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 「らい詩人集団」の詩人たちと塔 和子さん(青松園)や浦 明子さん(愛生園)の詩について~島田 等さんを偲んで(第六回)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月24日(日)09時22分53秒
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「らい詩人集団」の詩人たちと、塔 和子さん(大島青松園)や浦 明子さん(長島愛生園)の詩について~島田 等さんを偲んで(第6回)

                    人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                      ‘08年8月24日(日曜日)

         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

らい詩人集団同人の小泉まじさんが、らい詩人集団発刊の『らい』(創刊号=1964年9月発行)の24~26ページに「瀬戸内三園の機関紙から」と出して、大島青松園・邑久光明園・長島愛生園の瀬戸内三園の機関紙から『らい園詩時評』とでもいう文を書いておられる。その中には、塔 和子さん(大島青松園)や浦 明子さん(長島愛生園)の詩について、掲載されている。そこに紹介されたお二人の詩を以下、書いてみます。塔 和子さんは1929年生まれだそうですから、私より二歳年上です。小泉まじさんは、この詩時評をお書きになったのは、1964年7月24日なので、当時塔 和子さんのお歳は、三十半ばである。その詩人としての感性と力量は、驚くほかはない。浦 明子さん(長島愛生園)の詩も感銘を受けた。小泉まじさんの『らい園詩時評』をつぎに紹介しよう。(滝尾)

         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 (前略)‥‥とりあえず、今年度発行の瀬戸内三園の機関誌を並べてみた。が、ずばぬけてうなる(三字に傍点あり)ほどの詩作品には出合わせなかつた。だが、詩作の姿勢はそれぞれ異つているが、その真剣さを見出すことは出来た。

 青松(大島青松園機関誌)を、まず一月号から七月号までめくつてみて、驚いたのは、塔和子の六篇(三、四月号は合併号)の作品である。彼女のエネルギッシュなこと、タフなのには頭を下げる他ない。海図(青松園詩人主体で外部同人を含む)同人詩誌と、永瀬清子編集の黄薔薇の同人でもある彼女だ。それらの詩誌のどれをみても彼女の作品が欠けていることはない。

 六月末に、青松園を訪れて、らい詩創刊の用事もあつて、中石としを、島さとみ、塔和子に会つた浜辺を散歩しながら、一番意欲的に語つてくれたのは塔和子だつたが、「らいにこだわらず 書く」ということで、らい詩参加の同意を得ることは出来なかつた。いまだ、彼女の作品に<らい>の文字が使われたものに、ぼくは接していない。

 一日が終るとき
 葡萄の房のように
 ひとつひとつの出来事が心にぶらさがつている
 そのひとつひとつをじいつと眺めていると
 ほどよい充実を示して熟したものや
 いまだ青く
 かたいままひとつの形として生きはじめたもの
 もはや萎縮してしまつて
 再びその張りを取り戻すすべを失つたものなど
 ひとつひとつの出来事の中に
 さまざまに顔を出す自分が反応して調合した色を
 見るように見ることが出来る

 一日が終るとき
 収穫を見積る農夫のように
 得たものや失なつたものについて考える
 今日につながる明日も
 飛び越えられない時間のように
 秒針をきざみながら
 ゆるやかに展開してゆくのか

 小さな私の中を移動し
 展開してゆく小さな出来事を寄せ合せた
 一日の重さを
 私はいま
 一房の葡萄のように
 ぶら下げて
 流れる時の一点に立つている
                    (全文)


 青松誌の彼女の六篇の作品のうち、六月号に掲載のこの「一日」が印象に残つた。


 楓(邑久光明園機関誌)の詩の選考は、裸足(同人雑誌)の編集者坂本明子がやつている。七月号までの間で、一、四、五月号に詩の欄が組まれていて、藤本とし・堂崎しげる・松尾進・内田恵水等が顔を並べている。皆平均した実力はあるが、新しい壁への挑戦――といつた気がまえが感じられない藤本にsても堂崎にしても、十何年かの詩歴を経ているだけの重量を感じはするんだが、結局、楓誌から期待するものは、ぼくには発見できなかつた。


 それと同じことは、愛生(長島愛生園機関誌)にもいえる。が、愛生誌では作詩する人たちの年令が若くなり、新人の出現、職員の出現が目立つ。その点から、青松、楓誌にない新風のこころよさがある。詩歴十年を越えるベテランの顔は全々みられない。愛生誌上で、長島詩話会をうんぬん‥‥‥、となると、ここでも、らい園の詩の衰退を暴露していることになる。

 四月号の「おばあちゃん浦明子の作品は幼いものだ。が、作者の心情が、読者の心臓をえぐつてくる。

/小さな手のひらにタコが出来ている/それでも全ては自分の手で/とか、うす暗い部屋に/おばあちゃんは一人寝ている/苦痛も出さず‥‥‥/と、おばあちゃんに自己の姿を写し出している。看護婦という立場で、病人から人間性の教えを得ようとしている作者に期待がもたれる。七月号の「Aさん」も同じ浦の作品だが、「おばあちゃん」以上に引きしまっている。

 なにかを書くとkはペンを取る口
 タバコをつけるときも
 磁石のように
 床頭台上のタバコおキセルの口へもつていく
 尿器を使うとき
 輪になつた紐を切断した足にかけ
 腰掛け便器を使うときは
 腰を器用にすべらせるAさん

 ある日
 彼を手押車に乗せ散歩に出た
 かつて
 “患者コレヨリ通行禁ず”
 の立札のあつた所
 あの松の木の下へ
 連れて行つて欲しいという
 「十幾年も来てないなあ
 昔 はじめて入院した頃
 ここに来てあの島や海をみたいもんだ」
 と彼はひとりごとのようにつぶやく

 そのときの海の色と
 今日もおんじだろうか
 くぼんだAさんの眼は海から離れない
 車を握つた私の手は汗でぬれている
                     (全文)

 海をみつめている手押し車に乗つたAさんと私・作者の心象の掌の汗となつているのだ。
 「この真実を知つて下さい」と沖三郎の叫びは、病気こそ違うけれど、ぼくらと同じ病む立場で、人間裁判の朝日茂の死を悼んでいる。共鳴出来る作品だ。


 三種の機関誌から、いずれにしても、もの足りない詩作品群に歯がゆさはあるが、青松園には海図同人誌があるし、長島詩話会には裸形詩誌がある。ゆつくりした機会に、これらの作品をくらべ、ぼく自身の勉強にしたいと思つている。
                          (一九六四・七・二四)

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