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<コラム> 受難と苦痛の世代に対する礼儀 (東亜日報)記事; 【ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考える】に投稿した文!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月13日(火)20時50分46秒
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 福留範昭先生から届いた「韓国の過去問題に関する6記事」を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載します。また、(6)<コラム> 受難と苦痛の世代に対する礼儀 (東亜日報)を『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。

 翻訳し記事を届けていただいた福留範昭先生、及び『聯合ニュース』の訳者である森川静子先生に感謝します。

                     ‘08年5月13日(火曜日)  午後8時40分

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 戦争に対する対案的な記憶を模索する (聯合ニュース)
2) <掲示板> 15~18日 光州国際平和フォーラム開催 (聯合ニュース)
3) 5.18団体の統合論議、活発になるか (聯合ニューシス)
4) 日本の島根県、独島の領有権を知らせる市民講座を開設 (聯合ニュース)
5) <寄稿> 過去事委をまともに整備しようとするなら (京郷新聞)
6) <コラム> 受難と苦痛の世代に対する礼儀 (東亜日報)

6) ******************************************************************************

[東亜日報 2008-05-12 04:35]
【<李インホ  コラム> 受難と苦痛の世代に対する礼儀】


歳をとって一層痛感するのが、韓国人として1930年代中盤に生まれた私は、どれくらい時運が良いかということだ。二世代ぐらい前に生まれて、今ぐらいの「出世」をして生活したなら、今頃多分私も親日名簿に上がっている可能性がなくはない。名前のない百姓[民]であれば、徴用、徴兵、あるいは日本軍慰安婦として徴発される身になったかもしれない。

もう2、3年早く生まれて、中学校の時に班長の役割をしても、朝鮮戦争初期の共産党治下の3ケ月をソウルで過ごしたなら、共産党と協力したという非難にまきこまれて、最低限別の学校に移る苦境に陥っただろう。班長として共産党に協力することを拒否した4年上の先輩は、学校の裏山で銃殺された。

日帝強占期や朝鮮戦争の時も、私たちはまだ幼かったためにすべての責任を免れて、勉強にだけ専念することができたし、あらゆる難関の中で大韓民国という国を建てて守ることに成功した先代たちのおかげで、政治的・経済的発展の効果はそのままり享受した。

太平洋戦争末期の日帝の弾圧と貧窮、そして朝鮮戦争の悪夢に耐え抜いて、子供6、7人を育ててきた私たちの先代たちの苦労、亡国の衝撃と心理的・現実的苦痛の中で生き抜かねばならなかったその前の世代の受難と苦痛を考えれば、私は70の人生を「ただ」で生きたという感を消せない。


<時代状況を考慮しない「親日」批判>

「親日人名辞典」というものが10年近い準備期間を経て、8月にいよいよ3冊の本として出るということを聞きながら、私が喜びよりは、悲しさ、はなさらには申し訳なさや怒りまで感じるのは、それが過去の世代の苦痛の闘争に対する私たちの世代の礼儀と報答ではないと信じるからだ。

8月で、大韓民国は建国60周年を迎える。したがって、ちょっと見ると、親日派清算の作業の総決算というこの事典の発刊は、愛国先烈に対する最も高貴な報答に映りうる。

しかし、民族のために、国のために献身した人たちが、果たして、彼らがあれほど渇望した独立を取り返し、国を建てて発展させることに大きく寄与した多くの人々を、再び「親日派」として批難して、国を分かつようなことを良く思うだろうか。

亡国と共に世を去り、一家の一時的没落を厭(いと)わなかった私の母方の祖父を思い起こすと、彼は決してこのことを称賛しなかっただろうと信じる。

そして、ある外国人が、私たちを民族主義者(nationalist)ではあるが、愛国者(patriot)ではないと指摘したことが思い起こされる。

親日問題を深く研究してくる方々の業績を過小評価するつもりはない。そして、親日行為はその後の業績がどうだったか明らかにすべきで、親日的処身で民族社会に害悪を及ぼした人たちは歴史的に審判を受けて当然だ。ナチの戦犯を数十年後に遠く南米まで追跡して処断する姿に、私も拍手を送った。

ソ連の影響圏に入った北朝鮮と理念的に対立して、国を建てて守らなければならなかった状況のために、親日清算作業を徹底的に行えなかった点が、李承晩政府の汚点として残ることになったのも事実であり、抗日闘士や彼らの子孫に対する認定と補償が非常に不十分だったとことも、私たちの社会全体が深く反省しなければならないことだ。

しかし、決して忘れてはならないことは、日帝強占期を生きた世代には、名前を持って生き残ること自体が闘争であり、恥辱であったということだ。個人の名前を汚しても、学校や教会を生かすことが、より明るい民族の未来を約束する近道であり、少し妥協しても、新聞や事業を生かすことが、完全に廃刊や没収にされるよりは良いという判断がありえた状況だった。

抗日と反日感情で、誰も追従する人がなかった李承晩博士は、その点も理解していたのだ。


<親日より抗日活動に力点置くべき>

愛国運動をした人たちが変節する時に感じる失望と怒りは、大きくならざるをえない。しかし、一人ひとりを道徳的に非難するより、私たちが明らかにすべきことは、日帝の圧力と懐柔がどの程度であれば、巨木まで倒れただろうかという点だ。

歴史的事実として行跡を詳細に明らかにすることと、親日派かとうかを裁断して批難することは、相異なる次元のことでないかと思う。

民族文化研究の業績が久しく残ろうとするなら、この間の研究成果を「親日人名辞典」でなく「日帝強占期人名辞典」に拡大改編して、親日より、抗日活動により力点をおいて人名辞典を出すことではないかと思う。

                     <李インホ KAIST(韓国科学技術院) 教授>

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 ひき続いて、下記の「投稿原稿」を『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。

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【ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS】に、今日(5月13日)に投稿した『「エミ」さんと「外野席」さんとの「やや子のおしっこ」のやりとりをたいへん興味深く読ませていただきました。』という投稿内容を掲載します。


 つぎに記載する「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」の「エミ」さんと「外野席」さんとの「やや子のおしっこ」のやりとりをたいへん興味深く読ませていただきました。たしかに、「血」、「糞尿」は、かつては忌むべき内容でした。現在でも広島県にある「厳島神社」の所在地である宮島には、「血」に関して忌むべき慣習が歴史的に残っております。否、残っていました。

 私は、ここ20年余りに、県病院・逓信病院(2度)・太田川病院(2度)、赤十字病院へ6度ばかり病院への長期入院をしました。現在も、広島赤十字・原爆病院の内分泌科、整形外科、精神内科、泌尿科へ定期的に通院しています。

 その際、血液検査、尿検査、さらにガン検査の時は「大便」検査は健康か、疾患があるかを知る上で、しなければならない調査なのです。近いうちに内分泌科の調査に行きますが、「一番尿」といって、朝起きたら最初に出る「おしっこ」(=尿)を取って来るように病院の職員から言われました。「おしっこ」を小さな容器に入れて病院へ行きます。また、家庭でも、自分で血糖値を測るため、指から出血針で血液を採って、血糖値を測っています。血も尿も実は自己の生命を維持する大切なものです。


 病院では、最初に「血液」検査の前に、看護士さんが紙のコップを出して、「滝尾さん、おしっこを採って」と大声で呼ばれています。もちろん多くの方の前です。つまり「おしっこ」の言葉は、病院内では「下品」でもなんでもない日常用語なのです。だから、私にとっては、「外野席」さんがおっしゃるように、下品な言葉でもなんでもありません。だから、私はエミさんがお書きの文を読んだ時に「やや子のおしっこ」を下品だなどとは、一切感じませんでした。また「不愉快だ」とも感じませんでした。


 むしろ私も「エミ」さん同様、「外野席」と投稿名をお書きの方に、「なぜ、人権侵害、差別などと北風さんたちや私たちと共に腕を組み、同じ水平線上の視線での闘う呼称」にしないで、「外野席」などと称されているのかに、その方に私は違和感をもちました。


 最近は、前立線肥大で泌尿科へ行き、またその治癒する薬を毎朝飲んでいます。尿も血も自己の健康維持を知る上で欠くととのできない貴重な排出物です。「エミ」さんも多くの疾病を過去に持たれ、病院通いをされた方だと思います。「おしっこ」の言葉に「下品」と感じられない体験をお持ちだと思います。

 そういうご体験が「外野席」さんには、「エミ」さんに比べてご体験を少ししかお持ちのない方のように、私は感じました。両者のご体験の相違が、実は言葉に対する感性の相違に大きいのではないのでしょうか。言葉は生活に基づく文化です。

 なお「やや子」は辞書によると「あかんぼう」の意味で「やや」とも略します。これは「外野席」さんも「下品」な言葉だとは思われないはずです。以上、私の「雑感」です。(一部、誤字などを訂正し、分かりやすくする為に加筆しました。)


                人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                    ‘08年5月13日(火曜日)午後4時15分

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(参考資料)
[1493] Re:[1492] [1486] 一社会福祉法人の 投稿者:エミ 投稿日:2008/05/13(Tue) 12:38

> > “ややこしい”。(←「やや子のおしっこ!」)
>
> こういう下品な「おまけ」が何故必要なのか?理解に苦しむ。非常に不快だ。公の場での言葉には気をつけてほしいものだ。
・・・・・・・・
早速お叱りを蒙りましたので、不快な思いをされた方にはお詫びいたします。たしかに必要のない「おまけ」でありました。ただ、この言葉は私にとっては“覚えたての新鮮な響きをもった言葉”であって「下品な」言葉という自覚はなく、使いました。
しかし、「外野席」さんは「非常に不快」な思いをされたとのことですので、重ねてお詫びします。

言葉に対する感性の違いでしょうか。「目クソ鼻クソ」はOKで、「やや子のおしっこ」は「下品」だからダメ、という分別は私にはありません。

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[1492] Re:[1486] 一社会福祉法人の 投稿者:外野席 投稿日:2008/05/13(Tue) 02:17

> “ややこしい”。(←「やや子のおしっこ!」)

こういう下品な「おまけ」が何故必要なのか?理解に苦しむ。非常に不快だ。公の場での言葉には気をつけてほしいものだ。

 
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