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 「部落の差別、らいの差別 ~福本真理子『悲濤』を読んで~」しまだ ひとし (その4)=この論考の最終回です! (滝尾)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月10日(日)20時04分17秒
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「部落の差別、らいの差別 ~福本真理子『悲濤』を読んで~」しまだ ひとし (その4)=この論考の最終回の部分です。

  (らい詩人集団発行『らい』第七号(1966年7月発行16~18ページより)

                             人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

                                           ’08年8月9日(土曜日) 20:15


(承前)しかし、もともと人間である者にむかつて、人間でないことをなつとくさせることは無理なはなしです。ですから、どこといつて他と変らに体と生活をしてきた人間が、はじめて差別を浴びたとき、浴びねばならない理由を自分の視力のとどくかぎりに見出しあぐねて、逃げ出したり、自分さえいなければとあきらめたりすることで、なんとかとりつくろうとしたとしても、たれが咎められるでしようか。そして差別の問題のむつかしさ――したがってそれがつづいている根源は、差別の事実がたしかなほどには、なぜ差別をうけねばならないか、なぜ差別ができるかが、事実がたしかにあるようには人々のなかにたしかでないところにあります。

 むろん人々といつても、被害をうける方があり、与える方があります。しかし加害者といつても、そこには二通りあることを私たちは、はつきりさせておく必要があります。しんに差別を必要としている者(支配者で少数)と、もともとそうでない、そうでありえないのに、差別の必要感(差別の行使を必要感の承認とみて)をもつている人々(被支配者で多数)とです。

 後者は、同じ被支配者である差別の被害者を差別することによつて、そのみじめな、あるいは不安定な状態に、ひといきつけるかも知れませんが、しかし失なう方が多いこと、決してそういうことで安定した、長つづきのする平和や幸福を、手に入れることにはならないことなのに、人々はそうしてきたこと、そうしていること、この、ひといきを何百年、いや何千年もつづかせていること、生れながらにして尊い人というような観念を、ほかならぬ人民大衆がかついできたこと、差別の「直接の下手人」である――されていることのおそろしさに、感覚をもたないままであるようにみえること、――これらのことを存続されていますが、感覚としての面からいえば、敵を刺すこととともに、それと同時に、いやその前に、みずからを刺さねばならないことの痛みのおそろしさに、耐えなければならないということにもあるのではなくいでしょうか。

 それは手術をやつてしまえばよくなるのが分つていても、なんとかそれをしないですませればという、あの気分ににていないでもないようです。人間の体に痛みがあり、人間のいのちが有限である以上、その感覚の存在は否定できないのであり、できないことの見きわめのうえに、私たちの解放の仕事はくまれる必要があると思います。


 中国の作家、謝泳心女史によると、日本の部落差別ほど悪質なものは、世界中にないそうですが(住井すえ“解放随想”「民主文学」第二号)、そういえばこの世界無比は、同じように世界無比といわれてきた“万世一系の皇統”を思い浮かべます。思えば私たち日本の人民大衆は、部落差別と天皇尊崇とを二つながら、長く長くかついでいるわけです。私たちらい患者のあいだにおいても、日本人と朝鮮人のあいだには、差別の感覚がつよく存在しています。

「日韓合併」の歴史が近々に五十年であり、さらにマルクシズムの運動が日本に入ったのはそれよりのちであるのに、これほど強烈にアカや朝鮮人に対する偏見、差別がゆきわたつたのも、その根つこにこの、培われた風土があつたればこそとうなづけます。万世一系の天皇をもつた国は、そのまま差別者の天国であり、当然のこと、もつとも安定した階級支配を存続させた国でもあつたわけです。


 私たちは、福本まり子さんが死へ追いつめられながら、なお人々にたいして心のやさしさをもちつづけたことを、くやしがりますまい。それは人民のうばうことのできない美しい性格です。やさしさは差別にうちかつでしょう。
                            (一九六六、二、二〇)

          ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「‥‥思えば私たち日本の人民大衆は、部落差別と天皇尊崇とを二つながら、長く長くかついでいるわけです。私たちらい患者のあいだにおいても、日本人と朝鮮人のあいだには、差別の感覚がつよく存在しています」と言い切れる島田 等さんって、すばらしい思想の持ち主だったと思っています。

 私は想うのです。私の知っている限り多摩全生園の山下道輔さんも、こうしたお考えだったと思います。また、私の60年余の生涯も、天皇尊崇と部落差別、朝鮮人差別と、ハンセン病問題からの視点に終始した研究活動だったと思います。周囲の方がたもそうした私を支援、激励していただきました。感謝します。

          ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 島田 等さんの詩を二編、紹介させていただきます。らい詩人集団発行『らい』第4号(1965年7月1日発行)からの二編です。


  「病人ちがい」  まだひとし(4ページ)

出たがらないつて?
治りたがらないつて?
社会復帰を便秘したらい療養所で
思案顔な第三の医学。

患者たちの、あまりに
長く生きのびすぎた直腸には
所内結婚や、義足や
老令化や医師不足やがどつさり!
これでは日本のお尻ではないか。

便秘日本!
黄金の六十年代に、らい療養所なんか
一日でも早く排泄したかろうが
ものごとには順序と時間がある。
くるしまぎれに
やくざな処方をうのみにしようものなら
こんどは
十一ヶ所のお尻から下痢だ。

おれたちが便秘しているのは
「社会復帰」でなくて日本。
指をもがれた者は指のない
てのひらを出して
昔の指で
かぞえてみな!
「絶対隔離」という偏食で
手も足も食いつぶされた年月
いまさらそれは
官僚日本にとつても
たやすく解消したいというには
虫のよすぎる年月だが
おれたちの排泄はもつと楽じやない。


  「少 年」 しまだひとし(14ページ)

どんなにうすめても
じぶんの血だ

どんなにゆがめても
じぶんの顔だ

どんなにちぢめても
じぶんの影だ

    「オマエノ顔ハソンナジャナイト、
    面会ニキタオ母サンガ、僕オミ
    ツメテイイマシタ。
    オ母サンガ帰ッテシマッタアトデ、
    ボクハ鏡オミマシタ。」

鏡の中を流れた涙は
鏡のものだ

鏡の中のゆがんだ顔は
鏡のものだ

鏡の中の鐘の音は
鏡のものだ

 
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