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 「部落の差別、らいの差別 ~福本まり子『悲濤』を読んで~」 しまだ ひとし (その3)=論考の中半部です。 詩:ふたつ

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月 9日(土)11時23分30秒
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 「部落の差別、らいの差別 ~福本まり子『悲濤』を読んで~」 しまだ ひとし (その3)=論考の中半部です。詩:ふたつ                                                 (滝尾記す)

 「部落の差別、らいの差別 ~福本まり子『悲濤』を読んで~」 しまだ ひとし (その3)=論考の中半部です。

   (らい詩人集団発行『らい』第七号(1966年7月発行)16~18ページより)


                        人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二
                              ‘08年8月9日(土曜日)

 (承継)ところで、生まれてこなければよかつたと思あれるということは、どういうことなのでしょうか。それは生きているその人が、みずから、自分は生きるに値しない存在だということを――差別する方にとっては当然のことを、うける方に――なっとくさせることではないでしょうか。

 差別の論理は、差別される者の生きていく権利の否定を基底にもつています。それは人間であることの否認をふくまなければ成り立たないものです。人間の姿をしていることは、あくまでもかりそめのことであり、「ほんとうの人間たち」にとつて、その存在が不用になつたときには、いつでも本来の形に引き下がってもらわねばなりません。

 あるときは人間であり、あるときは人間の勝手になしうるもの(動物とか、物とか)である存在が、この世界に存在するkとが、差別の論理にとつて必要なのです。この論理は、世界中の、だれもが、よりよく生きようとすることが不都合である者にとつてのみ、好都合な論理です。

 差別――それは人間がよりよく生きようとすることへの敵意であり、襲撃です。

 人間性の否定を必要とするものが、この世界にいるというところに、差別の本質があるのであり、ある人が部落民であることは、日本の歴史の条件にたまたまゆだねらああれたものであつて、差別を必要とするものにとつては、現在のらいが完璧に治るようになれば、もう一つの差別のできるらいをつくり出すでしょうし、いまの部落の解消の必要にせまれれば、もう一つの部落をつくるでしょう。

 差別の発生や根源についての論理的な解明は、なされているといえるでしょう。階級支配の存在です。それを存続させるためには、搾取は(どう形を変えても)必要であり、搾取にはどうしても人間が必要なのです(家畜や機械はどんな使いようをしても搾取といいません)。そこに、もともと人間であるものを、人間ではないとする論理が必要になつてくるわけです。支配者たちは、差別の論理がうけいれられることを「秩序」といいはつてきました。そしてその「秩序」を保ちつづけるために、あらゆる努力をはらつてきました。教育、法律、武力、習慣‥‥。(後略します=滝尾)


【後記】 昨日、高陽整形外科クリニックスの主治医に呼ばれて、肩部のレントゲンを2枚撮影。肩部の筋肉が可なり硬化している。それが私のような素人目のも撮影されたフイルムを見ればわかる。したがって、この「部落の差別、らいの差別」 (しまだ ひとし)は、三度に分けて紹介する。代わりに島田 等さんの詩二編を以下に収録したい。


(1)「春よ来い」 しまだ ひとし(『らい』第19号=1972年5月発行;掲載、13ページ)

拒まれることに馴れたトータルに
いらだちは部分だ

 “らい患者、およびらい回復者
 この村につれてこないという約束をせよ“
 ――なるほど
 ――なるほど
 “患者追放とは反対の方向に
 ひとつ、ひとつの村を変えないかぎり
 それは 変らないのではないか“
 ――なるほど
 ――なるほど

まるで他人事なのは
拒絶よりトータリティのひろがりの方が
なにほどか広いからだあろう

すでにトータル
哲学である前に現実であるので
秤はのせていない風にも揺れる
――春よ来い

春はあらゆる揺れるものの中からやってくる


(2)「うそのつきかた」 しまだ ひとし(『らい』第2号=1964年12月発行;掲載、8ページ)

いたくないとき
いたいいたいといつてはいけません
いたむとき
いたいいたいといわなければいけません
医者がくるときと 若い看護婦がくるときと
 で
いたいところが変つてはいけません

生きていたくないとき
「死にたい」なんていつてはqいけません
朝鮮人でないのに
朝鮮人だといってはいけません
らいであるのに
ハンセン氏病でないようなことを
いつたつていけません

(あぶじ!)
えむつているとき以外
もつとしやべろう
あること ないこと
うそをつかないのはうそつきだけ
おふくろと別れて
一人で日本に渡つてきたときから
らいのベットでかかるいまわまで
うそのきらいなやつらはなにをしたか

だから
日本に住む
朝鮮人でハンセン氏病よ
いのちながらえ
うそのきらいな日本人患者のあいだで
うそらしいうそをつけるのは
あなた方です

   (うそらしいうそ
   (もつと生きること)

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 
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