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「死とどう向き合うか」を入院中も、退院後も大きな課題といて考えている。(第三回)  ~美空ひばりが歌った「一本の鉛筆」!

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 7月 3日(木)00時27分51秒
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「死とどう向き合うか」を広島日赤病院入院中も、退院後も大きな課題といて考えています。(第三回)  ~美空ひばりさんが歌った「一本の鉛筆」を聴いて~

         人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二  (’08年7月3日)


 広島日赤・原爆病院に入院中は、テレビはほとんど視聴しませんでした。各入院者の寝台脇には、患者の個々に、小型の冷蔵庫があり、その上にテレビが置かれ、イヤホンを付ければ音声が聴けるようになっていました。ただし、テレビも冷蔵庫も、1000円出してカードを買って、そのカードを寝台にあるカード入れに挿入して、はじめて使用されます。

 私も入院時に、1000円のカードを購入しましたが、冷蔵庫は使用せず、テレビも各社のニュースとニュース解説をそれもときどき視聴する程度で、もっぱら読書するか、自宅から持参したCDを小型のオーデオで聴くことで、時間を費やしたり、激痛が腰部から下脚部に起きた時に、「叙情歌」や唱歌・童謡を聴いて痛さを堪えることが多かったのです。しかし、新聞のテレビ番組の紹介欄を見て、興味ある番組が載っていたら、テレビを視聴しておりました。

 入院中にテレビを見て、興味あふれ印象深かった番組は、二つありました。それは、6月24の午後8時から45分間放送されたNHKの「歌謡ホール~美空ひばり特集」が一つ。日にちは失念しましたが、午後7時30分から約30分放映されたNHKの「クローズ・アップ現代~医療ミス特集」でした。

 後者からいうと、厚生労働省のサンプル調査によって推定すると、年間、医療ミスで死亡した人は、約2万5千人を数えると放送されていました。「近代医学」がもたらすものが基本的にある死亡事故です。その要因の徹底的解明と対策が愁眉の問題だと思いました。詳細は後日、このホームページにも投稿したいと思います。


 1937年5月29日に横浜で生れたひばりは、多くの不朽の名曲を残し、1989年3月22日に東京の順天堂大学に緊急入院し、間質性肺炎による呼吸不全で、6月24日に永眠しました。五十二歳の若さでした。その二年前には持病の腰痛が悪化し、済生会福岡綜合病院に1987年4月1日に入院しています。公表された病名は大腿骨骨頭壊死と慢性腎臓病です。その翌年の4月11日には東京ドームでコンサートを数万人の前にして行なっています。1ステージで約5㎏は痩せるといいます。さぞ、持病の腰痛も公演中に痛んだことでしょう。

 美空ひばりさんの最後の「新曲」は、死亡した年の1月に発売された「川の流れのように」(作詞:秋元 康、作曲:見岳 章、編曲:竜崎孝路)でした。また、最後のコンサートとなったのは、同年2月の「小倉」での公演でした。それをCDで聴いてみますと、公演中に「座って歌います」というほど、体力が弱くなっていました。「‥‥でこぼこ道や 曲がりくねった道 地図さえない それもまた 人生」という歌詞は、ひばりさんの人生であったもあったし、私自身の人生のように思えてくるのです。


 美空ひばりが死亡して満19年の今年の6月24日。NHK歌謡ホールは、前述した痛り美空ひばりの歌の特集でした。①天童よしみが「柔」(作詞:関沢新一、作曲:古賀政男)、②森進一が「悲しい酒」(作詞:石本美由起、作曲:古賀政男)、③ジェロが「越後獅子の唄」(作詞:西条八十、作曲:万城目 正)、④神野美伽が「車屋さん」(作詞・作曲:米山正夫、編曲:松尾健司)、⑤伍代夏子が「花笠道中」(作詞・作曲:米山正夫、編曲:福田 正)、⑥細川たかしが「ひばりの佐渡情話」(作詞:西沢 爽、作曲:船橋 徹)、⑦秋川雅史が「川の流れのように」(作詞:秋元 康、作曲:見岳 章)を歌っていました。

 最後にかつてNHKで収録されていた美空ひばりのモノクロ画像で「真赤な太陽」(作詞:吉岡 治、作曲:原 信夫)が放映されていました。岩城宏之さんは「言葉を超越した音楽性」と題して、つぎのように書いておられます。「‥‥リズム感、表現力、無限とも思える音色の多彩さ。どれをとっても彼女に比肩できる歌手は、フィッシャーディスカウしかいないだろう。しかし、偉大なフィッシャーディスカウには失礼ながら、テクニックへの意識、自信を彼には感じるよきがあった。ひばりさんはそのようなことを、全く気取らせなかった。」と述べています。


 今回、退院して「カラオケ喫茶・城」へ行き、最初に唄い、且つ、毎回唄う歌謡曲は美空ひばりさんが歌った曲でした。「川の流れのように」をはじめ、「愛燦燦」、「みだれ髪」、「哀愁波止場」、「港町十三番地」、「お祭りマンボ」、「車屋さん」、「柔」、「悲しい酒」、「越後獅子の唄」、「一本の鉛筆」、「さくらの唄」、「花笠道中」、「人恋酒」、「カチューシャの唄(復活唱歌)」、「津軽のふるさと」、「東京キッド」、「真赤な太陽」などです。「裏町酒場」、「夾竹桃の咲く頃」、「今日の我に明日は勝つ」、「ひばりの佐渡情話」、「リンゴ追分」、「悲しき口笛」、「私は街の子」、「人生一路」など、まだまだ唄いたいひばりさんの歌を未だ歌っていません。


 もちもん、その真似事すら出来ない私ですが、美空ひばりさんの歌から一つでも二つでも、歌を学ぶことが出来たらと思い唄っています。 『朝日新聞・大阪本社版』の‘08年7月1日の記事は、<ひばりの愛した反戦歌「一本の鉛筆」、もう一度広島で>と題して、つぎのような記事が掲載されていました。紹介します。「一本の鉛筆」を歌うコンサート(広島ホームテレビなど主催)は8月6日午後、広島市の原爆ドーム対岸の平和記念公園内で開かれるといいます。当日は、ぜひ、このコンサートには行きたいと思っています。

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<ひばりの愛した反戦歌「一本の鉛筆」、もう一度広島で> 『朝日新聞』の‘08年07月01日のホームページより

 歌手美空ひばり(1937~89)が34年前、広島で発表した歌がある。彼女のヒット曲のなかでは目立たないが、彼女自身は好きな持ち歌ベスト10に選んだ。「皆さんにぜひ愛していただきたい歌」とも語った。反戦を静かに訴えるこの歌が、今夏、広島から再び発信される。


 「一本の鉛筆」が初めて歌われたのは74年8月。広島テレビが主催した第1回広島平和音楽祭で発表された。

 「世界に平和を発信したいという音楽祭に乗り気になってくれた」。日本コロムビア(現コロムビアミュージックエンタテインメント)の当時の担当ディレクター・森啓(あきら)さん(66)は振り返る。ひばりは幼少時、横浜大空襲に遭い、父が徴兵される戦争体験を抱えていた。音楽祭を総合演出した映画監督の松山善三さん(83)が作詞した。

 《一本の鉛筆があれば 八月六日の朝と書く
 一本の鉛筆があれば 人間のいのちと 私は書く》

 一人でも一本の鉛筆で反戦を訴えることができるというメッセージだった。曲は黒澤明監督の映画音楽を手がけた故佐藤勝さんが作った。


 音楽祭のリハーサルでは、冷房付きの控室が用意されていたが、ひばりはずっと、猛暑のステージのかたわらにいて、「広島の人たちはもっと熱かったはずよね」とつぶやいた。ステージの上からは「幼かった私にもあの戦争の恐ろしさを忘れることができません」と観客に語りかけた。

 それから14年。ひばりは第15回の同音楽祭でこの歌を歌うため、再び広島を訪れた。大腿(だいたい)骨骨頭壊死(えし)と肝臓病で入院した翌年だった。出番以外の時は楽屋に運び込んだベッドで点滴を打った。だが、観客の前では笑顔を絶やさなかった。ステージを降りた時、「来てよかった」と語った。翌年6月、帰らぬ人となった。


 今年3月、ひばりと20年近い親交があった俳優奈良岡朋子さんがテレビ番組でこの詞を朗読した。リサイタルでひばりが歌う時、「次に歌う歌はこれまでの歌とは少し違いますが、ぜひ皆さんに聴いてほしい」と話す姿が印象的だった。

 奈良岡さんの朗読を偶然、目にした音楽事務所社長の高嶋弘之さん(74)はこの歌の存在を初めて知った。詞の冒頭のロマンチックな印象は徐々に薄れ、最後に「広島の歌だったのか」と驚かされた。旋律を聴くと、美しさに息をのみ、即座にCD化を決めた。知人のソプラノ歌手、丹藤まさみさん(38)に歌ってもらうと「平和」が自然と胸に染みてくるようだった。


 6月上旬、高嶋さんとともに広島を訪れた丹藤さんは、原爆ドームわきの元安川を目にして衝撃を受けた。豊かな水をたたえて流れる川をこれまでは小川だと思っていた。水を求めて倒れた人たちで川面が埋めつくされた光景を想像した。「知っているつもりで広島から目をそむけていた。知った以上、伝えていかなくては」と感じた。


 CDは7月30日にKTRレコード(03・5491・1557)から発売される。「一本の鉛筆」を歌うコンサート(広島ホームテレビなど主催)は8月6日午後、広島市の原爆ドーム対岸の平和記念公園内で開かれる。入場無料。問い合わせは高嶋音楽事務所(03・5491・7245)。(秋山千佳)

 
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