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  国本 衛さんのご逝去を聞き、驚いています。謹んでご冥福をお祈りします。 滝尾英二より                

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月23日(日)04時02分43秒
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 国本 衛さんのご逝去を聞き、驚いています。謹んでご冥福をお祈りします。


 国本さんと最後にお会いしたのは、2005年7月19日に東京地裁で11時から小鹿島訴訟の第6回口頭弁論があった日で、審議終結した直前でした。

 開廷を待つ東京地裁の廊下にいらし国本 衛さんに、私は「‥‥在日朝鮮人のハンセン病問題に取組んでいる者として、もっと小鹿島の原告の立場にたち、小鹿島の差別の現実を真剣に直視した行動をしてもらいたい。その点、国本さんの言動には大変、不満である。」といった発言内容だったと思う。東京地裁の廊下に座り込まれていた国本さんは、私の「傲慢」ともとれるこの発言を一言も反論されることなく、うなだれてお聞きになられておられた。

 私のあの発言は、実は「小鹿島訴訟原告弁護団」への小鹿島訴訟への私の不信・不満を国本 衛さんにぶっつけたものであった。いま思うと、年上の国本さんへたいへん申し訳ない発言だったと思う。もうすぐ私も彼岸で、先に逝かれた国本さんにお会いすることも近かろうと思う。その時は、胸襟を開いて、過去及び現在のハンセン病問題の在りようと問題などを話し合いたいと思う。


 国本さんと多磨全生園の自室で最後にお会いしたのは、いつだったか。その時、夫人の美代子さんもおらた。国本さんの机上には分厚い「キリスト教とハンセン病」に関する著書が読みかけられたままで置かれていた。こんな難解な本をお読みになられていたんだ、と驚いたことが、ついさっきのことのような気がする。あれから、ハンセン病訴訟が始められ、国本さんと異なった立場で行動をする私であり、意見も私は相違していた。しかし、お年をとられていても、その行動力があり、私は絶えず尊敬していたものである。こうして、ご逝去されてみると、大きなものを失ったことを実感している。

 福留範昭先生から、韓国の1人当たりの国民所得、2万ドルを突破 (聯合ニュース)、<コラム> 再び飛翔する「日の丸飛行機」(上・下) (朝鮮日報)を紹介しながら、いま、彼岸に旅発たれた国本 衛(李 衛<イ・ウィ>)さんの著書『生きて、ふたたび―隔離55年~ハンセン病者半生の軌跡―』毎日新聞社、2000年1月発行を書棚から取り出して、読んでいる。

 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する2記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。また、その前文は『滝尾英二的こころ』、及び『Ichiro(先生)の研究メモ』に投稿します。


                  2008年2月23日(日曜日)午前3時45分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二
 
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