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  日帝時代に収奪された韓牛 150万頭 (聯合ニュース)を掲載します!                               

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月15日(金)04時22分46秒
  通報 編集済
 
 福留範昭先生から滝尾宛に「韓国の過去問題に関する3記事」が届けられました。この記事を『滝尾英二的こころPart2』の掲示板へ掲載します。この記事を翻訳しお送りいただいた福留範昭先生、及び「聨合ニュース」を翻訳していただいた森山静子先生に感謝します。なお(2)日帝時代に収奪された韓牛 150万頭 (聯合ニュース)は『滝尾英二的こころ』の掲示場にも掲載します。

                     ‘08年8月15日(金曜日)04:10

                   人権図書館・広島青丘文庫  主宰 滝尾英二

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 福留です。続いて、韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) <人々> 日帝徴用のハルモニたちのドキュメンタリーを作る元記者 (聯合ニュース)
2) 日帝時代に収奪された韓牛 150万頭 (聯合ニュース)
3)【DO YOU KNOW” 独島の広告が全世界に拡散;在外同胞の現地媒体の広告などで広報ブーム】(聯合ニュース)

2) ******************************************************************************

[聯合ニュース 2008-08-14 11:43]
【日帝時代に収奪された韓牛 150万頭;強圧的な改良でチク(葛)牛、黒牛も消えて】

(写真あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=001&aid=0002221866


(水原=聯合ニュース) シン・ヨングン記者= 日帝強占期に日本が収奪した韓牛は150万頭に達するという調査結果が出された。農村振興庁畜産科学院は、日帝時代の朝鮮総督府の記録を調査した結果、1910年から1945年までに150万頭韓牛が、日帝によって日本や中国、ロシアに搬出されたと14日明らかにした。

1910年代には年間23,000頭だった韓牛の収奪が、1920年代には年間5万頭に増え、1930年代には53,000頭、日本が崩壊する直前の1940年代の初期には、年間10万匹の韓牛が故郷を離れなければならなかった。

日帝が韓牛の収奪に積極的に乗り出したことは、日帝時代の農業機関である勧業模範場の畜産研究事業の報告書に詳しく記されている。この報告書は、我が国の韓牛について「日本の在来種に比べて、骨格が大きく、おとなしくて賢く、労牛としては最上の条件を備えている。粗末な飼料もよく食べ、環境適応能力が非常に優れている」と評価している。

日帝の韓牛に対する圧迫は、収奪だけに留まらなかった。1900年代の初めだけでも、国内には今のような赤黄色の毛を持った韓牛が全体の牛の87%程度を占め、それ以外にも毛色の黒い「黒牛」が8%、鄭之容の詩「郷愁」に出てくる「白いまだら」のチク(葛)牛が3%程の割合で飼育されていた。

しかし、日帝が1938年に韓牛の審査標準に「韓牛の毛の色を赤色とする」という規定を打ち出して毛色を統一して、黒牛と葛牛はほとんど消え、今は全国的に約300匹だけが残っている、と畜産科学院は明らかにした。

畜産科学院の遺伝資源試験場は、現在残っている在来の韓牛の黒牛と葛牛を収集し、精液を保存するとともに、受精卵の移植技術で個体数を増やして純粋血統を回復させる計画だ。

畜産科学院のチョ・チャンヨン研究家は、「日帝時代に日本の高知県に送られた韓牛の中には、完全に日本産和牛として定着した品種もある」とし、「何より、早く日帝時代に消えてしまうところだった遺伝的価値の高い韓国在来の韓牛品種を復元し、未来の遺伝資源として備える計画だ」と語った。

                                <森川静子訳>
 
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