スレッド一覧

  1. 下目黒の恐怖の精神虐待魔について語るスレ(6)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:83/881 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

「らい療養所の文学運動について」しまだ ひとしさんの『らい』創刊二〇号記念読者の集いから 『らい』・ne21号('73年9月発行)より 

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年10月 1日(水)12時37分19秒
  通報 編集済
  <「らい療養所の文学運動について」しまだ ひとしさんの『らい』創刊二〇号記念読者の集いから> 『らい』誌・21号(1973年9月発行)、「詩でなければならないか」4~9ページより

                      人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                           ‘08年10月1日(水曜日)


 「らい療養所の文学運動について」しまだ ひとし (『らい』誌・21号(1973年9月発行)7~9ページより

 らい療養所の文学運動を考えるとき読み手が育たなかったということがあると思います。私は文学活動を書くことから読むことまでをふくめたひろがりとして考えたいわけですが、らい療養所の中ではよい読み手が育たなかった。自分のまわりにいる仲間たちの作品をあまり読まないし、そうかといって一般の活字になったものをよく読んでいるということでもない。

 それにもかかわらず書くということは、最近はずっと減ってきているものの、ずっとつづいている。私たちを書くことにかりたてるものがあるというわけです。
 読まずに書くということは、人間の知的活動の生育過程からいえば正常ではないと思うのですが、それが私たちの文学活動の特徴の一つとしてあると思います。

 それから書かれたものの側からみると書きっぱなしということがあります。表出衝動のままに即自的なものとしてであって、主題意識とか方法意識とかはない。非常に自足的、閉鎖的なサイクルとしてあるわけです。蓄積とか深化とかいう観点をもともと欠いたところで行なわれてきたので、このような態度からは本来文学活動はうまれてこないと思うのです。

 私たちの書くものがたまたま詩だとか、文学のある型式をとっているからといって、それをただ文学としてだけで受けとめるべきかということがあると思います。

 私がらい療養所の文学活動といわれるものについていちばん実感としてあるのは、書かれたものの貧しさと、書こうとした衝動、意欲の膨大さとのあいだにあるギャップ、アンバランスの強烈さです。詩の場合とくに私はそういえると思うのですが、私たちの文学活動の動機を考えるとき、やはりらいの発病ということは切り離せない。

 それは書き手たちの多くが入院以前にはそうしたことはやっていなかったし、また作品の内容としてもそういえると思います。
 発病にともなうどの部分が、文学的活動にかかわるのかというと、体の苦痛もさることながら、人間としての社会的な存在にかかわる部分です。

 人間の生存は生理的な面と社会的な面にわけられると思いますが、らいの診断を“宣告”というような表現がされてきたように、患者にとってそれは人間の生存の反面である社会的な部分の死として負わされてきました。家族とか、村とか、職場とかでの人間関係は破壊されました。しかも病気が慢性的な経過をとるために、この社会的な死と肉体の死とのあいだには、長い時間のズレがあります。

 このズレはらいのばあい人によっては数年から数十年までさまざまですが、このズレがあるばかりに絶望感とか断末感とかにくりかえしおそわれてきたわけで、人間としての自己の存在へ価値判断が停止できないばかりに――それが人間としての存在でもあるわけですが――そこからくるこころの葛藤が、私たちを書くことにかりたてたと私は思います。

 芸術を、「人類がその生存のストレスにたいしてしめした精神病理的な反応である」というようにとらえた人がいて、その人はまた芸術が「人間経験において治癒的な機能をもつ」ことを指摘しているそうですが(ホワイトヘッド、神谷美恵子『生きがいについて』所収)、らい療養所の文学活動をみるばあい肯定できる部分が多いと思うのです。


 この生存のストレスへの反応と、美の治癒的機能として私たちの文学的活動もとらえることができると思うし、そしてそれがすでに獲得された文化的水準においてなされたというのが、いままでの状況ではないかと思うのです。本来一つのものであることがのぞましい死の二つの側面が、強制力で切り離されたことへの補てんとして、それはより多く治癒的な機能として私たちの文学的活動はとらえられるように思うのです。読むということの必要のなかった、つまり獲得された文化的水準を拡大させる必要そして余裕もなかった書くことの多量性というものを、私はそのように解するのです。

 らい患者のおかれた文化的水準は豊かでも自由でもなかった。その水準にあまんじている限り私たちの文化運動の成立ということはないという気持は、らい詩人集団の出発点でもあるわけですが、その思いはしかしなかなか作品として結晶できないでいるというのが私たちの現実であり、課題でもあるわけです。

        ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 
》記事一覧表示

新着順:83/881 《前のページ | 次のページ》
/881