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「6月6日の基本法衆議院可決を<勝利>もしくは<前進>と捉えているようだ」だと、あほらしくしくてもう、ものも云えません!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 6月 9日(月)19時00分52秒
  通報 編集済
 

「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律案」(「ハンセン病問題基本法」)は、誰のために、何のためにつくられた法案か、また、「ハンセン病問題」を解決する途となるのだろうかを考えてみました。


 これを韓国の小鹿島の場合について、まず考えてみました。

 私が始めて小鹿島を訪問した1995年3月(現在は2008年6月ですから13年余ですが‥‥)、その当時は日帝期に建てられた赤煉瓦つくりや木造の建物が数多く残り、島への架橋もなく、小鹿島へ渡るためのフェリーも回数も少なく、小型のフェリーでした。

 職員地域に海岸は、夏期には静かな海水浴場がありましたが、小さい売店は夏期には海岸に一軒ありましたが、日頃は閉まっておりました。

 ところが、一昨々年の2005年に小鹿島を訪問した時は、海水浴場には瀟洒で大きなレストランが建てられ、中央公園の入り口には、小鹿島を訪問した人たちのためにみやげ物店の建物が建っており、けっこうにぎわっていました。島にある波止場を入ると小鹿島を訪問するために守衛が厳しくテェックし、すぐ側には警察の駐在所がありました。

 代って、戦前の日帝期に建てられた建物は、つぎつぎと倒されてなくなっていきました。北生里にあった「火葬場」も、中央公園の高台に建てられていた「未感児童」の校舎の一棟も、さらに、職員地域にあった諸種の建造物も=1938年8月15日に朝鮮総督・南次郎が宿泊した日本式庭園のある和室のある「倶楽部」の建物も、車庫も、弓場などの遊戯施設も、始めて私が小鹿島を訪問した時にはあった建物は、跡形もなく倒されていました。

 小鹿島の入所者の人数も激減しています。戦後の一番多かった時の入所者数は6000人余でした。それが現在は600人です。1995年3月に私が小鹿島を訪問した時の入所者数は1460人でした。現在は6割減です。大部分の方はここで死去されたのです。比較的お若い方がたは、小鹿島そ退所されて、全国各地にある「定着村」に居住されています。登録者数だけでも、約1万5千人dそうです。


 一時、他地域の「障害者・高齢者施設」を小鹿島につくろうという話しもあったようですが、この計画はたち切れになりました。6月20日(金曜日)に衆議院本会議で可決されました『ハンセン病問題の解決の促進に関する法律案』が、参議院本会議で可決し、成立したら、13の国立ハンセン病療養所は、いったいどうなるのでしょうか。


 国立ハンセン病療養所の広大なその国有地をめぐり、民間企業や市町村など地方公共団体とうが、競ってこの「国有地」に対して、『ハンセン病問題の解決の促進に関する法律案』の「第十二条 国は、入所者の生活環境が地域社会から孤立することのないようにする等入所者の良好な生活環境の確保を図るため、国立ハンセン病療養所の土地、建物、設備等を地方公共団体又は地域住民等の利用に供する等必要な措置を講ずることができる。 2 国は、前項の措置を講ずるに当たっては、入所者の意見を尊重しなければならない。」に基づき、国立ハンセン病療養所の土地、建物、設備等が各種の利用施設が設立されるでしょう。

 この場合、「第六条 国は、ハンセン病問題に関する施策の策定及び実施に当たっては、ハンセン病の患者であった者等その他の関係者との協議の場を設ける等これらの者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。」とあるます。これは「エミ」さんも、ご指摘のように、

 [◆:すすめる会最終案の「(当事者の意思の尊重)」にはなかった、「その他の関係者の意見の反映」を挿入。「その他の関係者」とは、どういうものをいうのかは規定されていません。この文言が挿入されたことにより、厚生労働省「関係者」(弁護団「関係者」=滝尾の追加)の意見を反映させることができる!]、ということになります。業者と「関係者」との構造的癒着さへ、想像できます。「あな、恐ろしいかな!」。


 知人からの連絡によると「‥‥6月7日に、市民学会東京集会準備委員会の解散式&反省会が全生園で行われました。全療協の神氏や、会に参加した弁護士さんなどは、6日の基本法衆議院可決を<勝利>もしくは<前進>と捉えているようだ、とのことでした。」とありました。「6日の基本法衆議院可決を<勝利>もしくは<前進>と捉えているようだ」だと、「あほらしくしくてもう、ものも云えません!」。第六条の「関係者」になれるからだろうかしら、と勘ぐりたくなります。


 広島の自宅へ帰ったら、寝台での「寝返り」も「起き上がり」も「立ち上がり」も下半身に激痛がはしり、妻の「介護」で、腰掛なければ、正常な生活が出来なくなりました。カラオケ喫茶へも行けなくなりました。パソコンの前の椅子に座っていると、どうにか生活が可能です。食欲がさっぱりありません。流動食を飲み込んでいます。そんな状態です。

                         ‘08年6月9日(月曜日) 19:00

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二
 
 
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