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 「らい詩人集団の詩人たち」の詩、島田 等さんを偲んで(第3回) ~詩「再発」など~   (滝尾)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月19日(火)23時22分24秒
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 「らい詩人集団の詩人たち」の詩、島田 等さんを偲んで(第3回)


                     人権図書館・広島青丘文庫   滝尾英二

                          ‘08年8月19日(火曜日)23:18


 8月12日(火曜日)の滝尾のホームページの投稿で島田 等さんが、らい詩人集団発行『らい』(創刊号;1964年9月発刊)に掲載された『再発』という可なり長い詩と、「うたわれたことと うたわれなかつたこと」の論考を紹介いたします。(「うたわれたことと うたわれなかつたこと」の藤本松夫さんの事件に関する記述は、十数字省略しました。)


 「再 発」  しまだ ひとし  (『らい』・創刊号、16~17ページ)。

浸潤をみせられるまで
うたがつていた眼の見舞い、
「帰つてきたか」
と云っただけのあいつ、
それらが帰つていくと
見舞いの言葉も私から離れていくのだつた。
手をのばして
腕の浸潤をみる、
働らいている海のそばで
それはたしかに不意打ちであつたが
浴びせた者がだれなのか
みとどけられないいらだたしさに
みるみるもりあがり
くまどられた形まで、まい戻つた
コロニーのあるこの離島ににてくるのだつた。

横になつても戻つてこないねむり、
仮睡のなかをたどつていくと
小規模だが
大様な海の呼吸に汗ばんでいる船台があり、
 海水の
塩辛さをまだ知らない鉄材が積まれ
はたき落したいほど気の長い仕事場の
太陽があがつているのだつた。

出来たての遠洋漁船を
まつすぐ沖に引つぱつていつた海、
すると
治つたと医者から云われたときの
はにかみをしているといつて
仮睡から起される。
朝なのか、午后なのか
うす暗い病室の中では
声をかけられるまであのときの医者だと分らなかつた。
医者は、
「精神的打撃でもあつたんじやないか」という。

云われてみれば
精神的打撃なんかでないことはたしかだが、
使う様子もない聴診器をぶらさげて
つつ立つている一人の医者に
なにが保障させられたか、
四十年
かれも医師としての歳月をらいにそそいで
いつも症状に先を越される間柄であつてみれば、
あの棘を立てては互にすり減らし
すり減らしながら
どこか方向を間違えているとあせつたことの
むなしさ
働らいている海の中で 陽気な船のように
人間のひと言ひと言にかかずらまいと思いながら
それにしても
またこのうす暗い病室
耳ばかり尖つたコロニーに
引き戻したのはだれだ、そいつは
確かにそばにいる おれのまわりにいる
医者や患者でないだれかがと
確かなのはけれどいらだたしさ 戻つてくる
 棘に
あわてて
「いいんです」と口ごもるように云つてしまつて
眼をあげると
もうそこに医者はいず、
私の再入院を待ちかねていたような人たちがたずねてきていて
信心が間違つていたからだと繰返えすのです。


     ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「うたわれたことと うたわれなかつたこと」 しまだ ひとし     (『らい』・創刊号、10~11ページの前半部分です)。


 家をはなれてわたしは汽車に
 送る人たち何やら語る
 先の病院苦労か楽か
 汽車は進むよ南をさして
 森はかくれる小山の蔭に
 頬に涙がつたひ落つ
 声をかくしてしのび泣く
       (間嶋しのぶ「淋しき日」)

 私たちをらい詩人集団に結集させた背景の中に、私たちの詩と詩運動に対するぬぐいきれない不満感があります。正確にはらいの体験と作品形象のあいだのずれ――私たちが真実と感じるものと、形づくられたものゝ遠心的な脱落感・非力感がひきおこすいらだたしさです。最近の「治る」と云うキヤンペーンがこのいらだたしさをいつそうかきたてるのかも知れません。

 出発には二つの側面からの吟味が必要だと思います。一つはらいの体験、それは固執するに値するかどうかと云うこと。医学的には治ることが、社会的に強調されてきている今日、私たちはらいの体験のもつ意味と課題を、全面的に解く必要にせまられている訳ですが、私は、らいの体験が自分個人にとつても、又日本の社会にとつても、簡単に消すことのできない問いかけを、その体内深くしるされていると考える方をとるものです。

 もう一つは形象の面、本当に私たちは私たちの体験、私たちの生に値する作品をのこせなかつたのかどうか、のこせなかつたとすればそれはなぜかと云うこと。

 私は私たちの詩作品が非力で、満足の出来るものでないと云う評価を否定できないと思うものですが、それは、詩一般としてそうであるだけでなく、私たち療養所の文学運動の他の分野、小説とか日本の伝統的な短詩型のそれと比べてもそう云えると思います。そしてこの非力であつたことの解明は、私たちがその状況を克服できていないと同じ程度に、私たちにとつて容易でないはずです。


 らい体験とは何か。

 そして私たちの感受性と意識は、どのようにそれに向けられ、あるいは向けられなかつたか。

 はじめにあげた作品は、『山桜』(東京多磨全生園発行)大正十五年十月号に掲載されているものです。病院に入る患者の故郷を離れるときの心情をモチーフにしたこの詩は、らい体験のどの側面がまず私たちを」とらえたかを考えるためにとり出したものですが、この前近代的なうたい口ながら、おそらく作者の心情と表現(力)に忠実であつたであろう。この詩は、それだけに患者の心の所在についても真実であつたと思われるものです。(以下、後刻書きます。未完です。=滝尾)

 
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