第12号、平成20年1月29日)も、とりわけ「4 弁明の理由」中の「誤り」の箇所を正して、その箇所を書き変えることを期待している。

 「‥‥②認定調査→コンピュータによる判定 心身の状況などの調査結果をコンピュータに入力し、介護に必要な時間を推計します。」と書かれている。そして、この結果を「介護認定審査会による審査判定」が行われると書かれてある。しかし「③主治医意見書→介護認定審査会による審査判定」と記述されているが、、コンピュータによる判定(「主治医意見書」の一部もまたコンピュータに入力)するということが書かれていない。

 また、「要支援2~1」は、「介護予防サービス(予防給付)」として「介護保険の対象者ですが、要介護状況が軽く、生活機能の維持・改善の可能性が高い方などが受けるサービスです。」と書かれている(4ページ)。私は「要支援1」の認定結果通知を受けているので、どのようにすれば「生活機能の維持・改善」が「介護予防サービス(予防給付)」によって可能なのか、広島市介護関係者を問い、<生活機能の低下の遅滞は可能だと思い、食事・運動・服薬の主治医(広島日赤・原爆病院)が決められた遵守・ストレスの解消や頭脳の刺激など、さらに歩行していて転倒や交通事故なの諸注意もしている。しかし、それは加齢に伴う生活機能の低下の遅滞は可能だろ思うが「生活機能の維持・改善」は困難だと思うが‥‥>と質問した。

 ところが、その広島市介護関係者の答えは、「そのように生活機能の維持・改善と書かないと<要支援>高齢者の方が、希望を失うでしょう。」という答えだった。私は、「しかし、努力しても生活機能の維持・改善が出来なければ、その高齢者はかえって絶望するでしょう。加齢すれば、どんなに努力しても生活機能の維持・改善は出来ないものですが、<生活機能の低下の遅滞>がせいぜいですよ。介護予防サービスは、こうした現実を高齢者に直視さすことだと思いますが‥‥」と反論しておいた。広島市介護関係者の高齢者に対する「愚民」視していることを垣間見る思いがした。


 その第二点は、「主治医意見書」の記載は、過去の他医療機関(病院)での検査結果を入手して、病歴の推移を知って現在の症状に至った経緯を把握することの必要性を痛感したことである。

 例えば、昨年9月に「いでした内科・神経内科クリニック」で、被保険者の「要介護・要支援認定申請書」を提出るための検査をした。その際、頭部のレントゲン検査をして、右の脳部の毛細管の各所に「血栓」があることは分った。それは、10年ほど前に、二度ほど私は「多発性脳梗塞」をしていて、近くの太田川病院に入院した。その際、脳のレントゲン検査を受けている。初回は「24時間点滴」をして、血栓箇所を溶かさなかったため、右脳の「梗塞」から現在の左半身の痺れている。二度目は左脳の梗塞」「であったが、「24時間点滴」をして毛細管の血液の詰まりをとかしてこらい、したがって右半身の痺れはない。糖尿病では「広島逓信病院」にも二度ほど入院している。

 5年前の3月には、Aic が12・8もあり、広島赤十字・原爆病院の内分泌科(内科)に、それまでは近くの内科医院へ通院して「インスリンを注射」していたが、その内科からの紹介で、4月17日から一ヶ月ほど「教育入院」し、その際その「脳神経外科」で、頭部のMRIやレントゲン検査を2~3度受けている。そうした過去入院した各病院の諸検査、とりわけ「頭部のレントゲン検査」をとり寄せて、「いでした内科・神経内科クリニック」で「主治医意見書」は「認知症高齢者の日常生活自立度」として「Ⅱa」つまり、加齢にともなう「物忘れ」症状ではなく、「認知症」だと認定し、しかも「Ⅱa」ということは、「隣近所へなら外出するという」意味であるが、これは事実とはおおいに異なることを「主治医意見書」には書いている(後に詳述する)。

 「主治医意見書」に利用者が認知症の場合は「長谷川のスケール」を記載する必要があるのではないかという問題である。「長谷川のスケール」とは、数値で、認知症をはかるものである。もちろん、現在の「介護保険制度」が、「物理的な介護」だけを問題とし、介護サービス・介護予防サービスをサービス担当者、保健師、社会福祉士、「主任ケアマネャー」などが、高齢者、高齢者認知症患者などを訪問に多忙を極めて、汗水垂らしまがら「介護」していることを私は、認めながら、「こころの不安」などの心理的・心情的な「介護」が、軽視されていると思う。だから、認知症なのか、加齢による「物忘れ」なのかは、その「介護」の在りようが変るということの留意が必要なのに、その点が欠落している。


 その第三点は、今年は、「介護保険制度」の見直しの年である。その制度の良い点は評価しながら、問題点は排除し、除去しなければならない。その第一は、行政と福祉業者(病院を含めて)癒着の構造からくる諸問題である。また、高齢者の人権を守り、個人情報などを洩らすシステムの除去である。そのためみは、たくさんの現在の「介護保険制度」の見直しが必要である。地域で第一線にある「地域包括支援センター」の充実であるが、これを地方自治体の「委託」するのではなく、「直営」とすげきであろう。

 今回の「介護保険制度」にかかわってそのことを痛感した。ともすれば高齢者を「愚民」視する「介護保険制度」の行政担当者の意識転換の必要もあろう。安上がりの「介護保険制度」を志向すぃてはなるまい。これを具体的に以下、広島市長の『弁明書』(広社介第12号;平成20年1月29日)に『反論書』をさら具体的に批判することで、深めていきたいと思う。付記しておくが、いま盛んに論議されている「ハンセン病問題基本法」「ハンセン病療養所の将来構想」と、「介護保険制度」は無関係ではないことを、運動している関係者は銘記して欲しい。【未稿でつづきを後刻書くこととする。】

      2008年3月20日(木曜日) 午前4時35分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 近況の三つのご連絡です。 毎日、元気でやっています。 「どっこい! 俺らは生きている」です。滝尾でした。       

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月14日(金)22時30分59秒
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 昼食後、自宅からバスで小時間かかるところにある「録音してもらえ、また素晴しい音響装置とマイクとスピーカーのある「カラオケ・スタジオ」から午後8時過ぎに帰宅したら、「つれあい」が「あなたの親友のWさんからさっき電話があったわよ!」と云います。早速、Wさんに電話をしたら、「‥‥最近、ホームページの掲示板への投稿掲載が止まっている。病気でもしているのか心配して電話した」ということでした。同じ思いの方がたもおられると思い、私の近況を報告します。

 私はいま、3つの作業に追われていました。

【Ⅰ】は、3月12日(火曜日)に、「荒城の月」から「ヨイトマケの唄」まで、14曲をCDに録音をとることでした。しかし、たった一枚のCDに実際に14曲を録音とるという作業がいかに精力がいる作業か、わかりました。午前11時少し前がら、スタジオに飲み水のボトルを用意し、14曲のすべてを2度以上、唄わせられました。なかには歌詞を間違えたり、また、音程や休止符がしっかりしない場合は、3度も4度も間違いを指摘され繰り返し唄うよういわれ、14曲の録音に3時間余録音にかかりました。立っては「腰部脊柱狭窄症」で脚腰が痛みますので、マイクの前に高い腰掛に座って、唄いました。

 普段の私の体重は、60キロですが、録音をとる朝、気分転換に入浴したら、58キロになっていました。それが3時間余の録音後、車で自宅まで送ってもらい、途中「昼食」として「野菜のお好み焼き」を食べて、帰宅。さっそく入浴した時、体重を測定したら、55キロしかありません。3時間余の連続歌唱で、朝よりも3キロも体重が減少していました。

 一日の摂取カロリーは、1840キロカロリーですが、体重を元の60キロに返そうと2100キロカロリーに増量し、今日はやっと58キロまで戻しました。身体全身でとりわけ、「腹式呼吸」で歌を響かせながら歌唱することは、たいへんです。専門歌手の方がコンサートをもつことは、一ステージでもたいへんであり、それを連日持つことは健康がよほどないと出来ないことだということが、今回の歌謡の録音でつくづく分かりました。


【2】は、多磨全生園ハンセン病図書館の佐藤孝徳さんと山下道輔さんから下記のようなお便りを受け取ったことです。滝尾宛の住所の上書きは、懐かしい山下道輔さんの字体でした。

「皆さま 全生園の梅林もひっそりと静かに咲き始めました。ハンセン病図書館は自治会の方針で3月31日をもって閉館となり、国立ハンセン病資料館へ図書資料等移管されることになりました。長い間ご利用ありがとうございました。今後は、資料館をご利用下さい。
いま、図書館の展示室において、利用者有志による全生園の写真と文学年表を展示しています。お近くにお出かけの折は、今月をもって閉館となりますので、是非、お立ち寄りになりご覧下さい。 2008年3月10日  多磨全生園ハンセン病図書館 佐藤孝徳;山下道輔」

 私はどんなに、この多磨全生園ハンセン病図書館へ通い、図書資料の閲覧をさせていただいたことか。それが今月いっぱいで閉館されるということです。山下道輔さんとの出会いを含めていま「走馬灯」のように、過去の出来事が頭を横切ります。無念です。今後は移管された国立ハンセン病資料館に対して何を要求し、どんな闘いを組むかが、われわれに問われてきます。でも、佐藤孝徳さんと山下道輔さんたちのご意志はしっかりと胸に刻んで生きつづけることを固くお誓いいたします。このような気持ちで、上記のお便りを読みました。


【3】は、40ページにわたる秋葉忠利広島市長から山口 昇広島県介護保険審査会会長宛の『弁明書』(広社介第12号 1月29日)が、本年3月7日に広島県福祉保健部介護保険指導室へ届き、この『反論書』を現在書いています。もちろん「走書き」の未完の素案です。おそらく、下記の4倍程度の『反論書』に、なりそうです。これはじっくり書いていきたいと思います。とりあえず、現在書いているところまでを投稿させていただきます。皆さまのご意見などをお寄せください。

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 40ページにわたる秋葉忠利広島市長から山口 昇広島県介護保険審査会会長宛の『弁明書』(広社介第12号 1月29日)が、本年3月7日に広島県福祉保健部介護保険指導室へ届き、この『反論書』を行政不服審査法第23条の規定に基づき、3月26日まで、2通提出することになりました。

 40ページにわたる秋葉忠利広島市長から山口 昇広島県介護保険審査会会長宛の『弁明書』(広社介第12号 1月29日)は、本文が4ページですが、「証拠書類」は~、

①「広島市介護保険要介護認定・要支援認定申請書」(2007年11月14日付け)。変更申請の理由:身体機能低下の為。

②「広島市介護保険主治医意見書」(記入日:2007年11月17日;いでした内科・神経内科クリニック)。=認知症高齢者日常生活自立度:Ⅱa、短期記憶:問題あり、日常の意志決定を行うための認知能力:いくらか困難、自分の意志の伝達能力:いくらか困難、食事行為:自立、と書かれている。

③「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)。

④「介護認定審査会資料」(一次判定資料)、第一次判定結果:要介護1;「日常生活自立度の組み合わせ=障害高齢者自立度~認定調査結果はJ1、主治医意見書はJ2、認知機能・廃用の程度の評価結果(維持・改善可能性の審査判定で使用)=認知症高齢者自立度~認定調査結果はⅠ、主治医意見書はⅡa。

⑤「審査会調書」(安佐北区第合議体)(2007年12月18日13:15~14:25;出席委員は5名。市関係者出席者:小島安佐北区健康長寿課介護保険係長・課長補佐&亀井調査員、開催場所:4階保健医療綜合調整室、4階社会復帰相談室。

⑥「広島市介護保険要介護認定・要支援認定申請却下通知書」(2007年12月18日付け;広島市長より瀧尾英二宛に「あなたが行った介護保険法に基づく要介護認定等の申請ついては以下の理由により却下します。」と書かれ、さらのことが付記されていました。

「不服申立て及び処分取消しの訴えについて:この処分に不服がある場合には、この通知書を受け取った日の翌日から起算して60日以内に、広島県介護保険審査会に対して審査請求をすることができます。

 また、この処分の取消しの訴えは、処分についての審査請求に対する広島県介護保険審査会の決裁を経た後でなければ提起することはできません。この場合、審査請求に対する決裁を受け取った日の翌日から起算して6か月以内に広島市を被告(広島市長が被告の代表者となります。)として(広島地裁に=滝尾加筆)提訴することができます。(云々‥‥)。

 さて、秋葉忠利広島市長から山口 昇広島県介護保険審査会会長宛の『弁明書』には、「4、弁明の理由」として、つぎのように書かれていました。

「4 弁明の理由‥‥要介護認定は、認定調査員による基本調査及び主治医意見書に基づき一次判定結果を原案とし、認定調査時における特記事項及び主治医意見書の内容を加味して総合的に審査及び判定を行うものである。

 本件処分も同様の手続によって行ったものであり、その手続及び処分内容には何ら違法又は不当な点はなく、本件請求に理由がないことは、以下に述べるとおり明らかであり、同請求は速やかに棄却されるべきである。

 本件審査請求の趣旨である平成19年12月18日付け却下通知書の処分内容に係る認定調査は、同年11月21日、認定調査員である広島市安佐北区役場健康長寿課の職員が請求人宅に赴き、調査項目の選択肢の判定基準(「認定調査票の手引き」(平成18年3月31日付け老老い第0331001)号厚生労働省労健局(ママ=老健局~滝尾)老人保健課長通知。以下「認定調査票の手引き」という。)に示されている判断基準)に従って実施したものである。請求人に対する認定調査した時の状況は、以下のとおりである。)(以下省略=滝尾)。

 今後は、この「認定調査員である広島市安佐北区役場長寿課の職員が請求人宅に赴き、調査項目」の広島市安佐北区役場健康長寿課の職員(小池課長補佐、亀井調査員)が滝尾宅を訪問調査した内容と、本年(2008年1月8日)の午前10時から正午まで、広島市安佐北区役場長寿課の会議室で2時間にわたって広島市安佐北区役場健康長寿課の職員である小池課長補佐、亀井調査員との話し合い、及び「主治医意見書」を書いたいでした内科・神経内科クリニックの医院長。

 さらに「‥‥訪問の際、瀧尾様から、今回の訪問調査内容等についてご質問をお受けしましたが、すでに県の介護保険審査会への審査請求をされている旨申し出があり、今後、広島県介護審査会からの提出依頼書に対し、広島市としての考え方を弁明させていただく予定です。平成20年1月16日、安佐北区厚生部健康長寿課・井堰正文課長」というメール内容です。

 広島市が発行している諸冊子である『介護保険制度の案内』広島市社会局介護保険課、2007年4月発行、(2007年4月現在)A4判27ページ、『はじめましょう・介護予防~いつまでもこのまち、この家ですごすために~』A4判、2007年4月現在18ページ、『わかりやすい!地域包括支援センター;利用のてびき~いつまでも自分らしく住みなれた地域で暮らすために~』A4判、2007年4月現在16ページなどの見直しをし、誤りは正す必要があります。その何点は、私も広島市の関係当局者に伝えておきました。

 しかし、国の「介護保険制度」そのものみも、大いに見直す必要を感じます。その最大の問題点は、医療機関・施設と行政担当者との「癒着」問題と、現在の「委託」に基づく「地域包括センター」の貧弱な施設・設備と有能な老人介護職員の育成などです。この問題は早急に改善が愁眉の課題・問題です。具体的にいいますと、当面、今回の<行政不服審査法第23条の規定に基づき、3月26日までに提出する『反論書』の内容>は、以下のとおりになります。

(1)「広島市介護保険主治医意見書」(記入日:2007年11月17日;いでした内科・神経内科クリニック)。=「認知症高齢者日常生活自立度:Ⅱa(隣近所へなら外出するという意です)」、「短期記憶:問題あり」、「日常の意志決定を行うための認知能力:いくらか困難」、「自分の意志の伝達能力:いくらか困難」、「食事行為:自立」、と書かれていることです。「‥‥これは、俺のことかとギョッテ云い」というのが現在の偽らざる心境です。

「認知症」は脳の病気です。そのなかの半数はアルツハイマー病だといわれています。ドイツの精神科医であるアルツハイマーが、100年余も以前に深い「認知症」(3年余りの2004年12月以前には「痴呆症」と日本でも呼ばれていました。しかし、その呼称が偏見・差別性を生むので、法的に「認知症」と呼称されるようになりましたが‥‥。『厚生労働白書(平成一七年版)』によると、2002年には「認知症高齢者」は、約150万人、2015年には250万人、2025年には323万人にのぼると推定されています。

 ところが、加齢による「物忘れ」か「認知症」なのかは、現在の医学では容易に判断でき難いといわれています。脳のレントゲン検査などの診断で判断しているようです。そして、認知症患者に対する場合は、上手な介護、適切な対応が必要です。アルツハイマー病の症状を抑える可能性としては塩化ベネペジル(商品名・アリセプト)の投与があるようですが、よく効く薬ほど副作用も多いのが、実情です。

(2)つぎに大きく問題となることに、主治医の意見書にも「認知症の周辺症状」として「暴言」「介護への抵抗」と書かれていることです。これは、何を根拠にそのように主治医は診断したかという問題です。

(3)昨年12月14日に私は「身体機能低下のため」(とりわけ「歩行困難と歩行による転倒」を理由に)「広島市介護保険要介護認定・要支援認定申請書」を再度広島市役場に提出しました。ところが、昨年9月の安佐北区健康長寿課の調査員と、11月の調査員(9月の調査員とは別人でした)と、調査結果が大きく異なっていることです。とりわけ「問題行動」として「情緒が不安定」が「ときどきある」が「ある」に、前回書かれていなかった「暴言暴行」が「ある」と書かれ、さらに「介護に抵抗」が前回の調査では「ない」が、「ある」になっていることです。しかし、調査判定結果は、前回の9月も、今回12月の一次判定結果は:「要介護1」となり、それが、介護認定審査会による審査判定で「要支援1」と認定されています。

 私は、介護認定審査会による審査判定で「要支援1」の「要支援1」の認定結果は妥当なものと思い、不服を持っているわけではありません。しかし、その経緯にたいして、きわめて不服と、異議を言っているのです。12月の「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)によると、「‥‥コミュニケーションに関連する項目」で「感情の波があり些細なことでも気になると放っておけず必死になる。その為夜も寝ずに考えたり、調べたりする。死にたいと思うことの訴えあり。終始一方的に話をし、自分の意にそぐわないと抵抗する。攻撃をするという言い方をし、家人にも負担をかけている」と書かれている。

 そして、「問題行動に関する項目」には、「エ、泣いたり、笑ったりして感情が不安定になることが」「3、ある」。「カ、暴言や暴行が」「2、ときどきある」。「ケ、助言や介護に抵抗することが」「3、ある」と書かれている。これらは、まったく事実に反した内容である。しかも、「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)を秋葉広島市長は、2008年1月29日に再度確認し、「4 弁明の理由‥‥要介護認定は、認定調査員による基本調査及び主治医意見書に基づき一次判定結果を原案とし、認定調査時における特記事項及び主治医意見書の内容を加味して総合的に審査及び判定を行うものである。

 本件処分も同様の手続によって行ったものであり、その手続及び処分内容には何ら違法又は不当な点はなく、本件請求に理由がないことは、以下に述べるとおり明らかであり、同請求は速やかに棄却されるべきである。」と述べていることです。【未完です】

                     2008年3月14日(金曜日) 22時20分

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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国立ハンセン病資料館が行なう、複写も、マイクロフイルムの作成も複製本の作成も「図書館法」に基づかない図書館の行為は違法である!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月 7日(金)12時17分54秒
編集済
 

<国立ハンセン病資料館図書資料室も、同入所者自治会も、所蔵している図書のうち、著作者の死後50年経過していない図書の複写も、マイクロフイルムの作成も複製本の作成も「図書館法」に基づかない行為は「図書館」でなければ違法行為である。>


 資料・文献類について資料館の所蔵とすることは別に差し支えない。その場合、現在、図書館において行われている「資料を死蔵せず、貸し出し・閲覧を十分に行う」という考え方を引き継ぎ、移管されたものに限らず、すべての資料に適用することは「図書館」でなくても可能である。また、原本を利用者・希望者に貸し出すことも『著作権法』によって可能である。

 しかし、「図書館法」に基づかない「図書室・資料室」は、たとえ「国立」の施設であろうと、原本の複写(コピー)を利用者に複写(コピー)することも、複製本を作成することも、著作者の死後50年経過していない蔵書について、複写(コピー)を利用者に複写(コピー)することも、複製本を作成すること複写(コピー)を利用者に複写(コピー)することも、複製本を作成すること「著作権法」で、本人(死亡している場合は)遺族の許可・了解を経ないものは、禁じられており、違法である。

 私の著書の十数年前に、「高松宮ハンセン病資料館」に寄贈しているが、これも当然、滝尾は複製本を作成すること複写(コピー)を利用者に複写(コピー)することも、複製本を作成することも許可しないから、同行為をしてはならない。だから、原本の貸し出しだけが、「国立ハンセン病資料館」に図書・資料を移管しても、本人(死亡している場合は、遺族)の許可が必要となる。

「これを期に原本の保存とコピーによる活用を両立させる効率的な態勢を整えるべきである。」云々と言い、また、日時:1月23日午後1時より2時、場所:自治会応接室で佐川会長から、「‥‥資料館の企画段階から、製本などの機能もふくめ図書館を資料館に移ことになっていて事実」云々の「製本などの機能」が、「複製本の作成」をも意味するのであれば、それは、違法である。したがって図書館の資料館への移管の理由しならない。

「‥‥目録作業などは多とするが、資料館は十進分類法を取ることになっているので整合性がない」との発言もあるが、公共図書館や大学図書館でも、多様な図書分類法がなされ、また、同一図書館内でも多様な分類が並存している場合が存在している。むしろ、すべての多様な種類の図書でない場合は、その「専門図書館」に応じた「図書分類記号」で、図書を分類する方が適切だと思い、したがって、これまた、国立ハンセン病資料室への移管する理由にはないえない。

「‥‥自治会サイドも、国立移管後の資料館のあり方に批判を持っていると伺っていただけに「資料館の批判と図書館閉鎖は別」という説明には驚きました」という紙魚さんのご意見には、まったく同感した。

 なお、「法に基づかない資料館」が、たとえ「国立」の施設であっても、「著作権法」の適応を受けるという確認は、今日、私は広島県を通して、国としての意見を確認して置いたことを付記する。


 この文は、『ハンセン病図書館 友の会』のホームページ、および『滝尾英二的こころ』、『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

                        ‘08年3月7日(金曜日) 正午

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二


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