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「島田 等さんを偲んで」(16回) 知識人のらい参加(その二)神谷美恵子(下); 『新版・人間をみつめて』(1974年)

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年 9月11日(木)22時54分32秒
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 「島田 等さんを偲んで」(16回) ~臨床における価値の問題~ 知識人のらい参加(その二)神谷美恵子 (『らい』第21号、1973年9月発刊)より (下); 神谷美恵子著『新版・人間をみつめて』(1974年8月発刊)より;序章

                      人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                        ‘08年9月11日(木曜日) 22:47


 神谷美恵子『新版・人間をみつめて』(1980年1月6刷・発刊)の奥付によると、「神谷美恵子(かみや・えみこ) 1914年、岡山県生まれ。津田英文塾卒。元津田塾大学教授。著書『生きがいについて』ほか。1979年10月、急性心不全のため死去」と書かれてあります。この『新版・人間をみつめて』の1刷発行は1974年8月で、「改訂版へのあとがき」によると、「旧版Ⅲ部の他の人物論は廃し、そこへ「島日記から」をおさめた。」(258ページ)

 「島日記から」のなかで神谷美恵子さんは、同書の199ページに、<まえがき>として、つぎのように書いています。<「島日記」とは長島愛生園へ行くたびに官舎や舟や汽車の中で小さな手帖に書きつけていた日録のことである。正確には一九五七年四月七日の島滞在の時から書き始めているが、一九五六年半ばごろから島へ行く準備が始まっているので、平生の日記から関係事項だけ拾いあげておこう>と。

 だが、『新版・人間をみつめて』での実際では、一九五六年六月一日から始まり、かなりとびとびにこの「島日記」は記録かされています。最後の日記は、一九七〇年二月十九日で終っています。約60ページの内容です。神谷美恵子さんの「あとがき」によると、<「島日記」は一九七〇年春から夏にかけて渡米したときからぷっつり切れている。しかし仕事は多忙になるばかりだった」と書かれています。「島日記」は、精神科医として長島愛生園にかよい精神科の医療にあたった誠実なひとりの医師の「記録・資料」として、ハンセン病患者の実態・歴史などを知る上で、極めて貴重であると思います。

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 本編である臨床における価値の問題~ 知識人のらい参加(その二)神谷美恵子 (『らい』第21号、1973年9月発刊)のつづきから紹介することにします。

 <人間復帰の治療的意味> (しまだ ひとし)

 神谷氏が愛生園で考えさせられ、七年余にわたって書きとめられたことが(註一一)、“生きがい”という形をめぐるものであったことは、らいの医療もまた人間を対象にする行為であることを、この上もなくしめしている。

 らいばかりでなく、一般に慢性的な経過をとる疾病においては、多かれ少なかれ人間関係に痛手をうけることは普通のことである。ことにらいの場合にそれはひどいことは、あらためて例をしめすまでもないであろう。

 らい(発病)のショックというとき、私は人格の形成と表裏して形成されてきた人間関係の崩壊を考える。生きがいということもそれぞれの人々の人間関係を離れては考えられないからである。らいの深刻な恥辱感とか、人間疎外感、罪障感や「家」に対する責任感といわれるものもまた人間関係を前提にしている。

 神谷氏は“同じ条件”の中にいながら、生きがい感をめぐって患者の生き方にみられる大きな」ちがいに関心をもたれたと書かれているが(註一二)、患者のだれもが体験するところの既得の人間関係の崩壊も、その同じ条件の一つにあたるだろう。このような崩壊を永続させるならば、自我そのものの解消をもまねくにちがいない。

  「危機的状況におかれた人間は、……あらゆるエネルギーは自己を防衛することだけ
  に集中して用いられる。したがって自由はうしなわれ、個性はちっ息し、もはや人格
  とはいえない存在になる。急激な生きがい喪失の状態に陥ったひとが、みなおどろく
  ほど似た姿を示すのはそのためであろう。」(註一三)

       (中略)

 終生隔離をたてまえにしてきた療養所内での人間関係の再生は、もともとそれに代わりうるものではなかった。神谷氏があきらかにした愛生園の精神医学的な調査による、きわだった「無意味感」の存在(註一六)に、私はくずされたままの人間関係のなかにおかれている患者たちの姿をみる。

 このようななかでの生の獲得は、とりわけ文化的な課題であろう。しかし私たちはここでも発生(発病)における(疫学的状況における)非文化性をひきずっている。悲惨を悲惨とするにも、一定の文化的達成がいるのである。

 状況がそのようであれば、患者たちに生(気)をとりもどさせることは、その崩壊がもともと発病にともなうだけに、すぐれて医療的な行為といわなければならない。人間の心の世界のくみかえをとげさせることこそ、人間復帰の治療的意味であり、人間関係回復(再建)への助力もまた医療行為でなければならないであろう。自己の生への積極的な肯定(たんなる適応でなく、生の獲得の過程)を失なったままの状況で、人間が癒されるとは考えられない。


 <宗 教 論>

 神谷氏はみずからを求道者ともいわれる(註一七)。
 医者でもある氏が求道者というようなことばを使われると、私などは急に遠のきを感じてしまうのだが、氏にとってそれは個を越えるひろがりへの、謙虚と思いをこめられているのであろう。

 しかし求道者にたいして伝道者ということばをおくと、私はまた急に距離感をなくするのであるが、人間には伝道者的な生き方をする人と、求道者的な生き方をする人の二通りがあるように思う。

 はじめの方で伝道者と医師との立場のちがいについてふれられた神谷氏のことばを紹介したいのだが、あのちがいはまた伝道者と求道者のちがいでもあったと思う。そして重要なことは、現代においては求道的生き方(の方)が、その周囲(の人格)に治療的な効果を及ぼしていることである。たとえば次のような場面には、医師のかわりに伝道者がいても少しもおかしくない。

 「ともかく、失明直前の人やガンにかかっている人たちまで『往診』をたのんでくる
のである。決して薬が欲しいからではない。薬はいやです、と前もってことわる人もあるくらいである。『ただ苦しみを聞いてもらうだけでいいのです。吐き出すだけでも心がらくになります。』こうはっきりいった人が昨年あった。」(註一八)

 「昔、宗教が扱っていた問題が精神科医のところに持ちこまれることが少なくない」のは、文明の一般的傾向でもあるらしい(註一九)のだが、それにしても“ただ苦しみをきいてもらうため”に精神神経科をおとずれる患者の姿は、伝道者(そしてまた宗教)の在り方にかなり深刻な反省をなげかけているといえるであろう。

 「丘あれば寺あり」と、私は以前にらい療養所のさかんな宗教活動を詩したことがあるが、お通夜や葬いの席できく伝道者たちの説教は、教理を死者の過去にあわせてあまりにそつけなく、私にはむしろさむざむとしたものを、そしてことばの上でそれぞれ別々の生にくりかえされる共感きいていると、聖職というものの非情さに同情させられることが少なくないだけに、精神科医をおとずれる患者の気持はわかる気がするのである。

 共感(や受容)はなによりも生きている人にむけられなければならない。そのさかい目の自覚の所在が、求道者的生き方と伝道者的生き方を分けるように思う。

      (中略)

 氏のまなざしは、私たち患者の日常生活の自然な応接のなかや、いわゆる「壮健さん」(非患者)との壁を感じさせない態度をとれることのなかにも、宗教的な生の特徴を見出していられるのだが、(註二六)、そこにはとらわれのない人間性探求の真実がある。人間の存在が「経験の価値属性」から離れえない以上、それを宗教(的)といおうというまいと、それらは欠くことのできないものであろう。そうした説得性がそこにはある。


 <「初 め の 愛」>

 なぜ私たちでなくてあなたが?
 あなたは代って下さったのだ(註二七)

 『人間をみつめて』のなかに、「らいの人の」という神谷氏の詩がみられるが、それにしても氏の「初めての愛」(註二八)がなぜらいであったのか。氏の私たちにしめされる受容の深さはどこで、どのようにして用意されたのか。

 『生きがいについて』と『人間をみつめて』の二著や、らい園の雑誌に発表された数々の文章から、そのことについてこれというものを私は見出せなかった。もともと一つの原因にそれを見出したがることじたい、人間理解の不毛性をしめすものかもしれない。

 「自分より永続するものと自分とを交換する」(註二九)という“交換”の思想を、私たちのうえに架けさせたであろうものは、なによりも神谷美恵子氏の人間性に根ざしていることはいうまでもないであろう。その人間性が、どこでどのように形成されたとしても、“永続するもの”を求めるこころを介して私たちが触れあえるのは幸いである。

                             (一九七三、五月)
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 註

一一、神谷美恵子 「出版うらばなし」 『愛生』一九六六年一〇月号
一二、神谷『生きがいについて』九頁
一三、同右 八五頁
一六、高橋幸彦「らい病学の臨床Ⅲ精神状態」 『らい医学の手引き』一六四頁 克誠堂出版 一九七〇年
一七、神谷 「出版うらばなし」 前出
一八、神谷 『人間をみつめて』 一六二頁
一九、同右 一六三頁
二六、『生きがいについて』 一六八頁  『人間をみつめて』 一七〇頁
二七、神谷 『人間をみつめて』 一三八頁
二八、同右 一三七頁
二九、同右 一七〇頁

                       (この論考は未完です。)

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