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 “過去を直視できないものに真の将来はない” どこからであれ直視の作業の手がつけられなければならない。 島田等さんの言葉

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 5月14日(水)10時27分44秒
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 <日本のハンセン病政策の世界的にも類のない「独自」な歩き方をさせた根底には、日本の近代化が負ったマイナスの課題と重なっているはずである。安易で無批判な肯定や、仕方がなかったという保留は、過ちを温存させ、繰り返させる養土となるだろう。“過去を直視できないものに真の将来はない”――どこからであれ直視の作業の手がつけられなければならない。>(『島田等 遺稿集―花』、島田等 遺稿集刊行委員会、手帖舎、1996年4月発行:135ページ)。


 この島田等さんの遺稿集の著者である島田さんは、1995年10月20日に亡くなった。この上記の文は、死去される直前の1995年7月に発刊された「なさればならない作業の始まり―藤野豊『日本ファシズムと医療』を読んで」に書かれたものの一節である。島田さんには、死去直前に長島愛生園の病棟でお会いし、<日本の植民地、占領地の実態究明=朝鮮の小鹿島更生園>の研究を深めることを、私は島田さんにお約束した。そのことがごく最近のことのように思われる。


 しかし、あれから13年の月日が経過した。果たして私は島田さんとのお約束を果たしえたかを今、問うている。その後、何十回となく韓国を訪問し、小鹿島にも訪れた。小鹿島へ入所されている方がたの語りも聞いた。その報告書もかなりの数、著わした。しかし、それは所詮、真っ暗闇の一灯にしか過ぎない。真相究明とは程遠いものだと思う。遣り残したままで、心身を病んで研究も思うにまかせられなくなった。


 もう一度、小鹿島を訪れてみたいが、この身体で海外に出ることは叶わないのではないか。小鹿島のハラボジ・ハルモニを支援している団体の「チャンギル」の金 在浩事務局長からは、今年の年賀状で、「明けましておめでとうございます。お久しぶりですが、お元気でしょうか。連絡はしなくても、いつも滝尾さんのことは気にしております。今年も元気で、実りの多い年でありますよう、心よりお祈りいたしております。韓国の金 在浩 拝上(韓国 大邱市南区鳳徳3洞615-7 TEL 011-547-7673 FAX 053-471-8436)」と書かれていた。


 同じく大邱市の河龍馬先生からも、大学医学部時代の恩師・除舜鳳先生が逝去され、力をおとしている。そして、「韓国へ訪ねて来い」との手紙をいただいた。


 ソロクト裁判を闘われた金明鎬さんは、小鹿島院生自治会長をお辞めになられた。その理由が定かではない。補償金申請した小鹿島のハラボジ・ハルモニは、あと3人を残して支給が決定された。ハラボジ・ハルモニともお会いしたいという思いがつのる。法人・三一の崔鳳泰弁護士も、「滝尾さん! いつでもお出でください。出来ることするから、云ってください」と言ってくださる。この身体で韓国まで行けるかしら、と考え込む。


 ハンピッ福祉協会会長の林斗成さんは、この4月の国政選挙で、ハンナラ党から出て国会議員となった。元気で活躍されるだろう。一方、国内の医療・福祉政策は、悪化の一途をたどっている。


 差別がある限り、たとえ一人になろうとも、そこには差別に対する闘いがあるはずである。こうした気魄ある闘いが存在していて、今もなお人びとは燃やしつづけた国内の市民運動の状況になっているのだろうか。ハンセン病問題にかかわった一員として、問い続けている昨今である。

                   ‘08年5月14日(水曜日)午前10時30分

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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