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 「労働の回復 知識人のらい参加 その一 永丘智郎   つづき                                

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年10月 1日(水)12時51分2秒
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   <生活記録―― 労働の回復、その一>

 それをぬきにして考察することは無意味に近いという。“労働の問題”を、らいの療養社会において永丘氏はどのように考察されたか。

 らい園の出版物に発表された氏の論考は少なくないが(文末目録参照)、それらを大別すると、『深い淵から』にはじまるらい園の生活記録に関するもの(評論や書評をふくめる)、らい政策と療養所論(訪問記、リハビリティション論をふくむ)、患者運動、藤本裁判などであるが、なかでも生活記録に関係のものの多いのが目につく。

 らい園とのかかわりに、生活記録の介在があることについては、氏の学問上の方法とともに、療養生活は直接的な生産労働にないという背景があり、また専攻領域からすれば研究素材である生活記録を、社会教育、患者教育の一つの手がかりとも氏はされているが、それについては、「心理学をしんの意味で労働者教育に参加させたい」(註九)という抱負と、「広い意味での人間変革現象」にたいする「最大の関心」(註」一〇)にあった。

 生活記録集の編集を企画させた直接の動機は『らい白書』(註一一)の中の被害事例であったが(註一二)、「わが国医療行政の伝統となってしまった労働者意識の廃絶政策」(前出)の一つの典型であったらい療養所において、“労働の問題”は患者の労働者、勤労者としての意識のありようと、その問題性が手がかりであり、重要であったことは肯ずける。そして氏の抱負と関心が、記録集編さんを介して、氏のらい参加に社会教育的実践の色彩をも色濃くさせた。

 “労働お疾病と人間形成”の副題をもって発刊させた『社会教育の心理学』(註一三)は、その実践の学問的な報告でもある。その書の“あとがき”において、「本書はあたかもハンセン氏病問題に重点をおいた書のおいた書の如き観を呈しているが」「おそらく“社会教育”というような人間存在の根本命題にすらかかわりのある学問分野では、このような特異な発想形式も問題の具体化のためには必要であったのかと思われる」と振りかえられているのである。

 社会教育的実践としての生活記録(運動)の核に氏が置いたのは、“人間的価値”の課題である。「生活を通じての、その人のもつ人間としての価値を伝達するもの」(註一四)としての生活記録は、患者の生(「患者はどんなに入院期間が永びいても入園前の労働者意識<乃至は職業意識>を凍結状態において保持しているものである。」註一五)に自覚をうながすことをつうじて、人間同志としての関心を回復させようというものであった。『深い淵から』の社会的反響の中に、その「生活記録によって人々を励まし、また大勢の価値ある人間を創り出すことに役立つ」(註一六)ものがあったといわれるとき、たしかにそれは、そのままでも“労働の復活”をいいえたであろう。

 だが『深い淵から』をこえて、らい園の生活記録運動は進展しなかった(註一七)。そしてその底には、変ることに神経質な、らいの療養社会の根づよい体質があった。療養ということを長いけれど通じるパイプとたとえるとき、らいの療養社会ではそのパイプの出口は、ずっとつまらせたままであった。

 註九 「労働者教育の方向」『社会教育の心理学』所収
 註一〇 「静かに考えをめぐらし ――西部五園印象記――」
 註一一 全日本国立医療労働組合編集発行 昭和二八年七月
 註一二 座談会「療養所の生活記録運動」『多磨』 昭和三一年
 註一三 明玄書房 昭和三四年
 註一四 「『深い淵から』の社会的反響について」 前出
 註一五 「意識について」 『全患協ニュース』 一〇九号 昭和三三年五月
 註一六 「『深い淵から』の社会的反響について」 前出
 註一七 現在らい園の定期的刊行物において生活記録をずっととりあげているのは『点字愛生』(季刊、愛生園盲人会編集発行)くらいである。ただ単行本として最近「復権文庫」(奈良市、交流の家)から、藤本とし、高杉美智子集が発行され、つづいて盛岡律子集が出される予定である。


 <リハビリテイションの集団的把握 ――労働の回復、その二―― >

 らいにおいては社会復帰(治ることの社会的承認)がはかばかしくないことについて、多くの人は偏見の問題をあげるが、永丘氏は身体障害者としての問題もたえず言及されてきた(むろん偏見の問題を軽視されているわけでない)。

 抹消神経を全身的におかされることが多いことによるらいの身体障害は、障害の重層、多様性により、一度障害をひき起すと病源菌との関係なしにも、障害が障害を起させてそれを加重させていたために、早期治療による回復を逸した者は、ほとんど二重三重の障害をもっており、それらの者が現在の療養所で圧倒的多数を占めている。

 らいにおけるリハビリティションの困難性を偏見の問題に解消することは、一見説得力にみえるが、たとえ偏見からの解放が仮定されても、ただちにスムーズな社会復帰の実現を予定できる者は数少ないであろう。患者(および回復者)のリハビリティションを考えるとき、身体障害者としての対応は欠くことのできないものであるが、これだけ回復者(少なくとも菌陰性=非伝染性者)が増えていながら、身障者更生、その対策が、療養所行政としても、患者運動においても、正面からとりあげることを避けさせているところに、偏見論傾斜の問題性がある。

 永丘氏がらい園を訪れる以前に、国立身体障害者職業補導所などの施設に関係されていたことは、私たちの対応の問題性にたいする助言者としてねがわしかったといわなければならない。とりわけ重度の身障者を集団としてかかえているらいのリハビリティションへの考察として、「リハビリティションと療養生活」(註一八)は、氏の年来の考察の一つの集約として受けとることができると思う。そこでは従来のリハビリティションの一般的な考え方をしりぞけ(それでは重度障害者はとりのこされ、また復帰できた者も社会的に分の悪い状態におかれることが多い)、集団的な概念を導入されている。


 “何にもできない人間はいないし、人間のもっている能力はあくまでも活用することができなければならない”という考え方に基づいて、回復者が個々に“ぬけがけ的”にうまくやるのではなく、障害者一人ごとの要求を集めて組織していくという集団的要求化である。そして障害者の能力については、過去をとり戻すという発想をやめ、現在の生活の中で獲得したものに目をむけ、さらに新しいその芽生えをうながすことをつうじて、その発揮の場所(働らき場所)獲得運動(仕事よこせ運動)へと発展させよというのである。

 たしかに「リハビリティションを個人の問題として考える時代は過ぎ去りつつある」(註一九)という氏の指摘は、私たちの現実からも肯ずける。らい回復者の退所は、昭和三五年の二一六名をピークにいて下降をつづけ、昭和四五には七五名(註二〇)という状態であるが、それは患者の老令化のこともあるが、身体障害者としての課題が困難性の前に追及されてこなかったことも大きいはずである。そうしたことからも、らいのリハビリティションへの考え方の質的転換は、現実的な要請といえよう。

 そしてそれはまた、政治的社会的責任への認識を欠いては前進をみないものであり、「国だとか企業体だとかの個人以外のポリシーが、身障者をつくっているという意識をもたないと、災害問題の解決というものは前進しない」(註二一)という、産業心理学のここ三、四十年来の解明による到着点をふまえて、氏の強調があるゆえんである。

 災害を起しているものへの責任の認識を介して、たんに国費で療養所に入れているだけで責任をまぬからせるのではなく、「らいの障害をもったまま身障者として世の中にとけこむことについて、偏見の解消ということについて、国に完全に責任を持たせ(註二二)ることが要請されなければならないのである。そしてそれはまた私たちののぞむらい問題の“解決”でもある。

註 一八 『高原』 昭和四二年一一~一二月
註 一九 同右
註 二〇 厚生省結核予防課調べ、『全患協ニュース』三九八号 昭和四七年三月
註 二一 『楓』 昭和四十年八~九月
註 二二 同右


 <幸 福 論>

 ところでらいの療養社会は、永丘氏の実践的な意図にとって、必ずしも理解と受容の場でなかったことについて書き落すわけにはいかない。

 「きわめて不遇なる文化的沿落者(の集団)」(杉村春三)を対象にし、関心の相互性が成立しにくいなかで、氏のらいとのかかわりをささえてきたのは、学問的情熱とヒューマニズムであろう。これらの基礎であり、またあらわれとしての人間観は、氏の記述の随所にうかがうことができるが、それについてもふれておかなくてはならない。

 “現代生活と日本人の形成”が、氏の生涯をかけた学問的テーマであるという(註二三)。
 「人間はどうなるんだ」(註二四)という気がかりのすべてが、しかしその視線を“困苦に耐える人々”へまっすぐにそそがせるわけではない。そこには「たえず人間の屑をつくり出している現代社会」(註二五)への認識が一方にあり、一方に「人間に屑はない」(同上)という知見のささえがある。そしてそれをかりそめのものとしない生き方であった。

「人間の幸福を「運」「不運」できめ」させてはならない。(註二六)
「精薄児と呼ばれている子供たちでも、どこか見どころがある。人間というものはあまり屑はないんだ、そういう人間についての考え方は今後もぜひ必要だと思う」(註二七)

「私には不幸な人々の悲しみがよくわかる。かえっていつも幸福である人々の喜びは」よくわからない。だから私はメーデーに行って皆の顔を見るだけで涙が出てしかたがなかったことがある。たった一年に一回だけ、あのように労働者が無条件に喜び合っているのだという感慨は、私の心をゆすぶる。いまの世の中で幸福になれている人々を私はうらやましく思わない。もちろん病苦とか貧困とかの不幸がそのまま存在を許しされてはならない。しかし私たちはみんなが幸福になれるような社会を築くため、いろいろな不幸を正面からみつめることが更に必要のように思う」(註二八)。

「病気と貧困ほど、この世の中でいやなものはないと思った。遺された私たちは、この二つのものをなくさなければならない。」(註二九)
「人間の特性」は「自らの環境を作り出す能力をもっていること」であり「それは楽天的な人生観」の基盤である。」(註三〇)

「労働は、その原始形態において考えるときには、絶えることのない研究心と創造の喜びを含んでいたものであると考えることができる。」「労働はその結果としての収穫に対して、素直な喜びが表現されなければならない。労働についての楽天主義こそは、人間のもっとも基本的労働観である。」(註三一)
「むしろ人間はとくに、歓喜への希望と欲求をもっているように考えるほうが正しいと思う。今日まで人間の文化が進歩してきたのも、喜びの感情がその基本をなしていたようだ。」(同上)

「文化を裏打ちするものは「文化」である。生活の中から私たちの感覚を通して生れてきたものこそ、本来の文化と呼ばれるものがある。文化はすでに築かれているもののみではなく、私たちの悲しみと喜びによって築かれるものも、また文化である。」(註三二)

 貧困や疾病や災害などの不幸へさかれた永丘氏の視線が多いのとうらはらに、人間への信頼と展望はたしかで明るい。それは困苦に圧しひしがれがちな私たちへこの上ない励ましである。そこに氏の学問と生をささえる真実をみるのである。


 いまの世は(あるいは世も)不幸を語ることによってしか幸福(真実)を語れないのが事実のようであり、また語らなければならない不幸は多いが、真実にそれを問うことは多くないことも事実のようである。それはまた“不幸な人たち”にかぞえられる私たちのあいだにおいても例外ではないようなだ。

「らいの障害をもったまま、身障者として世の中にとけこむ」ことに、私たちの余命をもってして成功できるかどうか。みずからの概念を曖昧にしたまま、らい療養所は消滅することができるが、“長く病み傷つく”人間は私たちの他にも後をたつとは思えない。療養についてしんに人間的な理念と施策の確立は、いまを病む者であるかどうかにかかわりない人間の課題であるはずのものである。
 私たちが永丘智郎の学問と生からうることができる励しも、らいという具体を介して人間の課題にとりくむときである。

註二三 「あとがき」 『消費心理学』 朝倉書店
註二四 「『深き淵から』の社会的反響について」前出
註二五 「精神障害と人間形成」『人間の社会的形成』(新訂版) 邦光書店
註二六 「身体障害と人間形成」 同右
註二七 「精神障害と人間形成」 同右
註二八 「生活記録の編纂にあたって」 『全患協ニュース』五九号 昭和三一年三月
註二九 「身体障害と人間形成」 同右
註三〇 「人間の形成について」 同右
註三一 「労働者教育の方向」 『社会教育の心理学』所収
註三二 「あとがき」 同右

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   訂 正(『らい』21号、1973年9月発行より)

 「らい」二〇号掲載の「知識人のらい参加・永丘智郎」のなかに、事実の誤認として、永丘智郎氏よりご指摘をうけましたので訂正いたします。

  (訂正箇所)

『らい』二〇号二二頁
  「それ以後」を「それ以前」(本文は訂正しました。=滝尾)

同上二二頁
 「氏は労働科学研究所の所員として、看護婦の労働調査のため多磨全生園を訪れている。」は、氏が看護労働の視察のため全生園を訪れたのは、「全医労本部の研究嘱託」としてあって、「労働科学研究所の所員」としてではなかったこと。なお当時、永丘氏による調査と、労研所員による調査はほとんど時期的に平行しておこなわれ、また永丘氏はのちに、「労研客員所員」となられて現在にいたっているということですのでご紹介し、ご教示を謝します。
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