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 琉球(沖縄)の賀正の“琉歌”と、日本人の魂の原郷・沖縄久高島の正月の盃取り・歌舞のこと!               

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 1月 4日(金)02時59分52秒
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 <首里と那覇と久米島と‥‥: 私の沖縄の“琉歌讃美”~(余談7)>【その8】

<琉球(沖縄)の賀正の“琉歌”と、日本人の魂の原郷・沖縄久高島の正月の盃取り・歌舞のこと>


 今日は1月3日の「松の内」である。『広辞苑』(岩波書店発行)によると、「松の内」とは‥‥正月の松飾りのある間の称。昔は元日から一五日まで、現在は普通七日までをいう、と書かれている。「賀正」ということもあって、見出しの題でホームページに書いてみたい。

 まず、琉球(沖縄)の賀正の“琉歌”から‥‥。

   あらたまの年にこぶ(昆布)飾て
   心からしがた(姿)若くなりき

 ‥‥(戦前は=滝尾)皆が席につくと小祝宴に入るが、献酬となると親子や夫婦の間でも居住まいを直し、両手で盃を受ける几帳面スタイルの沖縄習慣は今も残っている。女たちは盃に酒を受けると、掌に品よく取り「風気返し(ふうちげぇし)」といって頬につけていたようだ。病魔よけのまじないだろう。

   若水におもて洗い
   くくぬい(九重)にのぼて
   首里がなしみゅんち(美御機)拝ま  (与那原良矩~よなばる・よしのりの作)

 この与那原良矩の作歌は「こてぃ節」で唄われるという。新年の若水で顔を清め、首里城に参上して王様のご機嫌をうかがいましょう、という意味。「首里がなし」は国王のこと。「美御機」はお顔。

   常盤(ときわ)なる松の変ることねさめ(ない)
   いつも春くれば色どまさる

 「歳日(としび)のいわい」というのがある。旧正月の古い話である。たとえば旧暦元日が酉(とり)の日にあたっておれば酉年生まれの歳日(としび)と称し、その人たちが祝う。‥‥‥石野径一郎著『琉歌つれずれ』(東邦書房、1973年3月発行)より。


日本人の魂の原郷・沖縄久高島の正月の盃取り・歌舞のことについて比嘉康雄著『日本人の魂の原郷・沖縄久高島』(集英社新書、2000年5月発行)から、「正月の盃取り・歌舞のことについて」の記述を紹介しよう。

「まえがき~古代祭祀が残った島」には冒頭につぎのような書き出しで始まる。「鹿児島と台湾の間の約一二〇〇キロの大洋上に点々と島々が連なる。その中に、奄美群島、沖縄群島、宮古群島、八重山群島があり、総称して琉球弧ともいう。その島々の祭祀を全体的にみると、豊穣や島人の息災を祈るものから、個々の魂を鎮めるものまで、祭祀の主体は女性である。

八重山群島のように、外来の神を取り入れた男性主体の祭祀が並行しておこなわれている例もあるが、古い祭祀が残っている最も典型的な久高島や宮古島狩俣が示すように、祭祀を担う主体は女性(母)であり、島人の守護神は女性、つまり「母神」となっている。これが、琉球弧の祭祀の原型であった。‥‥」


 「私の住む沖縄市から車で一時間ほどのところに佐敷町馬天港がある。馬天港からの久高島行きの定期船は今では二十トンほどの鉄船であるが、当時(1975年=滝尾)は五トンほどの木造船であった。」(12ページ)と比嘉康雄さんはいう。

沖縄本島の東の海上の小さな島である。その島の祭祀のことを一番よく知っているという西銘シズさん(最高位の神職者の一人<外間(フカマ)ノロ>の補佐者的存在、ウメーキから、比嘉康雄さんは聞き書きをしている。

 「元旦になると‥‥盃取り(シャクトウイ)という盃事が行なわれる。これは、根神(ニーガン)(月神を背景にシマ人の命運を司る役目)と外間ノロ(シマ全体の守護の代表)に対して酒盃を差し上げて、一年中の健康を祈願するというものである。この盃事は元旦と三日におこなわれる。元旦は男性から、三日は女性から始められる。男の場合は泡盛で、女の場合は米の濁酒(タルマミキ)である。盃事は献盃、返盃の形式でおこなわれる。

 二人一組の盃事が終わるとその喜びをカチャーシー舞いで表現する。三線(サンシン)、太鼓、手拍子が鳴り、笑い声が島中にひびく。正月が最も華やぐ刻(とき)である。盃事の間には、殿の中の神女たちによってゆったりとした調子の歌が歌われている。昔は根人(ニーチュ)の盃事のときにつぎの歌が歌われた。

   アガリナーニ、ウチンカティ   (東方に向かって)
   トゥイヤウタティ        (鶏は鳴いて)
   ウプクゥバラヨー        (成女たちよ)
   ウプチンウチアキティ      (女陰をうち開けて)
   ムルトゥヌギムルグルイ     ([交合のさまの意])
   ユティークリーヌナシグヮ    (男の子の)
   ウヌゲサビラ          (誕生を願いましょう)

 この歌は卑猥だからといって西銘シズさんはなかなか教えてくれなかったが、聞いてみると卑猥どころか、鶏が鳴いてと表現されているとおり、昇る太陽と交わり子供を産もうという雄大な歌である。根人の盃事に歌われたのは、根人が太陽神を背景に祭祀を司る紳役だからであろう。

 なお久高島では正月の元旦から三日まで、豚肉は食べず、神饌もふかし芋、煮魚、濁酒である。昔は三日の盃事が終わってから豚を食べたという。(182~183ページ)。

                       (この項は【未完】です。=滝尾)


 この文は、イチロ先生のホームページ; および『滝尾英二的こころ』と『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

                         ‘08年1月4日(金曜日) 午後2時55分

                        人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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