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昨夜は古賀政男作曲の歌謡などを唄い涙し、今日は菊池先生から送られたハンセン病療養所入所者の短歌の数々を読んで、また涙した

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 2月18日(月)19時08分23秒
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  昨夜は、古賀政男作曲の歌謡などを唄い涙し、今日は菊池一郎先生からいただいたハンセン病療養所入所者の短歌の数々を読んで、また涙しました。

    ‘08年2月18日(月曜日)午後6時47分  人権図書館・広島青丘文庫 滝尾英二

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  昨夜は「カラオケ喫茶・浪漫」で4時間かけて、午前0時まで古賀政男作曲の歌謡など18曲を唄い、唄いながら涙しました。『影を慕いて』『青春日記』『長崎の鐘』などです。キングレコードの歌手であり、「カラオケ喫茶・浪漫」の店主でもある新宅未奈子さんの要望もあり、唄った歌謡曲でした。

 今日は菊池一郎先生から自宅へ送っていただいたハンセン病療養所入所者の短歌の数々を読んで、また涙しました。なんでこの世は、はかなく哀しいのでしょうか。

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 今日、熊本から菊池一郎先生から封書が届きました。開封しますと、ハンセン病療養所入所者の短歌の数々が紹介された内容でした。それを読みながら涙があふれて止まりませんでした。その中から何首かご紹介いたします。菊池一郎先生に感謝いたします。


 「新万葉集と癩者の歌」(内田守人編)

<長島愛生園 明石海人>

(父の訃、子の訃共に事過ぎて月余の後に来る。帰へり葬はむよすがもなくて)
送り来し父がかたみの綿衣さながら我に合ふがすべなさ
童わが芧花ぬきてし墓どころその草丘に吾子はねむらむ
世の常の父子なりせばこころゆく欺きもあらむかかる際にも
たまたまに逢ひ見る兄や在りし日の父さながらのものの言ひざま

(面会)
梨の実の青き野徑に遊びてしその翌の日を別れきにけり(妻)
子を守りて終らむといふ妻が言身には沁みつつなぐさまなくに
監房に狂ひののしる人のこゑ夜ふかく覚めて聞くその声を(病友)

(眼神経痛頻に至る。旬日の後眼帯をはづすせば視力已になし)
拭へども拭へども去らぬ眼のくもり物言ひかけて声を呑みたり
更へまづむ盗汗の衣やこの真夜を恋へばはてなしははその母よ


                             <全生病院 伊藤 繁>

身に一つ纏ふものなく生れし日にかへる思ひの吾にありけり
灯の下に落ちたる虫の時過ぎて床に翅すりそこら這ひたり(絶詠)


                            <九州療養所 伊藤 保>

うつし身ゆ流るる汗は日ごと射す大楓子油のにほいするかも
かがよいて斑雪ぞ残る英彦山に濁活は萌えゐる臥りゐて思ふ
鉦うちて塀外通るを聞けば恋いし四国にゆきて果てし父のこと
ゆきゆきて露乾きたる路の上に抜きすてられし茅花を踏みぬ
亡き父が汚したまへる万葉集に朱筆入れつつわが読み始む


                          <聖バルナバ医院 泉美佐緒>

にはかなる盲目となりて為すことのひとつひとつに涙こぼるる

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 一九五一年 村上多一郎歌集             <菊池恵楓園 村上多一郎>

 昭和九年~十八年(1934~43年=滝尾)

癒えぬべきたどきしらねば服薬も怠りにけり家貧しくて
常の世の交際(まじらひ)になき故郷にただ一枚の年賀状かく
おのづから間遠くなりし仕送りを心定めて断りにけり
さげすみて思ひをりけり輸精管摘出手術願ふ患者らを
「檜の影」にわれ等のせ来し二万余首写しあげたり師へ送るべく
うとましき癩の血筋とさいなまれ来りし母よ六十余年


 この文は、Ichiro先生のホームページ; および『滝尾英二的こころ』と『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。

                     ‘08年2月18日(月曜日) 午後6時47分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二


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