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  私の「近現代日本歌謡曲史」(第 002回)】; フォークやニューミュージック、それに今週唄った歌謡曲です!   滝尾

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 2月15日(日)00時35分13秒
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【 私の「近現代日本歌謡曲史」(第 002回)】~フォークやニューミュージック、それに今週唄った歌謡曲です!~

                            人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                       2009年02月14日(土曜日)23:59

 今週は、病院へ通院つづきでした。火曜日は皮膚科へ行き、リンデロン・V軟膏とヒルドイドソフトという軟膏を貰いました。血行をいよくし、痛み炎症を和らげるなどの塗り薬です。

 水曜日はデイ・サービスで一日、医療組合が経営する「あすなろデイ・サービス」へ行きました。この生協心療所では、胃酸の分泌をおさえるタケプロンOD錠30を飲んでいます。

 木曜日には、高陽整形外科クリニックスでリハビリなどを受け、(入浴&肩と腰の温め&、腰部への電気かけ)、そして理容療法士からのリハビリをうけました。一時間ばかりの治療ですが、心身が軽やかになり、その後は「カラオケスタジオ・よりみち」へ行き、歌謡曲をたくさん歌いました。

 金曜日は、広島市立安佐市民病院行き、「神経科・精神科」の診断を受け、今度、新たに、手、掌、脚腰、肩など全身に「剣山」を刺すような痛み止めの「漢方薬」を処方してもらいました。欧米医学と、東洋医学は「病」のとらえ方が相違しています。


 そのことは、東大で欧米医学を学んだ光田健輔たちと、尾張本草学から学んだ小笠原登とのハンセン病に対する基本的な病感の相違、治療法などの相違となって具現化します。また、ハンセン病に関して言えば、東洋医学が「医生」により、朝鮮の場合、各地域に存在したハンセン病政策を考える場合、ソロクト(小鹿島)を含めて、「絶対隔離政策」は、日本が総督府などが推進した政策は、1945年の敗戦=朝鮮では「国光・解放」までの最後まで破綻しております。

 つまり、原告の弁護士たちが「勝訴」を意識した歴史の単純さや、図式化では、東洋医学が広く影響している朝鮮では、最初から通用しなかったのです。それは、日本と異なり、「捨民」であり、放置であり、違反者はソロクト(小鹿島)の場合も、「聖書朝鮮」の主宰者である金教臣(内村鑑三から教えをうけ、朝鮮のキリスト教(=KJ)を唱えた)の「筆禍事件」で総督府から弾圧された時、ソロクト(小鹿島)の『聖書朝鮮』の購読者は、小鹿島更生園から追放されています。

 キリスト教医療宣教師が、釜山、光州(後にヨス)、大邱の三園のハンセン病療養所も、同様です。とりわけ、マッケンジーが園長だった釜山にあった「相愛園」は、要塞法違反として検挙され、やがて、相愛園入所患者は全員追放でした。だからハンセン病患者は、各地を放浪しました。そして「行旅死亡者」=行き倒れて自殺、飢死、凍死などしています。そうした事実は、市民学会の事務局長の藤野豊さんも語りませんし、いわんや、「国立ハンセン病資料館」の展示にも、全く無視されています。今度、「国立ハンセン病資料館」の経営は変るそうですが、日本の植民地でのハンセン病政策の現実は、まったく「無視」され、市民学会も全療協の人びとも、自国のハンセン病政策の非道さは言いますが、日本の植民地でのハンセン病政策の現実は無視することでしょう。

 現実として、今年の2月3日の「改正ハンセン病補償法」の国会成立の記念行事が、あったのでしょうか。また、それを怠ったソロクト・台湾楽生院への「無策」にした弁護団や市民学会に対する抗議なり、提言は、どこかであったのでしょうか。私は寡聞で知りません。ありましたらお教えください。

 私は、多病の身ですので、多くは言動も思うにまかせません。そして、ハンセン病問題は「捨てる」覚悟です。そうしませんと、神経から「全身」に痛みが走ります。このことをご報告いたあします。鳥取の高橋さんのことも、最近もお電話いただいたのですが、適切な意見が言えませんでした。この度、上田婦長さんが、東京で来られて、座談会を来週の金曜日に、上田婦長さんを囲んでなさるそうですが、鳥取の高橋さんは松江におられた時の、「身元引受人」でした。この件も、私はぜひ、お伺いしたいと思っています。なにもかも、事実でないものが、事実として通用しています。

 脱線しましたが、一言、私の意見など書いてみました。


 最近は、長淵剛や岡林信康、赤い鳥、谷村新司、さだまさし、森山良子、南こうせつ、美輪(丸山)明宏、河島英五、かぐや姫、よしだたくろう、イルカなどのフォークや、ニューミュウジックの歌謡に凝っております。一昨日も、その前日も、演歌を歌うことの多い、カラオケ喫茶やスタジオで、①長淵剛が歌う「乾杯」や、②岡林信康が大阪から東大の封鎖された「安田講堂」で歌ったという「山谷ブルース」、③美輪(丸山)明宏が歌う「ヨイトマケの唄」、イルカが歌った④「なごり雪」、⑤川村かおりの「翼をください」&「「竹田の子守唄、⑥河島英五が歌った「野風増「酒と泪と男と女」、⑦森山良子の「愛する人に歌わzせないで」や「涙そうそう」、⑧さだまさしの「償い」、「秋桜」、「精霊流し」、⑨加藤登紀子の「ひとり寝の子守唄」、⑩ザ・ブロード・サイド・フォーの「若者たち」、⑪ジェリー藤尾の「遠くへ行きたい」、⑫越路吹雪の歌ったシャンソンの「愛の讃歌」、⑬小坂明子の「あなた」、⑭カルメン・マキの「時には母のない子のように」、⑮かぐや姫の「神田川」、⑯新谷のり子の「フランシーヌの場合」、ジローズの歌う「戦争を知らない子供たち」などを、カラオケ店にお客が少ない夕食時の午後5時前~7時過ぎに行き、歌いました。

 これについては、フォークや、ニューミュウジックの歌謡で「子守唄」「母」をテーマにした曲も歌っていますので、私の「近現代日本歌謡曲史」として、後日、紹介いたします。


 今、CD貸し店の「半額セール日」に、さだまさしベスト;①感動の素、②恋愛の素、③元気の素という三枚のCDなど借りて、複製を作成しています。「精霊流し」「秋桜(コスモス)」「案山子」など36曲が収録されています。他に、水森かおりの「歌謡紀行Ⅵ」や「宮 史郎全曲集」などを借りております。水森かおりの「歌謡紀行Ⅵ」に収録されている曲には、「銀座カンカン娘」「港が見える丘」「蘇州夜曲」「南国土佐を後にして」が、彼女の持ち歌である「ひとり薩摩路」「熊野古道」「鳥取砂丘」「釧路湿原」などとともに、収録されています。「宮 史郎全曲集」には、「女のみち」「霧の湯布院」「雨の修善寺」など収録されています。こうして、大衆・民衆が何を歌い、また、それはどうゆう社会背景があったのか、が最晩年の私の研究としたいと思っております。

 ご期待ください。今夜はこれまでとしたいと思います。

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