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「基本法」は、”あちらの水(地域社会)は辛いぞ、こっちの水(療養所)の水は甘いぞ”という「経済的隔離主義」の再現である!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 6月 3日(火)14時06分4秒
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 福留範昭先生から滝尾宛に届いた「韓国の過去問題に関する6記事」とうち、5) 『世界』は韓国をどのように眺めたか (聯合ニュース)及び、6) <米輸入牛肉問題> 市民ら反発「国民に宣戦布告なら抗争開始」 (中央日報)の2記事を『滝尾英二的こころPart2』に掲載します。また、つづけて(2) <噴水台> 卓庚鉉 (中央日報);(3) 光州・全南6・15宣言8周年の記念行事 「多彩」 (聯合ニュース) (4) 法務部、「韓国、集会の自由を制限」という AIの発表に反論 (聯合ニュース) (5) 李大統領、支持率急落21.2%=世論調査 (朝鮮日報)もまた、掲載します。

 岡山のホテル内では、メールの授受も出来ず、ホテルから離れた「インターネット・カフェ」まで、自宅から持参したノートパソコンを「インターネット・カフェ」まで、運んでの各ホームページの掲示板への掲載となります。私の歩行困難に加えて、昨夜は雨中ですので、ホテルから「インターネット・カフェ」までの往復は、どうしてもタクシー利用となります。

 上記の記事のうち(5) 『世界』は韓国をどのように眺めたか (聯合ニュース)及び(2) <噴水台> 卓庚鉉 (中央日報) は『滝尾英二的こころ』の掲示板に掲載します。「歴史事実」や「現実社会」をみる場合、感情論や心情にはしることなく、理性に基づく「各事象の認識」が必要であると思いました。そういう意味で、両記事は私にとって、示唆に富む内容でした。


「ハンセン病問題基本法(最終案;5月25日)の全文を読んでの滝尾の意見を書く必要を感じていますが、しばらくの間、ご猶予をください。基本的には、投稿者:朝潮太郎が、投稿日:2008年 6月 2日(月)09時43分17秒に投稿されている端的な文に同感します。

「‥‥一方、今国会で成立を目指すとされている「基本法」は、
●統廃合阻止は担保しない
●敷地や設備の他への転用を認める
全療協はこれを「最後の闘い」だとしている。
http://6322.teacup.com/takaamami/bbs 」

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 つまり、全療協は、少なくともその一部幹部は、徳田弁護士ら「ハンセン病問題市民学会」の幹部たちも、こもども、ハンセン病問題を「市民運動」としての闘いに終止符をうち、「正しくハンセン病を理解する歴史や現実」は「ふれあい福祉協会」に委託している「歴史認識」で、国立ハンセン病資料館などに一任。

 「あちらの水(地域社会)は辛いぞ、こっちの水(療養所)の水は甘いぞ、ホ・ホ蛍来い!」という「経済的隔離主義」の再現であり、その上、行政に「あとは勝手にやってよ」と、「白紙委任」を出した「基本法」の内容が、幾分かは、地域社会や退所者・社会復帰者への「甘言」の内容はあるものも、基本的には、入所者中心の「弱者=重度障害者・高齢者」への「隔離意識」に基づく内容を貫いて書かれたものだと思いました。


 しかし「差別がある以上闘いは存在」します。集団的な闘いは終焉するでしょうが、個々の闘う人たちに依拠した闘いに、今後とも支援・共闘していきたいと思います。昨夜来の雨も、ここ岡山は降りやまっています。今日は6月3日。あと6日で「永かった“自立”の生活」を止めて、自宅での生活に帰ります。慣れない地域での“自立”困難さと、人とのつながりということを学んだ岡山の生活でした。 では‥‥!

 下記の記事を翻訳し、届けていただいた福留範昭先生、及び「聨合ニュース」を翻訳していただいた森山静子先生に感謝します。

                         ‘08年6月3日(火曜日)正午

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 「海外文化財還元委」の法案 発議 (聯合ニュース)
2) 「6.3抗争の民間記録、国家で永久保存」<記録院> (聯合ニュース)
3) 安重根義士の遺体発掘、暫定的に中断 (聯合ニュース)
4) 「韓国、集会・デモなどの表現の自由に制限」 <アムネスティ> (聯合ニュース)
5) 『世界』は韓国をどのように眺めたか (聯合ニュース)
6) <米輸入牛肉問題> 市民ら反発「国民に宣戦布告なら抗争開始」 (中央日報)

5) ******************************************

[聯合ニュース 2008-05-28 11:40]
【『世界』は韓国をどのように眺めたか; 『世界』の分析書、『知識人のごう慢と偏見』を出版】


(ソウル=聯合ニュース) ファン・ヒギョン記者= 1946年に創刊されて日本の進歩陣営を代弁した総合雑誌『世界』は、韓半島の問題に絶え間ない関心を示し、韓国の読者たちにもよく知られている媒体だ。

『世界』は、主に韓国の政治状況に批判的な視角を見せた反面、北朝鮮に対しては、金日成主席のインタビューを載せ、定期的に北朝鮮訪問記を載せるなど、好意的な視角を見せた。

韓相一(ハン・サンイル)国民大政治学科教授は、新刊『知識人のごう慢と偏見』(キパラン編集)で、『世界』の創刊号から40余年間に『世界』に載せられた韓国関連の内容を分析した結果、「『世界』が主張する"北朝鮮-善"、"韓国-悪"の単純な論理が、実体や経験に基づいた評価ではなく、理性的判断によったものでもないという点を確認した」と主張している。

1946年から1989年までの『世界』を分析した1章「ごう慢と偏見:『世界』の南・北朝鮮観」では、戦争前の歴史に対して批判的な立場を堅持しながら、真剣に省察してきた日本の進歩的知識人たちが、戦後、南・北朝鮮を眺める視角と北朝鮮に対する評価で、「非理性的で全くバランスを欠いた理由」を問う。

韓教授はこの問いに対して、「理想は持っているが、その理想を日本という場で主導的に実践することができないところから来る無力感や挫折感、欠乏感が、進歩的知識人たちをして、外国、特に韓国のような特殊な歴史的な関係を持っていた国の政治に、過度に関心を持たせ、また南と北に対する理想と現実を均衡的に判断できなくさせた」(142ページ)と答える。

4章「<韓国からの通信>とTK生」では、1972年から1988年まで「TK生」という筆者が『世界』に連載して広く知られた「韓国からの通信」に対して批判的な分析を試みている。

『世界』が韓国の民主化に寄与したと自負するこの連載物は、実は韓国の暗いイメージを極大化しただけでなく、日本の戦後世代に否定的な韓国像を植え付けるのに決定的な役割を果したというのが、韓教授の分析だ。

「通信が、『韓国の強圧政治の実態と民主化のための抵抗者の姿』を伝えたことは否めない。しかし、TK生や『世界』が強調するように、通信が果たして韓国の民主化と人権保護に大きく寄与したのかは疑わしい。むしろ通信は、日本人と第3国人に、韓国があまりにも惨めで陰うつな所であり、韓国人が人間以下の生活を送っているという否定的なイメージを植え付けるのに大きく寄与した」(311ページ)

韓教授は、「日本の進歩的知識人を非難したり、『世界』を批判するためでなく、過去の歴史になった彼らの韓国観を正し、次の世代に正しく伝えるために、この本を書いた」と語った。

                                 <森川静子訳>

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1)独立活動家の子孫など、高麗人100名が初めての訪韓 (聯合ニュース)
2) <噴水台> 卓庚鉉 (中央日報)
3) 光州・全南6・15宣言8周年の記念行事 「多彩」 (聯合ニュース)
4) 法務部、「韓国、集会の自由を制限」という AIの発表に反論 (聯合ニュース)
5) 李大統領、支持率急落21.2%=世論調査 (朝鮮日報)

2)************************************************

[中央日報 2008-06-02 08:28]
【<噴水台> 卓庚鉉】

(イェ・ヨンジュン) 「しばらく黙想に沈んでいた光山が、突然大きな声で歌を始めた。 アリラン、アリラン、アラリで、アリラン、峠を越えていく。絞り出すように悲痛な声であった。トメと二人の娘も一緒に歌い始めたが、すぐ歌声は消えて、嗚咽が部屋の中を埋めた。いつのまにか、四人は肩を組んでいた。」

1945年5月10日夜、日本の鹿児島県知覧の飛行基地の近所の食堂富屋であった実話を描写したノンフィクション『ホタル帰る』(赤羽礼子著、2001年)の一節だ。

光山は翌日には不帰の客となる神風特攻隊員であり、トメは彼が唯一情を感じた食堂を経営するおばさんだった。次の日の朝、光山は予定どおり250㎏の爆弾を戦闘機に積んで出撃し、560kmを飛んで、沖縄海上で25年の短い命を終えた。

「大日本帝国陸軍少尉」光山文博の実名は、卓庚鉉(タク・ギョンヒョン)だった。知覧の飛行場で天皇が下賜した酒一杯に、一機一艦の決意を新たにして命を捨てた自殺特攻隊は計1,036名だった。

その中には、卓庚鉉を含む朝鮮人11名も入っている。卓庚鉉は、見習士官の時期から、朝鮮人であることを明らかにしていたという。彼の霊は靖国神社に祀られ、ときおり日本総理の参拝を受けもする。飛行帽を着用した彼の写真も、神社の一角にある遊就館にかけられている。

先月、卓庚鉉の命日に合わせて、彼の故郷の慶南の泗川(サチョン)に慰霊碑を建てようとした日本人たちがいた。彼らは、慰霊碑建設が韓日間の和解のための小さな出発点になると信じたようだ。卓庚鉉をモデルにした映画「ホタル」(高倉健主演)のようにだ。

映画では、神風特攻隊で朝鮮人少尉の部下だった日本人の生存者が上官の遺品を抱いて韓国を訪れ、最初は頑強に拒否していた遺族たちが遺品を受けとることによって、和解がなされた。

しかし、現実の結末は正反対だった。住民たちと関連団体の反対デモに遭って、行事は中止になり、慰霊碑は撤去された。故郷ですら、卓庚鉉は日帝の協力者に過ぎなかった。

韓・日間の真の和解は、いまだ時が熟していないことを今回の事件は教えている。その前に先行すべき真心の謝罪と赦しのシッキムクッ)清めの行事)がいまだ完結していないためだ。

志願しようが、無理やり連行されていこうが、卓庚鉉もまた歴史の犠牲の羊に違いない。死を一日前にして、不眠の夜に祖国を描きながら、アリランを歌った彼が、翌日「天皇陛下万歳」を叫んで、死の航路へ突進しなければならなかったのは明らかに悲劇だ。

桎梏と狂気の歴史の前で、人間の運命は矮小で脆弱なものだ。卓庚鉉のむなしい死は、それゆえ憐憫の対象として迫ってくる。

                         <イェ・ヨンジュン政治部門長>

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