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 「島田 等さんを偲んで」(15回) ~臨床における価値の問題~ 知識人のらい参加(その二)神谷美恵子 (中)     

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 9月 9日(火)21時00分4秒
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 「島田 等さんを偲んで」(15回) ~臨床における価値の問題~ 知識人のらい参加(その二)神谷美恵子 (『らい』第21号、1973年9月発刊より) (中)

                      人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                         ‘08年9月9日(火曜日) 21:00


 今朝は、自宅の近くにある整形外科医院で脚腰のリハビリを受けて、歩行運動をして、お昼過ぎに帰宅したら菊池恵楓園入所者自治会機関誌『菊池野』第639号(2008年9月10日発刊)が送られていました。

真っ先に、水本静香さん(埼玉県在住・恵楓園退所者)の「身辺雑記(三)」を読みました。『泥えびす』・『その土の上で』・『野ざらし』・『とがなくて死す』・『風荒き中を』・『その木は這わず』・『青蛙物語』などの作品がある私(滝尾)より一つ年上の一九三〇年生まれの沢田五郎さんを水本静香さんは、草津の楽泉園に訪ねる。そのことが、「身辺雑記(三)」に書かれていました。その水本静香さんの「身辺雑記(三)」の文末に近い部分を紹介したいと思います。


 「‥‥五郎さんは簡潔に言われる。「書きたい事を書くのが文学ではなく書かねばならないものが文学だ」と。そして私達はもはや絶滅の貴種だ、多くの人に見られている、ぶざまな生き方はできない、私はせっかく癩者になったのだから、そして失明までしたのだから、何か得る所もなければという思いを貫きたい。氏の言葉の片々を記録する。

 沢田五郎さんは、一九三〇年(昭和五年)生まれ、アジア太平洋戦争の最中、十一歳で入園されている。つまり戦前戦中戦後、プロミン獲得運動、人権闘争などハンセン病の歴史の中で一番しんどかった時代をすべて体験されている。しかも二十五歳にして完全失明。病気になったショックよりも失明の衝撃の方がより大きかったという記録を何度か読んだ事がある。同じ病をもっていたとはえ事の当事者と非当事者との乖離は絶対的な相違があろう。

 後日、氏の本の中に「病が自分を鍛えた」という一行を認めた時、思わず粛然となった。この病のいわば最深部におられる方の言葉の成分の一滴は、怠情な自分のみぞおちを打つ。

  性根据えてらいの一生を生きるべし
    嘆きの日々は空白に似る

 腰の座った信念の声明の作品にはウーンとうなるしかない。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 「前文」は、これまでとして、「本論」の島田 等さん著の「臨床における価値の問題知識人のらい参加(その二)神谷美恵子 (『らい』第21号、1973年9月発刊より)の昨日のつづきを紹介することにします。


<らいの医療の第三の段階>

 日本のらい患者はいまなにを病んでいるのか。
 プロミンなど化学療法剤の開発は、らいの非伝染性化(菌陰性化)に見とおしをつけた(註一〇)。またリハビリテイション医学の適用は、一般にらいによる後遺症といわれる身体障害への対策(防止と回復)を体系化させる方向をひらいている。
 しかしそれでも患者は病んでいる。

 少なくとも患者の多くは病んでいる思いから解放されていない。

 このような事情にたいして、精神科医としての方法論に個人的な素質を加えて、早くから注目された一人は神谷氏であった。私はその分野をらいの医療の第三の段階(または側面)としたい。

 医療者は、分化し、専門化した自己のフィールドで、むろんせいいっぱい“科学的”にやっているであろう。しかしそれにもかかわらず進行する欠陥(上記)を埋めることができぬままに、それを医療といい通すのかどうか。

 『生きがいについて』という神谷氏の著作は、ここ何年間かの生きがい論流行の先駆的な位置づけをすでにあたえられているが、一般社会への波及はともかく、その論考の土台となった私たちじしんにとって、それはさらに端的な問いかけを返されているものであった。人間の残酷さということが、ほかならぬ私たちの存在をつうじて普遍化されるとき、私たちは、私たちの悲惨をどううけとるべきか。(未完)



一〇、「難治らい」(菌の薬剤抵抗性の問題)はのこされているが、これは結核においても「難治結核」がいわれているように、らい特有のことではない。

(滝尾から:明日は早朝より、広島市立安佐市民病院へ診断を受けにいきます。そのため、早く就寝します。<人間復帰の治療的意味>、<「初めの愛>、及び神谷美恵子著『新版・人間をみつめて』(朝日選書17)の中の記述の紹介は、(下)で、致します。」

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 
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