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 昨日は、土曜日で自宅で外泊の許可をもらい帰りました。お見舞いや激励に感謝します。 近況報告」です!          

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 6月15日(日)10時21分58秒
  通報 編集済
 

 昨日(6月14日)は、土曜日で自宅で外泊の許可をもらい帰りました。お見舞いの「北風」さんのホームページなどにお見舞いや激励の文内容の記事をいただき、ありがとうございます。

 帰宅後、「カラオケ喫茶・城」へ行き、10曲唄い帰宅しました。妻が突然帰宅したり、風呂を沸かして、とか、昼食の用意を、とか、食事の内容に比して「ラキソベロン液」など下剤を少々多く飲んだせいか、下痢してパンズ、ズボンに水溶状の便をしたので、洗濯をしてなどやつぎ早に云い、昼食を食べおわると、バスで「カラオケ喫茶・城」に行くと言うと、妻は「それでも入院中の病人?」と驚いていました。


 さらに、“日曜日は「カラオケ喫茶・城」に行く”というと、妻はさらにびっくりしていました。50年余も連れ添っていたわりには、「私の言動」に今さら驚くことはあるまいにと、と少々不満(笑い)でした。これは「元気である」という証です。ただ、「激痛」が、何度もおきて、痛かったので、広島日赤・原爆病院への緊急入院でしたので‥‥。

 「激痛」の要因も、まる3日間の検査でほぼ解明できました。また、「激痛」が起きないような注意事項と、「激痛」が起きたさいの対応=「座薬」である沈静剤(「ボルタレン・サポ 50mg」)を挿入を病院で教えてもらい、昨日・今日の帰宅の際は、ボルタレン・サポ 50mgを3個もらって帰宅しました。「神経」や「ソトレス」も影響してか、帰宅後、「激痛」は今のところ、起きていません。

「入院中」でも、4度ばかり、下半身の「激痛」があり、最初の発作の時は、その対応に時間がかかり、難渋し、苦しみました。しかし、ボルタレン・サポ 50mgの使用で、20分後には、痛さがなくなることがわかり、やはり「入院してよかった!」と思いました。

 ところが、3夜連続して「低血糖」(大体、50台)の低血糖が、深夜起きました。その理由は明らかです。

 夕食が午後6時~翌日の朝食は午前8時。その間、14時間は、何も食べられません。血糖降下剤の劇薬=アマリールは朝と昼、通常通りです。それに一日2060キロ・カロリーから、「入院後」は1600キロカロリーに減食(それもお粥で、あやしいと考えています)おまけに、神経質になる要素が多々あり、ここでは、「低血糖」が起きますよ。しかし、帰宅し、「カラオケ喫茶・城」で10曲唄い、午後9時から、午前3時まで熟睡して、指先の血出して「自己検定用グルコース測定用試験紙」自分で血糖値を測定したら、午前3時30分現在の血糖値は、121で正常でした。だから、腰部狭窄菅を急激に変動しないように、寝起き=とりわけ「寝返り」と「起き上がり」の注意すれば、当面はしのげますし、日常生活が出来ます。

 しかし、眼科など、明日から、検査予約をして、77の「ガタ」の身体全体に起こっていますので、諸検査もこの際、やってもらおうと思います。お金はかかりますが、仕方がありません。これも数種類の病をもつ老人の宿命と、政府・与党(自民・公明党)の「医療」に対する悪政の結果だと、怒りが倍増しています。毎週、土・日は帰宅させてもらい、パソコンを開きます。HPへの「投稿原稿」も、土曜日と日曜日でします。メールも開きます。今まで通りですので、よろしくお願いいたします。いろいろお教えください。


 「入院先の広島日赤病院にノートパソコン一式を持ってお行く」と言うと、妻にたいへん叱られました。でそこで、CDとそれを聴く再生器がけ病院に持参し、ヘッドホンで聴いています。また、数冊の本を持って入院しました。検査以外は閑ですから、久しぶりにパソコンからではなく、本で知識を吸収しています。とりわけ、1932年生まれ(私よりも1歳若い)、ドイツ生まれで上智大学のアルフォンス・デーケン名誉教授の書かれた『死とどう向きあうか~生と死を深く見つめて~』(NHKライブラリー、文庫版で316ページ、1068円+税)は、これからを生きていく上にたいへん有益でした。「いつかは必ず訪れる自分の死、避けては通れない死という現実。

 「ハンセン病問題将来構想」も、こうした側面からのアプローチも必要だと思いました。今の「ハンセン病市民学会」の弁護士たちの欠落した点は、「医療」という面を、「自国民中心意識」と「よく死ぬことは、よく生きることだ」という思想と哲学を欠如させていることだと思います。「近代」思想が価値基準といなり、それに「金になること」の至上主義と、物量行動でそれを獲得しようとする政治・運動路線が致命的な欠陥です。「自分自身の死をどう全うするか」という」視点のないことです。それに「ユーモア」に欠けています。


 こうした内容は、追々書いていきますが、さしむきデーゲン著『死とどう向き合うか』の記述の中から、2個所紹介しましょう。

(その1)‥‥私がとくに感銘を受けた実例で、ニューヨークにいる私の友人のお母さんの死に方です。普通、死は悲しいことですが、この母親は自分の死を悲劇ではなく、一つの心温まるモメディにしました。

 彼女は11人の子どもを立派に育て上げて、その時(死亡の時=滝尾)91歳でした。‥‥ミサが終わると、お母さんは目を開いて「私のために祈ってくれてあいがとう。ところでウイスキーを一杯飲みたいのだけど」と言って皆を驚かせました。子どもたちがウイスキーを持ってくると、お母さんは一口飲んで「ぬるいから少し氷を入れてちょうだい」と言ったのです。後2時間くらいしかもたないだろうと言われた人が、氷の心配までするので皆ショックを受けました。あわてて氷を探してきて入れると、お母さんは「おいしい」と言って全部飲んでしまいました。そして今度は「タバコを吸いたい」と言いだしたのです。

 とうとう堪りかねて長男が「医者がタバコはいけないと言っていますよ」と言いますと、母親の返事は「死ぬのは医者ではなくて私ですよ。タバコをちょうだい」でした。そして悠々とタバコを吸い終わると、皆に感謝して「天国でまた会いましょう。バイバイ」と言って横になり、そのまま息を引き取りました。

 その時、悲しんだ子どもは一人もいませんでした。もちろん、お母さんの死は悲しいのですが、その死に際のユーモラスな明るさを思い出して、いかにもお母さんらしい死に方だと口々に言って笑いました。この母親は生涯、ほとんどウイスキーやタバコを口にしませんでした。ですから、死ぬ前にどうしても飲みたかったわけではなかったのです。彼女はそれまでに親戚や友達の葬式に出て、皆が涙を流して悲しんでいたのを思い出したのです。そこで、自分の死によって子どもや孫たちが悲しませるのではなく、明るい雰囲気のコメディを遺そうとしたのでしょう。

 何という美しい愛と思いやりでしょうか。それも自分が死に直面している一番苦しい時にです。普通私たちは、人生最後の三時間では、もう何もできないと思い込んでしまいますが、このお母さんは、ユーモアによって、子どもと孫たちに生涯忘れられない貴重なプレゼントを遺したのです。結局人間らしく死ぬというのは人間らしく生きることです。(同書、179~181ページ)。


(その2)モーツアルトの父にあてた手紙の一節です。

 「‥‥はっきり言って、死はたしかに人生の最終の目的なので、数年来私は、人間の最良の友である死に親しむことを、自分の務めだと思っています。そのためか、私はこの友(死=滝尾)のことを思い出しても、別にこわくはなく、むしろ大きな慰めとやすらぎを覚えているのです。真の幸福の鍵である死と懇意になる機会を与えられたことに、私は感謝しています。いくら若くても、明日はもう生きていられないかもしれないと思わずに、眠ったことはありませんでした。‥‥」つなみに、前述の手紙には続けてこういっています。

「‥‥私の知り合いで、私のことをむっつりした悲しそうな人間だと言う者はいないでしょう。私は毎日、この生きる喜びを与えられたことを感謝を捧げ、他の人にも同じような喜びが与えられるようにと、心から望んでいます。<1787年4月4日> (同書の196~198ページ)。


 昨日(14日)は、自宅を午後1時20分出て、上小田バス停を1時30分のバスに乗り、文教女子大前に下車して、カラオケ喫茶前の草むらの石(岩か?)に座り、20分ほど柔軟体操と「アエイオウ」の発声練習をして、呼吸を整えて「カラオケ喫茶・城」に入ったのは、午後2時30分でした。3時間30分居て、歌謡曲を10曲、歌いました。その曲目は以下の通りです。

①「七里が浜の哀歌」(叙情歌)2066-38
②「愛の讃歌」(越路吹雪)1669-09
③「襟裳岬」(森進一)5446-05
④「帰らんちゃよか」(島津亜矢)2552-51
⑤「車屋さん」(美空ひばり)2656-01

⑥「山のロザリア」(スリー・グレイセス)6663-01
⑦「およげ!たいやきくん」(子門真人)2018-01
⑧「精霊ながし」(グレープ)1394-02
⑨「吾亦紅(われもこう)」(すぎもとまさと)2239-03
⑩「山谷ブルース」(岡林信康)1692-02

「およげ!たいやきくん」(子門真人)や「車屋さん」(美空ひばり)を実際に唄ってみて思うことは、日本の流行歌、とりわけ「演歌」はマイナー(短調階)の歌謡が多く、メジャー(長音階)のものが少ないことです。今日は坂本九ちゃんの「涙くんさよなら」「明日があるさ」「幸せなら手をたたこう」などのような明るい歌。藤山一郎でいうと「影を慕いて」「酒は涙か溜息か」「青春日記」のような曲目ではなく、「東京ラプソディ」「青い背広で」「丘を越えて」のような曲目を唄ってみようと思っています。


 「カラオケ喫茶・城」から直接に入院先の広島日赤病院へ、帰ろうと思います。昨夜は9時から6時間、熟睡して、3時に目が覚め、「自己検査用グルコースキットで血糖値を測ったら121mgで正常でした。また、「激痛」も起こらずにすみました。メンタルで「ストレス」的な要素が強いと思います。親しい友人のおっしゃるように「我が家の庭の草花を掌に載せて、痛さは直るよ。人間は宇宙の一つ‥‥」と念じることが、病を治す要素だろうと、思いました。

 
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