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  『らい』誌:第4号(1965年7月発刊)に掲載された谺 雄二、さかいとしろう、小泉まさし、しまだ ひとし各氏の詩を、掲載! (上)  

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2008年10月 7日(火)22時16分35秒
  通報 編集済
 
<『らい』誌:第4号(1965年7月発行)に掲載された谺 雄二、さかいとしろう、小泉まさし、しまだ ひとし各氏の詩を掲載してみる。>(上)

                  人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                     ‘08年10月7日(火曜日)22:12


  らい詩人集団の『らい』誌:第4号(1965年7月発行)に掲載された谺 雄二、さかいとしろう、小泉まさし、しまだ ひとし各氏の詩を、それぞれ『滝尾英二的こころ』、及び『滝尾英二的こころPart2』の掲示板に掲載する。これら四氏の詩の特徴が伺われて、興味深かった。「歴史研究者」であるので、詩の鑑賞力にとても弱い私には、その特徴は理解出来そうであるが、それ以上の批評は出来そうにもない。しかし、同じ「らい詩人集団」ではあるが、各人がそれぞれ個性を持った詩人であることは、私にも理解できる。

「詩でなければならないか~『らい』創刊二〇号記念読者の集い(於 奈良・交流の家)から、4~9ページ(『らい』21号:1973年9月発刊)を参照してください。滝尾のホームページには、部分的ながら、この座談会を収録してあります。

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 (1)谺 雄二さんの詩「祖国へ」(13ページ)

ボク達 ときにこらえきれず
いくたびか ガックリと崩れてなお
地べたを這い 泥なめて 見上げる空がある
たえまなく傷つき いまも
はげしく痛みつづける 青い広がり
そしてそこに 帰るべき 祖国の顔を見る
ボク達の心かきたて さらに
喘ぐほどの乾きがおそう 明日へ
おまえを恋する 日本の何処に
ライの峯に生きて ボク達の祖国を!

祖国にいて 祖国を!と叫ぶとき
逆立ちの そんな風景がかなしいから
ボク達 熱いなみだをこぼすことだつてある
こみあげる 黒い怒りが ある
ライゆえにではない 侵された日本に
ボク達はいくどでも起上がろう
この峯の熊笹が 険しく谷におちこむ辺り
二十年 五十年の ふかい断絶を
ライの氷壁を ついに克服しえたとしても
即ちそれが ボク達のふるさと
祖国日本の 美しい回復を意味するか?!

ボクは 療友金岳俊の肩を 抱く
幼かつた金とボク ライを病んで育ち
金は失明して いまも此処に
日本の峯に病みつぐ 君南鮮生まれ  (註:「南鮮」は不適切用語=滝尾)
いまさら 眼を!などと金は云わない
静かにとざされた 君のその瞼のうらに
燃えあがる 祖国朝鮮の顔がある
金はたかかいの中にいる 血を流している
韓日会議を粉砕せよ! 雲走る
この峯の空に 金の眼差しが突き刺る
祖国へ ボク達のいのちの始め!

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(2)さかい としろう 「つくられた断層(2)」 ―― ミチ子とその母に ――(6~7ページ)

ミチ子よ
ミチ子は このおれを覚えてはいまい
わずかな出逢いでしかなかつたから、
しかし おれの記憶に生きる
ミチ子はひとりぼつちの幼なご
いまはもうひとりの妻であり 母親であろう
ミチ子よ、

おれはいま おまえに
あえてミチ子の出生の秘密をうちあけても
はや多感な少女でないから
つまずきはしないであろうね、
かつては自分の生立ちに いくどか
疑問をいだいたことだろう
ここにおれの知るかぎり 語りさかそう、

ミチ子よ
おまえのまことの父親は おまえはおぼえてはいまい
知つているのはおまえの母のみ
そのほかはだれも しるよしもない、

ミチ子よ おまえの母は
わたしの姉だよ
姉は 十人きょうだいの五番目に生れた
貧農のむすめだよ
生家は耕す土地いちまいもない農家
だからおまえの母は まだおさなくして
家族の口べらしのために
ふるさとを出て はたらいた、

カフエーの女給のとき
愛する男にだまされて姉は 私生子を生んだ
その私生子が
ミチ子 おまえなんだよ、
母となつた姉は たくましく働いた
だれもおまえたちを援助してくれなかつたから、

やがて縁あつておまえも、母とともに
親子ほどちがう子持のもとに 嫁いだ
とついで二人の子供をもうけたが
ふたりとも短かい人生であつた、
ミチ子 おまえにも妹がいたんだよ、
おまえの母は わが子のあとを追うように
胸をわずらつて死んだ
おそらく娘時代のはたらきが過ぎて、
病体の母から生れた妹ふたり
ともに感染して死んだ、

ミチ子よ おまえの母は
おれたち家族のために犠牲になつた
きょうだいの ひとり、
小作人の子に生れたばかりに
若くしていのちを失なつた
貧しさがまずしさをよんで ミチ子の母を
酷使させた、

女給、女中などいやしい職業といわれ
女として人間としてかろんぜられた 時代に
生きた母の遍歴を
胸ふかくうけとめてやつてくれ
ミチ子よ、

わたしの父は おまえを養なうだけの
たくわえがなかつたばかりに
見知らぬ人の養女にと 手離してしまつたが
ミチ子よ、

人間による人間の搾取がない社会を
たたかいとらぬかぎり
いまも歴史は くりかえされる
ミチ子の母は つくられるのだ、
ミチ子よ
おなじ性の母が受けた傷痕と いまこそ対決しよう
ミチ子よ。

                      (この項は未完;つづく=滝尾)

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