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日帝強制徴用犠牲者の慰霊碑を建てる (釜山日報); 「90年の恨 洗い流せば」 ハンセン者の補償 決着段階 (聯合ニュース)      

 投稿者:  滝尾 英二メール  投稿日:2009年 2月26日(木)04時37分45秒
  通報 編集済
 
 福留範昭先生から韓国の過去問題に関する7記事が滝尾宛にメールで送られてきました。これを『滝尾英二的こころPar2』の掲示板に掲載します。『聨合ニュース』の記事を翻訳していただいた森川静子先生、また、翻訳し届けていただいた記事を福留範昭先生に感謝します。なお(1)日帝強制徴用犠牲者慰霊碑を建てる (釜山日報); (2)「90年の恨 洗い流せば」 ハンセン者の補償 決着段階 (聯合ニュース)のふたつの記事は『滝尾英二的こころ』の掲示板にも掲載いたします。


                           人権図書館・広島青丘文庫  滝尾英二

                            ‘09年02月25日(木曜日)04:25

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 福留です。韓国の過去問題に関する記事を紹介します。

1) 日帝強制徴用犠牲者の慰霊碑を建てる (釜山日報)
2) 「90年の恨 洗い流せば」 ハンセン者の補償 決着段階 (聯合ニュース)
3) 「独島は朝鮮領」表記の1894年仏雑誌 公開 (毎日経済)
4) 李明博 教育政策の全面転換・一斉考査を廃止せよ (ニューシス)
5) 青少年たちも、言うべきことがある (ニューシス)
6) 全教組のチョン・ジヌ委員長、無期限断食座り込みに突入 (聯合ニュース)
7) 教科書修正・建国節の波紋・過去事委統廃合…歴史の退行「総合セット」 (ハンギョレ)

1) ******************************************************************************

[釜山日報 2009-02-25 11:00]

【日帝強制徴用犠牲者の慰霊碑を建て釜山「共生の旅」-日本「幡多ゼミ」  韓日の高校生の歴史サークル 交流結実】

(地図あり)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=082&aid=0000208591


日帝の強制支配の時代に、日本のダム工事に強制連行されて犠牲になった韓国人の慰霊碑を建てるために、釜山と日本の高校生たちが力を合わせた。

日本の高校生の歴史サークル「幡多平和ゼミナール」(以下 幡多ゼミ)と釜山地域の高校生の歴史サークル「共生の旅」が、日本の高知県西南部の幡多市[正しくは宿毛市]の津賀ダムの建設に強制徴用されて死亡した韓国人たちの霊を賛える慰霊碑の設立を一緒に推進している。

幡多地域の高校生の会である幡多ゼミと指導教師たちは、昨年8月地域の企業と民間団体などと共に、韓国人の霊を賛える「四万十平和の塔 - 津賀ダム朝鮮人犠牲者慰霊碑」建設委員会を組織し
た。

幡多の電気会社を説得し、敷地の費用の約束を得て
来る8月9日 除幕式を行い、鎮魂祭など準備

彼らは、津賀ダムで電気を生産する電力会社を粘り強くく説得して、慰霊碑建設の敷地と費用などの支援を受けることに成功した。慰霊碑建設には、釜山地域の八つの高等学校の生徒30名で構成された歴史サークル「共生の旅」も一役買った。

このサークルは、幡多ゼミとともに、2007年津賀ダムの近くに慰霊碑建設に反対する住民約30世帯を相手に公聴会を開いて、忘れられた韓国人の犠牲者たちを積極的に知らせた。また、慰霊碑建設の必要性を粘り強く広報して、地域の住民たちと企業から寄付金を引き出すなど、慰霊碑建設に力を合わせもした。

こういう努力の末、3月中旬に碑石を運ぶのをはじめ、8月9日に慰霊碑除幕式が開かれる。除幕式には、共生の旅の学生たちも参加する。除幕式のプログラを議論するために21日釜山を訪れた幡多ゼミの指導者山下正寿(64)さんと上岡橋平(59)さんは、「以前に比べて、多くの日本人の生徒たちがこの問題に関心を持つようになった」、「地域の新聞と放送を通して、犠牲になった韓国人の存在を続けて知らせたことが効果を上げた」と語った。

山下さんは、「津賀ダムは、第2次世界大戦が終わろうとする頃、大規模な建設工事が始まって、投入された韓国人徴用労働者の大部分が殺人的な労働に耐えられず、死を迎えた」、「しかし、彼らの墓は主人を失って、歴史の中に埋められてしまい、日本人たちもまた、彼らの存在を忘れてしまった」と語った。

幡多ゼミは、これに伴い津賀ダムの工事に強制徴用されて犠牲になった韓国人の遺骨を探して、身元を確認して、さらに韓国の子孫を探して、連絡する事業を行うようになった。その結果、10名の主人を捜し出す成果を上げた。また、韓国を訪れて、墓の主人の子孫を探しもした。そのうちの1人は、韓国政府から独立有功者に認定されもした。

共生の旅は、除幕式の時、名前の分からない韓国人の霊を慰労する鎮魂クッ(巫祭)を行う計画だ。幡多ゼミとの出逢いを斡旋てきた釜山電子工業高校のカン・チョロ教師は、「慰霊碑と鎮魂クッを通して、他国で死を迎えた韓国人労働者の霊を慰労して、日本に彼らの問題を積極的に伝えたい」と語った。

幡多ゼミは、2003年には日本の高知県幡多地域の高校生と教師など20人余りが「遺骨返還旅行」というテーマで、釜山を訪問して、「共生の旅」との縁を結んだ。 (ユン・ヨジン記者)


2) ****************************************

[聯合ニュース 2009-02-25 11:35]
【「90年の恨 洗い流せば」 ハンセン者の補償 決着段階;請求者448名中 小鹿島124名など 426名が補償完了】


(高興=聯合ニュース) ソン・サンウォン記者= 小鹿島(ソロクト)のハンセン者に対する補償が終了して、全国に散らばっているハンセン者に対する補償手続きも、近い将来けりがをつくと見られている。

25日全南高興(コフン)郡の国立小鹿島(ソロクド)病院によれば、日本を相手に補償を請求した国内のハンセン者は計448名だ。このうち小鹿島に住む124名を含み、426名に対する補償手続きが完了して、国内の89の定着村に散らばっているハンセン者の大部分は、1人当り800万円の報償金を受けることになった。

彼らは、1916年小鹿島病院の前身の小鹿島慈恵医院が設立されて、隔離収容を名分に、当地に連れてこられ、日帝によって蹂躙された。建築現場に連れて行かれて強制労役を強いられ、殴打と監禁が蠱惑で、からだが痛くても、仕事を休むことができず、「子供もハンセン病にかかる」という誤った知識のために、日帝から不妊と堕胎の手術まで強要された。

1世紀近く恨(ハン)を積んだハンセン者たちは、2003年から次々に補償を請求し、2006年には日本がハンセン病補償法を改正して、この間の苦痛を一部であれ、補償されるようになった。

重家俊範駐韓日本大使が、24日日本大使としては2番目に、小鹿島病院を訪問したのも、こちらにいる患者たちに対する補償が完了した状況を知らせる「宣伝的意味」が濃厚だった。

重家大使は、ハンセン者に会って、「皆さん、こんにちは。お会いできたれしいです」と韓国語で挨拶した後、「小鹿島のハンセン者に対する補償を事実上完了することになった」、「この間ハンセン者が体験した精神的苦痛に対して、慰労の言葉を伝える」と語った。

小鹿島のハンセン者は、お金よりは日本が自らの誤りを認めたということに意味があり、いまだ補償を受けられていない22名と追加で補償を請求するハンセン者に対する持続的な関心を求めた。

小鹿島ハンセン者自治会のキムンジョンヘン(69)会長は、「ハンセン者は、今回の補償を日本が誤りを認めるという意味で受け入れ、これ以上恨を抱かなくてもいいという事実に、喜んでいる」、「日本大使が努力すると約束したので、ほかの人たちに対する補償もきっとなされると思う」と語った。
 
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