スレッド一覧

  1. 下目黒の恐怖の精神虐待魔について語るスレ(6)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:199/881 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

ハンセン病市民学会も、国立ハンセン病資料館も、政権与党同様、建て増しをつづけている不法建築の雑居ビルを見ているようです。第一回

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月13日(火)01時06分19秒
  通報 編集済
 

<『ハンセン病市民学会』も、『国立ハンセン病資料館』も、自民党・公明党など「政権与党」と同様に、建て増しをつづけている不法建築の「雑居ビル」を見ているような思いです!』(第一回)>

                          ‘08年5月12日(月曜日)

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 5月11日(日曜日)は、自宅でテレビ番組を見ていました。午前9時~10時まではNHK綜合で「各党の国会運営委員長の政治討論会」を視聴していました。与党からは、自民党と公明党が①道路整備財源特例法、②後期高齢者医療制度の2点について、あいまい極まる無責任な発言を繰り返していました。まるで基礎がまるで固められないまま、継ぎはぎだらけの不法建築を重ねている雑居ビルの中にいるような不安と恐怖を感じました。

 元・自民党の小沢、鳩山、管などを党幹部である民主党を含めてまったく福祉・医療問題をはじめとして政権政党は、政権与党であった過去のした行為=自己のしたことの政治に対する反省のないままであり、まるで私たちは、日本国家という名の「泥舟」国家に乗っている不安・恐怖感を感じた次第です。


 今回、5月11~12日のハンセン病市民学会の第4回交流集会をその参加者や、報道された情報を聞いたり、読んだりして、これまた11日のNHK綜合で「各党の国会運営委員長の政治討論会」を視聴した時と同じ感じがしました。はしなくもエミさんが「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」の中でつぎのように書かれています。

<“中に”and/or“下に”「国立」ハンセン病資料館がある、という変てこりんな組織図、いや、「国立ハンセン病資料館」という確立した組織はまだない、ということについては、11日の分科会Aでも問題提起がなされた。しかし、その問題提起をされたパネラーのなかにもふれあい福祉協会の評議員をされている方がいたりするのであるから、“ややこしい”>。


 このことは、5月11日の『朝日新聞・大阪本社版』の二段抜きで小さく報道された朝刊を読んだとき、不思議に感じたことでもあります。


<国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)の展示内容をめぐり「患者の隔離政策を推し進めた国の責任についての説明が不十分」として、元患者や支援者でつくる「ハンセン病市民学会」分科会は11日、見直しを求める提言書を成田稔館長あてに提出することを決めた。

 分科会では佐川修・多磨全生園入所者自治会長やジャーナリストらが協議。①社会の差別意識が強調される一方、近代以降の国家的隔離政策をめぐる問題点の指摘が薄い②古くからの差別や病の発見に続いて隔離政策の記述があるので、隔離を正当化しているかのようにみられる―などとした。>


 実は、私が昨年(2007年)4月にリニューアルした国立ハンセン病資料館の展示内容を見て、ハンセン病の歴史やその問題点など事実認識や歴史認識の欠如やその問題点を当日、話し合ったのは、同館の学芸員の他に展示責任の一人である佐川修氏(現在・多磨全生園入所者自治会長)だったのです。

 その際、佐川氏は同館の展示内容には不当性はない、という立場に話し合いは終始されました。私は、広島の自宅に帰ると直ちに、同展示に対して「抗議と問題点」を国立ハンセン病資料館、厚生労働省・疾病対策課長、及び「社会福祉協会・ふれあい福祉協会」に送付しました。この展示物の内容紹介パンフレット類は、ふれあい福祉協会だったかれです。しかし、後日、学芸員ふたりの名前で、滝尾宛に届いた回答は、「展示内容は改める必要を認めない」という内容であり、そしてそれ以後も、改めることなく1年有余か月にわたって、不当極まる展示が継続されているというこの現在の事実です。


 成田 稔氏が今回、佐川修多磨全生園入所者自治会長らが協議した「ハンセン病市民学会」分科会から5月11日、見直しを求める提言書を成田稔館長あに提出することを決めた、と『朝日新聞』が書いています。そして、分科会では佐川修・多磨全生園入所者自治会長やジャーナリストらが協議。①社会の差別意識が強調される一方、近代以降の国家的隔離政策をめぐる問題点の指摘が薄い②古くからの差別や病の発見に続いて隔離政策の記述があるので、隔離を正当化しているかのようにみられる―などとした書かれていますが、それはまったく私の体験からしては整合性がありません。私にはさっぱり、理解が出来ません。


 今年の4月30日に滝尾のホームページには、下記のように書いています。

<リニューアルした国立ハンセン病資料館の展示内容がハンセン病の歴史を正確に伝えていないことは、リニューアルされた昨年(2007年)の4月1日から分かっていたし、私は、昨年の4月16日にこの展示の問題点を国立ハンセン病資料館の関係者に「抗議と問題点」を告げている。その後の同年5月12~13日に、群馬県の草津でハンセン病市民学会;第3回総会交流集会が行なわれたが、一向にこの展示内容についての改善する「提案」もなされなかった。

 ハンセン病市民学会の藤野豊事務局長が、「リニューアル後のハンセン病資料館をはじめて訪れたのは、二〇〇七年六月二日である」という(『ハンセン病市民学会・年報2007年』の211ページ、「時報・ハンセン病問題における『まきかえし』より」。そして、はじめて「隔離下の患者の苦悩が展示されるが、だれがこうした苦悩を強いたのか、主語がない」ことなどを知り、驚いたという。

 驚いたのは、草津でハンセン病市民学会;第3回総会交流集会が5月12~13日にありながら、その時には、4月1日にはリニューアルされていたハンセン病資料館の展示内容を市民学会の藤野豊事務局長は見ていないし、5月12~13日のハンセン病市民学会;第3回総会交流集会でなんら「提案」していないことである。これは、怠慢の謗りを受けても仕方がなかろう。

 さらに言えば、国立ハンセン病資料館は、国立療養所多磨全生園と同一敷地内にあり、ハンセン病市民学会の共同代表の神美知宏全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長は、この同一敷地内に事務所があり、この4月1日にはリニューアルされていたハンセン病資料館の展示内容を見ているはずである。藤野豊氏のいう<‥‥「まきかえし」の牙城である>国立ハンセン病資料館の展示内容の問題が、未だに展示のやりなおしの「提案」がなされていないのは、なぜなのだろうか。そう思いながら、ハンセン病市民学会;第4回総会交流集会を前に、幾つかの問題を私の書くホームページの掲示板に掲載して、問題提議したいと思う>云々と‥‥。


 私は、昨年4月に国立ハンセン病資料館の展示内容を見て、「なぜ、かくも古代・中世期から長々とハンセン病の歴史を掲示するのか」を、学芸員に尋ねたら、名前は明言を避けましたが、「或る有力な療養所入所者の方の意見があり、このような展示になった」ということでした。「或る有力な療養所入所者」が誰であるかは、聞くことは出来ず、現在なお不明です。

 責任をもって展示内容を考えない主体性を欠ぐ当学芸員の頼りなさもさることながら、このような歴史事実や歴史認識を欠く展示になった真相究明こそ、ハンセン病市民学会は検証し、明らかにして、関係機関・関係者に「提議」すべきだのに、それを現在までしなかったのは、なぜかが問われるのではと、思うのです。


  今回明らかになったハンセン病問題の諸問題は、継続して書いていきます。皆さまのご意見・ご批判などをお寄せいだきたいと思います。今回はその「第一回」です。

 
》記事一覧表示

新着順:199/881 《前のページ | 次のページ》
/881