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 島田 等さんを偲んで(第九回)しまだ ひとし著「詩の在りか」 ~ほりかわいえ詩集『流れのほとり』を読む~!          

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 8月26日(火)22時01分40秒
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 島田 等さんを偲んで(第九回)しまだ ひとし著「詩の在りか」 ~ほりかわいえ詩集『流れのほとり』を読む~!

           (らい詩人集団発行『らい』第16号、14~16ページより収録)


                    人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                       ‘08年8月26日(火曜日) 22:06


 親しい友人がメールを送ってくれましたが、その中につぎの一文があり、同感し感動しました。

「‥‥‥ハンセン病療養所の将来構想というと、医師や看護師・介護士の確保がいわれ、もちろんそれは重要課題ではありますが、最も大切なことは、回復者みずからがおのれの<人間の尊厳>を回復すること、これに尽きるといってもいいのではないでしょうか。たとえ法や制度で人間の尊厳が保障されても、それは外的条件にすぎず、みずからの内なる尊厳が確立していなければ、画餅ですよね。」と書かれてありました。

 亡くなった冬 敏之さんも、島田 等さんも「回復者みずからがおのれの<人間の尊厳>を回復すること」と「回復者みずからがおのれの主体性・自主性の重要性」の主張でした。
 全国水平社創立大会の『宣言』(1922年3月3日)にも、つぎのように書かれています。

「‥‥‥長いあいだ虐められて来た兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々とによってなされたわれらのための運動が、なんらのありがたい効果をもたらさなかった事実は、それらのすべてがわれわれによって、また他の人々によって毎(つね)に人間を冒涜されていた罰であったのだ。そしてこれらの人間を勦(いたわ)るかのごとき運動は、かえって多くの兄弟を堕落させたことを思えば、このさいわれらの中(うち)より人間を尊敬することによってみずから解放せんとする者の集団運動を起せるは、むしろ必然である。

 兄弟よ、われわれの祖先は自由、平等の渇仰者であり、実行者であった。陋劣なる階級政策の犠牲者であり男らしき産業的殉教者であったのだ。ケモノの皮剥ぐ報酬として、なまなましき人間の皮を剥ぎとられ、ケモノの心臓を裂く代価として、あたたかい人間の心臓を引裂かれ、そこへくだらない嘲笑の唾(つば)まで吐きかけられた呪われの夜の悪夢のうちにも、なお誇りうる人間の血は、涸れずにあった。」(「宣言」 『西光万吉集』解放出版社、1990年10月発行、14ページより)。

こうした意見や思想を胸に刻み込んで、島田 等さんの詩と諸論文を読んでいます。(滝尾)

 ほりかわいえ詩集『流れのほとり』は、私に“詩の在りか”ということを考えさせます。それは詩を書き、詩をよむことへの“うたがい”を忘れさせています。

 私じしん、詩(詩作)への反問や苦悩を、いつもなめさせられていますし、この詩集の「あとがき」によりますと、作者もまたそれはあるといつているのですが、この詩集から受けるものは、そのことからまぬがれていて、そのまぬがれていることに私はひかれます。

またそのことは、いまの日本で、一人の人間が詩に出会うことへの想定が、あまりにも偏つたものになつてしまつているのではないか、ということを考えさせ、もともとただ才気や斬新さだけでないはずの詩(詩作)を、日本の現代詩はどこかへ遠ざけようとしているのではないか、ということをふりかえらせるものを、この詩集はもつています。

 つたないことばなのに
 いつしんになろうとする
 おまえは
 涙のこども
  (「私の詩のことば」部分)

 詩に出会うことは、またことばに出会うことでもあります。この詩集の最初の頁にもみられる、自分の詩のことばにたいしてのこのような無垢な信頼は、「現代詩」がもう忘れてしまい、否定することで自己を主張しようというものではないでしょうか。

 いまの日本の「繁栄」が、公害や犯罪と切り離すことができないでいるように、日本の「現代詩」はことばを病むことと切り離せなくなつているのではないでしょうか。

 遂に暁は月を蹴つたか
 遂に隈褒は勝利したか
 やつと息がつける
 先ず急いで純粋桃色売春プアプアを捕えて消せ
 急いで十五才桃色売春を剥奪して消せ
 急いで妻に内緒でみそ汁のしみを剥奪して消せ
 ついでに、もうなつてないぞ、私と来たら
 プアプアよあなたは抹殺される
 私の詩作行為は続く、聖化した永久処女膜は続く
 耐え切れないわあたし
 遂に家内は自らの肥満体に耐え切れず只今最早失踪中
 (「番外小説的プキアプキア家庭的大惨事」部分)

 これは昭和四十二年度のH賞を受けた鈴木志郎康氏の、長い作品の冒頭の部分ですが、こうした作品を日本の詩のリーダーシップたちが評価し、推奨しているところにも、日本の「現代詩」の流れ、ことばの問題がくつきりとしめされているように思います。そしてこうした動向にくらべるとき、ほりかわさんの作品は、「現代詩」からずい分へだたつたところにあるといえます。

 しかしことばを病むことは、必ずしもこころを病むごとでなく、ましてこころを癒すことではありません。ところでこの作者には、病む自己を受容した上でのすこやかさがあります。

 さびしいのです
 いのりに支えられて
 はげんでおりますが
 やつぱり さぶしいのです
   (「このさびしさはどこからくる」部分)

 さびしがりやの
 こどもがいる
 おおぜいの中でも
 わたしの手をさぐる
   (「こども」部分)

 苦悩という青い果実は
 幾年 私を迎えても 熟れはしない
   (「待つ」部分)

 新しい芽を出し
 花嚢(はなぶくろ)をつけるのですが
 成熟するいとまがなく
 落ちてしまうのです
   (「無花果」)

 ほりかわさんの詩が、私に詩への“うたがい”を忘れさせるのは、そこにある“すこやかさ”ではないかと思うのです。それらの作品においては、こころを病むことが、すこやかさと切り離せないものとなつています。

 人間がもつ弱いもの、卑少なもの、有限なものを、詩作という行為をつうじて、弱くないもの、卑少でないもの、限りないものへ転回させている、それが“すこやかさ”といえるのであり、人間が病むというときの救いなのだと思います。

 いまの日本の社会で生きる人びとのこころに、病むことに溺れさせず、すこやかなものを把持させることができるとすれば、そこに“詩の在りか”がないとどうしていえるでしょうか。

        ×   ×   ×

 作品を読めば、この作者の生の基盤に自然とキリスト教があることは、一見してわかります。そしてそれとともに母性のイメージがあります。この詩集の“すこやかなもの”も、これら三つと切り離せないと思いますが、そのなかでも母性のイメージは、作品深く浸透して、作者の内にある伝統的、日本的なものと、外来的、ロゴス的なものを融合させていると思います。

 そして母性という根源性にふさわしく、イメージへの湧出も多様です。あるときは自然であり、あるときは成長への讃美であり、そして献身であり、寛容です。

 芽であることも 花であることもしらず
 ひねもす 夢をみる
   (「わすれなぐさ」部分)

 こどもは
 あそびにむちゆうになるときだけ
 わたしを わすれる
   (「こども」)

 いつでも
 ゼロになれるもの
 そして有につながるもの
   (「それはきれいなもの」部分)

 充実したもの しないもの
 未完も
 永遠につながつて
 美しい
   (「秋」部分)

 まさごのように
 子らはふるえる
 彼女(大地)は
 老いるいとまもない
   (「めぐみの雨」部分)

 まことに「老いるいとまもない」ものこそすこやかさであり、作者の詩にとつてそれは自然であり、神であり、母性なのです。そしてそうであればこそ、その表現には、病みつきのことばも、変態なイメージも不要なのであり、“非日常”も“限界状況”である必要もないわけなのです。

        ×   ×   ×

 この詩集は、いわゆる現代詩の流れ」からはなれた、日本の文化地域の片隅での、アマチユアの手になるものです。そのことがこの詩集に、ひかえめな形ではありますが、日本の現代文化への反問をふくませることになつていると思います。この詩集のあらわれということを、近代から現代へかけての文化の流れの中でみようとすると、偶然とも、また逆に当然ともいえないものがあつて、文化の生成ということの真実をみる思いです。

 「お つ と」

 還暦とかいう年を迎えて……

 あなたは わたしの
 友だち

 昔の いかめしい主人ではありません
 わがままなおつとでもありません
 世間知らずの わたしのために
 時には 三者の立場で 責めます
 難問をもちかけます

 しみつたれたことのきらいなあなた
 貧という恵の深さを知り
 来るべきときにそなえるあなたに
 なんにもいえないときもある

 無きにひとしい存在の
 わたしを連れて
 あなたは わたしの
 友だち

 日本の家族制度というものの長い支配をおもうとき、こうした人間関係は、日本の家庭の中において、ありきたりのものといえないものであり、作者の年配と、作者の住む秋田県の一郡部を思うとき、因習的な生活、伝承的な文化との断絶をくぐらせたものを、予想させずにはおかないのです。

 大江満雄氏もこの詩集の跋文で、この作者の詩について、「自然の声」とともに「自然を超えるもの」、「根源にふれた、初発的なおどろき」、「一神論的で汎神論的なとけあつたリズム」についてふれ、「一回的なコトバを大切にするもつとも日本人らしい気質、気心をもつたマルタ的な主婦詩人」といつています。そしてこの詩集の「つながりの美」「決断性」「友愛のイメージ」を指摘しています。(カッコ内は大江満雄「ほりかわいえさんの
詩」(同詩集掲載)より)

        ×   ×   ×

 日本の社会にも、人目のあまりとどかないようなところに、このような知性をはぐくんでいることを知ることはうれしいことです。私たち長島詩話会の合同詩集『つくられた断層』を介しての、ほりかわさんと私たちのつながりにしても(この詩集の中にも、らいにかかわる作品二篇の掲載があります)、それは偶然のようであれ、作者のひらかれた知性なくしては考えられぬことです。

 「自由」というような単語が、かなり沢山この詩集の中で使われているのですが、それがよくみかけるような概念臭さをもたずに、作品の中におさまつているのは、ことばへの出会いのたしかさをささえている、作者の身につけた文化の新しさ(真実性)によるものでしょう。

 この詩集は、一つひとつの作品をはなれたところでも、私をいろいろな感想に駆るにですが、それこそ自然の土から芽ぐむもののように、しんに文化といえるものが(それがどんなにひかえめで、ささやかでも)、日本の地方に芽ぐんでいることを知ることはうれいいことです。

 そしてそれがまた“詩の在りか”でもあるのではないでしょうか。 (六九、八、九)

         ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 
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