スレッド一覧

  1. 下目黒の恐怖の精神虐待魔について語るスレ(6)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:127/881 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

らい詩人集団発行『らい』創刊号(’64年9月)~第25号('80年2月)に収録された島田等さんたちの詩文に関する作品の紹介!      

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月 6日(水)21時53分56秒
  通報 編集済
   <らい詩人集団発行『らい』創刊号(1964年9月~第25号(1980年2月)に収録された島田等さんの詩、文などに関する作品の紹介> (その1)

                  人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                        ‘08年8月6日(木曜日)21:55


 現在、人権図書館・広島青丘文庫が所蔵している図書の中に、らい詩人集団発行『らい』創刊号(1964年9月)~第25号(1980年2月)がある。創刊号の代表者は、島田 等さんである。らい詩人集団発行『らい』第25号(1980年2月)が私の所蔵しているらい詩人集団発行『らい』の最終刊であり、編集・発行は島田 等となっている。その後、同誌が発刊)されたかどうかは、未だ確認していない。

 A5版で二十数ページの小冊子であるが、1964年から1980年までのハンセン病問題を知るうえで貴重である。とりわけ、その代表者である島田 等さんの思想や運動を知る上には、欠かせないものである。なぜなら、毎号にわたり詩、詞論、書評など掲載されており、貴重である。順序正しくこのホームページに掲載すれば良いのだが、思いのままに書いてみたいと思う。収録されている中には、森田竹治さん、近藤宏一さんなどの作品も収録されていて、懐かしい。表紙絵や表紙写真なども貴重である。

     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

(1)らい詩人集団発行『らい』創刊号(1964年9月)の表紙写真の説明文と「あとがき」文の紹介

 1 監房壁面(表紙写真について):

 昭和六年(1931年=滝尾)最初の国立らい療養所として開所された愛生園には、開所とともに所内監房も設置されました。その後、(昭和二十八年)、予防法改正をめぐる患者運動の後廃止されたのですが取り壊すのに費用がかゝるというので、建物はそのまゝ放置され、附近の人達の物置小屋になつていました。今年になって精神病棟敷地工事が着工され、その土砂の捨て場になり、建物の半分が土の下になっています。

 この写真はすでに埋まった一室からとつたもので、日付などからおして、戦後書かれたものが多いようです。

 それだけに、戦後かなり長い間、強権下のらい政策が行なわれたことを表わしており、人権闘争と言われた予防法闘争が激しく闘われた根拠の一つを示すものであいます。
 らくがきの内容は大別して、特定の人物への怨嗟、セックス、日付表などです。この監房の変遷は、そのまゝ日本のらい政策の象徴といえましょう。


2「あとがき」より:

 表紙のレイアウトに、ぼくたちは一枚の写真を前にしてずいぶんと頭をなやされた。長島の桟橋をおりると納骨堂へ行く道の下に、戦前戦後(昭和二十八年頃)光田健輔の号令ひとつで閉じこめられたり、ほうりだされたりした監房がある。これが新らしく精神病棟をたてるために掘りだされた土で半分埋められてしまった。

 今、この監房を埋めて新らしい独身軽症者寮をたてるとの話が出ているが、それにしても、新らしいものが歴史の常である。ぼくたちはこれを認めながらも、この厳粛な事実の中に、ぼくたちの先輩が監房の中で血を吐きながら人間を主張した落書きを失しなうのはあまりにもしにびないと思い、ここにひとつだけとりだしてみました。以下略=滝尾 <すみお=編集人>。

     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

(2)<骨まで愛して> しまだ ひとし(『らい』第7巻、14ページより)

「××シャン(さん)
こんどは<骨まで愛して>という唄が流行つとるんよ、
あとで教えてあげるけえな」
若いナース、ヘルパーは
なれた手つきで膳を下げながら
患者たちを笑わせる。

「ショウか、(そうか)ありがとう。
それでも×ちゃんは
あとであとでいうだけで
教えてくれたことがないけえのう」
ハダシで下りて
尿器をまさぐりながら
盲の患者はベットの下で応答する。

<愛>ということばを その人からきこうものなら
みんなゲラゲラ笑うほど
人間もくたばると
むすめたちは安心してそんなことばを投げかける。
年をとり くたびれて
ことばと実体が
こうもばらばらになってしまうと、
愛のなんのといつてみたつて
この世の中では
泣く泣く餓鬼をつくるくらいのことでしかないことを
身をもつて教えてやることもできず、
やれやれ
小便をすませて
ベツトへはいあがると
片付けた膳を重ねたのをかかえ
孫むすめのようなヘルパーは
ドアのもこうからやり返すのだ。

「なにいうとるの
人の気も知らんというて、
××シャン(さん)
大便のときベツトから離れるだけやで
内緒の話もできんわ。
早よう元気になりい!」

 
》記事一覧表示

新着順:127/881 《前のページ | 次のページ》
/881