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  「反論書」  【前につづく】                                               

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 3月26日(水)01時52分22秒
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 その第三点は、今年は、5年に一度の「介護保険制度」の見直しの年である。その制度の良い点は評価しながら、しかしその一方で、その制度の問題点は排除し、除去しなければならない。その第一は、行政と福祉業者(病院を含めて)癒着の構造からくる諸問題である。また、高齢者の人権を守り、個人情報などを洩らすシステムの除去である。そのためには、たくさんの現在の「介護保険制度」の見直しが必要である。


 地域で第一線にある「地域包括支援センター」の充実であるが、これを地方自治体の「委託」するのではなく、「直営」とすべきであろう。昨年の秋以降、私のいる「うすい会」(会長は、広島県医師会長である)委託事業の「口田地域包括支援センター」へ私は非常口のないので非常用の設備の設置、手すりのあるトイレ、他者に聞こえない一階の相談室、また二階の相談室は、急な階段、冷暖房が扇風機と電気ヒーターしかない電気ヒーターの施設・設備にクーラーをつけてもらいたいと再三、要求してきた。

 しかし、2月の厳寒のなかで、電気ヒーター一台だけの暖房で、面接相談の一時間を室内音戸が摂氏8度で、ふるえながらの面接相談だった。高齢者には、この寒さには身に応える。肺炎などが心配であり、民家に近い木造モルタルの「民家=クリニング店」を改造した「地域包括支援センター」では、個人のプライバシーも守れず、また訪問する高齢者の健康や「地震・火災などの時を想定」すると安心して、地域包括支援センターへは行けないと思う。広島市から委託を受けた民間の医療法人「うすい会」では、高齢者の健康も、災害などの安全対策も、未だに要望・要求してもなかなか困難である。


 今回の「介護保険制度」にかかわって、おろそかにされている高齢者の介護保険制度を痛感した。また、ともすれば高齢者を「愚民」視する「介護保険制度」の行政福祉担当者の意識転換の必要もあろう。安上がりの「介護保険制度」を志向してはなるまい。これを具体的に以下、広島市長の『弁明書』(広社介第12号;平成20年1月29日)に『反論書』をさら具体的に批判することで、深めていきたいと思う。

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【そのⅠ】「広島市介護保険主治医意見書」(記入日:2007年11月17日;いでした内科・神経内科クリニック)への疑義


(1)「主治医意見書」の記載上の明確な誤り

「主治医意見書」の「(3)他科受診の有無」であるが、「有」として(有の場合)→内科のみチェックしてある。しかし、広島赤十字・原爆病院では糖尿病治療・診断のために「内科」以外に、「整形外科」「眼科」の受診を受けている。また、広島赤十字・原爆病院皮膚科の紹介で、自宅に近い「とき皮膚科医院」にも月2回程度、通院していることは、いでした内科・神経内科クリニックには、薬局(ウォンズ薬局千田町店からの服薬表を渡して、内科以外にも整形外科の佐々木医師から「ロキシロン錠60mg、ムコスタ錠一〇〇、100mg、オパルモン錠5μgを服薬しているので、「整形外科」への受診は報告し、了知していたはずである。

 また、「1、傷病に対する意見」の(1)診断名及び発症年月日で「1.多発性脳梗塞の発症 平成17年頃」となっているが、太田川病院に多発性脳梗塞で二度入院したのは、1997年前後であり、天皇暦でいえば平成7年頃である。「2.腰部脊柱管狭窄症の発症 平成18年頃」となっている。しかし、いでした内科・神経内科クリニックへは、広島市発行の瀧尾英二「身体障害者手帳」(平成16年12月22日交付)を提示し、いでした内科・神経内科クリニックはその複写をとっている。この身体障害者手帳には、「腰部脊柱管狭窄症による両下肢歩行困難」と書かれている(広島日赤・原爆病院整形外科の診断書により交付された。)したがって「主治医意見書」のいう「腰部脊柱管狭窄症の発症 平成18年頃」は過ちで、「身体障害者手帳」が交付された平成16年12月22日以前であることは明白である。

 「3.糖尿病 発症年月日」は平成12年頃と「主治医意見書」は記載されている。しかし、広島日赤・原爆病院へ糖尿病で入院したのが平成13年4月17日から約1ヶ月であり、それ以前は、広島軽信病院に平野内科病院の紹介で二度、入院しており、また平野内科病院では糖尿病から血糖値の月平均であるA1cが高く、平成13年3月には12・8あった。それ以前から、インスリン注射を自己で打っていた。したがって、「主治医意見書」の記載にあるような5年前の「平成12年頃」の記述は、まったくの誤記である。しかし、上記のことよりも、重大な「主治医意見書」の疑義の記載は、つぎの箇所である。

「3.心身の状態に関する意見」の「(1)日常生活の自立度等について」で、「障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)「J2」(=「隣近所へなら外出するという」意味である)「認知症高齢者の日常生活自立度 Ⅱa」。さらに、「(2)認知症の中核症状(認知症以外の疾患で同様の症状を認める場合を含む) ・短期記憶<問題あり>。・日常生活の意志決定を行うための認知能力<いくらか困難>。・自分の意志の伝達能力<いくらか困難>。

「(3)認知症の周辺病状(該当する項目全てチェック:認知症以外の疾患で同様の病状を認める場合を含む) <有> <暴言>、<暴行>」。

 以上、「3.心身の状態に関する意見」の「主治医意見書」の記載が、事実に照らして果たして正しかについての疑義が、私には大いにある。

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【その2】 いでした内科・神経内科クリニックから「あなたは認知症Ⅱaである」と言われ、安佐北区役場の健康長寿課の認定調査では一次判定で「要介護1」という判定をうけながら、それでも、気強く生きようと思う私です


(1)川畑信也著『知っておきたい認知症の基本』集英社新書、2007年4月発行を読む

 この本を読んで学んだことを列記してみたい。

「認知症」は脳の病気である。そのなかの半数はアルツハイマー病だといわれている。ドイツの精神科医であるアルツハイマーが、100年余も以前に深い「認知症」に陥って死亡した51歳の女性を脳病理所見としてはじめて報告したことによる。(3年余りの2004年12月以前には「痴呆症」と日本でも呼ばれていた。しかし、その呼称が偏見・差別性を生むので、法的に「認知症」と呼称されるようになったが‥‥)。『厚生労働白書(平成一七年版)』によると、2002年には「認知症高齢者」は、約150万人、2015年には250万人、2025年には323万人にのぼると推定されている。

 ところが、加齢による「物忘れ」か「認知症」なのかは、現在の医学では容易に判断でき難いといわれている。脳のレントゲン検査CT検査などの画像診断などの診断で判断しているようである。そして、認知症患者に対する場合は、上手な介護、適切な対応が必要である。アルツハイマー病の症状を抑える可能性としては塩化ベネペジル(商品名・アリセプト)の投与があるが、よく効く薬ほど副作用も多いのが、実情である。


(2)前述した川畑信也著『知っておきたい認知症の基本』集英社新書、2007年4月発行には、つぎのような記述がある。「‥‥私たちは、学校や社会活動、家庭生活を通して多くのことを学び、知識や技術を習得し、日々生活していくなかで、多くの判断や決断を行い事物を実行しています。この知識や技術、判断力、意欲、感情などの機能がなんらかの原因によって低下し、それによって社会生活や家庭死活に重大な支障をきたすようになったときに、はじめて認知症と判断されます。‥‥40歳を越えた頃から物忘れ(医学的には記憶障害と呼ばれます)を自覚することが多いのですが、物忘れイクオール認知症ではありません。」

「認知症と診断するには、物忘れ以外に、日時がわからない(時に対する見当障害)、出かけると迷子となる(場所に対する見当職障害)、買物でお金の計算ができない(計算障害)、衣服を上手に着られない(失行症)、他人との会話がかみ合わない(失語症)など、その他の認知障害が一つ以上加わることが条件とされます。記憶障害だけがみられるときは健忘症と診断されます。」(20~21ページ)。

 しかし、上記のいずれの障害で、多少あるにしても、社会生活にも家庭生活にも支障を来たしてはいない。それが「主治医意見書」などがいう「認知症高齢者の日常生活自立度 Ⅱa」なのかを、広島県介護保険審査会は、審査して欲しい。


 さらに大きく問題となることに、主治医の意見書にも「認知症の周辺症状」として「暴言」「介護への抵抗」と書かれていることである。。これは、何を根拠にそのように主治医は診断したかという問題である。同じようなことを「広島市介護保険認定調査票」でも書かれている。


 昨年12月14日に私は「身体機能低下のため」(とりわけ「歩行困難と歩行による転倒」を理由に)「広島市介護保険要介護認定・要支援認定申請書」を再度広島市役場に提出した。ところが、昨年9月の安佐北区健康長寿課の調査員と、11月の調査員(9月の調査員とは別人でした)と、調査結果が大きく異なっていることである。とりわけ「問題行動」として「情緒が不安定」が「ときどきある」が「ある」に、前回書かれていなかった「暴言暴行」が「ある」と書かれ、さらに「介護に抵抗」が前回の調査では「ない」が、「ある」になっていることです。しかし、調査判定結果は、前回の9月も、今回12月の一次判定結果は:「要介護1」となり、それが、介護認定審査会による審査判定で「要支援1」と認定されている。


 その経緯にたいして、きわめて不服と、疑義を言っている。12月の「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)によると、「‥‥コミュニケーションに関連する項目」で「感情の波があり些細なことでも気になると放っておけず必死になる。その為夜も寝ずに考えたり、調べたりする。死にたいと思うことの訴えあり。終始一方的に話をし、自分の意にそぐわないと抵抗する。攻撃をするという言い方をし、家人にも負担をかけている」と書かれている。

 そして、「問題行動に関する項目」には、「エ、泣いたり、笑ったりして感情が不安定になることが」「3、ある」。「カ、暴言や暴行が」「2、ときどきある」。「ケ、助言や介護に抵抗することが」「3、ある」と書かれている。これらは、まったく事実に反した内容である。しかも、「広島市介護保険調票(概況調査、基本調査、特記事項)、(調査日:2007年11月21日;事業所・安佐北区健康長寿課介護保険係、附:2007年9月19日の前回調査結果)を秋葉広島市長は、2008年1月29日に再度確認し、「4 弁明の理由‥‥要介護認定は、認定調査員による基本調査及び主治医意見書に基づき一次判定結果を原案とし、認定調査時における特記事項及び主治医意見書の内容を加味して総合的に審査及び判定を行うものである。

 本件処分も同様の手続によって行ったものであり、その手続及び処分内容には何ら違法又は不当な点はなく、本件請求に理由がないことは、以下に述べるとおり明らかであり、同請求は速やかに棄却されるべきである。」と述べている。


()『弁明書』(広社介第12号)には、「(7)第7群(問題行動に関連する項目)について書いているが、いずれも広島市の調査員の請求人本人の言葉の端々を断片的に、主観的に認識したものであり、不当である。<「カ 暴言や暴行」については、調査時も終始一方的に話し、攻撃的な言動をするため「2.ときどきある」と判断した。>と書かれている。これは、調査員の主観的な判断である。間違った調査員の発言が多々あったので(コンピュータのことなど)、私の意見を言うことが、なぜ「攻撃的な言動」となり、それが「カ 暴言や暴行」になるのか、まったく分らない。「ハイ、ハイ」ということが調査員として好ましいことなのか。


()「助言や介護に抵抗する」の項目は、調査員のまったく主観的で、見当ちがいである。調査時に私が、<入浴時に自分が下着を風呂に入れて下着を湯の中で揉んだり、足で踏んだりして、その後、絞ったりして手足や指の運動をしている。なかなか下着を絞ることはむつかしい。妻は、「下着は洗濯機に入れておきなさい。洗濯し、脱水し、乾燥するので‥‥」という>と言うと、調査員は「それは、介護訪問で洗濯をします」という。

 私は「妻も洗濯機で洗濯してくれるので、介護訪問で洗濯は不要ですよ。それに毎日の洗濯訪問はないでしょう」と言った。そのことが、調査員の指導・助言の抵抗であり、「助言や介護に抵抗する」と書いたという(1月8日の安佐北区役所での私と亀井調査員、小島健康長寿課介護保険係長兼課長補佐との話し合いと確認事項)。

 厚生労働省の「認定調査票記入の手引き」293ページにも、「調査対象者と介護者(この場合は調査員であり、介護しに訪問した訳ではあるまい。それに「要支援1」では「訪問洗濯は出来ないはずである」)との人間関係的要素も含まれるが、明らかに介護者の助言や介護に抵抗し、介護に支障がある場合をいう。単に助言しても従わない場合(言っても従わない場合)は含まれない。」と書かれている。


()「私はふたつのホームページを持っている。『滝尾英二的こころ』と『滝尾英二的こころPart2』であり、本年3月25日現在で、総訪問者数は、『滝尾英二的こころ』23,142人、『滝尾英二的こころPart2』10,904人で、計3万4102人である。このホームページの掲示板への掲載原稿は、海外の新聞報道記事の翻訳、国内各紙の社説など参考にして執筆することが多い。それらの記事は、深夜のしかも午前過ぎて滝尾のメールに送信され、各新聞社の「社説」も午前になって、各社のホームページに掲載される。したがって「昼夜が逆転する」場合が多い。健康にはよくないことではあるが、仕方ないので、昼間に自室で就寝している。だから、そのために日常生活に支障が生じているわけではないし、夜間不眠を訴えているわけではない。


 人生の「生き甲斐」として、主に人権問題に関する原稿を書き、掲載している。したがって、厚生労働省の「認定調査票記入の手引き」293ページにいうように、「オ・夜間不眠あるいは昼夜の逆転がある」の項の「そのために日常生活に支障を生じている場合」にはあたらない。ところが、『弁明書』(広社介第12号)には、「‥‥夜も寝ずに考えたり調べたりする」との訴えと理解しているが、これは軽薄な調査員の理解に過ぎない。また、亀井調査員は、「広島市介護保険認定調査票」のなかで、深夜の私のホームページへの原稿」執筆し、掲載することを「感情の波があり、些細なこと(ホームページの原稿を執筆して、掲載することを「些細なこと」と認識している)でも気になると放っておけず必死になる。」というようにしか認識していない。多分、『滝尾英二的こころ』と『滝尾英二的こころPart2』も読んでいないのだろう。しかも『弁明書』(広社介第12号)もそのことを踏襲している。

「死にたいと思うこともある」は、身体全身に老人性湿疹が出来ていて、松江の温泉へ行き、近隣の「トキ皮膚科」で、塗り薬をもらって塗っているが、「全身の痛痒さ」の形容詞的表現で「死にたいと思うこともある」とは言ったが、一般的に「死にたいと思うこともある」はない。ことばの表現の理解できない調査員だと思う。


 <「助言や介護に抵抗することがある」については、請求人本人から「自分の意にそぐわないと家族にも抵抗し攻撃して、負担をかける」との訴えがあり、「3.ある」と判断した、と『弁明書』(広社介第12号)は書いているが、まったく事実に反している。1月8日に、亀井調査員は、「入浴時の下着の洗濯」で「訪問洗濯」を指導・助言したが、断られたので、「助言や介護に抵抗することがある」と言い、同席した小島健康長寿課介護保険係長兼加籐補佐もそれに同意したことは、前述した通りである。「結婚して50年」でこの4月で「金婚式」をむかえる私たち夫妻のことは、亀井調査員には短時間では理解できない。自己認識であれこれ、ことばの端々をつなぎあわせて、作文している調査に過ぎず、それをさらに、悪く追認しているのが、広島市長の『弁明書』(広社介第12号)である。


 亀井調査員の掲載も、『弁明書』(広社介第12号)には、「(7)第7群(問題行動に関連する項目)についての記載もまったく不当である。それが「あなた(滝尾)のために、介護度を高めとのよ」と言う。何をか言わん!」である。

 このような「主治医意見書」、「「広島市介護保険認定調査票」、及び広島市の『弁明書』(広社介第12号)の記述を許してはならない。これが、防衛省の守屋元事務次官の事件となり、相次ぐ資料「隠匿事件」となる温床を「介護保険制度」ははらんでいる。「ケア」ではなく「お金」だけが目的で、「介護営業」に参入している状況をこの半年、見てきた。既に「介護保険制度」発足から6年以上経過した。夢や理念をもって献身的に「介護・福祉」に献身している数多くの担当者がいることを知っている反面、人権・人命無視の行為が平然と行われている。このことを黙視することはできない。

                    2008年3月26日(水曜日) 午前1時48分

                 人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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